忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/05/17 03:30 |
11.君の瞳は明後日を向く/ラルク(マリムラ)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ギルダーさーん、無事じゃないでしょー?」

 ノックもなしに戸が開き、顔だけ出したのはこの安宿の中でも若い店員だ。

「あー、とりあえずおとなしく寝てようかと思うんですけど」

 ラルクが横になった体を半分起こしながら返答すると、その娘はむっと口を
尖らせた。かわいいと言えなくも無いが、ローティーンではないのでかえって
子供じみて見える。あまり稼ぎの無いラルクの世話を良く焼いてくれる、ちょ
っと変わり者と評判の娘だった。

「やっぱり無事じゃないじゃない。気功師さん連れてきたから入るわよ」

 いつものように返事も聞かぬまま部屋へと入る姿に苦笑しながら、ラルクは
至極当然のこととしてそれを受け入れた。

「もう寒くなってきたというのに、濡れたまま放置したらどうなるかも分から
ないんですか」
「あ、この人いつものことなんです。気にしないでください」
「しかし、熱を下げるくらいなら出来ますが、抵抗力が弱っているので食で補
わないとまた倒れますよ」
「私が責任もって雑炊食べさせますから、とりあえず熱を下げてあげて」
「そうですね」

 当事者であるラルクがまったく会話に入り込めないまま、小さな髭を鼻の左
右に垂らした男が手をかざす。
 なんだかあったかくて、やわらかくて、気が抜けて、眠くなった。
 うつらうつらしていると、額をぺちっと叩かれる。

「……え、あれ?」
「もうとっくに帰ったわよ。ほら、雑炊食べなきゃ」

 思ったよりもぼんやりした時間が長かったのか、娘は一人用の小さな土鍋で
作った雑炊を、枕元に置いていた。

「……あーんってしてあげよっか」

 体にまだ力はみなぎらないが、確かに頭がすっきりしてきて気分がいい。自
分で額を触るが、熱くない。自力で体を起こして、ゆっくりと伸びをした。

「いつも心配ばっかりかけてごめんねー。大丈夫そうだから自分で食べるよ」
「そう……」

 娘はほんのちょっと口を尖らせたが、ラルクは逸れは彼女の癖だと思ってい
たので気にも留めていなかった。小さな声で「わーい」と言いながら、土鍋の
蓋を開ける。

「……コレ、何雑炊なのかなぁ」
「キノコ雑炊」
「へぇ……君が作ってくれたの?」
「もちろんよ。文句ある?」

 キルドランクが低くてもレンジャー技能の高いラルクには、非常に心当たり
のあるキノコがあった。それは強い幻覚作用があり、食用としてはかなりの美
味らしいのだが、惚れ薬的効能がある。……いわゆる桃色キノコだ。

「このキノコ、どうしたの?」

 数種類のキノコに混ぜてあっても、雑炊の中でほんの少量でも、雑炊全体を
桃色に染めるほど自己主張の強いキノコを見間違えるはずが無い。
 小さく刻まれたかけらを木製のレンゲで取り出し、彼女の前に差し出す。

「八百屋のおばさんが取って置きの滋養強壮薬だよって……」

 語尾が小さくなり、視線を逸らしがちなのは「何も知らなかったから」か、
それとも「すべてを知っていて使ったか」だ。

「もー、僕を実験台にしちゃ駄目ですよ。別の創作料理の実験はもっと元気な
ときに付き合いますから」

 せっかく作ってもらったとはいえ、あの幻覚作用の強いキノコを食する気分
にはなれない。ラルクはそっと土鍋を下ろし、丁寧に蓋を被せた。

「私がせっかく作ってあげたのに食べないのー!?」
「あはは、これは僕が食べるわけにはいきませんねー」
「なんでよっ」
「振り向かせたい男性が居るのなら、直接食べさせたらいい。この実験にはさ
すがに僕も付き合えません」

 さて、にっこり笑うラルクはしたたかなのか鈍いのか。
 何も言えない彼女の横でテキパキと布団を上げると、ラルクは外へ出る身支
度を始めた。

「病み上がりがどこに行くってのよっ」
「さー?創作料理の実験台にされないところで栄養補給をしますー」
「気功代、立て替えた分はツケにしておきますからね!!」
「わー、本当に助かります。ありがとうー」
「この街で他の宿に泊まったり出来ないように根回ししてやるんだからー!」
「あ、それ必要ないです。”味方殺し”のギルダーを受け入れてくれるところ
なんて、ココぐらいだから。いつも助かってるんですよー」

 にっこり。相変わらず口を尖らせる彼女を置いて、ラルクは寒くなってきた
通りへと出て行った。



 甘いものが食べたいが、栄養の付くものを食べておかないと本当に翌日が辛
くなるので、なーにを食べようかなーとぼんやり考えながら歩いていると、黒
い人が凄い勢いで走り去っていく姿を見た。あ、黒蜜いいなぁ、でもお菓子じ
ゃなくてちゃんと料理を食べなきゃ……なんて考えていたら、今度は「滋養と
健康のためにかぼちゃを食べましょう!」という八百屋の売り込みの声が聞こ
えた。かぼちゃー、かぼちゃー、かぼちゃぷりんー。あ、かぼちゃは普通に煮
物とかスープにしても甘いか。その辺で手を打つか。でも魅力的だなぁ、かぼ
ちゃぷりんー。

「何やってんだい!!」

 怒鳴り声で現実に引き戻されたラルクが見たのは、ジルヴァと、彼女に連れ
られてきたのであろうマックスの姿だった。

「あんた、部屋でおとなしく寝てるはずだろう?」
「あー、親切にも宿の人がカフールの気功師呼んできてくれたので、今から夕
飯食べに行くんですよー。ほら、顔色もだいぶ良くなったでしょう?」
「威張るんじゃないよっ」

 げしっ。やっぱり杖で殴られる。でもラルクは笑った。きっとこれはこの人
なりのコミュニケーションなのだ。だってほら、前ほど痛くないし。
 慣れ、という言葉の存在を忘れかけているラルクは、やはりまだ完治してい
ないのかもしれない。

「お二人も今から夕飯ですかー?」
「そんなに早く食えやしないよ!」
「ええ、まあ」
「じゃあ、せっかくまた会えたので、一緒に行きましょうよ」
「食後にうまい菓子を出してくれる店じゃなきゃヤだ」
「うーん、僕は安い店しか知らないので……」

 それが当たり前のように三人で歩く。
 ラルクは一人で歩く事が本当に多かったんだなぁ、長かったんだなぁと幸せ
を噛み締めていた。

PR

2007/02/11 23:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
12.君の瞳が追う先/マックス(フンヅワーラー)
PC:ジルヴァ ラルク マックス
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シカラグァでは箸と呼ばれる2本の棒を使って食べると初めて知ったときは、
ユニークな文化だと思った。
 その2本の棒をうまく使い、シンプルに塩で焼いた魚の皮をめくり、櫛形に
切ってある緑がかった小さな柑橘をしぼってかける。蒸気とともに良い香りが広
がる。

「この……なんだい? 白い、水っぽい、みぞれみたいなやつは」

「大根おろしです。大根を、摩り下ろしてたやつで、魚と一緒にたべるとおいし
いんですよ。
 そのまま食べてもおいしいんですけど、醤油をかけてもおいしいんですよ」

 ラルクが、嬉しそうに言い、黒い液体を大根おろしにかける。
 ジルヴァは箸を拳で握りながら、魚と悪戦苦闘している。見かねて、マックス
は、「貸してください」と、ジルヴァの魚の身と骨とを分けてやる。ジルヴァは
更に「喉に刺さるから小骨もちゃんと取れ」と注文までつけてきた。
 一応、「見落としていたらすみません」と事前に告げておく。
 マックスの箸使いを見て、ラルクが目を丸くする。

「マックスさんってここの出身者だったんですか?」

 思わず箸を止めて、ラルクの顔を見る。
 その反応で違うと判断したラルクは続けた。

「いや、シカラグァのなまりが全然ないんで、違うと思ってたんですけど。あま
りに、箸を綺麗に使うんで。
 あ、もしかして、ここにいるのは長いとかですか?」

「いや……半月ほど、になりますかね」

「へぇー。それじゃぁ器用なんですね。僕より上手かもしれない」

 とラルクはニコニコと笑った。
 ジルヴァに袖をひっぱられ、マックスは、引き続き魚の骨取りを再開する。

「そういえば、お二人はなんでシカラグァに来たんですか?」

「あたしは、ツレに付き合ってここまで来ただけさ」

 まだ骨取りは終えていないというのに、ジルヴァはより分けた身を匙ですくっ
て、ご飯と一緒にぱくついている。ちなみに、マックスはまだ、自分の分を口に
していない。

「私は……単に、今までと同じように、転々と旅をしていて、ここに来ただけのこ
とですかね」

「へぇ。旅人さんなんだ。色んなところに行ってるんですね。
 僕は、ずっとここに住んでるんで、他の国は、見たこと無いんですよ」

「この南の地域は、比較的異文化の人々も多いですけど、元々地域の文化がかな
り独特ですから、きっと、驚かれることが多いと思いますよ。
 ……はい、どうぞ。終わりました」

 横から箸を伸ばしかけてきたジルヴァに皿を返し、自分の皿を手前に引き戻す。

「すごいなぁ」

「そんなこと、無いですよ。
 ただ、ふらふらして、金が無くなればその場所で働いて、そしてまた移動する
だけですよ」

「でも、時々故郷が恋しくなったりとかしませんか?」

「長いことやってるんで、どこが故郷なのか、もう分からなくなりましたね」

 本当に、故郷はどこだったのか。
 生まれた場所はおろか、あの逃亡した『施設』の場所すら、忘れている。

「すごいなぁ、旅人さんっぽい台詞だ」

 どこか憧れるような眼差しで、ラルクはマックスを見ている。
 そんなラルクに、マックスは「すごいもんじゃないですよ」と控えめに笑いを
作ってみせる。
 本当に、「旅人」などいいものではない。
 どこに行っても、居場所が無いだけなのだ。
 別に、居場所を探しているつもりではないのに、気づけば旅立つ算段をたてて
いるのだ。
 一箇所に留まっているのが耐えられないということではない。一定の人間関係
を持ち続けるのに嫌気がさすというのでもない。脅えるように逃げ出すのとも違う。
 ただ、違和感を感じるだけなのだ。
 「違う」と、何かが判断しているのだ。その違うと思う理由も、何もわからな
いまま、判断が下される。
 そこには、理由が無いだけに、納得は無い。あるのは、結果だけが出力された
違和感だけだ。
 違和感を感じ続けるということは……単純に、あんまりいいものではない。

「そんなにしたいなら、一度旅をしてみればいいじゃないか」

「え!?」

 しゃっくりのような声をラルクが上げた。
 ジルヴァを見ると、お椀にそそがれた、透明でとろみのあるスープをふぅ、
ふぅ、と冷ましている。猫舌らしい。

「見たところ、一人身なんだろう? なら、ちょっとくらい旅をしたって支障は
無いじゃないか。
 むしろ、アンタの場合、ここを出た方が、生活が楽になるんじゃないかい?」

 マックスにはその発言が何を示すのか、わからなかったが、ラルクには分かっ
たらしい。

「考えたこと……なかったです。
 ずっと、ここにいるもんだと思ってた……。
 そうかぁ、旅かぁ……」

 その顔は、だんだんと笑顔へと緩んでいく。が、突如、その緩んだ顔は強張っ
て、困ったような笑みに変わった。

「でも……僕みたいな人間が、できるわけないですよ」

「そうかい? あたしから見たら、十分だと思うがね」

 ジルヴァは、それ以上、そのことについては何も言わなかった。


2007/02/11 23:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
13.君の瞳に映る姿/ジルヴァ(夏琉)
PC:ジルヴァ マックス ラルク 
場所:シカラグァ連合王国・直轄領(ご飯屋)
―――――――――――――――――――――――――――

食後に茶を一杯頼むと、砂糖の衣を着せた豆菓子を入れた小鉢が添えられていた。

「おや」

「何だい?」

化粧っけのない中年の女性が、ジルヴァの前に湯飲みを置くときに眼を丸くしたので、ジルヴァは不機嫌に応じる。

ジルヴァは、このように驚かれるのにはある程度は慣れていた。
汚れるのもかまわず地面に引きずっている分厚いローブの裾や、顔の半分以上を隠しているフードは、他者に警戒心を抱かせるに十分な物だし、嫌悪感やぶしつけな興味を隠そうともしない人間はどこにでもいる。

大抵の場合は無視してやり過ごすのだが、その店の者の反応が悪意の感じられない素朴なものだったので、つい言葉を返してしまったのだ。

「いやぁね、それがあたしったらさ」

女性はお盆を抱えて恥ずかしそうに片手を振る。

「おばあちゃんのこと、厨房から見てて、なんかちっちゃい子が野郎2人に連れられてるんだなぁって思っちゃったんだよ。それでつい菓子なんか用意しちゃったんだけど、余計なお世話だったかね」

「……歯は丈夫なほうだからね。ありがたくいただくよ」

ジルヴァがそう答えると、女性は「そりゃよかった」とからから笑って、厨房に戻っていった。

「マックスさんが魚をむしってあげてたから、遠目では子どもさんを世話してるように見えたんですかねー」

豆菓子は一人分ずつ配られていたから、ラルクもさっそくつまみ上げて言う。

「さぁね」

一粒噛むと、豆の部分まですんなり砕ける。一度ゆでてから炒ってあるのだろうか。豆の香ばしさや旨みと砂糖の甘さの相性がいい、滋味に富む菓子だ。

ジルヴァはこの店にラルクが連れてきた理由が、なんとなくわかる気がした。




「ところでさっきの何だったんでしょうねぇ」

ぽってりとした湯のみの中身をすすって、ラルクがへらっと笑っていう。

体調のためか、知らない人間と話すことに慣れてきたためか、この若者はさっきからどこか緩んでいるように見える。

「さっきのって?」

「ほら、ジルヴァさんが泊まってる宿まで行ったとき。魔法使い同士の喧嘩とかですかねぇ。変わった感じの女の人も出てきましたし。どう思います?」

ラルクが、旅慣れていると言っていたマックスに話を振る。

「さぁ…。魔法がらみのことは生憎あまり詳しくないので」

「そうなんですかー。まぁ、ここっていろんな人がいるからなぁ」

「痴話喧嘩だろ。魔法使いでもいりゃあ、大げさになることもあるんじゃないのかい。あんまり今騒ぎにもなっていないし、テロがあるような治安の悪いとこでもないんだろ?」

そもそも飛び出してきたのはジルヴァの知っている人間で、騒ぎがあったのはジルヴァの泊まっていた部屋なのだが、しれっとジルヴァは言う。

いや、だからこそジルヴァはあの騒ぎがたいしたものではないと思っていた。

わざわざジルヴァを睨みつけてから逃走するほど余裕のあったナーナ=ニーニが、少しでもなんらかの脅威の存在する状況であの男を一人にしておくわけがないのだ。

ほぼ間違いなく、痴情のもつれの面倒な話で、ナーナ=ニーニが些細なことでぷっつり切れただけの話だろうとあたりをつけていた。



新しい客が入ってきたのだろう。夜気が篭った店内に入ってくる。

その外気に、先ほど感じた生花のような甘い香が混じっているのに気づいたが、ジルヴァは何も言わずに豆を噛んだ。


-----------------------------------------------

2008/09/22 00:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
14.君の瞳に踊るワルツ/マックス(フンヅワーラー)
PC:ジルヴァ マックス ラルク 
場所:シカラグァ連合王国・直轄領(ご飯屋前)
―――――――――――――――――――――――――――

 春の日差しに、思わず目を細めた。
 いや、実際はそんなものはない。単なる幻覚である。

 食事を済ませ、夜気の冷たい空気を覚悟しながら外に出た途端、甘い香りが鼻
を抜いた。
 香水とは一線を隔す、上品でみずみずしい花の香り。
 瞬時、頭に浮かんだ昼間の女性の踊るブロンドの髪が春の日差しを連想させた
のだろう。
 だから、この光景も最初は白昼夢だと、思った。
 マックスは、瞬きをしながら、頬に触れた柔らかなそれを1枚つまんだ。
 ごく淡い緋色が色づいている、白い花びらを見て、再びその光景に目をやる。
 夜空から雪のように宙を舞い落ちる無数の白。

「……ふわぁ」

 ラルクが感嘆の声を上げる。
 どうやら、自分だけではないようだとマックスは確認する。

 びゅう、と夜風が吹き、思わず目をつぶる。
 再び目を開けた時、花びらと甘い香りは全て消えていた。

「……なんだい、ありゃ」

 苦そうな声を搾り出すジルヴァ。

「夢じゃなさそうですね……」

 マックスの持っていた、残された1枚の花びらがそれが現実だったことを物語る。

「魔法……ってやつですか?」
「……ふん」

 ジルヴァが、より一層不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「背筋がゾワゾワする。毛虫が体中を這い回ったみたいだ」

 うへぇとでも言いたそうに、しきりに乾いた手の甲をさする。

「え? え? え? で、でも綺麗でしたよ……」
「そういう問題じゃぁないんだ」

 そう言いながら、ジルヴァは歩き出した。
 追従しようと歩き出すラルク。

「あの」

 止まる2人の足。
 のっぺりとしたマックスの顔を注視する2人の目。
 気まずい。が、言わねばなるまい。
 少し遠慮がちに、2人が歩き出した方向と反対方向を指差す。

「……私は、こっちなので……」

 空気が止まった。
 確かに、不思議な出来事だった。
 だが、だからと言って、わざわざ帰る方向と反対方向にまでいって、一緒に行
動するというのは、いかがなものか。
 しばらく固まっていた3人だが、一番に口を開いたのはジルヴァだった。

「そうだね。いったんここで解散するかい」
「え? え? え? でも、だって……い、今……。 ね、ねぇ? ジルヴァさん……」
「えぇ、では」

 一礼し、背を向ける。

「マックスさん!」

 冷えた空気に響く声が、自分で思ったよりも大きかったことにびっくりしたの
か、続いた声は小さかった。

「あ、あの……帰っちゃうんですか? 本当に……」
「はい」

 「どうして?」と仔犬のような目で訴えかけてくる。 

「……私が、あちこち転々として旅をしているというのは話しましたよね?」
「え……? あ、はい」
「今は、とあるところにお世話になっていましてね。
 まぁ、今はウェイターみたいなことをして……住まわせていただいているんです
よ。今」

 ラルクはマックスの言葉の続きを待ち続けてる。忠実な犬のように。
 察してはくれないか。諦めを持ち、マックスは切り出した。

「つまりは……仕事があるんです。今から」

 何を言われたか一瞬わからないという表情。

「いや……好意で働かせていただいているので……あまり遅刻のようなことはできな
いんですよ」
「……え?」

 ワンテンポ遅れて理解してきたらしい。
 そのラルクの袖口をジルヴァがひっぱる。

「ほら、行くよ!」
「え、あ、は、ハイ。 すみ……あ、いえ、ハイ!」

 足をもつれさせながらも、ジルヴァの引っ張られ歩き始める。
 それを確認し、マックスも歩き出した。

「マックスさぁん!」

 振り返ると、ジルヴァに襟をひっぱられているラルクの姿があった。
 能天気な笑顔で、手を振っている。

「また」

 にへら、という表現がぴったりの笑い顔。
 その表情にどう対応したらいいのかわからず、結局、マックスは一礼してその
場を去った。




「あら、マックス。今日は遅いのね」

 そう声をかけた女性は、白い肌を露にしてあでやかな衣装に着替えている最中
だった。
 マックスがいるというのに、一切そのようなことを気にしていないようだ。

「ちょっといろいろありまして」
「そう」

 女性は特にその後何も聞かず、着替えていく。
 女性の着替えている服は、紫色のチャイナドレスだが、胸元が大きく開いてい
るデザインだ。 また、長いスリットから白い太ももが惜しげもなくさらされて
いる。
 マックスも淡々と着替えのため、服を脱いでいく。
 女性は、鏡に向かって大振りのイヤリングをつけて、角度をチェックして、満
足げな表情でうなずきながら、鏡越しに声をかけてきた。

「マックス、今日は私、調子いい気がするわ。
 極上のお客さんを紹介してちょうだい。
 ね。」

 最後の一言と共に、マックスのさらされた胸元に細い指が這い、赤くべったり
塗りたくられた唇をマックスの頬に押し付けた。

「ファーシーさん、困ります。
 こんなの付いてたら、仕事になりませんから」

「マックスって、結構いい体つきしてるのね」

 女性は、くすくす笑いながら、ひらひらした服の裾を泳がせながら部屋を出て
行った。
 頬に付いた赤い後を、おしぼりでぬぐう。
 残ってはいないか鏡でチェック確認し、マックスは浅く深呼吸をし、白いシャ
ツをの袖に腕を通す。
 白粉のにおいが付きまとうこの職場で、気持ちがリセットできる瞬間だ。

 女性が男性客とお酒を飲み、おしゃべりの相手をする。
 男性客と女性が意気投合すれば、上の階にて2人きりの濃密な時間を過ごす。
 マックスはその男性客を席まで案内したり、飲食物を運ぶ”ウェイターみたい
なこと”をしていた。
 今までも、そのような所で働くこともあったし、それよりももっと露骨な所で
働くこともあった。
 このような場所で、キャラクターをという特性は重宝されるらしい。
 稼ぎもそこそこいいということで、マックスはこの手の仕事をよくしていた。
 スタッフ部屋から出るなり、声をかけられた。
 チーフマネージャーのバークレーだ。

「マックス。来てもらって早々なんだが、あそこのテーブルをフォローしてくれ
ないか?
 さっきから女の子が困ってるんだ」

 たまにこんなトラブルを押し付けられることもある。
 特に嫌がることもなく、淡々とこなすので、自然と自分に振られることが多い。
 はぁ、といつもの返事をして、バークレーの指し示すテーブルを見る。
 客は相当、酔いつぶれているようだ。
 様子から見ると、一人でずーっと愚痴り、嘆き続けているようで、席について
いる女性も辟易している。
 マックスは、蝶ネクタイのゆがみを軽く正し、その席に向かった。

「失礼します、お客様」

 赤毛の壮年の男性が、マックスに向き直った。
-----------------------------------------------

2010/02/03 02:39 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳
15.君の瞳に絡む視線/ジルヴァ(夏琉)
PC:(マックス) ラルク ジルヴァ
NPC:ナーナ=ニーニ
場所:シカラグァ連合王国・直轄領
―――――――――――――――――――――――――――

 先ほどの空から降ってきた花びらは、自分たちだけがみたものではなかったらしい。

 その証拠に、外を歩く人々は、浮足立った様子で先ほどの現象を話題にしていた。

「…まさか、シカラグァっていうのはさっきみたいなのがしょっちゅう降ってくるわけじゃないだろうね」

「そんなわけないですよ。僕も、何年もこの街に住んでますけど、あんなの初めてですし」

 それにしてもきれいでしたねぇ、とラルクはまたへらっと笑う。

「言い眺めだったってのは否定しないけどね。あたしゃ、あんなのがしょっちゅうなのはごめんだよ」

 ジルヴァはまだざわざわする両腕を擦る。
 先ほど大気中に満ちていた魔法の力は今は霧散しているものの、不快感はまだ残っていた。

 なぜ、自分が魔力に対してこのような反応を示すのか、実はジルヴァ自身も知らなかった。
 まわりの人間がそういうものとして扱ってきたのでとくに疑問に思うこともなかったが、実は相当特殊な体質だと自覚したのはここ数年のことだ。

「あれ…あの人」

 夕方に寄ったラルクの宿にジルヴァが強引についていく流れになっていたのだが、ラルクが不意に足を弛めた。

「なんだい?」

「あの人…さっき昼間の人じゃないですか。ほら、ジルヴァさんの宿から出てきた」

 ジルヴァは、ラルクの視線の先をたどって、口元をゆがめた。

 街道を大股に歩いてくるのは、黒い女。
 この国の人間ではないことを示す漆黒の肌と、それを露出させる特徴的な衣装の彼女は、店の明りに照らされて行き交う人たちから浮き上がって見えた。
 
 ラルクが彼女に気づいたときには、ナーナ=ニーニはジルヴァに気付いていたのだろう(なにしろ、ジルヴァも彼女以上に目立っている)。ジルヴァの視線を捉えて、ぐんぐん近づいてくる。

 そして、ナーナ=ニーニは立ち止まると、目をまるくしているラルクを完全に無視して、ジルヴァを見下ろして言った。

「アノ人ハ?」
 
 この場合の“あの人”とは、考えるまでもなくジルヴァのつれの男のことだ。
 まるでジルヴァが男を隠しているとでも思っているかのように、強い口調で問う。
 
「知らないね。あんたが置いてきたんだろ」

「本当ニ?」

「嘘ついてどうすんだい」

 ジルヴァはナーナ=ニーニを見上げて、睨みつける。
 ナーナ=ニーニも、ジルヴァに怒気を含んだ視線を返すが、本当にジルヴァが何も知らないと判断したのだろう。視線を外して、先に歩きだそうとした。

「待ちな」

 ジルヴァは、持っている杖をしゃらんと鳴らしてナーナ=ニーニを呼びとめる。
 彼女は、表情は強張っているが、足を止めて振り返った。

「あんだけ騒がしといて。いったい何が原因だったんだい」

 呆れた様子でジルヴァは問うた。

 ナーナ=ニーニとジルヴァはシカラグァまで、いろいろ諍いはありながらも一緒に旅をしてきた間柄だ。
 ナーナ=ニーニは直情的な性質と属してきた文化圏の影響からか、些細なことからジルヴァに嫉妬をしたり男に腹を立てたりしていたし、物品の破壊も少なくなかったが、さすがにここまで行動の理由のわからない状態はなかった。
 ナーナ=ニーニの無事は確認ができたし、ナーナ=ニーニに弱気な様子がないところから男の無事も確実なのだろうが、蚊帳の外というのはあまりよい気分はしなかった。

 あまりこのあたりの言語の語彙が多くないナーナ=ニーニはしばらく考えて言葉を探していたようだが、短い言葉を口にした。

「浮気」

「はぁ?」

 あまりに簡潔すぎる返答に、ジルヴァが聞き返す。
 ナーナ=ニーニは、眉間にしわを寄せて、考えると、さらに言葉を重ねる。

「金髪ノ女ガ…」

「金髪の女?」

「ン…」

 どう伝えればよいのか、それともジルヴァにこれ以上伝えるべきか否かを悩んでいるのか、ナーナ=ニーニはさらに眉間のしわを深くする。

「モウイイ」

 しかし、きっぱり諦めてしまったようで、それだけ言い捨てると、またくるりと踵を返す。
 その後ろ姿は、ジルヴァとのこれ以上の会話をきっぱりと拒否していた。
 
「もういいって…、あんたはよくてもあたしはちっともわからないじゃないか」

 声をかけるわけでもなく、ジルヴァは呟いた。

「うわぁ…、なんだか、すごく迫力のある人ですね…というか、ジルヴァさん、知り合いだったんですね」

 ジルヴァとナーナ=ニーニのやり取りの間、見事に存在を無視されていたラルクが、ナーナ=ニーニの後ろ姿を見送って言う。
 何がおもしろいのか、うっすら興奮しているようだ。

「まぁ、胸糞悪いことにその通りだよ。知り合いの知り合いってとこだね」

 詳しい説明をする気はさらさらなく、ジルヴァはそれだけ答えた。

 浮気と金髪の女という言葉だけを捉えれば、おそらくは男が自分以外の女といるところをナーナ=ニーニが目撃してぶちぎれた、というのが大まかな筋なのだろう。
 ナーナ=ニーニの言い淀んでいる様子から考えると、もう少し面倒な事情があるのかもしれない。 

 そういえば、ラルクがブロンドの女性がどうとか言っていたように思う。
 このあたりでは金髪の女は多くはないようだが、ジルヴァやナーナ=ニーニほど目立つものではないだろうし、特に関係はないだろうが、ジルヴァは少しひっかかりを覚えたのも事実だった。

 
――――――――――――――――――――――

2010/02/03 02:41 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]