忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 05:21 |
カットスロート・デッドメン 8/ライ(小林悠輝)
PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

------------------------------------------

「……なんていうか」ライは状況に相応しい言葉を探したが、どうも自分の語彙には見当たらなかったので、どうでもいいことを言うことにした。「幽霊に海賊に密航者にって、船旅の楽しみフルコースだよね」
「きみはジョークのセンスがないな」モスタルグィアのエグバートが鋭く言った。
「うるさいなぁ。きっと今は、場を盛り上げるよりは白けさせた方がいい時なんだよ。ねえ、そこのおじさん。どっちが正しいと思う?」
「は?」急に話を振られた乗客は目を白黒させたが、このくだらない会話にはあまり乗り気でないようだった。室内には敵意が充満している。この視線を向けられているのが自分でなくてよかったと考えながら、ライは騒ぎを見学することにした。
 手を出すにしろ放っておくにしろ、まずは状況判断だ。狂気に駆られた乗客が寄ってたかって密航者を八つ裂きにするというのは好ましくない自体だが、元より、密航は発見されればその場で海に放り込まれるものと決まっている。女であれば、秘密裏に奴隷商人に売り渡す船もあるかも知れないが。
 この船は、奴隷商人がいる港までは辿り着けないだろう。
 殺せと誰かが言った。海の神だの何だのと、それは船員たちの迷信であり、出発前までは乗客たちはそれを嘲笑っていたにも関わらず。踞る少女の前に立ちふさがる神父が彼らを止めていた。
「詩人殿は、どうする?」エグバートが呑気に尋ねた。口調には、幾らかの傲慢さが含まれていた。それは檻の鼠を眺める観察者のものに近かったが、残念なことに彼もまた檻の中にいる。本人が気づいているかどうかは知らないが。
「あなたは?」ライは周囲の音を意識から締め出してから問い返した。これは心臓が動いていた頃よりも随分と上手くできるようになったことの一つだ。
「さあ。こういう時、東部の人間はどのような行動を起こすのだろうか?」
「……シカラグァ人を、文明の遅れた蛮族だと思っているね」ライは声に、批難ではなく呆れを含ませて言った。
 エグバートは肯定せずに笑った。「彼らの国家は、野蛮な血筋からなる部族の集合体に過ぎない。近代まで続いた彼らの争いによって王朝は頻繁に代わり、文化は成熟しなかった。未だ、体に布を巻き付けるだけのものを衣と呼び、木の根を煮ただけのものを料理と呼んでいる」ライは遮った。苦笑で告げる。「これが教師とは、生徒が可哀そうだ」
 エグバートは無言で苦笑を返した。
 騒ぎに意識を戻すと音が戻った。罵声ばかりの膠着状態は続いていたが、ライは先程よりは密航者に好意的になっていた。神父がこちらにさっさと手伝え的な恨みがましい視線をちらちらと向けてきていたし、放っておいては隣の傲慢な男と同類になりかねない。
 この場で一人くらい切り倒せば静かになるだろう。馬鹿な思いつきと同時に、自分がまだ抜き身の剣を持ったままでいることに気づいた。ライは手の中で柄を回し、剣を空に溶かした。
 無頓着に、神父と少女へ近づいていく(生身だったら絶対にやらないが)。状況の変化に、騒いでいた乗客たちの声のトーンが僅かに落ちた。結局、自分もある程度は怖がられているのだろう。もう少し怖がらせれば黙るかも知れない。
「楽しそうだね」
「主は我らに苦難ばかりを賜る」
「それを喜んで受け入れるのが聖職者でしょ?」
「残念ながら私はマゾヒストではありません」神父はきっぱりと言った。ライは思わず笑った。周囲の空気は一向によくならないが。
「上で」ライは笑いながら、しかし叩きつけるように言った。「傭兵や船員が死に物狂いに戦ってる。何人かは死んだ」
 乗客たちは不穏な言葉にざわめいた。「ここに、この、痩せて、薄汚れた、惨めな子供を殴り殺せるような勇気のある戦士がいるなら、今すぐ甲板に上がって彼らを助けるべきだと思うけどね」
「黙れ、こいつのせいで海の女神が――」
「たかが女だろ!?」ライは怒鳴り返した。神父がぎょっとした顔をした。「女神だろうが密航者だろうが、どっちも女だ。片方が怖くて片方は怖くない? 大の男が笑わせるな。大体、ここにはイムヌスの神父がいる。異教狩りの専門化じゃないか。彼は少女殺しよりもっといい方法を知っている。密航者を殺すより、こいつを甲板に叩き出すのを先にした方がいい」
 神父は批難の目を向けた。「……幽霊詩人殿、私は異端審問官では……」
「本当に?」ライは苛立から鋭く問い返した。とりあえずこの場をなんとかできればそれでいいと思っており、口裏を合わせて欲しかっただけだが、神父は一瞬、言葉に詰まった。ライは藪から蛇を出した気分になった。思わず嫌な顔をすると、相手もそれで失敗に気づいたらしく、はぁと嘆息した。
「……修行が足りないようですな」
「……僕も軽率過ぎたよ。とりあえずここなんとかして上に行こうか」
 乗客が口を挟んだ。「俺たちを見捨てるのか?」
「見捨てる?」ライは問い返した。「守るために、上に行くんだ。今のところここには何の危険もない」
「壁を破って敵が来たらどうする」
 そんなの、最下層に穴を開けられたら船が沈むに決まっている、と思った。護衛達はあまりにも多くの海賊を海に投げ落としたな、とも。或いは彼らは実際に外側に張り付いているのかも知れない。悪い想像ならいくらでもできる。できないのは証明と対処だけだ。
「馬鹿な」ライは吐き捨てた。

 結局、神父が何か上手いことを言って煙に巻き、ライと神父と密航者の三人は、追い出されるように外へ出た。扉の向こうでは、再びバリケードを積み上げる音がしている。
 少女は俯いたままがたがた震えており、それは恐怖のためだけではないように思えた。「ずっとあそこにいたのですか?」と神父が尋ねた。少女は頷いた。
 ライは肩を竦めた。「生憎、ここには温かいスープもパンもない」
 少女はびくと震え、神父にしがみつき、こちらを見上げてきた。神父が、批難がましい声でこちらを呼んだ。「随分と機嫌が悪いようですな」
「機嫌?」ライは問い返し、自分の感情を測ってみたが、確かに機嫌はよくなかった。気が立っている。ついでに、いつの間にか輪郭が乱れていた人の姿を、意識して結び直す。少しはまともに見えるはずだ。「悪いよ。今の状況を喜ぶようなマゾヒストじゃないから」
「誰もそうではないでしょうな」
「わかった」ライは意味のない嘆息で反省を示した。少女に「怖がらせてごめん」と謝った。上に戻ると告げると、少女に呼び止められた。弱々しい声だったが、辛うじて聞き取ることはできた。
「……父さんは、無事?」
「誰のこと?」ライは問い返した。神父が、父親に用があって密航したのかと問うた。少女は躊躇ったが、頷いた。「父さんは船員よ。港に寄った時、船は一週間も停泊してたのに、父さんは一度も帰ってこなかった。会いに来ても追い返されたから、忍び込んだの」
 彼女の口調には下町の響きがあり、端々には鋭さが感じられた。普段であれば気の強い性格なのだろう。喋っている内に立ち直ってきたのか、少女は神父の手を取って立ち上がった。
「それで密航とは度胸があるね。船が動かない内には帰れなかったの?」
「……あの日が出港だなんて知らなかったのよ」少女はむすっとして答えた。ライはそれは嘘だろうと思った。彼女はさりげなく目を逸らしたし、船員の娘が船内の様子で出港に気づかないとは思えなかった。
「父君とはどなたのことです?」神父が尋ねた。少女は答えた。「トビーっていうのよ。巨人のトビアス。あたしとおなじ青い目をしているの」
 ライと神父は視線を見合わせた。二人とも、彼とは何度か、おなじ賭博の卓についたことがあった。まだ若く、豪快で、傭兵達にも負けない立派な体躯と、潮に喉をやられたがらがらした声を持っていた。ライが先に目を逸らした。彼が上で殺されたことを、二人のうち、ライだけが知っていた。
 そういえば彼は生前、せっかく故郷に寄ったのに家へ帰れなかったというようなことを言っていた。ライは彼は多忙のあまり帰る暇もなかったのかと思ったが、違うのだろうか。
「……トビーか。彼には金貨を二枚も負けた」ライは声を絞り出した。「まだ海賊が降りてきてないってことは、護衛がまだ戦ってるんだと思う。探すだけ探してくるよ」
「あたしも行く!」
「駄目ですよ、お嬢さん」神父が彼女の腕を押さえた。「上は危険です」
「その半分でも僕の心配をしてくれてもいいと思うけど」ライはぼやいた。神父は呆れた顔をして、従順な子羊に神のご加護を云々と祝福をくれた。ライは大凡の悪霊の類がするように、その場から退散することにした。
 踵を返すと、目の前に、潰れた顔があった。それはライを無視して神父と少女に飛びかかった。剣を抜くには間に合わない。半ば反射的に襲撃者の背に手を伸ばし、活力の源を奪い去る。魂だが生気だが、そんなようなものを失った死体がどさりと倒れた。
「……ひ」少女が喉の奥で声を上げた。
 倒れているのは、先程、船室の窓を目張りしている時に死んだ乗客だった。あの場に横たえられて放置されていたのがアンデッドとして立ち上がったに違いない。神父の祈りで防げなかったのが残念だが、東西では宗教観念や魂の概念が異なるようなので仕方がない。
「死んだ……?」神父は悼ましさと疑わしさが入り交じった視線で死体を見下ろした。ライは「貸し二ね」と言って甲板へ向かった。
 そして二人の姿が見えなくなってから、あーと声を上げて頭を抱えた。死人の魂など食うものではない。吐気がする。東西問わず二度とやるまい。いくら手応えが気持ち悪かろうが剣でやった方がマシだ。
 ふらふらと甲板に出る。戦いの物音は絶えていなかった。ライは安堵して知った顔に話しかけた。「生きてる?」
「なんとかな」三十歳過ぎの、黒髪の傭兵が呻いた。彼は左肩に裂傷を負っており、その周囲はドス黒く変色していた。他の傭兵達も似たような有様か、死んで転がっているか、無傷でも酷く疲労しているかだった。
「お前こそ死んだような顔してやがる」
「食あたり。おじさんも注意しなよ」ライは敢えて笑って答えた。
「飯か。それも悪くないが」傭兵は苦笑いし、ここを守るのが仕事だと答えた。船室に一人の脱落者の姿もないことは不思議だった。前線を見れば状況が芳しいようには見えないが、士気は高い。
「金貨三枚で人生を棒に振る気?」
「そう思うなら返せよ」傭兵は笑って鎚戈を構え直した。その先端は不安定に上下した。
「次は勝てばいい。手加減はしないけど」ライは苦笑を返した。死ぬつもりの人間と話すと神経が擦り減る。自分はこのような場所にいるような人種ではないはずだ。見てわかるような死地とはそれなりに無縁に過ごしてきた。
「そうだな、次は勝とう」
 ライは答えるべきか迷った。
 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。視線を巡らせたが、戦列の先には篝火と霧、襲い来る海賊たちしか見えない。その海賊たちの攻勢が幾らか収まり、反撃に出ようとした護衛たちを、指揮官の声が押さえ込んだ。命令を下しているのはバラントレイだった。彼は集団を指揮することに随分と慣れているように見えた。嘗てはどこかの正規軍にいたか、或いは自分の傭兵団を持っていたのだろう。
 ライは霧の先を見通そうとしたが、失敗した。自然のものでないためか、視界が効かない。
 やがて、霧の中から海賊たちが飛び出してきた。ライは人間よりは幾らか先に彼らの姿を見て取った。或いは、目のよい者は同時に気づいたかも知れない。どちらにせよ、一瞬は目を疑ったので、大差はなかった。
 海賊たちは、中央の者を先頭にに、両翼に数人を並べ、見事な突撃陣形で突っ込んできた。
PR

2010/06/15 01:14 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

トラックバック

トラックバックURL:

コメント

コメントを投稿する






Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字 (絵文字)



<<羽衣の剣 9/イートン(千鳥) | HOME | テラロマンスシリーズ : イカレ帽子屋と鳳凰の国/(ゲッソー)>>
忍者ブログ[PR]