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2024/04/30 04:45 |
カットスロート・デッドメン 1/タオ(えんや)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:タオ
NPC:
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その青年は一人街道を歩いていた。
ふらふらとどこか不安定で、ゆっくり歩いてるように見えて、そのくせ足が速い。
ただ歩いているはずなのにどう移動しているのかよくわからず、気持ち悪い。

…ただすれ違うだけなら、わずかな違和感だけしか感じないのだろうな。
茂みに身を潜め石弓の照準を合わせながら、狙撃手は思った。
青年の外見は男性にしては低めの背丈、なで肩の華奢な体躯で、その表情に浮かぶ柔和な微笑は、連続殺人犯として高額な賞金をかけられているとは信じがたいものだった。
だが狙撃手は、今なら信じる気になれた。

残虐性はみじんに感じ取れない。殺人を犯すような男かと問われれば今でも首を横に振るだろう。
ぱっと見は無害な小男にしか見えない。
しかし、明らかにあの男は異質だ。
観察し続けたから、その動きの異様さがわかる。
あんな動きを身につけた男が、まっとうな生活を送っているとは思えなかった。

だとしても関係ない。いくら動きが奇妙だろうが、矢が刺されば死ぬのが道理だ。
狙撃手は自分に言い聞かせると、静かに引き金を絞った。

石弓から放たれた矢は一直線に青年の背中に飛んでいき、
そして青年のすぐわきを通り、街道脇の木の幹に深々と突き刺さった。

狙撃手の腕が悪かったわけではない。
本来ならその狙撃手にとって決して外すはずのない距離だった。
しかし青年の異様な動きが目測を誤らせたのだ。

青年は振り返り、こちらを見た。

目が合う。発見された。
最初の一撃で仕留められれば楽だったのだが、こうなれば仕方ない。

街道脇から青年を取り囲むようにして、様々な武器を持った男達が飛び出してきた。

青年に動揺が見られないのは、気付いていたからか、それとも慣れているのか。


周囲を囲む男達は、筋骨隆々で、人相も険しく、柔和で華奢な青年と比べると、まるで熊と兎だ。
得物も、男達は剣やら斧やら槍やら凶悪そうなものを構えているが、青年は得物らしきものは何一つ持っていない。
どう見ても、殺人鬼を取り囲む賞金稼ぎではなく、哀れな獲物を捕らえようとしている山賊達の図だ。
実際、山賊と賞金稼ぎにそう差があるわけでもない。賞金稼ぎをしていた男が、一月後に犯罪者になっていたなんていうのはざらだ。
しかし彼らはまだ、法の側にいた。

一方、高額賞金首であるところの青年はというと、この状況においてなお、変わらず微笑みを浮かべており、今自分の置かれている状況を理解しているのか怪しいところであった。

もっとも、その青年がどう思っていようが賞金稼ぎ達には関係なかった。
手配書には『生死不問』と書かれている。
もとより生かして捉えるつもりはない。

男達が一斉に襲い掛かった。




数分後、狙撃手は賞金稼ぎとして長生きするための賢明な行動に出た。
つまり、勝てぬ相手には挑まない。
石弓を捨て必死に逃げる狙撃手を見送った後、青年-タオ・リウシェン-は足元に転がる死体を埋葬することにした。
死体を街道脇に運び込む時、死体の懐から一枚の手紙が落ちた。
タオはそれを懐にしまうと、簡単に死者を弔い、旅を再開した。



  *   *   *



港湾都市ルプール。
サランガ氏族領の中でも直轄領に隣接し、首都ティルフ擁する大陸最大の淡水湖と外洋に面するこの街は、湾の最奥に位置し、島嶼にも恵まれ、天然の良港として、かつ海路交易の中心地として栄えており、漁業を中心産業とするサランガ氏族領の都市の中では、少々変わった趣を持っていた。
遊牧商人でもあるコーレリアの民や、金属細工物を運び込むグルナラスの民、さらにはシカラグァの民などが入り混じり、活気と喧騒が町全体を包んでいた。

桟橋には入港した帆船から荷物が下ろされ、立ち並んだ船渠からは木を削り、組み込む音が聞こえる。

タオは視線を転じて外洋へと向けた。
目の前に広がる外洋の地平には、かつてライガールという国が存在した小大陸が見える。
ある日を境に、天変地異により、そこに住む人々ごと消え去り、抉り取られたような大地だけが残された、呪われた地だ。
呪いに怯え、今では漁師も小大陸の傍にはいかない。
その小大陸の周囲には幾つもの小島が存在していた。

このルプールへの出入りにはどうしたところで、あの小大陸との間を抜けなければならない。
そして、人が住み着くことのない名も無き小島の数々。

いつしかそこには無法者が住み着き、海賊が横行するようになった。
シカラグァの海軍が何度となく討伐を行い、その都度四散するも、ほとぼりが冷める頃に集まってくる。
この一帯は海賊地帯とも呼ばれ、日々多くの海賊が現れ消えていく。
国が常に守ってくれるわけではない。
したがって、商船は自衛のために腕利きの冒険者や賞金稼ぎを雇い入れるのが常であった。
…あるいは、ライバルの商船を襲う際の戦力としても。

タオが手に入れた手紙は、とある商船への傭兵ギルドからの紹介状であった。

あの時戦った男の内に、この紹介状で謳われているほどの戦歴を感じさせる技量の持ち主がいたか首を捻るところであったが、死合の結果とはいえ、どこぞの商船の護衛が欠けてしまうのも、はたまた護衛の依頼を受け、手ごろな戦士を推薦したのであろう傭兵ギルドの面目を潰すのも心苦しく、タオは彼の代わりに護衛を引き受けることを決意したのだ。
もとよりあてのある旅でもなく、船旅に心惹かれるものを感じたのも事実ではあるが。

あちこち訪ね歩き、途中路地裏に誘い込まれたり、刃物突きつけられたり、殺しちゃったりしながら、なんとか目当ての商人の屋敷にたどり着いたのは夕刻の頃になっていた。

紹介状を見せると、商人はそれととタオを、胡乱な表情で見比べた後、「貴方がレットシュタインの野盗を退治したねぇ」と呟いていたが、問われたわけでもなかったのでタオは沈黙を守った。
むろん、そんな名の土地の名すら知らない。
商人は訝しげにタオを見つめた後、「まぁいいでしょう。最近また海賊の活動が活発になっていると聞きます。護衛は一人でも多いほうがいい。」と一人納得した。

ニ日後、タオは甲板の上で潮風に吹かれていた。
甲板の上では忙しそうに屈強な水夫達が動き回り、タオの近くでは同じく護衛に雇われた数名がカード遊びにふけっている。

「お前、前はレットシュタインにいたんだって?」

頭上からの声に振り仰ぐと、禿頭の巨体の男が見下ろしていた。
腰には手斧を二本挿している。

「ずいぶんとでかいホラを吹いたもんだ。
 ソロバンはじいてるだけの奴らは釣書一つで騙せても、俺はそうはいかねぇぞ。
 お前みたいなチビがまともに戦えるわけがない。」

その時、不意に船が揺れ、禿頭の男はよろめいた。

「おっと。船旅はこれだから好きくねぇ。
 いいか、くれぐれも俺の足だけは引っ張るなよ。」

禿頭の男はそれだけ言い捨てると、タオから離れていった。

「どっちが足を引っ張ることやら。」

横合いから、タオに言葉が投げかけられた。
赤髪の長髪の青年が唇の片端を釣り上げてタオに笑いかけた。
赤みがかった褐色の肌はサランガかグルナラスの民のようだ。
長身痩躯だが鍛えられた体つきで、腰にはサーベルと先込め式単発銃が突っ込まれていた。

「あのおっさん、よろめいてやがったぜ。
 あんたはぐらつきもしなかったのにな。」

赤髪の青年はタオの傍に歩み寄った。

「俺はソムってんだ。」

「私はタオと言います。」

タオは差し出された手を握った。

「よろしくな、タオ。
 さてまぁ、俺はあんたの腕前が見た目どおりだとは思っちゃいねぇが、
 レットシュタインは嘘だよなぁ。
 鬼みたいに強ぇ女と組んでたっていう男も華奢とは聞いてるが、
 …カフール人じゃなかったハズだ。
 というより、あんた見たことあんだよなぁ。どこぞの手配書で。」

ソムはタオの顔を覗き込む。

「まぁいいや。
 あんたが何者だろうが、一緒に戦ってくれるならそれでいい。
 沖の上には法はないしな。
 船の上では仲良くやろうぜ。」

ソムはにかっと笑うと、あらためて船の上を見渡した。

「しかしまぁ、今回の護衛はバラエティに富んでるね。
 能無し筋肉ダルマから名うての腕っこきまで、よくもまぁ集めたもんだ。
 ほら、あそこにいるのは"決闘者"バラントレイ伯に"魔弾の"バンドレア。
 片っ端から引っ張ってきた感じだよねぇ。」

「それほど海賊は脅威なのですか。」

「まぁね。最近じゃ5隻に1隻は被害を受ける。
 今、元気なのは残虐無比の"義足の"コシンガと"伊達男"アーサーの二つだな。
 "義足"は抵抗すれば皆殺しらしいし、"伊達男"も戦闘は勇猛苛烈らしい。
 でも今最も怖いのは、霧から現れる謎の海賊団だ。
 船を残して積荷も人も全て奪い去る。
 やつらに捕らえられて帰ってきた奴はいねぇ。
 ニコラスのとこの船には"黒剣の"レイブンが乗り込んでたらしいが、
 結局は奴も他の連中と一緒に消えた。」

「なるほど。」

タオは頷くと、船首側の甲板にいる人々に目を向けた。
そこで沖を眺めている人々は、水夫とも、ここにたむろっている傭兵達とも雰囲気が異なっていた。
ソムはタオの視線に気付き、教えた。 

「あぁ、荷物運ぶついでに客も運ぶんだとよ。
 商人様はそつがないねぇ。
 …吟遊詩人まで乗せてんのか。」

タオの目も、なんとはなしにその吟遊詩人を捉えていた。

 
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2010/02/04 00:28 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 2/ライ(小林悠輝)
件名:

差出人: 小林さん "小林"
送信日時 2010/01/05 18:11
ML.NO [tera_roma_2:0947]
本文: PC:ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

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 海の男は勇敢だ。しかし同時に迷信深くもある――これは生きる場所を限らず、
生死の境界に近い人間に共通の特徴かも知れない。沖に異界があり航路には海賊が
出るという海域を渡る武装商船は、随分と物々しい様相でありながらも、護衛のた
めに近隣から掻き集められた歴戦の冒険者や傭兵たち、船員や他の乗客たちの中に、
一人として女性の姿はなかった。
「海は女だ。気まぐれな女神様だ。その癖、男の浮気には厳しいと来てる」船員は
志願した女剣士を追い返す際、手垢の付いたその言葉を引用した。「わかるか、嬢
ちゃん。美しくも恐ろしい俺たちの恋人は、手前ェのような可愛い顔の小娘を見つ
けた日にゃ、船ごとひっくり返しちまうのさ。陸の上でなら幾らでも乗せてやるが、
海は駄目だ。帰れ帰れ」
 そこで船員と女剣士との間で一悶着がありつつも、船は無事に出港の準備を終え
た。当然、船上の顔ぶれに例の女剣士の姿はなかった。

「女の一人でもいないと、演奏のし甲斐がないね」
 ライがぼやくと、近くにいた乗客が苦笑した。「残念だ。船旅なんてのはただで
さえ娯楽が少ないってのに」
「仕事はするよ、もちろん。それが乗船券だ。楽師は曲で支払う」ライは乗客を横
目にした。相手は体躯の細い学者然とした男だ。年は四十前だろうと感じられた。
男はにやと笑った。「そうだろうかね。迷信の賜だと思うが」
 ライは外套のフードを上げながら、肩を竦めた。明確な像を結ばない指先を横目
に尋ねる。「迷信? 生憎、海にはあまり縁がなくて、詳しくないんだ」
「幽霊船」男は声を落とした。
 ライは僅かに眉根を寄せ、「出るの?」と問うた。
「違う、違う。ここらの海賊は殺しても死なないって噂だ、物騒なことに。それは
別に、ようは、人工的な幽霊船の風習があるのさ――東海岸だけのね」
 男はそこで気づいたように帽子を取って会釈し、「モスタルグィアのエグバート
だ。シカラグァの文化の研究のために来ている。普段はここから東に三日ほど行っ
た村で教鞭を取っている」
「僕は見ての通り、旅の楽師だ。あなたは随分と遠くから来たね」
「いろいろあるのさ、この船旅がうまく行けば久々の里帰りだ。で、幽霊船の話だ
がね、想像するほど物騒なことじゃない。普通、船旅の最中で不幸に遭った船員は
水葬にするが、余りにも多勢が犠牲になった時には、ひとりだけ、その中で最も船
長に忠実だった船員の死体だけは残しておくのさ。そうすると、その船員の幽霊が、
海の怪異から船を守ってくれるってわけさ」
「“生者の船に、亡霊は一人しか乗れぬ”」
 それだ、とエグバートは頷いた。
「それ自体は漁船に先祖の骨を括りつける南の未開人の迷信だが、最近、シカラ
グァの船乗りにも伝わったらしい。それが腐乱死体を投げ捨てない理由になったの
さ。衛生的によくないと思うんだがねぇ……だから君は一種の守り神扱いだ、幽霊
詩人君。臭い死体を乗せる必要がなくなったのだからね。西の国々では考えられな
いことだが、そもそもシカラグァ周辺の東方の伝承に登場する幽霊と言うものは、
私たちの知るものとは少し異なっていて――」
「腐乱死体ほど臭くない自信はある」ライは苦笑してエグバートの話を遮った。長
くなりそうだったからだ。「死体より余程うるさいけど……ん?」
 不意に視線を感じ、振り向く。遠目にも物騒な護衛の男たちの集団で、二人から
こちらを見ている。ライは外套の下から弦楽器を取り出し、大仰に一礼してみせた。
男二人は興味をなくし、視線は逸らされる。
「それはリードリースの楽器か」エグバートが言った。
「そう、最近知人になった旅人に教わったんだ。出港したら聞かせてあげるよ」
 ライは会話を切り上げた。どうもこの男は好かない。異国の文化を標本にして観
察する自分に酔っているように見えて。



 船旅とは退屈なものだ。海は青く、空は青く。遠ざかる陸地、濃厚な潮の香り。
ぎいぎいと板が波にこすれる音、船員たちの怒号じみた合図。出港直後はどれも目
新しく刺激的だが、三日を過ぎると早くも飽きが来る。
 適当な樽に腰掛けて弦を調律していると、頭上を影が滑った。見上げれば、白い
翼の海鳥が、青の間を飛んでいく。
 その光景に既視感を覚え、そしてすぐに前の船旅を思い出した。あれはソフィニ
アの北からの出港で、コールベルへ向かう航路だった。どれだけ前かは、はっきり
と記憶していなかった。意識を過ぎった長い黒髪の残像に苦笑する。
 手持ち無沙汰に楽器の弦を調律しながら、耳に残る舟歌を口ずさむ。低吟は風に
溶けた。ざらつく声を止める。空は青く、景色に変わりはない。乗客や護衛の何人
かが船酔いで死んでいたが、それをからかうのも飽きた。
 とはいえ、船とは巨大な密室であるという。密室に大勢が集まると――暇つぶし
となる事柄は、自然と発生するものだ。

「おっかねえなあ」隣で声を上げたのは、傭兵の一人だった。
 ライは彼の指し示す先へ目をやった。
 少しばかり離れた場所、先程まで護衛の男たちが集まっていた甲板の一角が何や
ら騒がしい。どうやら穏健でない状態にあるらしく、数人が取り巻く中で、巨躯の
男と小柄な男が向い合って立っている。小柄な男のあまりやる気のなさそうな表情
から、喧嘩というよりは一方的に吹っかけたものであろうとは予想がついた。
「おっかないねえ」ライは答えた。「参加しないの?」
「馬鹿言えよ。何を好きで無駄な怪我なんかしなきゃいけないんだ。優雅な船旅、
塩気の強い飯、そして海賊が出たら適当にちぎっては投げ小銭をもらう。それでい
いだろ」傭兵はつまらなさそうに言った。
 わざわざ幽霊と雑談をしようと考えるのは、真面目さを向ける方向を間違ってい
るか、そもそも真面目に生きていない人間ばかりのようだ。真面目に生きていれば
近寄ってこないか、どうして地上に留まっているだの未練がなんたらだのと面倒く
さい説教や詮索をしてくるかのどちらかだ。
 大抵、厄介なのは常識ではなく正義感の方だが、これが意外と多い。特に聖職者
に。余計なお世話だ。
 常識と正義感のどちらもあまり持ち合わせていなさそうな傭兵は、「どっちが勝
つと思う?」と問いかけてきた。護衛たちは場所を空け、問題の二人は相変わらず
立っている。巨躯の男が何やら挑発めいた笑い声を上げたが、強く吹いた潮風のせ
いで意味までは聞き取れなかった。
 ライは二人を眺めた。どちらもそこそこ強そうだ。というのはわかるが、そこそ
こ以上の戦士の技倆を計る方法については詳しくない。なんとなくわかったのは、
隙がなさそうなのは小さい方だということだった。一見は無防備であるのに、どこ
から打ち掛っても容易くいなされそうだ。これは自分がよく知っている戦い方との
相性もあるだろうが――つまり、直接武力では暗殺しにくそうだ。
 そんなことを考えていると、小男がちらと視線を向けてきた。ライは虚をつかれ、
一瞬の後で、手をひらひらと振って応援の仕草を返した。相手はもうこちらを見て
いない。
「ちっこい方だと思うのか?」隣の傭兵が尋ねてくる。
「どっちでもいいけど……じゃあ、ちっさい方で」ライは答えた。彼がこちらを見
たのは十中八九は偶然だろうと思えたが、殺気にも満たない多少物騒な想像の気配
に感づいたのだとしたらおもしろそうだからだ。サーガの主人公でもあるまいが。
 どこかで見たことがあるような気がする、と記憶を手繰る。昨日、一瞬だけ目を
合わせたときからの違和感だ。ライの知人は、どちらかといえば彼の敵の巨躯の男
の方や隣の男のような、夜毎に酒と賭け事に興じるような人物ばかりなので、接点
はないはずだが。
「いくら賭ける?」傭兵が尋ねた。
「そうだな……昨日の勝ち越し金の半額でいいよ」
「みみっちいな。全額いこうぜ」
「胴元を立ててくれれば考える。もう始まるみたいだけどね」
 ライは即席の試合場を指した。

------------------------------------------

2010/02/05 00:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 3/タオ(えんや)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:タオ、ライ
NPC:ソム、巨漢、神父、ほかたくさん
場所:シカラグァ・サランガ氏族領近海の船上
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どこまでも蒼い空の下、大きな白い帆いっぱいに風を受け船は進む。

護衛は、有事のその時に動けさえすれば、遊んでいても許される。
暇を持て余した護衛の多くがカード遊びに興じたり、日光浴よろしくごろ寝したり、思い思いに羽根を伸ばしている中、甲板の上で、タオは一人日々の鍛錬に精を出していた。

正中線を意識し、正しい立ち姿で立つ。
呼気により周囲の気を取り込み全身に行き渡らせる。
タオにとっては呼吸一つ、姿勢一つとっても功夫であった。
普段意識せずに行っていることではあるが、毎朝、確認するように行うのがタオの日課だった。

雲が流れ、風が頬をなでる。
波の揺れを足元に捉えながら、タオはしばらくそう過ごすと、
やがてゆっくりと単調で緩慢な動作を繰り返す。
それは舞のようでもあった。

「なんだそりゃ。ダンスの練習か?」

頭上から嘲りを含んだ声が響いてくる。
出港時に絡んできた巨躯の男がいた。
呼気には酒のにおいが含んでおり、酔っているようだ。
これで、いざというとき動けるのだろうか。
タオは内心そんな心配をしたが、他人のことなので口にはしなかった。
代わりに当たり障りのない返事をしておく。

「鍛錬ですよ。
 しかしダンスとは慧眼ですね。
 "武"と"舞"は通じるものが多い。」
「はぁ?お前、何言ってんの?
 トレーニング?それで強くなれるわけねーだろw
 それとも、あのダンスはまじないかなんかか?
 チチンプイプイ強くなぁれってか?」

巨躯の男は自らの言葉に腹を抱えて笑い出す。

「オーケィ、オーケィ
 お前意外と笑わかせてくれんなぁ。
 そんじゃま、俺にそのトレーニングの成果とやらを見せてみろよ。」
「戦いの技は戦いの場でしかお見せすることは出来ません。」
「でったー!ハッタリ台詞!!
 やっぱお前、あれだな。
 レットシュタインで野盗やったっての、ウソだろ?
 いいぜ、俺様が軽く揉んでやんよ。」

タオは目の前の巨漢をしばらく眺めたあと口を開いた。

「それはあまりよろしい考えではないかと。」
「何がだよ?」
「そのような心構えで戦いに臨むのは危険かと存じますが。」
「はぁ?お前相手に何があるってんだ?
 あのなぁ、Mrハッタリ。
 俺様を誰だと思ってんだ?
 俺はエディウス内乱でも活躍したフェドート・クライだぜ!」

世情に疎いタオでも、その名は知っていた。
"フェドート・クライ"。
それは冒険者たちの間で囁かれる、様々な怪物退治の伝説を持つ戦士だ。貴族的な容貌の隻腕の男と言われている。
活動時期が現在から過去数十年に渡るため、その武勇譚の多くは、フェドート本人のものではなく、他の冒険者や地方の神話などが混ざってるとも言われているが、実際イスカーナのフィリア派兵やエディウス内乱などで戦果もあげているため、まるっきり架空の人物とも言えない、いわば生きた都市伝説となっている人物だ。

しかし、目の前の男は、そんな伝説に謳われるほどの人物とは思えなかった。
容姿がそもそも貴族というよりは山賊といったほうが的確というのもあるが、百歩譲って、エディウス内乱から10年。時の流れがいかに残酷だとしても、伝説の戦士が凡百の戦士に後戻りするはずもない。

「…彼の人は、隻腕と聞いていましたが。」
「俺様のスタイルでな。
 戦場では片腕だけ肩まで金属鎧で覆っていたからな。
 いつの間にか義手って噂が流れてたんだよ。」
「…嘘を口にするなとは申しませんが、
 身の丈にあったものにしなければ、自らの首を絞めますよ。」
「なんだと!テメェ俺が嘘ついてるってか!?」

その瞬間、巨漢の後ろで何人かの笑い声が聞こえた。
何人かの傭兵がこちらの様子を見て笑っている。
何故巨漢がこうも執拗に絡むのか、ようやくタオは得心がいった。
どうやらこの巨漢、仲間内でも"フェドート・クライ"だと信じてもらえず、誰かを使って強さを示さなければならなかったのだろう。そしてタオが一番くみしやすいと考えたようだ。
巨漢も後ろの笑い声に、少し冷静になったのか、口元に引きつった笑みを浮かべてタオに向き直った。目の奥には隠しようもない怒りが渦巻いているが。

「…まぁ、信じきれねぇのもムリねぇかも知れねぇがな。
 俺様相手なら不足はねぇだろ?
 トレーニングの成果を見てやるぜ。」
「それは私とし合うということですか?」
「あぁ、手加減してやるぜ。」
「そんな必要はないのですが…。」

タオはため息をついた。

「私達がし合う必要がありますか?」
「びびったのかよ?
 安心しろ。
 素手で相手してやるから。」
「素手でなくとも構いませんが、そうことではなく。」
「ほら、ギャラリーも期待してんだぜ。可愛がってやんよ。」

周囲には、退屈しきっていた人々が集まりだしていた。
ご丁寧に、護衛仲間は二人の周囲の樽やらを除けて場所を空けている。
止める気はなさそうだ。

「期待するのは自由ですが、
 それに応えるつもりはありません。」
「煮えきらねぇハッタリ野郎だなぁ。
 そんなにケガが怖いのか?
 それともナニか?
 ダンスのレッスンばっかで、戦い方を忘れたのか?」

巨漢は挑発するようにせせら笑う。
それを聞き流していたタオだが、皮膚の上を走る気配に視線を移した。

そこには幽霊詩人がいた。
幽霊詩人は一瞬驚いた顔を見せたが、ひらひらと手を振ってみせる。

「おいおい、びびって声も出せないのかよ。」

巨漢ががなる。

「どうにも気分が乗らない。」

タオがため息と共に呟く。
巨漢はそんなタオの周囲をフットワークで回り始めた。
周囲がいよいよ始まるのかと沸き始めた。

「あなたとやり合って、意味があるとは思えないのですが。」
「うるせぇ。意味なんて関係ねぇんだよ。」

巨漢が一気にタオの間合いに踏み込んだ。


 *   *   *


「胴元を立ててくれれば考える。もう始まるみたいだけどね」

ライがそう即席の試合場を指した時、巨漢がフットワークを始めた時だった。

「胴元がいりゃいいんだな?」

傭兵は視線をギャラリーの中に移す。一際人だかりの多い、その中心にその人物はいた。
首から、この地では珍しいイムヌス教の聖印をぶらさげ、聖衣にその身を包んだその人物は、人だかりの中で、一際大きな声を張り上げていた。

「これはいけません。主曰く『汝の隣人を愛せよ』。
 暴力で解決できることは何もありません。
 しかし!試合であるなら話は別。
 スポーツマンシップに乗っ取って技術を競い合うことは、
 云わば拳をもって、隣人と会話し愛し合うことなのでしょう!
 さらには!退屈という試練を科せられた我らに一時の至福を与えようとは、
 何たるアガペー!!
 これを献身と言わずして、何を献身と言わんや!
 そのような深き愛の前に、主に忠実なるしもべの私の出来ることは唯一つ。
 彼らの愛が無駄にならぬよう、共に退屈という悪魔を打ち破るべく、
 出来る限り盛り上げることだけです!
 さぁ主はおっしゃられた。
 『右の方に張ってダメだったら、左の方も張れ』と!
 伝説の傭兵フェドート・クライVsレットシュタインの野盗殺し!
 今日は、主の寛大な御心に従って、テラ銭は負けた側の掛け金のたったの1割!
 残りは勝ちを当てた方々で、賭け口に応じた均等配分!
 一口当たり金貨1枚!さぁ張った!」

その神父の目の前には空の樽が二つ並べられていて、表面に汚く、『フェドート』と『レットシュタイン』と刻まれている。周囲の人々が次々金貨を差し出し、神父は忙しそうに樽の表面になにやら刻み付けていた。

「昨日のおたくの儲けは金貨10枚だったよな?」

傭兵はにやりと笑うと、人だかりの中心にいた人物に声をかけた。

「神父!幽霊詩人殿はちっこいのに賭けるぜ!10だ!」
「なんと!幽霊詩人殿は10と!大胆な!
 しかし当たればでかいですぞ!主の祝福あれ!」

神父はそう答えながら手を差し出す。
ライはしぶしぶ神父に金貨を渡した。
『レットシュタイン』の樽の表面に『ゆーれー、10』と新たに刻まれ、ライの金貨がその中に放り込まれた。
 

  *   *   *


巨漢の拳がタオの髪を揺らしたのを、タオは無表情で眺めていた。

「どうした?速すぎて反応できなかったか?」

単にタオはそれがただの挑発行為で、危険がないことを知っていたから反応しなかっただけなのだが、巨漢の男は自慢げに笑う。

この男と拳を交わしても、おそらく学ぶことも得ることもないだろう。

それでも相手がやるのであるば、流れに任せるつもりであった。
その時、ギャラリーの中からソムが声をかけてきた。

「ケンカじゃなくって、手ほどきだ。
 そいつに一手ご教授してやれよ。」
「なるほど。
 そういうことであれば、
 まだまだ未熟な身なれどお相手仕りましょう。」

巨漢が不機嫌な表情に変わる。

「…逆だろ?
 俺様が教えてやるんだぜ。
 実戦の厳しさってヤツをな。」
「まぁまぁ、やればわかるし。」

ソムが宥めてるその横で、タオが巨漢に言葉をかけた。

「…あの、必要なら武器装備を整えてこられては?」
「上等だ、テメェ。構えろよ。」

拳を構え、フットワークを駆使する巨漢と違い、タオは未だ構えもせず立っているだけだった。

「いつでもどうぞ。
 それともあなたの言う実戦とは、
 相手が構えるのを待つものなのですか?」
「…死ねよ」

一気に踏み込んだ巨漢だったが、次の瞬間タオを見失い、足をすくわれ甲板に転がっていた。
タオは何もなかったように立ったままだ。

「出だしがわかりやすすぎます。
 それにその移動方は、平たい場所ならともかく、不安定な場所には不向きです。
 あと、力みすぎですね。」

タオが冷静に告げる。

「なめんな!」

巨漢がさらに激昂して襲い掛かる。

数分後、何度も床に転がり疲れ果てた巨漢の横で、タオは涼しげな顔で立っていた。

「もう終わりですか?」
「…てめぇ、逃げて…ばっかで…卑怯だぞ。」
「そうですか?」
「…よし、…じゃぁ次は…てめぇの番だ。…殴ってみろよ。
 お前の拳なんざ…効かねぇって…見せてやるぜ。」

巨漢がそう言って立ち上がると、発達した筋肉を引き締めた。

「…うわ、あいつ馬鹿だ…」

ソムが呟く。

「わかりました。」

タオがそう言ったと同時に、巨漢の懐に滑り込んでいた。
思考の虚を突かれた巨漢の腹に掌をそっと添えると同時に、太鼓が響くような大きな音がして、そのまま巨漢は沈み込んだ。

タオが離れたその後ろで、巨漢の様子を覗き込んだ護衛仲間が、「脈ねぇぞ」と呟く。周囲にいた人々がざわめき始めた。

「加減しろよ。」
「したんですがね。」

タオはそう言うと、巨漢の傍らに座り、うつぶせにした後、心臓の上に掌を添えた。そして軽く打ち込む。巨漢は次の瞬間息を吹き返し、激しく咳き込みだした。

「これで大丈夫ですね。」

涎と涙まみれの顔を上げた巨漢は、タオの微笑みを見て、悲鳴を上げて逃げ出した。



  *   *   *


月明かりの下の甲板の上、ソムと神父それにタオとライが酒を酌み交わしていた。
もっとも酒を飲んでいるのは神父とソムだったが。

「いやぁ、お前のお陰で、ずいぶんと稼がせてもらったぜ。」
「まったく、主は思わぬ祝福を我らに施します。」

上機嫌なソムと神父の横で、同じく大勝ちしたという理由だけで呼ばれたライは、微妙に居場所がなかった。ソムや神父のように酒を呷り大騒ぎすることもできず、いまいち二人の馬鹿騒ぎにも加われない。
同じく素面のタオはというと、我関せずで沈黙を守り星を眺めている。

「ずいぶん強いんだね。」

仕方なしに、ライはタオに話しかけた。

「いえ。まだ未熟です。」
「えー、だってあの巨漢、それなりに強かったよね?」
「そうですね。しかし、あなたでも彼に苦労しないでしょう?」

タオは幽霊詩人の目を正面から見た。

「…まぁ幽霊だからね。」
「いえ、生前でも。」

タオの言葉にライが怪訝そうな表情を浮かべる。

「あの場で、私との戦いを想像していたのは3人。
 ソムと、バラントレイ、それにあなたです。
 そしてあなただけ、私を倒す方法を考えたのではなく、殺す方法を考えた。
 死者としてではなく、生者としての手段で。」

タオは星に視線を移し呟いた。

「魂は地に還り、魄だけとなれど、
 思考は人である頃に捉われてしまうものなのですね。」


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2010/02/08 21:35 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 4/ライ(小林悠輝)
PC:タオ, ライ
場所:シカラグァ・サランガ氏族領・港湾都市ルプール - 船上

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 不意に放たれた言葉に、苛立を覚えないでもなかった。
 だがライは曖昧に笑って視線を逸らした。
「人間同士の勝負に賭けるのに、人間以外の戦い方を想像してどうするの?」
「では、あなたにはあの手合わせが、殺し合いに見えたというのですか?」
 タオの言葉に首を傾げる。眺める景色は地上では見られぬものだった。天上で瞬
く星と月が波を白く煌めかせ、波の音は遠い豪風の唸りに似て聞こえる。ライは目
を細めた。「戦いには詳しくないから、いちばん確実に相手を無力化させられそう
な方法を考えただけだよ」
「そうでしょうか」
 ライは一瞬、言葉に詰まった。タオは引き下がると思い込んでおり、追求の言葉
は予想外だった。「幽霊ってのは寂しがり屋でね」笑い飛ばす。「仲間を増やす機
会を狙ってるのさ」
「なんだそれ、物騒だな」と割り込んできたのは、ソムという名の傭兵だった。見
るからに泥酔していたが、目の奥には醒めた輝きがあった。この男も隙がない。
 ライは苦笑して不平を言った。「このちっさくて強いお兄さん、戦いのことで夢
中なんだ。か弱い僕まで巻き込もうとする。助けてよ」
 ソムはくっくっと笑った。「諦めるんだね、傭兵なんてのはそんな連中ばっかり
だ。俺は違うけどな」
「そうかな? まあ、この中で僕が一番怖いのは、そこの罰当たり……じゃなかっ
た。徳の高い神父様だけど」
「神は彼にも恩恵を賜りました」神父は杯を空にしてから言った。彼は心底機嫌が
よさそうだった。「ならば今宵は共に飲むのが神の御心というもの」
 ちなみに金貨三枚がこの船の護衛の前金程度の恩恵らしい。高いのか安いのか微
妙なところだが、数人分を根こそぎ掠めとったのだから、戦果としてはまずまずだ。


 ソムが片手で瓶を持ち上げ、神父の杯を酒で満たす。
 ライは彼におざなりに手を振った。「使徒曰く、“受けるよりも与える方が幸い
である”。神父様、どうぞ僕の分もお飲み下さいな」
「おお、敬虔たる仔羊に祝福あれ!」神父は酒を一気に呷った。「あの彼には気の
毒ですがね」
「あー……」ソムは苦笑いした。「まあ、そうだな。あの一点だけは同情する」
「何のことです? 私は彼の挑戦に応じただけです」
「ああ、うん。あなたは悪くないと思う」ライは視線だけを彼に向けた。正に、苦
笑するしかない理由での同情だ。彼がタオに負けたのは、彼自身の素質もあるが、
相手が悪かった。陸の上なら戦えるだろうし、戦い慣れているだろう。
「さっき、暇だったから、からかいに行ったんだ。ウザいくらい凹んでたから、試
しにちょっと話を聞いてみたら、本名なんだって、フェドート・クライ」
 タオは意味がわからないとばかりに首を傾げた。
 ライは補足した。「クライって、エディウスとかパウラのあたりでよくある苗字
なんだよ。親が都市伝説にあやかってつけたか、偶然か、とにかく騙りじゃないん
だってさ」
「しかしエディウス内乱に参戦していたと言っていますが」
「あの時期、でかい戦はあそこだけだったからな。本当にいたんじゃねえの?」ソ
ムが肩を竦め、手酌で杯を満たした。ついでに自分の杯を寄せた神父に酒を注ぎ、
瓶は空になった。神父は卓の下から新しい瓶を出し、縁ぎりぎりまで継ぎ足した。
「戦果の方は誇張も入ってるだろうが」
「武勇伝なんてそんなものだよ」ライは適当に答えた。「生きてれば商売道具だし、

悲劇的に死ねば伝説になれる。でも、存在するのかもわからない有名人と同姓同名
だと、名声もそっちに奪われるだろうね」
「エディウス内乱のフェドート・クライっつーと、黒騎士と竜眼がスコア争いして
たからな。他におなじ名前の奴がいたとしても、霞むだろ」ソムは杯を口元にやっ
た。「黒騎士のおっさん、まだ現役なんだぜ? この前見たが相変わらず隻腕で大
剣振り回してやがった。四十路すぎてよくやるわ」
「うわ、恐。もうそれ本物でいいよ」
 ライが言うと、ソムはげらげらと笑った。
 関心なさそうに聞いていたタオが、「そちらは有名な方なのですか」と聞いた。
ソムが答えた。「冒険者ギルドのAランクだ。死ぬまでは有名だと思うね」と言っ
た。タオは納得したように頷いたが、ライは、きっと彼は今、彼にしか見えない何
かのリストに名前を追加したのだろうなと思った。
 純粋な腕試しをしたいなら傭兵や冒険者はあまり適役でないように感じられる。
彼らは逃げも隠れもするし、欺きも略奪も平気行う。冒険者はまだマシだが、やは
り潔くはない。どちらにしたって正々堂々真剣勝負なんて、遊びでしかあり得ない。

たとえば、昼間のような。
 ライはふと思いついて尋ねてみた。「タオって、本業は傭兵じゃないよね。なん
か、それっぽくない」
「ええ、修練のために旅をしています」タオは答えた。柔和な笑みからは、真も嘘
も読み取れない。ライはただ「そうなんだ、大変だね」と答えた。ソムは聞いてい
ない様子だったが、一瞬、ちらと横目でタオを見た。神父はまた酒を呷っている。
倒れるまで飲み続けそうだが、彼の限界より夜明けの方が早く来るかも知れない。

 海風が強くなってきた。塩気を含んだ生臭い風が吹き付け、ランプの炎がガラス
の中で揺れる。月の位置からは深夜と呼ぶには早い時刻と思えたが、船上の夜は長
く、暗い。
 神父はふらふらと船室へ降りた。ライはその背中を見送ってから、自分もそろそ
ろ引き上げようと立ち上がった。風が強い。寒気がする。夜番の船員たちが無言で
立ち動き、時折、大声で合図を送り合う。その声も漆黒の狭間に消えていく。
「…………?」
 海風に異臭が混じった気がした。ほんの一瞬、感覚の端を掠めた何か。
 船員の一人が何かを叫んだ。途端に船上の空気が張り詰めた。船乗りの言葉は訛
りがきついが、異常事態を告げる声音のようだった。
 ソムが椅子を鳴らして立ち上がり、「飲みすぎた」と呻いた。タオはいつの間に
か立っていた。
 瞬く間に霧が周囲を覆った。闇の中、微かな光を反射して、灯火をますます明る
く見せる。近くに立つ人間たちの姿は、霧のせいでぼんやりとして見えた。
「どう思う?」ソムが尋ねた。「用心に越したことはないが」
「この霧で座礁とかしたら嫌だね」ライは反射的に答えた。「……死臭がする、よ
うな気がする」
「曖昧だな」
 ソムの言葉に苦笑する。「そりゃ一般人だからね。本格的な所見と対策は本業に
お任せして、僕は下に避難するよ。ちいさいお兄さん的には、どう?」

2010/02/18 00:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン
カットスロート・デッドメン 5/タオ(えんや)
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PC:タオ、ライ
NPC:ソム、神父、水兵、海賊ほかたくさん
場所:シカラグァ・サランガ氏族領近海の船上
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霧がまるで生き物かのように、甲板の上を滑り、船を呑み込んだ。

「…僕は下に避難するよ。ちいさいお兄さん的には、どう?」

幽霊詩人の言葉にタオは頷いた。

「よくはわかりませんが、いやな感じですね。」

タオは船の行く手、濃い霧の中をじっと見つめた。
まるでそうすることで霧が見通せると信じてるかのように。

「で、ちいさいお兄さんは、ここに残って警戒?」
「何が起こるかはわかりませんから、なるようにします。」
「…は?」
「…悪ぃ。俺の勘もヤバイって言ってる。
 下にいる護衛連中呼んできてくれ。」

タオの意味不明な返事に戸惑うライに、ソムは的確に指示を伝えた。
その顔からは、先ほどまでの酔いが消えている。

「ソフィニアの酔い覚ましは高いだけあって効くね。」

ソムは軽口を叩きながらも鋭い目つきを霧の奥に向ける。
ふと霧の中から波音に紛れて、木の軋むような音が響いてきた。
規則正しいその音が、オールを漕ぐ音だと気付くのが遅れたのは、水夫達が知っているそれよりも、すいぶんと早いピッチだったからだ。
最初に気付いたのは見張り台にいた水夫だった。

その水夫は霧の中に一瞬見えたそれに目を見張り、すぐさま叫んだ。

「海賊だ!!」

同時に三人の目も、それを捉えた。

霧の中から突然現れた黒い帆。
そしてそこに描かれた禍禍しいジョリー・ロジャー。
しかし何故、この真夜中の深い霧の中を航海灯も点さずに移動できるのか。
微弱な風の中、しかも風下から、何故それほどの速度で突っ込んでこれるのか。

そんな疑問を抱く間もなく、その海賊船は三人の乗る船の横腹目掛けて突っ込んでくる。
半ばパニックになりながらも、水夫達は必死に回避行動を行おうとするが、間に合うわけはなかった。

「ぶつかるぞ!」

水夫が叫ぶ。
次の瞬間、激しい衝撃が船を襲った。
見張り台にいた水夫は転落し甲板に叩きつけられ、甲板上の水夫達も転倒し、一部は海に投げ出される。
ソムとタオもまた、衝撃のため、甲板に転がっていた。
喫水線から浮かび上がった衝角が禍々しい牙のように、船の側面に突き刺さる。
船材が周囲に飛び散り、水飛沫と一緒に降り注ぐ。
海賊船の船首はそのまま船に乗り上げるようになり、こちらの船は、やや斜めに傾いたまま、衝角を外すこともできず、押さえこまれた。
バウスプリットの下部に彫られた美女の胸像が冷ややかに甲板の惨状を見下ろしている。

そこからはまさしく鉄火場だった。

次々と海賊達が飛び降りてきて、甲板のそこかしこで水夫達に襲い掛かる。
護衛たち甲板へ駆け上がり、その中に飛び込んでいく。

甲板の上は、あっという間に乱戦状態になった。

怒号、剣撃、悲鳴それらが霧の中に響き渡り、血の匂いに混じり、死の匂いが色濃く立ち込めてくる。
甲板が血で染め上げられ、人間の部品があちこちに散らばる。

水夫たちも喧嘩慣れした猛者であり、それ以上に戦いを生きる糧としている傭兵たちが加わっている。生半可な海賊なら、じきに退けられるはずだった。
だが、すぐに彼らは異常に気付くことになる。
水夫や護衛達とは対照的に、襲い掛かりながらも、声一つ発することのない海賊達。格好こそ普通の海賊であったが、彼らの肌は異様に白く、人とは思えない膂力を振るい、何より銃で撃たれても、剣で斬られても平気で動き続け、その鋭い犬歯で首にかじりついてくる。

「アンデッドか!」

誰かが叫んでいた。

ソムとタオもまた乱戦の最中にいた。
ソムの剣が一閃し海賊の腕を切断する。そのまま剣は翻り、大きく口を開けた海賊の上顎から上を切り落とした。
その横でタオは海賊の懐に踏み込む。同時に激しい衝撃音が響き、海賊は宙を舞った。

「万鬼(ワンクェイ)ですね。私の故郷で会ったことがあります。
 魄、天に返して、魂、地に返さず。もって万鬼と成す。」
「なんだよそれ!」
「動く死者です。」
「そんなこた、わかってる!」

ソムはタオのずれた答えに叫んだ。

「どんな奴だよ!」
「見ての通り。
 死人ですから剣も銃も効かない。
 枷が外れたので膂力が跳ね上がってる。
 爪には毒が含んでいる。
 呼気も食事も行えないから、天地から気を取り込むことが出来ず、
 従って、血を欲す。
 血(chi)と気(chi)は通ずるもの。
 血を吸われて死した者もまた万鬼と化します。」
「カフーリアン・ヴァンプかよ…。」

ソムはうめいた。
これがヴァンパイアなら水を渡れないはずだし、イムヌス教の十字架も効いてくれそうだが、ワンクェイとやらは少なくとも水は平気らしい。

「弱点は!?」
「日光に当たればなんとか。」
「今、夜だよ!」
「昼間でも、この霧では厳しいでしょう。」

必死なソムの横で、タオはどこまでも落ち着いていた。それがなおさらソムを苛立たせる。

「他には!?」
「道士なら祓う術も。」
「イムヌスの聖職者なら…って、あの神父じゃあてになりそうにないか…。」
「あるいは"気"を纏うか、魔化した武具を用いるか。」
「そんなん都合よくあるか!」

ふと見ると、タオが倒した海賊はもう起き上がってはこない。

「なんで!?」
「ですから、"気"を纏えばと申したはず。」
「んな器用な真似できるか!!」
「私は出来ます。」
「お前だけ狡いぞ!」
「そうおっしゃられても。」

ソムは舌打ちすると、目の前の海賊の四肢を切り裂いた。そしてその頭部を海に蹴り落とす。たとえ死ななかろうが、バラバラに解体してしまえば戦闘不能には出来るという発想だ。

冷静さを取り戻すことができた護衛たちの一部も、ソムと同じように、四肢や頭部を砕くか、切り落とし海に落としている。
それでも落ち着きを取り戻せなかった多くの護衛たちや水夫が倒されてしまっていた。
戦況は極めて不利になっていた。
始めこそ、数では勝っていたが、今や数でも海賊が上回りだしていた。


 *   *   *


「早く隔壁を閉めろ!」

衝撃の後、衝角に突き破られた穴から水が入り込む。
水夫達は怒号のように声を掛け合いながら、その区画の水密隔壁を閉じる。
一応の措置がすむと、すぐさま水夫達はカトラス片手に飛び出していった。
後に残されたのは、不安に震える乗客たちだけ。
何人かは先ほどの衝突で怪我を負っている。
しかし手当てをするような状況でもなく、震えるその身を寄せ合っていた。
甲板を突破されれば、海賊は一気に船内になだれ込む。
そうすれば戦う術のない乗客たちは皆殺しにされるだろう。
乗客たちは息をひそめ、耳だけに意識を傾け、甲板の様子を伺っている。
この中で恐怖に怯えてないのは、ある意味、死の怖れのないライだけであった。

「上の様子はどうでしたか?」

そうライに尋ねるのは神父。

「わからないよ。
 僕が最後に見たのは、海賊旗と飛び移る海賊と、
 それを迎え撃つ水夫だけだったからね。」

ぱっと見た海賊船は、おそらくスループ船。漕ぎ手も合わせて150人程度だろう。
一方、こちらはガリオン船。400人は収容できる規模ではあるが、積荷がスペースをとり、実際は船乗り、護衛を合わせて200人程度。数では勝るとはいえ、油断ならない戦力差ではあった。

「アンデッドか!」
 
甲板の上の怒号や叫喚に紛れ、そんな声が聞こえてくる。
その声の意味するところに、神父とライは顔を見合わせた。

「…アンデッドだってさ。」
「…聞こえました。」
「…神父の出番じゃない?」
「…主は、しもべたちの前に乗り越えられる試練を与えるといいます。」
「うん。」
「…」
「…」

一瞬、奇妙な沈黙が二人の間に流れる。

「…で?」
「ですから、あれは私の試練ではない。」

ライは目を覆った。

「むしろ、貴方がなんとかしてくださいよ。」
「なんで。」
「同じ死人同士ってことで、話聞いてくれそうじゃないですか。」
「…いや、無理だし。」

その時、背後から悲鳴が上がった。
振り返ると、砲門の蓋が破壊され、そこから白い顔、鋭い牙をむき出しにした海賊が船内に乗り込むところであった。


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2010/02/18 00:57 | Comments(0) | TrackBack() | ○カットスロートデッドメン

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