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PC:タオ、ライ
NPC:ソム、神父、水兵、海賊ほかたくさん
場所:シカラグァ・サランガ氏族領近海の船上
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
霧がまるで生き物かのように、甲板の上を滑り、船を呑み込んだ。
「…僕は下に避難するよ。ちいさいお兄さん的には、どう?」
幽霊詩人の言葉にタオは頷いた。
「よくはわかりませんが、いやな感じですね。」
タオは船の行く手、濃い霧の中をじっと見つめた。
まるでそうすることで霧が見通せると信じてるかのように。
「で、ちいさいお兄さんは、ここに残って警戒?」
「何が起こるかはわかりませんから、なるようにします。」
「…は?」
「…悪ぃ。俺の勘もヤバイって言ってる。
下にいる護衛連中呼んできてくれ。」
タオの意味不明な返事に戸惑うライに、ソムは的確に指示を伝えた。
その顔からは、先ほどまでの酔いが消えている。
「ソフィニアの酔い覚ましは高いだけあって効くね。」
ソムは軽口を叩きながらも鋭い目つきを霧の奥に向ける。
ふと霧の中から波音に紛れて、木の軋むような音が響いてきた。
規則正しいその音が、オールを漕ぐ音だと気付くのが遅れたのは、水夫達が知っているそれよりも、すいぶんと早いピッチだったからだ。
最初に気付いたのは見張り台にいた水夫だった。
その水夫は霧の中に一瞬見えたそれに目を見張り、すぐさま叫んだ。
「海賊だ!!」
同時に三人の目も、それを捉えた。
霧の中から突然現れた黒い帆。
そしてそこに描かれた禍禍しいジョリー・ロジャー。
しかし何故、この真夜中の深い霧の中を航海灯も点さずに移動できるのか。
微弱な風の中、しかも風下から、何故それほどの速度で突っ込んでこれるのか。
そんな疑問を抱く間もなく、その海賊船は三人の乗る船の横腹目掛けて突っ込んでくる。
半ばパニックになりながらも、水夫達は必死に回避行動を行おうとするが、間に合うわけはなかった。
「ぶつかるぞ!」
水夫が叫ぶ。
次の瞬間、激しい衝撃が船を襲った。
見張り台にいた水夫は転落し甲板に叩きつけられ、甲板上の水夫達も転倒し、一部は海に投げ出される。
ソムとタオもまた、衝撃のため、甲板に転がっていた。
喫水線から浮かび上がった衝角が禍々しい牙のように、船の側面に突き刺さる。
船材が周囲に飛び散り、水飛沫と一緒に降り注ぐ。
海賊船の船首はそのまま船に乗り上げるようになり、こちらの船は、やや斜めに傾いたまま、衝角を外すこともできず、押さえこまれた。
バウスプリットの下部に彫られた美女の胸像が冷ややかに甲板の惨状を見下ろしている。
そこからはまさしく鉄火場だった。
次々と海賊達が飛び降りてきて、甲板のそこかしこで水夫達に襲い掛かる。
護衛たち甲板へ駆け上がり、その中に飛び込んでいく。
甲板の上は、あっという間に乱戦状態になった。
怒号、剣撃、悲鳴それらが霧の中に響き渡り、血の匂いに混じり、死の匂いが色濃く立ち込めてくる。
甲板が血で染め上げられ、人間の部品があちこちに散らばる。
水夫たちも喧嘩慣れした猛者であり、それ以上に戦いを生きる糧としている傭兵たちが加わっている。生半可な海賊なら、じきに退けられるはずだった。
だが、すぐに彼らは異常に気付くことになる。
水夫や護衛達とは対照的に、襲い掛かりながらも、声一つ発することのない海賊達。格好こそ普通の海賊であったが、彼らの肌は異様に白く、人とは思えない膂力を振るい、何より銃で撃たれても、剣で斬られても平気で動き続け、その鋭い犬歯で首にかじりついてくる。
「アンデッドか!」
誰かが叫んでいた。
ソムとタオもまた乱戦の最中にいた。
ソムの剣が一閃し海賊の腕を切断する。そのまま剣は翻り、大きく口を開けた海賊の上顎から上を切り落とした。
その横でタオは海賊の懐に踏み込む。同時に激しい衝撃音が響き、海賊は宙を舞った。
「万鬼(ワンクェイ)ですね。私の故郷で会ったことがあります。
魄、天に返して、魂、地に返さず。もって万鬼と成す。」
「なんだよそれ!」
「動く死者です。」
「そんなこた、わかってる!」
ソムはタオのずれた答えに叫んだ。
「どんな奴だよ!」
「見ての通り。
死人ですから剣も銃も効かない。
枷が外れたので膂力が跳ね上がってる。
爪には毒が含んでいる。
呼気も食事も行えないから、天地から気を取り込むことが出来ず、
従って、血を欲す。
血(chi)と気(chi)は通ずるもの。
血を吸われて死した者もまた万鬼と化します。」
「カフーリアン・ヴァンプかよ…。」
ソムはうめいた。
これがヴァンパイアなら水を渡れないはずだし、イムヌス教の十字架も効いてくれそうだが、ワンクェイとやらは少なくとも水は平気らしい。
「弱点は!?」
「日光に当たればなんとか。」
「今、夜だよ!」
「昼間でも、この霧では厳しいでしょう。」
必死なソムの横で、タオはどこまでも落ち着いていた。それがなおさらソムを苛立たせる。
「他には!?」
「道士なら祓う術も。」
「イムヌスの聖職者なら…って、あの神父じゃあてになりそうにないか…。」
「あるいは"気"を纏うか、魔化した武具を用いるか。」
「そんなん都合よくあるか!」
ふと見ると、タオが倒した海賊はもう起き上がってはこない。
「なんで!?」
「ですから、"気"を纏えばと申したはず。」
「んな器用な真似できるか!!」
「私は出来ます。」
「お前だけ狡いぞ!」
「そうおっしゃられても。」
ソムは舌打ちすると、目の前の海賊の四肢を切り裂いた。そしてその頭部を海に蹴り落とす。たとえ死ななかろうが、バラバラに解体してしまえば戦闘不能には出来るという発想だ。
冷静さを取り戻すことができた護衛たちの一部も、ソムと同じように、四肢や頭部を砕くか、切り落とし海に落としている。
それでも落ち着きを取り戻せなかった多くの護衛たちや水夫が倒されてしまっていた。
戦況は極めて不利になっていた。
始めこそ、数では勝っていたが、今や数でも海賊が上回りだしていた。
* * *
「早く隔壁を閉めろ!」
衝撃の後、衝角に突き破られた穴から水が入り込む。
水夫達は怒号のように声を掛け合いながら、その区画の水密隔壁を閉じる。
一応の措置がすむと、すぐさま水夫達はカトラス片手に飛び出していった。
後に残されたのは、不安に震える乗客たちだけ。
何人かは先ほどの衝突で怪我を負っている。
しかし手当てをするような状況でもなく、震えるその身を寄せ合っていた。
甲板を突破されれば、海賊は一気に船内になだれ込む。
そうすれば戦う術のない乗客たちは皆殺しにされるだろう。
乗客たちは息をひそめ、耳だけに意識を傾け、甲板の様子を伺っている。
この中で恐怖に怯えてないのは、ある意味、死の怖れのないライだけであった。
「上の様子はどうでしたか?」
そうライに尋ねるのは神父。
「わからないよ。
僕が最後に見たのは、海賊旗と飛び移る海賊と、
それを迎え撃つ水夫だけだったからね。」
ぱっと見た海賊船は、おそらくスループ船。漕ぎ手も合わせて150人程度だろう。
一方、こちらはガリオン船。400人は収容できる規模ではあるが、積荷がスペースをとり、実際は船乗り、護衛を合わせて200人程度。数では勝るとはいえ、油断ならない戦力差ではあった。
「アンデッドか!」
甲板の上の怒号や叫喚に紛れ、そんな声が聞こえてくる。
その声の意味するところに、神父とライは顔を見合わせた。
「…アンデッドだってさ。」
「…聞こえました。」
「…神父の出番じゃない?」
「…主は、しもべたちの前に乗り越えられる試練を与えるといいます。」
「うん。」
「…」
「…」
一瞬、奇妙な沈黙が二人の間に流れる。
「…で?」
「ですから、あれは私の試練ではない。」
ライは目を覆った。
「むしろ、貴方がなんとかしてくださいよ。」
「なんで。」
「同じ死人同士ってことで、話聞いてくれそうじゃないですか。」
「…いや、無理だし。」
その時、背後から悲鳴が上がった。
振り返ると、砲門の蓋が破壊され、そこから白い顔、鋭い牙をむき出しにした海賊が船内に乗り込むところであった。
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PC:タオ、ライ
NPC:ソム、神父、水兵、海賊ほかたくさん
場所:シカラグァ・サランガ氏族領近海の船上
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霧がまるで生き物かのように、甲板の上を滑り、船を呑み込んだ。
「…僕は下に避難するよ。ちいさいお兄さん的には、どう?」
幽霊詩人の言葉にタオは頷いた。
「よくはわかりませんが、いやな感じですね。」
タオは船の行く手、濃い霧の中をじっと見つめた。
まるでそうすることで霧が見通せると信じてるかのように。
「で、ちいさいお兄さんは、ここに残って警戒?」
「何が起こるかはわかりませんから、なるようにします。」
「…は?」
「…悪ぃ。俺の勘もヤバイって言ってる。
下にいる護衛連中呼んできてくれ。」
タオの意味不明な返事に戸惑うライに、ソムは的確に指示を伝えた。
その顔からは、先ほどまでの酔いが消えている。
「ソフィニアの酔い覚ましは高いだけあって効くね。」
ソムは軽口を叩きながらも鋭い目つきを霧の奥に向ける。
ふと霧の中から波音に紛れて、木の軋むような音が響いてきた。
規則正しいその音が、オールを漕ぐ音だと気付くのが遅れたのは、水夫達が知っているそれよりも、すいぶんと早いピッチだったからだ。
最初に気付いたのは見張り台にいた水夫だった。
その水夫は霧の中に一瞬見えたそれに目を見張り、すぐさま叫んだ。
「海賊だ!!」
同時に三人の目も、それを捉えた。
霧の中から突然現れた黒い帆。
そしてそこに描かれた禍禍しいジョリー・ロジャー。
しかし何故、この真夜中の深い霧の中を航海灯も点さずに移動できるのか。
微弱な風の中、しかも風下から、何故それほどの速度で突っ込んでこれるのか。
そんな疑問を抱く間もなく、その海賊船は三人の乗る船の横腹目掛けて突っ込んでくる。
半ばパニックになりながらも、水夫達は必死に回避行動を行おうとするが、間に合うわけはなかった。
「ぶつかるぞ!」
水夫が叫ぶ。
次の瞬間、激しい衝撃が船を襲った。
見張り台にいた水夫は転落し甲板に叩きつけられ、甲板上の水夫達も転倒し、一部は海に投げ出される。
ソムとタオもまた、衝撃のため、甲板に転がっていた。
喫水線から浮かび上がった衝角が禍々しい牙のように、船の側面に突き刺さる。
船材が周囲に飛び散り、水飛沫と一緒に降り注ぐ。
海賊船の船首はそのまま船に乗り上げるようになり、こちらの船は、やや斜めに傾いたまま、衝角を外すこともできず、押さえこまれた。
バウスプリットの下部に彫られた美女の胸像が冷ややかに甲板の惨状を見下ろしている。
そこからはまさしく鉄火場だった。
次々と海賊達が飛び降りてきて、甲板のそこかしこで水夫達に襲い掛かる。
護衛たち甲板へ駆け上がり、その中に飛び込んでいく。
甲板の上は、あっという間に乱戦状態になった。
怒号、剣撃、悲鳴それらが霧の中に響き渡り、血の匂いに混じり、死の匂いが色濃く立ち込めてくる。
甲板が血で染め上げられ、人間の部品があちこちに散らばる。
水夫たちも喧嘩慣れした猛者であり、それ以上に戦いを生きる糧としている傭兵たちが加わっている。生半可な海賊なら、じきに退けられるはずだった。
だが、すぐに彼らは異常に気付くことになる。
水夫や護衛達とは対照的に、襲い掛かりながらも、声一つ発することのない海賊達。格好こそ普通の海賊であったが、彼らの肌は異様に白く、人とは思えない膂力を振るい、何より銃で撃たれても、剣で斬られても平気で動き続け、その鋭い犬歯で首にかじりついてくる。
「アンデッドか!」
誰かが叫んでいた。
ソムとタオもまた乱戦の最中にいた。
ソムの剣が一閃し海賊の腕を切断する。そのまま剣は翻り、大きく口を開けた海賊の上顎から上を切り落とした。
その横でタオは海賊の懐に踏み込む。同時に激しい衝撃音が響き、海賊は宙を舞った。
「万鬼(ワンクェイ)ですね。私の故郷で会ったことがあります。
魄、天に返して、魂、地に返さず。もって万鬼と成す。」
「なんだよそれ!」
「動く死者です。」
「そんなこた、わかってる!」
ソムはタオのずれた答えに叫んだ。
「どんな奴だよ!」
「見ての通り。
死人ですから剣も銃も効かない。
枷が外れたので膂力が跳ね上がってる。
爪には毒が含んでいる。
呼気も食事も行えないから、天地から気を取り込むことが出来ず、
従って、血を欲す。
血(chi)と気(chi)は通ずるもの。
血を吸われて死した者もまた万鬼と化します。」
「カフーリアン・ヴァンプかよ…。」
ソムはうめいた。
これがヴァンパイアなら水を渡れないはずだし、イムヌス教の十字架も効いてくれそうだが、ワンクェイとやらは少なくとも水は平気らしい。
「弱点は!?」
「日光に当たればなんとか。」
「今、夜だよ!」
「昼間でも、この霧では厳しいでしょう。」
必死なソムの横で、タオはどこまでも落ち着いていた。それがなおさらソムを苛立たせる。
「他には!?」
「道士なら祓う術も。」
「イムヌスの聖職者なら…って、あの神父じゃあてになりそうにないか…。」
「あるいは"気"を纏うか、魔化した武具を用いるか。」
「そんなん都合よくあるか!」
ふと見ると、タオが倒した海賊はもう起き上がってはこない。
「なんで!?」
「ですから、"気"を纏えばと申したはず。」
「んな器用な真似できるか!!」
「私は出来ます。」
「お前だけ狡いぞ!」
「そうおっしゃられても。」
ソムは舌打ちすると、目の前の海賊の四肢を切り裂いた。そしてその頭部を海に蹴り落とす。たとえ死ななかろうが、バラバラに解体してしまえば戦闘不能には出来るという発想だ。
冷静さを取り戻すことができた護衛たちの一部も、ソムと同じように、四肢や頭部を砕くか、切り落とし海に落としている。
それでも落ち着きを取り戻せなかった多くの護衛たちや水夫が倒されてしまっていた。
戦況は極めて不利になっていた。
始めこそ、数では勝っていたが、今や数でも海賊が上回りだしていた。
* * *
「早く隔壁を閉めろ!」
衝撃の後、衝角に突き破られた穴から水が入り込む。
水夫達は怒号のように声を掛け合いながら、その区画の水密隔壁を閉じる。
一応の措置がすむと、すぐさま水夫達はカトラス片手に飛び出していった。
後に残されたのは、不安に震える乗客たちだけ。
何人かは先ほどの衝突で怪我を負っている。
しかし手当てをするような状況でもなく、震えるその身を寄せ合っていた。
甲板を突破されれば、海賊は一気に船内になだれ込む。
そうすれば戦う術のない乗客たちは皆殺しにされるだろう。
乗客たちは息をひそめ、耳だけに意識を傾け、甲板の様子を伺っている。
この中で恐怖に怯えてないのは、ある意味、死の怖れのないライだけであった。
「上の様子はどうでしたか?」
そうライに尋ねるのは神父。
「わからないよ。
僕が最後に見たのは、海賊旗と飛び移る海賊と、
それを迎え撃つ水夫だけだったからね。」
ぱっと見た海賊船は、おそらくスループ船。漕ぎ手も合わせて150人程度だろう。
一方、こちらはガリオン船。400人は収容できる規模ではあるが、積荷がスペースをとり、実際は船乗り、護衛を合わせて200人程度。数では勝るとはいえ、油断ならない戦力差ではあった。
「アンデッドか!」
甲板の上の怒号や叫喚に紛れ、そんな声が聞こえてくる。
その声の意味するところに、神父とライは顔を見合わせた。
「…アンデッドだってさ。」
「…聞こえました。」
「…神父の出番じゃない?」
「…主は、しもべたちの前に乗り越えられる試練を与えるといいます。」
「うん。」
「…」
「…」
一瞬、奇妙な沈黙が二人の間に流れる。
「…で?」
「ですから、あれは私の試練ではない。」
ライは目を覆った。
「むしろ、貴方がなんとかしてくださいよ。」
「なんで。」
「同じ死人同士ってことで、話聞いてくれそうじゃないですか。」
「…いや、無理だし。」
その時、背後から悲鳴が上がった。
振り返ると、砲門の蓋が破壊され、そこから白い顔、鋭い牙をむき出しにした海賊が船内に乗り込むところであった。
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