忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 08:03 |
AAA -01.st "A"ccident happened under the blue sky./フェドート(小林悠輝)
PartyMenber:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート

Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ

Turn:
フェドート・クライ(01)

------------------------------------------------------------------------------


 進行中の仕事の収入が怪しくなってきたので、待機命令が出たのをいいことに、少し
陣を離れて出稼ぎにでてみることにした。傭兵一人の動向を気にするような人間は同職
以外には誰もいなかったので、陣を抜け出すのは簡単だった。

 その同職にしても、出かけるなら俺の分も買い出し頼むとか言ってくる暢気さなのだ
から、何の問題も起こるはずがない。

 侵攻当初の勢いも弱まってきて、ここからは無防備な城に不意打ちをかけるだけでは
なくなるのだから、どうせしばらく待機は続くだろう。順調に砦を二つ陥落させて、そ
ろそろ上層部が内輪揉めを始める時期でもある。恐らく五日は何の進展もあるまい。

 予想進軍経路から大きく外れて、馬を一日半も飛ばしたところに大きな町があること
は知っていた。フォイクテンベルグという長ったらしい名前のその町は交易で常に賑わ
っていて、ちっぽけな内乱程度には動じない。大昔に竜の被害を受けて壊滅した時でさ
え、数日後には焦土の上に大規模な闇市が立った。

“竜眼の”フェドート・クライは町の外に馬を預けてついでに着替えも済ませると、街
壁の検問を越えた。戦時だからか衛兵の様子は物々しかったが、ギルドの登録証を提示
して仕事を探している旨を伝えると、手続きはあっという間に終わった。
 いちおう、ここは今の仕事の上では敵国なのだけれど。

 市場に出ると、色とりどりの天幕の下に様々な品物が並んでいた。
 錫合金や真鍮の食器、古びた書物、異国の布。

 金属製の左腕、輝くばかりの金髪、太い帯で纏めた東国風の色鮮やかな衣装。
 人目を引く風体で、警戒心なくのこのこと通りを歩き、露店で熟れた果物を買う。

「毎度。お兄さん、その格好、芸者さんかい?」

「んーん、冒険者。営業用だよ。
 覚えてもらって、いいお仕事もらえるように」

「へぇー」

 果物売りの中年女性は感心したような声を上げた。
 フェドートは店の前で果物に噛りつき、端正な顔に無邪気な笑みを浮かべた。

「甘ーい!」

「そうかい、よかった。それは南の方の、星の林檎という果物なんだよ。
 うちの旦那が苗を持ってきて育ててるんだ」

「はじめて食べた! おいしいねー」

 フェドートはひとしきり騒いでから店を離れた。
 紫色の果物を片手に周囲を見渡す。人で賑わう目抜き通りの先、三階部分に鐘時計の
ある飲食店の角を右に曲がり、静かな路地へ入る。小綺麗な住宅地を抜けて、少しずつ
薄汚れた道へ入って行く。

 路地裏のごみ箱に果物の種を投げ入れて、指についた果汁を舐め取りながら進む。
 鉄の左腕で、衣装の影に殆ど隠れた剣帯の金具と長剣の柄を確かめる。


 ギルドを通して仕事を請けるようになったのは近年だ。
 前に登録したまま放っておいたのを思い出して寄ってみたところ、放置しすぎで登録
抹消されていた。登録証そのものは手元にあったので、それを元に情報を復元してもら
えたが、前より身元確認制度が厳しくなっていて、手続きが少し面倒だった。

 利用してみれば確かに便利な組織ではあった。個人営業の冒険者が減るわけだ。
 ある程度ランクが上がると登録証は身分証明書の役割すら果たし始めるらしく、何か
と話が早く済むことも多かった。そのランクの基準というものもわからないが、いくつ
か仕事をこなすうちにぽんぽんと勝手に上がって、上から二番目のところでとまった。

 最後の昇級のときに、登録証の形状変更だとか二つ名の登録だとか言われたが、思い
つかなかったので断った。登録証がカード状で困ったことはないし、異名なんて自分か
ら名乗るものではない。しかし、そのときの担当の職員は、二つ名の方はしつこく勧め
てきた。

“フェドート・クライ”というのは都市伝説のようなものの一種で、多くの怪物退治の
逸話を持つ戦士だ。貴族じみた容貌をした隻腕の若者だといわれているが、実際に本
人を見たという話は聞かない。
 冒険者や戦士階級の偽名としてよく使われる名前でもある。

 ややこしいからすぐにあんただとわかる呼び名を考えてくれと言われてもやっぱり思
いつかなかったので笑って誤魔化しておいたところ、いつの間にか、世間からは“竜眼
の”という冠詞を賜っていた。恐らく、原因の何割かはあの職員だろう。
 由来は、虹彩の細い左眸か。それとも「弩さえあれば竜の眼だって射抜ける」と大言
を吐いたことがあるからだろうか。

 久しぶりのギルドだ、と思いながら、剣の柄から手を離す。
 路地を抜け、周囲を見渡し、いちど通行人に道を尋ねた。礼を言って、また歩く。
 事務所などの並ぶ道の先、また大きな通りとぶつかる交差点がある。

 後ろから手首を掴まれ、腕を拗り上げられた。
 瞬きして、振り返ろうとしたが、相手がこちらを捕まえる手に力を篭めたので無理だ
った。下手に動くと関節がどうにかなる。痛いのは避けたい。

「……見つけた」

「え? 何?」

 押し殺した女の声。こちらが反撃しにくい角度と距離。
 視界の隅に、ふわふわと柔らかそうな髪が見えた。なんとなく覚えがある気がするが、
果たして誰だろう。それとも気のせいだろうか。

「例の奥さんから盗んだ指輪、返してくれるわね?」

「えー…?」

 心当たりがない。それでも思い出そうとしてみる。やっぱり心当たりがない。
 知らないと答えようとしたのと同時に、首元に刃物のようなものを当てられる感触が
あった。

「どこにやったの?」

「知らなぁい」

「ふざけてもダメよ」

「えっとー、通りから見えるよ?」

「あなたは未亡人につけこんだ悪い盗人で、わたしはそれを追いかけてきた冒険者。
 ほら、見られて都合の悪いことなんて何もないわ」

 女は、ふとしたはずみでこちらを見て、ぎょっとして足をとめた通行人に聞こえるよ
うに言った。

 フェドートは少し考えた。喋るたびに相手の勘違いが深まっている気がする。
 首には薄い金属の網を織り込んだ布飾りを巻いてあるから、一度くらい刃を引かれて
も大丈夫だ。少し大胆に喋ってみようか。でも、何て言おうかなぁ。

「人違いだと思う」

「……」

 若干、刃物が今までよりも強く押し付けられた。
 駄目だったか。そうだよなぁ。

「じゃあさ、おねーさんが探してるのはどんなひと?」

「……ある裕福な未亡人に囲われていた、自分ひとり養えないダメ男で、」

「うん」

 女は続けた。

「しかも受けた恩を忘れて、彼女の大切な指輪を持ち出した言語道断な神経の、」

「うん」

 女は続けた。
 ところでさっきからこの声にも聞き覚えがある気がするんだけど。

「年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男」

「あー、それぼくだ」

 思わず言ってしまってから、付け加える。

「最後の部分だけきゃああああ! 痛い痛い痛いヤだー!」

 女が腕に無理な力をかけてきたので、暴れようとするふりをして右の肩と肘にかかる
負担を軽くする。女はそのことに気づいた様子はなかったが、実際はどうだろう。

「静かになさい。こんな格好の人間がどれだけいると思ってるの」

「二人くらいいるかも、がんばって探せば」

「……」

 女は、今度は完璧な無言で力を篭めた。
 鉄の義腕の付け根が鈍い音を立てたが、このくらいでは壊れない。生身の側を庇って、
さっきよりは控えめに喚きながら上半身を捻ってみる。だいぶ楽になった。これなら問
題なく雑談できそうだ。振り払って武器を抜くかはもうちょっとしてから考えよう。


------------------------------------------------------------------------------
PR

2008/07/02 18:58 | Comments(0) | TrackBack() | ○AAA
AAA -02nd. "A"t night all cats are grey/イヴァン(熊猫)
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
イヴァン・ルシャヴナ(01)
――――――――――――――――
飽きれるほど青い空が、直線で切り取られている。
そこに風が舞って、着ているマントの裾が視界に曲線を加えた。

青い――それこそ空に浸して染め上げたようなフードつきのマントは、
目立つように思えても日陰に入ればそう気に留めるものでもないだろう。

目深に被ったフードからのぞく髪の色も、空を見る隻眼も、みな一様に青い。
閉じられた唇は薄かった。その表情はめったに動かないが、まだどこか
少年の持つ独特な隙のようなものをかすかに残している。

暗い路地の下から空を見上げていたイヴァン・ルシャヴナは、悲鳴を聞いて
動きを止めた。

まず耳が反応する。甲高い悲鳴は短く、すでにやんでいたが
さきほどから言い争いのような会話は聞こえていたので位置は特定できた。
切れ切れに聞こえる内容から判断するに、誰かが脅されているらしい。

だがどうという事もない。路地では珍しいことではないし、
そうだったところで助けてやる義理も理由もない。

市場のざわめきは相変わらずだ。悲鳴ひとつ聞こえたからといって
それが破られるはずなどなかった。

イヴァンは歩きだした。

「――追い剥ぎかねぇ」

突然、足元から声がする。

だみ声と甲高い声が交じった不思議な響きのある声だ。
しかし声の主はいない。それでもイヴァンは歩みを止めることもせず、
ただ前を向いて進んでいる。

「今のは女じゃ無ェな。なんでぇ、男のくせに情けねぇ声出しやがる」

相づちなどまるで期待しないで声は毒づく。

「情けねぇといやぁ、今探してる某(なにがし)もなぁ。
まるで絵から抜け出てきたような駄目男じゃねぇか?
描かれた紙から出てくる根性はあるってぇのに紙よりうすっぺらい野郎だよゥ」

ぺらぺらとまくしたてる声は、イヴァンが歩いている間にあらゆる場所を
移動しながらついてきている。

「案外、そういう奴があんな声――旦那?」

足を止めると、数メートル先に進んでからあわてたように声も動きを止めた。
イヴァンは再び天を振り仰ぐと、いきなりその場で真上に跳んだ。

大して足音もたてずに、勢いを失う前に足が古い壁にかかる。
そこを足場にまた踏み切ると、体はなんなく路地を垂直に抜けた。

着地し、路地を構成する古いアパートメントの屋根の上から声のした方を探る。
路地は幾筋にも分かれてそのくせ狭いから、屋根と屋根を飛び移っていくのは
難しくなかった。

「旦那、自分で言っておいちゃ何だがそりゃいくらなんでも出来過ぎさァ」

陽の下に出たところで、声の主はようやく正体を現わした。
もっとも、隠れるつもりなどなかったのだろうが。

「どうせうだつの上がらねぇチンピラだよゥ」
「フィル」

声の主の名を呼んで、イヴァンは足元に目をやった。
整然と並ぶ瓦、それに流れる黒い影。声はそこからしていた。

「黙れ…」
「はいはい、影は影らしく這いつくばってましょ」

静かな叱咤に、フィルと呼ばれた影は流れた重油のように不規則な動きで
主人のシルエットをとって沈黙した。

騒々しい同伴者が黙ったことで、周囲の音がより微細に拾えるようになった。
もう一棟屋根を飛び越えて下を覗き込むと、ちょうど現場の真上だった。

目に飛び込んでくるのは彩度の高い鮮やかな黄色――。

"年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"

脳裏に閃くのは探している人間の特徴。それらすべてに合致した男が、
今まさに一人の女に刃物をつきつけられて腕を捻りあげられている。
男は依頼書の通りの長身だったが、女はその細腕でしっかとその動きを
抑えていた。スリップドレス一枚と、夜会から抜け出してきたような
格好をして、手には炎の曲線がそのまま凝り固まったような刃。

女の髪がふわりと揺れる。

「…あなた、名前は?」

男へのその問いは気だるげだが、感情がこもっていないわけではなかった。
針を含んだ綿。たとえるならそういうものに近い。

「いまさらそれ聞くの?ぁいたたたたフェドート・クライたたたた!
なんで名乗ったのに力込めるのー」
「偽名を使うなんていい度胸してるわね?」

フェドート・クライの名は子供でも知っているほど有名だ。
女が冗談だと思っても無理はない。
しかもそれが軽快な声音で名乗られたとあっては、信じろという方が無理だ。

イヴァンはしばらく様子を見ていたが、どうやら膠着状態にあるらしい。
女は本気だろうが、男に対するすべての事柄に確証を得られず
次の行動に移りかねているようだ。

ぱっと、女が顔をあげた。

「見せ物じゃないのよ。あっち行って」

苛立ちを隠さない女のせりふが、膨らんだ花弁のような唇から放たれる。
男も上目遣いでこちらを見上げてきていた。
もしかしたら最初から気がついていたのかもしれない。

イヴァンは観念して―――というより屋根の上にいる理由を失って、
女には答えないまま軽く跳躍して屋根から降りた。

女が男の肩越しににらみつけてくる。舌打ちすらしそうなくらい不機嫌な
その目尻には、泣きぼくろがひとつ。

「言ったでしょ。見てわからないかしら――家にお帰り、坊や」

男のほうへ目をやる。彼は自分と目が会うと、今日の空のように
晴れ晴れとした顔で笑うとこう言った。

「きゃー助けてー」

――――――――――――――――

2008/07/13 01:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○AAA
AAA -03rd. "A"nswer, I am requesting the answer./ヴァージニア(マリムラ)
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
ヴァージニア・ランバート(01)
――――――――――――――――

 空は抜けるほどに青くて、そのことがヴァージニアをさらに苛立たせていた。
 あの時も空は高く遠く澄み、眼前の男の髪は鮮やかな金。

 君は一生を人任せで送るつもり? まだ若いのにご苦労なことだね。

 そう言った男は挑発的に笑った。今でもあの眼を覚えている。



「きゃー助けてー」

 表情が見えなくとも声だけでわかるほど、男はその状況を楽しんでいた。
 通行人は足を止めない。ちらりと視線を向けても素通りしていく。巻き込まれたくないのもあるだろうが、この悲鳴では切迫感もないのだろう。そしてその緊張感のなさは意外な効果を生んだ。
 若干の苛立ちは想定内だが、同時になんだか馬鹿らしくなってくるのだ。

「何やってんのかしら、わたし……」

 ヴァージニアは溜め息を一つ吐くと、拘束を解かないままに宙を見つめた。

 "年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
 この条件に当てはまる人間が何人もいるとは思えない。しかしこの男の片腕は明らかに金属質の義腕で、捕獲対象の身体条件としてはやや特異すぎる。服の陰に隠された剣も素人が取りまわしやすい長さではない。条件を聞き逃したとは思えないが、単に言い忘れただけ(という形で後から面倒な条件が発覚することは過去にもままあった)かもしれず、断定するにも開放するにも決め手に欠けるのがすっきりしなかった。

「依頼主のところまで付き合ってもらうわ。人違いならそこで開放」
「違うのに連れてくの? それって誘拐だよ」
「そうね。でも潔白が証明できていいんじゃない?」

 "年の頃は二十四、五。金髪で長身、カフール風の派手な服装をした優男"
 頭の中で反芻する。この男に会うまで一度としてそんな風貌を見たことがない。カフール風の服装というだけでも滅多にお目にかからないが、その上金髪となると。

「ぼくが逃げたら?」
「無傷で逃がすほど優しくないの」

 このままここにいても埒が明かない。左の金属腕にするりと絡み付き、拘束を解く代わり脇腹に幅広の短剣を突き付けた。一連の流れの間に愛用のフランベルジュを背負う。
 
 至近距離なら薄い鎧を貫くくらいの殺傷技術はあるつもりだ。そしてなにより移動に際してさっきほどは目立たない。口に出さなくとも自覚できる程度に短剣を押し付け、改めて腕を組み直した。より自然に見えるように。
 面白がっているのか観念したのか、フェドート・クライを名乗った男は軽く身を捩っただけで本気で逃げるそぶりは見せなかった。話が早くていいことだ。

「坊やもこの子に何か用?」

 帰るように声をかけてからも変えるそぶりを見せなかった男に声をかける。
 上から自分たちを見ていた男は、降りてきてから殆どこちらを見ていなかった。観察対象はフェドート・クライを名乗った男、ということなのだろう。

「用ならこっちの仕事が終わってからにしてね。なんなら付いてくる?」

 返事も待たずに歩き出したが、数歩歩いたところで隣の男が立ち止った。

「あ、やっぱり行く必要無いかも」
「証拠ないなら連行」
「うん、それで思い出したの。おねーさんもギルドに登録してそうだし、身分証の検分って出来るよね?」

 空いた右手で懐を探る男に一瞬空気が張り詰める。取り出したのはカードタイプの登録証。書かれた名前はフェドート・クライ。

「ほらー、みてみてー」

 こちらに差し出される前に読み取れた名前に頭を抱える。ギルドに偽名で登録する人間は昔からいるが、この有名な名でAランクまで登れるのは一握りだ。ということは「黒騎士」か「竜眼の」? いずれにせよ手に負える相手ではない。

「偽名でご婦人を騙していない証拠にはならないけど……」

 軽く眼を伏せ、ヴァージニアは首を横に振った。そして両手を肩の高さに挙げて見せる。

「負けよ。悪かったわ」
「わーい」

 解放されて楽しそうにはしゃぐ男に肩を竦め、ふわりと揺れる髪を掻き上げた。どこからともなく煙草を取り出し、柔らかい唇で銜え込む。ヴァージニアに向きなおったフェドートは小首を傾げた。

「どこかで会った?」
「さあ、どうだったかしら」

 ヴァージニアは答えながら点火石で火を点け、目を細める。
 本当にどこかで会っているかもしれない。でも少なくとも彼はこの格好ではなかったろうし、お互い名乗ってもいないのだろう。フェドート・クライの名なら忘れない。
 改めて正面から見ると、なるほど確かに貴族風の風貌をした隻腕の青年だ。以前会ったフェドート・クライを名乗る男は義腕を使っていなかったが、奴も義腕を使い始めたせいで見つからなかったのかもしれないなと宙を見る。
 ふっと笑って視線を戻すと爬虫類のような左目に気付いた。名前と合わせて記憶に残すには十分だ。

「あなたは“竜眼の”?」
「わあぼく有名人だったんだ。おねーさんは?」
「ヴァージニア」
「えーと……“紅蓮の”」
「そう呼ぶ人もいるわね」

 煙を燻らせながら路地の壁に背を預け、視界の端に映った青い男に声をかけた。

「それで、坊やはどうするの?」

 移動を示唆したにもかかわらず、青い男は立ち去っていなかった。ついてくる気があったかどうかまではわからない。

「あ! 丁度いいところに!」

 通りの向こう側から声が上がり、手を振りながらこちらへ駆けてくる女性が一人。見覚えがある、名前は覚えていないがたしか冒険者ギルドの受付嬢だ。息を切らしているが足が遅い。なんとなく無言になって彼女を待ちながら、謎のフードの男の返事を聞きそびれたなと視線を投げた。本人に動いた様子がないのに影が揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。

「はあ、はあ、急ぎの知らせが今届いたんですよ。“紅蓮の”ヴァージニア・ランバートさんですよね?」
「……わざわざ探してまで呼び出される覚えはないわね」
「封書なので私も内容の方はちょっと。すぐに見つかってよかったですよ。しかし、華やかですねえ!」

 意味が分からず彼女の視線を追うが、彼女はヴァージニアとフェドート・クライと謎のフードの男とを見比べていた。

「私、Aランクの方が三人揃っているのって初めてで!」
「……私も初めてよ」

 なるほど、謎のフードの男もAランクハンターらしい。さっきフェドートの登録証は確認したし、ヴァージニアも一応Aランクを持っている。

「お揃いでお仕事中なんですか? 実はSランク・Aランク限定の依頼が入っているんですけどよかったらギルドでお茶でも」
「いただくわ」
「ぼくもギルドに向かってたんだよ」

 フェドートが人懐っこく笑うと、受付嬢はしばし固まる。おそらく見惚れたのだろう。返事をしないもう一人に強引に向き直り声を張り上げたのは、緊張をごまかそうとしてのことなのかもしれない。

「“蒼烈の彗星”イヴァン・ルシャヴナさんもいらっしゃいますよね!」

 ヴァージニアはイヴァンという男の声をまだ聞いていなかった。喋るか無視か興味があって、ぼんやりと見守る。
 しばらく沈黙が続いて、受付嬢があわあわと動揺し始めた。イヴァンは何を考えているのかわからない。フェドートは面白そうに目をキラキラさせている。

「旦那、どうなさるんで?」

 ……誰? 男の影が不自然に揺れた。
 イヴァンは口を開いていないし、聞いた覚えのない声だ。

「あんまり嬢ちゃんを困らせるもんじゃありませんぜ」

 今度ははっきりと影が動く。
 ヴァージニアは躊躇なくしゃがみこんで、影に向かって声をかけた。

「あなたがしゃべってるの?」
「フィル・パンドゥールと申しまさあ。あっしのことは気にしないでおくんなせぇ」

 気にするなと言われても。こんなに興味を刺激されることはそうそうない。

「おもしろーい!」
「やだ、面白いわ……」

 フェドートとヴァージニアがほぼ同時に声を上げた。なんとなく視線を合わせ、なんとなく意味深に笑う。
 状況が呑み込めずにおたおたする受付嬢をよそに、フェドートとヴァージニアはイヴァンの背中を押すように歩き出した。目的地はとりあえず近くのギルド支部。

「何か用があるんでしょ? 一緒に行けばいいじゃない」
「フィルくんも一緒に行くよね」
「あっし? もちろん旦那とはたとえ火の中水の中、ですがね」
「わー、フィルくん忠義者ー」

 イヴァンは目立った抵抗はしなかった。ただ、歩きながら背に手を当てようとすると、その手を避けるようにほんの少し前を歩くのがおかしくてヴァージニアは笑った。



 結局、ギルドで受け取った急ぎの手紙は依頼の破棄だった。指輪を持って逃げたと思っていた男は、南の方で首飾りを買って帰ってきたらしい。しかも指輪のことを聞くと夫人の引き出しの一つから見つけ出してみせたのだそうだ。だから男を探す必要もなくなって、でも手間をかけさせたからと報酬の三割を振り込んでおくという。

「なにそれ」

 貰えるというなら貰っておく。だが手に入れるつもりだった金額には若干遠い。
 ヴァージニアは読み終わった手紙を適当に破り捨て、不思議な縁でここにいるフェドートとイヴァンに向き直った。

「こっちの仕事はおしまい。新しい仕事探さなきゃね」

――――――――――――――――

2008/07/17 22:47 | Comments(0) | TrackBack() | ○AAA
AAA -04. "A"sk, and it shall be given you./フェドート(小林悠輝)
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ
Turn:
フェドート・クライ(02)
------------------------------------------------------------------------------

 ヴァージニアの仕事に一段落がついたというので、三人で待合室の隅の椅子のあたり
にたむろして、仕事の条件の希望だの冗談だのを言い合っていると(といっても、イヴ
ァンの代わりに喋っている影が主人の意思を正しく伝えているかどうかは甚だ疑わしか
ったが)、先程の女性職員がカウンターからこちらに手を振ってきた。

「ヴァージニアさん、フェドートさん、イヴァンさん!」

 その声に、少し離れた場所に居合わせていた他の集団が、ぎょっとして振り向いた。
一瞥だけで彼らを無視するヴァージニアとイヴァンの様子は注目を浴びることに慣れて
いることをうかがわせた。フェドートは少しだけ笑いかけてから、二人に続いてカウン
ターへ近づいた。

「さっきのお仕事の話なんですけど、いいですか?
 今ちょうど依頼人が来てて、他の子が話を聞いてるんです。
 それで皆さんのことを話したら、是非とも三人に受けてもらいたいって!」

「なんだか、わたしたちがもうその仕事をするって決まっているような口ぶりね」

 ヴァージニアが軽い毒を含ませた口調で呟いた。
 職員は慌てたように首を横に振った。

「断っていただいても結構ですから。
 強制するつもりなんてありません、大丈夫です!
 でも、せめてお話だけでも聞いてみていただけませんか?」

「聞いたら断れない場合だってあるんじゃないかしら」

「そういう場合は私が耳を塞いでさしあげますから!」

 イヴァンの影から、かすかな忍び笑いが聞こえた。フェドートも笑いながらヴァージ
ニアを横目にした。彼女は相手の心算を確かめようとしただけで、本気で拒否するつも
りはなかったらしく、呆れたような表情で天井を見上げた。

 フェドートは失言に気づいて真っ赤になった職員に、できるだけ魅力的に微笑んだ。

「もしものときはお願いね。案内してくれる?」

「は、はいっ」

 女性職員は勢いよく頷いて、同僚に声をかけてカウンターを任せると、傍らの扉を開
けて待合室へと出てきた。

「こっちです。この先には会議室が幾つかあって、申請があれば貸し出しもしています。
皆さんも何かあったら使ってくださいね。ここで仲介する依頼に関わりのあること以外
の用途だと、有料になっちゃうんですけど……今回はいちばん奥の部屋です。賓客の接
待用にも使う部屋で、ソファのクッションがすごくふわふわなんですよ!」

 ヴァージニアは無関心そうな目をして頷いた。

「へぇ……ところで依頼人はどんな人なの? 仕事に関する話を聞きたいわ」

「えっと、綺麗な人でした。
 背が高くて、きらきらの金髪で……フェドートさんみたいな」

 先行する彼女が振り向いたので、フェドートはその分だけ歩調を緩めた。

「ぼくみたい?」

「はいっ」

 ヴァージニアは歩みを遅らせなかったので、少しだけ取り残されたフェドートはイヴ
ァンの横に並んだ。

「……」

 彼はこちらを横目で見上げて、無言のまま視線を前に戻した。
 その歩みは音もなく、さながら青い影のようだ。たとえばここが夜道で、ふと意識を
外す瞬間があったとすればその途端に見失っても不思議ではない。そして再びその姿を
目に捉えられるときには既に決定的な瞬間は過ぎてしまっているだろう。

「ここです。なんでも、依頼人は貴族の方らしいので、丁寧にしてくださいね。
 皆さんなら大丈夫だと思いますけど」

 ヴァージニアが軽く目を見開いた。彼女が何を思ったのかは、手に取るようにわかっ
た。この一言に尽きるのだろう、“どうしてさっき聞いたときにそれを言わなかった”。
しかしヴァージニアはそれ以上の表情の変化を、恐らくは多大な努力の末に抑制したの
で、職員は何にも気づかずに済んだ。

「……案内ありがとう。ここまでで平気よ。
 普通の人は目の前の扉を開けるだけのことで道に迷わないもの」

「え、でも、耳……」

 フェドートは苦笑してヴァージニアに言った。

「いいんじゃない?」

「…………あなた、さっきから随分と肩を持つわね。
 何かやましい魂胆でもあるんじゃないでしょうね?」

 ヴァージニアは剣呑な小声で言った。
 フェドートは言葉を詰まらせるような短い沈黙の後、目を逸らした。

「よくわかったね」

「最低」

「冗談なのにー」

 フェドートは笑ってそう言い、憮然とした表情のヴァージニアよりも早く、軽いノッ
クをして扉を開けた。そこは手狭ながらも調度の整えられた部屋で、確かにクッション
の柔らかそうなソファが設えられている。

 腰掛けているのは、豪奢な黄金の髪を丁寧に編んで後ろに流した若い女。切れ長の目
元を強調するように繊細な線が引かれ、睫には銀の粉が散っている。肢体を包む男物の
装束は、逆にその艶めかしさを増して見せているように感じさせた。腰に剣――軍刀と
呼ばれる類の。

 女は火花のような鮮紅色の眸でこちらを薮睨みにし、ぞんざいに腕を振って、他人に
命令をすることに慣れた者独特の(つまり、フェドートが実はあまり好きでない類の)
口調で言った。

「きみたちか、よく来た。そこへかけろ」

「……ええ、よろしく」

 ヴァージニアが囁くように言った。三人は女の向かいのソファに腰掛けたが、それは
体が沈みこむほど柔らかかった。代わりに立ち上がった職員が、一緒に来た職員の背を
押して部屋から追い出した。

「自己紹介でもしましょうか?」

 女は長い脚を組んで、頷いた。

「聞こう」

「ヴァージニアよ。こちらがフェドートで、こちらが……」

「イヴァン・ルシャヴナ」

 沈黙を保っていた青ずくめが、ぼそりと言った。それは初めて聞いた彼の声だった。
 ヴァージニアは一瞬だけ言葉を失ってから、改めて仕切りなおした。

「全員がAランクってこと以外で、何か知りたいことは?」

 女は鷹揚に微笑した。

「きみたちは何が得意なのかね?
 つまり、私の頼みごとに向いているかどうか、ということだが」

「大抵の相手には負けないつもり。特に、男には」

 ヴァージニアが即答した。フェドートはイヴァンの言葉を待ってみたが、どうやら先
程ので今日の分は使い果たしてしまったらしく、彼が口を開く気配はなさそうだった。
となるともう少し汎用性のある返答を用意する必要があるので、フェドートは適当な言
葉を探した。まさに目の前の女のような人種を納得させられるような答え方は、いくつ
か予想がついていたけれど。

「おもしろそうなことならなんでもやるよ? 巷では高ランクハンターは戦うしか能が
ないって思われてるみたいだけどー、他のこともできるんだよ。だよね、イヴァンくん」

 同意を求めてみる。青フードは無反応のようにも、かすかに頷いたようにも見えた。
 女は二人分の返事で満足したのか、思案する風に唇に指を当てた。白い指先の動きが
妙に官能的だったので、フェドートは内心だけで苦笑した。

「あ、ぼく、あと明後日のお昼には帰らなきゃいけないから、長いお仕事は無理だよ」

 女は渋い顔をした。

「別にどうしてもきみたちでなくても構わないのだが……
 できれば早く決めてしまいたいとは思っている。時間も、まあ、そうはかからないだ
ろう。私も長くかけるつもりはない――数日が経てば、今考えているのとは別の手段に
頼ることになるだろうから」

「はっきりしないわね」

「武力が必要なら部下を使う。きみたちに求めるのは、口の堅さだ。私は冒険者などと
いう輩をまったく信用していないが、それなりに名の知れた者ならばある程度は期待で
きるだろうと思った。つまり……何だ、その、仕事の内容は、あまり世間に知られたく
ないことだ」

「後ろ暗い仕事ならいくらでも請けてきたわ。
 いろんな人の秘密を知っているけど、言い触らしたことはないわね」

「ぼくもー。悪魔の起こし方とか、人の生き返らせ方とか知ってるよ。内緒ね?」

「……ねえ、フェドート。あなたが喋ると、わたしの説得力までなくなるんだけど?」

 ヴァージニアが猫なで声で言った。眠たげな目元に本物の殺意が見えた。フェドート
は少し俯いて黙っておくことにした。イヴァンは何を思っているのか無言のままだ。
 女はため息をついた。

「次に紹介される者がきみたちよりも信用できるという保証がない以上、もうきみたち
に頼みたいのだが、この様子では、内容を知らないままで頷いてくれそうにはないな」

「当然」

「……まあ、いいか。断るにしても、幾らか払おう」

「口止め料ね」

「その言い方は無粋で好まないがな。
 とにかく話すから、聞いてから判断してくれ」

 ヴァージニアは反対しなかった。
 女はまた唇に指を当てた。

「ああ、私はツィツィリエという。家名は、悪いが名乗れない」

 男装のツィツィリエ、男勝りの令嬢。フェドートはその名前を知っていた。
 たとえば彼女の首を切り落として陣へ持ち帰れば、いくらかの金貨と、ついでに後で
騎士の位でももらえるかも知れない。どちらにもあまり興味がない。戦争で遊ぶために
稼いだのであって、稼ぐために戦っているわけではない。
 他の二人は彼女を知っているだろうか。この国の者か、近隣の国の軍人か傭兵なら、
知っているだろうが。

 女は続けた。

「……きみたちは、川原へ行ったことがあるか?
 こう、水流で角が削れて丸くなった石が沢山落ちているような……」

「は? あるけど……それが?」

「この町の城壁を抜けすぐ南に、川が流れている。無理をすれば徒歩でも渡れる、普通
の川だ。その傍らに、古い塔の瓦礫が散乱している箇所があるのだが……そのあたりで、
石を拾ってきて欲しい」

「……え?」

「まあ、その、何というべきか……どうやら私は誤解を招きやすいようで……」

 女は口元を指で隠したまま、何かに耐える表情で視線を逸らした。頬が紅潮している。
 重大な秘密を打ち明ける乙女の姿そのもの、或いは、屈辱を暴露かれた騎士の表情か。
 女は、声を絞り出した。

「……恋人に、逃げられてしまったんだ。探してくれ」

「それで、どうして、石を?」

 女は落ちつかなげに脚を組みかえ、眉をひそめた。

「あのひとは、魔法使いに頼んで、その川原で自分を石に変えてしまったんだ。
 私だけには絶対に見つけられないようにと、そのための魔法まで用意して……」



         ○  ●  ○  ●  ○



 秋の空はどこまでも高く、青く澄み渡っていた。風は冬の予兆の冷たさをはらんでい
たが、それでも絶好の行楽日和と言うのに不都合はなく、悠々と流れる川の波はきらき
らと輝いている。

「わー!」

 フェドートは視界が開けてその光景が目に入るなり、歓声を上げた。

「ついた! 広ーい、石いっぱいある! 川きれー!」

「…………そうね」

 どうして自分がこんなところにいるのかさっぱりわからない、という表情で、ヴァー
ジニアが頷いた。フェドートはツィツィリエとの会話の中でヴァージニアが最も感心を
払った事柄が破格の報酬額であることを覚えていたが、あえて指摘して怒らせることは
しなかった。

「見つかるといいねー」

 言いながら、足元の石を拾い上げてみる。丸みを帯びて表面に灰色の輪を浮かせた灰
色の石は何の変哲もないようだった。手の中で転がして、川に向けて投げる。
 石は綺麗な放物線を描き、ちゃぽんと飛沫を立てて沈んだ。

「それが目的の石だったらどうするの?」

「そうだと思う?」

「いいえ」

 ヴァージニアは醒めた目で川原を眺めた。
 日の照り返しで白く褪せてみえる丸い砂利に、古い建築物の瓦礫が混ざっているが、
それらももう既に名残を失いつつあり、半ば自然へと還っている。

「わたし、どうしてここにいるのかしら」

「…………」

 イヴァンは空から落ちた青が人の形をしているだけのように佇んでいる。彼が何を考
えているのかはまったく想像がつかない。が、フェドートはとりあえず自分は楽しいの
で気にしないことにした。


------------------------------------------------------------------------------

2008/09/22 00:20 | Comments(0) | TrackBack() | ○AAA
AAA -05. "A"ll truths are not to be told./イヴァン(熊猫)
PartyMember:
フェドート・クライ イヴァン・ルシャヴナ ヴァージニア・ランバート
Stage:
ガルドゼンド王国南部・フォイクテンベルグ→川原
Turn:
イヴァン・ルシャヴナ(02)
――――――――――――――――

水面を滑る風が涼気を含んで、頬を撫でる。
空には薄く引き延ばした綿を思わせる雲が見えた。それを横切る雁の群れは、
いびつなV字を描きながら遠くの梢に消えていった。

それを見送ったかのようなタイミングで、女――ヴァージニアが
ぽつりとつぶやく。

「恋人が異形に変わり果てるも、愛の力で見つけてハッピーエンド。
…よくある話だけど」
「まー今回使うのはお金の力だし、しかも見つけてもハッピーに
なれそうなのはあの軍人さんくらいかもねー」

変化のない景色に飽きたのか、フェドートが話に乗ってきた。
川岸に佇む一組の男女と言えば聞こえはいいが、
格好が格好だけにある種の非日常を感じさせる。

「おとぎ話の裏側って案外そんな感じよね」
「だよねー」

そんな世間話を聞き流しながら、イヴァンは周囲を見渡した。

対岸に茂った木々は川の中央まで枝を伸ばし、向こうにある淵を
さらに青黒くさせている。

透明な流れは底を隠すことはなく、やけに小さく見える沈んだ岩と、
小魚の群れが縦横無尽に泳いでいる様がはっきり見てとれた。

無理をすれば渡れるほどの川――という話だったが、岸辺近くには
染みのような深い淵が点々として見える。
話を真に受けて迂闊に踏み入れれば、運の悪い人間ならば
溺れそうではある。

朽ちて沈む古木に生えた藻が揺れている。さながら緑の炎のように
ゆらいでいるそれをじっと見ていると、声をかけられた。

「なになになんかいるのー?魚ー?」

あっけらかんとした声に振り向くと、いつの間に近づいたのか
フェドートがすぐそばで整った顔を無邪気な笑顔で崩している。

フェドート・クライ。
竜の目を持つ無敵のランカー。
そのあまりの強さのために噂が噂を呼び、今では都市伝説の域にまで
ある存在だ。実は女だという噂も耳にしていたが、なるほど
そう言われてもおかしくない程の美貌である。
仮に目の前の男が「フェドート・クライ」ではなかったとしても、
歩き方やさりげない仕草からも相当の手錬れだという事が伺えた。

つまり、そういう事なのだろう。

「できれば魚探すより石を探して欲しいのだけれど」

答えずにいると、フェドートの背中越しにヴァージニアがやや
遠くから心底うんざりした様子で水を差してきた。
とはいえ、こちらに対してというよりこの状況に対して
苛立っているのだろうが。

「石は逃げないけど魚は逃げちゃうよ?」
「魚を捕っても報酬は入らないわ」

ヴァージニア・ランバート。
その涼しげな立ち振る舞いと相反する二つ名を背負う女。
武器はその身ひとつと刀だけ。しかし計算され尽くしたその
曲線の刃に触れた者は、煉獄の炎に焼かれでもしたかのように痛むという。
彼らの悲鳴と苦痛を見聞きしてなお、その物憂げな表情を
変えないのならば、あるいはその名を冠するにふさわしい女かもしれない。

何も調べていないのに、目の前の人物に対してこれだけの情報が頭にある。
真偽のほどは定かではないが、すべてガセというわけではないだろう。

そんな事を考えながら視線を水面に移した瞬間、視界の端に映った影を
認めてさっと腕を振る――水を縫い取るようにして、発射された針は
水音を伴って確かな手ごたえを伝えてきた。

水面下でぎらりと銀と銀が絡み合い、ほどなく一匹の魚が左右のエラを
一直線に貫かれて川岸に流れ着く。

「おー」

ぱちぱちと子供のように小さく拍手をするフェドート。
やたら丈の長い服のすそが地面に触れることも厭わず、やや下流に
流れ着いた魚を物珍しそうに観察しだす。

「綺麗な色ー。わっ跳ねた」

急所をはずされた魚はまだ元気だったが、動きを遮る針に邪魔されて
おいそれとは逃げられない。それでも弱る前にと、手早く足元の石を
積んで小さな囲いを作った。

そしてフェドートの元からひょいと魚を取り上げると、針を抜いて
囲いの中に放す。そうして、また岸に佇んで――

「て、ちょっと!」

とうとうヴァージニアが矛先をこちらに向けてきた。
足場の悪さをものともせずに、さっさと歩み寄ってくる。

「あなた達、仕事する気あるの?」
「あるけどー。なんかお腹減ったかもー」

やや口を尖らせて不服そうに反論するフェドートをじろりと
にらみやって、今度はこちらにも同じような目を向けるヴァージニア。
イヴァンは特に感情を込めず女の目を見返して、ぼんやりと
飾りのような泣きぼくろを見つけていたが――ふ、と彼女が
顔を伏せたのですぐに見えなくなった。

「…わかったわ。作戦会議といきましょう」
「はーい!」

やたら元気に返事をするフェドートの声に驚いたように、囲いの中の
魚が跳ねる。イヴァンは手狭になった囲いの中にまたもう一匹を
投げ入れながら、なんとはなしに崩れた塔の跡に目を向けた。


恋人から逃げるために石になった男と、それを他人に探させる女。


男は何のために石になったのだろうか。
誰にも見つかりたくないのならば死ぬべきだ。なのにわざわざ
石になったという事は、誰かに見つけてもらいたいという気持ちが
どこかにあるのではないか。

女は何故自分では恋人を探さないのだろうか。
それほど大事な恋人ならば全てを投げ出して探してもいいはずだ。
高ランクのハンターを複数名雇うのはそう簡単なことではない。
それほどの労力を賭しておきながら、なぜ現地に足を運ぶことすら
しないのだろうか。

――もっとも、自分の知ったことではないが。

「じゃ、貴方は薪でも拾ってきて。カマドはこっちで作るから」
「わー本格的!」

がらがらと石が転がる音と軽快な足音を背後に、イヴァンは
5匹めの魚へ向けて針を放った。

――――――――――――――――

2008/09/25 08:43 | Comments(0) | TrackBack() | ○AAA

| HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]