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2024/04/30 09:03 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯1/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

【ブルーモーメント(blue moment)】

夕の時間帯に、辺り一面が青い光に照らされてみえる現象。

時間が経つにつれブルーモーメントの青色は暗くなり、夜の暗闇に変わる。

         出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



――――――――――――――――

コールベルは観光業で発展してきた歴史があり、観光客を相手にした店や
宿泊施設が多い。
豊かな水、それによって作られる野菜、酒、料理、人。
コールベルはまさに水の都と呼ぶにふさわしい。

だが地元に住んでいる者にとって、それは通り過ぎる猫と同じくらい
どうでもいい事だ。

そして両手に食料品を満載した紙袋を抱えて歩いている彼にとって
今必要な事は、コールベルの歴史について造詣を深めることでは決してなく、
いかに底が抜けた紙袋からクッキーの箱がこぼれ落ちないようにするかを
考える事だった。

(せめて袋詰めのを頼んでくれりゃいいのに)

持直しながら、胸中で毒づく。袋詰めのものなら紙袋を突き破ることも
なかったはずだ。

(変なところにこだわるんだから、全く)

周囲は観光客の集まるスポットからやや外れた、日用品を中心とした店が
立ち並ぶアーケードに差し掛かっていた。
店舗を覆う屋根に日がいくぶんか遮られたが、それでなくても空は朝から
どんよりと暗く、いつ降りだしてもおかしくはなかった。

入り口には扉のない門があり、そこにかかる錆びた青銅の看板には
『ようこそ!ビクトリア商店街へ』と書かれている。が、一歩
中に足を踏み入れれば、ガイドマップを片手に名所めぐりをして
迷っている観光客でさえ、「ここは違う」と一目でわかるような、
なんの変哲もないただの商店街だ。

薬屋があり、磨き上げられた鍋が吊り下がっている金物屋があり、
生きているのか死んでいるのかわからないほど動かない猫がいる古本屋がある。
危険な道中を経て憧れのコールベルまで来ておきながら、どこにでもあるような
こんな風景を見たいと思う者はまずいまい。
だが水の都と呼ばれるだけあり、この地には至る所に水路がある。
水路に面している家などは裏手の船着場から出入りしたりもするし、
船の上に店を構えて水路を回る者も珍しくない。

そう、裏手は水路だった。朝になると、商品を満載した船が
それぞれの店舗に商品を卸にくるのでにぎやかだが、昼過ぎの今は
街を巡る定期船の小さいボートがたまに通るくらいだ。

「うぉっと」

とうとう限界を越えた紙袋が決壊した。
ばさばさと音をたてて、クッキー缶や塩、野菜などといった商品が
道にぶちまけられる。

ジラルドは空になった紙袋を手にしながら慌てて拾い集めはじめた。
落ちて駄目になった品物はなさそうだが、クッキーは割れたかもしれない。
缶は無傷だが、子供の小遣いで買えるような駄菓子が中身までちゃんと
梱包されているとは到底思えなかった。

(ま、いいか。どうせ店長しか食べないし)

脱いだ上着を風呂敷がわりにして地面にひろげ、拾った品物を乗せてゆく。

「あらまぁ、質屋んとこの」

間延びした声に骨董屋です、と心のなかで訂正してから顔をあげると、そこには
ジラルドと同じように買い物袋を手に持った主婦が立っている。
ただし、紙袋ではなく麻布でできたバッグだが。

「なァに、どうしちゃったのこれ」
「あぁ、いや――底、抜けちゃって」
「駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと」

はぁ、と生返事を返しながら、上着の四隅を結ぶ。
彼女は商店街近くに住む顔馴染みの主婦だったが、互いに
名乗ったことがないので名は知れない。

「なんだかかっこ悪いわねぇ」
「いやまぁ、仕方ないっすよ」

しげしげとこちらを見て言う主婦に苦笑いで答えると、彼――
ジラルド・スチュアートは品物で膨らんだ上着を片手に軽く会釈した。

「店長さんによろしくね」
「はい」

一体なにがよろしくなのかはさっぱりだったが、彼女に限らず
このあたりの主婦に出会うと、大抵は店長についての話で
しめくくられるのが常だった。

商店街はいつものように閑散としていた。夕方にはそれなりに混むが、
食材を取り扱う店が集中しているのはもう少し先にある。
その手前――店舗と店舗の間にある、細い路地の角でジラルドは足を止めた。
奥には水路が広がっているのが見えた。何の変哲もない水路だが、
透明な流れはこの位置からでも十分美しかった。

「あの」

ふと声をかけられて、ジラルドは振り向いた。見れば一人の少年が立っている。
明るい色の髪、どこか拗ねたような眼差し。観光客にしては少し様子が違うな、
と思った理由は、あまり見かけない仕立ての白い上着に隠れた剣帯が見えたよう
な気がしたから。
年は16,7といったところだろうか、「少年」と称されるのを嫌がるような年頃だ。

彼は、小脇に抱えた小さい包みを持直しながら、不審そうに聞いてきた。

「ここの人、知らないですか」
「ここの人?」

少年の見上げた先に視線を移す。そこには古い銅製の看板があった。打ち出され
た文字は、"ブージャム"。
角に構えられた店舗は、商店街側と水路に続く路地側との二つに面している。
商店街側は開放され、店先には精緻な柄が描かれた大皿や壷、真鍮の古めかしい
灰皿などが飾られるでもなく置かれている。

店の奧は奇妙なまでに暗い。一目で誰もいないことがわかる。
少年の視線が自分に移っているのに気が付いて、ジラルドは取り繕うように笑った。

「あー、はい。俺。ここの人」
「マシューさん?」
「あぁ、店長に用?…なんでいねぇんだ、あの人。店長ーッ!」

後半に独り言を交えながら、店番をしているはずの店主を探して店に入る。
中に入れば店内はそれほど暗く感じない。一通り呼んでも返事がないので
諦めて振り向くと、後をついてきていた少年が両脇に満載してある商品に
目を触れさせて、言った。

「ここ、なんの店です」
「何年か前は質屋。今は骨董屋」

どさりと、店の奥にあるカウンターに買った品を置く。そこでようやく、少年が
上着に包まれた野菜に気付いたようだったが、「袋、やぶけちゃって」の一言で
ある程度は納得してくれたらしい。
ジラルドは空いた手で頭の後ろを掻く。

「なんでか知らないけどいないみたいだ。俺でよければ伝言でもなんでも
受けるけど?」
「これ…。でも、直接渡せって」

そう言って、小脇に抱えた包みを示す。四角い、茶色の小包みだ。
麻紐で十字にくくられ、ついているタグには確かにここの住所と店主の名前が
書いてある。

「なんだろ。商品かな」

少年はさぁ、と気のないあいづちをうつ。ジラルドは少年の肩ごしに
店の外を見た。だか相変わらず誰もいなかった。
向かいの花屋は今日は休業日だ。

「急いでる?」
「いや?受け取り主はどうかわかんないですけど」
「まぁあの人が急ぎで頼んだものなら店番放ってどっかに行くって事も
 ないだろうし。――ていうか用があってもなくても店番離れるほうが
 どうかしてるけど…。
 とにかく、しばらく待ってたら帰ってくるんじゃないかな」
「…そうすか」

やや声のトーンを落として、うんざりしたように少年がため息をつく。
使い走りにさせられる気持ちはわからなくはない。ジラルドは少年の落胆を
少しでも和らげようと笑ってから、上着の包みをとりほどいて、
出てきたクッキー缶を押しやると同時に、カウンターの裏から木製の
店番用の椅子を持っていってやる。

「悪いね。これでも食べて待ってて。今お茶いれてあげっから」
「はぁ」

ここは住居も兼ねている。今いる一階は店舗と倉庫、二階は居住スペース。
もともと先代が住居を質屋に改造したものを、今の店主が骨董屋として
受け継いでいる形になるが、もともと道楽でやっていたようなものだから
住居としての色が濃い。

煉瓦で組んだコンロに火を入れ、水を入れたやかんを置いて少年の
元へ戻る。少年はカウンターについて、遠慮がちにクッキーを口に
運んでいた。見るとやはり半数は欠けている。

「あぁ、やっぱ割れてたか」
「でもまぁ、味は」
「そうだよね」

言って、一口つまむ。さりさりとした感触と、口に広がるアーモンドの
香りが心地よくて、わざわざ買いに行かせられた理由がわかった気がした。

「にしても」

ごく、と口の中のものを飲み込んで、少年が続ける。

「無用心でしょ。誰もいないのに店あけっぱなしなんて」
「まったくの正論だけど俺に怒んないでくれよ。悪いのは店長!」

言って、笑いながらコンロに戻る。湯気をたてるやかんはそのままに、
紅茶の缶を出して適当に茶葉をポットに入れる。さらに適当な量の
湯を入れて、陶製のカップをふたつ持ってゆく。

「こっちも欠けてて悪いんだけどさ。まぁ、味は」
「どうも」

少年の言葉を借りて差し出す二つのマグは、てんでばらばらだった。
マグはどちらも薄張りだが、片方は彩度の低い赤のレース柄が
描かれ、やや広めの口には花縁と金彩が施されているが、一部が
欠けている。
もう片方はやや細身で、取っ手は割れてなくなっていた。
白地に描かれた植物紋は色鮮やかで、やはり金彩がところどころに
施されている。

「もともと商品だったやつなんだけど、店長とかが割ったりして。
一応それなりのものだから捨てるのもったいなくって」

と、ホーロー製のポットから紅茶を注ぐ。こちらにはやや素朴なタッチと
明るいトーンの色で、図案化された花柄が側面と蓋に渡って描かれていた。
湯気のたつカップを見比べて、少年の前に取っ手があるほうのカップを
差し出す。彼は軽く会釈のように首を動かすと、待ちかねたように
熱い紅茶で喉を潤した。

と――

二人は同時に動きを止めた。とっさに少年がカップを持ったまま
天井を仰ぐ。ジラルドもそれに倣って、ゆっくりと天井を見上げた。
そこに何があるというわけでもない。ただ、商品のひとつである
魔除けのモビールがゆっくり回っているだけだ。

「なんの音ですかね」
「あー…」

念をおしてくる少年にあいまいに答える。どう言うべきだろうか。
二階から何かが走る音が確かに聞こえた。
それは隠しようのない事実だ。でも、その音を出したのは。

「泥棒?店長…マシューさん?」
「いや、たぶん、犬…ぽいもの」
「犬か」

なんだ、と軽い口調で少年はカップを置いた。
ジラルドも暗澹とした気持ちでこちらは逆にカップを取る。
口をつけようとすると、

がたん、だだだだだだだ!

「…でかい犬なんですか」
「多分ね。見たことないけど」
「?」

奇妙な物言いに、さすがに少年が眉をひそめる。ごめん、とジラルドは
探るような視線をさえぎる様に手を振った。

「店長にしか懐かなくて。あの人がいないといつもこうなんだ」

少年はあいづちすら打たずに、まだ天井を気にしていた。
勘が鋭いのだろう、何かこの店の異変を感じ始めているように見える。
二人の間に、薄紙のような儚い緊張が漂う。

「ジュンちゃーん、降ってきたー」

それを破るように唐突に割り込んできた明るい声に、ジラルドは一瞬
助かった、と思って顔を上げたが、声の主の姿を見て目をむいた。

「なんつー格好してるんですかあんた!そういう格好の時はせめて
 裏口から入ってきてくださいよ!」

批難の声の先には、一人の男がぱたぱたと全身からまんべんなく雫を
垂らしながら立っていた。
褪せた灰桜色の髪はくしゃくしゃで、フレームがやや太めの眼鏡にも
水滴がついている。
先のとがった革靴、ラインが少しよれたズボン、細いネクタイと
ジャケット。そのどれもが黒い――どこからどう見ても喪服だった。
手には大輪の花をつけた葬送花に混じって、少女が摘んできそうな
小ぶりの野菊やたんぽぽをいっしょくたにした花束。

しかしそんなみじめには違いない姿でも、どうにか無理やり
似合わせてしまうのは、冗談のように美しい顔立ちの
せいかもしれなかった。

彼はしみじみと自分の格好を見下ろして、ここにいる誰よりも
年齢が上のくせに、ここにいる誰よりも幼い仕草で口を尖らせた。

「だって大急ぎだったんじゃもん」
「じゃもんでももんじゃでもないっすよ!」
「なんでそんなに怒ってるもじゃ?」

真顔で変な語尾を作り出されても、ジラルドはそれに答えず
無言でとって帰す。
タオルをひっぱり出して戻ると、彼はいつの間にか
ジラルドのカップに口をつけ、唖然としている少年の隣で
割れたクッキーを不思議そうに眺めていた。

「新商品もじゃ?」
「馬鹿!」
「ひど!」

あまりの直接的な罵りに、ついに少年がツッコミをいれた。
男――マシュー・ゾディワフ・スワロフスキーはそこで初めて
少年を見た。

「お客さん?すまんねぇ。本当は行かないつもりだったんじゃけど、
 船葬だって言うからどうしても行きたくなったもんでのう」
「船葬?」
「それよりマシューさん、彼ずっとあんたを待ってたんですよ。
 荷物ですって」

話題をそらしたのはわざとだ。何も初対面の少年にこんな不吉な
話をすることはない。しかも、喪服で。
その目論見はうまくいったらしい。あぁ――と少年が
思いついたように、傍らの小包みをマシューに差し出した。
同時にポケットから四つ折の紙を出して、空欄を示す。

「マシューさん、ですよね。ここにサインを」
「はいさー」

店主は軽く答えてサインをする。少年はそれに一瞥をくれてから、
さきほどと同じように四つ折にしてポケットに入れ、立ち上がる。

「ご馳走様でした。それじゃ」
「もう行くの?雨――降ってるんじゃなかったんでしたっけ」

後半のせりふはマシューに向ける。アーケードには
屋根がついているため、雨が降ってもここからではわからない。
小包には一切興味をもたず、ただ目の前にあるクッキーを
平らげんとしていた店主は、うんと頷いた。

「そうよーすんごい降っとるよ。おかげで"海送り"は雨が上がるまで
 中断しとるんよ」
「それで花持ったまま帰ってきたんですね」

マシューは所在なさげに立ち尽くす少年に、こいこいと手招きする。

「だからお兄ちゃんももうちょっとここにいると良いよ。そんで
 一緒に"海送り"見にいこ」
「前半には賛成だけど後半は駄目でしょ。ていうかとっとと着替えて
 きてくださいよ」
「だってまた行くのにー」
「そんなびしょぬれのままでいて肺炎でも起こしたら今度は白い服を
 着る羽目になりますよ。知りませんからね」

どうでもいいような言い合いをしている間に、少年はここに残ることを
決めたらしい。それは好意に甘えてというより、いきなり現れた
この奇人を見物してやろうという気持ちがあったのかもしれない。

少なくとも、ジラルドがマシューと初めて出会ったときはそうだった。
そう、あれは――と、感慨にふけるが。

「べくしっ」

盛大なくしゃみと共にマシューが思い切り紅茶を撒き散らしたので、
ジラルドは思考をめぐらすのをやめた。

――――――――――――――――
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2008/04/24 11:15 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT - 船葬- ♯ 2/セシル(小林悠輝)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

「ああ、もう、店長! 馬鹿! 早く着替えてきてください!」

 店員はあまり丁寧でない手つきで店主を店の奥に押し退けた。
 じきに布巾を持って戻ってくる。

「すいませんね。折角の白い服なのに」

「後で洗うから大丈夫ですよ。どうせもう汚れてるし」

 セシルは上着の袖に飛び散った紅茶の跡を見ながら言った。
 生地が水分を吸って、染みがじわりと広がる。

「そういうわけにもいかないっしょ」

「このくらいならまだ、落とせるんで」

 立てた親指の爪で布の表面を軽くひっかいてから周囲を眺める。

「それより、そっちの机にもかかってましたけど。商品でしょ?」

「え? あ! まったく……」

 店員はため息をついて、傍らの、脚の細い白塗りの机の表面を拭いた。
 薄く積もった埃が舞うのが見えた。真鍮の把手が鈍く光っている。

「どっから来たの?」

「ソフィニアから、高速船で」

「わざわざここまで届け物に? 大変だね」

 詮索の口調ではなかったので、セシルは頷いた。

「他にもあったけど、ここが最後。
 朝も来たけど閉まってたんで」

「あー……悪いね。この店、開くの遅いんだ。
 店長は早起きなんだけどさ、毎朝、散歩行ってなかなか帰ってこないから」

「ああ、なるほど」

 思わず納得する。その後で失礼かとも思ったが、店員は気にしていなさそうだった。
 彼は布巾をひらひらと振りながら、また「まったく……」と呟いた。

 ぱらぱら、アーケードに雨の落ちる音が聞こえている。
 雨は強くなってきたらしい。思わず天井を見上げる。

 また、どんっと何かが跳ねる音がした。

「……犬?」

「…………たぶん。店長が帰ってきてはしゃいでるんだと思う」

 セシルは紅茶をすすって、店内を見渡した。
 骨董屋らしいが、ぱっと見た感じ、その言葉から連想されるような古臭い品物はあま
り目立たない。家具屋兼、雑貨屋兼……何だろう。

 濃い土色の仮漆の飾り棚、陶器の人形、銀色のペーパーナイフ、貝殻細工の宝石箱。
 店の外に出ている革張りの安楽椅子が目を引いたが、金具が歪んでいるのか、少し横
に傾いている。

「こういう骨董とか興味ある?」

「こういうって」

 セシルは近くにあった細いフレームの眼鏡を手に取りながら、首を傾げた。

「だいぶ幅広いですけど……」

「あ、それは店長の私物」

「そう」

 手渡す。店員は、「あのひとはまたこんなところに放置して」と言いながら、眼鏡と
布巾を一緒くたにカウンターの上に置いた。

 そろそろ間が持たなくなってきた。
 ――と思っていたら、どたどたと騒がしい足音がして、店主が戻ってきた。

「ジュンちゃんワン子の機嫌が悪いー」

「知らないっすよ。ほっといて出かけたせいじゃないですか?」

 店主は喪服のブラウスはそのままで、チェックのトラウザーズに室内用のサンダルと
いういでたちだった。彼は大きなタオルで明るい色の髪を拭きながら奥の階段を振り返
って、子どものように口をとがらせた。

「だって“海送り”なんじゃもん」

「……“海送り”って何ですか」

 また口論(いや、じゃれあい?)が始まりそうな雰囲気だったので口を開くと、店員
と店主の両方が同時にこちらを見た。

 なんとなく居心地が悪くて、「ああ、すいません」と口の中で謝った。


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2008/04/24 11:20 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT -船葬- ♯3/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

ばつが悪そうに軽く首を引く少年を見て、マシューは口元に深い笑みを刻む。

「聞きたい?」
「店長」
「別に問題なかろ。なぁ?」

釘を刺してくるジラルドを一蹴して、少年に同意を求める。
相手はまぁ、と賛成とも反対とも取れないような返事をしてきたが、
わざわざ訊いてきたからにはそれなりに興味があるのだろう。

よし、と頷いて、室内履きでぺたぺたと音を立てながら
再度階段へ向かう。

「ちょっと待っとってくれな。アイロン持ってくる」
「店先(ここ)で乾かす気ですか!?喪服を!?あんた何考えてるの!?」
「あははジュンちゃん主婦みたいー」

背後から聞こえるため息に押されるように軽快な足取りで
勾配のきつい階段を上りきると、短い廊下を横切り、
ドアが開け放たれたままの部屋へ入る。

中は下にある店舗とさほど変わらない雑然とした様子だったが、
やたら重そうな鉄製のベッドと、隣にまったく不釣合いな樫でできた
美しい物書き机、禍々しい悪魔を模した柄の浮き彫りが施された
クローゼットがあることで、申し訳程度の生活感は残っていた。

部屋の隅にあるイーゼルには下地を塗っただけのキャンバスが
置かれ、その下には筆洗油の入った瓶と、極彩色にまみれた
パレット、白磁の花瓶につっこまれたままの絵筆などが適当に
転がっていた。

ざっと自分の部屋を見渡して、自信たっぷりに一人で腕を組む。

「わからん!」
「だろうと思いましたよ。下にありました。アイロン台も」

いつの間に来ていたのか、ジラルドが階段を途中まであがったところで
顔だけ二階に出してこちらを半眼で見ていた。
さっすがぁ、と感嘆の声を上げてみるも、彼はやれやれといったように
そのまま頭をひっこめて下へ降りていった。

とりあえず、さきほど脱ぎっぱなしだった濡れた喪服一式を持って降りる。
水を吸って重くなった黒い塊は、なにかの生き物の屍骸のように
生暖かく、腕の中で力を失っていた。
濡れた喪服ほどいいものはないとマシューは思う。着心地は最悪だが、
これほど目に見えて『不吉っぽい』なものはない。

ふと途中で振り返り、にっこり笑ってやる――

「もちょっとおとなしくしててくれな」

そこには赤い首輪と、リードがあるだけ。

・・・★・・・

「このあたりは、もともと湿地帯だったのを埋め立てて作られたんじゃ」

頭にタオルをひっかぶったまま、マシューは椅子の上で片膝を抱えた。
横では、マシューに火の扱いを任せたくないからという理由でジラルドが
鉄製のアイロンの蓋を開け、真っ赤に熾った炭を足し入れている。

すでに黒のスラックスは乾ききって、長方形のシルエットでハンガーに
かけられていた。アイロン台には上着が広げられている。

「だから水害も多いし、地形が変わりやすい。だもんで、埋葬する土地を
確保できないんじゃな。
そこで船葬というのができた。名前の通り、死人を船で送り出す葬儀じゃ」
「死人を…"送り出す"」

問うでもなくその言葉を反芻する少年に、頷く。

「そう。死人が出た家からもっとも近い運河に船を用意して、
遺体を乗せて流す。そして集まった者は、途中の橋で
船が流れてくるのを待つんじゃ」

そこで新しく淹れられた紅茶を一口飲む。来客用の紅茶だった。
つくづくいいバイトを雇ったと胸中で苦笑しながら、
だいぶしおれてしまった花束を示す。

「で、これを船に投げ入れてやる」
「橋から?」
「うん。――花が船に乗ったら、死者に想いが届くと言われとる」

しゅう、と生乾きのジャケットに鉄の三角形が滑って蒸気を出す。
まるで今説明している船葬を模しているかのようだった。
黒い水の上を流れる、炭を乗せた鉄の船。

「水路から運河へ。そうやって花を手向けられながら流されて、最後は
 海へと送られてゆく――もっとも、実際は漕ぎ手が操っていくんじゃが。
 漕ぎ手は誰かに依頼してもよいが、親しい者が担当するのが普通じゃな。
 これらを総じて、"海送り"というんじゃ」

驚いたように少年がこちらを見る。その口から漏れた声は、かすれていた。

「本当に、海に流すんですか」
「昔はそうだったらしいがなぁ。今は人口も増えたし、どっかに漂着するのも
 問題ってことで、最終的には海辺で船ごと火葬にしてから灰を流しとる。
 先に死体を焼いてしまってから、灰だけを船に乗せるやりかたもある。
 夏なんか特に」

マシューはタオルの隙間から少年を見返す。
少年はそれこそ幽霊でも見たように、わずかに視線をずらした。
窓の外を見る。灰色に染まった世界を支配しているのは、雨の音だけ。

「海には、"焼き衆"という専門の職人がおる。流れてくる船を引き取り、
 焼いて流す役目を担う集団じゃ」
「…へぇ」

ばさり、とジラルドが上着を裏返す。もともと芯まで濡れていたわけでは
ないから、完全に乾くまでそうかからないだろう。

「ここいらは死は穢れとする考えがあるからの。そういうもんはすべて
 水に流して、海に棄ててしまう。死体も、想いも」

少年が動きを止めて、顔をしかめる。

「棄てるって」
「死体は病原菌の温床じゃから。土葬が嫌われる理由はなにも
 土地のせいだけではないんよ」

淡々と告げる。空になったカップに、ホーローのポットから紅茶を注ぐ。
少年にも注ごうとしたが、首を横振ったので「この柄、わしが描いたんよ」と
全く関係のないことを言って、鍋敷きの上に戻した。

「だから船葬では墓は無い。…いわば水路が墓なんじゃな」


――死は水からやってくる


そんな文句が、ふと脳裏に浮かんだ。

死は水からやってくる。それならこの雨に閉ざされたこの世界は、
もはや死の世界なのだろうか。

――――――――――――――――

2008/04/24 11:40 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT - 船葬- ♯ 4/セシル(小林悠輝)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
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 町中にめぐらされた水路、コールベルという都市の血管。
 その一筋一筋が、無数の死のにおいを含んでいるのだろうか。

「それじゃあ、この町全体が墓みたいなもんじゃないですか」

「そうじゃな」

 店主はあっさりと頷いた。
 彼は両手でカップを包んで中の液体に口をつける。
 水面に息を吹きかけたのか、眼鏡のレンズがわずかに白く曇った。

 セシルは、不気味じゃないんですか、と言いかけて飲み込んだ。
 喪服の準備をしている相手に聞くのは無礼だ。
 それにこの店主は、不気味だなんて思わないに違いない。

「その“海送り”って、コールベルだけなんですか」

「いんや、死人を海へ流す土地はあちこちにある。形式はそれぞれじゃけど。
 死体を流す、装束を流す、火葬の火を流す……独木舟、筏、屋形船。
 船を使わん土地もある」

 店主は明るい声で言って首を横に振った。
 うんちくを語るのが好きなのか、その表情は生き生きしている。

「お兄さん喋り方からするとコーネリアの方のひとじゃね。
 海の近くだけの風習じゃから、あまり馴染みがないじゃろ」

「……そっちに住んでたこともあります。
 今のところ葬式そのものに縁がなくて、無知で」

「縁がないなら、それに越したことはないね」

 店員が言った。彼は上着をハンガーにかけ店主に押し付けた。
 店主は生地の感触を確かめるようにその袖を握って、放す。

「これからもないといいんですが」

 セシルはアーケード街の通りへ目をやった。
 青い薄闇の中、雨に立ち往生した人々の姿が見える。
 彼らはめいめいに時間を潰す方法を見つけているようだった。

 見せ物のような芸術都市コールベル。
 何の変哲もない人々が行きかうアーケード街。
 表の観光街とは違う平凡さに軽い違和感すら覚える。


 遠い雨音が急に激しくなった。
 店主が「あちゃあー」とわざとらしい声を上げて天井を見た。

「ジュンちゃん雨いつやむのー?」

「知らないっすよ。神様にでも聞いてください」

「遅らせるのはあまりよくないのに」

「そんなこと言われても」

 店員は、店主が持ったままだった上着を取り返して、壁の帽子掛けにかけた。
 細い針金の見事な品だ。

 隣には古ぼけた鳩時計がかけられている。
 しばらく針を眺めてみたが、ぴくりとも動く様子はない。

 まるで時間が止まっているような。
 薄闇、アーケードの商店街、汚れた足跡に光るタイル、冷めた紅茶のカップ。
 目の前で大人二人がじゃれあっている。店の明かりが白々と浮き上がっている。

 何か妙に落ち着かない。
 間違えた場所に紛れ込んでしまった気がする。
 陰鬱な。陰鬱?

 話題のせいかも知れない。
 少し居心地が悪い、けれど。雨はやまない。

「だからお兄ちゃんも一緒に“海送り”行こうよ」

「あ、はい。……え?」

 急に話しかけられて思わず頷いた。
 一拍遅れて意味を取る。が、そのときには店主がすっかりその気になっていたので、
訂正するのはなんとなくためらわれた。架空の用事でもでっちあげればそれで済むには
違いないけれど。

「でも、まったく知らない人が紛れ込むわけにもいかないでしょう?」

「いくよ。そういうもんじゃもの」

 店主はそう言ってまたポットを持ち上げた。
 つられるように、そういうものなのか、と思った。


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2008/05/01 12:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―
BLUE MOMENT -船葬- ♯5/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

クッキー缶が空になり、紅茶の味にも飽きてきた頃、マシューの
長話が終わるのと喪服が乾くのを待っていたかのように、
雨があがった。

「よかったあ、わし雨男じゃからどうなることかと思ったー」

嬉々として、マシューが路地に面した側の戸口から出る。
あたまにかぶったままのタオルを片手で取り払い、
四角に切り取られた扉のフレームの中で空を見ている。

やたら眩しそうに目を細めて突っ立ている店主につられて、
ジラルドも外に半身だけを出す。
雲はまだかかっていたが、その薄い膜を通して青い色が確かに見える。
銀盤のように陰る太陽のシルエットは、鈍い色を放っていた。

「葬式にはもってこいの天気じゃなぁ」
「はしゃがないで下さいよ。葬式なんだから」

母親のような口調で、まだ空を見ているマシューを睨み付けた。
この男は放っておくと空ばかり見ている事がある。

「わかっとるってー」
「わかってませんよ」

二人して戻ると、特に興味なさそうな顔でセシルが座っている。

「雨、あがったんですね」
「逃げんなら今のうちだよ」

半ば本気で言ってやりながら、乾いたばかりのジャケットと、
ハンガーにかかったスラックスを持ってマシューのほうへ突き出す。

「次、汚したら自分でやってもらいますからね」
「はいよー」

店主は適当に返事をすると、スラックスだけ受け取って――
店と、少年と、自分をきっかり1秒ずつ見比べてから、階段を昇っていった。

「…今、迷いましたよね。ここで着替えるかどうか」
「ごめんね本当に」

なにか調子を掴みはじめたような様子の少年に、げんなりと詫びる。
数分もしないうちに、マシューは着替えを済ませて降りてきた。
断続的に続く物音はまだ続いていたが、さきほどと比べれば静かに思えた。

「さ~て行くとするかいのー」

さきほどの忠告などいっさい念頭になく、うきうきとすらして
こちらに背を向けるマシューに、ジラルドはため息をつきながら
持っていた上着を着せてやった。

「せめてご近所さんに白い目で見られるような事だけはしないで下さいよ」
「大丈夫じゃってー」

乾いた上着の着心地を確かめるように肩を回して、満足そうに笑う店主。
ジラルドはセシルを見た。こんなはた迷惑な男の申し出に、
出会ったばかりの少年をつき合わせていいものなのか。
もっとも、マシューは嫌がるものを無理強いするような人種ではないから
最終的には少年が決めることだろう。

視線で問う。少年はまだ腰を落ち着ける位置が決まらないように
気まずげだったが――意外にも、船葬にまったく興味がないというわけでも
なさそうだった。おずおずと尋ねる。

「まさか――行きたいと思って、ない、よね?」
「…でも俺、上着白だし」

それは答えではなかったが、ジラルドにとっては答え同然だった。
大丈夫大丈夫、と明るい調子でマシューが気安く少年の肩を軽く叩く。

「別に喪服で、っていう決まりはないんじゃよ。お祭りみたいなもんじゃから」
「いや、それは」
「さー行くよー早くせんと流れていってしまうよー死体は待ってくれんよー」

ぽんぽんと文字通り背中を押して、マシューが花束を持って少年を急き立てる。
少年は立ち上がってから、あ、と何かに気付いて何事か伝えようと
こちらを見たが、意気揚々とした店主に引きずられるようにして
店を出て行った。

ジラルドはおざなりに手を振って二人を見送った。
とりあえず少年の安否を願っておくぐらいのことはしてやるとしよう。
そして不運を嘆いてやろう。そうだな、1分くらい。

でも気になる。少年は自分にいったい何を伝えたかったのだろう?

二人の足跡が遠ざかる。雨上がりの道をぺたぺたと歩く店主と
見知らぬ少年が肩を並べている姿を想像して――ぺたぺた?

ジラルドは慌てて店の外へ飛び出した。左右を見渡すが、
どこに消えたのか、二人の姿はすでにない。
おそらく店主のきまぐれで路地にでも入ったのだろう。
そうなるともう散歩に出かけた猫のようなものだ。帰ってはくるだろうが、
その間どこに行っているやらまったく予測も想像もできない。

あきらめて店内に戻り、カウンターの裏にさびしく残っている
革靴を見つめて、ジラルドは今日一番のため息をついた。

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2008/05/01 12:03 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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