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2024/05/21 16:29 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯1/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

【ブルーモーメント(blue moment)】

夕の時間帯に、辺り一面が青い光に照らされてみえる現象。

時間が経つにつれブルーモーメントの青色は暗くなり、夜の暗闇に変わる。

         出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



――――――――――――――――

コールベルは観光業で発展してきた歴史があり、観光客を相手にした店や
宿泊施設が多い。
豊かな水、それによって作られる野菜、酒、料理、人。
コールベルはまさに水の都と呼ぶにふさわしい。

だが地元に住んでいる者にとって、それは通り過ぎる猫と同じくらい
どうでもいい事だ。

そして両手に食料品を満載した紙袋を抱えて歩いている彼にとって
今必要な事は、コールベルの歴史について造詣を深めることでは決してなく、
いかに底が抜けた紙袋からクッキーの箱がこぼれ落ちないようにするかを
考える事だった。

(せめて袋詰めのを頼んでくれりゃいいのに)

持直しながら、胸中で毒づく。袋詰めのものなら紙袋を突き破ることも
なかったはずだ。

(変なところにこだわるんだから、全く)

周囲は観光客の集まるスポットからやや外れた、日用品を中心とした店が
立ち並ぶアーケードに差し掛かっていた。
店舗を覆う屋根に日がいくぶんか遮られたが、それでなくても空は朝から
どんよりと暗く、いつ降りだしてもおかしくはなかった。

入り口には扉のない門があり、そこにかかる錆びた青銅の看板には
『ようこそ!ビクトリア商店街へ』と書かれている。が、一歩
中に足を踏み入れれば、ガイドマップを片手に名所めぐりをして
迷っている観光客でさえ、「ここは違う」と一目でわかるような、
なんの変哲もないただの商店街だ。

薬屋があり、磨き上げられた鍋が吊り下がっている金物屋があり、
生きているのか死んでいるのかわからないほど動かない猫がいる古本屋がある。
危険な道中を経て憧れのコールベルまで来ておきながら、どこにでもあるような
こんな風景を見たいと思う者はまずいまい。
だが水の都と呼ばれるだけあり、この地には至る所に水路がある。
水路に面している家などは裏手の船着場から出入りしたりもするし、
船の上に店を構えて水路を回る者も珍しくない。

そう、裏手は水路だった。朝になると、商品を満載した船が
それぞれの店舗に商品を卸にくるのでにぎやかだが、昼過ぎの今は
街を巡る定期船の小さいボートがたまに通るくらいだ。

「うぉっと」

とうとう限界を越えた紙袋が決壊した。
ばさばさと音をたてて、クッキー缶や塩、野菜などといった商品が
道にぶちまけられる。

ジラルドは空になった紙袋を手にしながら慌てて拾い集めはじめた。
落ちて駄目になった品物はなさそうだが、クッキーは割れたかもしれない。
缶は無傷だが、子供の小遣いで買えるような駄菓子が中身までちゃんと
梱包されているとは到底思えなかった。

(ま、いいか。どうせ店長しか食べないし)

脱いだ上着を風呂敷がわりにして地面にひろげ、拾った品物を乗せてゆく。

「あらまぁ、質屋んとこの」

間延びした声に骨董屋です、と心のなかで訂正してから顔をあげると、そこには
ジラルドと同じように買い物袋を手に持った主婦が立っている。
ただし、紙袋ではなく麻布でできたバッグだが。

「なァに、どうしちゃったのこれ」
「あぁ、いや――底、抜けちゃって」
「駄目よ、買い物袋ちゃんと持たないと」

はぁ、と生返事を返しながら、上着の四隅を結ぶ。
彼女は商店街近くに住む顔馴染みの主婦だったが、互いに
名乗ったことがないので名は知れない。

「なんだかかっこ悪いわねぇ」
「いやまぁ、仕方ないっすよ」

しげしげとこちらを見て言う主婦に苦笑いで答えると、彼――
ジラルド・スチュアートは品物で膨らんだ上着を片手に軽く会釈した。

「店長さんによろしくね」
「はい」

一体なにがよろしくなのかはさっぱりだったが、彼女に限らず
このあたりの主婦に出会うと、大抵は店長についての話で
しめくくられるのが常だった。

商店街はいつものように閑散としていた。夕方にはそれなりに混むが、
食材を取り扱う店が集中しているのはもう少し先にある。
その手前――店舗と店舗の間にある、細い路地の角でジラルドは足を止めた。
奥には水路が広がっているのが見えた。何の変哲もない水路だが、
透明な流れはこの位置からでも十分美しかった。

「あの」

ふと声をかけられて、ジラルドは振り向いた。見れば一人の少年が立っている。
明るい色の髪、どこか拗ねたような眼差し。観光客にしては少し様子が違うな、
と思った理由は、あまり見かけない仕立ての白い上着に隠れた剣帯が見えたよう
な気がしたから。
年は16,7といったところだろうか、「少年」と称されるのを嫌がるような年頃だ。

彼は、小脇に抱えた小さい包みを持直しながら、不審そうに聞いてきた。

「ここの人、知らないですか」
「ここの人?」

少年の見上げた先に視線を移す。そこには古い銅製の看板があった。打ち出され
た文字は、"ブージャム"。
角に構えられた店舗は、商店街側と水路に続く路地側との二つに面している。
商店街側は開放され、店先には精緻な柄が描かれた大皿や壷、真鍮の古めかしい
灰皿などが飾られるでもなく置かれている。

店の奧は奇妙なまでに暗い。一目で誰もいないことがわかる。
少年の視線が自分に移っているのに気が付いて、ジラルドは取り繕うように笑った。

「あー、はい。俺。ここの人」
「マシューさん?」
「あぁ、店長に用?…なんでいねぇんだ、あの人。店長ーッ!」

後半に独り言を交えながら、店番をしているはずの店主を探して店に入る。
中に入れば店内はそれほど暗く感じない。一通り呼んでも返事がないので
諦めて振り向くと、後をついてきていた少年が両脇に満載してある商品に
目を触れさせて、言った。

「ここ、なんの店です」
「何年か前は質屋。今は骨董屋」

どさりと、店の奥にあるカウンターに買った品を置く。そこでようやく、少年が
上着に包まれた野菜に気付いたようだったが、「袋、やぶけちゃって」の一言で
ある程度は納得してくれたらしい。
ジラルドは空いた手で頭の後ろを掻く。

「なんでか知らないけどいないみたいだ。俺でよければ伝言でもなんでも
受けるけど?」
「これ…。でも、直接渡せって」

そう言って、小脇に抱えた包みを示す。四角い、茶色の小包みだ。
麻紐で十字にくくられ、ついているタグには確かにここの住所と店主の名前が
書いてある。

「なんだろ。商品かな」

少年はさぁ、と気のないあいづちをうつ。ジラルドは少年の肩ごしに
店の外を見た。だか相変わらず誰もいなかった。
向かいの花屋は今日は休業日だ。

「急いでる?」
「いや?受け取り主はどうかわかんないですけど」
「まぁあの人が急ぎで頼んだものなら店番放ってどっかに行くって事も
 ないだろうし。――ていうか用があってもなくても店番離れるほうが
 どうかしてるけど…。
 とにかく、しばらく待ってたら帰ってくるんじゃないかな」
「…そうすか」

やや声のトーンを落として、うんざりしたように少年がため息をつく。
使い走りにさせられる気持ちはわからなくはない。ジラルドは少年の落胆を
少しでも和らげようと笑ってから、上着の包みをとりほどいて、
出てきたクッキー缶を押しやると同時に、カウンターの裏から木製の
店番用の椅子を持っていってやる。

「悪いね。これでも食べて待ってて。今お茶いれてあげっから」
「はぁ」

ここは住居も兼ねている。今いる一階は店舗と倉庫、二階は居住スペース。
もともと先代が住居を質屋に改造したものを、今の店主が骨董屋として
受け継いでいる形になるが、もともと道楽でやっていたようなものだから
住居としての色が濃い。

煉瓦で組んだコンロに火を入れ、水を入れたやかんを置いて少年の
元へ戻る。少年はカウンターについて、遠慮がちにクッキーを口に
運んでいた。見るとやはり半数は欠けている。

「あぁ、やっぱ割れてたか」
「でもまぁ、味は」
「そうだよね」

言って、一口つまむ。さりさりとした感触と、口に広がるアーモンドの
香りが心地よくて、わざわざ買いに行かせられた理由がわかった気がした。

「にしても」

ごく、と口の中のものを飲み込んで、少年が続ける。

「無用心でしょ。誰もいないのに店あけっぱなしなんて」
「まったくの正論だけど俺に怒んないでくれよ。悪いのは店長!」

言って、笑いながらコンロに戻る。湯気をたてるやかんはそのままに、
紅茶の缶を出して適当に茶葉をポットに入れる。さらに適当な量の
湯を入れて、陶製のカップをふたつ持ってゆく。

「こっちも欠けてて悪いんだけどさ。まぁ、味は」
「どうも」

少年の言葉を借りて差し出す二つのマグは、てんでばらばらだった。
マグはどちらも薄張りだが、片方は彩度の低い赤のレース柄が
描かれ、やや広めの口には花縁と金彩が施されているが、一部が
欠けている。
もう片方はやや細身で、取っ手は割れてなくなっていた。
白地に描かれた植物紋は色鮮やかで、やはり金彩がところどころに
施されている。

「もともと商品だったやつなんだけど、店長とかが割ったりして。
一応それなりのものだから捨てるのもったいなくって」

と、ホーロー製のポットから紅茶を注ぐ。こちらにはやや素朴なタッチと
明るいトーンの色で、図案化された花柄が側面と蓋に渡って描かれていた。
湯気のたつカップを見比べて、少年の前に取っ手があるほうのカップを
差し出す。彼は軽く会釈のように首を動かすと、待ちかねたように
熱い紅茶で喉を潤した。

と――

二人は同時に動きを止めた。とっさに少年がカップを持ったまま
天井を仰ぐ。ジラルドもそれに倣って、ゆっくりと天井を見上げた。
そこに何があるというわけでもない。ただ、商品のひとつである
魔除けのモビールがゆっくり回っているだけだ。

「なんの音ですかね」
「あー…」

念をおしてくる少年にあいまいに答える。どう言うべきだろうか。
二階から何かが走る音が確かに聞こえた。
それは隠しようのない事実だ。でも、その音を出したのは。

「泥棒?店長…マシューさん?」
「いや、たぶん、犬…ぽいもの」
「犬か」

なんだ、と軽い口調で少年はカップを置いた。
ジラルドも暗澹とした気持ちでこちらは逆にカップを取る。
口をつけようとすると、

がたん、だだだだだだだ!

「…でかい犬なんですか」
「多分ね。見たことないけど」
「?」

奇妙な物言いに、さすがに少年が眉をひそめる。ごめん、とジラルドは
探るような視線をさえぎる様に手を振った。

「店長にしか懐かなくて。あの人がいないといつもこうなんだ」

少年はあいづちすら打たずに、まだ天井を気にしていた。
勘が鋭いのだろう、何かこの店の異変を感じ始めているように見える。
二人の間に、薄紙のような儚い緊張が漂う。

「ジュンちゃーん、降ってきたー」

それを破るように唐突に割り込んできた明るい声に、ジラルドは一瞬
助かった、と思って顔を上げたが、声の主の姿を見て目をむいた。

「なんつー格好してるんですかあんた!そういう格好の時はせめて
 裏口から入ってきてくださいよ!」

批難の声の先には、一人の男がぱたぱたと全身からまんべんなく雫を
垂らしながら立っていた。
褪せた灰桜色の髪はくしゃくしゃで、フレームがやや太めの眼鏡にも
水滴がついている。
先のとがった革靴、ラインが少しよれたズボン、細いネクタイと
ジャケット。そのどれもが黒い――どこからどう見ても喪服だった。
手には大輪の花をつけた葬送花に混じって、少女が摘んできそうな
小ぶりの野菊やたんぽぽをいっしょくたにした花束。

しかしそんなみじめには違いない姿でも、どうにか無理やり
似合わせてしまうのは、冗談のように美しい顔立ちの
せいかもしれなかった。

彼はしみじみと自分の格好を見下ろして、ここにいる誰よりも
年齢が上のくせに、ここにいる誰よりも幼い仕草で口を尖らせた。

「だって大急ぎだったんじゃもん」
「じゃもんでももんじゃでもないっすよ!」
「なんでそんなに怒ってるもじゃ?」

真顔で変な語尾を作り出されても、ジラルドはそれに答えず
無言でとって帰す。
タオルをひっぱり出して戻ると、彼はいつの間にか
ジラルドのカップに口をつけ、唖然としている少年の隣で
割れたクッキーを不思議そうに眺めていた。

「新商品もじゃ?」
「馬鹿!」
「ひど!」

あまりの直接的な罵りに、ついに少年がツッコミをいれた。
男――マシュー・ゾディワフ・スワロフスキーはそこで初めて
少年を見た。

「お客さん?すまんねぇ。本当は行かないつもりだったんじゃけど、
 船葬だって言うからどうしても行きたくなったもんでのう」
「船葬?」
「それよりマシューさん、彼ずっとあんたを待ってたんですよ。
 荷物ですって」

話題をそらしたのはわざとだ。何も初対面の少年にこんな不吉な
話をすることはない。しかも、喪服で。
その目論見はうまくいったらしい。あぁ――と少年が
思いついたように、傍らの小包みをマシューに差し出した。
同時にポケットから四つ折の紙を出して、空欄を示す。

「マシューさん、ですよね。ここにサインを」
「はいさー」

店主は軽く答えてサインをする。少年はそれに一瞥をくれてから、
さきほどと同じように四つ折にしてポケットに入れ、立ち上がる。

「ご馳走様でした。それじゃ」
「もう行くの?雨――降ってるんじゃなかったんでしたっけ」

後半のせりふはマシューに向ける。アーケードには
屋根がついているため、雨が降ってもここからではわからない。
小包には一切興味をもたず、ただ目の前にあるクッキーを
平らげんとしていた店主は、うんと頷いた。

「そうよーすんごい降っとるよ。おかげで"海送り"は雨が上がるまで
 中断しとるんよ」
「それで花持ったまま帰ってきたんですね」

マシューは所在なさげに立ち尽くす少年に、こいこいと手招きする。

「だからお兄ちゃんももうちょっとここにいると良いよ。そんで
 一緒に"海送り"見にいこ」
「前半には賛成だけど後半は駄目でしょ。ていうかとっとと着替えて
 きてくださいよ」
「だってまた行くのにー」
「そんなびしょぬれのままでいて肺炎でも起こしたら今度は白い服を
 着る羽目になりますよ。知りませんからね」

どうでもいいような言い合いをしている間に、少年はここに残ることを
決めたらしい。それは好意に甘えてというより、いきなり現れた
この奇人を見物してやろうという気持ちがあったのかもしれない。

少なくとも、ジラルドがマシューと初めて出会ったときはそうだった。
そう、あれは――と、感慨にふけるが。

「べくしっ」

盛大なくしゃみと共にマシューが思い切り紅茶を撒き散らしたので、
ジラルドは思考をめぐらすのをやめた。

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2008/04/24 11:15 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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