忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 05:21 |
夢御伽  01/メイ(周防松)
PC: メイ  礫
場所: トーポウ
NPC: おやじ二人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


澄んだ青い空。
降り注ぐ、柔らかな日差し。
甲高い鳴き声を上げて、一羽の鳥が輪を描いて飛んでいる。
のどかな風景である。

ポポル方面からトーポウへと続く道を、一台の荷馬車が行く。
荷馬車を駆るのは、髪の毛もヒゲも、さらには眉毛や腕の毛までもがもじゃもじゃと
生えた、熊のような見た目の中年のおやじである。
荷台には、花が入った大きなカゴがいくつか積まれている。
花瓶に入れて飾るには、小さすぎる花である。

それもそのはず、この花は、鑑賞用の花ではない。
「花茶」というものを作るための花で、いわば加工用なのである。
花茶というと聞こえは美しいが、実のところは、あまり香りの良くない茶葉に花の香
りをつけ、美味しく飲めるようにしたもののことである。
茶葉と乾燥させた花を混ぜ、密封して二晩ほど寝かせて出来上がる。
安物は、乾燥させた花を茶葉に混ぜただけで『寝かせる』という作業をしないため、
一、二度煎れると香りが失われてしまう代物である。

しかし、最近は金持ちや貴族相手に取引することもあり、高級な茶葉を使った物も作
られるようになっていた。
そちらは、茶葉自体も香りが良いため、えもいわれぬ香りのする茶として楽しまれて
いる。
おそらく、金持ちや貴族の知る「花茶」と一般人が知る「花茶」とは、だいぶ差があ
ることだろう。

さて、荷馬車は街の通りを抜けて、一件の家の前で止まった。
民家、というよりは工房、といった雰囲気のたたずまいである。
おやじは荷馬車を降り、その家のドアをどんどんと叩いた。
「おぉい、いるかー?」
どんどんとしばらくドアを叩いていると、中から「今出る」と迷惑そうな声が聞こえ
た。
そこでようやく、おやじは叩くのをやめた。
ほどなく、ドアが開いて薄汚れた前掛け姿の中年の男が出てきた。
こちらはおやじと正反対に、髪の毛がやや後退しかかっている。
眉間に深いシワが寄っているため、いかにも不機嫌そうな顔に見えるが、本人はそれ
ほど機嫌は悪くなかったりする。
「借金取りじゃあるまいし、そんなに叩かなくたっていいだろうが」
「返事がねえんだから、しょうがねえだろ? ちっとは愛想よくできねえのか」
「ばかやろう。俺は職人だぜ。職人ってのは、ヘラヘラしてちゃ務まらねぇよ」
「よくもまあ、花茶作りにそこまで真剣になれるわな」
おやじはしみじみと呟く。
「ふん、花茶作りは俺の命だぜ」
男の口の端が、わずかに上がる。
この男の、花茶作りにかける意気込みは熱い。
彼は、親から継いだ花茶作りの工房で、一人黙々と花茶作りにいそしんでいる。
眉間に刻まれた深いシワは、少しでも良質な花茶を作るためにと悩み、研究を重ね続
けた日々の証なのである。
……夢中になるあまり、すっかり婚期を逃がしてしまったのだが、まあ、それはそ
れ、である。

「立ち話はいいから、早く運んでくれよ。場所はいつものところでな」
ドアを全開にすると、男は奥へと引っ込んでいった。
おやじは荷馬車へと戻ると、おいしょっ、と声を上げつつカゴを持ち上げ――。

「お?」

おやじは、間抜けな声を上げた。

大量の花の中から、何かが覗いて見えたのである。
花を摘み取っている時に、何か変なものでも入りこんだのだろうか。
おやじはカゴを降ろし、ごつごつとした手を突っ込んでまさぐってみた。
――指先に、何か柔らかいものが当たる。
なんだろう、と思っておやじはそれを掴んで引きずり出した。
カゴから出てきたそれは、小さな小さな、片手で掴むことができるほどに小さな女の
子だった。
緑色の髪を頭の左側で一つにまとめた、幼さを残した女の子である。
よく見ると、その背中には、薄い羽根があった。

これは、妖精、というやつではないのだろうか。

そう認識した途端、おやじの頭には悩みが生じた。
妖精は、明かに眠っている状態だったからである。
おやじは、妖精――それも眠っているものを見るのは生まれて初めてのことだった。

起こしても大丈夫なのだろうか。
妖精というのは妙な力を持っているのではなかっただろうか。
下手に起こして、うっかり怒りを買ったりしたらどうしよう。
だからと言って、その辺に置いておいてもいいのだろうか。
置いておいたために野良猫に追われてしまったりして、怒りを買ってしまうことにな
らないだろうか。


おやじの頭の中を、さまざまな考えが駆け巡っていた、その時だった。


妖精が、その目を開いたのである。
その目は大きく、赤っぽい色をしていた。

おやじと妖精は、しばらく、じーっとお互いに見詰め合った。

……そして。

「っきゃあああああーーーーーっっ!!」

妖精が、耳をつんざくような甲高い悲鳴を上げた。
おやじは、思わずその耳を押さえた。

掴んでいた妖精を、空高く放り投げて。




 * * * * * * * * * * 




「……信じらんない」

空の樽が積まれたところで、女の子の声がする。
「ここ、どこよ……」
人がこんなところに出くわしたら、自分はどうにかなってしまったのではないかと心
配してしまいそうである。
が、少し影の方に回りこめば、声の主を見つけることができるだろう。
空の樽に寄りかかり、やや青ざめた顔でぶつぶつと呟く。緑の髪の妖精の姿を。

「どうしよ。あたし、全然知らないトコに来ちゃったよ……」

思い起こせば、あの時。
暮らしている妖精族の森を出て、遊びに行った花畑。
カゴの中に敷き詰められた花を見て、なんとなく気持ち良さそうと思って寝転がって
みた、そこまではしっかり覚えている。
そして、記憶は先ほどの、熊みたいなおやじに掴まれていたところにいきなり繋が
る。
その中間の記憶が、すっぱりと切れている。

そこから考えるに、これは、うっかり寝てしまっている間に、カゴが移動していたと
いうことなのだろう。
見ず知らずの土地――それも、人間の街へ。

「ああっ、どうして昼寝なんかしちゃったんだろ~!」

あの時の行動を、心底悔いている様子である。

しかし、後悔してみたところで事態は何も変わらない。
そのぐらい、妖精の彼女――メイにだってわかる。


「……帰らなきゃ」

メイは、悲壮な顔つきで決意した。
そして、まずは情報を集めよう、と、空の樽の陰からひょいっと飛び立った。
 


結果から言うと、メイは大した情報を得ることが出来なかった。

わかったのは、ここがトーポウという名の街ということぐらいのものである。
そもそも、森から近い場所しか遊びに行ったことのないメイが、地理を把握している
はずもない。
妖精の森からどのぐらい離れているのか、などという重要な情報は、ついに見つから
なかった。
こうなると、もうメイにはお手上げである。
どうしたらいいか、今度こそわからなくなったメイはふらふらと路地をさまよった。
疲れた頭では、もうこれ以上何も考えることなどできない。
上空高く舞い上がって、街の位置を確認してみるとか、そういう行動に出ようとすら
思えない。
一生分の疲れを経験したのではないか、というぐらいの疲労感が、羽根を重くしてい
る。

ふらふらと飛んでいるうちに、べしっ、と何かにぶつかった。
壁にでもぶつかったんだろう、とメイはぐったりした頭で思った。
だから、特に何も言わず、黙りこくったまま方向転換をしようとした。

「あの……大丈夫?」

壁が、しゃべった。

これには、疲労の色濃いメイも、振り向かざるを得ないほどの驚きを感じた。
ただし、振り向いた動きそのものは、非常に鈍いものだったが。

それは、壁ではなかった。
黒い髪をした、人間の少年だった。
こちらを気遣うような視線を向けている。

自分のドジのせいとはいえ、いきなり、知らない人間の街に放りこまれ。
帰る方法も見当がつかない状態のところへ、気遣われたのである。

目の奥が、ジンと痛くなった。
それから、じわじわと視界がくもってくる。
涙が滲んできているのだ、と意識すると、口元が震えてきた。

悲しい、だとか、辛い、とか、そういった感情から来る涙とは少し違う。
確かにそんな感情もあるのだが、今溢れてくる涙は、むしろ我が身の情けなさを思っ
て溢れてくるものだった。

ぼたぼたと、涙が頬を伝い落ちる。
こうなるともう、意識して涙を止められる段階にはない。


「ふ……ぇっ、ええええええっ」


メイは、声をあげて泣き出した。

PR

2007/02/12 19:51 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 02/礫(葉月瞬)
PC:礫 メイ
NPC:見世物小屋の経営者
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 村を出る理由はいくらでもあった。
 ご飯が美味しく感じられないとか、真の友達がいないとか、辺境の一地域で
朽ち果てたくないとか、見聞を広めたいとか、村が小さ過ぎて偏見の塊ばかり
とか。
 でも一番の理由は、自分の居場所がないことだった。

 礫には両親の記憶がない。
 礫が生まれたばかりの頃、土砂災害にて両親共々失ったのだという。これ
は、育ててくれた村長が話してくれた事だが、俄かには信じられなかった。か
といって疑う余地も無いのだが。何といっても礫に両親の記憶が無い、と言う
事実が村長の言っていた事が真実だという証拠であった。
 礫にとっての両親は、おぼろげながら残る輪郭だけの存在だった。普通、記
憶と言うものは三歳以前のことは覚えていないものだ。すると、礫が両親と死
に別れたのは三歳の頃かと言うと、そうでもないらしい。礫を拾って育ててく
れた育ての親である村長の言によると、当時長雨続きで地盤が緩んでいた山道
を物凄い速度で走り去ろうとした馬車があったそうだ。何処から来たのか、何
処へ向かっているのか定かではなかったが、その馬車は何かに追われているか
のようだったという。その馬車の振動が緩んでいた地盤を揺らし、土砂崩れが
起こったのだという。通り過ぎようとしていた馬車は敢え無く土砂に飲み込ま
れ、砂礫の下敷きになってしまったのだ。
 狩りのため、村長が丁度付近を通りかかった時、偶然赤ん坊の泣き声が聞こ
えてきたのだそうだ。まだ、1歳か0歳くらいの。生まれて間もない赤ん坊の泣
き声だった。それは奇跡だった。不運が続いた後の、たった一つの奇跡だっ
た。
 救い出されると安心したのか、赤ん坊――当時の礫――は直ぐに泣き止んだ
のだという。
 それから村に連れて帰って上へ下への大騒ぎになった。ともかく、奇跡の子
だなんだと騒ぎ立てた。奇跡の子として扱われていた時はまだ良かった。だ
が、一度赤ん坊が瞳を開け広げると途端に水を打ったような静けさが広がっ
た。そして、波紋が広がるようにざわつき始めた。
 その赤ん坊は、青い瞳を持っていた。
 色素の薄い、蒼穹の青さを持った子供。
 その瞳の色はここ、カフールでは特に珍しい色合いだった。
 そして、礫はその日から忌み子として倦厭される事になる。
 普通、自分と違うものを持ったものは物珍しい目で奇異に見られるか、敬遠
するのが一般的である。ましてやここは閉鎖的なカフール皇国の片田舎。皆一
様に黒髪黒目と、同じような姿なのだ。その中に一人だけ違う毛色の者が放り
込まれたら、どうなるか。結果は明瞭である。仲間として受け入れられなくて
弾き出されるのが落ちだ。礫も、その例に漏れなかった。
 だから、礫は幼い頃より苛められてきた。
 礫は名目上、村長の家に引き取られることになった。
 村長自身は優しく、温かい目で受け入れてくれたが、村長の家族達は不満が
滲み出ていた。一言で言って、面白くない、のだ。何故に他人の子供――しか
も両親は既に死んでいる――を引き取らねばならぬのか。その疑問を拭い去る
ことは出来なかった。最後まで。
 家の内にいても、外にいても、礫の居場所は無かった。
 家の中では肩身が狭くて、家の外では苛められていたのだ。つまはじき者と
して。
 村長の家族達の対応は皆一様に冷たかった。冷酷、とまでは行かないまでも
それなりに冷めている。そんな中途半端さが逆に痛かった。朝、昼、晩のご飯
はちゃんと作ってくれるし、家族皆と同じ献立で同じだけの量を食することが
出来た。でも、食事中の会話は何故か礫だけ除け者になっていたし、村長だけ
が礫に対して話しかけることはするけれどもそれ以上のことはしてはくれなか
った。
 そのほかの時間でも、礫は何故か除け者にされていた。冷たい、嫉妬心に満
ちた視線ばかり浴びるが、それ以上の事はしてこなかった。
 事、勉強に関しては家族の中に礫の右に出るものは居なかったので教えるこ
とはあったが、それ以上の関係にはなり得なかった。
 つまり、肩身が狭かったのだ。
 学校でも礫は肩身の狭い思いをしていた。
 肩身が狭いどころか、無視されたり、何か事件が起こると決まって礫のせい
にされたり、時々暴力に訴えてくることもあったが、全体的に無視されること
が多かった。完全に無視される事がどういうことか。真綿で首を絞められるよ
うに、精神的な苦痛を与えられるという事だ。だからというわけではないが、
礫は学校の成績だけは良かった。他に何もやることが無かったし、それに成績
優秀、品行方正を貫かなければ直ぐにでも家を追い出されるような気がしたか
らだ。自分はこの家の本当の子供ではない。そんな雰囲気を肌に感じていたか
らだ。ずっとそうだった。小さい頃からずっと。
 単一民族の中で、一人だけ毛色が違うという事による孤立。
 苦しかった。どうしようもなく独りだった。
 だから礫は、早くそこから逃げ出したかった。
 だから、村を出たのだ。
 馬喰[バクラ]の村を――。


 そして、今。
 目の前には昆虫のような羽根をつけた小さな女の子がいた。彼女は、突然礫
の胸に飛び込んで来てぶつかってしまったのだ。
 その少女は、どこかあどけなさを残していた。体長は恐らく15センチくら
いだろう。緑色の長髪を横に括って赤いリボンを結んでいる。白いワンピース
の上から薄黄色の長い上着を羽織って、ピンクのリボンで止めている。赤い靴
が印象的だ。その大きな赤っぽい瞳には、朝露のような大粒の涙が浮かんでい
た。
 少女は、伝説に名高い妖精と言う種族に似ていた。
 その妖精は、礫が優しく声を掛けると、何故か突然泣き出してしまった。

「……大丈夫?」

「うっ、うわぁぁぁぁん!」



    *□■*



 男は、見世物小屋を経営していた。
 彼は大陸全土を渡り歩いていた。もちろん、見世物小屋の経営者として、
だ。
 男には妻子も家もあったし、おおよそ平穏で凡庸な生活と言うものがあっ
た。だが、見世物小屋を普及させるために、その全てをかなぐり捨てて来た。
 見世物小屋と言うのは、物珍しい物、おかしな物を観客に見せて金を稼ぐ生
業だ。所謂サーカスと言う奴と似ているかもしれない。サーカスと似て非なる
ものは、展示する中身だろう。サーカス団は自身の体を使ったアクロバティッ
クな運動を見世物にするが、見世物小屋は不可思議な身体を持った人間や珍し
い種族などを見世物にするのだ。おどろおどろしくも派手な看板と事実無根の
でまかせや真実を織り交ぜた独特の前口上で客引きをするのが特徴である。
 今までは帆が風を孕む様に、順調に事が運んでいた。だが、ここ最近経営が
右肩下がりになってきていた。何故かは解らない。何故かは解らないが、今現
在経営不振に陥っている事実だけは変えがたい。
 経営不振に陥ってるからといって、それを理由に断念することは彼の自尊心
[プライド]が許さなかった。諦めれば、それまでの人生を全否定することにな
りかねない。それだけは避けたかった。
 何とかなるなら、何とかしたい。
 そう思って、幾年月。
 男は、背に重いものが圧し掛かってきて、肩が下がって来ているのを実感し
て久しかった。これがかの有名なプレッシャーと言う奴なのかもしれない。男
は責任感だけは人一倍強かった。
 今日も今日とて相変わらずの猫背で、見世物小屋のネタ探しに町を彷徨い歩
いていた。目が落ち窪んで、少々どころじゃなく虚ろだ。見た限り覇気と言え
るものが無い。
 ここは、トーポウの街である。
 近辺を森に囲まれた静かな街だ。ここから幾日か行った場所にポポルと言う
森の街として有名な街があるが、そこよりも若干規模が小さい森に囲まれてい
る。ポポルと違って、エルフの住んでいない静かな森だ。
 ここで一つの奇跡を見ることになる。
 妖精だ。
 普段は森や異世界にいて、この世界に姿を現す事のない妖精が今、男の目の
前にいた。
 男は打ち震えた。

――これだ!

 天啓が閃いた。
 男は、今目の前で展開した現象に括目した。
 今目の前で起こった現象――妖精の少女が少年にぶつかるという現象に狂喜
さえ覚えた。

 その瞬間から、男のストーカー行為が始まった。

2007/02/12 19:51 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 03/メイ(周防松)
PC: メイ  礫
場所: トーポウ
NPC: 見世物小屋の経営者
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


――泣けば泣くほど、泣いていた理由からは遠ざかるものである。


「うぅっ、えうぐっ、ううっ、うー」

メイは、口を思いきりひん曲げて、べそべそと泣き続けていた。
乱暴にこすったせいか、目の下の柔らかい皮膚が痛い。

「え…えぇと、妖精…だよね?」

少年の問いかけに、メイは頷いた。
声を出して返事ができる状態ではなかったのである。

「どうして泣いてるの?」
「……ぐすっ……花畑……」
「え?」
「花畑で……っ……花がいっぱい、入ったカゴがあったから、寝転がってみたら、知
らないやつが掴んでて、知らないところにいて!」

メイとしては、一からきちんと事情を説明しているつもりだった。
妖精の森から花畑に遊びに出かけ、そこでカゴの中に敷き詰められた花びらの上に寝
転がり……気がついたらいきなりこの街に来てしまっていた、ということを。

しかし、聞いている少年にしてみれば、次々と言葉をまくしたてているだけのように
しか聞こえない。
まったく要領の得ない説明である。
少年は、とにかく、この妖精は今物凄く困っているんだ、ということだけは理解でき
た。

「あーんっ、ここどこなのよーっ! あたしが何したっていうのよぉっ!」

妖精だろうがなんだろうが、泣く女ほど手に余るものはない。
大泣きに泣いているメイを見つめ、少年は固まっていた。
明かに、メイの扱いに困っている様子である。

「え、ええと、妖精さん……ここがどこだかわからなくて、家に帰れないから困って
る……んだよね?」

メイの様子や言葉などから、どうにかその結論に達したらしい少年は、おずおずと
いった感じでそう尋ねる。

「もし良かったら、手伝おうか?」

その言葉に、メイは、涙でぐじゃぐじゃになった顔を上げた。

「手伝う……?」

ひっく、ひっく、としゃくり上げながら問い返すと、少年は「うん」と頷いた。

「家に帰れるように手伝うから、その……泣かないで、ね?」

見知らぬ、しかも人間の街で。
不安でぐちゃぐちゃなところへ。
助けの手を差し伸べてくれる人物に出会う。

その時の喜びと安堵感は、何物にも変え難いほど大きいものだ。

メイの顔から、不安の影が消えていき――その目に、希望に満ちたキラキラした輝き
が宿る。

「わぁい、ありがとーっ!」

先ほどまでの大泣きしていた様子とは一変、メイはすっかり元気を取り戻した。
羽根のはばたきすらも、先ほどまでより力強いものに変わっている。

メイは、ひゅいんっ、と少年の眼前まで羽根を羽ばたかせて飛びあがると、その鼻先
に手を置いて笑顔を見せた。
「あたし、メイリーフ! だけど面倒くさいからメイでいいよ」
少年はつられたように微笑みを返した。
「僕は礫(れき)って言います」
「ちょい待ち。なんでそこだけ敬語になるかな?」
メイは、びし、と手刀に似た手の動きを少年――礫に向ける。
いわゆる、『ツッコミ』といわれるソレである。
「な…なんとなく」
「ふーん。じゃあ、あだ名は『れっきー』ね」
「……え?」
突然『れっきー』呼ばわりされて、礫は戸惑ったような表情を浮かべた。
「え? イヤ?」
「いや……あの、嫌ってわけじゃないけど……別に、普通に呼んでもらっても……」
メイが首を傾げると、礫はもごもごとそんなことを呟いた。

「じゃあよろしくね、れっきー」
訂正しないところを見ると、メイの中では既に決定事項であるらしい。

「れっきー……って……」

礫の呟きは、虚しく風に消えたのだった。




その一連の動きを、じっと観察している者がいることには、まだ気付いていない。


2007/02/12 19:51 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 04/礫(葉月瞬)
PC:礫 メイ
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 出会いとは奇妙なものだ。
 村を出て、当て所なく各地の村や町や遺跡などをフラフラしていたら、珍妙
な生き物――妖精にぶつかった。しかも、よりにもよってその少女は突然泣き
出してしまったのだ。「どうしたの?」と宥めてみても、余計に涙腺を緩める
ばかり。如何せん往来のど真ん中なので、弱った事になってしまった。
 そして、少女の困り事を解決する手伝いをすることになってしまった。
 少女の名は、メイリーフといった。
 そして、泣いたカラスが一瞬で笑い出した。

「あー、んと、取り敢えず涙拭こうか」

 礫は一つ提案した。
 メイは涙を拭く事も忘れて、喜びを噛み締めているからだ。

「あっ、そうだね」

 小さな手の甲で必死に涙を拭うメイ。その行為が可愛らしくて、つい目を細
めてしまう礫。取り出したハンカチーフがメイに対して大き過ぎる事に気付い
て、慌ててしまいこむ。どうやって拭いてあげたらいいか解らなかったから
だ。一体妖精はハンカチーフを持っているのだろうかなどと、ぜんぜんその場
に関係ない事を考えたりした。
 暫くして、メイがその小さな腕を涙で濡れそぼらせながらやっと涙を拭き終
った頃合を見計らって、もう一つ提案した。

「取り敢えずさ、ここから動かない? お腹空いてない? 喉渇いてない? 
どこかに入ろうか」

「お腹? 空いてるー!」

 二人はどこか近くに食堂らしき店がないか探しに、歩き出した。
 その後ろ、数歩後方に退いた所に男の影が見える。男は陰鬱な眼窩を光らせ
て、何やら熱心に見詰めている。まるで何かを思い詰めたかのようだ。二人が
歩き出した頃合を見計らって、男も後を付けるように動き出した。その影は建
物の陰に隠れ潜むようにひっそりと移動していった。



    *□■*



 ここにも、奇妙な出会いを体験した男がいた。
 男はその出会いを目撃したとき――その珍妙な生物を目撃したとき、ぴんと
来るものがあった。
 男には、長年悩み苦しんできた悩みがあった。その悩みとは、見世物小屋を
この先ずっと経営し続けていく事であった。男が経営する見世物小屋は、今や
経営困難に陥っていた。今のままではこの先ずっと続けていくなど夢物語だろ
う。マンネリ化した見世物に、客は飽きてきている。おまけに胡散臭がる客も
出てきている始末だ。無理もない。猿のミイラと魚のミイラを足して、人魚の
ミイラとして見世物にしているのだから。今の見世物は、本物じゃない。
 本物が必要だった。
 今以上の。
 今目の前にいる生物――妖精と言う――は、正にうってつけだった。
 長年見世物小屋を経営して旅をしてきた男の、勘だった。
 男の行動は素早かった。少女と、少年を尾行し始めたのだ。
 行動原理は簡単だった。「捕らえて、見世物にする」これに尽きる。しか
も、生きたままで。彼のターゲットは少女の方、妖精だった。少年などどうで
も良い。しかし、邪魔立てするならば手段は選ばない。
 男は執念にぎらつく目を少年と少女に一心に向けながら、静かに後を付けて
行く。
 音を立ててもし相手に気付かれたら、アウトだ。二人の後を、付かず離れず
身長に尾行していく。
 男が、二人が洒落た食堂に入って行くのを見届けて自分も食堂に入ろうとし
たその時、

「うぉーい! キシェロさん!」

 溌剌[はつらつ]とした声に呼び掛けられて、キシェロと呼ばれた男は猫背を
大仰に震わせて肩を掬わせびくつきながら振り返った。

「どうしたんです? 見世物小屋の方ほっぽっといて、こんな所で」

 そういって気さくに声を掛けてきた男は、キシェロの見知った顔だった。
 この街の青年で、よく見世物小屋に見に来ている若者だ。物珍しいものが大
好きなのだという。好奇心旺盛な瞳をいつもキラキラさせて、覗きにやってく
る一ファンだった。数少ない、ファンの一人だ。

「いや、何ね、とてもいいものを見つけて」

 しきりに眼鏡を直しながら答えるキシェロ。眼鏡の奥の眼窩は落ち窪んでい
る。

「いいものって、何ですか!?」

 青年は目をキラキラ輝かせて訊ねてきた。とても、何かを期待した瞳だ。
 キシェロは本能で、この青年の期待に応えなくてはならないと思った。
 そして、青年の期待に応えるためにも今の尾行を続けて、機会が訪れたらあ
の妖精を手に入れなければならないと思った。絶対に失敗してはならないと
も。
 キシェロは、青年に今改めて訪れた決心が解る様に微笑んだ。
 眼鏡の奥の瞳は、希望に満ちていた。



    *□■*



「何、食べる?」

 礫は、食堂に入って店員に案内された席に座るとメイに訊ねた。
 傍から見ると礫が一人で座っているように見えるけれど、ようく見ればその
丸テーブルの上に置かれた礫の左腕の上に、緑色の髪の毛の小さな女の子が乗
って据わっているのが解る。礫と同じように、メニューが書かれた冊子を覗い
ている。

「んーっと、あたしはねぇ、若鶏のクリームスープとホイエルンのバター炒
め」

「んじゃあ、僕は朝色茸のカボチャクリームパスタ。カモミールの紅茶もつけ
ようかな」

 店員を呼んで、注文をする礫。
 暫くして、最初の一品が運ばれてきた。

2007/02/12 19:52 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 05/メイ(周防松)
PC:礫 メイ
NPC:キシェロ 店員
場所:トーポウ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あ」

メイが声を上げたのは、礫が店員に注文をし終えた時だった。

「どうしたの? もっと何か頼む?」
尋ねる礫はあくまでも優しい。
メイは、首を横に振った。
「……あたしの注文ってさ」
両足を交互にぶらぶらと揺らしながら、メイはテーブルの木目をじっと見つめる。
その横顔はどこか真剣……というべきか、真面目な表情だった。
「注文がどうかした?」
「うん……れっきーと同じぐらいの量で来るのかな、って思って」

「…………」

礫はしばらく固まった。
メイは今度は腕組みをし、む~……と難しい顔をする。
「もしさ、れっきーと同じぐらいだったら、あたし、食べきれないよ? 食べ物残し
ちゃいけないって、じい様も言ってたし……」
どうしよう~……とメイはぺしゃんこな気分だった。
「あ、あのさ」
そんなメイに、礫は微笑みかけた。
「もし人間用のサイズで出てきたら、なんとか食べられるだけ片付けるよ」
「……礫って大食い?」
メイの問いかけに、礫はほんの少し考え込む。
「普通、ぐらいだと思う……けど」


「はいよ、お待ちどうさま」

中年ぐらいの女の声とともに、メイの周囲に影が落ちる。
顔を上げると、エプロンをかけた中年女が、料理を載せているらしい木のおぼんを手
に現れたところだった。
女は、運んできた料理を、手際よくてきぱきとテーブルに並べてゆく。
ほわほわと湯気を立てる、カモミールの紅茶。
そして……人間の料理のことは詳しくわからないのだが、パスタの上にカボチャの風
味を感じるソースがかかっているから、隣の皿に盛りつけられているのが『朝色茸の
カボチャクリームパスタ』というやつなのだろう。
メイにとってはまさしくパスタの山である。

(ちょっとだけ食べてみたいなぁ……って、いかんいかんっ)

慌ててメイは思考を戻した。
さて、自分の注文はどんなことになっているのか。
人間用のサイズだったら、礫が少々苦しい思いをすることになろう。
(うぅ、ごめん、れっきー)
早くも食べ過ぎで苦しむ礫の姿を思い浮かべ、メイはちょっとした罪悪感を感じてい
た。

「それから、あなたのはこっちね」

店員はそう言うと、メイの注文分の料理をテーブルに並べ始めた。

「うわあ」
メイは、自分の前に置かれた皿を見て感嘆の声を上げた。
小さな……そう、小さな妖精であるメイにとって『ちょうどよい』サイズの食器の中
に、注文した『若鶏のクリームスープ』と『ホイエルンのバター焼き』が盛りつけら
れていたのだ。
感心すべきは容器に盛りつけてあるだけではなく、材料までがきちんと容器に見合う
ように小さく切られている点である。
まさしく職人技、という他にない。

「店長の娘さんがおチビの頃に使ってたやつだから、ちょっと古いけどね。ちゃんと
綺麗に
洗ってあるから、使ってちょうだい」

「えへへ、ありがと!」
メイは女性の顔を見上げ、笑顔を見せた。




その様子を、やや離れた席からじっと見つめつつ、キシェロはコーヒーをすすってい
た。
別に、コーヒーなど飲みたくもなかった。
しかし、食堂に入っておきながら注文もせずに居座っているというのも目立つと思
い、一番安いものを注文したのである。
安いコーヒーはただもの熱い上、砂糖とミルクをたっぷり入れて苦味を誤魔化さねば
とても飲めないような代物だった。
おまけに、飲みこんだ後に舌に酸っぱさが残る。
本当はブラックで飲むのが好きだったキシェロだが、今回ばかりは仕方なく、主義に
反して砂糖とミルクをたっぷり入れた。
『それ』は、もはやコーヒーというよりも『砂糖とミルクの水溶液』とでも呼びたい
ような有り様だった。
主義に反したコーヒーは、彼に憩いの時間を与えるどころか、活力をガリガリと削り
落としてゆく。
俗に、甘いものは疲労に良いというが、この場合、当てはまりそうにない。


「いただきます」
「いっただきまーすっ」

見ているうちに、少年と妖精とが仲良く食事を始めた。
妖精用の食器など、普通、置いてあるものだろうか……と疑問に思い、妖精の使って
いる食器を観察してみると、それはどうやら人形遊びなどで使うおもちゃのようであ
る。


――そうだ。
彼の脳裏に、突如として閃きが起こった。
妖精を捕まえた後のことも考えておかなくてはならない。

そのことに気付いた彼は、脳みそを目まぐるしく回転させる。

妖精を捕まえた後、どうやって見世物小屋に置こう。
ありきたりな、鳥かごに入れて飾っておくようなものでは駄目だ。つまらない。
何より、妖精を引きたてることができない。

人形用に作られた家……そう、ドールハウスを用意しよう。
食器や家具類も、一通りそろえてやらなくては。
それから、忘れてはならないのが衣服だ。
飾るためのものなのだから、できるだけたくさん用意しておこう。
それもやはり、人形用のものを見繕うとしよう。

そのためには、まず。

(妖精を確実に捕まえる方法を考えないと……な)

甘ったるい液体を口の中に流し込み、キシェロは近くにいた店員を呼ぶ。
今度は、ブラックで飲んでも美味しい、値段の高いコーヒーを注文しよう。
時間つぶしのためではなく、すっきりとした頭で捕獲方法を考えるために。


2007/02/12 19:52 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽

| HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]