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2024/05/17 05:34 |
夢御伽 06/礫(葉月瞬)
PC:礫 メイ
NPC:引ったくりの少年
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 礫にとってそれは、幸せな一時だった。
 親友と呼べる者も居ない、親しき者など居ない世界でずっと過ごしてきた。だから、こ
ういうシチュエーションに慣れていないのだ。今の今まで、孤独な世界で生きてきた。世
界というものは、暗幕で覆われているのではないかと思うことすらあった。寂しかった。
ずっとずっと、心を一にすることが出来る人が欲しかった。心合いの通える友達が欲しか
った。
 メイは、自分に対して気さくにも声を掛けてきてくれた。
 例え偶然出会ったにせよ、言葉を通わすことが出来る友達になった。
 でも、それはまやかしにしか過ぎないのかもしれない。例え言葉を通わすことが出来る
友達になったとしても、友達から進展して親友になったとしても、真に心を通わすことは
出来ないだろう。心の探りあいは、もう嫌だった。心の奥底からわだかまりを消し去りた
かった。礫は、そんな事を考えると不意に表情が暗くなるのだった。
 でも、だからこそ、否、例えそうであったとしても、今を楽しもう。
 少なくとも今、この瞬間、楽しいと思っている自分は本物だから。
 楽しい一瞬一瞬を出来るだけ楽しもう、大切にしようと、メイに微笑みかける礫。メイ
も礫の想いに気付いているのかいないのか、微笑んだ礫に微笑み返す。互いに微笑み会う
二人は、まるで恋人同士のようであった。傍から見れば、誤解されることこの上ないだろ
う。
 実に微笑ましい、時間がつつがなく流れていった。
 二人は談笑し、美味しい料理を上積みするようにさらに美味しく召し上がった。

「デザートも食べる?」

 最後の料理を平らげて、人心地付いた頃合を見計らうように礫が言った。

「んーん。いらなーい。もう、お腹一杯」

 じゃあ、ということで礫はメイが何処から来たのか訊ねて見ることにした。場所が特定
できなければ、そこに行く事など到底出来ないからだ。場所が解ったら後は、地図に照ら
し合わせてみるだけだ。その意図を含ませながら、礫は質問をぶつけてみた。そうしたら、
あろうことかメイは知っていてさも当然の如くのたまって胸を反らせた。

「あたしが居た場所? 妖精の森よ」
「……」

 この答えには、流石の礫も絶句するしかなかった。

「あー……じゃあ、さ。何処から来たかとか……そうだ! 取り敢えず、宿に戻ろうよ。
宿に戻れば地図があるから……」
「地図? そんなの必要あんの?」

 礫は、唖然とした。
 地図を知らずに旅をするものなど居ない。例え小旅行といえども、地図を見ずに自分の
住んでいる町を出ることなど無謀を通り越して、死に急ぐようなものだし、今の時代、ギ
ルドによって完成された地図が多数出回っているので、比較的安価で手に入れることが出
来る。冒険者を名乗るものならば、地図は命を繋ぐ大切な道具なのだ。何処に村や町があ
るか、現在地からの距離など冒険をしていて知らなければ成らないことは数多ある。だか
らこそ、地図は必要不可欠なのだ。それを、こともあろうに「必要あんの?」と言い切っ
てしまった。
 礫は、苦味交じりの忍び笑いを止める事が出来なかった。

「なーに? れっきー。何さー!」

 メイは膨れてあらぬほうを向いてしまった。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




「取り敢えず、宿に帰るよ」

 頼んだメニューの全てを食べ終えて、やや膨れ過ぎたお腹を落ち着かせて、店側への清
算を済ませて店を後にして数歩歩いたところで、礫が言った。

「えー!? 宿ってなにー!?」

 いい加減予想通りの反応に、礫は律儀にも応えてやる。

「うん。この世界には、宿屋って言うのがあってね、僕みたいに旅をしている冒険者や旅
人なんかを泊めたり――ああ、泊めるってのはご飯を食べさせたり、一晩寝るところを貸
したりする事ね――するところなんだ。僕がとった宿に行こうよ。そこに荷物も置いてあ
るからさ」

 噛み砕いて説明したつもりだ。これで解らなければ、もうお手上げだ。
 メイは、理解した、とでも言うように二、三度頷いて見せた。丁度礫の方のところにち
ょこんと座って、しきりに頷いている様は、可愛らしくて微笑ましい。
 それじゃ、行こうか、と行きかけたその瞬間、何かが礫の背にぶつかった。
 その瞬間、礫は見た。
 ぶつかって来た少年が、自分の財布を摺ろうとしているところを。
 礫は咄嗟に利き腕で少年の腕を掴んだ。

「やめるんだ!」

 メイは、礫が突然とんでもない大声を張り上げたものだから驚いて二、三センチ浮いた。
その羽根を羽ばたかせて、礫の頭上に浮かび上がる。邪魔になるとでも思ったのだろう。
 礫はいつになく真剣な表情で、少年を睨む。少年が何か言おうとしているのを雰囲気で
図って、沈黙を保っている。少年は、目に涙を浮かべながら一言二言言い訳じみたことを
言い始めた。

「ご、ごめんなさい、お兄さん。……んと、だって、キシェロさんが、やれって言うから
…………ごめんなさい」
(キシェロ?)

 礫の中にいくつかの疑問が浮かび上がったが、今は目の前の少年を諭す事に集中する。

「君は、人からやれって言われたら、何でもするのかい? 例えば、人から死ねって言わ
れたら死ぬのかい? それと同じことだぞ。人には、やっていいこととやっちゃいけない
ことってのがあるんだ。他人からやられて嫌な思いをする事は、同じことを他人にしちゃ
いけない」
「キシェロって誰?」

 メイが当然もって然るべき素朴な疑問を口にする。少年は一瞬ぎょっとして逡巡した様
だったが、黙っていても仕方ないと結論が出たのか礫の後方を確認するように見遣った後、
説明の言を吐いた。

「見世物小屋の座長さんだよ」

 見世物小屋。その言葉を聴いたとき、礫は茫漠とした不安を抱いた。
 一体何故、見世物小屋の座長が自分達にこの少年をけしかけたのか。一体どんなカラク
リがあるというのだろうか。メイと目を見合わせて、その理由が何となくだけど頭の中に
浮かんだような気がした。見世物小屋。メイリーフという名前の妖精。この二つの間に、
何か見えない糸のようなものが結ばれているように思えた。


 食事をした店から礫が取った宿までは、そう遠くなかった。
 然程規模が大きく無い町の事、だから宿と食堂もそんなに離れていないのだろう。便利
ではあるけれど、楽しみが少ないという不便もある。でもだからと言って、住み慣れた町
を後にする者はこの町にはいないようである。誰の顔を見ても満足を絵に描いたような表
情だし、現に町を後にしたものはいないからだ。

「ここだよ。ここが、僕のとった宿」
「ふ~ん。…………普通ね」
「な、何を期待していたんだい!?」
「……別に」

 メイはちょっと意味深な笑みでその場を流した。恐らく、過大な期待でもしていたのだ
ろうが、生憎と今の礫にはそれほど良い宿屋に泊まれるほどの備蓄はなかった。
 室内の調度は予想に沿って、地味過ぎず派手過ぎずきちんと整えられていた。所謂、普
通、なのである。

「……普通、だね」
「……普通、だよ」

 メイが見も蓋も無いことを虚ろな目で言って、同じく虚ろな目で重ねて答える礫。
 と、礫が部屋の隅に置いてあった自分の荷物から、やおら地図を取り出すと部屋の中央
に配置している机の上に広げた。

「と、こんな事で呆然としている場合じゃなかった。メイちゃん、君の故郷の大体の位置
って解る?」
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2007/02/12 19:52 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽07/メイ(周防松)
PC:礫 メイ
NPC:キシェロ
場所:トーポウ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「えーっとね」
机の上に広げられた地図の上に降り立ち、メイは首を傾げる。
「今、あたし達どこにいんの?」
「ここだよ」
礫が指差した部分には、小さな丸印とともに『トーポウ』という文字がある。
「へー、ここなんだ」
メイは、てくてくとその部分に歩み寄る。
「メイちゃん、どこの方角から来たとか、わかる?」
「わかんない」
ふるふる、とメイは首を横に振る。
「……え?」
「だって、わっかんないんだもん」
ぷぅ、と頬をふくらませ、メイは礫を見上げる。
「花畑にいてさ、カゴに入ってた花がじゅうたんみたいだったから、そこに寝転がっ
たら気持ちよくって、寝ちゃったの。そんで、気がついたら変なもじゃもじゃオヤジ
に掴まれてて」
「ちょっと待って。それじゃあ、なんとかなるかも知れない」
「えっ? えっ?」
礫の言葉に、メイはきょとんとした表情を返す。
「その……もじゃもじゃオヤジに聞いてみたら、その花がどこから来たものか、わか
るじゃないか。そうしたら、メイちゃんがいた花畑に行ける。そこまで行けば、どこ
から来たかわかるんじゃない?」
「おおっ! れっきーって頭良い!」
メイは手をポンと打ち、感嘆の声を上げた。
「良かったー、帰れるんだぁ。れっきー、ありがと!」
礫の手に自分の両手を置き、メイは安堵の表情を浮かべた。
「……良かったね」
「にひー。絶対恩返しするかんね」
その微笑みが、声が……どことなくぎこちないように思えた。
帰れる、という安堵感で満たされていく心の奥底に、わだかまりのようなものが残っ
ていることに、メイはまだ気付かなかった。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


メイちゃん……。

礫に呼ばれたような気がして、メイは振り返る。
すると、そこには礫がいた。
両手いっぱいに、小さな小さな赤い実を乗せた礫が。

「うわぁ……!」
メイは、両頬を手で押さえながら目をキラキラと輝かせた。
礫の手いっぱいに乗っている赤い実は、クルの実といって、妖精……少なくともメイ
にとっては大好物の果実である。
人間にしてみれば、草の種のようなものだが。
「それ、あたしに?」
クルの実を指差しながら尋ねると、礫は爽やかに微笑んだ。
「うん、もちろんだよ」
「ホント? ホント?」
「うん、いくらでも食べていいよ。まだまだ沢山あるからね」
メイには、どういうわけか礫に後光が差して見えた。
「ありがとうっ、れっきー!」
さっそくクルの実を手に取り、メイは大口を開けてかじりついた。
しかし……なんだか妙な食感だ。
噛んでも噛んでも噛み切れないのだ。
変だなあ、と思いつつ、メイはもう一度大口を開けて――

がぶっ。

クルの実特有のみずみずしい甘さはない。
それどころか、どういうわけか親指に激痛が走った。

「いったーっ………あれ?」

気がつけば、そこは礫が取ったという宿屋の一室。
……夢、だったようである。
親指をクルの実と思いこみ、噛んでいたらしい。
その証拠に、親指にくっきりと歯型が残っている。

「…………」

大好物と間違えて自らの親指にかじりついていたなどと、これ以上の虚しさがあるだ
ろうか。
メイはどんよりとした空気をまといつつ、肩を落とした。
――ふと、視線を移せば、傍らには、横たわって静かな寝息を立てる礫がいた。
明日にそなえて寝ましょうね、ということになり、メイは礫の枕元でハンカチを掛け
布団代わりにして寝ていたのである。
どうやらメイの馬鹿な行動には気付かなかったようで、規則正しい寝息を立ててい
る。
(気付かれなくて良かった……かも)
メイは、非常に虚しい気持ちになりながら、寝なおすべくハンカチを掛けなおした。

……しかし、閉じた目をすぐに開く。
窓の方から、なんだか嗅覚を刺激する香りが漂ってくるのだ。
メイは、窓辺にひらひらと飛んで行くと、くんくん、と香りをかいでみた。
クルの実の香りだ。
窓の隙間から、クルの実の香りが漂ってきている。
頬をつねってみると、痛みがあった。
これは夢ではない。現実なのだ。
クルの実があるのだ!

そう思うと、メイの思考はクルの実のことでいっぱいになった。
「えへへへ……」
なんともたるみきった表情を浮かべ、メイは窓をわずかに押し開ける。
どうあっても食べに行くつもりである。
(朝までに帰ればいいよね)
なんとも楽天的な考えである。
口の中に溢れてくるつばを飲みこみ、外へと羽ばたいて行った。

クルの実の香りをたどると、宿の隣の空き地に着いた。
茂みにかこまれた部分に、クルの実が幾つか転がっている。
人間にしてみればどうでもいい光景だが、メイにとってはお宝が転がっているのも同
然である。
はやる気持ちを押さえつつ、すとん、と降り立つと、一つを手に取り、スカートのす
そで軽く表面を拭いた。
「いっただっきまあーすっ」
大口を開け、クルの実にかぶりつく。
今度こそ、夢ではない。
しゃりしゃりした食感と、口に広がるみずみずしい甘さ。
うっとりした表情を浮かべ、はぅ……と思わずため息をこぼす。
まさに至福の一時、とでもいうべきか。
メイは生きている幸せを感じていた。

至福の一時も良いが、ここで疑うべきである。
どうして、ここにクルの実があるのか、ということを。

がしゃぁん!と盛大な音がして、メイの体がわずかに宙に浮いた。
地面の中から、何かが勢い良く突き出してきたのである。

「………う?」

目の前に、背の高い鉄製の柵が形成されていた。
なんとなく嫌な予感がして、そのまま視線を横に滑らせると、そこにも鉄製の柵があ
る。
頭上にも、そして足元にも。

――閉じ込められた、ということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。

「きゃーっ、ちょ、ちょっと、何よこれぇ!」
クルの実を放りだし、メイは柵に手を掛ける。
どんなに力を入れても、あまりに重くてビクともしない。
「あぁ、クルの実はやはり効くんだね。あっという間に捕まった」
にゅっと、男の顔が現れた。
眼鏡をかけた、どこか陰鬱そうな雰囲気の男だ。
しかし、目だけが異様にギラギラと輝いていて、不気味だった。
メイは、反対側の柵に逃げた。
男の吐息がかかることすら、拒みたい気持ちだった。
反対側の柵に背中をぴったりつけて、男を睨む。
「誰よっ」
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。危害を加えるつもりはないよ」
「もう危害加えてるじゃないっ」
拳をぶんぶん振りまわし、メイは精一杯抗議の声を張り上げる。
男はひょいと肩をすくめた。
「たかだか檻に閉じ込めただけじゃないか。怪我はしていないだろう?」
「出して」
「さて、私の名前はキシェロだ。君の名前は?」
「出して」
「私は見世物小屋を経営しているのだがね、最近経営が右肩下がりで……」

「出・し・てっ!」

ふう、とキシェロと名乗った男はため息をつく。
「遠目に見た時は可愛らしいと思っていたのに、意外に気が強いね」
「わーるかったわね」
どーせ可愛くなんかないわよ、とメイは舌を出した。
脳裏に、『美人』と称される姉の姿がかすめ、不意に泣きたい気持ちになった。
「あまり騒がれると厄介だな」
ふしゅうっ、と檻の中に空気が注がれる。
それは強烈に甘い匂いで、メイの意識を絡めとった。
「……っ」
柵に寄りかかる形で、メイの体勢はずるずると崩れていった。
体の自由が効かないのだ。
ほどなく、メイの体はうつ伏せに倒れた。
死んでいるわけではない。
よく耳をすませば、くーくーというかすかな寝息が聞こえる。

キシェロは、捕獲に使った鳥かごほどの大きさの檻を持ち上げ、中にいるメイをじっ
と観察する。
先ほどまでぎゃいぎゃいとうるさかった妖精も、眠っていれば、それなりに愛らし
い。
鳥かごにそっと布をかけ、大切そうに抱える。
「さあ、私を救っておくれ。妖精さん」
キシェロは大股に茂みを踏み越え――暗がりの中に消えていった。



2007/02/12 19:53 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 08/礫(葉月瞬)
PC:礫 (メイ)
NPC:引ったくりの少年 花売りのおじさん
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 そうか。幸せってこういうものなんだ。
 家族って、こういうものなんだ。
 メイちゃんといるとまるで、血を分けた本当の家族と暮らしているみたいな気分になる。
 いや、彼女に対してはもっとこう、家族以外の、家族以上の何かとても暖かい感情を抱
いてしまう。彼女を見ていると、体の奥底から湧き上がってくる熱い何かを感じずにはい
られない。彼女は、本当の家族以上の――。


 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 金糸が室内に差し込み、礫の頬を刺す。暗色に支配されていた室内が黄金色の輝きに染
まっていき、色を取り戻す。人生で何度目かの朝がやってきた。足元に陽が差し込んで来
たところで、漸く意識が浮上する礫。ゆっくりと重たい瞼を上に押し上げる。目を開けた
だけで、暫く固まっている。布団から這い出すのが億劫でならない。朝が来た、というこ
とは日光の差し込み具合で何となく解るが、如何せん頭が働かない。憂鬱そうに視線だけ
で、室内を見渡す。メイの姿が無いのを見て取ると、未だに夢見心地な頭で必死に考える。
そして出した結論が、散歩だった。

「うん。多分、メイちゃんは、朝の散歩に行っているんだ。きっとそうだよ。だって、朝
の空気は清々しいからね」

 礫は、自分に言い聞かせるように呟く。何か、思い込みめいて宙に虚しく散る。
 言葉尻を取るならそれは不安めいた独り言でしかなかった。朝起きて、メイちゃんにお
はようの挨拶をしよう、などと楽しみに寝入った昨日の晩の自分が酷く恥ずかしく、滑稽
に思えた。
 頭が活性化するまで暫く呆けていると、窓の外で野鳥が囀る声が聞こえて来た。
 窓から差し込む陽が刻一刻と長くなっていく。それと同時に、部屋の灰色に染まってい
る部分が、徐々に色を取り戻す面積を増やしていく。夜の支配から昼の支配へと移り変わ
っていく瞬間だ。それでも闇がわだかまる部分というのは、無くならない。その闇の部分
に目を凝らしているうちに、次第に自分の過去へと落ちてゆく。人の心は、このわだかま
っている闇と同じだ。人心にわだかまった差別意識や偏見など消すことなど出来ない。礫
が家族だと思い接してきた、人々も同じだった。家族といえども、所詮真っ赤な他人でし
かなかった。血の繋がりのようなものなど、欠片ほども感じられなかった。自分に笑い掛
けるときでさえ、どこか他人めいていた。確かに、見ず知らずの他人である自分を引き取
って育ててくれた恩義は感じたが、それ以上の繋がりは無かった。家族というものは血の
繋がりで成り立っている他人だから、自分など入り込む余地が無かったのである。
 わだかまっていたのは、自分か。
 そこまで考えて、窓の外を見る。
 窓の外では、曙色から浅葱色へと変化していくところだった。綺麗なグラデーションに
なって、その交代劇は滞りなく行われていく。外では早くから市がたっているらしく、呼
び込みの声や値切りの声などがけたたましく行き交っている。
 朝起きてからどれ位の時間が経っているのだろう。少なくとも、一時間は経過していな
いはずである。それでも、散歩だったらそろそろ戻ってきてもいいくらいの時間は経って
いた。
 早朝の散歩にしては時間が長いなとか、早く彼女を探さないと、などと考えたりもした
が、腹の虫が鳴ったのでとりあえず腹ごしらえをすることにした。寝巻きから普段着に着
替え、護身用にと刀を手に持つと荷物を置きっぱなしにして階下へと降りる。一応部屋に
は鍵を掛けておくが、メイが何時帰って来てもいいように、書置きを扉に貼り付けておく
事も忘れない。彼女が人間の使う文字を読めれば意味が通じるが、その限りで無いことは
とりあえず念頭から外しておく。
 とりあえず、階下へ降りていく。
 とりあえず、開いている席へ着席する。
 とりあえず、朝食を用意されてある場所まで取りに行く。
 とりあえず、器に盛る。
 とりあえず、席について食べる。
 一人で食べる朝食は、どこか味気ない。
 おかしい。村を出てから今までずっと一人で食べて来たはずなのに。どうしてこんなに
もつまらないと思えてしまうんだろう。ずっと一人だった。食事するときも、夜寝るとき
も。でも、そのときは少しも“寂しい”だなんて思わなかった。それなのに――。
 礫は、ひとりでに涙が溢れてきたのに気付いた。

「あれ? おかしいな。僕、何で泣いてる――」

 語尾が続かなかった。
 とめどなく流れる涙の理由は、何となくだけど解る様な気がした。

 メイは、昼を過ぎても帰って来なかった。
 彼女が誘拐されたのではないかという思いがもたげるが、果たして本当にそうだろうか
という疑問も浮上する。第一、もし本当に誘拐であるならば、脅迫状みたいなものが届け
られるはずである。それが無いところを見ると、誘拐したことによる副産物が目当てなの
ではなく、彼女自身が目当ての誘拐か、そもそも誘拐などという事件自体が起こっていな
いかのどちらかだ。出来れば誘拐など起こって欲しくはなかった。
 未だ誘拐だと決まったわけでは無いけれど、もし誘拐か連れ去り事件だとしても犯人を
特定できる物品もなければ、心当たりの場所も無い。こんな状況ではメイを探しに行きた
くとも出来ない。だからとりあえず、メイの故郷への手がかりを探しに外に出る事にした。
外で動き回っていれば、メイに関する情報が飛び込んでくるかもしれないからだ。何もし
ないよりましである。何もしないと、おかしくなりそうだった。
 とりあえず、昨日メイが言っていた、花売りのおじさんを探してみることにする。
 花売りのおじさんは、特徴が掴めているからあっけなく見つかった。
 彼は市場の端、村の中央広場寄りのところに店を構えていた。店はこじんまりとした店
で、花を売っている傍らでお茶なども売っている。お茶は花茶といって、ここ最近この近
辺で流行しているお茶である。店主はメイの表現がピッタリ当てはまるような人相、髪の
毛は勿論の事、髭も、眉毛までがモジャモジャで熊のような体躯のおじさんだった。年齢
は40代半ば、といったところか。

「すいません。ちょっといいですか?」

「はい。いらっしゃいませ」

「この、花なんですけど、何処で仕入れているんですか?」

 礫は店の奥まった所に陳列されている、花茶の一種、白くて小さい花を指差して言った。
すると、店主は鋭い目つきで礫を睨み据えるとやや警戒した語調で言った。

「あんた、同業者か何か?」

「いいえ! 違いますよ。ただ……そう! 勉強のために調べているんです。学校の課題
で……」

「ふうん」

 それでも花屋は胡散臭そうに礫を見詰める。まるで値踏みをされているようだ。礫は苦
し紛れの言い訳しか出来なかった自分の脳の足りなさ加減を悔やんだ。もっとましな言い
訳が出来れば。
 しかし、事態は思っていたほど悪い方へは転ばなかった。
 花屋は今まで値踏みしていた視線を引っ込めると、にやりと意味ありげに笑った。

「まぁ、いいや。花茶の仕入先だったね。ここから南東の方角にあるポポルを経由して二
つ三つ町を越えたところにある、田園地帯で作られているのさ。俺はいつもそこで仕入れ
ているね」

「なるほど。地図で言うとどの辺ですか? 差し支えなければお願いします」

「んーっと、だいたいこの辺だなぁ」

 礫が持ってきていた地図を広げると、花屋は正確な位置を指で指し示した。

「ありがとうございます」

 礫は礼を述べて、店を後にした。
 店を後にした礫の服の裾を、誰かが引っ張った。
 見ると、昨日礫の財布を引っ手繰ろうとした少年だった。その円らな瞳でじっと礫を見
上げてくる。愛くるしい仕草にも見れるが、何かを訴えかけようとしているようにも見て
取れる。少年は暫く見詰めた後、礫に質問を投げ掛けた。

「お兄ちゃん、昨日一緒にいた妖精さんは?」

 その言葉を聞いた時、少年が何かを掴んでいる事を礫は直感的に悟った。本当の事を言
おうか迷ったが、本当の事を言うことにした。隠し立てしてもしようが無いからだ。

「それが……今朝起きたら居なくて。ひょっとしたら誰かに連れ去られたのかもしれない
んだ。心当たりあるのかい?」

 少年は、暫く逡巡した後はっきりと礫に告げた。

「うん。キシェロさんが妖精さんを連れて行くところ、見たんだ」

 まただ。
 また、キシェロの名前が出てきた。昨日といい、今日といい、キシェロと言う者は一体
何者だろう。礫は、少年に対する疑念よりも先ず最初にその疑問が浮上するのを覚えた。
だが、口をついて出た質問は、違う言葉だった。少年に対するそれよりも、キシェロと言
う者の正体よりも、先ず最初にしなければならないこと。

「大変だ。早くメイちゃんを助け出さないと」

「お兄さん、冒険者でしょ。俺も連れて行って! 俺、役に立つから」

 少年から意外な言葉が飛び出た。

「俺、キシェロさんの顔、わかるよ!」

 少年は、無我夢中で自己主張をした。自分を売り込むのに必死な形相をしている。少年
は名前をニャホニャホタマクローといった。盗賊だという事だから、恐らく偽名だろう。
どこかの民族で活躍した英雄の名前からとったのだそうだ。
 礫も自ら名乗って、二人は見ず知らずの他人から仲間になった。
 これで後はメイが戻って来てくれればいいのだが――不安げな視線を彷徨わせて南天を
通り過ぎる太陽を見上げる礫であった。


2007/02/12 19:54 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽09/メイ(周防松)
PC:メイ (礫)
NPC:キシェロ
場所:ポポル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

メイが目を覚ましたのは、閉じたまぶたを眩しい日差しが貫いたからだった。
「んにゃ……」
寝ぼけた声を上げ、うっすらとまぶたを開く。
「おはよう、妖精さん」
視界いっぱいに映ったのは、こんなに眩しい日差しの中でも、やっぱりどこか陰鬱な
キシェロの顔だった。
起きて真っ先にこんなものを見せられては、心臓に悪い。
メイは、寝起きとは思えない俊敏な動きで、その顔と最長距離を取った。
すなわち、鳥かごのような檻の中で、反対の向きに逃げたのである。
鉄の柵に背中をぶつけたが、特に痛いとは思わなかった。
「そんなに警戒しなくてもいいだろう?」
その反応に、キシェロはため息をつく。
「妖精を食べ物で釣って捕まえる人間なんか、最低よっ!」
両手で頬を引っ張りつつ、メイは舌を出した。

「……まあいい」

キシェロは鳥かごをそっと持ち上げると、テーブルの上に置いた。
そこにあったのは、ドールハウス、というやつだった。
ちょうど、部屋を横から見た感じのものである。
小花を散らした壁紙の部屋の中に、テーブルとソファー、そしてベッド、本棚などの
家具一式が置いてある。
さすがに、本棚の中の本はニセモノだが……それでも立派なものである。
ただし、鳥かごよりは巨大な檻の中に、それは収まっていた。
部屋と言うよりは、牢獄と言った方が正しいのかもしれない。
「いつまでも鳥かごの中では窮屈だろう? 今日からは、ここが君の家だよ」
メイはそっぽを向いた。
(こんな奴の言う事なんか、絶対聞かない!)
その一心である。
「どうしたんだい? これは君のために用意したんだよ。人形用のものだけれど、一
番良いものを揃えておいたよ。最初は慣れないかもしれないけれど、そのうちにきっ
と気に入るさ」
「あたし、作ってなんて頼んでないもん」
メイはつーんとそっぽを向いたまま。
あまりにも可愛げのない態度に、キシェロはこめかみを引きつらせた。
別にお礼を言ってもらいたくてやったことではないが、自分の努力が全く省みられな
いというのが気に食わなかったのである。

――やはり、いつまでも下手(したて)に出ていてはいけない。

キシェロの思考は、やや物騒な方向に向かった。
ここは、どちらの立場が上であるかを教えてやる必要がある。
彼女は今から、自分に飼われるのだ。
食事だって、自分が与えてやらなければ得られない。
本当は、もう少し後にするつもりだったが……このあまりにも可愛げのない態度を見
て、考えが変わった。
だが、最初が酷すぎてもいけないだろう。
心に傷を負ってしまい、塞ぎこむなどして見世物にならなくなっては元も子もない。
まずは鳥かごを思いきり揺さぶって恐怖を味わせて、『これから言う事を聞かなけれ
ば同じことをするよ』とでも言っておこう。
あとは、態度によって徐々に度合いを強めていけばいい。
キシェロは、鳥かごを乱暴に持ち上げた。

それは、突発的な事故だった。
持ち上げたところで手が滑り、がしゃん、と鳥かごが床に落ちたのである。
「ふぎゃ!」
とは言っても、メイにとってはまさしく『世界がひっくり返った』ような状態で、し
こたま腰をぶつけた。
舌を噛まなかったのが、せめてもの救いだろう。
「あた、あたたた……」
涙目で腰をさすり……メイはハッと気付いた。
落ちた衝撃で、鳥かごの小さな格子が開いていた。
通常は、鳥のエサ箱にエサを補充したりする時に開ける格子である。

――考えるよりも先に、体が勝手に動いた。
入り口から這い出して、飛び立つべく羽根を広げる。
そう、ここから逃げ出すために。

礫のことが、頭をかすめた。
元いた場所に帰れないと泣いた自分のために、協力を約束してくれた。
ご飯をおごってくれた。
眠る場所を提供してくれた。
実に優しい人間だった。
そんな彼と、つまらない食欲一つのために離れ離れになるなんて。
怒っていないだろうか。
また、会えるだろうか。
いや。
(絶対、れっきーのトコに帰るっ!)
メイは、とんっ、と床を蹴った。

が。
いつもなら何でもなく動く羽根は異様に重く、結局飛べないままぺたりと床にへたり
込む羽目になった。
(なんで? なんで?)
この事態がうまく飲みこめず、メイはあたふたと混乱した。
「ああ、そうだ」
キシェロの手が伸びてきて、メイの胴体を捕まえた。
「触んないでよっ、このっ、変態っ、根暗っ」
きーきーわめきながらキシェロの手をボカボカ叩いていると、彼は黙ってメイを眼前
まで持ち上げた。
睨みつけようとしたメイは……息を飲んだ。
なんと言っていいのか、よくわからない。
だが、今のキシェロが、なんだか怖かったのだ。
具体的にどこがどう怖いのか、説明することはできないが……強いて言うなら、全体
的に、雰囲気が今までと違っていた。
「君の羽根に、特殊な油を塗っておいたんだ。飛んで逃げることぐらい、私だって予
想するよ」

目の前のキシェロの顔を、メイは愕然としながら見上げた。

2007/02/12 19:54 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 10/礫(葉月瞬)
PC:礫 (メイ)
NPC:ニャホニャホタマクロー、雇われ冒険者
場所:トーポウ~ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 ニャホニャホタマクローが告げた場所に行ってみたが、時既に遅し、当該地点には何も
なかった。

 ニャホニャホタマクローが慌てて身柄の潔白と情報の正しさを主張している中、礫は一
人冷静になって見世物小屋の痕跡を観察していた。それはもう、つぶさに。轍の跡などが
無いか、調べているのだ。
 礫は、こういう時こそ、自分が冷静にならなければと考えていた。ともすると冷静さを
失いかねない状況下において冷静でいられるということは、相手の先手を打てるというこ
とであり様子を見て行動に移せるということだ。だから、どんなときでも冷静さを失って
はいけないと、冒険者ギルドの先輩は言っていた。今でもその訓話は実行に移している。
 案外、手がかりはあっさり見つかった。夜露に濡れて、少々ぬかるんだ土くれの道に、
轍の跡がくっきりと残っていたのだ。礫はその唯一残されたメイへと繋がる道を見失わな
いように、昼を過ぎ街人達が一仕事終えて帰途につき通りを賑わしている最中、人の波を
縫うように一歩一歩確実に眼で追っていった。ニャホニャホタマクローがその後を静かに
追っていく。
 街の中央を通って、南北を結ぶ大通りを南に下ると街の出入り口に出る。このまま街道
を南下すれば、ポポルに辿り着くはずだ。そして轍はそのポポルに向かった事を物語って
いた。北ではなく、南に。

「――そうか、ポポルか――」

 呟く礫の瞳には、メイを助け出す算段が浮かんでいた。

 旅立つにはそれなりの支度が必要だ。とはいえ、元々旅をしている最中なのだから、定
着者が旅立つよりは遥かに楽ではある。それでも色々と準備しておかなくてはならないの
だ。食料品とか、日用雑貨とか、戦闘に必要な武器類、防具類、それから心の準備など。
ましてや、今回はメイがキシェロとか言う男に誘拐されたかもしれないのだ。もしかした
ら、その男と戦う羽目になるかもしれない。もしそうなったとしても、万全を期していけ
ば万に一つの勝ち目も無いと言うことは無いだろう。キシェロという男がどれだけ出来る
男かは知らないが、備えあれば憂いなし、だ。とはいえ、礫の戦闘形態は飛び道具などの
消耗品を使わないので、然して準備するものも無い。強いて必要なものといえば常時帯剣
している名も無き銘刀ただ一本である。その銘刀を宿屋の自室にて研ぎ澄ませる。丁子
(ちょうじ)油を塗って鞘に収めれば、準備は万端だ。
 そうして宿を立つ。盾は持たない。攻撃こそ最大の防御、だからだ。それに、渾身の一
撃は両手で振るうものだ。礫の持つ刀は、一撃こそ軽いが鋭く反しの速度が速い。そして、
重い一撃を与えるためには両手で振り下ろさないと駄目なのだ。だから、盾は持たない。
 宿を出て大通りを南下する。大通りとはいえ、今の時間人は疎らだ。夕方近くというこ
ともあったし、市場からだいぶ離れている、ということもあった。とはいえ、店が皆無と
いうことも無い。密集して立ち並ぶ民家の合間に、所々店舗が見える。それは洋品店だっ
たり、服屋だったり、骨董品店だったり、食料品店だったりする。それらは全て、市場ま
で行けない人達の為のものだ。暫し歩いてふと立ち止まる。おもむろに後ろを振り向いて、
大声を張り上げる。こめかみがひくついているのは怒りのためではない。信じられない事
象を目の当たりにしたからだ。

「ちょっと待て。君も来るの!?」

 当然のごとき顔色で、共に旅立とうとついてきていたニャホニャホタマクローを見咎め
る礫。それでも付いて行きたいという懇願と期待の真摯な眼差しを受け止め、礫は逡巡す
る。この子を連れて行けば貴重な戦力になるだろう。だが、時として足枷になってしまう
かもしれない。それに、未だ味方だという保証が成されたわけではない。だから、信じる
に足るべきものなのか、見極めなければいけない。
 礫は生唾を飲み込んで、次の言葉を吐き出す。

「わかったよ。邪魔になるなよ」

「やったぁ! 絶対役に立ってみせるって」

 任せてとでも言わんばかりに、胸を叩くニャホニャホタマクロー。その瞳は無邪気に喜
色を帯びていた。どうして自分に付いて来てくれるのだろうかと、疑問に思わざるを得な
い。ほんの、ちょっとしたことで知り合ったばかりなのに。しかも最悪の出会いだった。
敵対こそすれ、味方になどならないだろう出会いだった。それなのに、今はこうして自分
の隣で笑っている。不思議な少年だ。一体この少年の心に何が起こったというのだろう。
 大通りに出て、暫く南下したところで礫はふと思い立ち思考を言葉にする。

「さてと。君の事、なんて呼ぼうか。
 そのままニャホニャホタマクローじゃ、長過ぎるしなぁ。ニャホタマ?」

「そんな呼び方酷すぎるよ! せめて、タマクローと」

 タマクローと呼ぶことにした。

 一時間ほど歩くと、やがて家並みが疎らになり、緑の木々が迫ってきた。もう間もなく
で家が途絶え、森の只中になる。出発の時間がだいぶ遅かったので、今は陽が傾き新鮮な
血の色を木々の間から滴らせている。
 街を出たところで、不意に礫が立ち止まった。タマクローは突然の事にびっくりして、
礫の背にぶつかりそうになった。抗議の声を上げようとして、礫に先を越されてしまった。

「……さて、そろそろ出て来てくれませんかね」

 礫は、誰もいないはずの後方に向かって語りかけた。すると、数人の男達が木々の間か
らぞろぞろと出てきた。ごろつき風情の男もいれば、服装をきちんと着こなしている男も
いる。服装などはまちまちだが、背格好は皆同じようなものだった。皆一様に武具防具を
帯びている。どうやら、そこら辺のごろつきとは違うようだ。

「冒険者ですか。殺気を隠そうともしない。まだまだ未熟者ですね」

 自分の未熟は棚に上げて言ってみる。ギルドランクこそまだ下の方だが、こと戦闘に関
しては冒険をこなしている熟練者に引けを取らない自信がある。少なくとも今目の前に陳
列している、恐らくは自分と同ランクであろう冒険者相手には遅れを取らないと思ってい
る。だから態と見下した。

「へん。お前達をここから先に行かせるわけにはいかねぇ」

 集団の代表格らしき男が言った。

「……と、いうことは、キシェロとかいう人に雇われて?」

 吐く気は無いだろうが、かまをかけてみる。

「なっ!? どうして、その名前を!?」

 案の定、うまくかかってくれた。案外、三流なのかもしれない。

「悪いけど、僕達も足止め食らうわけにはいかないんです」

 そう言うと礫は、ゆっくりと舐めるように得物を抜いた。
 勝負は一瞬でついた。
 礫は刀を完全に抜き去ると同時に前に踏み込んでいた。勢いはそのままに、一足飛びで
先ず目の前にいる男に肉薄した。“縮地”という技だ。爆発的な瞬発力を利用して一瞬に
して肉薄する技である。剣閃一線、横に凪ぐ。狙いは――、相手の得物だ。ここが礫の甘
いところである。普通は相手の弱点とも言える局部を狙うものである。喉元を狙えば一瞬
にして葬れる。心臓を狙えば暫くのた打ち回った後に、死すだろう。だが礫は、相手の命
を奪おうとはしない。自分の命が危うくなった時にだけ、その鋭い殺気を走らせる。
 相手の手元を一閃し、得物を薙ぎ払う。三流が相手ならば、それだけで怯んでしまう。
そして、今目の前にしているのは文字通り“三流”なのだ。
 男は怯んだ。
 礫は一瞬の間も空けず、隣り合っている者達の得物を次々と弾いていく。その様に見惚
れてしまうタマクロー。その瞳は潤みを帯びていて、どこか煌いていた。まるで恋する者
のそれのようだ。

「お前達、まだやるか?」

「お、覚えていろっ!」

 まるで三流の悪役を絵に描いたような捨て台詞を残して、男達は来た時とは正反対に素
早く転身して奔走した。後を追いかける謂れは無い。
 礫はやれやれと肩を竦めて見せて、先を促した。

「行こう。気付かれてるかもしれない」

 憶測であり、確信である。だが、言葉の裏には真実が含まれていた。

 カルドからトーポウ経由でポポルへと延びている街道を、南下する。街道とはいえ、森
の中で見通しが利かないが木の枝葉の伸び具合と、太陽の位置で南の方角は割り出せる。
その上、街道はほぼ一本道なので、森の中に入らなければ迷うことは無い。森はエルフの
領域だ、とふとそんな話を礫は思い出していた。誰の言だったかは覚えていないが、それ
までの予備知識と理屈が妙に相まって、納得した覚えがある。エルフは、森に住まう種族
だ。おまけに自分達の領域を守ろうとする意志が強いらしく、人間が森に入ることを毛嫌
いしている風がある。仲間意識も強いのか、閉鎖された集落を形成しているようだ。中に
は変人もいるようで、人間社会に溶け込むエルフもいるようだが。これから向かうポポル
は、稀に見るエルフと人間が共存している街なのだ。

「それにしても、さっきのアニキの手並み、凄かったよ。惚れ惚れしちゃった」

 唐突にタマクローが喋りだす。沈黙に堪え切れなかったのだろう。その瞳は、潤みを帯
びた煌きで満たされていた。さっきから何なんだろう、と礫は思う。この、妙にまだるっ
こしくも甘ったるい視線は。この視線の意味するところが、礫には解らなかった。自分と、
この少年との間に一体何があるのだろうと。
 空は今まさに星星の天蓋が昇ろうとしていた。


 ポポルには徒歩で二日かかった。


2007/02/12 19:54 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽

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