PC:礫 メイ
NPC:引ったくりの少年
場所:トーポウ
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
礫にとってそれは、幸せな一時だった。
親友と呼べる者も居ない、親しき者など居ない世界でずっと過ごしてきた。だから、こ
ういうシチュエーションに慣れていないのだ。今の今まで、孤独な世界で生きてきた。世
界というものは、暗幕で覆われているのではないかと思うことすらあった。寂しかった。
ずっとずっと、心を一にすることが出来る人が欲しかった。心合いの通える友達が欲しか
った。
メイは、自分に対して気さくにも声を掛けてきてくれた。
例え偶然出会ったにせよ、言葉を通わすことが出来る友達になった。
でも、それはまやかしにしか過ぎないのかもしれない。例え言葉を通わすことが出来る
友達になったとしても、友達から進展して親友になったとしても、真に心を通わすことは
出来ないだろう。心の探りあいは、もう嫌だった。心の奥底からわだかまりを消し去りた
かった。礫は、そんな事を考えると不意に表情が暗くなるのだった。
でも、だからこそ、否、例えそうであったとしても、今を楽しもう。
少なくとも今、この瞬間、楽しいと思っている自分は本物だから。
楽しい一瞬一瞬を出来るだけ楽しもう、大切にしようと、メイに微笑みかける礫。メイ
も礫の想いに気付いているのかいないのか、微笑んだ礫に微笑み返す。互いに微笑み会う
二人は、まるで恋人同士のようであった。傍から見れば、誤解されることこの上ないだろ
う。
実に微笑ましい、時間がつつがなく流れていった。
二人は談笑し、美味しい料理を上積みするようにさらに美味しく召し上がった。
「デザートも食べる?」
最後の料理を平らげて、人心地付いた頃合を見計らうように礫が言った。
「んーん。いらなーい。もう、お腹一杯」
じゃあ、ということで礫はメイが何処から来たのか訊ねて見ることにした。場所が特定
できなければ、そこに行く事など到底出来ないからだ。場所が解ったら後は、地図に照ら
し合わせてみるだけだ。その意図を含ませながら、礫は質問をぶつけてみた。そうしたら、
あろうことかメイは知っていてさも当然の如くのたまって胸を反らせた。
「あたしが居た場所? 妖精の森よ」
「……」
この答えには、流石の礫も絶句するしかなかった。
「あー……じゃあ、さ。何処から来たかとか……そうだ! 取り敢えず、宿に戻ろうよ。
宿に戻れば地図があるから……」
「地図? そんなの必要あんの?」
礫は、唖然とした。
地図を知らずに旅をするものなど居ない。例え小旅行といえども、地図を見ずに自分の
住んでいる町を出ることなど無謀を通り越して、死に急ぐようなものだし、今の時代、ギ
ルドによって完成された地図が多数出回っているので、比較的安価で手に入れることが出
来る。冒険者を名乗るものならば、地図は命を繋ぐ大切な道具なのだ。何処に村や町があ
るか、現在地からの距離など冒険をしていて知らなければ成らないことは数多ある。だか
らこそ、地図は必要不可欠なのだ。それを、こともあろうに「必要あんの?」と言い切っ
てしまった。
礫は、苦味交じりの忍び笑いを止める事が出来なかった。
「なーに? れっきー。何さー!」
メイは膨れてあらぬほうを向いてしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「取り敢えず、宿に帰るよ」
頼んだメニューの全てを食べ終えて、やや膨れ過ぎたお腹を落ち着かせて、店側への清
算を済ませて店を後にして数歩歩いたところで、礫が言った。
「えー!? 宿ってなにー!?」
いい加減予想通りの反応に、礫は律儀にも応えてやる。
「うん。この世界には、宿屋って言うのがあってね、僕みたいに旅をしている冒険者や旅
人なんかを泊めたり――ああ、泊めるってのはご飯を食べさせたり、一晩寝るところを貸
したりする事ね――するところなんだ。僕がとった宿に行こうよ。そこに荷物も置いてあ
るからさ」
噛み砕いて説明したつもりだ。これで解らなければ、もうお手上げだ。
メイは、理解した、とでも言うように二、三度頷いて見せた。丁度礫の方のところにち
ょこんと座って、しきりに頷いている様は、可愛らしくて微笑ましい。
それじゃ、行こうか、と行きかけたその瞬間、何かが礫の背にぶつかった。
その瞬間、礫は見た。
ぶつかって来た少年が、自分の財布を摺ろうとしているところを。
礫は咄嗟に利き腕で少年の腕を掴んだ。
「やめるんだ!」
メイは、礫が突然とんでもない大声を張り上げたものだから驚いて二、三センチ浮いた。
その羽根を羽ばたかせて、礫の頭上に浮かび上がる。邪魔になるとでも思ったのだろう。
礫はいつになく真剣な表情で、少年を睨む。少年が何か言おうとしているのを雰囲気で
図って、沈黙を保っている。少年は、目に涙を浮かべながら一言二言言い訳じみたことを
言い始めた。
「ご、ごめんなさい、お兄さん。……んと、だって、キシェロさんが、やれって言うから
…………ごめんなさい」
(キシェロ?)
礫の中にいくつかの疑問が浮かび上がったが、今は目の前の少年を諭す事に集中する。
「君は、人からやれって言われたら、何でもするのかい? 例えば、人から死ねって言わ
れたら死ぬのかい? それと同じことだぞ。人には、やっていいこととやっちゃいけない
ことってのがあるんだ。他人からやられて嫌な思いをする事は、同じことを他人にしちゃ
いけない」
「キシェロって誰?」
メイが当然もって然るべき素朴な疑問を口にする。少年は一瞬ぎょっとして逡巡した様
だったが、黙っていても仕方ないと結論が出たのか礫の後方を確認するように見遣った後、
説明の言を吐いた。
「見世物小屋の座長さんだよ」
見世物小屋。その言葉を聴いたとき、礫は茫漠とした不安を抱いた。
一体何故、見世物小屋の座長が自分達にこの少年をけしかけたのか。一体どんなカラク
リがあるというのだろうか。メイと目を見合わせて、その理由が何となくだけど頭の中に
浮かんだような気がした。見世物小屋。メイリーフという名前の妖精。この二つの間に、
何か見えない糸のようなものが結ばれているように思えた。
食事をした店から礫が取った宿までは、そう遠くなかった。
然程規模が大きく無い町の事、だから宿と食堂もそんなに離れていないのだろう。便利
ではあるけれど、楽しみが少ないという不便もある。でもだからと言って、住み慣れた町
を後にする者はこの町にはいないようである。誰の顔を見ても満足を絵に描いたような表
情だし、現に町を後にしたものはいないからだ。
「ここだよ。ここが、僕のとった宿」
「ふ~ん。…………普通ね」
「な、何を期待していたんだい!?」
「……別に」
メイはちょっと意味深な笑みでその場を流した。恐らく、過大な期待でもしていたのだ
ろうが、生憎と今の礫にはそれほど良い宿屋に泊まれるほどの備蓄はなかった。
室内の調度は予想に沿って、地味過ぎず派手過ぎずきちんと整えられていた。所謂、普
通、なのである。
「……普通、だね」
「……普通、だよ」
メイが見も蓋も無いことを虚ろな目で言って、同じく虚ろな目で重ねて答える礫。
と、礫が部屋の隅に置いてあった自分の荷物から、やおら地図を取り出すと部屋の中央
に配置している机の上に広げた。
「と、こんな事で呆然としている場合じゃなかった。メイちゃん、君の故郷の大体の位置
って解る?」
NPC:引ったくりの少年
場所:トーポウ
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礫にとってそれは、幸せな一時だった。
親友と呼べる者も居ない、親しき者など居ない世界でずっと過ごしてきた。だから、こ
ういうシチュエーションに慣れていないのだ。今の今まで、孤独な世界で生きてきた。世
界というものは、暗幕で覆われているのではないかと思うことすらあった。寂しかった。
ずっとずっと、心を一にすることが出来る人が欲しかった。心合いの通える友達が欲しか
った。
メイは、自分に対して気さくにも声を掛けてきてくれた。
例え偶然出会ったにせよ、言葉を通わすことが出来る友達になった。
でも、それはまやかしにしか過ぎないのかもしれない。例え言葉を通わすことが出来る
友達になったとしても、友達から進展して親友になったとしても、真に心を通わすことは
出来ないだろう。心の探りあいは、もう嫌だった。心の奥底からわだかまりを消し去りた
かった。礫は、そんな事を考えると不意に表情が暗くなるのだった。
でも、だからこそ、否、例えそうであったとしても、今を楽しもう。
少なくとも今、この瞬間、楽しいと思っている自分は本物だから。
楽しい一瞬一瞬を出来るだけ楽しもう、大切にしようと、メイに微笑みかける礫。メイ
も礫の想いに気付いているのかいないのか、微笑んだ礫に微笑み返す。互いに微笑み会う
二人は、まるで恋人同士のようであった。傍から見れば、誤解されることこの上ないだろ
う。
実に微笑ましい、時間がつつがなく流れていった。
二人は談笑し、美味しい料理を上積みするようにさらに美味しく召し上がった。
「デザートも食べる?」
最後の料理を平らげて、人心地付いた頃合を見計らうように礫が言った。
「んーん。いらなーい。もう、お腹一杯」
じゃあ、ということで礫はメイが何処から来たのか訊ねて見ることにした。場所が特定
できなければ、そこに行く事など到底出来ないからだ。場所が解ったら後は、地図に照ら
し合わせてみるだけだ。その意図を含ませながら、礫は質問をぶつけてみた。そうしたら、
あろうことかメイは知っていてさも当然の如くのたまって胸を反らせた。
「あたしが居た場所? 妖精の森よ」
「……」
この答えには、流石の礫も絶句するしかなかった。
「あー……じゃあ、さ。何処から来たかとか……そうだ! 取り敢えず、宿に戻ろうよ。
宿に戻れば地図があるから……」
「地図? そんなの必要あんの?」
礫は、唖然とした。
地図を知らずに旅をするものなど居ない。例え小旅行といえども、地図を見ずに自分の
住んでいる町を出ることなど無謀を通り越して、死に急ぐようなものだし、今の時代、ギ
ルドによって完成された地図が多数出回っているので、比較的安価で手に入れることが出
来る。冒険者を名乗るものならば、地図は命を繋ぐ大切な道具なのだ。何処に村や町があ
るか、現在地からの距離など冒険をしていて知らなければ成らないことは数多ある。だか
らこそ、地図は必要不可欠なのだ。それを、こともあろうに「必要あんの?」と言い切っ
てしまった。
礫は、苦味交じりの忍び笑いを止める事が出来なかった。
「なーに? れっきー。何さー!」
メイは膨れてあらぬほうを向いてしまった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「取り敢えず、宿に帰るよ」
頼んだメニューの全てを食べ終えて、やや膨れ過ぎたお腹を落ち着かせて、店側への清
算を済ませて店を後にして数歩歩いたところで、礫が言った。
「えー!? 宿ってなにー!?」
いい加減予想通りの反応に、礫は律儀にも応えてやる。
「うん。この世界には、宿屋って言うのがあってね、僕みたいに旅をしている冒険者や旅
人なんかを泊めたり――ああ、泊めるってのはご飯を食べさせたり、一晩寝るところを貸
したりする事ね――するところなんだ。僕がとった宿に行こうよ。そこに荷物も置いてあ
るからさ」
噛み砕いて説明したつもりだ。これで解らなければ、もうお手上げだ。
メイは、理解した、とでも言うように二、三度頷いて見せた。丁度礫の方のところにち
ょこんと座って、しきりに頷いている様は、可愛らしくて微笑ましい。
それじゃ、行こうか、と行きかけたその瞬間、何かが礫の背にぶつかった。
その瞬間、礫は見た。
ぶつかって来た少年が、自分の財布を摺ろうとしているところを。
礫は咄嗟に利き腕で少年の腕を掴んだ。
「やめるんだ!」
メイは、礫が突然とんでもない大声を張り上げたものだから驚いて二、三センチ浮いた。
その羽根を羽ばたかせて、礫の頭上に浮かび上がる。邪魔になるとでも思ったのだろう。
礫はいつになく真剣な表情で、少年を睨む。少年が何か言おうとしているのを雰囲気で
図って、沈黙を保っている。少年は、目に涙を浮かべながら一言二言言い訳じみたことを
言い始めた。
「ご、ごめんなさい、お兄さん。……んと、だって、キシェロさんが、やれって言うから
…………ごめんなさい」
(キシェロ?)
礫の中にいくつかの疑問が浮かび上がったが、今は目の前の少年を諭す事に集中する。
「君は、人からやれって言われたら、何でもするのかい? 例えば、人から死ねって言わ
れたら死ぬのかい? それと同じことだぞ。人には、やっていいこととやっちゃいけない
ことってのがあるんだ。他人からやられて嫌な思いをする事は、同じことを他人にしちゃ
いけない」
「キシェロって誰?」
メイが当然もって然るべき素朴な疑問を口にする。少年は一瞬ぎょっとして逡巡した様
だったが、黙っていても仕方ないと結論が出たのか礫の後方を確認するように見遣った後、
説明の言を吐いた。
「見世物小屋の座長さんだよ」
見世物小屋。その言葉を聴いたとき、礫は茫漠とした不安を抱いた。
一体何故、見世物小屋の座長が自分達にこの少年をけしかけたのか。一体どんなカラク
リがあるというのだろうか。メイと目を見合わせて、その理由が何となくだけど頭の中に
浮かんだような気がした。見世物小屋。メイリーフという名前の妖精。この二つの間に、
何か見えない糸のようなものが結ばれているように思えた。
食事をした店から礫が取った宿までは、そう遠くなかった。
然程規模が大きく無い町の事、だから宿と食堂もそんなに離れていないのだろう。便利
ではあるけれど、楽しみが少ないという不便もある。でもだからと言って、住み慣れた町
を後にする者はこの町にはいないようである。誰の顔を見ても満足を絵に描いたような表
情だし、現に町を後にしたものはいないからだ。
「ここだよ。ここが、僕のとった宿」
「ふ~ん。…………普通ね」
「な、何を期待していたんだい!?」
「……別に」
メイはちょっと意味深な笑みでその場を流した。恐らく、過大な期待でもしていたのだ
ろうが、生憎と今の礫にはそれほど良い宿屋に泊まれるほどの備蓄はなかった。
室内の調度は予想に沿って、地味過ぎず派手過ぎずきちんと整えられていた。所謂、普
通、なのである。
「……普通、だね」
「……普通、だよ」
メイが見も蓋も無いことを虚ろな目で言って、同じく虚ろな目で重ねて答える礫。
と、礫が部屋の隅に置いてあった自分の荷物から、やおら地図を取り出すと部屋の中央
に配置している机の上に広げた。
「と、こんな事で呆然としている場合じゃなかった。メイちゃん、君の故郷の大体の位置
って解る?」
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