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2024/04/30 02:41 |
銀の針と翳の意図 1/ライ(小林悠輝)

登場人物:ライ(小林悠輝)・セラフィナ(マリムラ)
場所:ソフィニア内 ―公園

 ライはベンチに腰掛けたまま――というよりはベンチにだらしなくひっかかったまま、
うんざりとため息を吐[つ]いて、革手袋の右手を額にやった。

 隣の男はそんなこちらの様子になどまるで気付いていないらしく、べらべらとどうで
もいいことを並べ立てている。曰く、もう借金なんかこわくない。暴力妻に怯える必要
だってない。娘に邪険にあしらわれることだってないし、更にはこの前生まれた息子に、
顔を見る度泣かれることだってない。

「……おじさんさぁ」

 相手の話すテンポを読んで、間隙に滑り込ませるようにしてライははっきりと発音す
ると、できるだけ疲れたような目で隣の男を見遣った。

「仲間を見つけて嬉しいのはわかるけど、他に話し相手いないの?」

『そーか、にーちゃんもそうやって俺を迷惑扱いするのか……』

 実際に迷惑だ。男――低級霊[ゴースト]らしい、つまりは同類の(人格的には認め
たくないが、カテゴライズするなら同類だろう)中年の男は背中を丸めてぶつぶつ呟い
てからライの方をちらりと見て、

『透けてるよにーちゃん』

『あー、ありがとう』

 疲れてるんだ。気分悪いんだよ。ちょっとくらい半透明でもいいじゃないか。どうせ
誰も、そこまで気にとめて見やしないんだから――そう思いながら、ライは少し集中し
て、自分の姿を更に現実に近いところまで持っていった。
 同時に、普段から感じている薄い意識の靄が、明確な疲労感に形を変える。

(こっちはそれどころじゃないんだ……)

 ここ最近の記憶がない。今までにそういうことが全くなかったというわけではないが、
だからといってそれが不安要素ではないかというとそうでもなかった。
 このソフィニアと並んで主要都市と言われる森の町、ポポルの雑貨屋でバイトしなが
ら結構ちゃらんぽらんに日々を過ごしていたのは覚えているのだが、その後、気がつい
たらソフィニアにいた。

 寒かったはずの街は春の始まりの色に染まっている。記憶が抜けることが今までにま
ったくなかったかといえば自信はない。しかし、これだけ長期間になると……

 しかも街角で自分の名前が書いてある張り紙を見つけて、それに「市街地爆破犯」な
んて書かれていて、挙句に見たこともないような金額の賞金が懸かっているのを見たら、
不安にならない方が余程どうかしていると思う。

 だが、そんなことよりも今思うのは、音に出さないで相手に言葉を伝える方法、その
名称は知らないが、とにかくそれは控えようということだった。聞き流すのが難しいか
ら、長く聞いてるとツラい。自分がやられて嫌なことは、人にやっちゃいけません。

 たとえ横の男が人間には見えなくて声も聞こえなくて、傍から見た自分が“昼間の公
園で空を見ながら独り言を呟き続けている怪しい人”そのものだったとしても。

 その辺で遊んでいた子供がこっちを指差して何か言っていたような気もする。

『にーちゃんさぁ、顔色悪いねぇ。ちゃんと食べてるか?』

「いや……全然」

 ちゃんと声を出すと疲れるんだけど……今更、どうでもいいことかも知れない。

『不摂生は後々響くぜ? 確かに良心にゃ咎めるかも知れんけど、生きていくためには
しょーがない犠牲だからなぁ』

 良心ねぇ、とライは呟いて空を見上げた。
 別に犠牲になる誰かを可哀想だって思うわけじゃなくて、人間の命を喰らう化物にな
った自分を認めたくないだけで。くだらない執着なのかそれとも最後の一線なのか、自
分でもわかっていないから、誰も殺せない。そして“殺される痛み”を知ってしまった
から、躊躇わないことができない。それだけのこと、だ。

『死んでるってことヌキにしても真っ青だぜ?』

「“白磁のような肌”とか“透けるような白”とか、どーよ」

『また透けてるよにーちゃん』

「あー、ありがとうね。気をつけるよ」

 こんな昼間の公園で、偶然すれ違っただけのはずの知らない人の愚痴を聞いてる場合
じゃない。

 少し向こうで遊んでいる小さな子供の集団の騒ぎ声を聞きながら、ライは無言で“気
分が悪いから一人にしておいてくれ”というような意味の視線を男に送った。如何にも
力のないその目に、男は何を勘違いしたのかうんうんと頷いて、

『どーだ、一緒に食事いかんか? そんな死にそうな顔してないで』

 一緒に食事いかんか、というのを翻訳するとつまり、一緒に通り魔やらないか、とい
うことだ。そんなことを爽やかにいい人っぽく誘われても、良心云々はともかく一般的
な常識が拒絶する。白昼堂々、人を犯罪に誘ってくださるな。……いや、この男は他の
人には見えないんだったな。堂々というわけでは、ないか。

 目を伏せて首を横に振ると、男はこちらの肩に馴れ馴れしく手を置いてきた。振り払
うのもすごく面倒なのでシカト決定。男に触られて気分がますます悪くなったが。
 ボール遊びに興じる子供達の誰かがボールを取り損ねてこっちに転がしてくれれば、
とりあえずこの場は助かるんだけどなぁ。

『大丈夫だって。ここは大都市だ。獲物は選り好みするほどいる』

 人間だった頃の愚痴をだらだら溢していたくせに、もう人殺しに対する罪悪感はない
みたいだった。単純な奴。きっと近いうちに破滅する。破滅しろ、と願いさえしながら、
それでもライは、持ち合わせている社交性を掻き集めて忠告を口にした。

「大丈夫じゃないって。ここは、彼の有名な魔法都市ソフィニアだよ?
 討伐隊でも組まれたら半日以内に捕まる。おじさん現地人なら慎重に動こうよ」

 誰かそのボールをこっちに転がしてくれ。いっそ混ざって遊ぶから。遊ばせろ。全力
で付き合う。ワケわかんない幽霊の相手させられてるよりはずっと建設的だ。
 念を篭めて半分睨みつける勢いで子供を眺めながら応えると、男は更に勘違いを重ね
たらしかった。

『子供が好み?』

「…………」

 もう応えてやる義理もないので放置。
 ぽぉん、とボールが高く跳ねて、女の子が「あっ!」と声を上げた。痛そうな音を立
てて転んだ彼女が勢いよく泣き始めるのを聞きながら、ライはとりあえず、さっきから
願っていたとおり足元に転がってきたボールを拾った。

「……だいじょう――」

「大丈夫?」

 かけた声が遮られ、黒髪の若い女が女の子に駆け寄る。
 手際よく傷口の汚れをふき取って手当てをする女を見て、隣の男が口笛を吹いたのが
不愉快だった。

『いい女だなぁ、にーちゃん』

 ゲスが、と思って、それから、お前なんかにはもったいない、と思った。今すぐに、
この男をこの世から消し去ってしまいたい。できないことはない。できないわけがない。
 ああ、でも、今は気分が悪いから面倒なんだよ。目の前から自主的に消えてくれ。

 白骨の右手と生身の左手で手袋越しにボールを持ったままライは瞑目した。
 目を開くと女の子は泣きながら笑ってて女の人は綺麗に微笑んでて、男は消えていた。
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2006/07/13 00:05 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 2/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 困った。手掛かりが途絶えてしまった。



 セラフィナは左のこぶしを額の封魔布に当て、歩きながら考えていた。



 ソフィニアに来たのは、レガシーの手掛かりを求めてのことだった。

 でも、もうすぐ3ヶ月が経とうというのに、噂も耳に入らない。

 自分は急ぎすぎているのかもしれない。

 だってあの時は、立て続けに情報が入ってきたから。だけど……だけど。

 最初から、すぐに終わる旅だとは思っていなかったはずなのに。

 ……落ち着こう。



 深呼吸を一つ。



 公園でベンチに座って、緑の匂いを嗅ごう。

 葉擦れの囁[ささや]きや、鳥の囀[さえず]りに耳を傾けよう。

 水のせせらぎのある、小川か噴水の近くがいいな。

 昔遊んだ、あの家みたいに……。



 セラフィナが公園に入ると、女の子の「あっ!」という声が聞こえた。

 ボールの跳ね上げられた方角で、派手に転んだ痛々しい音がする。



 行かなきゃ。



 知らず知らずのうちに、セラフィナは走り出していた。

 火が付いたように泣き始める子供の声。



「大丈夫?」



 駆け寄ってみると傷は思いの外深かった。

 小石が引っかかった擦り傷に、痛々しく血が滲[にじ]んでいる。

 素早く丁寧に異物を取り除き、傷口をそっとふき取り、触れるか触れないかの位置

で手を当てる。



 手当て……これは彼女の特技でもある「カフール練気術」での歴とした治療方法な

のだ。

 気の流れを整え、自然治癒を促進する。酷い場合には施術者の気を流し込む方法も

採るが、今回のように元気な子供ならば、溢れ出す気を少し整えてやるだけでいい。





「ほら、もう痛くないね?」



 囁[ささや]くように優しく語りかける。

 当てていた手を外すと、そこには傷跡も残っていなかった。



「……へへっ」



「ふふっ」



 号泣で腫れた目でくしゃくしゃっと少女が笑う。それを見て、セラフィナもふわふ

わっと笑う。



「気を付けてね」



「うん!おねえちゃん、ありがとう!」



 くるっと向きを変えると、転がったボールを求めて少女は駆け出した。

 セラフィナは微笑んだまま視線をその先へ移す。



「あっ……」



 ボールを両手で持った青年。その顔には見覚えがあった。

 いや、違う。

 よく似た人を知っていたのだ。



 青年は少女にボールを手渡し、頭をぐりぐり撫でて顔を上げた。

 目が合う。

 驚いた顔のセラフィナに会釈する。



 と、その時。

 急に彼の表情が険しくなった。

 殆ど同時に悪寒が走り、「破っ!」っと振り向きざまに気弾を撃つ。



 なにも見えなかった。

 すぐ側で殺気を感じたような気がしたのに。



 彼の方に向き直ると、今度は彼の方が驚いた表情をしていた。

 なんだかおかしくなって、「ふふっ」と笑うと力が抜けた。



「こんにちは。私、セラフィナといいます。貴方のお名前、お聞きしてもいいです

か?」



 近づいて声を掛けてみる。

 後ろでは、すっかり元気になった少女のはしゃぐ声が、遠くに聞こえていた。

2006/09/01 00:38 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 3/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――綺麗な人だな、と思った。近づいてくる彼女の背中越しに、右肩の辺りを抉られ

て逃げていく中年男の姿を見送りながら、ライは微笑を返した。まったく、あいつには

もったいない。あいつなんかには……と思ってから、具体的な言葉になる前に続きを悟

って思考を止める。

 危険思考は自主規制。人間を定義する枠から外れすぎるわけにはいかない。



「……僕はライっていうんだ」



 名乗ってから、さっきの手配書の存在が頭を掠めた。

 あの金額、目をつけたのは一人や二人ではないだろう。多額すぎる賞金首は絶対に裏

があるから関わるべきではないという常識を知らない輩は多い。



 裏がある云々じゃなくて本当に覚えがないのだが、そういう事情を会ったこともない

不特定多数に伝えるのは不可能だから、自衛は考えなければならないだろう。

 どうしたものか……



 少し前と比べても明らかに弱っていると断言できる今は、見習の魔法使いにだって捕

まりかねないのだから。このまま力を失い続けていくわけにもいかないが――かといっ

て、一度でも人を喰らえば、その後も今と同じ自分を保っていられるという自信はない。



 タガが外れて完全に魔物になりきるのはもちろん嫌だし、さっきの男みたいに、何か

大切な感覚が麻痺するのも嫌だ。



「ライさんっていうんですか……」



 彼女は反芻して、何かを思い出すような顔をした。



「こんにちわ、セラフィナさん」



 手配書のことを気に止められると面倒なので、ライは先に口を開いた。

 さっきの術は“気功”だろう。話に聞いたことしかないが、確か、口を塞がれても腕

を折られても使えた筈だ。



 もしも彼女がハンターだったとして、攻撃の手段を封じるには手間取るかも知れない。

一撃喰らえばそれだけで危険ではあるし、少しでもここで目立つことがあれば致命的だ。

 手配されているとバレないように、人ではないと気取らせないように、最大限の注意

を払ってやり過ごすのが、一番穏便な方法だろう。



 もしもこの都市で騒ぎを起こして捕縛されるようなことがあれば、よくてその場で消

されるか、ギルドに引き渡されて無意味な尋問だか拷問だかをされるか、最悪の場合、

どこかの研究室に監禁されて、熱心な魔法使い皆々様のお相手をすることになる。

 どれもご免だ。



「セラフィナさんは、魔法使い?」



「え?」



 虚をつかれたように問い返された。確かにいきなりな質問だったかも知れない。

 ライは「いや、ほら……」と、友人たちの輪の中に戻ってボールを追い掛け回してい

る女の子を目で示し、



「傷跡も消えて、もう完全に治ってるから」



「あれは、あの子に元々備わっていた自然の力です。

 私は、ほんの少しお手伝いしただけなんですよ」



 育ちのよさそうな笑顔と穏やかな口調で、彼女はそう言った。

 確かに、生き物には自然治癒力というものがある。多少のケガならば手当てせずに放

っておいても元通りになるし、体力やその時の気候によっては、重症ですら治ることも

ある。休息をとれば体力が回復するのも、勿論、自然治癒の一種。



 羨ましいことだ。陸に打ち上げられた魚というのも違うが、消耗するだけの我が身を

思えば。いや、“我が身”も何も、体はもうないんだった。この姿は幻に過ぎない。

 気付かぬうちに、それさえ朽ちていく。



「ふぅん……」



 気のない相槌を打ちながらそっと右手を握ると、干からびた肉の残骸すら剥がれ落ち

た骨が軋る音が微かに聞こえた。

 現実の空気の流れを伴わない、無意味な嘆息が漏れる。



「……ライさんも、顔色がよくないみたいですね?」



 問いながら手を伸ばしてきたセラフィナには何の他意もなかったに違いないが……



(――ッ!)



 寒気がした。首の後ろに氷の針を突き立てられるような痛みを錯覚する。

 反射的に伸ばされた手を振り払い、それから自分でも驚いて、思わず彼女の顔を半ば

呆然と眺め返した。



「あ……」



 間抜けな声が漏れるが、セラフィナが表情を曇らせたのを見ると、ライは驚愕が抜け

切らないままに首を横に振った。

 なんだ、今の……僕は今、どうしたんだ? なんで急にあんな――



「違う! ……んだ。

 ごめん。大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだから……」



「真っ青ですよ。今の自分を鏡で見てごらんなさい」



 まるで医者のような厳しい口調で言われる。

 一拍どころか一章節以上遅れて、さっきの衝動の正体がぼんやりとわかり始めた。



 怖かったんだ。

 他の感情も何も割り込めないような純粋な恐怖だ。



 意思とは完全に無関係にある、言うならば“本能的な”精神反応――神聖に満たされ

た大聖堂に足を踏み入れようとしたときと同じように、強い光を自分の根本が拒否して

いる。

 駄目だ、このままじゃ。人間は光を恐れたりしないのに。



「そうだね……自重する」



 黒髪の下でセラフィナが、念を押すような視線を向けてきている。

 額に巻かれた白い布のせいで少し影が落ちているのが、彼女の不思議な雰囲気を余計

に強めているのかも知れない、とライは思った。



 隠せなかった怯えの色を彼女は見ていただろうか。

 逆効果だとわからないわけでもなかったが、ライは早口に呟きを重ねた。



「疲れてるんだ。本当にそれだけなんだ。なんでもないんだ……」



 もう一度軽い寒気を感じたような気がして、彼女からさりげなく視線を外す。

 そして無理やり微笑んだ。

 そんなことしたら余計に不安がらせるだけなのに、とはわかっていたが、他にどう応

えればいいのかわからなかったのだ。

2006/09/08 00:20 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 4/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 疲れているだけだと言って笑うライを見て、セラフィナは何故か胸が苦しかった。



 練気は適応性が高い。魔法耐性の高い人にも、魔法を帯びない人にも、逆に魔法の

素質の高い人にも効果があるからだ。ほぼ10人中10人に効果が見込める。100

人中100人と言ってもイイ。

 しかし、数千人、もしくは数万人となると話は変わってくる。不快に感じる人も、

世の中にはいるのだ。



 知識としては知っていた。

 しかし、実際に接した時に拒絶されたのは初めてだった。

 自分の浅はかさに、笑顔が少し歪む。



「じゃ、せめて」



 近づけかけた手を引っ込めて、もう一度笑顔を作りなおす。



「顔色が良くなるまで、何かお手伝いさせて下さい」



 目の前の困惑の表情、このまま、彼を傷つけたまま分かれるのはいやだった。



「大丈夫、貴方にこの力は使いません。約束します」



 困ったライが手をひらひらと振ってみせる。

 困ってはいたが、さっきのような苦しさが見えないことに、セラフィナはほっとし

ていた。



「本当に放っておけば良くなるから、あんまり気にしないでね」



 このまま行ってしまうつもりなのだ。

 足を踏み出そうとしたライを見て、もう一度胸が痛む。

 このまま、行かせちゃダメ。



「んー、通してくれる?」



「あ、の」



 気が付けば、道を塞いでいる自分。

 自然と笑みが漏れる。何やってるのかな。ふふ、可笑しくなってきちゃった。



「一人旅をしばらく続けていたんですが、人恋しくなってしまったみたいですね」



 後ろでは、走り回る子供たちの声。

 何気ないはずだった一言に、ちょっと照れてしまった。



 若干頬を染めて、お辞儀をする。



「しばらく一緒に行動させて下さい。お願いします」



 言った後、なぜだか耳まで紅くなって、すぐには顔が上げられなかった。

2006/09/08 00:28 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 5/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 困ったな――というのが、第一の感想だった。上手く、とはいえないが、この場を凌

げたと思った。それがどうして、“一緒に行動させてください”なんて言われるんだろ

う。たぶん、彼女は心配してくれてるんだろうな、というのはわかった。嬉しくないわ

けでもない。



 俯いたままのセラフィナの表情を窺うことはできなかったが、彼女には何の悪意もな

いに違いなかった。



 とはいえ、今の自分はあまり人と行動を共にしない方がいいという自覚もあった。何

かの手違いだろうが、それでもギルドに懸けられた賞金を取り下げさせるのは難しい。

 それに、それがなくても人と関わろうと思うような気分ではない。

 近くに誰かいたら、いつ手を伸ばしてその命を奪い取りたくなるかわからないから。



「あー……えっと……」



 どうやって断ろう。人を誘うのは得意だけど、その逆は苦手だ。

 だからさっきも変なのに捕まって、延々と無駄話に付き合わされて。



「僕は別に……」



 そんなことを思いながら口を開きかけ、そして、ふと違和感を覚えて続きを中断した。



 気がつけば周囲に人の気配がない。さっきまですぐ近くにいた子供たちが、遠い芝生

に移動している。隣のベンチにいた子連れの母親が、乳母車を押して公園から出て行く

のが見えた。



 別に、それぞれは不自然なことではないが――なんで、申し合わせたように、この場

からぽっかりと自分たち以外がいなくなる?



 視線を巡らせれば、その答えはすぐに見つかった。

 やや離れた木の下に、さっきの男が立っている。さっき抉られた肩が元通りになって

いた。



 第六感とでもいうような感覚――今の自分はそれで五感を補っているようなものだが、

それはどうでもいいとして、誰でも、この辺りに“居心地の悪さ”とかそういうものは

感じるだろうな、と思った。



 ぞくりと心の奥がざわめいた。

 さっきは鬱陶しさを感じた相手に、今度は危険を感じた。強いとか強くないとか、倒

せるとか倒せないとか、そういうことではなく、アレは危険だ。



「どうしました?」



 問いの形はしていたが、セラフィナの声も緊張を孕んでいた。

 それにどう応えようかと一瞬だけ考える。



「……いや……ここ、嫌な感じがするから。

 場所を変えよう。どこか人の多いところに……」



 嫌な感じどころじゃない。殺意にも近い悪意。

 これ以上、関わってはいけない。だって自分勝手な奴っていうのは何するかわからな

いから。



 向けられてくる恨みがましい目に、わけのわからない不快感を覚えた。吐き気に似て

いるけどそうではない。

 では怒りか? あの肩を治すために、誰を殺したかは知らないが。



 でもきっと怒りでもない。他に胸を焦がすものはなんだ。嫉妬? 何故。理由がない。

だとしたら、なんだ。焦燥? ああ、きっとそうに違いない。

 焦る理由があるのかは問題ではなく、自分で納得できればそれでいい。



「そうですね」



 同意してくれたセラフィナに笑い返そうとして、やめた。

 自分の感情も整理できないまま、人には愛想を振り向こうなんて馬鹿みたいだ。











 白いエプロンの胸元に喫茶店のロゴが描かれた制服のウェイトレスは、まだこの仕事

に慣れているといった様子ではなかった。



 彼女が少しつっかえながら反芻したのは、セラフィナが頼んだ、多分、紅茶。詳しく

ないライには、彼女が口にしたのが、紅茶の種類だったのか銘柄だったのかもわからな

い。が、別にわからなくて困るということもない。どうせ食べ物の味はわからないから。



「――お客様のご注文は」



「僕はいい」



 軽く手を振って辞退。お茶を一杯しか頼まなかった二人連れに、ウェイトレスは一瞬

だけ憮然とした表情をした。やっぱり、まだ慣れてないんだなとわかる。

 慣れた店員なら、よほどのことがないかぎり、商業用の笑顔を崩さないものだ。



 店の中に戻っていく彼女の背中を見送って、通りの景色を眺めた。

 通りの途中にある小さな広場の周りに、幾つかの小さな飲食店が並んでいる。そのほ

とんどが、屋外に傘を出してテーブルを置いていた。



 あまり地元人ではなさそうな人の姿が目立つ。

 仕事絡みらしい者や観光らしい者が多いが、ハンターらしい姿も混じっている。



 これだけ人の目があれば、さっきの男も、すすんで騒ぎを起こそうなどとは思うまい。

他人に賢明さを望むのは賢明ではない、というのは誰の言葉だっただろう。いや、前向

きに考えよう。普通なら騒ぎを起こさない。



「何もいらないんですか?」



「気にしないで」



 軽い口調で応えたつもりだったが、セラフィナは少し表情を翳[かげ]らせた。

 どういう風に言えば彼女を心配させずに済むんだろう。「死んだ人は普通の食事をし

なくても、多少顔色が悪くても普通なんだよ」? 冗談じゃない。



 ライは、椅子の背もたれに乗せた肘に寄りかかって広場を眺めながら苦笑を浮かべる。

結局、子供じみた言い訳をする以外の方法が見つからない。馬鹿みたいに「大丈夫」っ

て繰り返すよりも彼女を安心させる方法がわからないんだ。

 そういうのは、僕じゃなくて弟のキャラだと思うんだけどさ。



「それよりさ、セラフィナさん。

 さっき一人旅してたって言ったよね」



「…ええ」



 自分でもわざとらしいと思ったが、やはりセラフィナにも、話を逸らしたのがわかっ

たらしい。少し不満そうな顔で彼女が頷く。

 通り過ぎていく通行人の一人を何気なく目で追いながら、ライは続けた。



「どんなところに行ったの?」



 ばたばたと、警邏の格好をした数人が走っていくのが見えた。

 軽く目を伏せて、周囲を探る。人の騒ぎ声がかすかに聞こえた。頭上をカラスの影が

横切って、何度か鳴き声が降ってきた。



 どこかで騒ぎが起こっているらしかった。さっきのこともあって嫌な予感がする。

 とはいえ、そんなに神経質になることもないとも思ったので――セラフィナの方に視

線を向けて笑った。



「僕もちょっと前にあちこち行ってみたから、どこかで会ったことあったりしてね」



 まるで、古いナンパの手口みたいだ。

 言ってから気がついて、少し後悔する。



 かぁ、と、もういちど近くで聞こえた。



 通りの向こうが騒がしい。

 どうか僕たちに関係のあることじゃありませんように、と、たまたま目に入った商店

の壁に装飾されていた、聖印をモチーフにしたらしい模様に祈ってみた。

 神さまはきっといるんだろうけど、祈りを聴いてくれるとも思えなかった。

2006/09/08 00:31 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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