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2024/05/17 05:54 |
銀の針と翳の意図 5/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 困ったな――というのが、第一の感想だった。上手く、とはいえないが、この場を凌

げたと思った。それがどうして、“一緒に行動させてください”なんて言われるんだろ

う。たぶん、彼女は心配してくれてるんだろうな、というのはわかった。嬉しくないわ

けでもない。



 俯いたままのセラフィナの表情を窺うことはできなかったが、彼女には何の悪意もな

いに違いなかった。



 とはいえ、今の自分はあまり人と行動を共にしない方がいいという自覚もあった。何

かの手違いだろうが、それでもギルドに懸けられた賞金を取り下げさせるのは難しい。

 それに、それがなくても人と関わろうと思うような気分ではない。

 近くに誰かいたら、いつ手を伸ばしてその命を奪い取りたくなるかわからないから。



「あー……えっと……」



 どうやって断ろう。人を誘うのは得意だけど、その逆は苦手だ。

 だからさっきも変なのに捕まって、延々と無駄話に付き合わされて。



「僕は別に……」



 そんなことを思いながら口を開きかけ、そして、ふと違和感を覚えて続きを中断した。



 気がつけば周囲に人の気配がない。さっきまですぐ近くにいた子供たちが、遠い芝生

に移動している。隣のベンチにいた子連れの母親が、乳母車を押して公園から出て行く

のが見えた。



 別に、それぞれは不自然なことではないが――なんで、申し合わせたように、この場

からぽっかりと自分たち以外がいなくなる?



 視線を巡らせれば、その答えはすぐに見つかった。

 やや離れた木の下に、さっきの男が立っている。さっき抉られた肩が元通りになって

いた。



 第六感とでもいうような感覚――今の自分はそれで五感を補っているようなものだが、

それはどうでもいいとして、誰でも、この辺りに“居心地の悪さ”とかそういうものは

感じるだろうな、と思った。



 ぞくりと心の奥がざわめいた。

 さっきは鬱陶しさを感じた相手に、今度は危険を感じた。強いとか強くないとか、倒

せるとか倒せないとか、そういうことではなく、アレは危険だ。



「どうしました?」



 問いの形はしていたが、セラフィナの声も緊張を孕んでいた。

 それにどう応えようかと一瞬だけ考える。



「……いや……ここ、嫌な感じがするから。

 場所を変えよう。どこか人の多いところに……」



 嫌な感じどころじゃない。殺意にも近い悪意。

 これ以上、関わってはいけない。だって自分勝手な奴っていうのは何するかわからな

いから。



 向けられてくる恨みがましい目に、わけのわからない不快感を覚えた。吐き気に似て

いるけどそうではない。

 では怒りか? あの肩を治すために、誰を殺したかは知らないが。



 でもきっと怒りでもない。他に胸を焦がすものはなんだ。嫉妬? 何故。理由がない。

だとしたら、なんだ。焦燥? ああ、きっとそうに違いない。

 焦る理由があるのかは問題ではなく、自分で納得できればそれでいい。



「そうですね」



 同意してくれたセラフィナに笑い返そうとして、やめた。

 自分の感情も整理できないまま、人には愛想を振り向こうなんて馬鹿みたいだ。











 白いエプロンの胸元に喫茶店のロゴが描かれた制服のウェイトレスは、まだこの仕事

に慣れているといった様子ではなかった。



 彼女が少しつっかえながら反芻したのは、セラフィナが頼んだ、多分、紅茶。詳しく

ないライには、彼女が口にしたのが、紅茶の種類だったのか銘柄だったのかもわからな

い。が、別にわからなくて困るということもない。どうせ食べ物の味はわからないから。



「――お客様のご注文は」



「僕はいい」



 軽く手を振って辞退。お茶を一杯しか頼まなかった二人連れに、ウェイトレスは一瞬

だけ憮然とした表情をした。やっぱり、まだ慣れてないんだなとわかる。

 慣れた店員なら、よほどのことがないかぎり、商業用の笑顔を崩さないものだ。



 店の中に戻っていく彼女の背中を見送って、通りの景色を眺めた。

 通りの途中にある小さな広場の周りに、幾つかの小さな飲食店が並んでいる。そのほ

とんどが、屋外に傘を出してテーブルを置いていた。



 あまり地元人ではなさそうな人の姿が目立つ。

 仕事絡みらしい者や観光らしい者が多いが、ハンターらしい姿も混じっている。



 これだけ人の目があれば、さっきの男も、すすんで騒ぎを起こそうなどとは思うまい。

他人に賢明さを望むのは賢明ではない、というのは誰の言葉だっただろう。いや、前向

きに考えよう。普通なら騒ぎを起こさない。



「何もいらないんですか?」



「気にしないで」



 軽い口調で応えたつもりだったが、セラフィナは少し表情を翳[かげ]らせた。

 どういう風に言えば彼女を心配させずに済むんだろう。「死んだ人は普通の食事をし

なくても、多少顔色が悪くても普通なんだよ」? 冗談じゃない。



 ライは、椅子の背もたれに乗せた肘に寄りかかって広場を眺めながら苦笑を浮かべる。

結局、子供じみた言い訳をする以外の方法が見つからない。馬鹿みたいに「大丈夫」っ

て繰り返すよりも彼女を安心させる方法がわからないんだ。

 そういうのは、僕じゃなくて弟のキャラだと思うんだけどさ。



「それよりさ、セラフィナさん。

 さっき一人旅してたって言ったよね」



「…ええ」



 自分でもわざとらしいと思ったが、やはりセラフィナにも、話を逸らしたのがわかっ

たらしい。少し不満そうな顔で彼女が頷く。

 通り過ぎていく通行人の一人を何気なく目で追いながら、ライは続けた。



「どんなところに行ったの?」



 ばたばたと、警邏の格好をした数人が走っていくのが見えた。

 軽く目を伏せて、周囲を探る。人の騒ぎ声がかすかに聞こえた。頭上をカラスの影が

横切って、何度か鳴き声が降ってきた。



 どこかで騒ぎが起こっているらしかった。さっきのこともあって嫌な予感がする。

 とはいえ、そんなに神経質になることもないとも思ったので――セラフィナの方に視

線を向けて笑った。



「僕もちょっと前にあちこち行ってみたから、どこかで会ったことあったりしてね」



 まるで、古いナンパの手口みたいだ。

 言ってから気がついて、少し後悔する。



 かぁ、と、もういちど近くで聞こえた。



 通りの向こうが騒がしい。

 どうか僕たちに関係のあることじゃありませんように、と、たまたま目に入った商店

の壁に装飾されていた、聖印をモチーフにしたらしい模様に祈ってみた。

 神さまはきっといるんだろうけど、祈りを聴いてくれるとも思えなかった。
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2006/09/08 00:31 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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