忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 08:05 |
ナナフシ  1:eine negative Entwicklung/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト
場所:正エディウス国内
--------------------------------------------------------------------------

 どうしてこんなところに来たのかわからない。
 もちろん、連れにひきずられて来たのだが、その連れは、今いない。人が多いくせに
あまり広くなく、しかもあまり綺麗でない路地を歩いているうちにはぐれてしまった。

 錆付いて軋んだような色合いの店が並び、その前に薄汚い露店がいくつも出されてい
る。普通の市場なのかそれとも闇市なのか判断に困る品物が、あまり気を使っていると
は思えない様子で並びたてられているのは圧巻だったが、今はそんなものに目を留めて
いる場合ではない。

 アルトは人ごみの中を歩きながら、連れの、どこにいても目立つ金髪の頭を探した。
様々な人種――人間から一般的に“亜人”という不名誉な呼称をされる異種族も含めて、
様々な容姿や文化を持つ者の姿を見ることができる。

 ただ、浅褐色の肌を持つ小柄な森妖精[エルフ]は、自分以外にはいないようだ。人
間の作った社会をうろうろし始めてもう十年近くが経とうとしているが、一度として同
族に出会ったことなどなかった。引きこもりにも程がある。

 そんなことを考えながら、ふと目に付いた露店の前で足を止める。
 どうせ、このまま探していても相方を見つけることはできないだろう。夕方になれば
宿で待ち構えていて、「遅い」とか「どこで迷子になってたんだ」とか言ってくるに違
いない。

 今戻っても、やっぱり理不尽に文句を言われることは予想できた。いつものことだ。
慣れているから別に構わないといえば構わないが、慣れてしまって本当にいいのだろう
かという疑問も脳裏を掠める。

「まったく、勝手なんだから……」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「え?」

 声をかけられてアルトは我に返った。一瞬だけ途切れていた、周囲の音が蘇る。
 喧騒、人ごみ。二つに別れたエディウスの、“正等”を名乗る方の国。もう一つのエ
ディウスとの紛争が絶えず、どこか疲れたような雰囲気が国全体に沈殿している。
 首都から数日の距離にあるこの町も例外ではなく、市場には、憔悴の内側に篭った活
気が、むせ返りそうなほど満ちている。

「ぼうっとしてたね」

「少し考え事を」

 やわらかな笑みで応える。
 話しかけてきたのは当然のことながら、露店の男だった。彼は人好きのする笑顔を浮
かべて、商品らしい小物を手でもてあそんでいる。どうやら手鏡のようだ。傾けられた
一瞬、アルトは、映りこんだ自分の姿から目を逸らす。

 肩まである艶消しの黒髪、浅褐色の肌、深い紫の大きな瞳。華奢でか弱げな、幼い印
象の少女。薄汚れた革の外套がちっとも似合ってない。「少女趣味でない服は似合わな
いよ」と、からかい口調で言ってきた友人を思い出して嘆息。

 気が重くなったのは、その言葉がまったくの間違いではないと認める程度には既に諦
めてしまっているせいであり、また、よくそんな戯言をほざいていた友人が目の前で斬
り殺されたときのことを思い出したせいでもあった。あれは何年前だったか。

「気をつけなよ、この辺は物騒だから。一人旅かい?」

「連れが……どこへ行ったのか」

「はぐれた?」

「はぐれたのは彼です」

「彼氏?」

「そうではなくて、三人称の“彼”」

「二人旅?」

「ええ」

「やっぱり彼氏じゃないか」

 まったく違う。そういった方面の趣味はない。
 アルトはどうせ否定しても無駄だと思って、表情だけをわずかに曇らせた。男はその
意味に気づいたらしく苦笑する。「機嫌なおしなよ、安くするからさ」という言葉につ
られて小物に手を伸ばす。連れが女々しいとなじるのも仕方がないかも知れない。

「こんな可愛い彼女を放って、そいつは何をしてるんだろうね」

「さぁ?」




 ――はぐれる理由が。
 ないわけではなかった。





 朝、連れは酷く呆然とした表情をしていた。
 死人のように青褪めて、空中を見ながら呟いたのだ。

「……思い出した」

「え?」

「思い出したんだよ。あいつのことだ。なんで今まで、忘れてたんだ……」

 それが誰のことを示すのかアルトは知っていた。だって、彼と会ったときに約束した
のだから。蜃気楼の町に囚われてしまった、彼の仲間を助け出すと。果たせないまま、
彼は誰かの魔法にかかってその仲間のことを忘れてしまった。

 初めて会ったときの彼は、仲間を失ったことに打ちひしがれて、絶望と虚無の狭間に
立ち尽くしていた。それが今は傲慢に、楽しそうに自分のことを引きずり回していて、
そんな彼を見るのが少なくとも嫌ではなかったものだから――だからアルトは何も言わ
なかったし、そんなことはそ知らぬふりをして、彼の傍に居続けたのだ。

「あいつはまだハーミットにいるはずなんだ」

「落ち着いてください。ハーミットはもうないでしょう?」

「あいつは……俺のことなんか待っちゃいないだろうけど、どんな問題が起こったって、
一人でどうとでもできるんだろうけど、行かないと」

 その青い目は強い光を宿していた。その種類をアルトは読み取れなかった。自分には
ないものだ。あまりにも異質過ぎて理解どころか推測すらもできない。そういったもの
は、徐々に増えていく。昔はわかったものがわからなくなっていく。
 首筋を痺れさせる悪寒を、かつて契約した闇の精霊がチキチキという僅かな音と共に
貪り尽くした。
 その結果でしかない冷静さで、アルトは穏やかに微笑んだのに。

「……ユーリィ、その人は……」

「お前は、知ってたのに教えてくれなかったんだな」

 ふいに視線を合わせてきた連れは、平坦な声で遮った。
 ごめんなさい、と吐き出す以外に何ができたというのだ?

 それからずっと連れは上の空だった。





「――――お嬢ちゃん、だから、ぼうっとするなって。
 この辺は物騒なんだって言ったばかりだろ?」

「大丈夫ですよ」

 気のない返事をしながら、外套の下で、剣の柄を探る。が、剣帯を壊してしまったせ
いで宿に置いてきたことをすぐに思い出した。後で買って帰ろう。「それでは」と言っ
て身を翻そうとすると、手首を掴まれた。露店の向こうから腕を伸ばしてきている男に
視線を遣る。愛想笑いは絶やさない。

「本当に?」

「……大丈夫なんですよ」

 わずかに声のトーンを下げて繰り返す。
 ただのナンパか、人さらいか。その判断は一瞬ではつけられない。とりあえず、それ
こそ悪漢に絡まれた乙女よろしく声でも上げてみようかと周囲を見渡す――

 と。

 それどころではなくなった。
 遠くから悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「軍だ!」

 並んでいた露店の主人たちが血相をかえて品物を隠そうとする。
 一般人に見えない人々さえ、騒ぎと逆方向へ逃れようとする。アルトの腕を掴んでい
た男も例外ではなく、さっと顔色が青ざめ、屋台から抜け出して逃れようとじたばたし
始める。

 解放されたアルトは、手首をさすりながら、周囲の状況をぼんやりと眺めた。
 押しのけられたので道の隅へ。

 これだけ緊張状態の国ならば軍くらいうろついているだろう。そんな覚悟もなしに闇
市まがいの商売をしていたわけではあるまいに、この騒ぎはどうしたことだ。まるで、
そういった事情お構いなしに、軍そのものが毛嫌いされて――あるいは恐怖されている
ようだ。

「あんたも来いよ」

 屋台から這い出した男が言ってきた。

「何故?」

 騒ぎは近くなってくると共に奇妙に沈静化していく。

「ここも人間の国なのですから、軍隊くらいいるでしょう?
 何をそんなに騒いでいるのです? 関わらなければ――」

「馬鹿か! この国の軍を他と一緒にするな」

「では?」

 また手首を掴まれそうになる。今度は逃れたが。
 気がつけば人は影に隠れるか逃れるかしてしまったようだった。逃げ遅れた人々が、
あたふたと別の路地へ消えていく。男はなおもアルトを捕まえようと手を伸ばしてきた。

「奴らは悪魔の手先だ。変態ばかりの気狂いどもだ!」

 裏返りかけたその声は通りに反響した。
PR

2007/02/11 23:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ 2; Cruel dandy/オルレアン(Caku)
キャスト:アルト、オルレアン
NPC:変な人とか薄汚れたおじさんとか
場所:正エディウス国内
-----------------------------------------------------------------------
---

裏返りかけたその声は通りに反響した。
そして、伸ばしかけた手は黒いエルフの手を掴んだ。後ろから。

「お嬢さん、この辺は物騒なのよって目の前の屑に聞かなかった?」

アルトが振り向いて、硬直。
振り向かなくても、目の前の屑とまで呼ばれた男も、硬直していた。

アルトの手を優しく、しかし有無を言わせぬ様に掴んでいたのは見事な縦巻の
………見事なオカマ軍人だった。




「…?あら、ごめんなさい。あなた、もしかして坊やのほうね。
まあ、それはいいわ。でもエルフが一人で出歩いてると、エルフの耳を切り取
られるわよ。エルフの耳は貴方達の象徴でもあり、変態マニア向けなんだか
ら、ね?」

さすがオカマ。だてに観察眼は男より女に近い。
どこで瞬間識別したのか非常に謎だったが、オカマは流暢なエディウス訛りの
ままでアルトを一瞥。好みは好みだが、若すぎる。とどうでもいいことを考え
ていた。

「そして、そこの屑。人の悪口は掃き溜めの泥の中で、国の悪口は家畜の尻の
穴の中ででもおっしゃいな。国家侮辱罪で舌を切り取るわよ」

一瞥して、氷河の微笑みで薄汚い男を見た。
男は愛想笑いを浮かべてじりじりと下がり、やがて建物の影か露店の影に消え
ていった。アルトはその様子を見て、あの男の言うとおりにしていたほうがよ
かったのではなかろうかと、淡い後悔を思った。


いつの間にか複数の軍人が周囲に居た。
“魔女の森色”と呼ばれる暗緑色の外套に身を収めた男性がこのオカマを含め
て4人。
と、一番屈強な男性がこちらへ近寄ってきた。

「いないわ、逃げられた」

「ギュスターヴ、ねぇこの子可愛いわよ?あなた年は幾つ?エルフだからこれ
でも私らより年上なのよ。可愛いわねぇ」

「エルフっていいわねー。歳とってもお肌が綺麗で」

アルトは真面目に絶望した。
一番屈強な男はどうやらギュスターヴというらしいが、どうも目の前のオカマ
と同類らしい。まず語尾が異常に女っぽいのだが、外見と著しい差がある。
その前にギュスターヴさんは黒いサングラスに黒い肌に筋肉質でオカマという
設定はそれ長生き長者番付のエルフでさえ初見えであった。

あまりの現実の過酷さに、アルトは何かを言おうとして、ここで何かを言った
らオカマらの餌食になる可能性を考慮して、口をつぐんだ。
代わりに、とりあえず最優先事項を片付けようと、別の話題を提示してみる。

「…離して、下さい」

「離して欲しい?」

「そう言ってますけど」

「じゃあ離れるまえに一つ、あなた…この辺で変な人とか見なかった?」

小首を傾げながら、本人は優しく穏やかに問いかけているつもりだろう。本人
は。
アルトは『今すぐ目の前で手を掴んでる貴方が割とそうっぽいです』と言いか
けてかろうじて自制した。森の妖精エルフは自分より幻想世界の住人と向き合
ってなお理性をとどめている。

「変な人ってだけじゃわかりません」

「そう、そうねぇ。この国にはもっさもさ居るものね。
入国時に犯罪者リストのポスターを見たでしょう?その内に「無慈悲紳士“ク
ルーエルダンディ”」て男の顔があったと思うんだけど、覚えてない?
“お姐さん”達ね、その男の人をちょっと捕まえて手足をもぎらなきゃならな
いんだけど……」

“お姐さん”を強調しつつ、彼はポスターを胸ポケットから取り出した。

それは絵に紳士として書いたような立派な髭の老人の顔だった。
こんな紙切れに乗るような人物に見えず、どちらかというと音楽のコンサート
や執事としてのほうがよほど容貌に適している。

「この人ね、頭の可笑しーい人なのよ。
軍に歯向かう馬鹿な豚以下の存在だから、見かけたら軍に連絡してね。ああ、
なんなら私の『個人的な』連絡場所でも…」

「いえ結構です」

即答。一瞬のためらいさえない、鮮やかで冷徹な返事。

「あら残念」

やや哀愁を帯びた口調で、とりあえず手を離す。
アルトはようやく開放された手をさすり、雑菌がついてないか、人体エルフそ
の他知性生命体に害悪なものが感染してないか即座に調べる。
と、オカマ系とはまた別の邪悪な気配に、第六感が「逃げて!ここから逃げて
ー!!」と叫んだ。実は前々から叫んでいたかもしれないが。

「オルレアン!」

黒い軍人、ギュスターヴの腰についた赤い剣が一閃を立つ。甲高い破壊音。
氷系の魔法らしき氷槍がオカマとアルトの前で粉々に砕ける。目の前にオカマ
との会話前とは見違えた鍛え抜かれた上半身。てか何でいつの間に脱いでるん
だ?

「あぁっ……ギュスターヴ素敵よ!まるでお姫様を救う王子様のようね!!」

「うふふ、昔の貴方ほどではないけどね★あぁ今でも目に鮮やかだわ、今のオ
ルレアンも素敵だったけど、昔の貴方は負けないぐらいにベスト騎士だった
わ」

「脱ぐ必要性は?」

がくりを膝を折って天を仰ぎながら、立ちくらみしたかのように崩れ落ちて目
の前の男に惚れ惚れする縦巻オカマを前に、上半身の筋肉美が美しいギュスタ
ーヴが雄雄しく
答えた。アルトは冷静に直視しないよう顔を横ずらししながら本音を吐いてし
まった。

「それよりも、奴よ!オルレアンさあ主に私の第七頚椎椎棘突起から僧坊筋、
肩甲棘から小円筋、大円筋より大菱形筋を続いて胸椎棘突起、そして広背筋・
胸腰筋膜などの、平たく言えば私の背後の筋肉に隠れて!」

「駄目!私そんな貴方の筋肉の全名称がついたその背中、直視できないわ!
まるで私を誘うかのようにその雄雄しくて豊かな鍛えられた筋の数々!!」

「平たく言った方が聞いてても読んでても分かりやすいですね」

そろそろアルトにも、この異次元幻想的世界が耐えれきなくなってきた。
エルフにさえ耐え切れぬ幻想世界、精霊界、そして必要ならば霊界や魔界にま
で意思疎通を可能にさえさせるエルフでも、この世界には脳が、魂が拒絶を示
す。



アルトがもし、この3秒先の未来を直視出来たなら。彼は即座にこの場所から
離脱していただろうに。どこかの異常眼保持者なら、もしかしたらわかったか
もしれない。
露店の柱にいつの間にやら、背筋をぴんと伸ばして佇む老紳士に。
そして、その紳士が似顔絵にまったく瓜二つで…しかも、シルクハットの上に
首を振ってる謎のいやし系人形。だけど毛が生えている。

オルレアン、ギュスターヴ、アルトの真下に魔法円が浮き出てきた。
アルトの形相が一瞬で人生最大の間違いをしてしまったという顔になる。その
魔法円は昔、流し読みした本の内容を思い起こさせた。

空間魔法。主に相手を異次元に密閉閉鎖するものだ。
下手すれば時間間隔の違う場所に飛ばされて、一分しかいないのに百年以上戻
ってきたら立っていた、なんていうのは有名なオチ。

しかし、現実は無残にも黒いエルフに微笑まなかった。
半径一メートル内にいたアルト、オルレアン、ギュスターヴは魔方陣の閃光に
のみこまれてしまった。






「恐いわギュスターヴ!訳のわからない異空間で三人っきりだなんて!」

「安心してオルレアン!三人いれば女は姦しいわよ!」

「女性は誰もいらっしゃいませんけれど」

しかも姦しいって何かの役に立つのだろうか?果てしなく疑問。
迷路のような黒い町並みに放り出された男三人はそれぞれに困惑と勇気と意見
を述べた。
確実に建築の技術と製法を無視した町並みには空はなく、空の変わりにごちゃ
ごちゃとした屋根やら天蓋やらがくっついて群れをなしている。

「やれやれ、『指導者』が一人しか釣れなかったとは我輩も落ちぶれたもの
よ」

と頭上から響いてきたのは年月と同時に歴戦を重ねてきた男の声。


オルレアンを右手で抱え、アルトを守るように立つギュスターヴ。傍目はカッ
コイイ。
アルトは全ての現象を拒絶し憎悪するような表情だったが。

「誰だ貴様は!」

「エディウスも落ちた。先君の時代はあれほどまでに輝かしい帝国だったの
に…。
見るがいい、国は割れ、民は腐敗し、軍は誇りを霞ませる。ああ嘆かわしい」

シルクハットが突然開いて、鳩時計が飛び出した。
ポコーポコーと、抜けた音を立てて鳩が鳴いている。ピンク色の鳩だった。

「我輩こそは先君の副将にて稀なる宰相ビレッジウェンストール伯爵であ
る!!」

「誰なんですかあれ」

「あれねぇ、先王のお気に入りのマッドサイエンティスト。
まだエディウスが黄金時代だった時に国税を湯水のように使って馬鹿げた機械
やら魔法を作ってたのよ。とにかく奇人でそこが面白くて先王に気に入れてた
んだけど、先王が死んで国が割れてからどこでも厄介払い」

アルトの呆然の問いに、オルレアンが興味なさそうに答えた。続くギュスター
ヴの説明。

「昔エディウスを一時期牛耳った魔女がいてね、魔女と闘ってぼこぼこに負け

上に牢獄に入れたっていう負け犬よね。
しかもその魔女は死んだっていうのに、その魔女の事件の後遺症に苦しみ嘆い
ている指導者達に制裁とかいいつつ、軍にちょこざいなテロを繰り返す阿呆
よ。
ああ可愛そうなオルレアン。安心して、世界中が例え敵となっても私は貴方の
永遠のその美貌を守る顔面筋となって貴方を愛するわ!」

「嫌よ!一緒に加齢という美の怨敵に闘ってくれるって夕日の海原で誓ったじ
ゃない!!」

「エディウスに海ってありましたっけ?」

アルトの冷静な突っ込みもどこへやら。
完全に独自世界となった二人を一瞥(主に侮蔑をこめて)してアルトは冷静に
現状を考える。

自分は関係ないのだから、この二人に組する理由は生理的・常識的・正義的に
もまったくない。むしろちょっと危なさそうだけど、口調とか性質だったら向
こうの“無慈悲紳士”のほうがよっぽとマトモに見える。頭の癒し系人形がち
ょっと可愛いし。
この際、この二人を切り捨てるか…!?とアルトがわずかな希望を胸にその紳士
を見る…と。

またどこから出したのか、丸い円形の円盤がついた四角い黒の物体。
またそこから音楽が流れている。風の魔法で空気振動を操っているようだ。
マントを翻し、シルクハットを深めに被り、決めポーズ。

「ふはははははははははっ、ついに我輩の聖なる傀儡人形「けだまりの民」を
使い、正統エディウスを食い物にする魔女の生き残りどもを成敗してくれる
わ!!」

「私の上半身の筋肉全てをかけてもオルレアンとエルフの娘は守り抜く!
男二人と女一人で(どうやらギュスターヴはアルトを女性と思っているよう
だ)嬲るとかいて、目にもの見せてやるわ爺っ!!」







エディウス人なんて嫌だ。アルトはそう思った。


2007/02/11 23:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ  3:Do sollst nich toten!/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正エディウス国内?
--------------------------------------------------------------------------

「ふははははははは!」

「うふふふふふふふふふふふふっ」

 なんだか不気味な笑い声が唱和している。変なポーズの紳士とやる気満々の
ギュスターヴが向きあって、互いを威圧しあっているんだか何だかよくわから
ないが、とりあえず笑っている。

 一触即発。別の意味で危険で、かつ、とてつもなくロクでもないことが起こ
りそうだ。ロクでもなくないことが起こらない可能性を何一つとして見出せな
くなって、アルトはとりあえず現実逃避に走ることに決めた。

 現実逃避、現実逃避、現実逃避……
 口の中でぶつぶつ言いながら目を瞑ってみるものの、逃れる先が見当たらな
い。子供時代を思い出してみても特別楽しかったわけでも辛かったわけでもな
いし、それは今に至るまで常にそうだった。惰性だけで生きてきたし、たぶん
これからもそうだろう。それでもまったく問題ないと思っていた。

 が、現実から目を逸らしたとき、思い出して没頭するような過去の一つ二つ
は作っておけばよかったと、アルトは初めて後悔して溜息をついた。自己反省
も現実逃避か。まぁ結果オーライ。

 と、自覚してしまったせいで音が戻る。
 いつの間にか笑い声は消えていた。代わりに殴打音だの太い罵声だのが響い
ている。戦いは殴り合いらしい。実に男らしくて潔い。光って唸る筋肉の名称
が絶叫されるのを聞いたが、もうマニアックすぎて何が何だかわからない。人
間の体の構造に興味ないし。

 白いエルフはどうだか知らないが、黒エルフは筋肉や骨や筋の一つ一つにわ
ざわざ名前をつけたりしない。人体に対する知識は、どこをどう破壊すれば効
果的に苦痛を与えて殺せるかに関することだけだ。他は、まぁ、日常会話に困
らない程度で十分。

「がんばってギュスターヴ! あなたの拳でその変態の脾臓を風船みたいに破
裂させちゃって!」

「エグっ!?」

 思わず目を開けてしまう。後悔したが遅かった。ばっちり見えたのは、漢同
士の熱い殴り合いだった。いつの間にか自称紳士も脱いでいる。鍛え抜かれた
肉体は、研究職とは思えない。いや、変なクスリでも開発していたのかも。
 エディウスの流行りはオカマと半裸? 嫌過ぎる。

 キャーキャー騒ぐオルレアンを横目に見ると、彼は完全な観戦モードで手を
振っていた。動くたびに、金髪巻毛がキラキラと輝きながら揺れる。それが妙
に現実離れして見えて(何一つとして現実らしい事柄は存在しないが)、アル
トは眩暈を覚えた。

 今なら、気絶しようと思えばできる気がする。
 最も簡単な現実逃避だ。この後の運命も一緒に手放すことになるが。
 いや、さすがにそれはマズすぎる。頑張って意識を保とう。いつまで?


「BGMチェーンジ!!」

 変態紳士が叫ぶと、四角い箱が垂れ流していた音が変化した。
 激しく、テンポ速く。今まで聞いた事がないほど人工的な音の旋律が鳴り響
いて、アルトは反射的に耳を塞いだ。本人達の気分は盛り上がるかも知れない
が迷惑だ。巻き添えにされた時点でも十分に迷惑しているというのに、まだ足
りないのだろうか。
 眼中にない、というのが本当のところだろうが。

「…………」

 少し、考える。
 目を凝らすと黒い箱の周りで踊っている風の妖精が見えた。
 一縷の望みをかけてエルフ語で囁く。

「風のお嬢さん、こんな野蛮な音楽は、美しい貴女には似合いませんよ」

“あら、これはこれで楽しいわよ?”

 撃沈。誰か世界を滅ぼしてくれないか。
 いや駄目だ。ここは異空間だから、普通に普通の世界が破滅したくらいでは
どうにもならない。一か八か本気で術者を殺してみるか? 多分、目の前の変
態に仲間はいないだろう。だって変態だから。

 アルトは本気で殺害方法を考えてみた。大丈夫、普通の人間なら素手でも殺
れる。打撃技など花拳繍腿、サブミッションこそ王者の技よ。でもマッチョに
触るのは嫌だし相手は普通の人間じゃないし。しかたない、見守るか。
 どうして武器を置いてきてしまったんだろう。剣帯が壊れたからだ。

 待て仲間いるかも知れない。類は友を呼ぶという言葉を思い出した。
 それに、術者を殺して戻れなくなったら、そもそもどうしようもないし。
 うん、やっぱり見守ろう。悪夢を眺めるのとおなじ、生暖かい目で。

「キエエエエエエエエエ――ッ!!!」

 奇声に驚いて乱闘を見ると、変態紳士がけだまりの民を振りかぶってギュス
ターヴに叩きつけるところだった。打撃武器だったのかアレ、と、アルトは空
回りする頭で感心した。


2007/02/11 23:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ  4:Tell other comrades about the cause of death/オルレアン(Caku)
キャスト:アルト オルレアン、その他変な人々(略称)
場所:正エディウス国内?
-----------------------------------------------------------------------
---

謎の人形で受けた殴打で、屈強な黒肌筋肉の軍人はがくりと膝をついて意識
を失ったようだ。
なぜか倒れる際の映像がスローモーションで背景に汗と薔薇が散っていた。
どうやら幻覚ではなく、きちんと魔法を使用しているようだ。気絶した際に
重力を制御しながらと限定された周囲の光を霍乱して、設定された映像描写
を映し出すようになってるらしい。
なんだその魔法、もはや冒涜通り越して関心してしまう。
エディウス独自の魔法技術は、間違った進歩を遂げているようだ。
そのまま絶滅しろ、とアルトは切に願った。

「あぁ!忘れないわギュスターヴ、貴方のその光ってうねる前頭筋・鼻根筋
・眼輪筋・上唇鼻翼拳筋・上唇拳筋・小頬骨筋・大頬骨筋・口角拳筋・笑筋
・口輪筋・広顎筋・下唇下制筋・口角下制筋・オトガイ筋・肩甲舌骨筋・胸
骨舌骨筋・胸骨甲状筋・胸鎖乳突筋・中斜角筋・僧帽筋・肩甲挙筋・肩甲舌
骨筋・前斜角筋・三角筋・大胸筋・鳥口腕筋・上腕二頭筋短頭・上腕二頭筋
長頭・上腕三頭筋・前鋸筋・上腕筋・外腹斜筋・腹直筋・円回内筋・長橈側
手根伸筋・腕橈骨筋っ(以下略27称)…!!!言い切れないけど、とにかく
美しかったわ!散り際でさえも!!」
「ただの肉にどれだけ名前をつければ人間は満足するんですか?…暇ですね」

魔法言語や果ては古代言語さえも解読可能といわれる高知性のエルフ。
しかしその記憶野に人の体を構成する筋肉の名称は覚えてなかったようだ。
覚えたくもないし。

「後は貴様らの首級をあげれば我が積年の恨みは夏晴れだ!」

ギュスターヴが倒れたことで戦力は3⇒2となった。
怪しげな人形を振りかざしながら、薄ら笑いを浮かべて迫る壮年の男(*
上半身裸体)。オルレアンはちょっとため息をつきながら、横のエルフに
相談した。

「ねぇどうしましょう?そろそろ本腰入れて殺っちゃったほうがいいかし
ら?」
「その話に私は加えないでください」

と言ったものの、アルトだってそろそろ本来の世界に帰りたい。
そして全記憶を抹殺する。宿に帰って薬を調合して服薬して寝台にポーン
とジャンプ。
それで全ては元通り、めでたしめでたし。
だが、物語を終結させるにはラスボスを倒さねばならない気がする。
まぁいいか、どうせ記憶は全消しするから、少しぐらい自分の変態許容量
を超えても。
無理やりそう自己欺瞞して、笑顔を作った、つもりで引きつった表情しか
できなかった。

「…やるしかないんだ…耐えろ自分」
「ギュスターヴの敵よ!皮を食い破って神経の筋引きちぎっておやり!!」

と、オルレアンの軍服の首筋からぞわぞわと何十匹の蝶が湧き出てきた。
黒い蝶の一つ一つに赤い光輝が輝いて、オルレアンの右手に寄り集まって
くる。
と、手の甲の上で互いに分裂してさらに数が増えた。数百とも数千とも思
えるおぞましい蝶が体液を滴らせながら黒光りする鎌へと変貌した。
『エディウスの毒蛾』と称される軍人は、人工的に生み出された生物的精
霊を操ることを思い出したアルトは早くも戦線離脱したくなった。
森のエルフではないので、蝶とか小鳥とか可愛いとも思わない。はっきり
言えば虫はキモい。

黒い燐粉が煙のように舞った。
さながらオカマの美貌と巻き毛を鮮やかに輝かせたが、アルトはうっかり
軍服の切れ目からのぞく網タイツの足を見て卒倒しそうになったが、耐えた。



2007/02/11 23:31 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ
ナナフシ  5:Man wolle keinen Unsinn schwatzen!/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト オルレアン
場所:正エディウス国内?
--------------------------------------------------------------------------

 ――さて、どうしたものか。

 二人で速やかに殴り倒した(いや、ただの殴打よりも悪質な方法で倒した)半裸の自
称紳士が目の前に転がっている。なんだかとても芸術的に荒縄が絡みついているのは、
もちろんオルレアンの所業だ。

 まったく、人間はどうしてこう……まぁ、いい。そんなことを今更気にしたって遅い。
 変人ばかりだったじゃないか、今まで出会ったのだって。

 うっかり相手に白目を剥かせたのは失敗だった。
 意識を残しておけば今すぐにでも拷問……もとい人道的な尋問で、とりあえずここか
ら脱出する方法でも聞き出せたのに。聞きたいことはいくらでもある。

 たとえばここから脱出する方法とか、他にもここから脱出する方法とか。

「ギュスターヴ、起きて、起きて!」

 背後でそんな声と共にあまり聞きたくない類の音が聞こえてくるのを意識から締め出
しながら、アルトは周囲を見渡した。

 黒い町並みは凍りついたように一切の変化を見せない。
 試しに近くの家の扉の把手に手をかけてみたが、動かすことはできなかった。
 どうやらこの世界は、それほど細やかに作りこまれているわけではないらしい。

「……」

 黒い景色は迷路のように入り組んでいるように見える。
 先ほどまでいた通りと雰囲気は似ているが、似ているという以上の類似点はないらし
い。枝分かれした道、奇妙に歪んだ建物。
 改めてじっと眺めていると空間の感覚がイカれそうだ。

 さて、どうしよう。行ってみるか?

 軍人二人と共に行動するのは嫌だが一人でさ迷うのもあまり気乗りしない。
 あの二人は……何か、これからも起こるかも知れない面倒ごとを押し付けるには便利
な気がする。あの二人自体が面倒ごとであるような気もする。


「オルレアン! よかった、無事だったのね!」

「目を醒ましたのねギュスターヴ! あなたの筋肉が――」

 とりあえずまた聞こえた会話を耳から締め出す。
 下手に聴力が高いのも考えものだ。なんで二言目には筋肉なんだ。

「....Falli」

 故郷の言葉で短い悪態をついてから、アルトは感情を人当たりのいい笑顔で隠して振
り返ったが、無駄な努力だという予感がしてならなかった。


      ☆ ・ ☆ ・ ☆ ・ ☆


「一体どこまで続くのかしらねぇ」

 呆れたように言うオルレアン。
 アルトは、誰がその問いに答えられるだろうと思った。

 唯一正しい解答を持っているかも知れない変態紳士は相変わらず縛り上げられたまま
沈黙している。その縄の端を掴んだギュスターヴが容赦なく引きずって歩いているから
近いうちに永眠するかも知れないが、今のところどうやらまだ生きているらしい。
 死にそうになったら救助しよう。いや、不要か。

「変態を捕まえたはいいけど帰れないんじゃどうしようもないわ」

「大丈夫よオルレアン、希望を持つのよ」

「そうね、あなたがいるもの」

 ――ああ、今の会話だけだったら普通にただの乙女なのになぁ。

 これだから人間は。そんなことを思ったのは、人間社会で生活するようになって今日
が初めてだという気がしないでもない。
 昔のことは忘れた。いや、嫌なことは忘れた。

 嫌なこと。連想してアルトは表情をかすかに強張らせた。
 そうだ、早く連れの元へ戻らなければならない。一人で放っておいたりしたら、また
子供みたいに拗ねる。それとももう手遅れで、とっくに嫌われてしまっただろうか。
 どちらにしても――早く連れの元へ戻らなければならないのだ。



2007/02/11 23:33 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

| HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]