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2024/04/30 04:31 |
滅びの巨人―1/ベン&テッツ(月草)
場所 :ポポル およびポポル上空
PC :ベン テッツ
NPC:カストル カーシャ(ベンの母) 巨人
_____________________________
 遠い星、豊かな土地。魔法使いが秘術を尽くして戦い、騎士達がそれぞれの信念を賭け
て剣を交えた、そんな時代。
 種々の生体が息づく大地の遥か上方に、一つの影があった。まぶしすぎる太陽光に照ら
され、姿があらわになる。かつては栄えていたであろう文明と、その住人の残骸思しき、千
切れてバラバラに飛んだ骨があちこちに散っている。
 それらが漆黒の空間をあてもなく漂っていた。建造物と白骨が無造作な集団となって漂う
その様子は、まるで都市の一部が切り取られ、投げ出されたかのようであった。前触れもな
く命を絶たれたのか、わが子を抱きかかえたままの人骨もある。
 浮遊物たちの中央には人影と、半透明の青く巨大な球体があった。よく観察すると、人影
は年端もいかない少年であった。両耳からは球体と同じ輝きを放つピアスをし、文様の入っ
た白く滑らかな服を着ている。その顔は少女のように整っている。ピアスのせいもあってな
おさら男と分かりにくくなっていた。
 彼は緊張の面持ちで、球体と向かい合い内部を見据えている。内部には、胎児のような塊
があった。成人した人間とさほど変わらぬ大きさのそれは、封じ込められた球体に対してあ
まりに小さい。
 しかし胎児の目には、この土地を喰らい尽くしてもなお余りある憎悪と欲望がにじみ出して
いる。血と殺戮に飢えたそれは、豊かな星に息づく生命をうまそうに見ている。エサだ、腹を
満たせるだけの十分なエサがある。全身の血が逆流するほどの激しい欲情にかられ、襲い
掛かろうとする。
「――だめだよ」
 胎児の脳内に声がする。同時に青く強烈な閃光が周囲に満ちた。身体が粉々になりそう
な苦痛に、怒りと憎しみの叫びを上げる。
「グオオオオオオォォォォォオォオオ!」
「僕が生きている限りは、お前を暴れさせたりなんかさせない」
 ここを見つけてからもうどれほどの時間、繰り返してきたのだろうか。わずかばかり、仕留
めそこなったばかりに……。こんなちっぽけな肉人形に、ここに押さえ込まれているのが悔
しかった。しかしそれも、まもなく終わる。残りはあと一匹だ。
「う……ゲホッ、ゲホッ!」
 少年は呼吸がままならなくなり、意識が遠のいてしまった。彼が胎児を制御する手を弱め
た瞬間、この世のものとは思えぬおぞましい咆哮が空間を揺るがした。
「グアァァァァ! アアアアァァァァアアアアア!」
 胎児は見る見るうちに肥大化し、あっという間に少年の数倍はあろうかという巨体になっ
た。手からは爪が生え、口からは多数の牙が出た。眼球は真っ赤に充血し、発達した筋肉
に圧迫された血管がむき出しになる。表皮はみるみる粘膜的となり、そのグロテスクな様相
は本性を如実に表しているがごとくであった。内奥から溢れる破壊本能が防護壁をぶち破
り、少年の体から内臓を掻き出せ、そしてぶちまけろと命令する。まずは心臓を、次に肺そ
して腸をやれ、と。
「だ……だめだ……」
 爪が外壁に届き、衝撃に球体が大きく変形する。力を失った球体は弱々しく伸縮し、爪が
外壁越しに彼を狙う。
 爪が少年の胸に達しようとしたとき、球体に亀裂が入った。外殻に囲まれていた液体がわ
ずかに飛び出し、それは不気味に形を変えていく。血管が浮き出て、次に口が生成されて
牙が生える。独立した生命と化したその液体は、少年に襲い掛かった。
 ところが、割れて飛び散った外殻が強烈な青い閃光を放った。と同時に液体をめがけて
猛烈な勢いで接近し、醜悪なそれを吸い尽くした。内部で暴れまわる液体を力ずくで押さえ
つけ、ちょうど小石ほどの大きさとなる。力を使い切った石はもとの少年のピアスと同じ青色
となり、地表めがけて落下していった。
 落下していく間際に、小石――に宿る何か――は少年に呼びかけた。
「―――カストル―――」
「は!?」
 心の内部から直接声が聞こえた。気を取り戻した少年は、異形の爪が胸部を狙う光景を
見た。
「だめだ、とまれ!」
 疲弊した身体に鞭を打ち、残った力を解放する。耳にかけたピアスが球体と共鳴するかの
ように青く輝き、胎児を責める力となる。
「ガアアアァァァアアアア!!」
 激痛にもんどりうってのたうちまわったそれは、巨体から姿に戻っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ごめんね、みんな。痛い思い、させちゃったかな?」
 彼はふいに球体に向かって語りかけた。
「もう、僕しかいないんだ。僕が、しっかりしないといけないのに。だけど……」
 どうにか押さえ込むことができたものの、日ごとに力が弱まっていく。彼はまもなく死期が
訪れることをひしひしと感じていた。
「巨人の体液が、こぼれた。何とかしないと、このままじゃ大変なことに」
 彼が犯したミスは取り返しがつかないほど重大なものであった。まもなく訪れるであろう惨
劇をしりながら、それをどうにかする力はもう残っていない。抑えがたいもどかしさと悔しさ
が、心の中を包んだ。
「押さえ込まれているうちに何とかしないと。うぅ!」
無理をした反動でからだが思うようにならない。少年はいつしか気を失ってしまった。







―――ポポルの森の奥深く、人とエルフたちの里―――

 またおかしな夢を見た。ベッドから起きたベンはそう思った。寝起きでぼんやりとした表情
の彼だったが、その瞳は透き通るように青く、光に照らされて宝石のように輝いていた。カー
テン越しにくる朝日に目をしぱしぱさせながら、ぼんやりと頭の中を整理した。   
 身に覚えのない真っ暗なところで、体が宙に浮いている夢だ。はるか彼方には彼の大好き
な夜空の眺めが、見たこともないぐらい鮮明に見ることができた。そこまではよかった。しか
しかれの周辺には人の骨と、見慣れない建物の廃墟が無数に浮かんでいた。遠方の眺め
を差し引いても、とても気持ちのいい夢ではない。
 浮遊物の集団の中央には人影と、やたらと大くて青いボールのようなものがある。さっぱ
り訳が分からなかった。こんな夢を、彼は物心がついたころからしょっちゅう見続けてきた。
近頃はもうすっかりなれっこになってしまっている。
「ふぁーあ、眠たい……」
 ちょっと夜更かししすぎたかな? ベンは少しだけ後悔した。
「それにしても、よくかけたなあ」
 ベッドの横にあるクローゼットに目をやった。星空の絵が掛けてあった。昨日夜更かしして
がんばって完成させた、彼の力作だった。ある程度は想像と記憶で書いた箇所もあるが、
主要な星座の位置関係はばっちりだった。構図といい、色あいといい、どれをとっても申し
分ない。
「やっぱりちょっと高くても、絵の具はいいやつを使うに限るよね」
 自らの最高傑作を前にすると思わず頬がほころんでしまう。時間を忘れてうしばらくっとり
していると、甲高い声にいきなり耳をつんざかれた。
「ベーン! いつまで寝てるの? 今日は森の大掃除の日でしょ」
 一階から女性の声がした。母のカーシャの声だった。そういえば今日は学校のみんなと
森を掃除する日だった。
「あ、そうだった!? 今行くよ」
 大急ぎで服を着替えると、部屋から飛び出て一気に階段を駆け下りた。玄関のドアノブに
手を伸ばしたところで、母親が呼び止めた。
「なに、母さん?」
「朝ごはん食べていきなさい。簡単でもいいから。それと、お弁当もね」
 確かに掃除するのになにも食べていかないのはまずそうだ。ベンはテーブルの上にある
ハムエッグとサラダを大急ぎで胃の中へかきこんだ。
「じゃ、いってくるよ」
「気をつけて行ってらっしゃい。しっかりとお掃除してきてね」
 台所で弁当を受け取ると、ベンははっと何かを思い出したような表情をした。
「そうだ、大事なもの忘れてた!」
 彼は大事なものを身に着けていないことに気がついた。言うが早いか、ベンは階段の前ま
でやってくる。
「時間がないや。せぇーの……」
ベンは膝を曲げてかがみ、足に力を込める。
「やあ!」
 ドン、と乾いた音がした。ベンが床をけった音だ。彼は渾身の力を込めて、思い切りジャン
プした。空中で身体を一回転させて、見事な着地を遂げた。自分の身長の2倍以上もある
階段を、一っ飛びにジャンプしてしまったのだ。あっという間に二階に着いたベンは、一目散
に自室のベッドを目指した。ガチャ、と勢いよくドアを開けて部屋へ駆け込む。
「これこれ、これがなくっちゃね」
 そういってベンが手にしたのは、彼の瞳の色とそっくりな青い色をしたピアスだった。
「よし、完璧!」
 慣れた手つきで耳にピアスをする。なんとなく、身体に元気が沸いてくるような気がした。
椅子におきざりにしていたスカーフを巻きつけると、急いで玄関へ向かう。白いスカーフは、
彼のお気に入りなのだ。
「ちょっとベンー? あれって、もしかしてあの青いピアスのことー?」
「うん、そうだよ」
 上の階からベンが返事した。
「もーう、女の子じゃないんだから。午後からソフィニアから来られたの先生方と遺跡めぐり
でしょ」
「ごめんね、でも大事なものなんだ。それに、スカーフも忘れちゃってたし」
 二階から飛び降りたベンは、音も衝撃もなく静かに着地した。いつもの光景なのか、カー
シャは驚くこともせず話を続けた。
「今日来られるテッツ先生っていう方は、規則に『すごーく』厳しいらしいから、覚悟しておい
たほうがいいんじゃないかしら」
「え、うそぉ!? でも、ほんとなの?」
 ウソウソ冗談よ、という返事を期待したベンであった。その淡い期待は、わずか数秒で崩
れ去ることとなる。彼の質問が終わったのと同じ時刻、突然大きな老人の声が響き渡った。
「『おそーい!!! 遅刻しちょるガキども、時間は守らんかい! わしはぬしらの担当のテ
ッツじゃ。ぬしらは特別メニューでみっちり授業してやるから覚悟せい! 根性叩きなおした
るわぁ!』」
 あっけにとられ、しばし呆然とするベン。気を取り直した彼は、震える声で言った。
「……い、今のは?」
「さあね、ご本人なんじゃないの。魔法学院のえらい先生らしいし、こんなことくらい朝飯前
なんじゃないかしら」
 カーシャはベンをほのめかした。その表情には、いじわるな笑みが浮かべられていた。
「ああ、まずいや。急がないと。じゃ、いってきまーす!」
ベンの表情にみるみる焦りが浮かび出る。彼はあいさつを交わすのと同時に、玄関を飛び
出していった。
「あははは! 今日も元気ね、がんばってらっしゃい!」
 大慌てのベンをよそに、彼女は息子の元気な姿にいたく上機嫌だった。
「それにしてもあの子ったら、どこであんなピアスを拾ってきたのかしら」
 ベンの付けているピアスには見事な幾何学模様が彫り付けてあった。材質もよい、装飾の
技術も抜群である。まともに買えばいくらになるだろうか。若いころおしゃれ好きだったカー
シャは、値段を考えるとくらくらした。
「まあいいわ、似合ってるんだし。あの子の天性かしら。それにしても……」
 カーシャは部屋に掛けてあった写真に目をやった。家族全員の写真であった。そこには幼
いころのベンと、若いころの自分、そして見知らぬ男性が立っている。
「ねえあなた。あんなに体が弱かったベンが、こんな元気になるなんてねえ。」
 今はなき夫に語りかけるように、彼女はささやいた。
「うふふ。あなたにも見せてあげたかったわ。鈍感なあなたは女の子と間違えちゃうかもしれ
ませんけど。ほんと困っちゃいますわよねぇ。ちゃんと彼女さんはできるんでしょうかねぇ」
そうはいいつつも、カーシャにはベンがかわいく思えて仕方ないのであった。
「さあて、きっと疲れてくるでしょうから、今日の夕飯はご馳走にしちゃいましょうか。ねぇ、あ
なた。」
 カーシャは髪を後ろに結わえると、早速夕飯の下ごしらえに取り掛かった。待ち受けるベ
ンの過酷な運命を、露ほども知らぬままに。




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2007/08/24 02:11 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人―2 【“空”腹絶倒】/雑(乱雑)
PC: 雑
NPC:
場所:ポポル北東の森

――――――――――――――――



確か二十日前。

全てはここから始まったんだと思う。うん。


「気ままな一人旅に、乾杯だぁーっ、と!」


ポポル北東の森。

今俺は、テントを張りつつポポルへ向かって移動中。

前の街で騎士団の装備を新調して、ついでに個人依頼もいくつかこなしたおかげで懐
はほくほく。

移動鍛冶屋っつー物珍しさは毎回いい販促になる。

旅道具も服も新しくできて嬉しい限り。


「…っぷはー!久々に順調な旅だ!運が向いてきたな!」

月が隠れた森の夜は真の暗闇だが、焚火の周りだけは色を持つ。

パチパチと爆ぜる音をBGMに、酒は進む。


この時点での失敗点。

一つ、俺は酒に弱い
二つ、傍に焚火
三つ、この後の行動


「この後どう行くんだっけか…?」

地図を引っ張り出し、コンパスと合わせ確認する。

焦点が上手く合わないのは何でだろうか。


四つ、自分が酔ってることに気付いていない


「…んぁ?良く見えねぇな…」

拍車をかけるように、焚火の明るさが減少する。
どうやら焚き木が燃え尽きたらしい。

「っと、燃える物燃える物… っと」


その時真っ先に目に入ったのは、手に持っている、地図が描かれた羊皮紙であり。

大事な地図が描かれた(強調)、羊皮紙であり。


「ほれっ。 これでよしっと。 … …おう?」

それを無くしたら確実に迷うので絶対に燃やしてはいけないという事を思い出したの
は、焚火の中で黒ずむ羊皮紙を見届けた後だった。



五つ。“順調な旅”は俺には無理。




■滅びの巨人-2 空腹絶倒



――目を覚ますと、そこは大自然。

木々に降りた朝露が、森の合間から差し込む朝日に照らされ輝く。

耳に聞こえるのは、傍の美しい渓流のせせらぎ。

新緑が萌えいずる香りと新鮮な空気を胸一杯に吸い込んで、伸びでもしようかと思っ
た刹那、




ぐぅ。




…先に腹の虫が泣き声を上げた。

「…くぁーぁ、っと。悪いな腹の虫。今日も食いモンはねぇぞ。水だけで頑張れ、あ
と草」

し損ねた伸びをすると同時に、腹の虫におあずけ宣告。

ぱんぱんと腹を叩くと、腹の虫がもう一度悲痛な泣き声をあげた。


からっぽの腹を水で無理矢理埋めて、荷物を纏め、歩き始める。




どこまでも続く茶と緑。遠い地平は霧が覆う。



――草と水のみで生きる生活、十日目。


二十日前。地図を燃やした後、少し落ち込んだものの特に焦ったりはしなかった。

幼少をスラムで過ごした経験と、近くの物を瞬間的に加熱できる魔法。

それらが他の追随を許さないほどのサバイバル能力を与えてくれていたので、荒野な
らまだしも森で迷って死ぬ要素は皆無。

まして非常食も含め約十日分のまともな食料も持ってきている。

コンパスは残っているので、大まかな方向の検討を付けて一直線に歩けばいつか何処
かの街に着くだろう、と。



…思っていたのだが。


「…どうなってんだ。…やっぱ生き物の気配すらしねぇ」


大誤算だった。十日ほど歩き、持ってきた食料を食い尽くした頃に気付いたのは、

“付近から生き物の気配が完全に消えた”

という事。鳥も獣も、虫すらも居ない。

森を支配するのは、不気味なほどの静けさ。


「コンパスも狂いっぱなし。かぁーっ、太陽の方向だけじゃ限界があるぜ、ったく」



コンパスもいつの間にか狂い始め、引き返すことも満足にできなくなってしまった。


そして十日間が過ぎ、飯にありつくことも出来ず、方向を定めることも出来ず今に至
る、というわけだ。



「…絶対絶命、ってやつか。…何より嫌な予感がするぜ。ちくしょう、大抵あたんだ
よなぁ、こういう予感って」


コンパスの狂いは地質から行って十分ありえる。

ここらへんには特殊金属、“魔蓄鉱”が豊富にあると聞く。魔具を作るのに良く用い
られる、魔力を備蓄できる鉱物だ。電磁系の魔力を帯びてるのがここらへんに多いの
だろう。


…が。生き物の存在の消滅は納得できない。

森といえば命の象徴といっても過言ではないはずだ。それに生活の跡はある。まるで
“一斉に逃げた”かのような状況。


…沈没する船からは鼠が逃げ、火事が起こる山からは猿が逃げ。

よく聞く大災害前の動物の予知を思い出させる。



俺にはそんな力なんて無い。…筈なんだが。

第六感、とでも言うべきか。感覚器官以外の感覚も、ここは危ない、ここはおかしい
と告げる。


「離れられるなら速攻で離れてるっつの」


ぐぅ。


「おうおう、お前もそう思うか」

腹の虫と会話しながら歩く。

いや、彷徨う。



「…ッ!」



と、不意に木の根に躓き倒れかけた。足を上げる高さと注意力、両方が自然と下がっ
ている。


「…と。…かーっ、足に力入んなくなってきたか…流石にそろそろヤベェな…」


商売道具を詰め込んだ鉄製のリュックが重心を大きく揺らす。

前の街で調子に乗って金属の塊を大量に仕入れたのが不味かったかもしれん。

今や合計120kg近い荷物は、身体強化魔法をかけた体にもじわじわと疲労を与えてく
る。

まして十日間まともな栄養を取ってない体には、エネルギーがもう残っていない。


森ん中は平坦。

だが今の俺に移る道のりは、まさに死の行進“レミングス”。


「…目まで霞むか。体自体も酷使しすぎたな」


再び、躓く。 今度は耐え切れなかった。

派手な音を立てて、うつ伏せに倒れる。荷物たちが、俺を押さえつけるように背中に
食い込む。

…これを退かす気力は、もう残っていなかった。


「…動かねぇ、か。…ちくしょう、あの世行ったら絶対酒なんか飲まねぇ」


瞼が重い。おそらくこの目を閉じればもう俺は“終わる”。

スラムに生きて、鍛冶屋に育てられて。鍛冶屋になって、世界を回って。

まだまだ色んなことしたかったんだがなぁ。運が無いな、俺。


「…今行くぜ、お前等」


浮かぶのは、先に逝ったスラムの仲間達。

あっちで会ったら、何して遊ぼうか。まずは両手一杯の土産話だな。

格好つけた台詞吐いて、目を閉じる。



「…?」



…閉じようとしたんだが、その前に手が“何か”の感触を感じた。

硬い、明らかな無機物質の感触。

うつ伏せに倒れてるせいで詳しくは分からない。


「…くっ、そっ」


じりじりと、手と足を醜くもがかせて、方向を変える。

目に入ったのは、箱のような物体。蓋は…なんとか開けられそうだ。


「…ははっ、やっと運が向いてきたか…?」


瞬間移動用のポータルなんかだったら最高だが、それじゃないにしろ食料が入ってた
ら万々歳だ。

ともすれば力尽きそうな手を、必死に動かして箱を開けて…


「……」


箱の中身が全て奇妙な夜空だったり人だったりの“絵”であることを確認した時点
で。


「…なんじゃ、こりゃ…」


力尽きた。






「…  は、  ……うぁは、うぁはははは」





尽きた…が。



「……神さんめ、あれか?期待させて落とすっていう常套手段か?」

そう。呆気を越えて何か腹が立ってきた。

「…そう簡単に、死んでたまるかよ…」

手を前へ。最後の精神集中を、目前の木へ。

「…溺れる者ってのは、藁も、魚も、藻も掴むんだぜ…」


意識を木へ飛ばすと、その木が“一瞬”で炭となった。


――俺の使える数少ない魔法。

付近の意識した対象の内部に直接干渉し、その温度を一瞬で任意の温度へ上昇させる
魔法、“瞬間加熱”。


炭となった木から、大量の煙が上がる。

それは生への狼煙。


誰かが見つけてくれるなんて、万に一つもないかもしれない。

でもゼロよりはましだろ?


少し笑って、今度こそ気を失った。






その時俺は知らなかった。

ここが実はポポルに非常に近い場所で、さらにこの区域の清掃をポポルの学校が今日
しようとしていること。





その時俺は知らなかった。


こんな行き倒れなんて問題にもならないような大問題。

ポポルに、鳥が、獣が、虫さえも逃げる元凶、大厄災が迫ってきていること。



…その時、俺は知らなかった。

まさか俺が、一介の鍛冶師の俺が、そんなもんに真正面から向っていくハメになるな
んて。







――――――――――――――――

2007/09/12 00:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人―3 倒れた青年/ベン&テッツ(月草)
PC: ベン テッツ 雑
NPC: プレオバンズ教授 セイル ルシーダ
場所:ポポルの森

__________________
前回のつづき
 家に鳴り響いたテッツの声に驚いたベンは、急いで集合場所へと
 向かった。ところが、時間はとっくに過ぎてしまい、彼はテッツの
 特別授業なるものを受けるハメに……
 「こりゃあ! さっさと走らんか!」
 テッツの叱声があたりにこだました。
__________________

 テッツの特別授業は容赦というものを知らなかった。

 腕立てやら腹筋やらで体力を消耗した後、彼らはゴミ袋とごみバサミを渡された。そこま
ではよかったのだが、テッツはどこからともなく木刀を引っ張り出してきた。

木刀を装備したテッツに町の中を追い掛け回されながら、森や町の中を追い掛け回された。
しかもゴミを発見すればそれをはさむために減速しなければならず、テッツに追いつかれる
前にもとのスピードまで加速しなければならない。
真夏の暑さもあいまって、普通のランニングの倍以上疲れた。

「はあ、はあ。せんせーい! 走るの……は町の……中じゃありませんでしたっけ」

 生徒の一人が悲鳴を上げた。一周は町の中であるはずなのに、森の中などを走ってい
る。あきらかに距離が長い。テッツはすかさず答えた。

「何を言うとるか、今日は森の掃除じゃろうが。町と森の両方を走るに決まっておろう」
「ええー!」

 テッツの発言に、遅刻グループが落胆の声をあげた。その声は、見事なタイミングで一致
した。

「つべこべ言わずに走らんかぁ!」

 炎天下の中でへばる若人と、恐ろしく元気なご老人との組み合わせは、はたからみるとな
んとも平和な光景であった。当事者の若者達にとっては、地獄の一時であったが。







 結局のところ、生徒達の疲労があまりにひどいかったので、小休止をはさむことになっ
た。
地べたにすわってぐったりしている彼らは、朝食がリバースせんばかりであった。

最年長のテッツばかりが、まだまだ元気そうである。

このジイさん、ほんとうに人間なのか?遅刻グループのだれもがそう思った。

「なんじゃあ、死にそうな面なんぞしよって。午後の部が思いやられるのぉ」

 「午後の部」、この言葉を聞いた生徒に戦慄が走った。

「なにをそんなに驚く? とうぜんじゃろうて、わっはっはっはっは!」

 遅刻した彼らはもはや、死刑宣告を受けたごとくであった。

豪快な笑い声を立てるテッツの後ろから、長身の老人が近づいてきた。紺色のマントに、銀
の刺繍で何かの紋様が書いてあった。しわが深く刻まれ、頭髪はほとんど白髪になってい
る。


どうやら魔法学院の教授らしい。

「まあまあ、テッツ。彼らも十分反省しているようだし、ここらで一つ勘弁してやらんか?」
「ん? おお、バンズではないか」

 現れた老人に、一同の注目が寄せられる。
しかしテッツと違ってこの老人の目つきは、周囲を和ませるような優しい空気があった。
 老人は地べたに座って休むベンたちに、自己紹介をした。

「ん、わたしかい? わたしの名はプレオバンズ。ソフィニアの魔法学院かやってきた者だ。
テッツ教授とは昔ながらの友人でね、ポポルの遺跡の研究の手伝いをしてもらっていたの
だよ」
「なあに、わしが勝手に休みを利用してついてきただけじゃ。気にせんでええ」

 プレオバンズと名乗ったこの老人は、テッツの友人でもあり、仕事仲間らしい。
 会話の雰囲気から、仲のいい間柄であることが見て取れた。

「ぬしの言うことじゃ。今日はこれぐらいにしとこうかの」
「本当ですか!?」

 遅刻した生徒たちに歓声があがった。

「はっはっは。まだまだ元気でよかったよ。さてテッツ、わたしらの昼食の用意ができてお
る。そろそろいくか?」
「そうか、ちょうど腹の虫がなってたころでな。カッカッカ! ガキども、ご苦労だったの。あと
は好きにしてよいぞ」

 と言い残してテッツとプレオバンズは、にぎわうテントへ向かっていった。プレオバンズは
帰り際に、遅刻した生徒に人柄のよさそうなスマイルをして、テッツの後を追っていった。

「助かったあ」

 ベンと一緒に追い掛け回された仲間が声をあげた。

「ほんとほんと。あの先生のおかげだね」

ベンが答えた。こういう状況になると、普段あまり会話をしない間柄でも、自然と会話が弾ん
だ。

わきあいあいと話しているところへ、ベンと反対側に座っていた少年が割って入ってきた。

「へん、なんだこれぐらい。おいベン。まさかもうへばったのか?」

その口調は、ベンを快く思っていない様子であった。

「ああ、セイル。すごいね、君は平気だったの?」
「決まってんだろ。こんくらい楽勝だぜ……ゲホぅ、ゲホッ!」
「だ、大丈夫?」

話しかけてきた少年はセイルという名前らしい。チェックの服に厚手の皮の上着を着て、髪
を額で左右に分け、やや長い茶髪を後ろで結わえている。背丈はベンよりやや高いようだ。

強がってベンを挑発するつもりが、かえって心配されてしまっている。

「大丈夫に決まって……グホゥ! ゲホッ、ゲホッ! うええ……」

セイルは必死に息を整えようとするが、一向に整わない。

実は彼は、ランニングのときに始めのうちは先頭を走っていた。

ところがそれは、彼の見栄であったため、途中から最後尾列にまで回っていた。かなり無理
をして走っていたらしく、途中から彼は鼻水やらよだれやらを吹き散らし始めた。

そのときのセイルの表情たるやすさまじく、道行く人は吹き出してしまうほどであった。

「ゲホッ! ゲホッ!」
「ねぇ、セイル。水をもってこようか?」
「余計なお世話だ!」

 心配したベンがセイルに声をかけたそのとき、かん高い声が聞こえてきた。

「おーい、ベン。ここにいたのー?」

遠くからベンたちと同い年くらいの女の子が駆け寄ってきた。
彼女の髪は混じりけのない金色で、長髪をポニーテールにしてまとめている。清楚な雰囲
気が漂よう彼女は、この地区に住む男軍団どもの憧れのマトであった。

「ルシーダ。おーい、こっちこっち」
「何、ルシーダだって!? ちょっとまってくれ……ゲホ! ゲホ!」

 ルシーダを確認した瞬間、セイルは死ぬ気で表情を整えた。
 
 彼女が到着するまでの間、何度か咳き込んだが、顔を真っ赤にしてガマンした。

「なあんだ、セイルも一緒だったの?」
「悪いかよ。ゲホッ、ゲホッ!」

 セイルは決まり悪そうな様子で言った。

「あらあら、大分まいちゃったみたいね。もうちょっと体力つけたほうがいいんじゃないの。あ
なたもベンを見習ったら?」
 
よく見てみると、ベンはいつの間にか呼吸も整っていて、咳一つしていない。すっかり回復し
たらしかった。いや、もしかすると、最初から一度も息なんて乱れていなかったかもしれな
い。

「いわれなくったって俺はいつも鍛えてるよ! おい、ベン! あとで覚えてろよ」

 セイルはそう言って、憤然と立ち上がった。そのまま森の奥へと続く道を、一人で歩いてい
った。

「あ、ちょっとセイル! どこへいくのさ?」
「特訓だよ特訓」

 セイルが振り向くと、いつの間にかルシーダがベンと距離を詰めているのが見えた。

「お昼はどうするのさ?」
「うるさい! そんなもんいるかあ! ……ゲホッ、ゲホッ、グホゥ」

 無理して大きな声を出してしまい、セイルは一際盛大に咳き込んだ。大丈夫かなあ、と、ベ
ンは心配する気持ちをもらした。

「ほっとけばいいのよ、あんなヤツ。どうせあとで戻ってくるんだから」
「う、うん。そうだけど……」

 ベンがなんとも言いようのないもやもやした気分でいると、ルシーダが声をあげた。

「ねえ、ベン。あれってなにかしら」
「え?」

 ルシーダはセイルが森の中へ入っていった方向と、90度東の方角を指差した。見ると、
白い煙がもくもくと立ち上っているのが確認できた。

「ちょっと気にならない?」
「そうだね、僕ちょっと行ってくるよ」

 言うが早いか、ベンは煙が立ちのぼる方向へ駆け出し、あっという間に見えなくなってしま
った。

「あ、ちょっと。ベン! ……もう、まだあんなに元気だったのね。疲れたフリでもしてたのか
しら?」






時刻はちょうど正午を回ったころ。

ベンは木の間をくぐり、草を踏み分けて走っていた。そろそろ煙が出ている場所へ到着して
もいいころだ。

 それにしても、森の様子がおかしい。前におとずれたときは、まるで自分を包み込んでくれ
るような暖かい空気が感じられたのに、今日はそれが全くない。

むしろ、自分を突き刺すような感覚さえ覚えた。

「なんだろ、あれ」

 そうこうしているうちに、煙の根元に到着した。煙は墨のように真っ黒コゲになった木が発
生源であった。木には葉の一枚も残らず焼き尽くされ、見事に焼き尽くされたような具合だ。

 どうしてこんな木がここに? この木も不自然なものだったが、その根元にあるものは、さ
らに奇怪だった。

見ると大きなバッグが転がっている。しかもなんと手と足が生えているではないか。

「え、うそぉ!?」

 あまりの事態に困惑するベン。手と足が生えているバッグの異様な存在感に、彼はたじろ
いだ。しかしそんなことがありえるのだろうか?

「いや、違う。だれか倒れているんだ!」

 冷静になって考えれば、当たり前のことだった。こうしている場合ではない、一刻も早く助
けてあげなくては。ベンは倒れている人物のもとへ駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」

 声をかけてみても返事がない。とりあえずこの大きなバッグをどかさなければ。ベンはとっ
さにバッグをはずすことを試みたが、そのあまりの重量に全く動かすことができなかった。

 足腰に力を入れて、全力で動かそうとするも、ピクリともしない。このバッグの中には、何
が入っているのだろう? とてつもない重量であった。

「だ、だめだ。僕一人の力じゃ動かせないや。はやくみんなのところへ……おや、あれは?」

 助けを求めに戻ろうとした彼の目に、あるものが飛び込んできた。

 コゲコゲになった木の根元に、見覚えのある箱があったのだ。その箱は開けられていて、
中身が確認できた。

中には、何枚かの下手な絵や、どんぐりやら泥ダンゴといったものが詰め込まれている。

「あれって、たしか僕たちのタイムカプセル。そっか、ここにあったんだ」

 4歳前後のときだろうか、初等部の卒業式のときグループに分かれて作ったタイムカプセ
ルであった。セイルとルシーダと一緒に詰め込んだまま、どこに置いたか忘れてしまってい
たのだ。

 そういえば、自分が何を入れたのか全く記憶にない。ほんのちょっとだけ、のぞいてみるこ
とにした。

「この絵、僕の絵だよね?」

 みると、小さいころの自分ながらなんとも稚拙な絵が数枚入っている。このころから星空
の絵を書いていたのかと、変に感心してしまった。

 部屋を掃除していて懐かしい写真を見つけたときのように、ベンはそれらの絵を少しだけ
見てみることにした。

「あはは、だめだなぁ。こんな下手っぴじゃ。どこの方角を書いているんだろう」

 そこには、彼がまるで見たこともないような天体が描かれていた。

 渦を巻く巨大な雲の固まりが衝突しあう様子や、不規則にちりばめられた輝く星々の集
団、それらのなかにポツポツと存在する、真っ黒い空白のようなもの。一点に向けて吸い込
まれるように歪んだ空間。

「おかしいな、僕ってこんな絵をかいたっけ?」

 どの絵にも、描いた記憶がなかった。よく見てみると、見慣れない空が書かれているだけ
で、ちゃんと書き込まれている。それどころか、かなりの力作だ。

 これだけのものを書けば、覚えていてもいいはずなのに、なぜ?

 不思議におもいつつ、次の作品に目をやった。その光景が、彼に衝撃を与えた。

「あ!? この子は!?」

 それは、見知らぬ少年と幼いころの自分と思しき子供が手をつないで、星空をとんでいる
絵であった。

少年には透き通った羽が生えていて、あわい輝きを放つ衣を纏っている。耳には、どこかで
見たような青いピアスをつけている。二人はにっこりと笑って、とても仲がいいのが見て取れ
た。

 遠くには少年と同じような格好をした人物たちが、まるで見守ってくれるかのように立ち並
んでいた。

 ベンは紛れもなく彼を知っていた。いつも夢の中に出てくる、彼だと、ベンは確信が持て
た。

「まさか、こんなことって……」

 絵を見た瞬間、ベンはなんともいえない感覚に見舞われた。それはまるで古い友達に会
えたような嬉しさと懐かしさ、そして大きな役目を任されたときの重圧。それらがまとめてや
ってきたような、そういったものだった。

 ベンはひとまずこの絵を持ち帰ることにした。うちに帰ったら、部屋でゆっくり考えよう。い
まは、まだ思い出しちゃいけない。なぜかそんな気がしてならなかった。

「ごめんなさい、旅人さん。すぐに助けをよんできます」

 ベンは絵を小さく折りたたんでポケットにしまうと、掃除場所まで助けを呼びに走り出した。







「ふぅ、これくらいでいいだろう。なぁに、ただの栄養失調と過労さ。しばらく休ませておけば
すぐによくなる」

「そうでしたか。よかった」

「ベン、お手柄だったわね」

 どうやら彼は命に別城内らしい。心配そうに見守っていたベンの顔がほころんだ。喜ぶベ
ンの顔を見たルシーダも、にこやかな表情を浮かべた。

 黒コゲになった木のもとには、プレオバンズ・テッツの両教授を始め、ベンたちが通う学校
の先生たちが集まっている。そこには、ルシーダの姿もあった。

倒れていた人物の荷物はかなりの重さで、大人が十人がかりでやっとどかすことができ
た。

 出てきた人物はかなり若く、二十代前半の青年であった。

魔法学院の教授二人の手によって治療が施され、いまでは顔色がよくなっている。若者の
治療が一段楽したところで、教授二人は所感を述べた。

「こやつ、そうとう無理しちょるの。しばらく水しか飲んでおらんと見た。あとは、消化できない
草くらいか」

「わたしも同感だ。テッツが治療薬をもっててくれて助かったよ。私は回復魔法はどうにも苦
手だったからね。お嬢さん、君の回復魔法にも感謝しなくてはならないね」

 側で様子を見守っていたルシーダは、ほめられて頬を赤らめた。

「いえ、私なんてまだまだですよ。そちらの先生のお薬がなかったら、こんな具合にはいき
ませんでした」

「はっはっは! かしこまらんでよい。ワシの薬はまだまだ実験段階での、まだまだ効果の
ほどは未確認なんじゃ。むしろこやつの血色がよくなったのはお嬢ちゃんの回復魔法のお
かげじゃろうて」

「おやおや、テッツ。あの薬は大丈夫なのかい?」

「まあの、安全性だけは万端じゃ。それにしても、やはりお嬢ちゃんは大した才能の持ち主じ
ゃのう。魔法学院に進学するつもりはあるかいの?」

「はい、できれば……」

「そうかそうか、お譲ちゃんならきっと審査にパスできるはずじゃ。しっかりがんばるんじゃ
ぞ」

 ベンが助けを呼びに言った際、プレオバンズとテッツが治療を引き受けた。その時に近くに
いた学校の職員とルシーダが呼び出されたのだ。教授二人は、ルシーダを一目見たときか
ら、彼女の素質を見抜いていたのだった。

「さて、学校の先生方、どうもご苦労様でした。彼はもうしばらくで目が覚めるでしょう。あと
は私達に任せてください」

 バンズ教授が協力してくれた先生たちの労をねぎらうと、みな通常の担当場所へと戻って
いった。

「さて、ごくろうさんじゃったの。お譲ちゃんと坊主ももどってよいぞい」

「はい、どうもありがとうございました。行こう、ベン」

「うん。じゃあ、僕たちも失礼します。」

 ベンがその場を立ち去ろうとしたとき、彼はあることを思い出した。この森の異様な空気の
ことだった。ちょうど魔法学院の先生が二人もいたので、尋ねてみることにした。

「あの……すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

「む? なんじゃ、言ってみい」

 ベンはここの周辺一帯がなんともいえない嫌な気配がすることを打ち明けた。すると、教
授たち二人からも同じような意見を聞くことができた。

「確かに、わたしもここはどうも好かなくてね」

「わしは鈍いからよう分からん。別に嫌な感じなどせん。しかし、ここには虫やら鳥やらの畜
類どもが、一匹もおらんのう。虫の声がせんのは寂しい限りじゃ」

「ベン、あなたも変な感じがしていたのね……」

しばらく沈黙が続いた。場の空気がどんどん深刻さを増していくのを感じ、ベンは少し自ら
の発言を後悔した。そのとき、どこからかうめき声が聞こえた。

「ん……ううぅ! ん、まだ生きてるじゃねぇか、俺。あんた達、だれだい?」

「おや、気がついたようだね」

「ひょっとして、あんたたちが助けてくれたのか?」

 沈黙を破ったのは青年だった。彼は自身を雑、と名乗り旅の鍛冶屋をしているとのことだ
った。

 彼は道に迷っていたらしかったので、ここがどこなのかと聞いてきた。

「ここはポポルの森の中。古代の遺跡が特に多く遺されている地域だよ。近くに学校がある
から、私よりもそこにいる彼らにお礼を言っておくれ。ベン君と、ルシーダさんだ」

「おう、どうもありがとうな! たすかったぜ。この恩は必ず返すからな」

「いやぁ、いいですよお気になさらなくて……」

 重苦しかった空気が明るさを取り戻したなか、ベンの顔が曇った。

「(セイル!?)」

 ベンの脳裏に、セイルが巨大な影に襲われている光景が浮かんだ。彼は手にした棒で必
死に抵抗するが、かなり押されている。疲労している様子も、容易に見て取れた。

はやく助けに行かなければ、命が危ない。場所は、ここから南へ向けて進んだところだ。ベ
ンはなぜか、セイルの位置が手に取るように分かった。

「すいません、僕ちょっと急用ができたのでちょっといってきます!」

「あ、ちょっとベン。もう、そっちは掃除場所じゃないでしょ。どこいくのよ、もう」

 青年は、ベンが走り出す直前に見せた表情の変化を見逃さなかった。あの目つきは、何
か危険が迫っている目に違いないと、彼は見抜いた。

「どっこいせ、と。わりぃけど、俺も用事ができたもんでな。すまねぇけど礼はあとですっか
ら、待っててくれや」

 青年も急に立ち上がると、ベンを追いかけていった。まだふらふらする足に鞭を打って、彼
は懸命にベンの後を追った。

「(くそ! まだまともに走れねぇか。しょうがねぇ、このまま行くか)」

「ちょっと君、まだ無理をしてはならんぞ」

 バンズ教授が心配して声を掛けた。

「ああ、大丈夫だ。どうも世話になったな。またあとで会おうぜ」

「ちょっと、大丈夫ですか? 私も一緒に行きます」

 後に残ったのは、バンズ、テッツの両教授だけとなった。

「テッツ……どうする? あの子達に任せてもいいのだろうか? やはり私達が行くべき
か?」

 バンズ教授は訳知り顔でテッツに相談した。

「放っとけ、若いころの苦労は買ってでもするべきじゃ。なあに、たいした相手ではない。万
が一のときには、そのときにわしらが行けばいいんじゃ」

「しかし……」

「案ずるな、並みのモンスターごとき、丁度いい経験になるじゃろ。あのメンツなら心配ない」

 そういってテッツは、懐から古びた紙を取り出した。茶色く変色した紙面には、走っている
ベンと、必死に歩く青年とルシーダの様子が映し出されていた。そして、ぼんやりと熊のよう
なモンスターが浮かび上がっている。

「いや、たしかにそうなのだが、助けを待つ子が心配だったものでな。この子は、確かテッツ
が受け持っていた子じゃないかね?」

「ん? すまんが主のシートを見せてくれんか。わしには遠くのものはよく映しだせんでの。
どれどれ……」

 そこに移っていたのは、セイルの姿だった。彼は今にも死にそうな顔で、無我夢中で抵抗
を続けている。

見ると手にしていた棒はすでに叩き折られていて、独学で覚えた粗末な火の魔法で相手を
驚かせている。

「なんと、こやつか! かぁー、ちょいと心配になってきたのぅ。なんじゃこのお粗末な火炎
は!? まともに飛ばすこともできんのか」

「どうする? やはり私達が?」

 テッツは一考ののち、バンズに答えた

「いや、けっこう。あやつの根性を叩きなおすいい機会じゃ、死にゃせんだろう」

「了解した」

 二人の教授は、その場に腰をおろして帰りを待つことにした。

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2007/09/24 00:22 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人-4 君猛涼/雑(乱雑)
登場PC 雑(pl:乱雑)テッツ(pl:月草)ベン(pl:月草)

登場NPC セイル リシーダ ブレオバンズ リア

場所 ポポル外れの森の町





■滅びの巨人-4【異変襲来】


「…参ったな」

ベン、とやらを追って外に出たはいいものの、距離を一瞬で引き離れた。
異様なまでに足が速いな、あいつ。

森の中に入る頃にはベンの姿は見えなくなり、完全に見失う。



だが、相手は追跡を避けて走ってるわけではない。

踏まれて折れた木の枝や足跡なんかは盛大に残ってるし、それを探せば何とか後は追える。

…追えるんだが。


「なぁ、えーっと、ルシーダ、だよな?」

「そうです。どうかしましたか?」

「どうかしたの?じゃなくてだな。腕を離してくれ」

「さっきまで倒れてた人に森を歩かせるなんて出来ません!」


予想外の障害物、その名はルシーダ。


「だぁーっ、心配なら普通に後をついてくるだけでいいー、だぁー、ろぉー、がぁー」

「何この力、引き摺られて、うわわわわ」


片腕にとり付いたルシーダをずりずりと引き摺りながら、少年の後を追う。

一眠りしたのと回復魔法のお陰だろう、少しなら無理も利く。点滴あたりもしてもらったのかもしれねぇ。

この重りが無くなれば少しくらい走っても保つ、と体からのエール。

そろそろちゃんと説明すべきか。


…まぁ、さっきまで飢え死にしかけてた奴が急に何の事情も話さず森の中へ行くんだ、そりゃ止めて当たり前か。

外れてた時恥かしいからあんま言う気も無かったが、流石に言わないと離してくれそうに無いな。


「と、とにかく戻ってください!このまま森の中で動くなんて危ないわ!」

「それなんだがな。危ないのはさっきの坊主かもしれないんだ、嬢ちゃん」

「…え? 坊主って、ベン?ベンが危ないって、どういう事?」


急に見当違いの相手を引き合いに出されて驚いたのだろう、ルシーダの手が離れる。

不意に目に浮かぶ困惑。

ここで走って逃げてもいいが、後で怒られそうだしな。


「とりあえず追うぜ。説明は追いながら、だ」

「…わかりました」


先ほどよりも速度を上げて、追跡を開始する。

土に付いた足跡や踏み折られた木の根は分かる。

だが少年の進んだであろう道には、かなり高い位置の木の枝に乗った形跡があったりと首を捻りたくなる状況も多々。

…俺が追ってるのは人間だよな?猿とかじゃないよな?


「雑さん、ベンが危ないってどういうことですか?」

「―さっき自己紹介した通り、俺は鍛冶屋だ。…そこでクイズ、鍛冶屋が主に作るものは?」

「…えっと、えっと、…武器?」

「正解。俺は移動鍛冶屋っつー特殊な身の上だからな、
 旅してる個人の依頼で武器を手がけることが結構多い。で、だ。その個人達には共通点がある」

「共通点?」

「目だ。そいつ等の目には善悪はどうあれ、戦う意志が、炎が灯る。そういう目を俺は何千と見てきた」

「ふぅん… …え、もしかして、ベンも?」

「気のせいだと思いたいが、あの目の炎は見慣れすぎた。確実」

「で、でも!ベンには戦う相手なんて!」

「みたいだな。あの炎が目に灯ったのも急にだ、だからこそ気になる。行くぞ、嬢ちゃん」

「…はい」


口を閉じ、追跡に専念する。

神経を周りに集中すると、嫌でもこの森の『異質』を感じてしまう。

ルシーダもそうなのか、寒さに耐えるかのようにそっと自らの体を抱きしめた。




…急ごう、嫌な予感がする。




◇■◇■◇■◇時間軸・同軸◇■◇■◇■◇




「はっ…はっ…」

森をひたすらに走る。
「特訓」といってもコーチがいる訳でも無いし、コースを組んで、計画的にやってる訳でもない。
その日思いついた事を、気が済むまで。


『あらあら、大分まいちゃったみたいね。もうちょっと体力つけたほうがいいんじゃないの。あなたもベンを見習ったら?』


「…くそっ」

分かっている、こんなんじゃベンには追いつけない。
追いかけても、追いかけても、あいつはいつも笑顔で先を走っていく。


「…くそっ」


最初から、あいつはそうだった。
始めは驚きと新鮮さだった。途方も無く元気で、明るい。
何時からか、それが憧れになり、嫉妬になり、焦りになった。


『振り向くと、いつの間にかルシーダがベンと距離を詰めているのが見えた』


「…何でだよ。…何で追いつけないんだよ」

いつのまにか訓練が日課になり、俺のほとんどになった。
元々運動神経が良い方でも無い。それでも頑張って、頑張って頑張って今までやってきた。


それでも追いつけない。
元から違いすぎた。
努力では埋められない大きな差。


あいつに皆が惹かれてく。好きな人も、強さも。

あいつはただ笑顔でいるだけ。それだけなのに…追いつけない。

「はぁ…っ、はぁ…っ…はぁ…っ」


いつの間にか、大きな谷へ出た。

ほぼ垂直な崖の遥か下に、渓流が見える。
覗き込むと眩暈を起こすような、壮大な遠近感をかもし出している。
ここの眺めは好きだ、人間とかそういう枠組みを越えた、大きな物の存在を感じれるから。

息を整えながら、暫し崖に佇む。


「いっそこんくらいでかいなら、諦めも付くのにな…」


きっと実際そうなったらなったで、諦めることは無いんだろうけど。

「…ふぅ。この後はここで魔法の練習もしていくかな」

先生の眼を盗んで独学で学んでいる魔法。
まだ原理も何も分からない状態なせいか、炎を出せても放つ事も出来ないお粗末な物でしかない。

「今日は何とか飛ばしてみたいな…炎で狙える的か何か、あるかな」

少し辺りを見回して、丁度いい枝を見つけた。
折れてから時間が経ってる。いい具合に乾燥してるし、ある程度強い火をぶつければきちんと燃えるだろう。

「…よし、今日はこれを燃やすのがノルマだな… …あそこらへんに立てておくか」

今から3m程離れた場所に枝を突き立てて、それを魔法で狙う。
簡単な事に思えるが、実は一回も成功した事が無い、自分にとっては相当難しい特訓。

「…今日こそは」

少し意気込んで、枝を地面に刺そうとした瞬間――


「オオオオオオォォォォォォ―――――」


――え!?

木々の奥から、自分へ真っ直ぐ走ってくる大きな影が目に映った。


「――ぅゎっ!」

あっという間に距離を詰めてきた“それ”の突進を避けようとして、避けきれず横に弾き飛ばされる。
体を起こしながら、明るみに出たその影を視認。

「…熊?」

日中の日差しを受けながら、こちらへ振り返るそれは四足。
黒々とした剛毛、大地を踏みしめる巨大な爪、肉を引裂く牙。

それは確実に熊、と呼べるものだ。

だが―

「オオオオオォォォォォ――――!!」
「―ぇ、ぁ、…ぐっ!」

再びの突進。
起こしたばかりの体は動きがついていかず、また弾き飛ばされた。

「ゲホッ…ゲホッ…何だよ、あの眼…!?」

痛む体を何とか起こす。
振り返るその大熊の眼は、深紅。


「オオオオォォォォ!!!」
「何だってんだよ、何だってんだ!」

三度目の突進は遅く。
代わりにその巨大な腕が振り上げられる。

理性や冷静のかわりに、殺意や衝動を詰め込んだかのような、見る者を凍らせる眼。
その視線の先には、俺。


振り抜かれる爪に咄嗟に手の枝を翳すものの、一瞬でへし折られる。


「うわ!」

バランスを崩し、地面へ倒れる。

「…くそっ!」
背中の痛みを抑えて、精神を翳した片手に集中する。
今出来なきゃ、死ぬのみだ!


「―――、」
目の前には大熊。

長々と精神を鎮めている時間は無い。
荒れた呼吸のまま、神経を片手へと集中する。

魔力は現象へと変換され、この手に火の粉を孕ませる。
それを丹念に練り上げ、鍛え上げ、炎へ。そして果ては渦へ。

熱は感じる。本来なら手など燃える温度だ。
―だが燃えない。火魔は攻めでもあり、守りでもある。

火魔使い特有の感覚が手を包む。
熱のみを感じる手はどこまでも熱く。

―その昂ぶりを、まるで目の前の熊ではなく、あいつにぶつけるかのように

炎の渦を手に抱え、大きく両手を突き出す。



「喰らえ、ファイアボールっ!」

大熊の顔面に向かって放たれた炎は、

「―っ」

10cmも飛ばずに霧散した。

熊は少し驚いた様な素振りを見せたが、動きは止まることは無く。
俺に覆いかぶさるようにもう片方の爪が振り上げられ、俺の首へ振り下ろされる。



―――死ぬ?



それは今まで、感じた事の無い恐怖。


体が動かない。例えるなら筋肉や内臓、この身体を構成する全てが鉄に変わったかのような感覚。

血が体を巡るのを止めたみたいだ。顔から、指から、血という血が消えていく。

そして俺は馬鹿みたいに口をぽかんと開けたまま、俺の首に迫る爪を見つめて―


「オオオァッ!?」


―その爪が巨体ごと横へ吹っ飛んで行くのを見送った。


…!?

混乱する俺の上から、降ってくる声。

「セイル!大丈夫!?」

聞き間違える筈も無い、ずっと追いかけてきた、透き通ったあの声。

「…ベン」

―くそ。どうしてお前はいつもこういう時に現れて、助けてくれるんだよ。

「怪我はない!?」
「…ない。何でこんなところにいるんだよ、ベン」
「え?…なんだろう、予感がしたんだ。セイルが危ないって」


差し出された手を無視して、自力で立ち上がる。
大掃除の時を思い出して腹が立ったが、礼も言えない自分にも腹が立つ。

…ちぇ、面白くない


「…とりあえず、あの熊をどうにかするぞ」
「わかった、逃げきれる…かな?」
「何処にだよ。町に連れてくることになっちまうだろ」

話している間にも大熊は身を起こす。
不意の攻撃にさらに殺気立っているのか、眼の赤みが増した気がした。


「…来るぞっ!」


二人身構える正面で、赤眼の巨熊が咆哮を上げる。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇



―どうしよう。

セイルが危ないと思って、感じるままに走った先でセイルに襲いかかる大きな熊を見つけて。

そのままのスピードで飛び蹴りを仕掛けた所まではよかったかな。


「…来るぞっ!」


でも、その後を考えてなかった。

熊の走るスピードは凄く速いらしい。僕でも突き放す事は難しい。セイルなら尚更。
すれすれでいなしながら、何とか町に戻っても、セイルの言ったとおり熊を町に連れていく事になってしまう。


「――…おいっ!」

…どうしよう、さっきの蹴りもあまり効いてないみたいだし…

「何ぼさっとしてんだベンっ!!」

うわっ!?

突然の大声が意識を現実に引き戻す。
正面には、物凄い速度で突進してくる黒い塊。

「―っ!」

咄嗟に横に跳んで、突進を紙一重で避ける。

すぐに体を起こして、方向転換する熊の視界から逃げるように木の上へ跳び、枝につかまる。

「…あ、危なかったぁ」
「…何であれを避けられんだよ。何であんな高い所に跳べんだよ…」

木の陰に隠れたセイルが何かつぶやいている。何だろ?
熊の方は、まだ自分を探してキョロキョロして…

「…あれ?」

熊の眼。
確かに赤くて、怖い。

殺してやるって感情が、色に凝縮されたような。

…でも、微かに。でも、確かに。
怯えや恐怖が、その赤に混じってるって感じた。

真紅じゃない、悲しみも抱擁した…悲しい、深い赤。

「…セイル!」
「何だよベン、今俺が大声出したら場所バレルって!」
「…その熊、怖がってる!」

「…は!?」

ぽかんとしているセイル。僕、何か変なこと言ったかな?

「怖がってるよ、その熊!何かあったのかもしれない!」
「なんだそれ!怯えた熊ってのは突然走ってきてタックルしかけるのか!?」
「…わかんない!でもおかしいんだよこの森!」
「そんなこと知るか!…うわっ!?」

…あ。

大声で話したのが悪かったのかもしれない、
大熊がセイルの隠れていた木に突進し、木ごとなぎ倒す。

「…っ、ファイアボ…うわぁ!」
「セイルっ!」

魔法を使おうとしたのか、片手を翳したセイルを熊が容赦無く払い倒す。

「―てやぁぁぁあ!」
セイルに止めの爪を振り上げる熊の背後に、木から降りる勢いも加えたキックを放つ。
先ほどよりも力を込めて放った。気絶させるくらいは出来る筈。

―けど、それは当たればの話。


「オオオオオォォォォォォ!!!」
「うあっ!」

振り上げた爪がそのまま真後ろに振られる。
空中では咄嗟の裏拳に対応する術も無く、そのまま吹き飛ばされた。

「ベン!」

セイルが叫ぶ声。何とか顔を上げて、声の方向を見て―

「―っ、やめろぉぉぉぉおお!!」

―セイルに覆いかぶさり、今まさに爪を振り下ろさんとする大熊を見た。

セイルは片手を翳して、何かを叫ぶ。
でも生まれた炎は手を離れず、すぐに立ち消えて。



そのまま爪がセイルの喉へ食い込んだ。 




―筈だった。


「―オォ…ァァ…―」
「…え?」


その瞬間。僕とセイルが見たのは、その巨体を炎に包み、横薙ぎに吹き飛ぶ大熊の姿だった。






◇■◇■◇■◇時間軸・直前◇■◇■◇■◇




「…ッ!…見えた!」
「えっ!?」


隣を走る雑さんの叫び声で、私は意識を正面へ戻した。

大きな咆哮が、さっきから何度も聞こえる。
雑さんの予想は当たってた。

後はその場所を早く特定して、助けられれば助けに行くだけなんだけれど…


「…何処に、見えたんですか?」
「そこだ!前!500mくらい前!」
「ごひゃ…って無理ですよ!こんな木の隙間から見えません!」
「なら視認できるまで走るぞ!ついてこい!」


一気に雑さんが加速する。
…うわ、速い。本当にこの人さっきまで餓死しかけてかのかな、と疑問が浮かぶ程。


「…はっ、は、ちょっ、と、はやすぎ…」
「おい嬢ちゃん、視認出来たら魔法であの熊みたいな奴を拘束か吹き飛ばすかしてくれ。できるな?」
「え?」


走りながら、前方へ目を凝らす。
でも、木が邪魔でそれっぽいものは見えない。

もし見えたとしても…


「…あの、その相手の大きさは?」
「2…いや2.5m程度か。相当でけぇな」
「…だと、無理だと思います…私の魔法は攻撃にはあまり適してないし、相手との距離も重量もありすぎて…」
「んぁ?こんな凄い回復魔法持ってんのに攻撃魔法できねぇのか?」


隣で凄く驚いたようなリアクションをする雑さん。
そうか、魔法とあまり身近じゃない人からすれば原理はあまり分からないしね。


「ええ、私は攻撃魔法よりは回復魔法の方が得意なんです。皆さん得意、不得意な分野があるんですよ」
「ほぉう、ってことた俺も普通の魔法使いな可能性があるってことか!」
「…? 本人の潜在魔力か、外界からの魔力吸収能力があれば確かに訓練で魔法使いになる事は出来ますけど…」


雑さん、なんか魔法使いっていうよりは重戦士ですよね。
そう言おうとして、ある事に気がついた。


「―あれ?私が回復魔法使ったってどうして…?」
「おう?体に残ってる感覚があんたの気配と酷似してるからな。魔力痕跡、とでも言うんか?」
「…!?」


…まさか。
その場で使われた魔法の気配から使用者を断定するのすら難しいのに、
体に残った僅かな魔力で使用者断定なんて先生でもできるか分からない。


「…雑さん、もしかして魔法つか」
「やべぇ!」
「え!?」

「オオオオオォォォォォォ!!!」
「ぐぁっ!」


一際大きく聞こえた獣の叫び声と、ベンの声。
声の方向に目を向けて…

「―セイル!」

やっと、見つけた。

森が途切れた、断層が横たわる渓谷。
そこの開けた地。

そこで、セイルとベンと、相手をやっと見つけた。

でも、その状況は絶望的過ぎて。

もうすぐ訪れるであろう惨劇が強制的に頭の中に入り込んでくる。
セイルに馬乗りになった大熊が、その爪を頭に、首に、胸に―

「いや…」

力が入らない。
体を動かさなきゃ、走らなきゃってわかってるのに

怖い。
その恐怖を回避するために、今行動しなきゃいけないのに
その恐怖の想像に、縛られて。


「―っ、やめろぉぉぉぉおお!!」

ベンの叫び声。
それが合図のように、熊の爪が振り下ろされる。

「っ!!」

怖くて怖くて、へたり込んで目を瞑った。




「――灼けろ」

その瞬間、爪が食い込む音の代わりに聞こえてきたのは呪文。


瞼越しで伝わる強烈な光。

火傷しそうになる程の熱量。


…何よりも、信じられない程の魔力。


急激な気温変化による突風が全身を打つ。
共に熱と光が去り―


…眼を開いた先に見えたのは、森に空いた一直線の焦げ跡と、

その先で体を炎に包まれて崩れ落ちる大熊の姿。
直撃の衝撃か、その体は、四分の一も残っていないように見えた。

「…あーぁー。これ、燃費悪いんだよなぁ…当たっただけでも良しとするか」

横を向くと、頭を乱暴に掻く雑さん。
片手は正面に翳されたままで。焦げ跡は、そこから延びていた。

「…雑さん」

それはつまり。この人が。

「んぁ?」
「…もしかして、魔法使いなんですか?」
「…おう?あぁ、言ってなかったな!まぁそれっぽいのは使えるが、お前ら本職からすら俺は低レベルだろ?」

…あんなものを放っておいて、この人は何を言っているんだろう。

「今の火魔法は、凄いレベルが高―」

この自覚無しの一流魔法使いに一言文句でもいってやろうかと思って口をひらいた瞬間、


「はは、ははははははは!」


向こうから笑い声。

「お、俺の魔法すげぇ!見たかベン!」
「え、今のセイルが出した魔法なの!?」
「あったりめぇだろ!ははは、ピンチの俺すげぇ!」

「…」
「うぁははは、威勢のいい少年だな」

…あの馬鹿。
自分の魔法の実力位分かってる筈でしょ!

「とりあえずセイルを殴…じゃない合流しましょう」
「…だな。 …うぉっ、と」

不自然に気の抜けた声。
疑問に思って振り向くと。

「ざ、雑さん!?」

木に背を預けたまま、地面へずり落ちる彼の姿があった。

「…かーっ、調子乗りすぎた…悪い嬢ちゃん、後頼んだわ…」

そう言って彼は崩れ落ちて。

「ちょ、ちょっと!…ベ、ベン!セイル!」

「…あれ!?どうしてルシーダが?」
「ルシーダいたのか!見たか今の魔法!?すげぇだろ俺!…あいたっ! な、何すんだよルシーダ!」
「馬鹿な勘違いしてないで手伝って!休憩所までこの人運ばないと!」

「…ざつ、さんだっけ?どうしてここに?」
「痛てて…なぁ、見ただろルシーダ!?あんな魔法ベンには使えな―」

「うるっさい!いいから脚もって!」

疑問符を浮かべるベンと勘違いしたままのセイルを何とか手伝わせて、彼を連れて森を離れる。


あの熊を見たのは、ほんの一瞬だったけれど。

…すごく、すごく嫌な感じがした。





眼を閉じて祈る。

――幸せな日常が、どうか崩れませんように。



◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇


時刻は夜。

森と街の大掃除も無事終わり。

休憩所として利用された広場の中心には巨大なキャンプファイヤーが開かれ、皆その周りで夕食を摂っている。
わしがいるのはその外れ。

まったく、当初はそんな予定など無かったんじゃがな。


「行くぞぉ!うおらぁ!」
キャンプファイヤー付近からの大声と同時に、ぱぁっと周囲が明るくなる。

上部のみを膨張させた炎柱はまるで血桜。

花火の如く輝き、適度な熱気と共に上へと立ち昇る。


のちに残るは、子供達の喝采と大きな笑い声。

「…ふむ、壮観だな、テッツ」
「全くじゃ。そうそう見れるものでもないのう」
「…なぁ、俺もあっち行っていい?」

隣のブレオバンズに相槌を打った後、

「駄目じゃい!お前はここで反省じゃ、セイル!」

後ろのセイルを睨みつける。

「…何だよー、何で俺だけこんな正座なんかしなきゃいけないんだよー」
「あたりまえじゃ! 危険な場所へ勝手に進入しおって。今日が初めてでもないようじゃしの」

「まぁまぁテッツ。大きな怪我が無かっただけで良しとしよう」
「お主は甘いわい、バンズ。ベンはいい動きしとったというのに、こやつが足
を引っ張りおってからに!」
「…!」
「ぬ?文句でもあるのか、セイル」
「―っ、ベン、ベンってうるせぇんだよ!」

ほう。普段から感情的になりやすい、とは聞いておったがここまでとは。
大した努力もせずに己の無力を棚に上げるなんて百年早いわい。

正座の状態から立ち上がった瞬間、テッツはセイルの足を軽くたたいた。

「―っぐ!」

膝のツボに直撃を受けたセイルは激しい苦痛に見舞われ、いともたやすく膝を崩してし
まった。

「こらテッツ、そう簡単に力を使ってはいけない」
「ふん、カタイこというな。力なんてたいしたもんでない。足が痺れとるだけじゃ」

地面に蹲るセイルを睨む。

「う、お……く、くそっ!」

「おうおう、どうした?近接戦闘の訓練か?」


と、そこにやってきたのは先程まで歓声を受けていた青年。

「どっかで聞いたことある声が聞こえたんでな、ちぃと覗きに来たんだが…うおっと」

ぬっ。
わしが青年に気を取られている隙に、セイルが逃げ出した。
青年にぶつかるのも気にせずそのまま彼が来た方向、広場へ走っていく。

「こわっぱめ、逃がすか!」
「テッツ、そこまでだ。…全く、いつまでたっても体育会系だな、君は」
「…セイル、だっけか。あの坊主」

「うむ、セイル。またの名を根性無しじゃ」
「…テッツ。 雑くん、だったね。キャンプファイヤーの方はもういいのかい?」

「あぁ、さっきので一段落だ。調子のってパフォーマンスしてるとまた倒れちまうからな、うぁははは!」
「お主、この町には倒れた状態でしか入ったことが無いしのぉ」
「二回も倒れて、食事をとっただけで回復とは驚きだよ、全く」
「いやー、あれは死ぬかと思ったぜ、考えなしにあんな魔法使うもんじゃねぇな!」

どっかり胡坐を組んで座りこんだ青年、雑に習うようにわし等も座る。
丘からはまだ燻っているキャンプファイヤー、その少し脇の給仕のテント達が展望できる。

――あの後は大変じゃった。
遠視で確認はしていたものの、短期間に二度も倒れるわ、あんな魔法を一瞬で放つわ、
色々な意味でわし等を雑は騒がせてくれた。

なんとか意識を取り戻した彼の口が最初に発したのは「飯」という簡潔な単語のみで。
三人分程の食事を一瞬で平らげた後、「お礼にキャンプファイヤーをやるぜ!」等と突拍子も無いことを言い出して。

まぁ実際夜も皆で広場で食事を摂る予定だったため、食事に彩りを与えてくれることにはなった。
キャンプファイヤーの炎が打ちあがり、花火のように炸裂するのは子供たちにも盛況のようだったし、わし等にとっても壮観じゃった。


「あの火炎魔法、本当に君は魔術学院の生徒じゃないのかい?」

「ソフィニアのだろ?俺は鍛治修行5年、移動鍛治を5年やってるんだ。
 魔術学院どころか学校にすら通ったことねぇよ」

「ふむ、わしもこやつは見たことも聞いたことも無いわい。
 じゃがあの魔法は学院に通わず習得できるようなものでもないぞ?」

「おう?そりゃ生まれが生まれだから、物心つく前からああいう魔法を使ってきたが…
 あんたらにゃ朝飯前なんじゃないのか?」

「…ふむ、ああいうふうにポンと出せるものでは無いな。
 魔力触媒、魔力の増幅効果を持つ道具のことだがね、があれば話は別だが、あの熱量と加速、規模をもった火球は多少の印と言霊が必要だ」

「そうじゃな。物心つく前から生きていくために、ということでその魔法に最良の世界認識が馴染んだのかもしれん。
 わし等のように魔法の既成理念に捕らわれると認識に手間のかかる領域もあるんでの」

「…んぁ?」

「知識が邪魔するせいで、我々には見えないものを君は見ることが出来て、
 それがその火炎魔法を使うのに一番必要な部分だ、ということさ」

「成程なぁ。学べば学ぶほど、っていうわけでもないのか」

「だからといって学ばなければ、使えない。
 到るところに存在する“1”を、“100”にするのも知識であれば、“0”にするのも知識なんだ」

「例えば物体の運動規則を、原理から学ぶ。
 そのことにより“100”になる“1”もあれば、“0”になる“1”もあるということじゃ」

「ほう、魔法の属性に得手不得手があったりするのはそれか?」

「そうじゃの。液体を見た時に“凍る”イメージ、“蒸発する”イメージ、“帯電する”イメージ等々。
 どれが先に浮かぶかは人それぞれじゃ」

「それがその人物の世界認識になるんだ。液体は簡単に凍るものだと認識している人物は、
 物を凍らせることはたやすくても物を熱することは難しい。イメージに、認識に無理があるからな」

「そもそもわし等は魔力を使って“わし等自身の世界”に呼びかけるんじゃからの、
 そこで起こる奇跡は術者の認識以上には成りえない、というわけじゃ」

「なるほどねぇ」

「まぁ簡単に言えば君の世界認識は非常に燃えやすい、ということだね。
 何か昔、小さな頃に大きな炎を見たりしたのかな?」

「大きな炎ねぇ。あれを“見た”っていうならそうなのかもな。
 ガキの頃にな、そりゃぁでっけぇ花火を見た」

「ほぅ、風流じゃのう。おそらくはそれが理由じゃの。
 …おっと、随分と長く話しておったの。雑よ、引き止めてすまんかったな」

「何言ってんだ、俺から話しかけたんだから長話上等だ、うぁはは!
 さて、ちと気になる奴がいるんで疑問だけ伝えてまた広場に戻るぜ」

くぁー、と伸びをして立ち上がる雑。
背中を向けているせいで、その表情は見えない。

「疑問、かい?」

「あんた等昼間の光景、遠くから見てたんだよな?」

「おぉ、ルシーダの言っておった魔力感知か。それも珍しい。確かに見ていたよ」

「ま、これは生まれつきだけどな。
 でだ。俺が魔法使う直前、あのピアス坊主、ベンだっけか。
 あいつのピアスがな…一瞬、光ったように見えなかったか?」

「ふむ、ベン君のピアスか。
 光っていたかは分からないが…あれは私達には触れない、特殊な代物なんだ」

「特殊…それは“この世のものでは無い”とかか?」

「…いや、そこまでは分からない、ただ彼にしか触れないし、
 壊せない。確かに…“魔力ならざる魔力”めいたものは持っている、かもしない」

「…あれは、よくない」

「…ん?」

「あれはよくない。理由は分かんねぇ。あのピアスのせいじゃないかもしんねぇ。
 だが、“あのピアスがあった世界”はヤバい。…俺にはそれしかわかんねぇ」


「面白いことを言うのう。ぬしはそう感じるか」

「……すまない。私の専門外だ」


「…なんて言えばいいんかな、あいつが、ベンがどうにかなる事、“どうにかならざるをえない状況”がヤバい。
 あの熊といいこの森といい、その状況が近づいて来てるような気がしてならない。
 それだけ、覚えておいてくれ」

「随分と真剣じゃの。…わしにはよく分からんわい」

「うぁはは、俺にもよくわからん!全くやっかいな感覚だぜ!
 まぁ心の隅にでも留めといてくれ!じゃぁな、お二人さん!」



背を向けたまま、雑は手を振って広場のテントへ歩いて行く。


「…不思議な青年じゃの」
「全くだな。…彼の意見なんだが、実は一理ある意見だと思う。
 このことは内密にしていてほしい」
「ほう? わかった、そうしよう」

「まぁ、彼に口止めしない限り意味が無いがね」
「全くじゃ」


うんうんと頷く、わし等の背後には月。
確かな魔力を持って、わし等に降り注ぐ。





◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇




祭りとまではいかない。
だが大半が学生だ、こうして集まった状態で夜を迎えたという事実だけで皆のテンションが上がっているのだろう、テント内の喧騒は激しい。

「…いねぇな、あっちか?」

先程までテッツとブレオバンズ(だっけか)に絞られてた少年を探す。
たぶんあのピアス坊主と回復女と一緒にいると思うんだが――

「あの…」
「ピアス坊主もいねぇな。あいつは結構目立つんだがなぁ。つかこの学校ピアスOKなのか」


「…あの…」
「まさか家に帰ったとかはねぇよなぁ。…うーむ、どうしたもんか」



「…あの!」
「うおぅ!?」


急に背後から声をかけられて、驚いて振り返る。
身長は150程度だろうか。俺の肩までしかない少女がそこに立っていた。

首筋までのショートヘアー。
化粧っ気は無いが顔立ちは非常に整っていて、何というか

「…うん、後輩キャラだな」
「…?」

等と妙に納得してしまった。
まぁいい。

「どうした嬢ちゃん、花火のアンコールか?」
「…いえ、あの…セイル先輩を探してるんです、よね?」

「お、良く分かったな嬢ちゃん」
「セイル先輩なら、そっちの給仕テントの裏に行きました。…ベン先輩と、ルシーダ先輩もそこだと思います」

少女が指差した方向は、外れにある、さっきまでスープを配っていたテントである。
既に給仕は終わり、片付けを待つのみのテントは閑散としている。

「助かったぜ、ありがとうな嬢ちゃん」
「…あの…セイル先輩を、叱るんですか?」

不意に、少女が不安そうに切り出した。
両手は後ろに組まれ、目線は下に落ちている。

「…さっきまで、テッツ先生達に叱られてたみたいなので…セイル先輩、逃げたのかなって…」

なんて言っていいか分からず、とりあえず沈黙。
少女は話を続ける。

「セイル先輩、毎日、がんばってるんです。普通の人なら休むところでも、頑張ってるんです。
 …ただ、不器用なだけで。確かにベン先輩は凄いです。でも…っ」

そこまで勢い良く言って、急に口を紡いだ。
ここから少女の顔は見えないが、耳は真っ赤だった。

「…でも?」
「…でも、セイル先輩、頑張ってるんです。見てて止めたくなるくらいで、でも止めても止まってくれなくて。
 転んでも追いつけなくても、頑張ってるんです。…だから、だからセイル先輩を叱らないであげてください…!」

そう言って、頭を下げる少女。
―なんというか、他人の目が痛い。

「頭なんか下げる必要ねぇよ、俺は叱りに来たんじゃない。むしろ激励さ、あいつとは近いものを感じたんでな」
「本当、ですか…?」

こちらを見上げる少女の顔がぱぁっと明るくなる。
あぁもう、かわいいなこいつ。

「本当本当。じゃぁ俺は行くぜ。ありがとうな…っと、名前を聞いていいか?」
「あ、私はリアです!リア・ラードリットです!」

喜びの余韻か、張り切って答える少女に後ろ手で手を振る。

「分かった。有難うな、セイル大好きリア!」
「…な…っ!?」

背中を向けてても顔を真っ赤にしているのが分かる。
他のテントの奴等が“そうそう”とでも言いたそうに頷いている。

…あれか。
本人には気付かれないが本人以外は皆知ってるってやつか。

あいつの場所も分かったしいい話も聞けた、休憩テントに向かって正解っつーところだな。
リアちゃんに感謝だ。

しかし、あんな一途な子に好かれるなんざ最高じゃねぇか。
うらやましいぜセイル、お兄さんちょっと嫉妬しちゃったぜ。

等と仄かな殺気を抱きながら給仕テントに向かう。
風に乗って、段々と声が聞こえてくる。

「―!」
「―っ、…―!」

語尾が荒い、言い争いっぽいな。
両方共、最近聞いた声。リアちゃん情報は的中か。

テントの裏にゆっくりと移動する。
言い争いを止めるというよりは傍観するための移動速度である。

「何で俺が怒られてベンが怒られないんだよ!」
「本当に分かんないのあんた!?馬鹿じゃないの?」
「何だと!」

「まぁまぁ、セイル、落ち着いて。ルシーダも、ね?」


セイルとルシーダが言い争い、ベンが仲介ってところか。
セイルがこぶしを握り締め、ルシーダが眉間にしわを寄せて難詰する。
ベンは笑顔で、冷や汗をかきながらひたすら場の空気を和めようとつとめていた。


「弱いのよあんた!ベンの足もとにも及ばないくせに同じように目立とうとするからあんな事になるんでしょ!?」
「なっ…」
「ベンだけだったらあんな熊一瞬よ!あんたが邪魔したのよ、セイル!」
「ルシーダ!そういう事は言っちゃ駄目だよ、セイルも気にしないで」

「てめぇ、ルシーダ!俺がどれだけ頑張って毎日」
「毎日何?毎日特訓とやらをやってこの様でしょ!?
 本当に無駄な人生送ってきたのね、あなた!いっそあの時熊に襲われて死んじゃえば良かったのよ!」
「―っ、黙って食われてたまるかよ!ルシーダこそ食われちまえばいいんだ、この金持ちのボン
ボンが!
 ちょっとばかし才能があるからっていい気になるな!」



過熱した思考は後を考えない。
自分の発言の重さに気づいた時は、大抵は後の祭りだ。
お互いがお互いに暴言を吐いた後に残るのは、更なる険悪のみ。


「行こうベン、今度はセイルなんかが邪魔に入らない場所に!」
「あ、ちょっと待って、セイル!」

ルシーダとベンは暗がりの中へと歩いていく。
後姿へ向けて、茶化すようなセイルの言葉が聞こえる。

「ああ、どうぞどうぞ。お好きなように。熱いねぇ~、お二人さん」


俺は未だ傍観。

ルシーダに引っ張られていくベン。そして一人残るセイル。


「よぅ少年、喧嘩両成敗、のつもりだったが相手がいねぇな」
「…うるせぇよ。あんたもどっか行け」

俺を見た途端、こちらに背を向けた状態で胡坐をかく少年。
顔は隠せても涙声は隠せないか。

こちらも少年に背を向けて座る。お互い背中合わせ。

「…」
「…」

こうなったら根性比べだ。
元々俺も何のためにこいつを探したのか忘れかけてるんで、ひたすらに黙る。

向こうの喧騒をしばらく聞いていると、セイルが耐えかねたように呟いた。


「…死んじゃえば良かったのよ、は無いよな…」
「無駄な人生も相当痛快な台詞だぜ。全否定だ全否定、うぁはははは」
「笑い事じゃないっつの」


一気に空気が弛緩する。
何だ、リアちゃんの言うとおり、元はいい奴じゃねぇか。


「あれかセイル、お前はルシーダちゃんが好きなのか」
「なっ…好きじゃねぇよ!何であんな奴好きに!」
「おうおう、好きなやつに死んじゃえなんて言われたらきついよなー」
「…話勝手にすすめんなよ」

「しかも相手は違う相手とラブラブかぁー。くーっ、青春だなぁ!」
「…あんた、良く見てるな」

セイルが呆れた様な返答を返す。
おお、結構適当だったんだが大当たりか。

「若いうちの苦労は買ってでもしろってことさ。大丈夫大丈夫、お前にゃぴったりの相手がいる!」
「痛っ、頭突きすんなよ!」

リアちゃんを思い浮かべて、その羨ましさの赴くままに頭を思いっきり後ろにのけぞらせる。
後頭部にたんこぶを作ったセイルの文句を心地よく聞き流しながら、月を眺める。

「…なぁ、雑…って名前だったよな」
「おう」

「あの魔法…あんたのだったんだな」
「おう」

「凄いな。…俺なんかとは、比べ物にならない」
「…それには同意できねぇな」

「?」
「例えば、だ。蟻が林檎を運ぶ事と、人間が林檎運ぶ事。どっちが凄いと思う?」

「そりゃ蟻だろう」
「そうだ。10の力の奴が20の仕事をするのと、100の力の奴が20の仕事するのを、俺は同じとは思わない。
 簡単に言えば、各々が自分の出来ることをすればそれは“凄い”事だと思うぜ、俺は」

「…それはあくまでその“行動”においてだろ?
 …“結果”から見ればどっちも変わらない」

「うぁはは、そういうことだ!」
「…?」

「結果から見れば、変わらないんだ。過程がどうあれ事実はそこに事実として存在する。
 例えば、蟻が人間10人を酷使して林檎100個運んでもそれは蟻の“結果”になる」
「確かに、な。貴族とかはそんな感じだよな」

「そう。お前は“貴族”になれ」
「は?」

「才能がないなら、ありとあらゆるものを使え。自身が最強じゃなくていい。最強の道具を使え」
「…何だそれ。どこにあるんだよ、そんなもの」
「うぁはは、俺に分かったら苦労しねぇ!後はお前が考えることだ!」
「なっ!話振るだけ振ってそれかよ!」

セイルの突っ込みに対して、一つの答えが浮かんだ。
そう、俺がやろうとしてた事。

「セイル、お前の好きな武器は何だ?」
「武器?」
「あぁ。鉄鎚、刀、諸刃剣、騎士剣、戦槍、フレイル、弓、攻城砲、何でもいい」

「…そうだな、剣かな。でっかいやつ」
「でっかい剣か、また定番だなお前は」
「悪かったな定番で。何でもいいっていったじゃんか」

「うぁはは、そうだな!…そういえばお前、頑張ってるんだってな?」
「頑張ってるって何だよ」
「さぁ、俺にもしらねぇ。“目撃者”からの証言さ。"毎日毎日頑張ってる"としてか知らん」

「…頑張ってどうにかなるわけじゃ無いのかもしれないけどな。
 もう特訓が俺にとって日常になったから。日常をこなすだけなんだから、頑張ってるとは言わない
 …つか、誰かに見られてたのかよ。…見られたくないんだけどな」

「のくせ、その頑張りを認めてほしいってか?」
「なっ」

「そりゃわがままってもんだぜ、兄ちゃん!」
「う、うるせぇ!」

「うぁははは、まぁあれだ!頑張ってる奴にはご褒美がいつか、ってな!
 夢を見るのも大事だぜ!」

何やら後ろで叫んでるセイルを笑いながら無視。
もう一度月を見上げ――


「―…!」


気付いてしまった。

「…雑?どうし」
「伏せろぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉっ!!」

感じた恐怖の命ずるままに叫ぶ。

それはまるで月から落ちてきたかのように。
圧倒的な加速をもって、キャンプファイヤーの組み木に衝突した。


舞い上がる木くず、地面の土、火の粉。

生徒が叫ぶ中、俺は気を失いそうな眩暈に耐えるので必死だった。

「おい雑!今の音は、おい、どうしたんだよ!…くそっ、何がどうなってんだ!」

セイルの声がまるで遠くに聞こえる。


―危険―

その二文字だけが、俺の頭の中を占領していた。






月が輝く。
その光はまさに“狂気”


幕はゆっくりと開く。

さてお立会い、ここに語るは世にも奇妙な異星の創造物。

守護の加護を受けし少年と、混血の魔鍛冶が織るのは喜劇か悲劇か。


ご覧あれ、彼方の星より来たりし“破壊者”の圧倒的な暴力―






     ∬―――滅びの巨人―――∬




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2007/10/29 20:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人―6 隕石襲来/テッツ(月草)
PC  ;雑 テッツ
NPC ;プレオバンズ
場所  ; ポポルの郊外にある広場
______________________________

赤い閃光が走った次の瞬間に、壮絶な衝撃に見舞われた。
塵、泥、小石やその他もろもろの地面にはいつくばっていた物体が、絶え間なく体を叩く。
雑とセイルは、ひたすらに伏せて防御体制をとる。
しばらくして収まったころ、二人は顔を上げた。

「く、いてて。おい、大丈夫か」
「ああ、おかげさまで。一体何があったんだ?」
「わからん。とにかく、ただ事じゃねえぜ。おい、あれを見てみろ」

見ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
筋骨隆々たる兵士のごとく、逞しかった大木は小枝のようにへし折られ、
燃え盛る炎は、さながら絵画で描かれる地獄の業火をほうふつとさせた。
小鳥がさえずり、エルフたちが愛する、平和な森は無慚にも抉り取られていた。

「こいつは……何なんだよ、これ!?」

 得体の知れぬ、壮絶な破壊のエネルギーを前に、セイルは無意識のうちに恐怖にも似た感情を抱いていた。

「どうやら、これの元凶はあいつのようだな」

 雑は、まっすぐにクレーターの中心部を指差した。

この地獄の最中に、小さな石ころがひっそりとたたずむ。
無言のうちに邪気を放つそれが、この惨状をもたらしたことは明らかだった。
あれは一体なんなのだろうか? 雑は、セイルと顔を見合わせる。
近寄って確かめようとしたところ、後ろから老人の声に呼び止められた。

「君達、ちょっとまちなさい。ここは私にまかせなさい。私が安全を確かめてこよう」
「あん? あ、おいちょっと待ってくれよじいさん」

 バンズは後ろから無言のうちに二人を追い越すと、有無を言わさず二人をその場にとどめた。あっけにとられたセイルと雑を尻目に、バンズは足早にすすむ。

放射状に波打つクレーターの中央に向かって、バンズは歩いていく。
セイルと雑を始め、集まってきた野次馬達が、固唾を呑んで彼を見守った。
中央の数歩手前、石の直前でバンズは足を止め、警戒する動物のように鋭い視線を注ぐ。
数分間の沈黙が流れた後、彼は石に向かっておもむろに手を伸ばした。

「待て、じいさん!? そいつには触るな!」

 これは雑の直感だった。胸の内奥から来る、けたたましいまでの嫌悪感が、危険を知らせてくる。あれは、触ってはいけない代物だ、と。
緊張の面持ちで、声をかける雑をよそに、バンズは平然と石を手に取った。そして、にこやかに集まってきた村人に声をかけた。

「ああ、大丈夫のようだ。みなさん、ご心配なく。この石に特に危険はないようです」

辺りはすっかり人だかりができていて、盛大なセレモニーでもあるかのごとくだった。
もっとも、そんなおめでたいものではなかったが。

「さあ、みなさん。今日のところはこれでお開きにしましょう。炎の処理は私達に任せて、念のために自宅の中へ避難されてください」
「おいおい、もうちょっと説明してくれよ」
「いいからいいから。詳しいことはまた明日にしましょう。今日のところは明日の仕事に備えて、早く休むべきです」
「じいさん!」

 雑はなおもバンズに食い下がる。この突然の破壊をもたらした隕石が安全だというのが、彼には訝しくてならなかったのだ。

バンズは聞き分けのない子供をまくし立てるように、野次馬達を家まで帰らせた。
どこか釈然としない風の村人に対しては、手短な説明を交えて安心させるようにしていた。
満月のように人のよさそうな笑みを浮かべられると、どの村人も安心してしまうのだった。
雑とセイルばかりは最後まで説明を要求し続けたが、不承不承帰途に着いたのだった。
辺りが静かになるのを見はからって、テッツはバンズに耳打ちした。

「(うまく誤魔化したの)」
「(まったくだ、彼は勘がいいから参ったよ)」
「(で、ほんとのところはどうなんじゃ?)」
「(きわめて恐ろしい存在だ、これは。正体は、私には検討もつかない)」

バンズの目は、徐々に鋭さを増していった。
注意深く観察すると、彼の手はごく薄い、肉眼には見えぬほど緻密に編みこまれ、
かつ高度な布陣が、塵ほどの隙間もなく張りめぐらされていた。
彼は絶えず布陣に魔力を送りつつ、村人達との対応をしていたのだった。

しかし、強固な布陣で押さえ込まれているにも関わらず、
石はなおも、汚らわしい獣の胎児のようにびくびくと脈動を始めつつある。

「(すぐに私の研究室へ来てほしい。とにかくこれは、一刻も早く処分せねばならん)」
「(うむ、わかった)」

この場自分達が居合わせることができて、本当によかった。
テッツとバンズは、つくづくとそう思った。
もしこれが、気づかずに暴れだしていたらどのような事態にいたっていたか。
彼らには、火を見るように明らかな推測ができた。
この惑星の末路は、炎にくべられた枯木のようなものだったろう、と。

____________

2007/11/20 00:54 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人

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