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2024/05/17 07:37 |
滅びの巨人 第7話/ベン(月草)
______________________
場所 ; 魔法学院 & ポポルの剣術道場
PC ; ベン
NPC; サラサーテ、カプリース、セイル、ランバート
__________________________

__魔法学院の廊下__

暖かな日差しが差し込む昼下がり。魔法学院の廊下を一人歩いていく少女がいた。
ヒスイが染み込んだような緑色の髪の毛に、うっすらと笑みを浮かべた強気な口もと。
いかにも自信に満ちた人物であることが見て取れた。
廊下の一角の日当たりのいい場所に、一際目立つ扉があった。
腕のいい職人によるものであろう装飾と、樹齢百年を越える木で作られた、大きな扉。
彼女はその中へと入っていった。

「サラサーテ・ルッジェーロ、ただいま参りました」

雲ひとつない青空のような澄んだ声だった。
彼女は部屋にいた若い、教員に声をかけた。

「やあ、サラ君か。まっていたよ」

中にいたのはカプリ―スという、魔法学院の教授だった。
髪の毛は鮮やかに青く、目は若草のようにやわらかである。
その背の高さとあいまって、まるで名馬にまたがった騎士のような凛々しい姿をしている。
当然、学院の女生徒からは人気の的だ。

優秀な魔力を買われてこの学院に雇われただけのことはあり、
彼の使う風魔法は、台風をコマ回しのように扱うとまでいわれる。

「カプリ―ス先生、やはり私がポポルへ行くことには反対なさるのですか?」
「うん。まあ、ね……」

カプリ―スはごまかし笑いをしながら言った。

「どうしてですか!? 私はただ、ポポルに住む人達が心配なだけで……」
「残念かい? そう気を落とすことはないよ。実はそのことで話があってね。
 それで今日はこうしてわざわざ、昼休みにご足労ねがったのさ」

カプリ―スはそういってポケットから手紙をぬきとった。

「私としては賛成できないが、学院のほうから通達があってね。
 君のような優秀な人材の将来のためにも、行かせるべきだとね」

サラが封筒を受け取ると、つなぎとめていた印が煙となって消え去った。
委員会からの文書であることが一目でわかった。

「特別授業許可書。やった、ポポルへ行っていいんですね!」

彼女は喜びがあふれ出てきたというような、満面の笑みを浮かべた。
カプリ―スは、喜んだらいいのか心配したらいいのか、なんとも複雑な笑顔で彼女を祝福した。

「頑張ってくるんだよ。おそらくは少々危険な事態にも出くわすかもしれない。
 これは高度な授業だということを肝に銘じておきなさい。くれぐれも油断してはいけないよ」
「はい! 私、頑張って調査してきます! それでは、準備がありますのでこれにてしつれいします!」

彼女はまるで足の重さがなくなったような足取りで、意気揚揚と部屋を出て行った。
サラが部屋を出て行くのを確認すると、カプリ―スの口から思わずため息がこぼれた。

「……はぁ。上の人間達も、いいかげんな事をしてくれる。報告書にちゃんと目を通しているのか?」

やれやれ、といった表情をしながら手をさし伸ばすと、どこからともなくコーヒーカップが
彼の手のひらに飛び込んできた。中にはおいしそうなコーヒーが、なみなみと注がれている。

「彼女の才能は一級中の一級品だ。将来は素晴らしい人材になるだろう。
 だからこそか……私の反対を無視したのは」

入れたてのコーヒーをずず、とすすった。
初歩の火炎魔法を応用して保温しておいたかいがあって、温度は熱く保たれていた。

「まあいい。テッツ先生とバンズ先生がいらっしゃるんだ。
 あの二人がいれば、当面は心配ない。それにしても……」

カプリ―スはカップを片手に机に近寄った。
引出しを開けて、中にしまっておいた報告書に目を通した。

「(ルシーダ・シャナハ君か……。この子のような奇跡的な才能の持ち主がまだいたとは。
 これはサラ君にとって、大きな壁になるかもしれない。きっといい経験になることだろう)」

報告書はポポルに入る二人の教授からのものだった。
引出しの中にそっともどして、特製の魔力を込めたカギをかけた。
テッツ教授が発明したこのカギは、使うたびに少々疲れるとはいえ、安全性は折り紙つきだ。

窓に目をやると、太陽がちょうど空の中心に位置していた。
日差しを受けた木の葉は、幼子の肌のようになめらかに照っている。
外の大通りには、生徒が食堂を目指しておしゃべりをしながら歩いていく。
昔の自分を思い出し、ついつい懐かしいような切ないような感覚にかられてしまう。

この平穏な時間がいつまでも続けばいい、ふとそう思った。
これがただの感慨であるのか、それとも鍛え上げた魔力の直感なのか、
それは彼自身にもわからなかった。

「どれ、そろそろ私にもお弁当が届くころかな?」

カプリ―スも職員室へ行くことにした。
こんな心配事は自分らしくもない。
かれは勤めて忘れようとした。

しかし、彼がいくら拭い去ろうと思っても、不吉な予感は闇に取り付かれたどす黒い暗雲のように、
いかに吹き払っても後からあとから押し寄せてくるのだった。







__ポポル:ベンたちの住む町の剣術教室__

丈夫な木で作られた道場に、塾生達の掛け声が響き渡る。
10メートル四方ほどの大きさの部屋に、20人ほどの少年少女が練習に励んでいた。
床がきしむ音は、寸時も止まらない。
真夏には窓を全開にしても、うだるように熱い。
すでに夕方でいくらかマシになっていたが、やはり熱い。
競技の規定にのっとった木剣を手に、相手に向けて正面からぶつかっていく。
どの木剣も米粒ほどの小さなくぼみで刃の部分が埋め尽くされていた。
少しでも気を抜くと相手の攻撃を受けきれず、自分の剣もろとも打ち付けられるので気が抜けない。
滝のように流れる汗は、相手を交代する僅かな時間に、慌ててぬぐった。

「よし、それまで!」

教室に大きな合図の声が響き渡った。わりと高い声だ。
この教室の担任のジードの声だった。
クルミのように丸い顔に、濃いヒゲをビッシリと生やしている。
胸の前で組まれた腕は、暖炉にくべる薪に劣らぬほどに太い。

「ようし、ご苦労。みなよく頑張っているな。この調子なら再来週の大会で良い結果を期待できるぞ」

塾生たちの視線がジードの方に集まる。
ほとんどの者は息が荒くなっていた。
大会に出場するメンバーに選ばれるために、必死で練習していたのだ。

「今日はこれまで! 近いうちに大会に出場するメンバーを発表するから、各自練習に励むように」

ありがとうございました! と、塾生たちは終わりの礼をとった。
荷物をとって更衣室に向かう塾生たちの中に、ベンとセイルの姿があった。

「ああ、疲れた……」

更衣室の扉を開くと、セイルはため息交じりにそういった。
手のひらの豆がつぶれて流れた血が、とってに少し付着した。
おもわず、イテッ! と声に出してしまいそうだった。

「おい、大丈夫か?」

声をかけてきたのは友人のランバートだった。
セイルより頭二つ分ほど大きく、かなり大柄な少年だ。
胸板もセイルよりも大分厚く、体格には恵まれている様子だ。

「おう、悪い。大丈夫大丈夫」

セイルはそそくさと取っ手についた血を指でぬぐった。

「まーた豆つぶれちまったよ。俺ももっと鍛えなくっちゃな。
 ランバートも最近打撃が強烈になったよな」
「ははは、そうか? 俺も追い越されないように気張っていくぜ。お互い頑張ろうな」

二人はこの教室で知り合った友人だった。
練習をしていくうちにだんだんと打ち解けて今ではすっかり親友になっていた。

「ん? あそこにいるのは……? おーいベン! どうしたんだ?」
「なに!? ベンだって!?」

更衣室の窓の外を見ると、ベンが屋根の上に道着をきたまま登っていた。
夕日がまぶしくてよく見えなかったが、
手には何か布切れのような物とバケツを持っているらしかった。
ベンはスタスタと窓に向けて屋根を歩いていった。

「やあ、ランバート。僕は今日掃除当番だったからさ、居残りしてお掃除だよ」
「ああ、そうか。雑巾あるか? 俺も手伝うよ」
「ええ!? いいの? ありがとう。でもいいよ、今日の当番は僕なんだからさ」
「気にするなって。セイル、お前も行くか?」
「お、おう! 当然だぜ」

ベンの手伝いで行くのは微妙なところだったが、ランバートの付き合いだと割り切ってしまえば
何のことはなかった。ただ……。
急いで着替えて廊下に出ると、窓に干してあった雑巾を探した。
ランバートはセイルに雑巾をパスしてくれた。
靴を履いて玄関を出ると、二人はベンのいた屋根へ向けて急いでいった。

「またせたな、いまいくぞ。それ!」

ランバートはしゃがみこんで足に力を入れ、力いっぱい地面を蹴った。
巨体は重力を忘れたように宙へ跳び、あっというまに屋根の上に辿り着いた。
自分の身長から数十センチほど高いところまでのジャンプである。
彼らの剣術は、脚力がことさら要求される技術なので、足腰は何よりも大事なのである。

「セイルもはやくこいよ」
「お……おっしゃあ!」

ランバートに返事をすると、セイルは掛け声と共に屋根へ向けて、気合を込めて突進した。
グングンと加速していき、タイミングをみて思い切りジャンプした。
宙返りをして見事、屋根裏に着地を! ……頭の中でしてみた。
実際のところはというと。

「うりゃ!」
「あれ? セイル……。大丈夫?」

ベンが心配そうに声をかけた。てっきり跳んでくるとばかり思っていたので、意表をつかれたのだ。
セイルは両手を屋根に届かせるのがやっとだった。
練習で潰した豆が、ジンジンと痛む。トウガラシでもこすり付けられているみたいだ。
セイルの顔が無意識に歪んだ。

しかしこういうこともあろうかと、時間を見つけてはけんすいに励んできたのだ!
いまこそ、特訓の成果を発揮するときだった。

「せい!」

セイルは威勢良く屋根の上に上って見せた。
しまりがないのを少しでもごまかしたかったのだ。

「おいおいセイル、休み中に鍛えるんじゃなかったんかい!?」

ランバートはセイルに、いつもの調子でツッコミを入れた。

「う、うるさい! これでもジャンプ力上がったんだぞ」
「いや、わるいわるい。あんまり気にせんでくれ」
「そんなことよりも、さっさと終わらせようぜ」

間が持たなかったので、急いで片付けようとした。
昔からセイルはジャンプ力が低いことを気にしていた。それはいまだに克服できていない。

「ねぇ、セイル」
「なんだ?」
「あの、雑巾もってきた?」
「はあ?」

言われてみると、手に何もないことに気がついた。
辺りを見渡してみると、雑巾は地面に落ちていた。
さっきの渾身のジャンプで放してしまったらしい。

「なんでまたあんなとこに!? 悪いけどちょっと取ってくる!
 (やっべぇ、またとりに行くのかよ!? 二回目はちょっとキツイぜ……)」

スタスタと屋根の淵まできても、思わず立ち止まって躊躇してしまう。
取ってくる! と、強がってはみたものの、内心冷や汗が出そうだった。

この高さだと、着地したときに、足が痛そうだ。
何よりも、高くてちょっと怖い……。
セイルはまるで恐怖の大王とでも対峙したかのような表情で雑巾を一点に見つめる。
険しく吊り上った方眉は、あたかも戦場で凶報を受けた兵士のようだ。

付き合いの長いベンは、セイルが何を考えているのかすぐにわかった。

「ねえ、セイル♪」
「ん!?」

ベンはいつもの調子で話し掛けた。

「ちょっと先に掃除しておいてくれないかな? 僕が取りにいってくるからさ」

ね、いいでしょ。と言いたげに、ベンは片方の目をパチリとウィンクした。

「お、おう……しょうがないな。掃除は先にやっといてやるよ」

しょうがない、といいつつも、内心はほっとしていた。
ランバートはただにこやかにベンの気遣いを見守っていた。
セイルがベンから受け取った雑巾で窓を拭こうとしたそのとき。

「すいませーん! ちょっといいですか?」

突然下のほうから女の子の声が聞こえた。
とても透き通った声だ。

「はい、なんですか?」

セイルは真っ先に反応した。
練習のときの彼とはかけ離れた、それは凄まじい反応速度だった。

「道を教えていただきたいんですの」
「わっかりました! ちょっとまっててください!」
「あっ、セイル!」

驚いたのはベンだった。
セイルはこうなると必ず無理をしていい格好をしようとする。
案の定、セイルはできたことのない宙返りをしてこの高さから着地しようとした。

「あ、セイル! ちょっとまってよ!」

いっている側から勢い良くジャンプする音がする。
セイルは跳んでから、自らの無謀を反省したが遅かった。
回転速度が明らかにたりない。
このままだと、頭か背中から……。
タンコブ? いや、もしかすると握りつぶされたトマトになるかもしれない。
どちらかといえば……やっぱりトマトだろうか?

「(やべぇ!)」

人間、必死になると思いがけない力が出たりする。
セイルは無意識のうちに体を丸めて強引に体を回転させた。

今度は逆に回りすぎてバランスを崩してしまい、前のめりに着地する形になった。
手のひらで受身をとったが、ものすごい衝撃がした。
痛い! これはしばらく息ができないだろう。セイルはそう思った。

このとき、セイルは命がけのパフォーマンスで新しい技を一つ覚えたのだが、
今はそれどころでなかった。

「きゃあ! 大丈夫!?」
「セイル!」

急いでベンが後を追ったが、間に合わなかった。
続いてランバートも着地する。

「(……も、もちろん)」

声を出しても、聞こえていないらしい。
それに、どうしたわけか気が遠くなってきた。額を打ち付けたのだ。

「じっとしていてください」

少女はそういって何ごとかを呟き始めた。
すると手のひらに暖かな緑の光が集まり、中心に小さな光の粒が出来た。
それはセイルの体に吸い込まれていき、見えなくなると軽く光を放った。

「……あれ? 俺……どうなったんだ?」
「もう大丈夫ですよ」

セイルの額に出来たコブはもうすっかり治っていた。

「ひゃー、すげぇ。もう治っちまってるよ」
「(あ! あれは……。ルシーダが前につかった回復魔法。すごい、あの子ものすごく上手だよ)」

以前に雑を助けたときにルシーダが使っていたのも、この回復魔法だった。
彼女はそれと同じか、それ以上の治癒力を持っている様子だ。

「お怪我はありませんか?」
「ああ、おかげさまで。いつつ!」

立ち上がろうとしたセイルは膝の皿の辺りをおさえた。
もしかしたらヒビが入っていたのかも知れない。
それをたちどころに治癒するのだから、この子の力量はたいした物に違いない。

「もうちょっとしたらすぐ良くなりますから、心配なさらないでください」

にっこりと優しさに満ちた笑顔で、彼女はセイルに語りかけた。

「ところで、この町の町長さんの家はどちらですか?」
「(ああ、それなら……)」

説明しようと思っても、口がパクパク動くだけで言葉にならない。
まだ息が深く吸えないのだ。
そうこうしているうちに、ベンが彼女に話し掛けた。

「どうもありがとうございます。町長さんの家ならこのとおりをまっすぐ行って、
 突き当りを右に曲がってください。その先にある大きなお屋敷が町長さんのお家ですよ」
「そうですか、どうもありがとうございま……」

ベンの顔を見た彼女の語尾がよどんだ。
思わずそっぽをむいて、そのまま少し間があいた。

「……? どうかしましたか?」

ベンはまったく普通に受け答えする。
年のわりにはこういったことに、全く鈍感なのだ。

「あ、いいえ! すいません。どうもありがとうございました」

そういって、彼女はそのまま行ってしまった。

「あ! 行っちゃった……。あの子、なんていう子なのかなぁ? 僕たちと同い年みたいだったけど」
「ありゃあ魔法学院の制服だぞ。なんだってこんなところに?
 ……ってか、それよりも大丈夫かよセイル!?」
「ゲホッ! ゲホッ! わりぃ、心配かけた。もう大丈夫だ」

セイルは咳払いをしつつ、手をついて立ち上がった。
膝に受けたダメージは、すっかり回復したらしい。

「よかった、無茶するなよ」
「ああ、気をつけるよ」
「もう、セイルったらいつもこうなるんだから」

これだけ言われても、セイルは全く懲りていない様子だった。

「(くそう、次こそは!)」

きっとまた次もやるつもりだろう。ベンには先が思いやられた。

ベンはなんともいえない胸騒ぎを覚えていた。
魔法学院の子がこんな田舎にきているのだ、この前の隕石のことといい、
何かが起きているにちがいない。
数日前から続く胸騒ぎが、だんだんと現実になりつつあることを、ひしひしと感じていた。

「(べんのやつ、近頃すぐに浮かない顔するな。ルシーダとケンカでもしたのか?)」

ランバートは彼なりに気を利かせ、明るい話題を振りかけてきた。

「それよりも、ベン。あの子、かわいかったよな。お前、ルシーダとどっちが好みなんだ?」
「ええ!?」

ベンはこの手の話が大の苦手だった。
いっきにベンの顔が赤くなる。
ベンの肌はもともと白いので、恥ずかしがるとすぐにバレてしまうのだった。

「なあなあ、どっちなんだよ」

ランバートはベンを肘でつついて遊びはじめた。
別に嫌いなわけではないが、ベンをこうやって女の子のことでいたぶるのは、
楽しくてしょうがなかった。

「やめてってばー!」

顔を真っ赤に赤らめたベンは、ランバートの尋問にひたすら耐え忍ぶしかなかった。
_______________
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2008/03/27 13:32 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人:第8話 闇夜に浮かぶ影/雑(乱雑(月草))
___________
場所 ; ポポルの町郊外のクレーター
PC  ; 雑
NPC ; サラサーテ、エリオット
___________

ガラスのような星が満天に満ちた夜、
大きなリュックサックを枕に横たわる一人の青年がいた。
数日前にこの村を訪れた青年、雑だった。

「ふ……ふぁーあ!」

青年はふと大きなあくびをした。

「っと、まだこんな時間かよ。最近寝つき悪ぃな、俺」

時刻はちょうど12時を回ろうとしていた頃だった。
辺りはまだ、墨をたらしたような闇に覆われていた。
まいったな、とこぼしながら上体を起こす。
頭をぼりぼりと掻きながら辺りを見渡した。

この村へ来てからなんとなく気分が落ち着かない。
最近は宿屋にも泊まらず、ただただカンに任せては辺りを調査(といっても歩き回るだけだが)
している。

「(なにか、なにかあるはずなんだ。この辺りには)」

雑の周囲にあるものといえば、ふさふさと滑らかな雑草や、
どんな風にもびくともしそうに無い丈夫な木々だけだった。
いくら耳を澄ましても、コロリコロリと鳴く虫の声ばかりが聞こえてくる。
一見するとただの平和な夜中の風景でしかなかった。

しかし雑のカンは違った。ここにいること事態が危険極まりないと告げ、
警戒を解くなと泣き叫ぶ子供のようにわめき散らすのだった。
この手の直感は、いままで一度も外れたことが無い。
夜中に何度も目を覚ましては、神経を研ぎ澄ますのも関係があるに違いなかった。

この危機感が、雑を宿屋でぐっすり眠らせてくれないのだった。

「(ぼーっとしててもしゃあねえ。ちょっくらあっちへ行ってみっか!)」

雑がせい! と気合を入れると、大岩のようなリュックがボールのように持ち上げられた。
彼の怪力のすごさを雄弁に物語る様子だった。

雑が向かった先は、数日前に突如として隕石が落下してきた場所だった。
目の前には相変わらず、大きなクレーターが広がっている。
あれから魔法学院の教授二人がなにやらごそごそと忙しく立ち回っては作業をしていた。
きっと何かあるに違いない。

何よりも、あの時隕石から感じた凄まじいまでの……禍禍しさ……。
思い出しただけでも身の毛がよだってきそうだ。

「……やっぱ、ここって変だよな」

雑はクレーターの中央を目指して歩き出した。
気のせいか、一歩進むごとに寒気が増していく感覚を覚える。
一歩、また一歩、進むごとに。
中心へと近づくごとに……。

ふと気付いた。自分はなぜこんな所へやってきたのか?
何もこんな気味の悪いクレーターへ、わざわざ近づく理由なんて無いはずだ。なのに、なぜ?
我に帰った雑が何気なく上空を見た時、目に飛び込んだ光景が雑を戦慄させた。

「……うお!?」
「――オォォオォ――オオオォオオ!!」

そこにあったのはデスマスクのような、空を覆い尽くすほど巨大な半透明の影だった。
囚人のような憎悪の眼で雑をまっすぐに見据え、口からは血に飢えた狼のような牙をのぞかせてい

る。
これは一体、なんなのだろうか!?
必死に思考をめぐらす雑の耳に、突然透き通るような声が聞こえてきた。

「あぶない!」

声は若い男のものと、女の二人の人物の声が混じっていた。
雑は足元から、ただならぬ気配を察して、その場から飛びのいた。
ザシュ! という鋭い音と共に砂があたりに飛び散る。
見るとクレーターの中心からは巨大なカマが突き出て、さっきまで雑がいたところを刺していた。
一歩間違えれば、危ういところだったろう。

「大丈夫ですか!?」
「お怪我はありませんか!?」
「……あ、ああ! サンキュー、たすかったぜ」

二人組みの人物は雑の元にかけよって、雑の無事を確かめた。

「サラ! 気をつけろ! こいつ、相当気が立っているみたいだぜ!」
「ええ、そうらしいわね。いくわよエリオット!」
「(な、なんだ? なにが起こっているんだ!?)」

現れた二人の名前はサラと、エリオットというらしい。
サラと言うのはヒスイ色の髪をしたかわいい少女で、エリオットは見事な金髪をした凛々しい少年

だった。
上空に見えていた、あの禍禍しい影は憎々しそうに二人を睨みつけつつ、煙のように消えていった



影が消えたと同時に周囲には大きな地鳴りが響く。あのカマの根元からくるようだ。
空気を揺るがす轟音と共に砂柱が天高く舞い上がり、不気味な影が姿を現した。
雑よりも頭二つ分ほど小さな体に、不釣合いなほど巨大な二本のカマを備えた、
気味の悪い真っ黒なエビのようなモンスターだ。

……理解できないことだらけだが、はっきりしていることは、
自分があの気味の悪い影におびき出されて、このモンスターに狙われたこと。
そして、いままさに襲い掛かられようとしているということだった。

「にげてください! あなた、狙われいるんですよ!」
「そうです! 早く! 詳しいことは後で説明します!」
「……そいつは無理な相談だぜ、お二人さん」

雑は不敵な笑みを浮かべつつ答えた。

「そんな! 早くしてください!」

こんな得たいのしれない化け物に狙われて、お返しもしないで帰れるか!
雑は燃え盛る炎のような思いが、心のそこから湧きあがるのを感じていた。
何よりも、どこの誰から知らないが守られてばかりというのは面白くない。
この制服は確か、魔法学院の制服のはずだ。二人は同級生か何かなのだろう。

「あんたたち魔法学院の学生だろ? さっきはありがとうよ!
 この礼はきっちり返さなくっちゃな」

雑はリュックをその場に下ろすと、担いでいた自慢の特製ハンマーを手に取った。

「あ、ちょっと!」

一歩づつ地面を踏みしめながら、雑は黒いモンスターとの距離を詰める。

「グァァァァァァァ!」
「全く、うるさいやつだなお前は」

雑は、恐れとも勇気ともつかないような、今まで感じたことの無い感覚を覚えていた。
モンスターは突如カマを振りかざし、凄まじいスピードで雑めがけて振り下ろした。

「危ない!」

エリオットが雑を守ろうと素早く駆け出したが間に合いそうも無い。
もうだめかと思ったその刹那、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いた。
雑のハンマーが悠然とモンスターの一撃を受け止めていたのだ。
片手でモンスターのカマを抑えて、雑は余裕の笑みを浮かべている。

「ガグググ、グ、ググ……!」
「俺様にちょっかいを出したことを、後悔させてやるからよ。今夜は楽しんでくれや!」
「(……すごい。なんてバカ力なんだ!!)」
「(そんな、こんなことって……!? あの人、凄いできるのかも!?)」

あいにくと雑は戦闘経験が皆無だった。
彼の初の戦闘が、まさに始まろうとしていた。
________________

2008/03/27 15:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人 第9話/雑(ゲッソー)

滅びの巨人 第9話 : 雑とサラ、そしてエリオット
_____________
PC  : 雑
NPC : サラ、エリオット
場所 : ポポル郊外のクレーター
_____________

*あらすじ*
 クレーターにおびき寄せられた雑は、突如現れたカマキリのモンスターと戦うことに。魔法学院の生徒、サラとエリオットが駆けつけるも、雑は二人の応援を拒み、実力を試すことに。サラとエリオットは、雑が秘める、底知れない炎の力を垣間見ることになる。そして二人は、その力に嫉妬を覚える。

 武者震いが襲ってきた。目の前にいる、カマキリの化け物、これが雑の最初の相手だ。いかなる光も拒むかのように黒い体に、赤い目が鈍く光る。エリオットとサラは、この怪物に見覚えがあった。ポポル近辺に生息する、モンスターと似ていたのだ。けれども、あまりに大きくて、禍々しかった。なによりも、体中からにじむ邪悪なオーラが、下級モンスターとかけ離れていた。
 「ねえ、エリオット。これって」
 「ああ、講義で習った。下級モンスターのサイザーのはずだ」
エリオットはソードを握り締めた。
 「だが、こいつは違う。下級モンスターに違いないが、こんな大型じゃないはずだ」
 「お二人さんよ」
 雑が話しかけてきた。
 「何か知ってるらしいが、ちょいと引っ込んでくんな。ちょっくら腕試しすっからよ」
 そういって雑はエリオットたちにウインクし、ニッと笑った。
 「どうする? エリオット」
 「ここは任せることにしよう。やつは使えそうだ」
 エリオットたちはだまってその場を見守ることにした。にわかに沈黙が流れ、シャキシャキという、謎の鳴き声がする。雑はまるで、修羅場をくぐってきた戦士のごとく、どっしりと構えている。モンスターがおもむろに鎌を振りかざすと、雑はすかさず反応した。せい! と気合を発して、横っ腹にハンマーの鉄槌を加えたのだ。鍛え抜かれた筋肉が繰り出す一撃はすさまじく、空気がはじけたのではないかと感じるほど音がした。しこたま腹を打たれたモンスターは吹っ飛ばされて、樹木が横倒しになった。
 「どうでぇ!」
 エリオットとサラは目をまんまるくして驚いてしまった。
 「すごい!」
 「なんてヤツだ……。力だけは一流だな……」 
 ところがこの強烈な一撃にも関わらず、怪物は起き上がった。片方の鎌を杖代わりにしてはいるものの、まだまだ余力があるようだ。
 「もういっぺんお見舞いしてやるぜ」
 雑はハンマーを担ぎ、突進した。するとモンスターの赤い目が一際赤くなった。
 「あぶない!」
 サラが叫んだと同時に、雑は大きくジャンプした。怪物の眼から光線が出たところを飛び越え、雑は空中で体勢を整えた。みるみるうちにハンマーが炎を帯び、キャンプファイアーと見まごうばかりに燃え盛った。ハンマーを天高く掲げ、脳天に叩きつけた。
 「くらえ!」
 怪物は地震かと思うほど揺れたと思った瞬間、地獄のような熱さを感じた。視界がみるみるうちに狭くなり、闘争本能が薄れ、倒れこんだ。怪物は煙のようになって消えてしまい、後にはなぎ倒された樹だけが残った。
 雑は見事に着地を決めると、満面の笑みを浮かべた。
 「やったぜ」
ハンマーを肩に持ち直して、エリオットたちに近づいていった。
 「おどろいたわ」
 「お前、なかなかやるな。ずいぶんと荒削りだが」
 「どうも。にしても、こいつはなんなんだ?」
 「わからん」
 エリオットが答えた。
 「だが、村人に危害を加えようとしているのは確かだ」
 そういって、ポポルの居住区の方角をさした。
 「なるほどね。ところで、お前さんたちは?」
 「そうね、自己紹介がまだだたわね」
 サラが変わって、自己紹介をした。自分達は魔法学院から派遣された者で、ポポルで起きている、一連の事件を追跡していると話た。
 「あなたは?」
 「俺か? 俺は雑だ。鍛冶屋なんだが、修行のために旅してる。武器が壊れたら、まかせてくんな」
 親指でハンマーをさして、ニカっと笑った。口元には花崗岩のように、真っ白な歯が並んでいた。
 「そいつは頼もしい」
 エリオットはぎこちなく笑った。
 「(利用しやすそうな男だな。ま、いい子ちゃんぶっておくに越したことはなかろう。せいぜい使わせてもらおう)」
 エリオットがそう考えた瞬間、雑は脳に不快感を覚えた。相手がいかがわしい考えをすると、いつもこうなるのだ。こういうときは、あからさまに警戒せず、様子をみるのが一番だ。握手をもとめるエリオットに、釈然としない思いを抱きつつも、応じることにした。
 「私はサラ。よろしくね」
 「おう!」
 「(さっきの炎、なかなかのものだったわ。ま、私ほどじゃないけどね。)」
 雑は額を押さえた。
 「あら、どうかしたの?」
 「いや、悪い。オレ、偏頭痛もちなんだ。そんなことより、よろしくな」
 雑はすか手をさしだした。魔法学院といったら、魔法教育機関の頂点だ。ココロを読めないとも限らない。実際のところ、ココロを読む能力には雑の才能のほうが数倍優れていたのだが、訓練を受けていない雑には見抜く目がなかった。
 「そうですか。お大事になさってください。よければ回復してさしあげますけど」
 手を握った瞬間、こんな思考が流れてきた。
 「(あら強がっちゃって。どうせさっきのモンスターにやられちゃったんでしょ。意外とたいしたヤツじゃないのかしらね。まあそんなこと、どうだっていいけどね。私にくらべたらカスみたいなもんだし)」
 「いや、大丈夫だ。ちょっくら顔を洗えばすぐ治るさ。んじゃ、お疲れ」
 雑は精一杯の笑顔で答えた。魔法学院の人間は、こんなものなのか? 忌まわしい考えを必死にふるって、荷物を担ぎ、その場を去った。初勝利の余韻を、台無しにされた気分だった。
 「このままじゃ終われねえよな」
 雑は夜空を見上げた。夏の星座が煌々と照り、数え切れない星が瞬いている。怪物の前に現れた巨大な影は、この空のどこかから現れたのか?
 「この村で何が起きてるか、俺さまの目で確かめてやる」
 雑はこぶしを握り締めて、夜道を歩いていった。


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2009/07/25 02:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人
滅びの巨人 第10話/ベン(ゲッソー)
滅びの巨人 第10話 希望の子
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PC : ベン、テッツ
NPC: ランバート、プレオバンズ、デービー
場所 : ポポルの剣術道場、テッツの臨時研究室
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 雑が未知のモンスターと戦闘を繰り広げた翌朝、ベンはポポルの道場にいた。今日は、近々開かれる大会の、選抜メンバーの決める日だ。教官のデービーが対戦表を張り出すと、教室の誰もが対戦相手の名前を確認した。
 「あ、セイル」
 ベンの初戦の相手はセイルだった。それも、今日の一番手になっている。
 「それでは、セイル、ベン。両者は前へ」
 ベンは木剣をとって、位置にたった。三メートル向かいにたつセイルは、ニヤッと笑った。が、どこかぎこちない。
 「(セイルってば、ガチガチだよ。もっと落ち着かなくっちゃ)」
 セイルはゴクッとつばを飲む。デービーの「構え」の合図とともに、二人は木剣を構える。道場の空気が、一気に引き締まった。
 「始め!」
 デービーの掛け声がすると、セイルは勢いよく突進した。
 「(あ! 速い!)」
 セイルのスピードは、明らかに向上していた。あのテッツという、魔法学院の教授のおかげだろうか。以前と比べてセイルは、格段の進歩を遂げていた。セイルは遠間から打ちうつけ、ギリギリとにじよる。正直言って、ベンから見ればまったく大したことない力だった。しかし、そのあまりの成長ぶりに、ベンはあっさりと撃退することが不憫に思えた。周囲は「あのセイルが、ベンを追い詰めている!?」と映り、目を真ん丸くしていた。
「(なかなかやるねセイル。だけど、これからだよ!)」
 ベンは足に力を入れた。自慢の脚力でセイルから飛びのこうとしたのだ。ところが、セイルは驚くべき技を繰り出した。
「てや!」
「うわ!」
 セイルは何の前触れもなく体をそらした。ベンは支えを失って、前のめりになった。ちょうど寄りかかっていた壁が、倒れたのと同じ状況だ。セイルはベンの木剣の柄を取り、円を描くように回転した。
「うわわわわわあ!?」
 周囲は呆然とし、ベンは混乱した。ぐるぐる回っていたところ、突然ベンは木剣を引っ張りあげられ、後頭部にもっていかれた。勢いがそのまま、転倒のエネルギーに変わったのだ。一瞬だけ見えたセイルの顔は、笑っているようだった。
「(まだだ!)」
 ベンは思い切り床をけって飛び上がり、身軽に一回転して着地した。
「なっ、なにい!?」
 セイルの表情は「ありえない」と言いたげだ。ベンはそのまま、反撃に打って出た。
「(たしかセイルはこうやって……)」
 ベンは自分の木剣を握っている、セイルの手を見た。グイっと引くと、セイルはバランスを崩した。ベンはセイルを引き回し、先ほどとは比較にならないスピードでグルグル回った。あわれセイルの目玉は、ナルトそっくりだ。
「(こう!)」
 ベンは振りかぶるようにして、木剣を引っ張りあげた。その瞬間、ベンはひらめいた。これは素振りの動きだ。方向転換をして、振り下ろせばいいだけだ。ベンがそのとおりにすると、なんとセイルの足が浮かび上がり、空中で仰向けになった。
「(やべえ! 受身しねえと!)」
 セイルの顔は真っ青だった。セイルは床にたたきつけられる瞬間、手のひらでバチンと床をたたいた。次の瞬間襲ってきた衝撃に、セイルは息もままならなくなってしまった。ベンがセイルののど元に木剣を突きつけたところで、試合は終了した。
「やめ!」
 デービーの合図がすると、セイルは気合に任せて、強引に立ち上がった。強がってはいるが、猛特訓の成果をベンにマネされ、ショックを受けているようだ。セイルが窓のほうを向いたので、ベンもなんとなくそちらを向いた。テッツが枝から試合を観ていた。セイルはテッツにペコりとお辞儀をすると、自分の席にまで戻った。







 次の対戦相手は、ランバートだった。慎重は180cmを超え、筋肉たくましく、この道場でダントツの力持ちだ。手には、普通の倍の長さの木剣が握られている。ベンは礼をとりながら、戦法を考えた。セイルのときとは、はっきりいってわけが違う。正面からぶつかったら、間違いなく不利だ。
「始め!」
 ランバートは合図とともに、得意の八相の構えをとった。骨ばった顔に笑顔はなく、どっしりとにらみを利かせている。ジリジリとせまるすり足に、ベンは威圧感を覚えた。まず、出方をさぐろう。ベンは強靭な脚力で、踏み込んで突きを放った。ベンの突きは凄まじいスピードであったとはいえ、ランバートにはたやすく受け止められた。
「ふん!」
 ランバートは力づくベンを突き飛ばした。ベンは衝撃で眉をしかめたが、空中で一回転して足から壁にぶつかり、そのまま着地した。たとえ全国大会や一流の冒険者でも、そうそうできないほどの、華麗な動きだ。ライバル意識がことさら強いセイルでさえも、ベンの動きの華麗さは、認めざるを得ずにいた。
 ランバートは高速のすり足で迫り、怪力の袈裟切りを繰り出す。ベンは猛烈な速さで回り込み、攻撃をかわした。するとランバートの木剣が壁を打った。巨大な岩石の衝突にも劣らない轟音が鳴り響き、道場の全員がぎょっとした。
「(うわぁ! ランバートったら、めちゃくちゃ鍛えてるよ! こまったなぁ……)」
「(ベンのやつ、なんつースピードだ。セイルもかなり鍛えていたようだったけど、やっぱりさっきは本気じゃなかったか)」
 セイルは唖然とした。
「(へ……へん! ま、またちょっとばかし、先をこされたようだな。ま、すぐに追いついてやるさ)」
 そのままランバートがラッシュを仕掛けた。ベンはやむ終えず受け止めたが、その豪腕は予想をはるかに超えていた。木剣の新まで震えているかと思うほどの振動と、手の痛みが襲ってくる。数発受けただけで、ベンの握力は弱まってしまった。この激しい攻撃のなかで、ランバートは巧みなフェイントを行った。ベンの反射神経をもってしなければ、大怪我をしかねなかったことだろう。
 この調子では負けてしまう。ベンは覚えたての技を使うことにした。
「(よっし、いくよランバート)」
 ベンの木剣が、緑色に輝き始めた。
「(……ん? 魔法剣か!?)」
 高度な集中力と、一定レベルの魔法力がないと使えない技だ。ピンチに陥りながらも、ベンは脅威の集中力を発揮したのだ。木剣が衝突する瞬間、ベンは魔法力を解放した。風の力が生み出され、凄まじい反発がランバートを襲う。すかさずベンは再度魔法剣を発動し、ランバートに突進していく。
「くっ!」
 ランバートは渾身の力で木剣を横に薙いだ。ベンは体を丸めてジャンプし、ランバートの頭上をとった。ベンが魔法剣を振るうと、突風がランバートを突き飛ばし、彼をうつぶせにした。ランバートが顔を上げると、そこには木剣があった。
「やめ! 勝負あり。ベン・ドール連勝により、出場権獲得」
 パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。セイルも機械的な拍手を送った。ランバートはベンの手をとって立ち上がると、苦笑いをした。
「あちゃー、負けちまった。いけるとおもったんだがな」
「ランバートってば、ただでさえすごい力なのに、なおさら強くなってて大変だったよ。がんばって出場権を獲得してね」
 ベンはパチリとウインクした。







 ランバートはその後、危なげなく二連勝して選手に選ばれた。セイルも、テッツの特訓の成果を発揮して、どうにか選手となった。選抜試合の終了後、三人は一緒に帰ることにした。時刻は午後三時で、まだ暑い。アブラゼミやミンミンゼミが、うるさいくらいに鳴いている。
「かー! あつっくるしいな! おいセミ! ちょっとくらい静かにしてくれ!」
 セイルが両手をさすりながら言った。見栄を張ってランバートの攻撃をもろに受けたので、ジンジン痛むようだ。
「ポポルだけだよ、こんなに自然が豊かなのは。好きなだけ鳴かせてあげようよ。みんな交尾の相手を探すのに必死なんだからさ。邪魔しちゃかわいそうじゃないか」
「へぇー、ベンが交尾ねぇ」
 セイルがいたずらっぽく笑った。たちまちベンの白いほほが赤くなった。
「ち、ちがうよ! ぼ、ぼくじゃなくて、セミさんたちが……!」
「なあに言ってんだ。そんなんじゃお前……っお?」
 セイルが何かに気づいた。ベンとランバートが視線の方向を見ると、テッツがたっていた。
「がっはっはっは! セイル、ギリギリじゃったなぁ。特訓が甘かったかの?」
「げっ、師匠!? いつのまにこんなところへ。……って、それよりも、なにかあったんすか?」
「うむ、それがの……」
 テッツの声が、若干低くなった。
「お主らにちょいと頼みがあっての。協力してもらえんか?」







 ベンたちはテッツに連れられ、森の奥へと入っていった。これからどこへ行くのかたずねると、テッツの研究室にいくとのことだった。極秘情報を教えるから、内密にせよ、とも言われた。三人は隕石のことを思い出した。当日は安全だ、なんていっておきながら、実は危険な物体だったとでもいうのだろうか? 蒸し暑い中で、冷ややかな汗が伝った。
「到着じゃ」
 そこには壁としっくいが美しい、エキゾチックな家屋があった。
「中に入れ。ここは即席の研究室で、隠れ家のようなものじゃ。秘密はこの中にある」
 テッツが扉を開くと、ギィィ……という、きしむ音がした。今にも倒壊しそうな雰囲気に、三人は冷や汗を流した。ところが中に入ると、およそ外見とはかけ離れた世界が広がった。ものすごい広くて、りっぱな部屋なのだ。吹き抜けのホールのようなつくりで、なんと六階まである。ホールにはわらで編んだめずらしいクッションと、四角くて小さな土間、そして変わったやかんが吊るしてある。一階から六階まで、手すりがなく、幅の広い螺旋階段でつながっていた。ランバートは、心底驚かされた様子だ。
「すごいな。これがテッツ先生の研究室か。さすが魔法学院の先生だ」
「いや、ほんと驚いた。いかにもちっこそうなくせに、デカいもんだぜ。ベンのちんちん並みだな」
 セイルが言った。
「はは、確かにそのとおりだ」
「も、もう! やめてってばあ!」
 ベンのほほが、またもや赤くなった。ベンが中に入ろうとしたとき、テッツが呼び止めた。
「まて、ベン。靴を脱げ」
「あ、ごめんなさい」
 ベンはあわてて靴を脱いだ。セイルとランバートもそれに習った。三人がずんずんと奥へ行こうとすると、テッツが再び呼び止めた。
「あー、靴をそろえよ」
 ベンたちが振り返った。玄関にある、藁のサンダルみたいなものは、体育座りした生徒のように、行儀良く並んでいる。それに対してベンたちの靴は、鬼ごっこをする子供みたいにバラバラだ。三人はキチンと靴を整えた。
「よし!」
 テッツは革靴を脱いだ。体を玄関からみて平行の方を向き、靴を整えた」
「何事も礼儀作法は大事じゃからな」
 テッツは奥へ進みながら言った。階段を上り始めたので、ベンたちも付いていった。その途中、三人は部屋の様子を見学した。二階には巨大な金属製の箱がぎっしり並んでいるかと思えば、三階には蛇口とガラス容器が並ぶだけだった。四回はその中間くらいの間取りで、五階はたくさんのタンクが複雑なパイプで繋がっていた。三人はそのまま、六階に上がった。
「ここじゃ。いろいろ興味深いものがあるじゃろうが、不用意に手を触れてはならんぞ」
 そこはいくつかのテーブルがおいてあり、それぞれに薬品の収容棚が設置されている。各テーブルには、簡便な装置が設置してあった。ガラス管に繋がったビンの中に、真っ黒い砂粒がギッシリと詰っている。この部屋の奥には、透明なシートに包まれた、際だって大きな装置があった。シートの奥で、誰かが忙しそうにしている。もう一人の魔術学院教授、プレオバンズだ。
「バンズ、異常はないか?」
「おお、テッツ。万事順調に運んでおるよ。今度はもしかしたら、解毒できるかもしれん」
 プレオバンズはシートから出てきた。彼は背が高く、ランバートよりもさらに頭ひとつ大きい。やや白髪はボサボサしているが、手の込んだ魔術学院のローブを着こなしていて、なかなかおしゃれだ。
「こんにちは。えーと……」
 ランバートが言いよどんだ。名前が思い出せない。
「プレオバンズだ。バンズと呼んでおくれ。君たちとは隕石の日にしか会ったことがないから、名乗り忘れて追ったのう。それよりも、これを見てごらん」
 プレオバンズは、さきほどの簡便な装置をさした。
「言うまでもなく、これらは隕石の破片だ。よく見ていなさい」
 バンズは手のひらで小さな火をおこした。舞い上がった煙の跡には、昆虫のゲンゴロウがあった。
「みてくれはただのゲンゴロウだが、本物と同じ細胞でできた、精巧な模型だよ。いうなれば、死んで間もないゲンゴロウだ。これを隕石に触れさせると……」
 バンズはゲンゴロウをガラス瓶に入れた。ゲンゴロウが溶液内で隕石に触れると、変化がおきた。
「あ!」
 三人は一斉に声を上げた。隕石はゲンゴロウの中に入り込んでしまったのだ。しばらくすると、ゲンゴロウはスイスイ泳ぎだした。ゲンゴロウはみるみる黒ずんでいき、羽に不気味な模様が浮かんだ。ミミズ腫れの魔法陣のようなそれは、初めオレンジに光り、だんだんと赤くなっていく。ベンはこの模様に、非常な嫌悪感を覚えた。そのとき、ゲンゴロウが三人をにらんだ。目は赤く発行し、生き物の温かみは微塵もない。三人は思わず顔を引いたが、ゲンゴロウは水面から飛び出そうとした。しかし、ゲンゴロウは動きを止め、苦しそうにもがき、ビンのそこに落ちた。
「と、こんなもんだ」
 プレオバンズが指を弾くと、ゲンゴロウは消滅した。跡には、隕石の粒が残された。
「び、びっくりしたあ!」
「なんじゃこりゃあ!」
「せ、せんせえ! 早く言ってくださいよ! 心臓止まるかと思いましたよ」
 ベン、セイル、ランバートが言った。
「ははは、悪いことをしたね」
「どうじゃ。これは生物の死骸を侵食して凶暴化させる。ほうっておくわけにはいかんのじゃ。お主らも、手伝ってはくれんかの?」
 三人は顔を見合わせ、うなずいた。
「頼もしい限りじゃ。ガッハッハッハ!」
 テッツはうれしそうに笑った。
 テッツの説明によると、次の二つを手伝ってほしいとのことだ。一つ目は、隕石に侵されたモンスターから、ポポルを防衛すること。二つ目は、隕石を無力化する方法を調査することだった。
「テッツ先生、こんな危ないもの、ボクたちだけで大丈夫なんですか?」
 ベンが質問した。
「魔術学院にはちゃんと連絡してある。だが、どうやら演習授業扱いにされてしもうた。一刻も早く解決せねばならん。そこでじゃ、お主らに便利なアイテムを渡したい」
 テッツは三人に、魔術学院のシンボルが印刷された手帳を渡した。
「備え付けのペンで文字が書ける。文面ができたら次のページをめくるのじゃ。送りたい相手の名前をペンで押せば、相手の手帳に文章が浮かび上がる。ためしに使ってみよ」
 三人は言われたとおり、使ってみることにした。ベンは「こんにちは。みんな、がんばろうね!」と書き、セイルは「ああああああ」と、ランバートは「オッス!」と送った。
「うまく使えたようじゃな。悪口とかには使うでないぞ。何か知らせがあれば、わしらのほうから手帳に送る。情報を交換し合って……!」
 透明シートの向こうから、ガタガタと音がした。装置が小刻みにゆれている。
「な、なんすか? あの、いかにもアブなそ~な揺れ方は?」
 セイルが間の抜けた表情で言った。
「下がるんだ!」
 バンズが指示した。ピシッ、と乾いた音がしたとき、テッツが叫んだ。
「伏せい!」
 テッツがベン、セイル、ランバートを後ろへ突き飛ばした。三人は小柄なテッツのどこに、こんな怪力があるのかと思った。抗議の声を上げようとしたそのとき、装置が砕けた。次の瞬間、正気を疑う光景が展開された。突如として飛び出した巨大な手が、つかみかかってきた。その邪悪な黒い手に、テッツは直前で回り込んだ。そのまま禍々しい手の中指をがっしり掴み、ねじった。テッツの全身が、この手をひねる形となり、亡者の手をもぎ取った。分離された腕は煙となって消え、テッツはもいだ手を踏みつけた。ジタバタする力は相当なものであるのに、まるでビクともしない。ベンたちは、目を真ん丸くして見入ってしまった。
「ふん!」
 テッツは気合とともに、亡者の手を踏み潰した。手は二、三度痙攣したのち、消滅した。床には、握りこぶしほどの、黒い石が転がっていた。数日前に降ってきた、あの隕石だ。
「やれやれ、また失敗か」
 プレオバンズがおもむろに隕石をひろった。
「ば、バンズ先生! さわっちゃって大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、私は魔方陣で手をガードできるからね」
「ふん、ベンよ。マネするでないぞ」
 テッツは砕けた装置の中から、黒い金属のケースを取り出した。プレオバンズが隕石に文様を描くと、そこに収容した。ランバートは心配そうにたずねた。
「あの……、さっきまでそこに入れておいたんですよね? 大丈夫なんでしょうか? その……そのなかから、飛び出してきた……はずですよね?」
「いや、それがね……」
 バンズは苦笑いした。
「ケース自体は安全だ。極めて、ね。ただ、それゆえこのケースに入れたままだと、一切の処理ができないんだ。なので、装置の中でケースを瞬間的に開けて、研究中の術をかけるんだが……だいぶ難儀なものでね。タイミングをずらしたり、術が効かないとさっきのようになる。なかなか手ごわい相手だよ」
 バンズはケースをパシパシ叩いた。
「あの……」
 ベンが遠慮がちに言った。
「なんだね?」
「その隕石を、ちょっとだけボクに見せてください」
 バンズは予想外の質問を受けた。
「それはいけない。これは結構な危険物だ。ほかのものならともかく、これは……」
「そうでしたら……」
 ベンは食い下がった。
「そうでしたら、そのケースに入れたままでいいんです。どうしても、ボクに見せてください」
「それならよかろう。しかし君も、相当な物好きだねぇ」
 バンズはケースをベンに渡した。受け取ったところ、かなり重い。ベンはどうにか片手で持つことができたが、ここだけの話、ランバートはともかくセイルには無理だったろう。細腕ながらにも、ベンはかなり力が強いのだ。
 ベンは隕石の夜から、胸騒ぎを感じていた。なすべきことをなす、その時であると、心臓の鼓動が語っているのだ。ベンが瞳を閉じると、ピアスが輝いた。あたりには小さな気流が生まれ、ケースは共鳴するかのように振動した。
「おお……!?」
 テッツとバンズは驚嘆した。悪戦苦闘した忌まわしい物体が、みるみる沈静化していくのだ。ピアスの輝きはあわく、はかなげで、そして包み込むように優しかった。幼子の微笑みのような灯りは強さを増していき、ベンの背中に、八つの羽が現れた。
「べ、ベン!?」
「お、お前……!」
 セイルとランバートが声をあげた。羽の生えたベンには、厳かな美しさが宿っていた。慣れ親しんだ彼とは、まるで別な人間のように感じられた。それどころか、人間以上の尊げな存在であるような、奇妙な感覚さえ覚えた。ベンが手を宙にかざすと、ケースから隕石がすり抜けて、手に停まった。隕石は青く発光し、その強烈な光りに、セイルたち四人は目をつぶった。光りが収まったところで目を開けると、いつもの姿に戻ったベンがにっこりと笑っていた。
「もう大丈夫です。隕石も、この部屋においてあった欠片も、すべて浄化しました」
「う、うむ! お、お主の協力に感謝する。しかし……」
 テッツは言葉に詰まった。いまの神秘的な力は何なのか? ベンがただの少年ではないことは、明らかだった。
「ベン、すげぇなあ!」
 ランバートは素直に感動している様子だった。まるで、チームメイトの成長を祝うような明るい表情だ。しかし、セイルは違った。
「な、なあ……ベン? お前、どこでそんな魔法を習ったんだ? いや、そんなことより。お、おれにも……」
 セイルはつばを飲み込んだ。
「おれにも……できるか?」
 セイルはどこか、傷ついたような、落ち込んだような様子だ。テッツはセイルの変調を見過ごさなかった。ベンが「えっ?」といった顔で、答えに困っているうちに、口を挟んだ。
「あー、つもる話は後でよい。ともかく、強い見方ができたわけじゃ。わしの目に狂いはなかったの!」
 テッツは豪快に、うしゃうしゃと笑った。そのあまりの豪放っぷりに、みなつられて笑うしかなかった。うかない顔のセイルでさえも、うっすら笑顔を見せた。テッツはその場で、今日はお開き、各自行動開始と告げた。プレオバンズは茶を飲むと言って一階まで降りていった。ベンたちもまた、外へ出るために付いていった。
「セイル」
 テッツが呼んだ。
「は、はい! なんすか、師匠?」
「遅くなったが、今日の選抜試合について反省会じゃ」
 セイルはベンとランバートに「わりぃ、ちょっといってくらぁ。さきにいっといてくれ」と言った。するとそのまま、テッツに駆け寄った。
「ゴホン! あー、試合はまあまあ、よくやったのう。しかし、反応が鈍い。瞬間的に体が動くまで、根気強く、明確な目標を持ち、そして!」
 テッツは強調するかのように、語気を強めた。セイルの集中力が、いやがおうにも高まる。
「なにより、楽しんで練習することじゃ」
「は、はい!」
「ゆえにセイル」
 テッツはいつも以上に大きな咳払いをした。セイルは、テッツからいつもと違う印象を受けた。
「あの二人と、過度に張り合おうとするな」
「え!?」
 セイルの表情が凍りついた。まるで選抜メンバー失格を言い渡されたかのように、愕然としている。
「ランバートは数万か、数十万、いや、数百万人に一人の才覚。ベンにいたっては、わしも見たことがないほどの天賦の才じゃ。人間とは思えぬほどの、な」
 テッツは少し考えて、言葉を発した。
「わしはな、セイル、お主に才能がないと言っているのではない。お主には素質がある。じゃが、あの二人は、優れすぎておる。戦うために生まれてきたようなガキどもじゃ。セイル、劣等感の虜では、自らの道を閉ざすぞい」
 セイルは茫然自失となった。一番認めたくなかったことを言われたのだ。
「つ、つまりその……なにが言いたいんすか? お、おれは……」
 セイルは歯を食いしばった。
「おれは、ベンに追いつきたくって……ランバートにも……」
「セイルよ」
 テッツは語りかけた。
「わしらは今、大いなるさだめを目撃しておる。お主はその特等席におるのじゃ」
「おれも、訓練すれば、ベンがやったことくらい……」
「それはムリじゃ」
 テッツは言い切った。
「人知を超えた、大いなる力じゃ。運命から使わされた、希望の光りじゃ。わしらには、マネごとすらままならん」
「そんなはず、ないっすよ……。だって、お、おなじ……」
 人間、という言葉をいえなかった。二人は、人間以上の存在かもしれない。ベンだって、ランバートだって、いつかは追い越せると思っていた気持ちが、傷つけられた気がした。
「セイル、お主には、お主の為すべきことがある。その使命を見つけ、成し遂げるのじゃ」
 セイルは下を向いて、すすりないた。黙ってその場を立ち去り、外へ出て行った。
「誰もが通る道じゃ」
 テッツはそっと呟き、散らかった研究室を片付け始めた。

(つづく)
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2010/01/28 03:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人

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