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2025/03/10 06:15 |
滅びの巨人 第10話/ベン(ゲッソー)
滅びの巨人 第10話 希望の子
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PC : ベン、テッツ
NPC: ランバート、プレオバンズ、デービー
場所 : ポポルの剣術道場、テッツの臨時研究室
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 雑が未知のモンスターと戦闘を繰り広げた翌朝、ベンはポポルの道場にいた。今日は、近々開かれる大会の、選抜メンバーの決める日だ。教官のデービーが対戦表を張り出すと、教室の誰もが対戦相手の名前を確認した。
 「あ、セイル」
 ベンの初戦の相手はセイルだった。それも、今日の一番手になっている。
 「それでは、セイル、ベン。両者は前へ」
 ベンは木剣をとって、位置にたった。三メートル向かいにたつセイルは、ニヤッと笑った。が、どこかぎこちない。
 「(セイルってば、ガチガチだよ。もっと落ち着かなくっちゃ)」
 セイルはゴクッとつばを飲む。デービーの「構え」の合図とともに、二人は木剣を構える。道場の空気が、一気に引き締まった。
 「始め!」
 デービーの掛け声がすると、セイルは勢いよく突進した。
 「(あ! 速い!)」
 セイルのスピードは、明らかに向上していた。あのテッツという、魔法学院の教授のおかげだろうか。以前と比べてセイルは、格段の進歩を遂げていた。セイルは遠間から打ちうつけ、ギリギリとにじよる。正直言って、ベンから見ればまったく大したことない力だった。しかし、そのあまりの成長ぶりに、ベンはあっさりと撃退することが不憫に思えた。周囲は「あのセイルが、ベンを追い詰めている!?」と映り、目を真ん丸くしていた。
「(なかなかやるねセイル。だけど、これからだよ!)」
 ベンは足に力を入れた。自慢の脚力でセイルから飛びのこうとしたのだ。ところが、セイルは驚くべき技を繰り出した。
「てや!」
「うわ!」
 セイルは何の前触れもなく体をそらした。ベンは支えを失って、前のめりになった。ちょうど寄りかかっていた壁が、倒れたのと同じ状況だ。セイルはベンの木剣の柄を取り、円を描くように回転した。
「うわわわわわあ!?」
 周囲は呆然とし、ベンは混乱した。ぐるぐる回っていたところ、突然ベンは木剣を引っ張りあげられ、後頭部にもっていかれた。勢いがそのまま、転倒のエネルギーに変わったのだ。一瞬だけ見えたセイルの顔は、笑っているようだった。
「(まだだ!)」
 ベンは思い切り床をけって飛び上がり、身軽に一回転して着地した。
「なっ、なにい!?」
 セイルの表情は「ありえない」と言いたげだ。ベンはそのまま、反撃に打って出た。
「(たしかセイルはこうやって……)」
 ベンは自分の木剣を握っている、セイルの手を見た。グイっと引くと、セイルはバランスを崩した。ベンはセイルを引き回し、先ほどとは比較にならないスピードでグルグル回った。あわれセイルの目玉は、ナルトそっくりだ。
「(こう!)」
 ベンは振りかぶるようにして、木剣を引っ張りあげた。その瞬間、ベンはひらめいた。これは素振りの動きだ。方向転換をして、振り下ろせばいいだけだ。ベンがそのとおりにすると、なんとセイルの足が浮かび上がり、空中で仰向けになった。
「(やべえ! 受身しねえと!)」
 セイルの顔は真っ青だった。セイルは床にたたきつけられる瞬間、手のひらでバチンと床をたたいた。次の瞬間襲ってきた衝撃に、セイルは息もままならなくなってしまった。ベンがセイルののど元に木剣を突きつけたところで、試合は終了した。
「やめ!」
 デービーの合図がすると、セイルは気合に任せて、強引に立ち上がった。強がってはいるが、猛特訓の成果をベンにマネされ、ショックを受けているようだ。セイルが窓のほうを向いたので、ベンもなんとなくそちらを向いた。テッツが枝から試合を観ていた。セイルはテッツにペコりとお辞儀をすると、自分の席にまで戻った。







 次の対戦相手は、ランバートだった。慎重は180cmを超え、筋肉たくましく、この道場でダントツの力持ちだ。手には、普通の倍の長さの木剣が握られている。ベンは礼をとりながら、戦法を考えた。セイルのときとは、はっきりいってわけが違う。正面からぶつかったら、間違いなく不利だ。
「始め!」
 ランバートは合図とともに、得意の八相の構えをとった。骨ばった顔に笑顔はなく、どっしりとにらみを利かせている。ジリジリとせまるすり足に、ベンは威圧感を覚えた。まず、出方をさぐろう。ベンは強靭な脚力で、踏み込んで突きを放った。ベンの突きは凄まじいスピードであったとはいえ、ランバートにはたやすく受け止められた。
「ふん!」
 ランバートは力づくベンを突き飛ばした。ベンは衝撃で眉をしかめたが、空中で一回転して足から壁にぶつかり、そのまま着地した。たとえ全国大会や一流の冒険者でも、そうそうできないほどの、華麗な動きだ。ライバル意識がことさら強いセイルでさえも、ベンの動きの華麗さは、認めざるを得ずにいた。
 ランバートは高速のすり足で迫り、怪力の袈裟切りを繰り出す。ベンは猛烈な速さで回り込み、攻撃をかわした。するとランバートの木剣が壁を打った。巨大な岩石の衝突にも劣らない轟音が鳴り響き、道場の全員がぎょっとした。
「(うわぁ! ランバートったら、めちゃくちゃ鍛えてるよ! こまったなぁ……)」
「(ベンのやつ、なんつースピードだ。セイルもかなり鍛えていたようだったけど、やっぱりさっきは本気じゃなかったか)」
 セイルは唖然とした。
「(へ……へん! ま、またちょっとばかし、先をこされたようだな。ま、すぐに追いついてやるさ)」
 そのままランバートがラッシュを仕掛けた。ベンはやむ終えず受け止めたが、その豪腕は予想をはるかに超えていた。木剣の新まで震えているかと思うほどの振動と、手の痛みが襲ってくる。数発受けただけで、ベンの握力は弱まってしまった。この激しい攻撃のなかで、ランバートは巧みなフェイントを行った。ベンの反射神経をもってしなければ、大怪我をしかねなかったことだろう。
 この調子では負けてしまう。ベンは覚えたての技を使うことにした。
「(よっし、いくよランバート)」
 ベンの木剣が、緑色に輝き始めた。
「(……ん? 魔法剣か!?)」
 高度な集中力と、一定レベルの魔法力がないと使えない技だ。ピンチに陥りながらも、ベンは脅威の集中力を発揮したのだ。木剣が衝突する瞬間、ベンは魔法力を解放した。風の力が生み出され、凄まじい反発がランバートを襲う。すかさずベンは再度魔法剣を発動し、ランバートに突進していく。
「くっ!」
 ランバートは渾身の力で木剣を横に薙いだ。ベンは体を丸めてジャンプし、ランバートの頭上をとった。ベンが魔法剣を振るうと、突風がランバートを突き飛ばし、彼をうつぶせにした。ランバートが顔を上げると、そこには木剣があった。
「やめ! 勝負あり。ベン・ドール連勝により、出場権獲得」
 パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。セイルも機械的な拍手を送った。ランバートはベンの手をとって立ち上がると、苦笑いをした。
「あちゃー、負けちまった。いけるとおもったんだがな」
「ランバートってば、ただでさえすごい力なのに、なおさら強くなってて大変だったよ。がんばって出場権を獲得してね」
 ベンはパチリとウインクした。







 ランバートはその後、危なげなく二連勝して選手に選ばれた。セイルも、テッツの特訓の成果を発揮して、どうにか選手となった。選抜試合の終了後、三人は一緒に帰ることにした。時刻は午後三時で、まだ暑い。アブラゼミやミンミンゼミが、うるさいくらいに鳴いている。
「かー! あつっくるしいな! おいセミ! ちょっとくらい静かにしてくれ!」
 セイルが両手をさすりながら言った。見栄を張ってランバートの攻撃をもろに受けたので、ジンジン痛むようだ。
「ポポルだけだよ、こんなに自然が豊かなのは。好きなだけ鳴かせてあげようよ。みんな交尾の相手を探すのに必死なんだからさ。邪魔しちゃかわいそうじゃないか」
「へぇー、ベンが交尾ねぇ」
 セイルがいたずらっぽく笑った。たちまちベンの白いほほが赤くなった。
「ち、ちがうよ! ぼ、ぼくじゃなくて、セミさんたちが……!」
「なあに言ってんだ。そんなんじゃお前……っお?」
 セイルが何かに気づいた。ベンとランバートが視線の方向を見ると、テッツがたっていた。
「がっはっはっは! セイル、ギリギリじゃったなぁ。特訓が甘かったかの?」
「げっ、師匠!? いつのまにこんなところへ。……って、それよりも、なにかあったんすか?」
「うむ、それがの……」
 テッツの声が、若干低くなった。
「お主らにちょいと頼みがあっての。協力してもらえんか?」







 ベンたちはテッツに連れられ、森の奥へと入っていった。これからどこへ行くのかたずねると、テッツの研究室にいくとのことだった。極秘情報を教えるから、内密にせよ、とも言われた。三人は隕石のことを思い出した。当日は安全だ、なんていっておきながら、実は危険な物体だったとでもいうのだろうか? 蒸し暑い中で、冷ややかな汗が伝った。
「到着じゃ」
 そこには壁としっくいが美しい、エキゾチックな家屋があった。
「中に入れ。ここは即席の研究室で、隠れ家のようなものじゃ。秘密はこの中にある」
 テッツが扉を開くと、ギィィ……という、きしむ音がした。今にも倒壊しそうな雰囲気に、三人は冷や汗を流した。ところが中に入ると、およそ外見とはかけ離れた世界が広がった。ものすごい広くて、りっぱな部屋なのだ。吹き抜けのホールのようなつくりで、なんと六階まである。ホールにはわらで編んだめずらしいクッションと、四角くて小さな土間、そして変わったやかんが吊るしてある。一階から六階まで、手すりがなく、幅の広い螺旋階段でつながっていた。ランバートは、心底驚かされた様子だ。
「すごいな。これがテッツ先生の研究室か。さすが魔法学院の先生だ」
「いや、ほんと驚いた。いかにもちっこそうなくせに、デカいもんだぜ。ベンのちんちん並みだな」
 セイルが言った。
「はは、確かにそのとおりだ」
「も、もう! やめてってばあ!」
 ベンのほほが、またもや赤くなった。ベンが中に入ろうとしたとき、テッツが呼び止めた。
「まて、ベン。靴を脱げ」
「あ、ごめんなさい」
 ベンはあわてて靴を脱いだ。セイルとランバートもそれに習った。三人がずんずんと奥へ行こうとすると、テッツが再び呼び止めた。
「あー、靴をそろえよ」
 ベンたちが振り返った。玄関にある、藁のサンダルみたいなものは、体育座りした生徒のように、行儀良く並んでいる。それに対してベンたちの靴は、鬼ごっこをする子供みたいにバラバラだ。三人はキチンと靴を整えた。
「よし!」
 テッツは革靴を脱いだ。体を玄関からみて平行の方を向き、靴を整えた」
「何事も礼儀作法は大事じゃからな」
 テッツは奥へ進みながら言った。階段を上り始めたので、ベンたちも付いていった。その途中、三人は部屋の様子を見学した。二階には巨大な金属製の箱がぎっしり並んでいるかと思えば、三階には蛇口とガラス容器が並ぶだけだった。四回はその中間くらいの間取りで、五階はたくさんのタンクが複雑なパイプで繋がっていた。三人はそのまま、六階に上がった。
「ここじゃ。いろいろ興味深いものがあるじゃろうが、不用意に手を触れてはならんぞ」
 そこはいくつかのテーブルがおいてあり、それぞれに薬品の収容棚が設置されている。各テーブルには、簡便な装置が設置してあった。ガラス管に繋がったビンの中に、真っ黒い砂粒がギッシリと詰っている。この部屋の奥には、透明なシートに包まれた、際だって大きな装置があった。シートの奥で、誰かが忙しそうにしている。もう一人の魔術学院教授、プレオバンズだ。
「バンズ、異常はないか?」
「おお、テッツ。万事順調に運んでおるよ。今度はもしかしたら、解毒できるかもしれん」
 プレオバンズはシートから出てきた。彼は背が高く、ランバートよりもさらに頭ひとつ大きい。やや白髪はボサボサしているが、手の込んだ魔術学院のローブを着こなしていて、なかなかおしゃれだ。
「こんにちは。えーと……」
 ランバートが言いよどんだ。名前が思い出せない。
「プレオバンズだ。バンズと呼んでおくれ。君たちとは隕石の日にしか会ったことがないから、名乗り忘れて追ったのう。それよりも、これを見てごらん」
 プレオバンズは、さきほどの簡便な装置をさした。
「言うまでもなく、これらは隕石の破片だ。よく見ていなさい」
 バンズは手のひらで小さな火をおこした。舞い上がった煙の跡には、昆虫のゲンゴロウがあった。
「みてくれはただのゲンゴロウだが、本物と同じ細胞でできた、精巧な模型だよ。いうなれば、死んで間もないゲンゴロウだ。これを隕石に触れさせると……」
 バンズはゲンゴロウをガラス瓶に入れた。ゲンゴロウが溶液内で隕石に触れると、変化がおきた。
「あ!」
 三人は一斉に声を上げた。隕石はゲンゴロウの中に入り込んでしまったのだ。しばらくすると、ゲンゴロウはスイスイ泳ぎだした。ゲンゴロウはみるみる黒ずんでいき、羽に不気味な模様が浮かんだ。ミミズ腫れの魔法陣のようなそれは、初めオレンジに光り、だんだんと赤くなっていく。ベンはこの模様に、非常な嫌悪感を覚えた。そのとき、ゲンゴロウが三人をにらんだ。目は赤く発行し、生き物の温かみは微塵もない。三人は思わず顔を引いたが、ゲンゴロウは水面から飛び出そうとした。しかし、ゲンゴロウは動きを止め、苦しそうにもがき、ビンのそこに落ちた。
「と、こんなもんだ」
 プレオバンズが指を弾くと、ゲンゴロウは消滅した。跡には、隕石の粒が残された。
「び、びっくりしたあ!」
「なんじゃこりゃあ!」
「せ、せんせえ! 早く言ってくださいよ! 心臓止まるかと思いましたよ」
 ベン、セイル、ランバートが言った。
「ははは、悪いことをしたね」
「どうじゃ。これは生物の死骸を侵食して凶暴化させる。ほうっておくわけにはいかんのじゃ。お主らも、手伝ってはくれんかの?」
 三人は顔を見合わせ、うなずいた。
「頼もしい限りじゃ。ガッハッハッハ!」
 テッツはうれしそうに笑った。
 テッツの説明によると、次の二つを手伝ってほしいとのことだ。一つ目は、隕石に侵されたモンスターから、ポポルを防衛すること。二つ目は、隕石を無力化する方法を調査することだった。
「テッツ先生、こんな危ないもの、ボクたちだけで大丈夫なんですか?」
 ベンが質問した。
「魔術学院にはちゃんと連絡してある。だが、どうやら演習授業扱いにされてしもうた。一刻も早く解決せねばならん。そこでじゃ、お主らに便利なアイテムを渡したい」
 テッツは三人に、魔術学院のシンボルが印刷された手帳を渡した。
「備え付けのペンで文字が書ける。文面ができたら次のページをめくるのじゃ。送りたい相手の名前をペンで押せば、相手の手帳に文章が浮かび上がる。ためしに使ってみよ」
 三人は言われたとおり、使ってみることにした。ベンは「こんにちは。みんな、がんばろうね!」と書き、セイルは「ああああああ」と、ランバートは「オッス!」と送った。
「うまく使えたようじゃな。悪口とかには使うでないぞ。何か知らせがあれば、わしらのほうから手帳に送る。情報を交換し合って……!」
 透明シートの向こうから、ガタガタと音がした。装置が小刻みにゆれている。
「な、なんすか? あの、いかにもアブなそ~な揺れ方は?」
 セイルが間の抜けた表情で言った。
「下がるんだ!」
 バンズが指示した。ピシッ、と乾いた音がしたとき、テッツが叫んだ。
「伏せい!」
 テッツがベン、セイル、ランバートを後ろへ突き飛ばした。三人は小柄なテッツのどこに、こんな怪力があるのかと思った。抗議の声を上げようとしたそのとき、装置が砕けた。次の瞬間、正気を疑う光景が展開された。突如として飛び出した巨大な手が、つかみかかってきた。その邪悪な黒い手に、テッツは直前で回り込んだ。そのまま禍々しい手の中指をがっしり掴み、ねじった。テッツの全身が、この手をひねる形となり、亡者の手をもぎ取った。分離された腕は煙となって消え、テッツはもいだ手を踏みつけた。ジタバタする力は相当なものであるのに、まるでビクともしない。ベンたちは、目を真ん丸くして見入ってしまった。
「ふん!」
 テッツは気合とともに、亡者の手を踏み潰した。手は二、三度痙攣したのち、消滅した。床には、握りこぶしほどの、黒い石が転がっていた。数日前に降ってきた、あの隕石だ。
「やれやれ、また失敗か」
 プレオバンズがおもむろに隕石をひろった。
「ば、バンズ先生! さわっちゃって大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、私は魔方陣で手をガードできるからね」
「ふん、ベンよ。マネするでないぞ」
 テッツは砕けた装置の中から、黒い金属のケースを取り出した。プレオバンズが隕石に文様を描くと、そこに収容した。ランバートは心配そうにたずねた。
「あの……、さっきまでそこに入れておいたんですよね? 大丈夫なんでしょうか? その……そのなかから、飛び出してきた……はずですよね?」
「いや、それがね……」
 バンズは苦笑いした。
「ケース自体は安全だ。極めて、ね。ただ、それゆえこのケースに入れたままだと、一切の処理ができないんだ。なので、装置の中でケースを瞬間的に開けて、研究中の術をかけるんだが……だいぶ難儀なものでね。タイミングをずらしたり、術が効かないとさっきのようになる。なかなか手ごわい相手だよ」
 バンズはケースをパシパシ叩いた。
「あの……」
 ベンが遠慮がちに言った。
「なんだね?」
「その隕石を、ちょっとだけボクに見せてください」
 バンズは予想外の質問を受けた。
「それはいけない。これは結構な危険物だ。ほかのものならともかく、これは……」
「そうでしたら……」
 ベンは食い下がった。
「そうでしたら、そのケースに入れたままでいいんです。どうしても、ボクに見せてください」
「それならよかろう。しかし君も、相当な物好きだねぇ」
 バンズはケースをベンに渡した。受け取ったところ、かなり重い。ベンはどうにか片手で持つことができたが、ここだけの話、ランバートはともかくセイルには無理だったろう。細腕ながらにも、ベンはかなり力が強いのだ。
 ベンは隕石の夜から、胸騒ぎを感じていた。なすべきことをなす、その時であると、心臓の鼓動が語っているのだ。ベンが瞳を閉じると、ピアスが輝いた。あたりには小さな気流が生まれ、ケースは共鳴するかのように振動した。
「おお……!?」
 テッツとバンズは驚嘆した。悪戦苦闘した忌まわしい物体が、みるみる沈静化していくのだ。ピアスの輝きはあわく、はかなげで、そして包み込むように優しかった。幼子の微笑みのような灯りは強さを増していき、ベンの背中に、八つの羽が現れた。
「べ、ベン!?」
「お、お前……!」
 セイルとランバートが声をあげた。羽の生えたベンには、厳かな美しさが宿っていた。慣れ親しんだ彼とは、まるで別な人間のように感じられた。それどころか、人間以上の尊げな存在であるような、奇妙な感覚さえ覚えた。ベンが手を宙にかざすと、ケースから隕石がすり抜けて、手に停まった。隕石は青く発光し、その強烈な光りに、セイルたち四人は目をつぶった。光りが収まったところで目を開けると、いつもの姿に戻ったベンがにっこりと笑っていた。
「もう大丈夫です。隕石も、この部屋においてあった欠片も、すべて浄化しました」
「う、うむ! お、お主の協力に感謝する。しかし……」
 テッツは言葉に詰まった。いまの神秘的な力は何なのか? ベンがただの少年ではないことは、明らかだった。
「ベン、すげぇなあ!」
 ランバートは素直に感動している様子だった。まるで、チームメイトの成長を祝うような明るい表情だ。しかし、セイルは違った。
「な、なあ……ベン? お前、どこでそんな魔法を習ったんだ? いや、そんなことより。お、おれにも……」
 セイルはつばを飲み込んだ。
「おれにも……できるか?」
 セイルはどこか、傷ついたような、落ち込んだような様子だ。テッツはセイルの変調を見過ごさなかった。ベンが「えっ?」といった顔で、答えに困っているうちに、口を挟んだ。
「あー、つもる話は後でよい。ともかく、強い見方ができたわけじゃ。わしの目に狂いはなかったの!」
 テッツは豪快に、うしゃうしゃと笑った。そのあまりの豪放っぷりに、みなつられて笑うしかなかった。うかない顔のセイルでさえも、うっすら笑顔を見せた。テッツはその場で、今日はお開き、各自行動開始と告げた。プレオバンズは茶を飲むと言って一階まで降りていった。ベンたちもまた、外へ出るために付いていった。
「セイル」
 テッツが呼んだ。
「は、はい! なんすか、師匠?」
「遅くなったが、今日の選抜試合について反省会じゃ」
 セイルはベンとランバートに「わりぃ、ちょっといってくらぁ。さきにいっといてくれ」と言った。するとそのまま、テッツに駆け寄った。
「ゴホン! あー、試合はまあまあ、よくやったのう。しかし、反応が鈍い。瞬間的に体が動くまで、根気強く、明確な目標を持ち、そして!」
 テッツは強調するかのように、語気を強めた。セイルの集中力が、いやがおうにも高まる。
「なにより、楽しんで練習することじゃ」
「は、はい!」
「ゆえにセイル」
 テッツはいつも以上に大きな咳払いをした。セイルは、テッツからいつもと違う印象を受けた。
「あの二人と、過度に張り合おうとするな」
「え!?」
 セイルの表情が凍りついた。まるで選抜メンバー失格を言い渡されたかのように、愕然としている。
「ランバートは数万か、数十万、いや、数百万人に一人の才覚。ベンにいたっては、わしも見たことがないほどの天賦の才じゃ。人間とは思えぬほどの、な」
 テッツは少し考えて、言葉を発した。
「わしはな、セイル、お主に才能がないと言っているのではない。お主には素質がある。じゃが、あの二人は、優れすぎておる。戦うために生まれてきたようなガキどもじゃ。セイル、劣等感の虜では、自らの道を閉ざすぞい」
 セイルは茫然自失となった。一番認めたくなかったことを言われたのだ。
「つ、つまりその……なにが言いたいんすか? お、おれは……」
 セイルは歯を食いしばった。
「おれは、ベンに追いつきたくって……ランバートにも……」
「セイルよ」
 テッツは語りかけた。
「わしらは今、大いなるさだめを目撃しておる。お主はその特等席におるのじゃ」
「おれも、訓練すれば、ベンがやったことくらい……」
「それはムリじゃ」
 テッツは言い切った。
「人知を超えた、大いなる力じゃ。運命から使わされた、希望の光りじゃ。わしらには、マネごとすらままならん」
「そんなはず、ないっすよ……。だって、お、おなじ……」
 人間、という言葉をいえなかった。二人は、人間以上の存在かもしれない。ベンだって、ランバートだって、いつかは追い越せると思っていた気持ちが、傷つけられた気がした。
「セイル、お主には、お主の為すべきことがある。その使命を見つけ、成し遂げるのじゃ」
 セイルは下を向いて、すすりないた。黙ってその場を立ち去り、外へ出て行った。
「誰もが通る道じゃ」
 テッツはそっと呟き、散らかった研究室を片付け始めた。

(つづく)
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2010/01/28 03:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○滅びの巨人

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