忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 08:36 |
星への距離 1/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ
NPC:仕立て屋一家
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

セーラムという小さな街には、仕立て屋が一軒あった。
注文を受けて衣服を仕立てるのが主な仕事だが、金さえもらえば寸法直しや古着の仕
立て直しもする。
店は二階建てで、一階に店を構え、二階を生活の場にしている。
店主と、その妻、そして息子の三人が、経営を切り盛りしていた。

二年前までは。


「洗濯に行ってきます」

カゴいっぱいになった洗い物を抱え、二階から降りてきた少女は、そう言って外へと
続くドアを開けようとした。
小柄で肉付きが薄く、銀色の髪にカチューシャをつけた少女である。

「スーシャ、これも洗っておきな」

威圧的な低い声に振り向くと、ばさ、と頭に布が落ちてきた。
放られたのだ、と理解するのに時間はかからなかった。

――汗くさい。

人に向かって汚れ物を投げつけるのは、失礼極まる行為である。
怒りをおぼえて当然、と言ってもよい。
しかし、スーシャと呼ばれた少女は特にこれといって怒りの反応を示さなかった。
うつむき加減の目に悲しみの色を浮かべたものの、何かを言うこともなく、放られた
布をカゴに入れる。

「行ってきます」

静かに告げ、ドアを開けて外へ出た。
洗濯場は家の敷地内にある井戸のそばだ。
そこまでのわずかな距離を歩きながら、スーシャの青い目に、じわり、と涙がにじ
む。
口元をぎゅっと閉じ、カゴを持つ手に力がこもる。
……泣くのをこらえているのだ。
泣いたってどうしようもないことぐらい、彼女だって理解している。
それに、泣いているところを目撃されたら、「めそめそして、気に入らない」などと
なじられてしまう。

スーシャは、二年前、この仕立て屋の家にもらわれてきた、養女だった。

世間一般に、養女がどんな扱いを受けるのかはわからないが、スーシャの場合、この
家において一番立場の弱い人間だった。
どこにも味方などいない。
たとえ八つ当たりをされても、文句など言えない。
そんなことをしたら、「養ってもらっているくせに、逆らうのか」と、さらにひどい
目にあわされる。
拳や平手、怒鳴り声の記憶は、彼女から笑顔を奪い取っていった。

辛いことがあったとしても、飲みこんでしまえばいい。
胸が痛んだとしても、押し殺して耐えればいい。
そうしていれば、とりあえず、何事もないのだから。

スーシャには、仕事の手伝いではなく、家事の役目が与えられていた。
「仕事を覚えられて、将来、技術を盗まれたら困る」というのが理由だった。

掃除、洗濯、食事作り。

別に嫌いな事ではない。
する事自体は煩雑なことではないし、きれいになった床や、真っ白になったシャツを
見ると達成感すらおぼえる。
食事作りだって、よい味に仕上げられると、味見の時に浮かれてしまう。

しかし、これが、単なる義務でやらされている『労働』なら、どうなるか。
単純である。
ただひたすら、何の感動もなく、苦痛なだけだ。
なじられないよう、そつなく仕事をこなすだけ。

しかも、どんなに体調を崩していても休ませてはもらえない。
体調不良で上手くできないでいると、たちまち、罵詈雑言を浴びせられる。

泣いている暇はない。
さっさと済ませないと、家の中から、怒鳴り声で名を呼ばれる。
あの声を聞くと、おかしくなるのではないかというぐらい心臓が跳ねあがって、身が
すくむのだ。
乱暴に目をこすり、井戸から水をくみ上げる。
桶の中で揺れる水面に映った顔は、まるでぐしゃぐしゃに顔をゆがめて、泣いている
ようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PR

2007/07/20 02:04 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 2/ロンシュタット(るいるい)
星への距離 2
「ロンシュタット 序章編」

PC:ロンシュタット
場所:辺境


 熱の無い夕闇の中、涼しいはずのこの時期に、今日だけはむせ返るような血の臭いが充
満していた。
 窓は開け放たれ、内幾つかは破られている。
 入り口から正面の神像まで続く赤絨毯には、それよりも更に濃いどす黒い血が斑模様に
広がり、それを乱暴に踏みつけるロンシュタットの足元から、ぐしゃぐしゃと湿った音を立て
る。
 法衣を着た老人、花を供えに来た少女、参拝に訪れた数人の旅人らしき死体があちらこ
ちらに散らばるが、そのほとんどは殺され過ぎ、判別できるのはその数人だけだ。
 もしこのグロテスクなパズルを完成させることができたなら、その肉片からきっかり13人
分の死体が完成する。
 返り血を浴び、今も大量の参拝者の血を滴らせる神像の向こうに、さっきまでこの街の人
間が同じ住人だと信じていたものがいる。
 今も、外見だけ見れば、旧知の仲でもそう思うに違いない。
 力仕事などしたことのないほっそりした腕、首に巻いた花柄のスカーフ、同じ柄のスカート
と、それに揃えた同じ色のシャツ。
 ひっそりと、つつましく生活をしていた花屋の娘。
 笑顔と感謝の言葉とよく手入れされた清潔な花を、僅かなお金と代えて、街の人との生活
に溶け込んでいた少女。
 薔薇の棘を切る為に使っていた鋏は、今も同じように右手に持っているが、それで滅多切
りにしたのは、13人の人間だった。
 刃こぼれし、既に鋏として用を成さなくなってなお、彼女は力任せに、手を、指を、目を、唇
を、舌を、人体のあらゆる所を切断しまくった。
 それは、壮絶な光景だった。
 そしてこの無残な一方的な虐殺が繰り広げられている教会は、死に満ちていた。
 あまりの事に、誰も、正確な判断ができなかった。
 衛兵や、街に赴任している兵でさえ、彼女が殺し終えるまで、様子を見ようと決めていた。
 いつ終わるとも分からぬ、この狂気の殺戮を。
 閉ざされたこの教会に、だが、ロンシュタットが切り込んだ。
 闖入者に対し、彼女は最初、見向きもしなかった。
 だが、ロンシュタットが背負った、彼の身長ほどもある長い剣で切りかかられた時、数メー
トルはあろうかという神像を飛び越え、反対側に降り立った。
 遠くを見据えるような、虚ろな眼でロンシュタットを見ている。
「分かっただろう」
 ロンシュタットは入り口や窓から覗いている町人たちに言った。
「これが悪魔だ」
 言い終えるが早いか、神像を回り込み追撃をかける。
 再び振るわれる長剣。
 彼女は表情ひとつ変えず、上体を反らしてよけると、入り口へ走った。
 地面を這うように、という表現がぴったりだった。血に染まった影が夕闇の中へするりと入
り込むようだ。
 恐れ慄く町人たちへ飛び掛る前に、彼女の動きが止まる。
 いきなり急停止を強いられた彼女は、痛みの走る左足をゆっくり振り返る。
 ロンシュタットの長剣が左足を貫通し、絨毯越しに彼女の足を縫いとめていた。
 彼女の口から絶叫が上がる。
 血でも吐き出すのではないかと思うくらい、長く響く。
 手応えを感じたロンシュタットは、彼女に向かって歩き出す。
 ぐしゃり、ぐしゃりと湿った音が近づいて来る度に、彼女は剣を抜こうとするが、がっしりと
食い込んだそれを動かすことはできない。
 床に爪を立て、何度も前に進んで逃れようとするが、無駄だった。
 やがて爪も剥がれ、どうしても逃れられないと知るや、急に表情が戻った。
 血の混じった涙を流し、目の前の町人に懇願する。
「お願い、助けて……」
 と。
「ごめんなさい、どんな罰でも受けます。だから、助けて。裁かれるなら、この街の人がい
い……」
 ロンシュタットの影が、彼女の背にかかる。
「この人には、殺されたくない……この人は、きっとこの場で私を殺してしまう。あなたたち
は、そんな場面をこれ以上見たいの?」
 町人が怯む。
 確かに、こんな残酷なショーはもういらない。人生で起こる悪いことを全部まとめて見せら
れた感じだ。これ以上は見たくない。
 それに、裁くなら、衛兵に渡せばいい。彼らが、然るべき手続きを踏んで、誰もが納得でき
る形で決着を付けてくれるだろう。
 第一、もう逃げられないじゃないか。
 思わず一歩踏み出す町人に手を伸ばす少女。
 だが、その手が届くことは無かった。
 ロンシュタットがその腕を踏みつける。
 乱暴に彼女の髪をひっつかみ、持ち上げると、ぐうと悲鳴が上がる。
 剣を引き抜き、彼女を教会の中へ投げ飛ばす。
 体が机にぶつかり、乗っていた肉片が転がり落ちる。
 悔しそうな表情を浮かべ、ロンシュタットを睨みつけるが、彼は怯みもしなかった。
 むしろ獲物に喰らいつく肉食獣のような眼で睨むと、剣を振りかぶり、力任せに振り下ろし
た。
 何かが飛んだ、と、町人たちは思った。
 ごろごろと血を撒き散らしながら、やがて椅子にぶつかり停止するそれは、彼女の首だっ
た。
 意思でもあるように上向きになったそれは、ごぼごぼと血の泡を口の周りに吹きながら、
喋った。
「畜生が」
 と。
 聞いたことの無い、しわがれた男の声で。
「せっかく居心地のいい身体が手に入ったってのに……運がねぇぜ。なあ、おい」
 と、見開かれた眼を、入り口に集まる町人たちへ向ける。
「俺はこの女の身体を借りただけだってのに、こいつは生きている女ごと殺しやがった。な
あ、知っているか、さっき懇願したのは、本物のこの身体の持ち主だったんだぜぇ?」
 それまで喋る生首を凝視していた町人たちの視線が、一斉にロンシュタットへ向かう。
 恐怖と非難の色に染まって。
「……それに、こいつも、人間なんかじゃねぇぞ……俺と同じ、悪魔さ……」
 いよいよ力尽きてきた悪魔がそう言うと、視線に嫌悪の色がさらに混ざる。
 大きく息を吸い込み、最後に切り裂き声にも似た笑い声を上げた後、ついに首は動かなく
なった。

「出て行ってくれ」
 町長がそう言って、ロンシュタットの足元に金貨の入った袋を投げた。
 ロンシュタットによる悪魔殺しが終わってすぐ、町長が衛兵数人と共に教会へ駆けつけて
きた。
 むせ返る血の臭いに眉をしかめ、薄暗い教会の中から立体化した影のように出てきたロン
シュタットを見て、彼は依頼が終了したのだと分かった。
 だが、その惨状には耐えられなかった。
 ロンシュタットが罪の無い町人を殺したわけではないが、都合14人の死は余りに大き過ぎ
た。
 町長は衛兵に命じてすぐに教会を封鎖させると、同じく数人の衛兵に囲まれて、ロンシュタ
ットを自分の屋敷へ連れて行った。
 そして、報酬の金貨を放ったのである。
「悪魔に憑かれた者を退治してくれと頼んだが、こんな結果になるとは思わなかった。いくら
なんでもこれは酷い、酷すぎる」
 顔を赤くし、さも憤慨しているように手を振り上げる。
「それに、君自身、彼らの同類という話じゃないか。そんな仲間同士の諍いのようなもの、金
輪際この町では御免だ。それを拾って、今すぐ出て行ってくれ」
 と、袋に入った数枚の金貨と、出口を指して言った。
「この屋敷の周りにも、町人たちが集まり、こちらの様子を伺っている。君が更に何か悪いこ
とを撒き散らさないか、恐れているからだ。平穏な町に、君のようなものをこれ以上いさせる
ことなど、断じてできない。さあ、今すぐ出て行ってくれ!」
 ロンシュタットは一度だけ、町長を睨みつける。
 しかし、町長は嫌悪と汚物でも見るような眼で睨み返して来るだけだった。
 ロンシュタットは乱暴に袋を拾い上げると、屋敷から出た。
 玄関から短い石畳の通路を通ると、その先には門がある。左右には柵が広がるが、そこ
に、松明を手にした町人たちが彼を睨みつけ、あるいは恐怖の眼差しで出て行くのをじっと
見ている。
 柵越しにでも、彼らの負の感情がロンシュタットにぶつかり、圧し掛かってくる。
 玄関の扉を開け、彼らを見たときに一度足を止めたが、ロンシュタットはそのまま通路を通
り、門を潜る。
 さっ、と人の生垣も割れ、出て行くロンシュタットをじっと見ている。
 そして屋敷から少し離れた時、背中に罵声が浴びせられた。
 何と言われたのか、小さい声だったがはっきり聞こえる。
 最初はひとりふたりが小声で言うだけだったが、次第にその怨嗟の声は大きくなり、集ま
った町人たちがロンシュタットを罵り、最後には合唱のように、死んでしまえ、呪われてしま
え、と繰り返された。
 感情が高まり興奮した数人の町人が、石を投げつけてきた。
 幾つかは外れたが、飛んでくる幾つかは背中に、地面に跳ねた幾つかは足にぶつかる。
 ぶつかる度に、端整ではあるが冷たい顔つきをしているロンシュタットの表情が苦痛に歪
む。
 その様を知り、声がした。
「おいおい、今回も熱烈な歓迎ぶりじゃないか。モテるね、憎いね、ロン」
 しかし、遠巻きにして彼が町から出て行くのを見ている町人以外、彼の周囲には誰もいな
い。
「やり返さないのか? お前ならこの町の人間くらい、簡単に処分できるだろ。やんないの
か?」
 ロンシュタットが何も言わず、痛みも和らぎ表情も戻ると、
「ちぇっ、ま~たダンマリかよ。つまんねぇの」
 と声が続く。
 どうやら声は、腰に吊るした身長ほどもある、あの長い剣からするようだ。
「でも、まだまだ悪魔を相手に暴れる気なんだろ? そりゃそうだよな、そうこなくちゃな。今
までもずっとそうして生きて来たんだ。これからもずっとそうして生きていくしかないさ。お前
が返り討ちにあうその時までな」
 けけけ、と薄気味悪い笑い声がする。
 ロンシュタットは剣の柄を握ると、
「お前……うるさいぞ」
 と、睨む。
 うっ、と声がつまり、すぐに再び剣から声がした。
「悪かったよ、ロン。頼むから、怒んないでくれよ~」
 茶化しておどけた口調で言うが、声には本物の恐怖が込められている。
 やがて町も抜け、暗闇に包まれた誰もいない街道を、明かりも無く歩き続ける。
 その頃になると、また剣が話しかけてきた。
「でもよ~、ロン。次はどこ行くんだ? このまま行くと、確かセーラムの町だぜ」
 ロンシュタットは、相変わらず無言のままだ。
 だがそれに傷ついたふうでもなく、むしろ飄々と剣は続けた。
「まあいいか、どこでも。お前の行く先には必ず悪魔がいるし、必ず悲劇が血と命の派手な
演出で彩られるんだ。お前の辿り着く先は、必ず戦場なんだからな」
 それを無視して、ロンシュタットは歩き続ける。
 先程の町で、休むこともできぬまま、また次の町へ向けて。
 だが、それすらも
「いつもの事だ。何も変わらない」
 ぽつりと呟きふと仰ぎ見た夜空に輝く星は、呆れるほど遠く、儚く光っていた。

-------------------------------------------------

2007/08/08 23:06 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離3/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ
NPC:仕立て屋一家
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「スーシャ!」

今日、一体何度目だろうか。
スーシャは怒鳴り声で名を呼ばれた。

このような呼び方をされた場合、何をさておいても駆け付けなければならない。
遅れれば遅れるほど、余計な怒りを買いかねないからだ。

「はいっ」

声は、一階の作業場から聞こえた。
作業場へ慌てて駆け付けてみると、彼女にとって養母にあたる女……一家において女
房だったり母だったりする女だ……が、怒りの形相で仁王立ちしていた。

「な、なんでしょう……」

おそるおそる尋ねると、養母はいきなり、スーシャの髪をひとふさつかみ、ぎゅうっ
と頭を持ち上げた。
その力の強いこと。
髪の毛が、根こそぎ引っこ抜けてしまいそうだ。
スーシャは、つま先立ちの状態でよろけながら、倒れないようにするのが精一杯だっ
た。

「うちの売り上げに手をつけたのは、お前だね! 養ってもらってる分際で、なんて
悪いガキだ!」

ヒステリックに告げられた言葉に、スーシャは絶句した。
それはつまり、泥棒をはたらいたということだ。

洗濯物が綺麗になっていないとか、皿の洗い方が雑だとか、その程度の話なら、たと
え納得できない言いがかりでも、謝ることはできる。
さっさと謝ってしまったほうが、まだ穏やかに事が収まるからだ。

しかし、この場合、謝ることはできない。
だって、スーシャは盗んだりしていないのだから。
謝るということは、盗んだと認めるに等しい。

「わ、わたしじゃ……わたし、そんなこと、しません」

だから、スーシャは反論した。
弱々しく、おろおろしてはいたものの、身の潔白を訴えた。
それを見た養母は、さらに恐ろしい形相をする。
頭に血が上っている彼女には、発言の内容ではなく、養女の分際で口答えしたという
点が気に入らないのだ。

「じゃあ誰だって言うんだ、えぇ!?」

髪の毛をつかむ手に、さらに力がこめられる。
スーシャは小さく悲鳴を上げながら、それでも耐えた。

よく確かめもしないで、人を悪人と決めつけてののしる。
悪魔のような顔、というのは、きっと今の養母の顔だ。
スーシャはそう思う。

売り上げは、常に、作業場の一番奥にある、小さなタンスの引き出しに入れられてい
る。
しかしそれにはカギがついていて、スーシャはそのカギを持っていない。
売り上げを盗むなんてことはできないのだ。

それでも、養母はスーシャを疑っている。

「だったら身の潔白を証明してもらおうじゃないか」
「け、潔白……?」
「お前の持ち物全部、持って来て見せな」

言うと、養母はスーシャを突き飛ばすようにして離した。
スーシャが、盗んでいません、ともう一度訴えようとすると、

「早く!!」

養母は、家が揺れそうなほどの大声で命令した。


スーシャにも、一応、自分の部屋というものが割り当てられている。
階段下の、普通なら物置に使うような場所だ。
当然、窓はない。

スーシャは、小さな扉を開けてそこへ入ると、小さな箱を持ち、養母のところへ戻っ
た。
彼女の私物は、その箱にまとめて入れてあるのだ。

「……これ、です」

養母は箱を開けると、ピクリと眉を動かした。

「ゴミが入ってるじゃないか」

養母が、箱から布をつまみ上げる。
それは、色あせてすり切れて、ほとんどボロ布のようだが、ハンカチだった。
スーシャと生き別れになった兄が残していった、思い出の品。
兄は、これで顔や体についた汚れを拭いたりしてくれたのだ。

「親のない子は、貧乏性でいやだねぇ。ゴミまで取っておくんだからさ」

養母は「これは何だ」と事情などを尋ねようともせず、ゴミ箱に放り投げようとし
た。
――スーシャの体を、電撃が走った。

「やめてくださいっ!」

スーシャは鋭く叫び、養母の手から奪い取った。

養母にとっては、汚いものでも、スーシャにとっては大事な大事なものだ。
この世に二つとない、大事なものだ。
それを汚れもの扱いされて捨てられるなんて、黙って見ていられるはずもない。

「生意気なんだよ!」

その途端、拳なんだか平手なんだかわからないものが、彼女の横っ面を張り飛ばし
た。
ぶたれたのだ、と察知したのは、床に投げ出され、じんじんと頬が痛むのに気付いて
からだった。

――どうして?

その一言が、頭の中を埋め尽くす。

どうして、こんな目にあわなくちゃいけないの?
わたしは、何か悪いことをしたの?
盗んでいないのは、本当なのに。
大事なものを捨てられまいとしただけなのに。

あふれた涙が、頬を伝い、ボタボタと床を濡らす。


「わああ……………っ!」


感情を、押さえることができない。
どうしてもどうしても、我慢できない。

スーシャは、ちょうつがいが馬鹿になりそうなほどドアを乱暴に開け、外へと飛び出
した。

夜のとばりが降りたセーラムの街は、ひんやりとした空気が流れ、人の姿もない。
スーシャは泣きじゃくりながら、わけもわからず、通りをひたすら走った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/08/24 01:55 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離4/ロンシュタット(るいるい)
星への距離4 邂逅~悪魔を憐れむ歌~

PC:ロンシュタット・スーシャ
場所:セーラムの街郊外

 夕方から夜にかけて、だんだんと薄暗くなるにつれ、空気も湿り気を帯びてきた。
 空を見上げても曇っているのか暗いから星が見えにくいのか、徐々に判別できなくなって
いる。
 何とか雨が降り出す前にセーラムの街に着きたいが、ここへ来る前に負った傷で、ロンシ
ュタットの足取りは遅かった。
 山賊に襲われ、あっというまに撃退したものの、短刀で左足を突き刺された。
 それが先程のことだ。
 出血は止まり、傷口も塞がっているが、深く刺されたため、傷みだけはまだ残っている。
 ろくな手当てもせず、放っておいてもすぐに治ってしまうのは、やはり、彼も只者ではない
からだ。
「便利な身体だなぁ」
 夕暮れ時の街道、もちろん他に誰がいるわけでもないのに、ロンシュタットの近くから声が
する。
「俺も自分についた傷はたいがい直るけど、お前は別格だよな。ほら、いつだったか、崖か
ら戦ってた悪魔ごと落っこちたことがあったじゃないか。あんときは全身打撲に骨折までし
たのに、半日で動き回れるようになるんだもんなぁ。悪魔は岩に叩きつけられて死んだって
のに、お前の方が化け物じみてるぜ」
 ロンシュタットは荷物から水筒を取り出すと、中に入っている水を飲んだ。
 最後の一口まで飲み干し、喉を潤すと長い溜息をつく。
「おいおい」
 また、男の声がした。
 やはりロンシュタットのすぐ側、それも腰に吊っている身長ほどもある長い剣から。
「そんなにがぶ飲みしていいのか? もう水はないんだろ? まだまだ旅は続くってのに、持
たないぜ?」
 けっけっけ、といやらしい笑いが続く。
 ロンシュタットはその声を無視して、水筒を仕舞うと街道を歩き出した。
 幾つか曲がり角を通り、最後の上り坂を上り切ると、ずっと下の方に街明かりが見える。
 それまで続いていた土のむき出しの道も、石畳が敷かれ、舗装されたものに変わってい
る。
「ちぇっ」
 と、先程の声がする。
「こんな近くに街があったのか。夕暮れ時の食事の匂いでも嗅ぎ付けたのか?」
 からかうような声がするが、それは、ロンシュタットに向けられたものか、それともその場に
いるはずのない、別のものに向けられたものか。
 いや、恐らくそのどちらにもからかって声をかけたのだろう。
 ロンシュタットのいる街道、その左右に広がる森の中から、巨大な黒い影が近づいてきて
いる。

 スーシャは街外れの入り口にまで来ていた。
 街の中央を貫通する通りはそのまま街道になっており、中心部へ行けば行くほど、旅人た
ちが落とす路銀を稼ぐ為の宿屋や娯楽施設が軒を連ねるようになっている。
 どちらを行っても隣の街まで数日かかる。
 一方は森林の街道へ、一方は山へ向かって伸びる街道へ。
 こうした立地の為、昼過ぎに訪れる旅人や商人たちは、ほぼ必ずこの街で宿を取る。
 どちらも天候が崩れては進めない上に、山道ともなれば一晩で越すことなどできはしな
い。
 おかげで比較的、金銭的には潤っているが、では街の人々の暮らしがみな豊かかといえ
ば、そんなことはなく当然そこには貧富の差がある。
 スーシャはこの街の中で、その貧しい方の暮らしを強いられていた。
 時折、思い出したように支払われる小遣いも、雀の涙ほどのもので、貯金どころか、生活
する為に必要な服や靴を揃えるだけで消えてしまう。
 特に身体が成長する今は、季節ごとに買い換えていかなければ、去年の服などきつくて
着られない。
 しかし、それを賄うだけのお金がないので、自分の身体よりずっと大きな服を買って長く着
るか、小さな服をきついのを我慢して着るしかない。
 今も着ているのは擦り切れてよれよれになっている服。
 色が落ちてしまって、元はどんなものか分からない服。
 それでも、スーシャが持っている中ではましな服。
 街は都市ほど栄えているわけでもないし、物や人が溢れている訳ではないが、使いで中
心部へ行くと、綺麗に飾り付けられた服や小物を置いてある店の前で立ち止まる。
 欲しいな、と思うが、それだけ。
 安い硝子のイミテーションでも、スーシャにとってはダイヤの宝石と同じで、とても手の届
かないもの。
 ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、いつも落胆する。
 化粧もしていない、痩せた頬。
 生気の欠けた虚ろな目。
 手入れのされていない長い髪。
 これが私なんだ、この姿が私なんだ。
 そう思って、店の前を離れて、また元の生活に戻るのだ。
 果たして、この年の少女が、自分に落胆し、未来に何も描けないのは、どれほど辛いこと
だろうか?
 いつ終わるのか分からない、永久に続く過去のような毎日を生きるのは、どれだけ苦しい
ことだろうか?
 
 泣きながら店を出てきて、スーシャは森林へと続く街道の境まで来ていた。
 街には要塞とは違い、壁などはないが、動物が入って来ないよう、簡素な柵は設けられて
いる。
 街道の端へ来ると、この街へ来た時のことを思い出す。
 あの時は、新しい生活が始まるんだと思っていた。
 がんばらなくちゃ、と幼いながらに心の中で思ったりもした。
 嫌な事があったときは、ここへ来て自分を慰めることもあるが、慣れてきたのか、疲れてき
たのか、最近は心の中に僅かな小波が立つくらいで、自分を奮い立たせることはどんどん
難しくなってきた。
 この街にも、どこにも、自分の居場所なんてないのかな?
 どうして、こんなに苦しいのかな?
 そう考えるが、まだ彼女は自分の胸の中で渦巻くその感情が何なのか、言葉で表せるほ
ど大人ではなかった。
 漠然とした、しかし確かにある不快な感覚だけでは、自分に不安を募らせるだけだ。
「どうしよう」
 足から力が抜け、立っていられずに、柵の側にある、街の名前を記した大きな看板の前で
しゃがみこみ、そう呟く。
「どうしよう……」
 そう言って、顔を空へ向けるのが、彼女にできる精一杯の感情表現だった。
 星も見えず、暗雲の広がる空から、この日初めての雨粒がスーシャの頬に落ちた。

 数分もしない内に、雨は小雨から本降りへ変わった。
 ずぶ濡れになり、髪が額に張り付くと、それを払うのも億劫になる。
 今、私はどんな姿をしているんだろう。
 たぶん、不幸を抱えた女の子にも、迷子にも見えないだろうな。
 服に体温を吸い取られ、凍えながらぼんやりとそんなことを考えた。
 本当、どうなっちゃうんだろう。
 抱えた膝の間に隠れるようにしていたが、息苦しくなって、顔を上げる。
 坂の上の方で、小山が動いたように見えた。
 何だろうと考える気力は無かった。だからそれが何か、よく見なかった。
 寒さを堪え切れず、肩を抱くようにして身体を縮める。
 一瞬、何かが光った。
 雷かな?
 そう思った次の瞬間、一直線に銀光が煌き、大きな音を立てて看板にぶつかった。
「きゃっ!」
 驚いて身体を強張らせるスーシャ。
 ここに雷が落ちたんだ、と思ったが、いつまでたっても看板の焼ける臭いはしないし、倒れ
ても来ない。
 流石に不思議に思って、ちらりと看板を見る。
 そこには、一振りの長剣が突き刺さっていた。
 光の無い夜の闇よりなお深く、暗い黒い刀身を持つ長剣。先端からは刀身の中央部を通
る銀の線が走っており、丁度、鍔の所で十字に交わっている。その銀の線の交差している
箇所には、ダイヤ型をした、蒼い宝石が嵌っている。
 それがいきなり叫び出した。
「くぉらああっ! ロオオォン! お前、いきなり俺を投げ飛ばしやがって、何考えてんだ! 
仮にも俺は魔王様だぞ! 天下に恐れられた悪魔バルデラス様だぞ! 足蹴にしたうえに
放り投げるとは何事だあ!」
 放っておけばまだまだ文句を言いそうな剣を、スーシャは怖がるというより、あまりの事に
あっけに取られて見ていた。
「だいたいお前、分かってねぇんだよ! 俺がどれくらい凄いのかを! 俺はそんじょそこい
らの、群れなきゃ何もできねぇ悪霊や召喚されなきゃ出て来ることもできねぇ悪魔共とは格
が違うんだ! その気になりゃ、一振りで何体もの神や天使どもを黒焦げにしてやること
が……」
 剣は、自分が見られていることに気付いた。
 どこにも目があるわけでも、口があるわけでもないのに、スーシャはこの剣が自分に気付
いて、同じ様にこちらを見ているのが分かった。
 だが、あっけにとられるばかりのスーシャが抱いた、この剣の最初の感想は、
(よく喋るなぁ)
 だった。
 じーっと見ている事、数十秒。どうしようかお互い迷っていたが、剣が先に切り出した。
「どうも、今晩は。バルデラスと言います。初めまして」
 とりあえず、自己紹介をすることに決めたようだ。
「あ、こ、今晩は。スーシャっていいます」
 つられてぺこりと頭を下げる。
「ええと、スーシャちゃん。君もあのロクデナシに言ってやってよ。俺をもっと丁寧に扱えっ
て」
「は、はぁ」
 返答に窮していると、動いていた小山が近づいて来た。
 その小山が何かを投げ飛ばした、と思うと、それは地面にぶつかり、転がりながらも体勢
を立て直して立ち上がる。
 そして小山のように見えるそれが、実は巨大な蜘蛛だと分かっても、スーシャには本物だ
とは思えなかった。
 立ち上がったのは、無造作に長い黒髪を後に束ねている青年だった。
 闇夜でも分かるくらいに、白い肌をしている。
「いつまで無駄口叩いてる。そんな暇があるなら、もう少しまともな仕事をしろ」
 言うが早いか、看板に突き刺さった剣をやすやすと引き抜き、小枝でも振るうように片手で
軽々扱う。そして怪物へ向かって駆け出した。
 青年と蜘蛛の化け物が切り合う事、数十秒。
 いきなり蜘蛛の動きが止まる。
 少し遅れてどさり、とスーシャの近くに、彼が切り落とした蜘蛛の首が落ちてくる。
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げて見ていると、極彩色に染まった首は急に色を失い白と黒になり、干から
びた紙粘土のようにひび割れ、崩れて消えてしまった。
 視線を青年へ向けると、彼の近くにある蜘蛛の胴体も同じように消えてしまったのが見え
た。
「い、今のは、何ですか?」
 声が出たのも、青年が剣を腰に吊るし、遠くに転がった自分の荷物を持って近くへ来てか
らだった。
「知らないのか? まあ、子供だから知らないのも当たり前か。あれが悪魔だ」
 つまらなそうに言うと、額にかかる前髪をかきあげ続けた。
「この街の子か? 泊れる宿があったら、教えてくれないか?」
 たった今の、悪魔を葬り去ったとも思えないほど落ち着いた口調で、その青年は言った。

2007/08/24 02:15 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 5/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス  店の主人  農夫
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「この街の子か? 泊まれる宿があったら、教えてくれないか?」

そう尋ねてきた黒髪の青年は、スーシャよりもずっと背が高かった。
髪の毛の先や衣服から、水滴がしたたり落ちている。
何も知らない純朴な田舎娘なら、カッコイイ、なんて言って見惚れているかもしれな
い。

「あの……」

スーシャは、無意識のうちに両腕を胸の前に持ってきて、ずり、と後ずさる。
怯えている、とまではいかないが、警戒している。
スーシャは、人と打ち解けるのに時間のかかるタイプである。
会った瞬間から、まるで長年の付き合いがあるかのように振る舞える人間もいるが、
彼女にはとても真似できない。

「あ、怖がらなくっていいよ。こいつ、愛想ないけど悪気ないから。こういう性格な
の。ロンシュタットっていうんだ」
ロンシュタットというらしい青年が腰に吊るした剣から、声がする。
先ほど、自分のことをバルデラスと名乗った剣だ。
「ロン、こっちの可憐なお嬢ちゃんは、スーシャちゃんだよ」
「可憐、って……」
スーシャは、困り顔でおろおろした。
普通なら、照れたり「そんなことない」なんて言ってみたりするところだが、長いこ
と罵声と怒声を浴びせられてきたためか、ほめ言葉を告げられると、どうも落ちつか
ない。

……と、ロンシュタットがじっとこちらを見つめていることに気付いた。
スーシャはハッと思い出した。
そういえば、泊まれる宿があるかどうか、聞かれていたではないか。

「あっ、できます、あります、一軒だけ、ですけど」
「……そうか」
慌てて答えると、ロンシュタットの目元がなんとなく柔らかくなったように見えた。
安心した、ということだろうか。
「ごめんなさい、その、無視したわけじゃないんです……」
申し訳ない気持ちで頭を下げると、「いい」と言うようにロンシュタットが手で制す
る。
「気にするな。案内を頼めるか?」
「あ、はい」

それから、スーシャはきょろきょろと回りを見まわした。

「あの、待っててください」

スーシャは道端に分け入ると、よいしょ、と草を二本引き抜いた。
大きな丸い葉っぱと、長い茎のついた、大きな草である。
突然雨に降られて、カサを持っていなかったりした時、これで代用ができるのだ。
もっとも、それをやるのは大人ではなく子供だが。

「あの、カサの代わりに……」
スーシャは、一本をロンシュタットに差し出した。
「濡れちゃった後だから、意味、ないかもしれないですけど」
「気がきくねぇ、スーシャちゃん」
「いえ、そんな」

――こうして、二人は雨の降る中を歩き出した。
歩きながら、人と並んで歩くのなんて、何年振りだろう、とスーシャはぼんやり考え
た。

「にしても、スーシャちゃん。夜だってのになんであんなトコいたんだい?」
不意にバルデラスに話かけられ、スーシャは、内心慌てふためいた。
「そ、その……わ、わたし、お使いに行って来た帰り、で……」
本当は、とてもとても嫌なことがあって、飛び出してきたなんて、正直に言えるはず
もなかった。
バルデラスの方も、「ふぅん」と言ったきり、それ以上追及してこなかった。

「……ここ、です」

スーシャは、とある建物の前で立ち止まり、ぎこちなく伝えた。

セーラムは小さな街で、どこかの大きな街道に直接繋がっているというわけでもない
から、滅多に人が来ない。
それでも一応宿屋と呼べるようなところはある。
ただ、客が少ないために宿屋の稼業だけでは食べていけないので、兼業として酒場を
やっている。
近頃は酒場の客が宿の客を上回り、もはや、「宿を兼ねて酒場を経営している」のか
「酒場を兼ねて宿を経営しているのか」が不明になっている。

今日は雨が降っていて、酒場の客も少ないようだ。
開いた扉からもれる明かりはいつも通りだが、酒場特有のバカ騒ぎする声が聞こえな
い。

「こんばんは」

スーシャは、ドアを開け、中に声をかけた。
客は片手で数えられる程度で、店主も退屈しのぎに客の話に加わっている。

「あれま、仕立て屋ンとこのスーシャじゃないか」

店主が、スーシャに気付いて声をかけてくる。

「どうしたんだい、夜だってのにこんなトコにいるなんて」
店の主人も、バルデラスと同じことを尋ねてくる。
十二歳の少女が夜に出歩いていると、疑問に思われるものらしい。
「あ……お使いを頼まれたんですけど……でも、時間がかかっちゃって……」
スーシャは、先ほどバルデラスに述べた嘘を、再び口にした。
「まさか、こんな時間までかかったってのかい?」
「……はい」
そこで、店主は「ん?」とロンシュタットに気付いた。
「スーシャ、この人は?」
「あの、泊まれるところを探してる、って。だから……」
すると、店主はニコニコと笑顔になった。
「じゃあうちの客だな。いらっしゃい。いやぁ、雨でびしょびしょだな。待ってろ、
拭くもの持ってくるから」
そう言うと、いそいそと店の奥に引っ込む。

それじゃ、とロンシュタットに会釈をして、スーシャは出口に足を向けた。

――帰ろう。

謝って、また家に置いてもらうしかない。
どんなにいじめられてもヒドイことを言われても、自分は結局、あの家しか帰る場所
がないのだ。
そんなに辛くて嫌なら、本当に飛び出して、どこか別の場所に行ってしまえばいい。
帰る場所を、他に作ればいい。
そういう意見もあるだろうが、全く知らない土地で一から生活を始めるのがどんなに
大変かを経験した身としては、どうしても腰が重くなる。
上手くいくとは、限らないのだから。


「自警団の団長はいるかい!?」

大声とともに、一人の農夫が駆けこんで来た。
ちょうど出ようとしたスーシャは、ぶつかりそうになって、慌てて体を引っ込める。
「っと、スーシャ!?」
農夫は驚いたようにスーシャの両肩をつかんだ。
「どうしてこんなところにいるんだ? お前、家にはいなかったのか?」
その驚きように、スーシャは面食らう。
一体どうして、こんなに驚いているのだろうか、彼は。
「ああ、この子ならお使いに行ってたんだと。今やっと帰ってきたところらしいよ」
横から店の主人が説明をすると、農夫はようやく手を離した。
「そうか。じゃあ、命拾いしたな」
「え……」
命拾い、とはどういうことだ?
スーシャは困惑しきった顔で農夫を見上げた。

「落ちついて聞けよ。仕立て屋の一家が、全員、殺されてたんだ」

スーシャは、声も出なかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/08/28 00:41 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

| HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]