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2024/05/21 09:34 |
星への距離 6/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、店長、団長
場所:セーラムの街(宿屋)

 一家皆殺しの知らせは衝撃的だった。
 スーシャは何が起こったのか理解することもできず、ただ知らせを運んできた農夫が繰り
返す「命拾いしたな」という慰めの言葉を受けるだけだった。
 無理も無い。
 その男はおろか、酒場にいる皆が、その事件に対して無知なのだから。
 そしてその混乱は広がっていく。夕刻より突如広がった暗雲のように、ひとりが抱えた不
安が大きくなり、やがて抱えきれなくなって他人の力を借りようとするがその相手もどうする
こともできず、やはり同じ不安を抱え始める。
 とにかく事態がどうなっているのか確認しようと男に問いただす者がいる。しかし男も理解
していないので要領を得ない問答になり、延々収拾がつかないまま実りの無い話が続く。
 それを聞きながらどうしようか迷った挙句、とりあえずスーシャを慰める者がいたり、自警
団長を探しに行こうとするが、自分の判断で勝手に行っていいのかどうか迷っている者がい
たり、様々な混乱の様相を呈している。
 店主はとりあえず、雨に濡れた体を拭くためのタオルを取りに奥へいったん引っ込むと、
一緒に部屋の鍵をひとつ持って帰って来た。
 宿として使われるうちの一部屋で、スーシャの頭をタオルで拭きながら、そこへ連れて行
く。

「とにかく、どうなっているのか分からないけど、きっと皆が何とかしてくれるから、今日はこ
こに泊っておいで」

 ざわつき始めた店内の喧騒をよそに、静かで落ち着ける所へ連れて行く店主の声が、そ
の扉を閉める際にロンシュタットの耳に入った。
 痩せている、というよりは華奢な印象が残る少女は彼の視界から消え、代わりに口々に好
き勝手な憶測を飛ばす者だけが残る。
 ロンシュタットはスーシャがいなくなると、彼らには一瞥もせず宿泊施設となっている2階
へ勝手に上がり、これもまた勝手に手近な扉を開け、中に入った。

 背負ったバッグから荷物を取り出し、部屋中に広げて空にすると、バッグを逆さにして窓辺
に吊るした。
 腰の剣も外し、ベッドに放り投げると渡されたタオルで頭と顔を拭き始める。

「あ~あ、何がどうなってんだか分からないのに、何だってあいつらは騒々しく捲くし立てて
んだ? 浮き足立ちやがって、うるせえったらありゃしねえよ。なあ、ロン?」

 ロンシュタット、無言のままタオルで拭き続ける。
 心の中では、お前に言われたくないだろう、と思っているかもしれない。
 頭だけでも拭いてさっぱりすると、服を着替え始める。

「さっさと自警団長だか何だかに報告すりゃいいのに。駄目だな、あいつら。あんなんじゃも
し犯人がいても、とっくに逃げおおせてるか、近くにいても捕まえられんだろうぜ。殺された
連中は仇を討ってもらえず、殺され損さ」
 けけけ、と愉快な笑い声が響く。
 ロンシュタットは拭くのを止め、剣を睨む。
 途端に笑い声が収まり、困惑した声で話しかけてきた。

「おいおい、どうして俺を睨むんだよ? あいつらの態度見ただろ? スーシャちゃんの事を
心配してる振りしてるだけだぜ、ありゃ。けけけ、『きっと皆が何とかしてくれる』だってよ。笑
っちまうぜ、そうだろう?」

 声は再び愉快で仕方ないというように饒舌になる。

「あんな年の女の子が、こんな時間にお使いもくそもあるかよ。お前だって一目見て分かっ
たはずだぜ、痩せているんじゃなくて、栄養失調気味で華奢なんだってな。着てる服はどう
だった? この街は大したことなさそうだが、いくら貧乏だからって、普通に生活してる奴が
あそこまでみすぼらしいこたぁねえだろうよ。本気で心配してる奴がひとりでもいりゃあ、あ
んな落ち窪んだような目にはならない。違うか?」
「……」
「それなのに、何とかしてくれる、だってよ。これがおかしくなくて、何がおかしいってんだ」

 げらげら笑い出す剣。

「それでも育てている連中を失ったんだ。これからは、彼女にゃ不幸だが、ろくな人生は残っ
ちゃいねえな。誰もいない、一人じゃ生きることもできないガキだ。そういう奴がどんな悲惨
な末路を辿るか、その辺、お前が一番知ってるんだぜ?」

 ロンシュタットは特に何も言わず、乾いた服に袖を通し終えると、濡れた服を同じ様に干し
た。
 剣が喋っている間、特に変えることも無いその冷たい表情からは、彼が何を思い何を感じ
ているのか窺い知ることはできない。
 バルデラスはロンシュタットの様子を伺っていたが、まるっきり無視されているのに気付く
と、口を尖らせたように、「つまんねぇの」と呟いた。
 彼は無造作に剣を掴んで腰に吊るすと、扉を開けて酒場へ降りる。

 幾分の混乱は見られたが、そこにいる者は減っていた。
 例の自警団長を呼びに行ったのか、あるいは事件のあった家へ行ったのか。
 ロンシュタットはまだ調理場に立っている店員に、夕食を注文する。
 椅子を引いて奥まった席にかけ、夕食を待っている間も実りの無い会話は続けられてい
た。
 その会話に参加することも無く、まるで誰もいないかのように彼らを無視して待っている
と、やがて出てきた。
 ここが酒場だからか、料理人のレパートリーがこれしかないのか、出てきたのはジャガイ
モとベーコンの胡椒炒め、硬そうなパン、スライスされたチーズ、温い水だった。
 食事というより酒のツマミだ。
 ロンシュタットは不満を言うことはなかったが、フォークを取ることはなかった。
 このメニューで食欲を失ったのか、そのまま手を付けずに水だけ飲んでいると、湿った空
気と一緒に男が外套を被って数人入って来た。

「店長はいるかい?」

 中でも一際体つきのがっしりした男が太い声で言った。
 その声にざわめきが収まる。同時にツマミを作った調理人が奥の部屋へ行き、少しすると
店長を連れ出て来る。

「ああ、こりゃあ団長、どうも」

 頭をかいている店長に、大仰に頷いてみせると
「急な知らせを受けて、取るものも取敢えず駆けつけた。仕立て屋の一家が皆殺しらしい
な。スーシャだけが生き残ったそうだが?」
「ええ、今、奥の部屋で暖かいミルクを飲んでます」
「落ち着いているなら、話を聞きたい。店の用事で出かけていたという話だが、本当か?」
「本人がそう言ってましたよ。詳しくは聞いてませんが……」

 そんな事を言われても困る、と顔で伝えて店長は頭をかいた。

「何も見ていないかもしれんが、何か見ているかもしれん。万が一の事だが、犯人に心当た
りがあるかもしれない。連れて来れるか?」
「まあ、あの通りの大人しい娘だから、連れてこれるでしょうけど」
「では、頼む」

 そう言われると店長も断れない。入って行った扉を潜り、少ししてスーシャを連れて来た。
 店長に連れられて出て来たスーシャは、団長を見上げた。

「スーシャ、君にちょっとだけ聞きたいことがある。ここでは落ち着いて話せないし、事件のこ
とも君に話してあげることができない。これから一緒に来て欲しい。いいね?」

 言葉は理屈が通っているように見えるが、実際は断りようが無い。
 自分が決める前に決められた事に、スーシャはただ力無く、黙って頷いた。

「よし、では行こう。店長、ご苦労だった」

 どうも、と答える店長とのやり取りの間、スーシャは俯いたまま、口をきつく結んで何も言
わなかった。
 団長が一緒に入って来た男達と出て行く。
 再び店内に湿った風と雨が入ってくる。
 扉が開き、閉まるまでのほんの短い間。
 スーシャは店内を急いで見回した。探してみた。

 いた。
 おかしなお喋りな剣と、その持ち主の青年が。
 ロンシュタットと言う青年は、無表情のまま、ただ自分を見ていた。何の感情も無い眼では
あったが、正面から、真直ぐに自分だけを見つめていた。
 スーシャの表情が崩れる。
 辛そうな、悲しそうな顔で彼に何か言おうとしたが、言葉になる事はなく、そのまま連れら
れて出て行ってしまった。
 店内に安堵の空気が広がる。事件は専門に処理してくれるプロの手へ移り、自分たちが
することはなく、またできることもない。
 犯人が早く捕まってくれるといい、といったそれまでとは違う、第三者的な感想が今度は話
題の中心になる頃、店内からロンシュタットの姿は消えていた。

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2007/08/28 00:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 7/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 自警団団長 団員
場所:セーラムの街
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この街に来てから、誰かに「助けて」と声に出して伝えたことは、なかった。
クーロンで過ごしていた頃に、痛いほど学んだから。

助けを求めたところで、無駄だ。
誰もアテにならない。
助けてなんてくれない。
何の役にも立ちはしない、同情やなぐさめを投げ与えるのが関の山。
助けてくれる段階まで、他人の事情に踏みこんでくれる人間なんて、いやしない。

恨みはしない。
腹を立てることもしない。
誰だって、いざこざには巻き込まれたくないのだから。

それなら、どうするか。
わかりきったことだ。
自分で、どうにかするしかない。
逃げるなり耐えるなり勇気を出して追い払うなり、自分で決断して実行するのみ。
自分一人で頑張るしかない。

……それじゃあ。
自分は、あの青年に、何を求めたのだろう?
あの時かすかに震えた唇は、何を言おうとしたのだろう?

――「助けて」……?




団長や団員に連れられ、スーシャは自警団の詰め所にやってきた。
元々は農作業の道具を保管していた粗末な小屋だが、自警団を組織するにあたって、
もう少し大きめの小屋に改築したものである。
雨をしのぐため、フードのついたマントを着せられたが、宿屋の主人にタオルでふい
てもらった髪が、また湿っぽくなっている。
おまけに、生乾きの服が肌にはりつき、心地悪い。

詰め所に入るなり、団長は木製のテーブルへスタスタ歩いて行き、椅子に腰掛けた。

「座りなさい」

椅子をすすめられ、スーシャは腰掛ける。
クッションなんてものはない、固い椅子。
テーブルを挟んで向かい合う、がっしりした体つきの団長は、椅子に腰掛けてなお、
見上げねばならなかった。
緊張した面持ちで見上げていると、団長は安心させるかのようにして微笑んでみせ
た。
「長くはかからない。そんなに怖がることはないよ」
そうは言われても、この居心地の悪さはどうしようもない。
「事件について、今わかっていることを話そう」
スーシャは、こくり、とぎこちなく頷いた。


団長の話によると、以下のようなことだった。

団長を探して宿屋に飛び込んできたあの農夫。
実は、別の街に住んでいる姪っ子が結婚するということで、それに見合った服を仕立
ててもらおうと仕立て屋に行ったのだという。
農夫は、一般庶民の結婚だから、当初はよそ行きとして取ってある服を着ていけば大
丈夫と考えていたらしい。
しかし、詳しい話を聞いて農夫は驚いた。
何をどう間違えたのか、農夫の姪っ子は玉の輿に乗ったのだという。
本人や家族にとっては「おめでたい話」だが、式に呼ばれる親戚としてはたまらな
い。
いつものように気楽な結婚式というわけにもいかず、取りあえず着て行く物だけでも
上等に、と考えたらしい。
一階の店舗には誰もおらず、戸口で何度も大声で呼びかけたが返答がなかったため、
農夫は仕方なく店の奥へと足を踏み入れたのだという。

「農夫の話によると、三人は……めちゃくちゃなやり方で殺されていたそうだ。刃物
で斬られた跡も、殴られた跡も、力任せに引き裂かれたような跡も……二目と見られ
ない有り様だそうだ。死体の一部がなくなっている、という話もあった」

年端もゆかぬ少女に対して、団長は配慮もへったくれもない説明をする。
あるいは、変に気を使うべきではない、と思っているのかもしれない。

と、団長がずいっと前にのめり出して来る。
スーシャは、反射的に身を引いた。

「ところで、ここ最近、家族の誰かがトラブルにあっていた、ということはあるかい
?」
「……わかりません」
スーシャは、暗い表情と声とで答えた。
自分とあの人達は、そんな情報を共有するほど親密ではなかった。
「家の近くで妙な人を見たとか、店に妙な客が来たとか、そういうことは?」
「……ない、と思います」
家事と家族関係に神経をすり減らしている彼女に、のんべんだらりと周囲を見まわす
余裕などない。
「そうか」
団長が、椅子を引いて立ち上がる。

「……ああ、そうだ」
不意に思い出したように、団長はスーシャを見、そして座りなおす。
団長につられて立ち上がりかけたスーシャは、慌てて椅子に腰掛けた。

「君は、確かお使いに出ていたんだったね。何の用事だったんだ?」

尋ねられてスーシャは困った。
あれは、とっさについた嘘だ。
何の用事かなんて、そんなところまで考えていない。
「あ、あの……」
言うべきだろうか、本当のことを。
養母の仕打ちに深く傷ついて、泣きながら街へ飛び出したことを。
……あまり、言いたくない。

「ああ、無理に言わなくてもいい。個人的にちょっと気になっただけだ」

言うべきかを真剣に悩むスーシャに気遣わしげな声で言うと、団長は今度こそ椅子か
ら立ち上がった。

「今日のところは、聞きたいことはそれだけだよ。ありがとう。それじゃあ、宿まで
団員の誰かに送らせよう」
「いえ、そんな、悪いです」
スーシャがおろおろしていると、団長は「いいから」と制した。
「こんな夜中に、女の子の独り歩きは感心しないな。おまけに雨も降っている。犯人
もまだ見つかっていないんだから、危険だよ。送られておいた方が良い」
団長はそう言うと、団員の一人を呼び、「宿まで送ってやれ」と告げた。
「よ、よろしくお願いします」
「そんなに堅苦しくなるこたぁないよ。行こう」
団員に連れられ、スーシャは再び外に出る。

――雨は、ほんの少し、小降りになっていた。


スーシャが去った後、団長は再び椅子に腰かけ、テーブルに片肘をつく。

「団長、ずいぶん簡単な取り調べでしたけど、あれでいいんですか?」

奥のスペースで書類をまとめていた若い団員が、声をかけてくる。

「ああ。情報としては期待していないよ」
団員は、きょとんとした表情でまばたきをした。
「団長、もしかして犯人のめぼしがついてるんですか?」
その言葉に、団長は軽く頭を振る。
「実行犯については断定できないが……スーシャが関わっていると見て間違いない
と思う」
「……まさか、スーシャが殺したって言うんですか!?」
思わず、といった具合で声が大きくなる。
その拍子に持っていた書類の束を落とし、ばさばさと床の上に散らしてしまった。
「それはないな。彼女はまだ十二歳だろう? おまけにあんなに小柄で細い。頑張れ
ば一人ぐらい殺せるかもしれないが、三人も殺すのは容易じゃないだろう」
「じゃあ……」

あたふたと書類を拾い集めながら、団員は考える。
団長は一体何を言いたいのだろう、と。

「俺はな、スーシャとは別に実行犯がいるとにらんでいるんだ」
「まさか。あんな大人しい子が人殺しの計画を……そうは思えませんけど」
団員の言葉に、団長は否定の意味をこめて手をひらひらと振る。
「大人しいとは言ってもな、事情が事情だろう。お前だって知っているはずだ。あの
子は家の中で随分冷遇されていたというじゃないか。その恨みが募って、爆発したの
かもしれない」

そう言いながら、団長は膝を打った。

「そうだ。殺し屋のようなものを雇ったのかもしれない。幼女趣味の奴なら、体で支
払えば事足りるからな」

あんた、自分が何を言ってるのか、わかってるのか――。

団員は、拾い集めた書類を握りしめる。
しかし、声に出して言う事はしない。
仮にも相手は団長で、自分は団員。
閉鎖的な田舎の街では、とにかく「長」とつく者に立てついてはいけない。
祖父母や父母から言われ続け、染みこんだ意識がそうさせるのだ。

若者特有のまっすぐさや潔癖なまでの良心は、この環境では歓迎されない。

「やったという証拠はない。だが、やっていないという証拠もない」

団員は、せめてものウサ晴らしにと、拾い集めた書類を放るようにして机の上に置い
た。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/09/06 21:07 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 8/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街(仕立て屋)


 夜半を過ぎて雨は収まりを見せたが、風は相変わらず強く、室内にいるとまだ鎧戸をうる
さく叩く音が聞こえる。
 そんな悪天候の中、ロンシュタットは闇夜を平然と歩いている。
 家の窓の隙間から明かりが漏れているわけではない。雨が降っているので月、星明かり
があるわけでもない。
 それにも関わらず、一切の光が無い中を、彼は石に躓くことも、建物にぶつかる事も無く、
事件のあった家を探す。
 こんな深夜だ。誰にも事件のあった場所を訊く事はできなかったが、家が集まる地区を歩
くだけで簡単に見つけることができた。

 事件があった建物は、仕立て屋だった。
 相変わらず頬に風が吹き付ける中、ロンシュタットはその前に立ち視線を向けるが、外観
からは事件があったようには見えない。
 だが、入り口となっている扉には縄が巻かれ、外から入れないようになっている。
「だが、内側にいる何かを出さないようにしているようにも見えるな」
 黒い剣バルデラスがそんな事を言った。
 ロンシュタットは無視して、入れる場所を探して家の周りを歩くが、全ての窓には鍵がかか
っており、外から入ることはできなかった。
 仕方なく玄関へ戻り、縄を解いて入ることにした。
「いいのかよ、ロン? この街の自警団が、自分達以外に誰も入れないようにしたに違いな
いぜ?」
「家を出る時に縛り直せば問題ない」
 抑揚の無い、低い声でそう告げると、縄を解き始めるロンシュタットを興味深そうに見て、
バルデラスは言った。
「それにしても、急だよなぁ。いきなりこの事件を調べ始めるとは。一体、何がお前をそうさせ
たんだ?」
 ロンシュタット、無言。
「ひょっとして、あのスーシャって娘が、去り際に言おうとした言葉が何か、分かったから調
べようとしているのか? 何を訴えようとしていたのか、理解したから心が動かされて調べて
いるのか?」
 バルデラスは数秒、持ち主の返答を待ってみたが、相変わらず何も言わないので、また
いやらしい笑いをすると、話を続けた。
「けけけ、そんな訳ないよなぁ。このロンシュタットに、そんな人間らしい感情なんてあるわけ
がない。お前は目の前であの娘が殺されても、平気で素通りするか無視を決め込むような
奴だ。誰がどうなっても、お前にとっちゃどうでもいい事だ。そうだろう?」
 ロンシュタットは何も答えず、辺りには静かに縄を解く擦れた音だけがする。
「昔の自分を重ね合わせるような事もなかったんだろう? 同情もしない、手も差し伸べな
い、そんなお前が、どうして調べる気になったんだ? 当ててやろうか、お前は悪魔の気配
を感じたんじゃないのか? だから調べているんだ。あのスーシャって娘がどうなろうが、悪
魔を殺すのに、そんな事は関係ないからな」
 相変わらず何も答えないロンシュタットは、解き終えた縄を地面に放ると、ゆっくりと扉を開
けた。

 中は、闇だった。
 この時間であれば灯されている、やわらかなランプの光の代わりに、押し包むように内部
から漏れ出てきたのは、湿った空気と、その原因となった大量の血の臭いだ。
 あまりに突然のことに処置が追いついていないのか、死体は片付けられもせず、布を被
せてあるだけだった。
 確かにこれで死体は見えないが、床一面を覆っている血は流石に隠せない。
 むせ返る血の臭いに埋め尽くされた室内に、ロンシュタットは足を踏み入れる。
 ブーツの底に粘りつくように糸を引きながら、それはぐちゃぐちゃ音を立てる。
 入り口近くの死体から、奥の死体へ順に布をめくって見ていくロンシュタット。
 一番奥にある、この家の母親らしき死体を見て、先に声を発したのはバルデラスだった。
「おい、ロン。気付いているだろう、入り口にあった子供の死体といい、この死体といい、全部
眼がないぞ」
 その通りだった。
 死体は自分が何に襲われたのか、分かったように皆一様に深い恐怖を刻み込んでいる。
 おかしな角度に捩れた首は、逃げようとした所を捕まり、無理矢理向きを変えられたように
見える。
 身体のあちこちは切り裂かれ、内臓が引き出されている。これも恐らく、生きながら抜き出
されたのだろう。
 絶叫を放ったまま凍りついた口は、死後硬直を始め、塞ぐ事もできない。
 そして本来、眼が入っていた場所は何も無く、ただ暗い穴がふたつあるだけだった。しかも
おぞましいことに
「おい、ロン」バルデラスが言った。「『向こう』が見えるぞ」
 ロンシュタットは眼窩を覗き込む。
 そこには本来収まっているはずの脳が、完全に無くなっていた。
 その代わり見えるのは、頭蓋骨の内側、ぬらぬらと湿っている後頭部の内側だった。
「何だ、これは?」
 バルデラスが言った。
「まるで、眼から脳を吸い出されたみたいじゃないか!」
 何の為に?
 もちろん、喰う為に。

 バルデラスはしばらく声が出なかったが、ロンシュタットは超然としていた。相変わらず無
表情のまま、じっと死体を観察している。
「何だか、落ち着かないな」
 バルデラスが言った。
「どうなんだよ? 悪魔の仕業か? 悪魔が近くにいるのか、分かったのか?」
「いや」
 ロンシュタットは短く答える。
「悪魔の仕業かどうか、分からない。近くにはいない」
「そ、そうか」
 バルデラスが頷く。
「お前の感覚は、外れたことが無いからな。それじゃあ、こいつは人間の仕業って事になる
な」
 ロンシュタットは何も言わず、興味深そうに調査を続ける。
「とにかく、ここから出て宿へ帰ろうぜ。悪魔の仕業じゃないなら、こいつは自警団の仕事
だ」
 確かにそうだった。
 ロンシュタットはその意見に賛同した訳では無いが、ここで見るべきものは何も無いと判
断したのか、死体に布を再び被せ、きびすを返して玄関へ向かう……いや、向かおうとし
た。
 振り返り、数歩進んだところで、バルデラスが声を上げた。
「おい! 何だよ、こりゃあ!? 一体、どうなってる!」
 バルデラスが叫ぶのも無理は無い。
 先程、玄関近くにあった死体が、忽然と消えていた。
 死体があった場所には、被せてあった布が広がっているだけだ。
「誰かが死体を動かしたのか? いや、この暗闇で死体のありかがわかる人間なんていな
い。それに、床一面に血が広がっているんだぞ。音を立てずに歩くことなんてできるもの
か! 第一、この俺と、お前に気付かれずに部屋へ入って死体を動かせるやつなんて、い
るはずがない!」
 驚いているバルデラス。ロンシュタットも眼を細め、死体があった場所を凝視している。
「なあ、ロン」
 バルデラスが言った。
「本当に何の気配も感じなかったのか? だとしたら、一体何がこんなことをしたんだ!?」
 そんな事、ロンシュタットにも答えられる訳が無い。
 室内には、吹き付ける風と雨音しかしなかった。

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2007/09/24 00:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 9/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 店主
場所:セーラムの街(宿屋)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――スーシャ!

体が、ビクッと震える。
……養母。
絵本の中に出てくる、恐ろしい風貌の魔女よりも、スーシャにとっては恐ろしい存
在。
魔女の方が、まだ可愛い。
だって、魔女は絵本の中にいるのだから。
どう頑張ったって、絵本から抜け出して追いかけては来れない。
しかし、養母は……現実にいるのだ。
こちらがどんなに存在を拒もうとも、怒鳴り声を張り上げ、手を上げ、どこまでも追
い詰めてくる。

何をぐずぐずやってるんだい、このノロマめ!
親のいないガキはこれだから駄目なんだ、しつけし直してやる!

養母の血走った目がスーシャを見据え、片方の手が胸元を掴み上げる。
そして、残った手がぐっと握り締められ――

――やめて!

頭を両手でかばった……途端、目の前の景色が暗闇に飲まれる。

わけもわからず固まっていると、カエルのゲコゲコ鳴く声が聞こえてきた。

……夢、だったようだ。

目が慣れてくると、辺りの様子がはっきりしてくる。
ここは、宿屋の一室。
自警団の詰め所から帰ってきた後、クタクタだったのですぐに眠ってしまったのだ。

スーシャは、もそもそと毛布から這い出して、ベッドの上に座りこむ。
体が熱い。
心臓が、物凄い速度で鼓動を打っている。

――もう、いないのに。

真っ暗な壁を見つめ、スーシャはもう一度、胸の中でその言葉を反芻する。

そう、あの人達はもうこの世にいない。
心無い発言で傷つけられることも、暴力を振るわれることも、もうない。

その事実に安心している自分を感じて、スーシャはぞっとした。
自分の心の中の、一番醜くて汚い部分を見たからだ。

あの人達にいなくなって欲しいと……極端に言ってしまえば、死んで欲しいと思った
ことが一度もないのかと言われると、「そうだ」とは答えられない。
心の奥底では、こうなることを望んでいた。
ひどいことをされるたびに、心を傷つけられるたびに、本当は思っていた。
死んでしまえばいい、と。

スーシャは、毛布をぎゅっと抱きしめた。

たとえ何があっても、他人の不幸や死なんて、考えてはいけない。
相手にひどく傷つけられたとしても、そんなことを望んではいけない。
そんなことを考えるのは、とてもとても悪いことだ。
考えてしまう奴は、悪人だ。

(わたしは、悪い子なんだ)

そう思うと、前向きに生きていこうとか、幸せになろうなんて気持ちにはなれそうに
ない。
憂うつな気持ちで毛布の糸目を見つめていると、ざああ……という雨音が聴覚をぼか
していく。
ロンシュタットという青年と出会った時から降っている雨。
今頃、あの青年はどうしているのだろう。
ふと、スーシャは考えた。
(……眠っているのかな……?)
まさか、仕立て屋に赴いているとは夢にも思わないスーシャである。
(わたし、どうして「助けて」って言おうとしてたんだろう……)
スーシャはぼんやりと考えた。
今までなら、あの人達から「助けて」と言おうとしていたと考えられる。
しかし、あの時はすでに全員死んでいることがわかっていたのだから、あの人達から
「助けて」とは言わないはずである。

では、自分は、何から助けて欲しいと思っていたのか?

――わからない。

スーシャはため息をつき、窓に近寄ると、そっと押し開けた。
どうにかして、ぐちゃぐちゃしてきた気分を変えたかったのだ。
開けた窓からは雨に濡れる町並みが見え、冷たく湿った空気が流れこんでくる。
(あ……)
雨の降る夜中だというのに、歩いている人間がいる。
大人が二人と、子供が一人。
薄暗くてよくわからないが、大人の方は男女の組み合せのようだ。
(親子……?)
そう思うと、見る目が変わる。
あの家族は血がつながっているのだろうか。幸せなのだろうか。
そんなことを、つらつらと考えてしまう。
それにしても、あの衣服、どこかで見たような……。
ぼんやりと思ったその瞬間、スーシャの背中を悪寒が駆け抜けた。

――まさか。
あり得ない。

でも……?

スーシャの体が凍りつく。
体の震えが止まらない。
寒さのせいではない。

あの三人の背格好、そして着ているものに、見覚えがあった。
歩き方こそ全く違う――まるでずるずると引きずるような歩き方だが、あれは間違い
なく、あの人達だ。
死んだはずの、かりそめの「家族」。

何故?
あの人達は、もうこの世にはいないはずなのに。

(あれは……何?)

まさか、幽霊だとでもいうのだろうか?

……コン、コン。

その時、ドアをノックする音がして、スーシャは飛びあがるほど驚いた。

「は、はい」

取りあえず、返事をする。
その声は震えていて、弱々しかった。

「スーシャ、こんな時間に悪いねぇ。ちょっと起きてくれないかい?」

店主の声とわかり、スーシャはほっとした。
ドアを開けに行こうとして、その前に、おそるおそる、もう一度外をのぞいてみる。

……どこにも、あの人達の姿はなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/09/24 22:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 10/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス、団長
場所:セーラムの街


 いつ朝になったのか、分からないくらい空は重く、どんよりと曇っている。
 雨は一晩過ぎたら小雨になり、風の勢いも弱まりつつある。この分なら、昼前に雨は上がり、夕方頃には天候も回復するだろう。
 そんな沈んだ空気のせいか、この日の朝、早く起きた者は少なかった。
 怪我から腹痛、風邪や出産に至るまで、およそあらゆる治療を手がけている医者の一家も、今日の起床に限っては遅かった。
 いつもは家の誰よりも早起きし、暖かいスープとパンの朝食を用意する妻が、だるそうに寝返りを打ちつつまだ寝息を立てている。
 医者は扉をノックする音で目が覚め、妻を見るが、まるで目覚ましになっていない。
 寝癖のついた頭で出て行っては、相手が患者であった場合、いくら朝早いとは言え、威厳は失墜してしまうだろう。
 ベッドから起き出し、ガウンを羽織って簡単な身なりを整える準備の時間だけでも応対してくれればいいのだが、無理に起こすと酷く機嫌が悪くなるのを、この数年の結婚生活でイヤというほど学んだ彼は、諦めて自分で玄関まで行くことに決めた。
 スリッパを履いて、(本人は)急いで向かう。
「はい、どなたですか?」
 扉を開けながら訊くが、返答は無い。
 それどころか、玄関前には誰もいなかった。
 彼は首を出し、通りへと続く前庭を見回してみるが、どこにも自分を訪ねて来た者の姿は無い。
 風の悪戯だろうか?
 そんな事を考えながら、外気に当たって冷えた体を温めようと寝室へ戻る途中、正にその寝室から誰かが出て来た。
 医者をやっている以上、この街のほとんどの人を知っている。
 あれは仕立て屋の親子じゃないか。
 そんな事をぼんやり思い出している脳の裏では、少しずつ覚醒しだしたもうひとりの自分が、疑問を投げかけた。
 いつ、どこから入って来たんだ?
 だがそんな思考はすぐに消えてしまい、自分にふらふらと近寄ってくる姿を見て、怪我でもしているのかと思った。
 寝室のドアがゆっくり開いた。
 ノブを掴んでいる人の体重でもかかっているのか、軋んだ音を立てている。
 廊下へ出てきたのは、仕立て屋の女将だ。
 彼女は顔の下半分を真っ赤な血で染めている。
 どんな大怪我をしたというんだ。
 と、ちらりと思ったとき、ドアの隙間からまだベッドで寝ている妻の腕が見えた。
 だが、それは先程までとは少し違う。布団か着ている服でもほつれたのか、赤い糸が肘から指に伝わり、それが床に垂れている。
 先に妻を起こして治療を手伝ってもらうか、この怪我をしているらしい家族を診察室へ連れて行くか考えた所で、彼は父親に掴れた。

 ドアのノックで飛び上がり、スーシャは慌ててノブを回した。
 扉の向こうにいたのは、昨日から泊めてもらっている宿屋の主人だ。
「おはよう」
 朝早いというのに、彼はすでに服を昨日と同じ様なものに着替え、エプロンをかけている。
 開いた扉から、焼けたトーストの香ばしい匂いが漂ってくる。
「お、おはよう、ございます」
 まだちょっとびっくりしているスーシャが応えると、主人は頷いて言った。
「いつもはもっと遅いんだろうけど、うちは商売柄、どうしても朝早く夜遅くなるんだ。これから朝ごはんを食べるけど、どうする? もう少し寝るかい? それとも一緒に食べるかい?」
 どうしようか、スーシャは迷った。
 今自分が見たものを、どうしていいのか分からないのだ。
 この人に相談してみようか、信じてくれるだろうか?
 ……自分を虐げてきた、一家の歩く姿を話して、自分はどう見られるだろうか?
 そんなことを考えたが、すぐに体が震えた。
 怖い。
 さっき見たものが、本物の仕立て屋一家なのか見間違いなのか、そんなことはどうでもよかった。
 ただ、彼らを見た時の恐怖がまだ心の中に残っていて、底冷えする朝の冷気と一緒に、少ない体力と気力を奪い取って行くのが苦しかった。
「あの、それじゃあ、一緒に食べてもいいですか?」
「ああ、分かった。後はお皿を並べて取り分けるだけだから、すぐだよ。それじゃあ、行こうか」
 背を向けて歩き出す主人の後を少し遅れて歩きながら、スーシャはふと現実的な事を考えた。
 そういえば、誰かと一緒に朝ごはんを食べるのは、一体、いつ以来なんだろう?
 誰かと暮らしていれば当たり前のことにさえ疑問を感じ、戸惑う自分は、やっぱり、おかしいのかもしれない。
 いつもはひとりで、残り物のような、冷えたものを食べていたが、今日は、今だけは違うのだ。
 食卓を囲むと言うことを意識すると緊張してきた。
 食堂へ近づくに連れ、緊張は高まってきたが、心の中の暗く冷たい思いは、少しずつ小さくなっていった。

 ロンシュタットが宿へ戻って来たのは、家々の煙突から、朝食の用意をするための煙が立ち昇り、人々が日々の生活を始める頃だった。
 他に宿泊客がいないため、がらんとした酒場を抜け、2階の自分の部屋へ入る。
 鎧戸が閉まっているため暗いが、その隙間から朝日が差し込み、うっすらと室内を照らしている。
 体力のお化けのようなロンシュタットも流石に疲れたのか(何しろ、隣町から追い出され、街道を休むことなく歩いてきた上に、このセーラムの街に入る時には別の悪魔と戦っているのだ。しかも怪我をしたまま、仕立て屋を殺した犯人を調べる為に、寝ずに今まで調査していれば当たり前だ)、黒く長い剣をベッド横のテーブルに立てかけると、シーツの上に寝転がり、手足を大きく伸ばした。
 誰が、何の為にやったのか分からないままだったが、悪魔の仕業で無いなら、後はどうでもよかった。
 少し休んでから、昨日の夕食よりはマシなメニューが出るだろう朝食をとろうとして眼を閉じると、意識の糸を切られた様に、何の自覚も無く眠りに落ちた。

 次に彼が起きたのは、部屋の扉を叩く音だった。
 寝込んでしまった事を少し後悔し、ロンシュタットはゆっくり起き上がり、まだ横から入ってくる光を遮りながらノブを回した。
 そこに立っていたのは、昨夜ちらりと見かけた、団長だった。
 脇には小さくなって、宿の主人もいる。
「まだ寝ていたのか。すまないが、起きて話を聞いてくれないか? ロンシュタット」
 この街に来て、誰にも──間接的にバルデラスが教えたが──スーシャにも名乗っていない自分の名を口にされ、ロンシュタットの眉が寄り、眼が細くなる。
「自分の名前が出た事が、不思議か? だが、君ほどの者なら、自分の高い知名度は当然、理解しているだろう」
「私ゃ、知りませんでしたがね」
 主人が言うのをじろりと見ると、そのひと睨みで口を閉ざさせて、団長は話を続けた。
「君の名前はスーシャから……いや、正確には彼女から話を聞いたうちの団員が教えてくれた。普通に暮らしているだけなら口の端にも上らないが、我々や戦士団、傭兵団、イヌムス教関係者の間では、知らない方がモグリだろう。デーモンスレイヤーのロンシュタット」
 ロンシュタットは最初の怪訝な表情のまま、一向に言葉を発しない。一方的に話し続ける団長が何を言っているのかさっぱり分からない、と宿屋の主人は首を傾げる。
「切り殺した悪魔は膨大な数になるそうだな。そのせいでお前を見ると、悪霊や悪魔は悲鳴を上げて逃げ出すという話じゃないか」
「人の噂や、他の者が私をどう思っていようが、興味などない。何の用だ?」
 にやり、と笑って団長は話を続けた。
「先に断っておくが、君が今度の事件の犯人だと決め付けているわけではない。だが、事件のあった丁度その時に街へ来た部外者だ。色々話を聞かせてもらいたい」
「私には関係無い」
 何の感情も篭らない冷たい声でロンシュタットが即答するのを聞くと、団長が眼を吊り上げたように見えた主人は慌てて付け足した。
「今、そのスーシャも詰め所へもう一度出かけて、色々話をしているんだ。被害者の女の子が健気に協力しているんだ、そんなこと言わず、少しくらい話してもいいんじゃないか? 本当に無関係なら、すぐに話も済むだろうし」
「それは確かだ。君が完全に無関係だというなら、君が考えているより早く解放できる」
 ロンシュタットの表情が、いつもの無感情なそれへと変わっていく。
 まるで団長の言葉の真贋を確かめるように、しばらく黙っていると、彼はようやく口を開いた。
「いいだろう。だが、私が話せる事など、何も無い」
「それを判断するのは我々だ」
 ロンシュタットはその返答を待たず、部屋の奥へ戻り、バルデラスを腰に吊るす。
 バルデラスは特に何の反応も無く、そのまま吊るされて、彼と一緒に部屋を出る。
 今まで、このお喋りな剣が一言も発しなかったのは、ロンシュタットのとった行動に驚いているからだ。
 どうして捜査に協力するのか? いつも通り無視すればいいものを。
 だが、それ以上、考える事はしなかった。
 ロンシュタットが何を考えているか、長い付き合いになるが分かった事は無い。
 それなら考える材料が無い今は、あれこれ推測するだけ疲れる。
 バルデラスはこのまま黙っていよう、と思った。
 少なくとも、これから連れて行かれる詰め所に着くまでは。

2007/10/29 20:13 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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