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2025/03/10 06:29 |
星への距離 6/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、店長、団長
場所:セーラムの街(宿屋)

 一家皆殺しの知らせは衝撃的だった。
 スーシャは何が起こったのか理解することもできず、ただ知らせを運んできた農夫が繰り
返す「命拾いしたな」という慰めの言葉を受けるだけだった。
 無理も無い。
 その男はおろか、酒場にいる皆が、その事件に対して無知なのだから。
 そしてその混乱は広がっていく。夕刻より突如広がった暗雲のように、ひとりが抱えた不
安が大きくなり、やがて抱えきれなくなって他人の力を借りようとするがその相手もどうする
こともできず、やはり同じ不安を抱え始める。
 とにかく事態がどうなっているのか確認しようと男に問いただす者がいる。しかし男も理解
していないので要領を得ない問答になり、延々収拾がつかないまま実りの無い話が続く。
 それを聞きながらどうしようか迷った挙句、とりあえずスーシャを慰める者がいたり、自警
団長を探しに行こうとするが、自分の判断で勝手に行っていいのかどうか迷っている者がい
たり、様々な混乱の様相を呈している。
 店主はとりあえず、雨に濡れた体を拭くためのタオルを取りに奥へいったん引っ込むと、
一緒に部屋の鍵をひとつ持って帰って来た。
 宿として使われるうちの一部屋で、スーシャの頭をタオルで拭きながら、そこへ連れて行
く。

「とにかく、どうなっているのか分からないけど、きっと皆が何とかしてくれるから、今日はこ
こに泊っておいで」

 ざわつき始めた店内の喧騒をよそに、静かで落ち着ける所へ連れて行く店主の声が、そ
の扉を閉める際にロンシュタットの耳に入った。
 痩せている、というよりは華奢な印象が残る少女は彼の視界から消え、代わりに口々に好
き勝手な憶測を飛ばす者だけが残る。
 ロンシュタットはスーシャがいなくなると、彼らには一瞥もせず宿泊施設となっている2階
へ勝手に上がり、これもまた勝手に手近な扉を開け、中に入った。

 背負ったバッグから荷物を取り出し、部屋中に広げて空にすると、バッグを逆さにして窓辺
に吊るした。
 腰の剣も外し、ベッドに放り投げると渡されたタオルで頭と顔を拭き始める。

「あ~あ、何がどうなってんだか分からないのに、何だってあいつらは騒々しく捲くし立てて
んだ? 浮き足立ちやがって、うるせえったらありゃしねえよ。なあ、ロン?」

 ロンシュタット、無言のままタオルで拭き続ける。
 心の中では、お前に言われたくないだろう、と思っているかもしれない。
 頭だけでも拭いてさっぱりすると、服を着替え始める。

「さっさと自警団長だか何だかに報告すりゃいいのに。駄目だな、あいつら。あんなんじゃも
し犯人がいても、とっくに逃げおおせてるか、近くにいても捕まえられんだろうぜ。殺された
連中は仇を討ってもらえず、殺され損さ」
 けけけ、と愉快な笑い声が響く。
 ロンシュタットは拭くのを止め、剣を睨む。
 途端に笑い声が収まり、困惑した声で話しかけてきた。

「おいおい、どうして俺を睨むんだよ? あいつらの態度見ただろ? スーシャちゃんの事を
心配してる振りしてるだけだぜ、ありゃ。けけけ、『きっと皆が何とかしてくれる』だってよ。笑
っちまうぜ、そうだろう?」

 声は再び愉快で仕方ないというように饒舌になる。

「あんな年の女の子が、こんな時間にお使いもくそもあるかよ。お前だって一目見て分かっ
たはずだぜ、痩せているんじゃなくて、栄養失調気味で華奢なんだってな。着てる服はどう
だった? この街は大したことなさそうだが、いくら貧乏だからって、普通に生活してる奴が
あそこまでみすぼらしいこたぁねえだろうよ。本気で心配してる奴がひとりでもいりゃあ、あ
んな落ち窪んだような目にはならない。違うか?」
「……」
「それなのに、何とかしてくれる、だってよ。これがおかしくなくて、何がおかしいってんだ」

 げらげら笑い出す剣。

「それでも育てている連中を失ったんだ。これからは、彼女にゃ不幸だが、ろくな人生は残っ
ちゃいねえな。誰もいない、一人じゃ生きることもできないガキだ。そういう奴がどんな悲惨
な末路を辿るか、その辺、お前が一番知ってるんだぜ?」

 ロンシュタットは特に何も言わず、乾いた服に袖を通し終えると、濡れた服を同じ様に干し
た。
 剣が喋っている間、特に変えることも無いその冷たい表情からは、彼が何を思い何を感じ
ているのか窺い知ることはできない。
 バルデラスはロンシュタットの様子を伺っていたが、まるっきり無視されているのに気付く
と、口を尖らせたように、「つまんねぇの」と呟いた。
 彼は無造作に剣を掴んで腰に吊るすと、扉を開けて酒場へ降りる。

 幾分の混乱は見られたが、そこにいる者は減っていた。
 例の自警団長を呼びに行ったのか、あるいは事件のあった家へ行ったのか。
 ロンシュタットはまだ調理場に立っている店員に、夕食を注文する。
 椅子を引いて奥まった席にかけ、夕食を待っている間も実りの無い会話は続けられてい
た。
 その会話に参加することも無く、まるで誰もいないかのように彼らを無視して待っている
と、やがて出てきた。
 ここが酒場だからか、料理人のレパートリーがこれしかないのか、出てきたのはジャガイ
モとベーコンの胡椒炒め、硬そうなパン、スライスされたチーズ、温い水だった。
 食事というより酒のツマミだ。
 ロンシュタットは不満を言うことはなかったが、フォークを取ることはなかった。
 このメニューで食欲を失ったのか、そのまま手を付けずに水だけ飲んでいると、湿った空
気と一緒に男が外套を被って数人入って来た。

「店長はいるかい?」

 中でも一際体つきのがっしりした男が太い声で言った。
 その声にざわめきが収まる。同時にツマミを作った調理人が奥の部屋へ行き、少しすると
店長を連れ出て来る。

「ああ、こりゃあ団長、どうも」

 頭をかいている店長に、大仰に頷いてみせると
「急な知らせを受けて、取るものも取敢えず駆けつけた。仕立て屋の一家が皆殺しらしい
な。スーシャだけが生き残ったそうだが?」
「ええ、今、奥の部屋で暖かいミルクを飲んでます」
「落ち着いているなら、話を聞きたい。店の用事で出かけていたという話だが、本当か?」
「本人がそう言ってましたよ。詳しくは聞いてませんが……」

 そんな事を言われても困る、と顔で伝えて店長は頭をかいた。

「何も見ていないかもしれんが、何か見ているかもしれん。万が一の事だが、犯人に心当た
りがあるかもしれない。連れて来れるか?」
「まあ、あの通りの大人しい娘だから、連れてこれるでしょうけど」
「では、頼む」

 そう言われると店長も断れない。入って行った扉を潜り、少ししてスーシャを連れて来た。
 店長に連れられて出て来たスーシャは、団長を見上げた。

「スーシャ、君にちょっとだけ聞きたいことがある。ここでは落ち着いて話せないし、事件のこ
とも君に話してあげることができない。これから一緒に来て欲しい。いいね?」

 言葉は理屈が通っているように見えるが、実際は断りようが無い。
 自分が決める前に決められた事に、スーシャはただ力無く、黙って頷いた。

「よし、では行こう。店長、ご苦労だった」

 どうも、と答える店長とのやり取りの間、スーシャは俯いたまま、口をきつく結んで何も言
わなかった。
 団長が一緒に入って来た男達と出て行く。
 再び店内に湿った風と雨が入ってくる。
 扉が開き、閉まるまでのほんの短い間。
 スーシャは店内を急いで見回した。探してみた。

 いた。
 おかしなお喋りな剣と、その持ち主の青年が。
 ロンシュタットと言う青年は、無表情のまま、ただ自分を見ていた。何の感情も無い眼では
あったが、正面から、真直ぐに自分だけを見つめていた。
 スーシャの表情が崩れる。
 辛そうな、悲しそうな顔で彼に何か言おうとしたが、言葉になる事はなく、そのまま連れら
れて出て行ってしまった。
 店内に安堵の空気が広がる。事件は専門に処理してくれるプロの手へ移り、自分たちが
することはなく、またできることもない。
 犯人が早く捕まってくれるといい、といったそれまでとは違う、第三者的な感想が今度は話
題の中心になる頃、店内からロンシュタットの姿は消えていた。

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2007/08/28 00:44 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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