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2024/11/01 08:13 |
ファランクス・ナイト・ショウ  11/クオド(小林悠輝)
登場:クオド, ヒルデ
場所:ガルドゼンド国内
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 戦の報が既に伝わったか、それとも星の落ちるのを見たのか。ヒュッテを離れて数日
が経つころには、通りかかる村落は疎開の準備で慌しくなっていた。馬を売ってくれと
頼んでもなかなか了承を得られず、かといって二頭の馬で道を急ぐことなどできない。
放棄の済んだ農村に残されていた一頭を拝借することができたときには、既にレットシ
ュタインまでの道半ばに差しかかろうとしていた。

 ガルドゼンドは平地がちな国ではあるが、旅の容易な土地ではない。
 行く手を遮る河川や森林のせいで街道は奇妙な風に捻じ曲がっているし、辺境の治安
は、いいとは決して言えなかった。特に今は都市へ避難する人々を狙った盗賊も出没し
ている。直接その姿を見ることはなかったものの、無雑作に打ち捨てられた屍骸が放つ
異臭に辟易しながら道を抜けなければならないことは幾度かあった。

「レットシュタインとはどういうところだ?」

 ラインヒルデがそう問うたので、クオドは少しだけ悩んでから「静かな場所です」と
答えた。少なくともクオドが子どものころのあの土地はそうであったし、一月前までも
違わないらしかった。

「アプラウト家が所有する領土のうち、最も古い土地です。
 南と西は荒野と草原、北と東には深い森がありますが、東の先はごつごつとした岩山
になっており、踏み込むことはできません。村の一部は高い石塀に囲まれていて、ちょ
うど砦の中庭のようになっています。が、昔はともかく今の兵力で守るには広すぎます
から、戦場になることがあれば、村には火を放つかも知れません」

「……なるほど」

 と受けた相手が本当に満足したのか知れなかったために、クオドは続けて、領主館と
そこにいる何人かの話をした。領主とその兄、武術指南番の老人、執事。続けようと思
えばいくらでも続けられる気がしたが、漠然と父親のことを思い出すと同時に錯覚も醒
めてしまった。故郷は遥か遠いのだということを、すぐに忘れそうになる。
 クオドは笑った。

「素敵な人がたくさんいますよ」

「そうか」

 会話がとまる。
 かぽり、かぽりと前方から馬の蹄音が聞こえてきて、先行していたカッツェが戻って
きた。クオドは、少年が数日前と比べて随分と憔悴してしまっているのを後ろめたく思
いながら、「先はどうですか」と訊いた。

「……すぐに村があります。
 少人数の兵士が駐留していて――エーリヒ卿の部隊のようです」

「エーリヒ卿? 何故ここに……王都へ戻るにしては」

 ラインヒルデが顔をしかめて話に割って入った。

「そのエーリヒという男はヒュッテにいたのか。
 あの襲撃の夜、私は見たぞ。転移の魔術で真先に逃げ出した騎士と、奴に従う魔術師
たちを」

「ええ。彼は王の任務を受けていました。
 恐らくヒュッテが陥落するように仕向けるのが仕事だったのでしょう。
 パフュールの王は戦を望んでいる。既に国中で軍が揃いつつあるはずです」

 クオドは息を吐いた。空気は冷たいが、汗ばんだ馬の体温が湯気に変わっている。
 半日もしないうちに休ませなければならないだろう。走らせていないが、急いでいる。

「ティグラハットが勝負を仕掛けるなら冬になります――雪が降れば大規模な行軍は不
可能になるために、当面、圧倒的な物量差で負けることはなくなりますから。春までに
少なくとも三つの要塞を陥とせれば、有利な条件で停戦交渉を仕掛けることだってでき
るはずです」

「…………」

「対してパフュール王は恐らく……既に迎え撃つ準備を整えて」

「ヒュッテ襲撃を誘い、その陥落を合図に開戦しようということか?
 あの犠牲は――テオバルド卿は自らの王に利用されて死んだのか」

 ラインヒルデは半ば呆然と呟いて、それきり沈黙した。
 クオドはカッツェを呼んで迂廻路を確かめるよう言いつけた。



         + ○ + ○ + ● + ○ + ○ +



 ヒュッテ陥落の報を受けたヴィオラは穏やかに微笑んで、まずは二人の無事を労った。
 カッツェは主人が動揺しているところを見たことがなかったので、感情を押し殺して
いるのかそれとも本当に何も感じていないのかの判断を、今回もつけることはできなか
った。或いは、二人がラインヒルデを伴って帰りついた時から敗戦を確信していたのか
も知れない――泥と塵、血の黒染みも殆どそのままの姿は、他の何も想像させなかった
に違いないのだから。

「……ええ、私達は無事に帰ってくることができました」

「あなたが責任を感じることはありません、クオド。
 遠からずヒュッテが陥ちることはわかっていましたから」

 騎士が応えると、ヴィオラは机に肘をついて手元で筆をいじりながら眉を顰めた。
 その背後では隙なく引かれた窓帷に外の夕日がぼんやりと滲んでいる。執務室はひい
やりとした冷気に涵されている。この冷たさは真冬になると更にひどくなり、暖房器具
を持ち込んでも殆ど効果がないほどになる。カッツェは、主人が毎冬必ず寝込む風邪の
原因のうち一つはこの部屋の性質だと信じているが、進言したところでどうにかなるも
のではないと承知してもいた。
 主人は溜め息をつき、抑えた冷たい声で言った。

「それに――テオバルド・グナイストが死んだのは彼自身の選択です。
 自滅に付き合わされた兵士には同情すれども、彼を哀れむ必要はありません」

「何…?」と小声で呟いたのはラインヒルデという女だった。
 カッツェは恐る恐る彼女を横目にした。秀麗な横顔がゆっくりと怒りに染まっていく
光景に背筋が凍る。ヴィオラはまるで気づかぬ素振りで続けた。光のない目は、三人の
背後の壁を見据えて動かない。

「初めに星が落ちた時点で退き、戦力を温存すべきでした。
 彼は戦局をそう見誤るほど無能ではなかったのに、恐らくは焦燥に目を晦ませた」

「でも――あのひとは」

「……テオバルド卿は最期まで誇りを失わなかった」

 クオドは口を噤んだが、ラインヒルデは硬い声で呟いた。
 主人は短い沈黙の後で筆を机に戻し、立ち上がりながら言った。

「残念ながら、お嬢さん。私は誇りになど価値を見出さないのですよ。
 とにかく二人を助けてくださったことに感謝します。もしよろしければ気の済むまで
滞在してください、最大限の遇しをさせていただきますので」

 ラインヒルデは差し出された右の手を半ば睨むように見下ろして動かない。
 主人は苦笑して手を引いた。それから困りきった表情で立っていた騎士の名前を呼ん
で、あまり熱意のない口調で「客人が滞在中に不便を感じることのないようにしなさい」
と言った。

「その必要はない。すぐに発たせてもらう」

「ではせめて、旅に必要な物資のいくらかを提供しましょう。
 とはいえ明日までの猶予はいただきたく存じますが――」

 金髪の女は目を細めて、ぎこちなく唇の端を吊り上げた。

「ほう……噂に名高いアプラウトの毒殺公が、食糧を分けてくれるというのか」

 ヴィオラは虚をつかれたような顔をしたが、彼よりもクオドの方が驚いてヒルデを見
上げた。主人の風聞を知らないのか、それともこの女が皮肉のようなことを言う人物だ
とは思っていなかったのか。恐らくは両方に違いない。カッツェは前者に対しては何も
言うことはなく、後者についてはクオドと大凡おなじ見解を持っていた。
 主人は一目で上辺だけとわかる微笑で言った。

「……ええ、可能ならば晩餐にもお付き合いいただきたいと願っています、お嬢さん。
 毒というものは――果実酒の杯に注ぐのが、貴族の作法では最も正しいとされている
方法ですからね」

「ただの悪趣味だろう」

「貴女が夜の旅よりも真鍮の杯を恐れるなら、決して無理には引きとめません」

「私が毒を恐れる? 冗談でも言っているのか?」

 ヒルデガルドは鼻で笑った。
 主人は「クオド、お願いします」と念を押して、机の上にあった硝子灯を彼に渡した。

「私は少し図書館に用がありますので、何かあったら使いをください」


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2007/08/28 00:42 | Comments(0) | TrackBack() | ○ファランクスナイトショウ

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