忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/30 04:44 |
BLUE MOMENT -わなとび- ♯1/マシュー(熊猫)
キャスト:マシュー
NPC:ジラルド
場所:コールベル/エランド公園

――――――――――――――――

まる一日すべてを足止めした強風は、明け方に止んだ。

昼の空は真新しい色で広がり――まるで一枚、古い膜を取り去ったかのように
明るかった。
今いるエランド公園は、街のほとんどを石畳で覆われたコールベルに存在する
公園の中でも珍しく、緑の多い、芝生のある公園だった。
特に数十本から成るイチョウ並木は、毎年秋になると見事な黄金に染まる。

ぱしん、という小気味よい音がして、空にゆるやかな弧がかかった。
音は一定のリズムを刻みながら、カーブを描いては消えるを繰り返す。



すてきな夕餉

パンにスープ 肉に魚
知らないお酒は赤い色



大抵の子供なら知っている縄跳び歌だ。
マシュー・ゾディワフ・スワロフスキーはそれを口ずさみながら、
ただひたすらに腕を動かしていた。

ただし飛び手は誰も居ない。脇にあるイチョウの木にロープの端を
くくりつけ、道を塞ぐようにしてたった一人で縄を回している。



どんな食べ方だってかまわない
みんなおなじ姿でたいらげた

あぁなんてすてきな夕餉!


歌が終わっても無論誰も来ない。ひら、と黄色と濃い緑の
グラデーションのかかった扇形の葉が落ちてきた。
それを目で追おうとふと顔をそらした時、聞き慣れた声がした。

「また変な事して」
「おー、ジュンちゃん」

歩いてきたのは、同居人のジラルドだった。手に箱を抱えて、呆れた顔で
こちらを見ている。声が届きやすい位置に彼が近づいてくるのを待って、言う。

「値は?」
「えぇ、ほとんどタダ同然です」
「そうじゃろう。きっと向こうも手放したかったに違いないからのう」

満足そうに笑って、また縄回しを再開する。

「で、マシューさんは何してんですか」
「アンケート」
「は?」
「『道の真ん中で縄を回したら、何人が跳んでくれるか?』という」
「…結果は?」
「午前中までで15人」
「意外に飛んでた!」

とさ、と道の端に箱を置くジラルド。中身は買い取った商品が
入っているはずだ。

「まぁそのうち14人がお散歩中の保育園児じゃが」
「いいタイミングでひっかかったんですね」
「あと引率の先生にごはん誘われた」
「そっちもひっかけたのか畜生!!」

心底悔しそうに歯を軋らせるジラルドに、朗らかに笑ってやる。

「ジュンちゃん代わりに行ってくると良いよ」
「なんかそれ負けな気がするんでいいです…先に帰りますね」
「なあ、ジュンちゃん」

意気消沈しながら箱を抱えようとするのをさえぎるように、手を止めて
縄を地面に下ろす。それを示し、問う。

「これ、何に見える?」

木とマシューの間は、縄が一直線に横たわっている。
ジラルドはそれを一瞥し、こともなげに答えた。

「縄跳びの縄ですね」
「うん、ではこっちに立って」

縄の横を示す。ジラルドはふとこちらの顔を見たが、あきらめたように
素直に移動する。その顔を言葉で示すなら――『また始まった』と言った
ところだろうか。

「これは?」
「縄は縄ですが、店長と木を結ぶ線とも言えるかな」
「ではもう一本増やしてみると」

うんうんと頷いて、足元においてあった縄の束をほどき、同じように
木とマシューの間に置く。こうして、ジラルドの前には二本の縄が
横たわる形になった。

「道ができましたね」
「こうすると?」

今度は縄を十字に交差させる。そろそろ飽きてきたのか、ジラルドは
軽く上の空で答えた。

「四つの部屋ですね」
「では一本に戻して」

木に結んだままの縄を外し、結びまとめる。残った一本を両手に持ち、

「はいぐるぐるー」

ぱっと棒立ちのジラルドに巻きつける。

「ちょ、馬鹿やめろ!」

ばたばたと巻かれた縄をほどきながら罵声を浴びせかけてくる
ジラルド。マシューは適当に縄を手放すと、残ったほうの縄を回収して
まとめて手に持った。

「よし、帰ろうか」
「なんなんですか今の」

慌てて木箱を抱えあげて、先を歩くこちらに足早で追いついてくる。
マシューは結んだ縄を手にひっかけてくるくる回しながら、ぼんやりと
空を見上げながら答えた。

「いやな、ちょっと罠を仕掛けてみようかと」
「罠?今のがですか?」
「今のは実験」
「成功?失敗?」
「んー。要・改良」
「まぁ…ご近所に迷惑がかからないようにしてくださいね。そのうち
回覧板まわってこなくなりますよ」

はぁ、と嘆息して同じように空を見上げた、つもりだったのだろう。
何かに気づいていきなり飛びつくようにして顔をこちらの手元に近づける。

「これ!洗濯物干してたロープじゃないですか!!
…ここにあるってことはそういう事ですよね!?ねぇ!」
「ばれた?」
「干してあったシーツは!?」

一気に血の気をひかせた顔で、すごんでくるジラルド。しかし
マシューは動じず、むしろ真顔で応じる。

「大丈夫、ちゃんと避雷針にくくりつけてきた」
「ぜんぜん大丈夫じゃないですよ!白旗か!」
「いや旗ならもっと絵とか描いて――あ」

勢いがついた縄の束が、手からすっぽ抜けて。

大きな弧を描いて茂みの中へ落ち――

「ぎゃん!」

その直後聞こえてきた悲鳴のような鳴き声に、マシューとジラルドは
思わず顔を見合わせて立ち止まった。

――――――――――――――――
PR

2008/10/23 18:45 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-
BLUE MOMENT -わなとび- ♯2/リウッツィ(ゆうま)
キャスト:マシュー リウッツィ
NPC:ジラルド
場所:コールベル/エランド公園

――――――――――――――――



すてきな夕餉

パンにスープ 肉に魚
知らないお酒は赤い色

どんな食べ方だってかまわない
みんなおなじ姿でたいらげた

あぁなんてすてきな夕餉!



 少女の縄跳び歌とともに、タンッタンッ!と乾いた縄の音がする。
 年は7,8歳くらいだろうか。どこの街でも見かけるひっそりとした裏路地で、少女は俯きながら縄跳びを跳んでいる。その表情は決して明るいと言えるものではなかった。
 少女以外に人影はなく、縄跳び歌と縄の音だけが辺りに空しく響いていた。


 ……どうしてあんなこと言っちゃったんだろ……。

 タンッタンッ!

 お母さんすごく悲しそうな顔してたな……。

 タンッタンッ!

 謝らなきゃ……。

 タンッタンッ!

『なんで私には魔法が使えないの?どうして?なんで私をこんな風に生んだの!?……全部お母さんのせいよ!!』

 ……あぁ……どうしてあんなこと……。


「どうしたの?何か悲しいことでもあった?」
「……!?」
 当然、前方から声がした。驚いて顔を上げると、そこには自分と同じ年くらいの少女が立っていた。
「ねぇ。私も一緒に縄跳びしたいな」
 少女はニコッと笑い、こちらに近づいてくる。
「う、うん。いいよ」
 再び、縄跳び歌を歌い出し、縄跳びを跳び始めた。今度は2人で……。


++++++++++++++++++++


 あのコの名前なんだっけ?……思い出せない……。
 真っ新な空の元、公園の芝生の上で横になり、リウッツィはまどろみの中にいた。
 リウッツィ・ピッツォニア。28歳。現在、地味に結婚相手募集中の彼女は、ビクトリア商店街の弁当屋で買ったデラックス弁当を完食し、腰までスリットが入ったチャイナドレス姿のまま、上に何も掛けることもせず、お昼寝を楽しんでいるところだった。
 そんな彼女の頭上にある茂みの中で、雑草を食べながらうつらうつらしている猫が一匹。シャム猫の様な容姿をしているが、毛の色はアイボリーとワインレッドという少し変わった配色をしている。
 陽だまりの中、体内に入った毛玉処理をするため雑草を食べていたところ、リウッツィと同じく眠くなってしまったらしい。
 もう少しで熟睡の深淵に誘われようとしたその時。
「ぎゃん!」
 不幸なことに、何かが頭上から落下し直撃したのだった。

「ん?ジュンちゃんも、ぎゃん!って鳴くことがあるんだねー」
「何馬鹿なこと言ってるんですか!?俺じゃありませんよ!明らかにマシューさんの手からすっぽ抜けたやつが何かに当たったんでしょうがっ」
 ……うるさいわね~……何?
 リウッツィの頭上からバタバタと足音が聞こえる。それと同時に、「シャーッ!」とか「フーッ!」と威嚇する声も。
「ほう。どうやら猫ちゃんに当たったみたいよ。ジュンちゃん」
「他人事みたいに言わないでください……。どうすんですか?この猫相当怒ってますよ」

 猫は未だに怒りが収まらないのか、威嚇し続けている。
「……ガット!うるさいって言ってるでしょう!?どうしていつも邪魔するのよ!!」

 人がせっかく昼寝してるのに!っと勢いよく起き上がり、更に文句を言おうとしたが、茂みの向こうに見知らぬ男2人いるのに気付き、はたっと動きを止める。
 眼下で男たちを威嚇している猫の側には縄が転がっていた。
「あら。こんにちは」
 立ち上がって、乱れていた服装を簡単に整え、見知らぬ相手にあいさつをする。
「きれいなお姉さんじゃの~」
「ふふっ。ありがとう。あなたも綺麗な顔立ちをしてるじゃない。モテ顔さんね」
 アッシュローズっぽい髪色をし、黒い目の眼鏡をかけた男の言葉に笑顔で礼を言った。角度によっては濃い紫色が入ってるように男の目は映る。
「あ。はじめまして。この子あなたの猫ですか?すみません……この人の不注意でこの子にこれを当ててしまって」
 そう言って、金髪の青年が縄を拾い、頭を下げた。
「あぁ。そうだったんですか。あまり気にしないで。そんなことで死ぬわけじゃないから。ほら。この通りピンピンしてるでしょ」
 尻尾をビンビンに逆立て、未だに興奮している猫を抱きあげリウッツィは言った。
「それに、この子女好きだからあまり男性には懐かないのよ」
「触らせてくれそうにないの~」
「がんばったら触れるかもしれないわね。きっと傷だらけになると思うけど」
「そうか……残念。変わった毛並みをしているから興味があるんじゃが」
 男は顎を擦りながら、猫をまじまじと見つめていた。
「そうね。普通の猫じゃあないわね。焔猫(ほむらねこ)って知ってるかしら?年齢不詳の猫又よ」
「焔猫?」
 青年がキョトンとした顔でこちらを向いた。
「火属性の魔法が使える猫よ。変わってるでしょう?」
 猫を宥めるように頭を撫でてやる。段々落ち着いてきたのか、リウッツィの腕の中で満足そうに目を細めている。
「聞いたことはあるが、見るのは初めてじゃ。……お姉さんはもしかしてこの猫ちゃんの契約者かの?」
 男はリウッツィの目の色を見て気付いたのだろう。彼女の右目は猫の目と同じ紅色をしていた。
「よくご存じねー。その通りよ」
 ニコッと男に微笑む。
「でも、そんなに簡単に契約者になれないとも聞く。お姉さんは凄い人なんじゃな~」

 子供みたいに目をキラキラさせ、男は感心していた。
 なんだか、不思議な人ね……。自然と人を惹きつける力がある人みたい。
 会ってまだほんの少ししか経っていないが、眼鏡をかけた男にそんな印象を受けた。

「それがね~……話を聞いたらびっくりする……あ!ガットどこ行くの??」
 ピンッと耳を立ち上げ、紅色の目をまん丸くした猫は直後、脱兎の如くリウッツィの腕から逃げ出し、公園の噴水へと走って行った。
 また、タイプの女の子でも見つけたわね……。
「ちょっとごめんなさいね!」
 男性2人に断わりを入れ、リウッツィは溜息交じりで猫を追い、足早にその場を後にする。

「にゃ~~~ん♪♪」
 噴水前まで行くと、猫が誰かの足にすり寄って猫撫で声をあげていた。
「こらっ!ガット!何がにゃ~~~んよ!私にはそんな声出したこともないでしょ??」

 問題はそこなのだろうか?という疑問はこの際棚に上げる。
「ごめんなさい。びっくりしたでしょう?」
 済まなそうな表情をしながら、リウッツィは言ったのだった。


――――――――――――――――

2008/11/12 12:20 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-
BLUE MOMENT -わなとび- ♯3/エルガ(夏琉)
PC:マシュー リウッツィ エルガ
NPC:ジラルド
場所:コールベル/エランド公園
---------------------------------


すてきな夕餉

パンにスープ 肉に魚
知らないお酒は赤い色

どんな食べ方だってかまわない
みんなおなじ姿でたいらげた

あぁなんてすてきな夕餉!



歌が聞こえる。


男性の声だ。
朗々としているわけでもなく特別響く声でもないのだが、癇に障らずにするっと耳に入ってくる、不思議な声だ。


歌は、確か、子どもが遊びのときに歌うものだ。
聞き覚えはあるのだが、どうやって遊ぶものかが思い出せない。


この公園で子どもと遊んでいる父親でもいるのだろうか。


エルガ・ロットは足を止める。


いつのまにか止んでいた、歌の主が気になったからではない。

頬かかった水滴が、エルガの視線を変えさせたのだ。

大きく丸い形に作られたため池の真ん中から、水が噴きあがっている。
噴水だ。

池は濁っておらず、底に沈む落ち葉が見える。
よく掃除されているのか、よくバランスを考えて生き物や植物が配置されているのだろう。

水気を含んだ風は、この季節は厳しい寒さをはらんでいるが、それも鼻の奥に感じるツンとした冷気が心地いい。

エルガが在籍していた魔術学院では、祭の時期になると、噴水の流れる水に魔法で色をつけたり光らせたりするような、学生による出し物が見られるが、エルガはこういうまじりっけのない噴水のほうが好きだったりする。


扇型の葉が、一枚水面に落ちる。


そこから広がる波紋をぼうっと眺めていたが、突然、足元に暖かく柔らかい感触を感じた。


「ひゃあ」


思わず声をあげて見下ろすと、にゃあにゃあと声をあげて、盛んに頭をすりつけている生き物がいた。


赤みがかった不思議な風合いの毛並みをした、小柄な生き物だ。すらりとのびた尻尾の先には、小さな炎が灯っている。


「ええと…」


何か魔法に関係あるに違いない生き物だが、愛嬌をふりまく様子は、学園の庭に多数居ついている猫にそっくりだ。
一方的に好意を向けられて、エルガは困惑する。


この生き物の関係者なのか、ぱたぱたと赤い服を着た女性が走ってくるのが見えた。


「ごめんなさい。びっくりしたでしょう?」


長い髪を高く結んだ女性が、エルガの顔を見上げていった。


「あ、ええ」


エルガはなんと答えていいのかわからず、曖昧に頷く。


綺麗な体の形をした人だ。

この太ももまで足が見える服は、ソフィニアの学校で遠方からの留学生が来ているのを見たことがあるが、ここまで鮮やかに着こなしている人はいなかったようにエルガは思う。


「この子、女の子が大好きで。好みの子をみつけるとすぐによっていっちゃうのよ」


女性は身をかがめて、エルガの足元の生き物を抱きかかえる。


「あ、ごめんね。もしかして猫が苦手な人かしら?」


エルガがぼうっとしているのを気にしてか、気遣うように声をかけてくる。


「あ…、そういうわけではないんですけど。猫、なんですか? その…」


「猫っていうか、猫又って知ってる?」


「えーと…」


語感が記憶にひっかかるような気はしたが、はっきりと心当たりはなく、エルガは視線を女性から外して唸る。


「焔猫って言ってね。火属性の魔法が使える猫よ」


エルガの様子を“知らない”と判断した女性は端的に説明をする。


あ、この人、いい人だ。


馬鹿にした様子でも、過度に教え諭す様子でもなく、知識のない人に当然のこととして説明する様子に、エルガは好感を持つ。


「しっぽの焔は熱くないのよ。本当だったら、しっぽ触ってみるって言いたいところなんだけど…、あなたどこかに行く途中よね? たぶん私がこの子を放したら、またさっきみたいになっちゃうと思うのよ」


みぎゃーっと、その生き物は女性の腕の中でうにうに動いて、今にも抜け出しそうだ。

よく見ると、とても奇麗な毛並みをしていて興味が惹かれたが、先ほどのようにやたらと懐かれるのはエルガの得意とするところではない。


「そうですね…。残念ですけど、ありがとうございます」


エルガの言い回しが面白かったのか、女性がぷっと吹き出す。


「ふふ、機会があったらまたゆっくりおしゃべりしたいわね」


エルガはきょとんとしていたが、ぺこりと会釈をする。


「あ、はい…、では失礼します」



そのまま、たし去ろうとしたのだが、足首のあたりに強い抵抗を感じて、つんのめってった。


そのままバランスを崩して、地面に強く膝を打ってしまう。


「あら、大丈夫!?」


女性はエルガに手を差し伸べようとすると、その隙に猫がするりと地面に降り立つ。


「だいじょうぶ…です」


ひっかかった足首と膝はじんじんするが筋を痛めたりはしていなかったようで、彼女の手を借りて、すんなりと立ち上がれる。


今のはなんなんだろう。

足首のあたりに、高さや幅はあまりないが地面と平行に、進路を妨害するものがあった。


「縄とか、紐…みたいな」


エルガはあいまいに首をかしげる。


「怪我とかない? なんか痛そうな音してたわよ?」


女性が、気遣わしげに声をかける。
猫も、今度はすりよってこないで、エルガが転んだあたりの地面で、匂いを嗅ぐようなしぐさをしていた。


「えっと…」


確かに、勢いよく打ちつけたので、少しくらいは怪我をしているような気はする。
しかし、これ以上、知り合いなわけでもない彼女と話を続けるのもどうかと思い、返事につまってしまう。


その時、遠くから呼びかけるような第三者の声が聞こえた。


「おーい、大丈夫かのー?」


少し離れたところから、男性が手を振りながら駆けてくるのが見えた。


---------------------------------

2009/02/22 06:32 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-
BLUE MOMENT -わなとび- ♯4/マシュー(熊猫)
キャスト:リウッツィ・エルガ・マシュー
NPC:ジラルド
場所:コールベル/エランド公園

――――――――――――――――

すてきな夕餉
いじわるメイドがやってきた
しょっぱいワインに甘い肉
むせても飲み込む水はない
なにもかもが気に入らない
あぁなんてすてきな夕餉!

・・・★・・・

相手が女(それも若い)と知るや否や、店主は持っていた縄の束を
ジラルドが抱えていた木箱の上に放り出し、声のするほうへ
一目散に駆けていった。

(あの人あんなに素早く動けたんだ…)

普段の隙だらけの姿からはおよそ想像できない行動に、
しばしぽかんとして――とりあえず追い掛ける。

木箱を抱えて走ることはまず無理で、しかもマシューが置いていった
縄の束が衝撃で思いの外(ほか)跳ねる。

それを落とさないようにあごの先で押さえ付けるようにしながら
どうにか早足で辿り着くと、さきほどの美女とはまた別に、
もう一人女がいた。

女は噴水のふちに腰掛けさせられ、やや困惑するように美女と
マシューを見ていたが、ジラルドが姿を見せるとさらに困ったように
身じろぎした。
野次馬かなにかかと思われたらしい。

「ジュンちゃん、彼女、転んじゃったみたいなんよ」

不必要なまでに低くしゃがみこんで女の脚を見ていたマシューが、
振り返ってきた。

「えっ」

あんたそれほぼ痴漢ですよと一言言ってやりたかったが、
踏みとどまって女に目を移す。めくられたズボンのすその下、
膝には血がにじんで痛々しく、思わず声をかける。

「大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ」

いきなり複数の他人に囲まれて、ばつが悪そうに彼女は答えてうなずいた。

「気分が悪いとか」
「いえ、勝手につまづいただけで。なんかこう…縄みたいなのに
引っ掛かったというか」

さっとマシューを見る。彼は立ち上がったかと思えば、ごく自然に
女の隣に腰掛けなおした所だった。そこでようやくこちらの視線に気付き、
頭の上に疑問符を浮かべてこちらを見返してきた。

「ん?」
「なんかしてませんよね」
「しとらんてー」

朗らかに笑いながら一蹴する。確かにマシューの言動は普通ではないが、
見知らぬ他人を罠にかけて怪我をさせるような人間ではない。
が、その態度にあまりにも重みがなさすぎて癪に障った。

「えと、寄るところがあるのでもう行きますね。ありがとうございました」

心配されて悪い気はしないだろうが、居心地はさほどよくないようだった。
ズボンのすそをむりやりなおして立ち上がり、ぺこりとお辞儀をして、
女は立ち去って――
2、3歩歩いたところで振り返り、ポケットから一枚の紙を取り出し広げながら
戻ってきた。簡単な地図の書かれたメモ書きのようだ。

「すみません、ここに行くにはこの道でいいんですよね」
「えっと…」

答えたのは美女のほうだったが、どう見ても地元の人間ではなかった。
案の定、示されたメモを見て困惑している。抱かれている猫は
ふんふんと紙切れのはじの匂いを嗅ぐそぶりを見せたが、
すぐに興味をなくして女の腕の中に頭を突っ込んでしまう。

「うん、あっとる」

と、マシューが口を挟んだ。ジラルドもつられて女の手元を覗き込む。
行き先は図書館だった。
少なくともジラルドには無縁の場所だったが、マシューは心得たように頷く。

そこはコールベルでも有数の大きい図書館で、所蔵する資料が膨大なために
諸外国からも利用者があるほどだが、それ故に利用にあたって多くの
制約がかけられたり、申請も必要になってくるため、一般人にとって
身近な施設とは言い難い。

「でもこの道だとちょいと迷うかもしれんなぁ」
「そうなんですか?」
「うん、船を使ったほうがいい。そんなに歩かなくてもいいし」

マシューが言う「あっち」とは、彼が経営している店がある商店街を
通るルートのことらしい。確かに水路が巡るこの街では、船を使うと
徒歩よりずっと短い時間で目的地にたどり着けたりする。
足を怪我しているなら確かにそちらのほうが効率がいい。

「へぇ、船?」

興味深そうに、猫を抱いている女が口を挟んだ。ジラルドはできるだけ
視線が胸元に集中しないように注意を払いながら、やや遠目で頷いた。

「渡し船ですよ。このあたりじゃ道の長さより水路の長さのほうが
長いっていわれるくらいだから、ほとんどの人が使っているんです」
「あっちに船着場があるんよ。どうせ通り道だし、うちに寄って
絆創膏のひとつでも貼って行けばいい」

(それが目的か)

意気揚々とぺらぺら喋っている店主の横顔を半眼で睨みつけると、
ジラルドはため息をついた。

「えーと…」

案の定、怪我をした女は返答に困っていた。ここコールベルでは
観光客を標的にした犯罪が頻発している。それを知らないわけでは
ないのだろう。場慣れしたマシューの様子は、その警戒心を解くどころか
さらに強める要素でしかない。

「面白そう。ついていっていいかしら」

意外なところから答えが返ってきた。軽く驚いて視線を声の主――
異国の服を着た女に転じる。意表をつかれたのであらぬ所を見てしまうが、
それを察したような緋色の猫が威嚇するように毛を逆立てたので、
慌てて目をそらす。

「勿論」

にこりと笑うマシュー。それからさっと噴水のふちに腰掛ける女に
目をやり、

「お姉さんはどうする?」

と訊いた。女は順々に三人を見てから、お願いします、とまるで
人事のように短く答えた。
――――――――――――――――

2009/07/25 02:53 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-
BLUE MOMENT -わなとび- ♯5/エルガ(夏琉)
PC:リウッツィ マシュー エルガ
NPC:ジラルド
場所:コールベル(ブージャム)
-----------------------------------


 女性は話上手で、案内された店に着き、手当を受ける頃には、エルガはコールベルにきた目的や自分の所属などを一通り喋り、女性の職業やこの店の扱っている商売などについて、一通り聞き終わっていた。

 骨董屋と説明された店内は、なるほど古いものがとにかくたくさんあるようだが、なんだか雑然としていて埃っぽい。

「質屋って呼ぶ人もいますしね」

 とは、傷の手当をしてくれた青年の言葉だ。

「そうねぇ、骨董屋のイメージってなんかこう、もっとお高く止まってる感じじゃない?
 むしろ親しみを持って迎えられてるんじゃないかしら?」

 エルガの様子を見守っていた女性は、エルガの手当てが終わって一安心したのか、今度は店内の商品を眺めて回っている。
 職業は魔法書の背取りだと言っていたが、彼女にとって店内の骨董品はその好奇心の延長線に続くものなのかもしれない。

「案外、エルガさんの目的の本も商品の中に混ざってたりしてね」

「あ、それだったらちょっと楽でいいですね」

 エルガのコールベル来訪の目的は図書館の図書資料だ。
 ソフィニアの図書館になかったものを、エルガの指導教官が照会していたのだが、どうやらコールベルには、指導教官の閲覧したい資料の著者と似たような名前の著名人が何人かいるらしく、魔法の知識のない司書との手紙のやり取りでは埒が明かず、エルガが派遣されることになったのだ。

「一応、商品じゃからのー。図書館のが安くつくと思うがのぉ」

「一応って言わないでください」

 不思議なしゃべり方の男性に、青年がすかさず突っ込みをいれる。
 それがおもしろくて、エルガの口元が緩む。

 それにしても…先ほどの現象はなんだったのだろうか。

 魔法使いとしての習慣で、つい、エルガの思考はそっちに向かう。

 誰かの魔法…というには、いまいち不確かだ。

 最近、別の出張で不確かな魔法に巻き込まれたことがあったが(あれは、結局、指導教官の言う通り「偶発的に発生した魔法を、エルガと偶然出会った冒険者が現象の源を突き止めて解除した」と報告書を提出してしまったのだが)、案外自分はそういうものに感応しやすいタチなのかもしれない。

 と、なると、この猫又に懐かれているのもその延長なのだろうか。
 怪我の手当を受けている間に、結局例の焔猫はエルガの膝の上に居座ってしまったのだ。

 おそるおそるきれいに光る毛皮に触ってみると、それは「ニャ」と短く声を出した。

「あ、そうだ。エルガさんは仕事の途中だったのよね。ごめんなさい。
つい店内が面白くって。ほら、ガット」

 エルガが少し困っているのを察してか、女性が焔猫に声をかける。
 精霊の扱いにも動物の扱いにも慣れないエルガの膝の上は、それほど居心地がよくなかったのかもしれない。今後はその声掛けに応じて、さっと床に降り立った。

「そうじゃのう。あんまり遅くなると図書館も閉まってしまうからの」

「そうなんですか?」

「ソフィニアが例外なのよ。普通は、あの街ほど遅くまで図書館を使おうって人もいないもの」

「あぁ、なるほど…」

 ソフィニアの、しかも魔術学院の図書館―資料を閲覧する教員の足が絶えず、夜遅くまで学生が残って勉強している―に慣れていたエルガにとって、明るいうちに閉まってしまう図書館というものは想定外だった。
 となると、目的地までは少し急いだほうがいいのかもしれない。

「お姉さん方は、船着場の場所はわからんじゃろー」

 店主がのほほんと言う。

 ここまでの雰囲気から、店主と青年が旅行者を騙す人種ではないことは分かっていたが―正直、騙されてもそれはそれで面白いからエルガは別にいいのだが―、怪我の手当までしてもらって、その上道案内までしてもらうのは、どうなんだろうと思ってしまう。

「そうね。コールベルの道って意外と複雑なんだもの」

 女性が気負いなくそういうのを聞いて、エルガもなんとなく曖昧に頷いてしまった。


----------------------------------

2010/01/30 04:14 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-

| HOME |
忍者ブログ[PR]