PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街(仕立て屋)
夜半を過ぎて雨は収まりを見せたが、風は相変わらず強く、室内にいるとまだ鎧戸をうる
さく叩く音が聞こえる。
そんな悪天候の中、ロンシュタットは闇夜を平然と歩いている。
家の窓の隙間から明かりが漏れているわけではない。雨が降っているので月、星明かり
があるわけでもない。
それにも関わらず、一切の光が無い中を、彼は石に躓くことも、建物にぶつかる事も無く、
事件のあった家を探す。
こんな深夜だ。誰にも事件のあった場所を訊く事はできなかったが、家が集まる地区を歩
くだけで簡単に見つけることができた。
事件があった建物は、仕立て屋だった。
相変わらず頬に風が吹き付ける中、ロンシュタットはその前に立ち視線を向けるが、外観
からは事件があったようには見えない。
だが、入り口となっている扉には縄が巻かれ、外から入れないようになっている。
「だが、内側にいる何かを出さないようにしているようにも見えるな」
黒い剣バルデラスがそんな事を言った。
ロンシュタットは無視して、入れる場所を探して家の周りを歩くが、全ての窓には鍵がかか
っており、外から入ることはできなかった。
仕方なく玄関へ戻り、縄を解いて入ることにした。
「いいのかよ、ロン? この街の自警団が、自分達以外に誰も入れないようにしたに違いな
いぜ?」
「家を出る時に縛り直せば問題ない」
抑揚の無い、低い声でそう告げると、縄を解き始めるロンシュタットを興味深そうに見て、
バルデラスは言った。
「それにしても、急だよなぁ。いきなりこの事件を調べ始めるとは。一体、何がお前をそうさせ
たんだ?」
ロンシュタット、無言。
「ひょっとして、あのスーシャって娘が、去り際に言おうとした言葉が何か、分かったから調
べようとしているのか? 何を訴えようとしていたのか、理解したから心が動かされて調べて
いるのか?」
バルデラスは数秒、持ち主の返答を待ってみたが、相変わらず何も言わないので、また
いやらしい笑いをすると、話を続けた。
「けけけ、そんな訳ないよなぁ。このロンシュタットに、そんな人間らしい感情なんてあるわけ
がない。お前は目の前であの娘が殺されても、平気で素通りするか無視を決め込むような
奴だ。誰がどうなっても、お前にとっちゃどうでもいい事だ。そうだろう?」
ロンシュタットは何も答えず、辺りには静かに縄を解く擦れた音だけがする。
「昔の自分を重ね合わせるような事もなかったんだろう? 同情もしない、手も差し伸べな
い、そんなお前が、どうして調べる気になったんだ? 当ててやろうか、お前は悪魔の気配
を感じたんじゃないのか? だから調べているんだ。あのスーシャって娘がどうなろうが、悪
魔を殺すのに、そんな事は関係ないからな」
相変わらず何も答えないロンシュタットは、解き終えた縄を地面に放ると、ゆっくりと扉を開
けた。
中は、闇だった。
この時間であれば灯されている、やわらかなランプの光の代わりに、押し包むように内部
から漏れ出てきたのは、湿った空気と、その原因となった大量の血の臭いだ。
あまりに突然のことに処置が追いついていないのか、死体は片付けられもせず、布を被
せてあるだけだった。
確かにこれで死体は見えないが、床一面を覆っている血は流石に隠せない。
むせ返る血の臭いに埋め尽くされた室内に、ロンシュタットは足を踏み入れる。
ブーツの底に粘りつくように糸を引きながら、それはぐちゃぐちゃ音を立てる。
入り口近くの死体から、奥の死体へ順に布をめくって見ていくロンシュタット。
一番奥にある、この家の母親らしき死体を見て、先に声を発したのはバルデラスだった。
「おい、ロン。気付いているだろう、入り口にあった子供の死体といい、この死体といい、全部
眼がないぞ」
その通りだった。
死体は自分が何に襲われたのか、分かったように皆一様に深い恐怖を刻み込んでいる。
おかしな角度に捩れた首は、逃げようとした所を捕まり、無理矢理向きを変えられたように
見える。
身体のあちこちは切り裂かれ、内臓が引き出されている。これも恐らく、生きながら抜き出
されたのだろう。
絶叫を放ったまま凍りついた口は、死後硬直を始め、塞ぐ事もできない。
そして本来、眼が入っていた場所は何も無く、ただ暗い穴がふたつあるだけだった。しかも
おぞましいことに
「おい、ロン」バルデラスが言った。「『向こう』が見えるぞ」
ロンシュタットは眼窩を覗き込む。
そこには本来収まっているはずの脳が、完全に無くなっていた。
その代わり見えるのは、頭蓋骨の内側、ぬらぬらと湿っている後頭部の内側だった。
「何だ、これは?」
バルデラスが言った。
「まるで、眼から脳を吸い出されたみたいじゃないか!」
何の為に?
もちろん、喰う為に。
バルデラスはしばらく声が出なかったが、ロンシュタットは超然としていた。相変わらず無
表情のまま、じっと死体を観察している。
「何だか、落ち着かないな」
バルデラスが言った。
「どうなんだよ? 悪魔の仕業か? 悪魔が近くにいるのか、分かったのか?」
「いや」
ロンシュタットは短く答える。
「悪魔の仕業かどうか、分からない。近くにはいない」
「そ、そうか」
バルデラスが頷く。
「お前の感覚は、外れたことが無いからな。それじゃあ、こいつは人間の仕業って事になる
な」
ロンシュタットは何も言わず、興味深そうに調査を続ける。
「とにかく、ここから出て宿へ帰ろうぜ。悪魔の仕業じゃないなら、こいつは自警団の仕事
だ」
確かにそうだった。
ロンシュタットはその意見に賛同した訳では無いが、ここで見るべきものは何も無いと判
断したのか、死体に布を再び被せ、きびすを返して玄関へ向かう……いや、向かおうとし
た。
振り返り、数歩進んだところで、バルデラスが声を上げた。
「おい! 何だよ、こりゃあ!? 一体、どうなってる!」
バルデラスが叫ぶのも無理は無い。
先程、玄関近くにあった死体が、忽然と消えていた。
死体があった場所には、被せてあった布が広がっているだけだ。
「誰かが死体を動かしたのか? いや、この暗闇で死体のありかがわかる人間なんていな
い。それに、床一面に血が広がっているんだぞ。音を立てずに歩くことなんてできるもの
か! 第一、この俺と、お前に気付かれずに部屋へ入って死体を動かせるやつなんて、い
るはずがない!」
驚いているバルデラス。ロンシュタットも眼を細め、死体があった場所を凝視している。
「なあ、ロン」
バルデラスが言った。
「本当に何の気配も感じなかったのか? だとしたら、一体何がこんなことをしたんだ!?」
そんな事、ロンシュタットにも答えられる訳が無い。
室内には、吹き付ける風と雨音しかしなかった。
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NPC:バルデラス
場所:セーラムの街(仕立て屋)
夜半を過ぎて雨は収まりを見せたが、風は相変わらず強く、室内にいるとまだ鎧戸をうる
さく叩く音が聞こえる。
そんな悪天候の中、ロンシュタットは闇夜を平然と歩いている。
家の窓の隙間から明かりが漏れているわけではない。雨が降っているので月、星明かり
があるわけでもない。
それにも関わらず、一切の光が無い中を、彼は石に躓くことも、建物にぶつかる事も無く、
事件のあった家を探す。
こんな深夜だ。誰にも事件のあった場所を訊く事はできなかったが、家が集まる地区を歩
くだけで簡単に見つけることができた。
事件があった建物は、仕立て屋だった。
相変わらず頬に風が吹き付ける中、ロンシュタットはその前に立ち視線を向けるが、外観
からは事件があったようには見えない。
だが、入り口となっている扉には縄が巻かれ、外から入れないようになっている。
「だが、内側にいる何かを出さないようにしているようにも見えるな」
黒い剣バルデラスがそんな事を言った。
ロンシュタットは無視して、入れる場所を探して家の周りを歩くが、全ての窓には鍵がかか
っており、外から入ることはできなかった。
仕方なく玄関へ戻り、縄を解いて入ることにした。
「いいのかよ、ロン? この街の自警団が、自分達以外に誰も入れないようにしたに違いな
いぜ?」
「家を出る時に縛り直せば問題ない」
抑揚の無い、低い声でそう告げると、縄を解き始めるロンシュタットを興味深そうに見て、
バルデラスは言った。
「それにしても、急だよなぁ。いきなりこの事件を調べ始めるとは。一体、何がお前をそうさせ
たんだ?」
ロンシュタット、無言。
「ひょっとして、あのスーシャって娘が、去り際に言おうとした言葉が何か、分かったから調
べようとしているのか? 何を訴えようとしていたのか、理解したから心が動かされて調べて
いるのか?」
バルデラスは数秒、持ち主の返答を待ってみたが、相変わらず何も言わないので、また
いやらしい笑いをすると、話を続けた。
「けけけ、そんな訳ないよなぁ。このロンシュタットに、そんな人間らしい感情なんてあるわけ
がない。お前は目の前であの娘が殺されても、平気で素通りするか無視を決め込むような
奴だ。誰がどうなっても、お前にとっちゃどうでもいい事だ。そうだろう?」
ロンシュタットは何も答えず、辺りには静かに縄を解く擦れた音だけがする。
「昔の自分を重ね合わせるような事もなかったんだろう? 同情もしない、手も差し伸べな
い、そんなお前が、どうして調べる気になったんだ? 当ててやろうか、お前は悪魔の気配
を感じたんじゃないのか? だから調べているんだ。あのスーシャって娘がどうなろうが、悪
魔を殺すのに、そんな事は関係ないからな」
相変わらず何も答えないロンシュタットは、解き終えた縄を地面に放ると、ゆっくりと扉を開
けた。
中は、闇だった。
この時間であれば灯されている、やわらかなランプの光の代わりに、押し包むように内部
から漏れ出てきたのは、湿った空気と、その原因となった大量の血の臭いだ。
あまりに突然のことに処置が追いついていないのか、死体は片付けられもせず、布を被
せてあるだけだった。
確かにこれで死体は見えないが、床一面を覆っている血は流石に隠せない。
むせ返る血の臭いに埋め尽くされた室内に、ロンシュタットは足を踏み入れる。
ブーツの底に粘りつくように糸を引きながら、それはぐちゃぐちゃ音を立てる。
入り口近くの死体から、奥の死体へ順に布をめくって見ていくロンシュタット。
一番奥にある、この家の母親らしき死体を見て、先に声を発したのはバルデラスだった。
「おい、ロン。気付いているだろう、入り口にあった子供の死体といい、この死体といい、全部
眼がないぞ」
その通りだった。
死体は自分が何に襲われたのか、分かったように皆一様に深い恐怖を刻み込んでいる。
おかしな角度に捩れた首は、逃げようとした所を捕まり、無理矢理向きを変えられたように
見える。
身体のあちこちは切り裂かれ、内臓が引き出されている。これも恐らく、生きながら抜き出
されたのだろう。
絶叫を放ったまま凍りついた口は、死後硬直を始め、塞ぐ事もできない。
そして本来、眼が入っていた場所は何も無く、ただ暗い穴がふたつあるだけだった。しかも
おぞましいことに
「おい、ロン」バルデラスが言った。「『向こう』が見えるぞ」
ロンシュタットは眼窩を覗き込む。
そこには本来収まっているはずの脳が、完全に無くなっていた。
その代わり見えるのは、頭蓋骨の内側、ぬらぬらと湿っている後頭部の内側だった。
「何だ、これは?」
バルデラスが言った。
「まるで、眼から脳を吸い出されたみたいじゃないか!」
何の為に?
もちろん、喰う為に。
バルデラスはしばらく声が出なかったが、ロンシュタットは超然としていた。相変わらず無
表情のまま、じっと死体を観察している。
「何だか、落ち着かないな」
バルデラスが言った。
「どうなんだよ? 悪魔の仕業か? 悪魔が近くにいるのか、分かったのか?」
「いや」
ロンシュタットは短く答える。
「悪魔の仕業かどうか、分からない。近くにはいない」
「そ、そうか」
バルデラスが頷く。
「お前の感覚は、外れたことが無いからな。それじゃあ、こいつは人間の仕業って事になる
な」
ロンシュタットは何も言わず、興味深そうに調査を続ける。
「とにかく、ここから出て宿へ帰ろうぜ。悪魔の仕業じゃないなら、こいつは自警団の仕事
だ」
確かにそうだった。
ロンシュタットはその意見に賛同した訳では無いが、ここで見るべきものは何も無いと判
断したのか、死体に布を再び被せ、きびすを返して玄関へ向かう……いや、向かおうとし
た。
振り返り、数歩進んだところで、バルデラスが声を上げた。
「おい! 何だよ、こりゃあ!? 一体、どうなってる!」
バルデラスが叫ぶのも無理は無い。
先程、玄関近くにあった死体が、忽然と消えていた。
死体があった場所には、被せてあった布が広がっているだけだ。
「誰かが死体を動かしたのか? いや、この暗闇で死体のありかがわかる人間なんていな
い。それに、床一面に血が広がっているんだぞ。音を立てずに歩くことなんてできるもの
か! 第一、この俺と、お前に気付かれずに部屋へ入って死体を動かせるやつなんて、い
るはずがない!」
驚いているバルデラス。ロンシュタットも眼を細め、死体があった場所を凝視している。
「なあ、ロン」
バルデラスが言った。
「本当に何の気配も感じなかったのか? だとしたら、一体何がこんなことをしたんだ!?」
そんな事、ロンシュタットにも答えられる訳が無い。
室内には、吹き付ける風と雨音しかしなかった。
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