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2024/11/01 07:53 |
ファブリーズ  22/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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「竜殺しィ?」

 ジュリアは思わず素頓狂な声を上げてしまってから、珍しくも少しばかり反省した。
というのも夜の森に、思った以上に声は高く響いてしまったから。誤魔化すように顔を
しかめて、溜め息をついて言ってみる。

「正気か?」

 自称騎士は傷ついたような顔をした。彼が今までに表情を修うのに成功しているのを
見たことはないから、恐らく本当に傷ついたのだろう。素直な人間はいちいちこういう
面倒な反応をするので付き合いにくい、胸の奥だけで身勝手に毒を吐いて、ジュリアは
彼が何か答えるのを待った。

 耳は夜風に慣れて、ほとんど静寂と変わらない。
 自然と声は抑えめになった。

「正気を疑うのか」

 彼は腰に提げていた小さな鞄をごそごそと探った。
 やがて取りだされたのは掌に収まるほどの小さな小瓶で、中にはとろみのある透明な
液体が半分より少し多いくらい入っている。赤みがかった魔法の光に照らされて、ほん
のりと輝いてみえるそれは、あまり変わり映えしないように見えた。

「父が以前に手に入れてきたもので……数滴を水に溶かしただけで広間いっぱいの人々
に強い酒を振舞うことができたと聞いています。気付けのためにと持ち歩いていたので
すが、敵が竜であるとすれば、きっと役に立つでしょう」

 その話が本当なら気付けには使えないだろうと思ったが、口を挟むのはやめておいた。
ただ、彼が実際にその用途のために使ってみたことがあるのかだけは気になった。

 とにかく手っ取り早くアル中を作り上げるにはこれ以上ない道具のようだ。もちろん、
本物ならば。彼が本物の騎士であるかどうかよりも可能性の低い問題で、“真の騎士は
嘘をつかない”というような幻想を信じるかどうか――いや、必要ないか。

 テイラックが、こちらも胡散臭がっている表情で言った。

「本物なのか?」

「ま、また疑うのか」

 自称騎士はいっそ自信を喪失した口調で言った。

「本物に決まっている、父はこれを使って火竜を退治したんだから。
 手柄自体はどこの馬の骨ともわからない男に取られてしまったそうだから歌には残っ
てないが――そもそも父は誰が名誉を受けるかよりも人々の脅威が取り払われるかどう
かの方が重要だと」

「わかったわかった……」

 テイラックはこれ以上なくあからさまに「黙れ」と伝えて黙らせた。
 どうやら自称騎士は何かを挽回すべく必死になっているようだが、彼のその取り組み
に興味を持っている者はここにはいないように見えた。

 魔女は楽しそうに微笑みながら彼の様子を眺めている。
 ジュリアも彼女のように他人事として聞いていたかったが、とにかく竜とやらを何と
かしなければ魔女は話を聞かないらしい。実に面倒だ。普段通りに魔法が使えるなら、
木ごと薙ぎ倒して話を終わりにできるかも知れないのに。

 ――純粋な魔力勝負なら……勝てるだろうか?
 封じの術の種類にもよるが、隙をつくことができた場合のことを検討するのは無駄で
はないだろう。

「本物かどうかなんて、飲んでみればわかる」

「倒れますよ、お嬢さん」

 だからそんなものを気付けに使うな。
 ジュリアは手を伸ばして、自称騎士の手から小瓶を奪い取った。彼は「あ」と声を上
げたが、自分がやられたように取り戻すのは躊躇った。

 栓を抜いた途端、強いアルコールのにおいが鼻先を掠めた。テイラックが顔をしかめ、
自称騎士は後退った。かなり強い酒であることは間違いない。火花を散らせば空気が燃
えるかも知れない。

 栓に付着していた液体を指に掬うと、すっと指先の体温を奪って気化しはじめた。
 栓を締め、掬った酒を舐めてみる。舌を刺すような味がした。何らかの魔法的な加工
がされているのか純粋なアルコールよりも強いように思える。

 ジュリアは小瓶を目の高さに透かせて眺めてから、あまり丁寧ではない手つきで自称
騎士に返した。慌てて受け取る彼が何とも言えない表情をしていたので、ジュリアは言
い訳を考えなければならなかった。

「味を見る前に気化してしまった」

「急に何をするんだ……こんなところで倒れでもしたら」

 テイラックが溜め息をついた。

「強い酒だということは間違いないようだが、どうする?」

 老木の魔女が微笑んだまま言った。

「森の中心に湖があるわ。
 夜のたびに黒い竜はそこにいて、月の光を浴びているの」


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2007/09/24 00:27 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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