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2025/03/10 06:34 |
星への距離 11/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 団長 団員 団長の息子
場所:セーラムの街(自警団の詰め所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

一日の始まりに唐突なことがあると、しばらく唐突なことが続くらしい。
スーシャはちょっとだけ悟ったような気持ちになった。

今日という日は、唐突なノックの音で始まった。
その前に起きてはいたけれど、一日の行動の始まりはとにかくそのノックの音が合図
だった。
その後久しぶりの温かい朝ご飯を済ませ、片付けを手伝っているところへ団長が現れ
た。
彼の登場は唐突だった。
事件についてもう少し聞きたいことがあるから、詰め所まで来てもらえないか、とい
う話だった。
スーシャ一人を迎えに来たのかと思えば、団長は宿屋の主人に「ロンシュタットとい
う男がいると思うが」と尋ねた。
いる、と宿屋の主人が答えると、彼にも聞きたいことがあると言い、部屋まで案内す
るよう求め、二人で二階へと消えていった。
どうして彼に会おうとするのだろう?
スーシャは疑問に思ったが、団員が「行こう」とうながしたので、仕方なく詰め所に
向かった。

「ごめんねスーシャちゃん。家族が死んで一人ぼっちになったっていうのに、こんな
気苦労まで背負わせちゃって」

あまり掃除の行き届いていない詰め所。
事件について質問をしておけ、という団長の指示でテーブルについた団員は、開口一
番、すまなそうに告げた。
スーシャは何と答えたら良いのかわからず、小さく「いえ……」と答えた。

「団長、一体何を考えてるんだろう。これじゃまるで、弱いものいじめだよ」

ため息とともに吐き出された言葉に、スーシャはおそるおそる目を上げ、相手の表情
を盗み見る。
沈痛な表情。
それが安っぽい同情から来るものなのか、それとも親身になって考えてくれているの
か、まだ十二歳の彼女には読み取れなかった。

「あ、あの……」
「ん?」
「事件のことで、何を言えばいいんですか?」
「ああ、あれ。いいんだ。適当に時間つぶして終わりにしよ」

スーシャは目をぱちくりさせる。

「で、でも」
「団長の言うことはもう聞かないって決めたんだ。聞く必要ないよ」

そう言う団員は、嫌悪と苦悩がごちゃ混ぜになった、複雑な表情をしている。

「今の団長は、尊敬してついて行こうって決めた時の団長じゃない。何があったのか
わからないけど、平気で恐ろしいことを言ったりするし……。少なくとも、今の団長
を尊敬なんてできない。指示されたって従う気になれない」

「遅くなって済まないな」

その時、詰め所のドアを開けて団長が入ってきた。
団員は表情を固く引き締めて椅子から立ちあがり、一応の敬礼らしいことをする。

「何か聞き出したことは?」
「いいえ。役に立てなくてすいません」

答える団員の声は固い。
スーシャはうつむいたままだった。

(どうして嘘を言うんだろう……)

ただ、その思いだけは頭の中をぐるぐると回っていた。

「……そうか」

団長は追及することもなく、外套を脱いでフックにかける。
その後に入ってきた人間を見て、スーシャは思わず立ち上がった。

「あ……」

黒髪を無造作に束ねた、ロンシュタットという名の色白の青年。
スーシャが上げたかすかな声に気付いたのか、無表情ながらこちらにちらりと視線を
向ける。
(ど、どうしよう)
スーシャは内心アタフタし始めた。
声を上げたくせに、そのくせ特に話すこともなかったことに今更気付いたのだ。

「お、おはようございます……」

スーシャは取りあえず挨拶をした。
まったく間抜けな行動である。
ロンシュタットからの返事はない。
表情にも特に変化は見られない。
が、取りあえず拒絶するような空気だけは感じられない。

「仲は悪くないようだな?」

その様子を見ていた団長が意味ありげに呟く。
それはどういう意味合いだろうか、と考えたところで、

「父ちゃんっ!」

唐突に、詰め所のドアがバタンと開け放たれた。
スーシャはビクッと震えて体を強張らせたものの、ロンシュタットは特に反応を見せ
なかった。

入ってきたのはスーシャよりもずっと年下の少年だった。
何があったのか、ひどく取り乱している。

「父ちゃんヒドイよ! 今日は馬に乗せてくれる約束だったじゃないか、オイラずっ
と楽しみにしてたのに!」

言いながら、少年はみるみるうちに涙をあふれさせ、鼻声になっていく。
団長には訳あって離れて暮らす一人息子がいる。
どんな訳かはわからないが、こうして会う機会があるのだから、さほど深刻な事情で
はないかもしれない。

「父さんの仕事の邪魔をするんじゃない。馬だったら後ででも乗れるだろう」

団長はどこか冷淡に答える。
スーシャの目には、息子を邪険に追い払っているように見えた。

「何言ってんだよ、いっつも仕事に行く前に乗せてくれたじゃないか!」
「今は大事な話をしているんだ! 邪魔をするな!」

団長の大声は、相手をすくませるには充分な威圧感があった。
他人であるスーシャでさえ、まるで自分が悪いことをしているような気持ちになっ
た。
だから、怒鳴られている少年には、ひとたまりもなかった。
大好きな父親からの拒絶。
その事実だけが頭の中を一気に埋め尽くした。

「父ちゃ……っ……!!」

少年は、ついに大声で「ワーッ」と泣き喚き出した。
それでも団長は顔色一つ変えない。
いかに冷静沈着な人間だって、泣き喚く我が子相手にここまで無反応ということもな
いだろう。
スーシャの目には、団長が不気味な生き物のように見えた。

「団長、何も怒鳴りつけなくたって……」
見かねた団員が口を挟むと、
「人の家庭に口出しする権利があるのか?」
団長はどこか笑ったような顔で告げた。
「っ!」
その態度に、頭に血が上ったらしい団員が拳を握り締めて険しい顔をする。
(なんとかしなくちゃ……)
スーシャはスカートのポケットからハンカチを取りだし、少年におずおずと歩み寄っ
た。
「ねぇ、泣かないで……」
そっとハンカチを差し出すと、少年が目をカッと見開いた。
「触んなバカーっ!」
少年は乱暴にスーシャの手を払いのけ、わめいた。
完全な八つ当たりである。
払いのけられた拍子に、ハンカチが室内の隅の方に飛んでいった。
スーシャは手よりも胸が痛くて泣きそうになった。
慣れたとばかり思っていたが、誰かから拒絶されるということは、相変わらず心がえ
ぐられるような痛みをもたらす。
じわり、と視界が涙で歪む。
スーシャは、隅に飛んだハンカチを拾いに行ったついでに目の端をこっそりとぬぐっ
た。

「父ちゃんのばっかやろう! 大っ嫌いだ!」

泣きわめいていた少年は言い捨てると、大声で泣き喚きながら外へと飛び出して行っ
た。
それでも団長は平然としている。


――この時、ロンシュタットだけが「何か」を感じ取っていることに、誰も気付いて
いなかった。



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2007/11/07 01:22 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離 12/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、団長、団員
場所:セーラムの街、詰め所


「では、始めようか」
 息子を追い払った団長は事務的な口調を装って──少なくとも、部屋の隅にいるスーシャにはそう聞こえた──話を続けた。
「実は今朝、この街で医者をしている夫婦が殺されている、と言われた」
 びくり、と意識せず、スーシャは身体が震える。
「言って来たのは、医者にかかっている老夫婦だ。いつも早朝から通院しているが、そこで医者夫婦の死体を見た、と言ってきた」
 団員はスーシャを助け起こしながら、話を聞いている。落ち着いているところを見ると、彼もこの報告を受けていたのだろう。
「駆けつけて見ると、死体も姿も無い。急な往診で出かけたかとも思ったが、道具は置いたままだ。住人の手も借りて探したが、街中どこを探しても見つからない。何かあったのか、事故に巻き込まれたのか、そう思って一度この詰め所に引き返したんだが」
 団長は言葉を切った。
「調査に同行していた住人がひとりいなくなっていた。先に家へ帰ったとは考えにくいが、万が一と言うこともある。一緒の班にして調査させた者に聞いてみたが、いつの間にか姿を消していたらしい」
 そう言うと、今度は黙って、ロンシュタットの顔を見る。
 彼の反応を窺っているのは、スーシャにもはっきり分かる。
 自分の世話になっていた一家が殺されたのは、とても悲しい事だが、関係ないはずのロンシュタットに疑いの目が向いている、あるいは街の治安を一手に引き受ける団長が、彼に何か辛いことをしようとしてるのではないかと思った。
 それは嫌な事だ。
 犯人は別にいるのに、まるで自分のせいで、彼まで事件に巻き込まれてしまったような気がして、これからロンシュタットがどうなるのか、心配になってまともに彼の顔を見れず、眼を伏せてしまった。
 一方、そのロンシュタットは街の住人の行方など関係無い、と言わんばかりに無表情だった。
 数十秒、団員も息を呑む静かな向かい合いが続いたが、先に動いたのは団長だった。
 溜息をつくと、背もたれに体を預けながら、それでも視線はロンシュタットから外すことなく、話を続けた。
「医者の一家も、消えた住人も、まだ見つかっていない。まるで街から出て行ってしまったようだが、君と違い、地に足を付けて生活している者が、何の前触れも無く消えることは無い。医者なら尚更だ。だが、この件も重要だが、もっと不可解な件がある」
 団員の眉が寄り、首を傾げる。
 自分を助け起こし、近くの椅子を持ってきて座らせてくれる間も、疑問を感じている視線をずっと団長に向けているのを、スーシャは見た。
 彼にも教えられていない何かを、団長は知っているんだ。
 一体何だろう、とスーシャもちらりと思った時、団長は話を続けた。
「昨夜殺された仕立て屋の一家を、医者の家の近くで見た、という報告があった」
 スーシャの心臓が大きく飛び跳ね、喉まで上がって来そうだった。
 体が再び震え始める。
 今日見た、あの見覚えのある家族は、やはり、仕立て屋の一家だったのだ。
 でも、昨夜殺されてしまった。
 自分でその死体を見たわけではないが、ここにいる団員も、自分にそれを教えてくれた農夫も見ている。
 死んだ人は、動かない。
 死んだ人は、街を揃って歩いたりしない。
 死んだ人は、医者へ行ったりしない。
 すぅっと、自分の指先から体が冷えていく感覚が、スーシャには分かった。
 知らず自分の肩を抱きながら、耐え切れなくなり、彼女は囁く様に言った。
「私……見ました」
 か細い声だったが、詰め所に木霊したように、全員の視線が彼女に集中した。
「今朝……まだ外が暗かった……女将さんと、旦那さんと、子供と……」
 初めて幽霊を見た、と思った。彼らが医者を殺して姿を消したのだと。
 だから、最後は歯の根が震えて言葉にならなかった。
 体の震えが止まらない。
 ──こわい。
 その事だけが心と頭の中を統べ、他の感覚が無くなり、視界さえぼやけた。

 どれくらいそうしていたのか分からない。
 ようやく、自分が息を荒くして震えている事に気付いたとき、前にロンシュタットがいた。
 まだがたがたと震えながら顔を向ける。
 彼は相変わらず無表情だったが、肩を抱いている手に、自分の手を重ねていた。
 掌から伝わる暖かさが広がるように、彼の眼を見ている内に、少しずつではあるが、震えは収まってきた。
 まだ恐怖が心の中から去った訳ではないが、何か安心できるものを見つけた気がした。
「……!」
 何かが口をついで言葉になりかけたが、震える唇はそれを形にすることは無かった。
 だがロンシュタットは頷いた──そう見えた。
 気のせいかもしれない。だが、僅かに首を縦に動かしたように見えたのだ。
 まるでそれは
 ──分かっている。
 そう言っている様だった。
 どうしてなのか分からず、泣き出しそうになるのを堪えながら、スーシャはロンシュタットを見る事しかできなかった。

 数分の沈黙の後、団員はひとつ咳払いをすると、
「そうか、スーシャも見ていたのか……昨日はここから宿へ戻った後、どこへも行っていないから、見たのは宿からということになるな」
 自分に言い聞かせるように言った。
「そして、その仕立て屋の家から、昨夜あった死体が消えていた。我々には何がどうなっているのか、理解できない」
 団長が話を継ぎ、席を立ちながら言う。
「だが、理解できないからといって、手をこまねいているわけにもいかない……ロンシュタット、君が無関係かまだ分からないが、君が来てから事件が起こったのは確かだ。単刀直入に聞こう。君はこの件に関して、何を知っている?」
「宿で言った通りだ。何も知らん」
 スーシャから眼を背けることなく、彼は団長に答えた。
 ここに来て初めて、強気一辺倒だった団長は失望したような溜息をついた。
「君なら何か知っていると思ったが……残念だ。しかし、完全に無関係かどうかはまだ分からんし、行方不明と殺された住人がいるのも確かだ。君らには悪いが、重要な参考人として、この詰め所にいてもらう」
 まあ、仕方ないな、と言いたげに、団員も溜息をつく。
「牢に閉じ込める訳ではない。だが出す訳にもいかない。少々狭いが、この詰め所の部屋から一歩も出ないでくれ……おい」
 団長は団員に顎をしゃくって
「お前はスーシャに、ここにいるのに何か必要な物は無いか聞いて、宿から取ってきてやれ」
「はい、分かりました」
 突然の言いつけに少々驚きながら、団員は素直に答えた。
「俺は腕の立つ若い連中をもう一度集めて、事件のあった場所を探ってみる。夕方までには引き上げるから、それまでこのふたりをここから出すなよ」
 そう言うと団長は詰め所から出て行った。

 団員も、スーシャに身の回りのものを持って来るよ、と言い残し、少ししてから詰め所を出て行った。
 困惑したような表情をしていたのは、彼女を気遣うような団長の発言が、まだ信じられなかったからかもしれない。
 それに気付いたスーシャは、団員が首を捻りながら出て行くのが何だかおかしくて、ようやく自分が平静さを取り戻しつつあるのを感じた。
 ロンシュタットが横に椅子を置いて座っているのも、何だかうれしかった。
 だが彼はスーシャの心の変化に気付かないのか、いつもの無表情で、正面にある扉を見据えたままだ。

「ふう、ようやく誰もいなくなったか」
 さらにしばらくして、もうひとつ別の声がした。
 忘れるはずも無い、バルデラスだ。
「あいつら、結局何も掴んじゃいなかったなぁ、ロン。まあ、お前やこの俺様にもさっぱりなんだ、無理も無いよな」
 小馬鹿にしたように言う。
「そのくせ理由を付けて軟禁しておこうなんざ、俺達が犯人だって言ってるようなもんじゃねえか。ばればれだぜ」
 ぺらぺらと好き勝手に口を利いている剣を見ていると、改めてスーシャは、本当によく喋るなぁ、とへんな感心をした。
 きっと今までじっと黙っていたから、その反動で口が(?)むずむずしているに違いない。
 案の定、今の出来事を、団長が息子を追い返した所から始まり、現在に至るまで、面白おかしくこきおろした。
「それで、スーシャちゃんはどう思う?」
 まだ話し足りないのか、今度はスーシャに会話を求めて来た。
 きっとロンシュタットに言っても、無視されるんだろうなぁ、と内心でバルデラスに同情したスーシャ。
 大悪魔のくせに、同情されてしまったバルデラスはそんな事に気付く由も無く、どう? と重ねて聞いてくる。
 もちろんそんな事分からないので、スーシャは話題を変えることにした。
「それにしても、団員さん、遅いですね」
「そう言えば、そうだねぇ。でも、あいつがいない方が俺はいいね。好き勝手にできるから」
 実に楽しそうにバルデラスは答えた。
 不意に背後で、かたん、と何かが倒れる音がした。
 詰め所の奥へ繋がる隣の扉が開き、入っていた箒が倒れたのだ。
 スーシャの表情が、振り向いた瞬間に固まる。
 そこには、いなくなったはずの医者が、何も無い眼窩をこちらへ向けながら、手を伸ばしゆっくりと歩み寄ってきていた。
 みし、と床鳴りがする。
 音のする方へ、反射的に眼が動く。
 扉どころか、窓さえない壁の前に、スーシャが見た、仕立て屋の女将がいた。
 やはり眼窩には眼がなく、口を大きく開きながら、ゆっくり歩み寄ってくる。
「おい、一体どうなってんだよ!」
 バルデラスが言う。
「こいつら、いつからいた? いや、どうやってここへ入った!?」
 その通りだ。
 扉は開かなかったし、窓は閉まったままだ。そして掃除用具入れの中に、人が隠れられるような隙間はない。
 だが、死んだはずの彼らが、歩み寄ってきている。
 どうなってるの?
 そんな疑問が浮かぶより早く、スーシャは切り裂くような悲鳴を上げた。

2007/11/20 00:51 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離13/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 
場所:セーラムの街(自警団の詰め所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気がついたら、悲鳴を上げていた。
悲鳴を上げたら、ぞくり、と沸いた恐怖心が自分の全てを支配した。

「いや! 来ないでぇっ!」

完全にパニック状態のスーシャは、悲鳴を上げながら、手当たり次第に物を投げつけ
た。
歩く死体、と化したかつての『家族』に。
医者夫婦も歩く死体としてこちらに近寄ってきていて、同じように物を投げつけられ
ているはずなのだが、彼女の目には『家族』しか映っていない。

非力な少女がめちゃくちゃに投げつけるものだから、大半は当たらないで変な方向に
飛んでいく。
花瓶が空を飛び、ホウキが落ちて床に転がり、タオルが途中でふわりと落ち、書類が
羽根のように散乱する。
そのうち、インクの入った小瓶が母親の顔にぶち当たった。
ゴト、とつまらない音を立てて落ちた小瓶は、床に中身をたれ流した。
「ひっ……!」
スーシャは体を硬直させ、声を詰まらせる。

――別の恐怖が、頭のてっぺんから突き刺さった。

まだ彼らが生きていた頃に植えつけられた、平手や拳の記憶が一瞬のうちに甦ってき
たのだ。
死体だと、死んでいると頭では理解していたとしても、その記憶だけは消えづらい。
また、あのヒステリックな罵声がどこからか浴びせられるのではないかという気持ち
が彼女の中にはあった。
――客観的に見て、もう二度とあり得ないことだとしても。

風邪をこじらせた時の悪寒のように、震えが止まらない。
恐怖で濡れた目を見開き、けっ、くっ、と妙な呼吸を繰り返した。
あと少しのきっかけがあれば、彼らが別の動きをして見せたなら……本当に頭が狂い
そうだった。

――ぼす。

その時、彼女の頭に大きな手が乗せられた。
「……落ちつけ」
そして、低いけれど、静かで落ちついた声が、短く告げた。
ぎこちなく顔を上げると、ロンシュタットが自分を見つめていた。
彼女の頭に手を乗せたのは、他ならぬ彼だった。
スーシャは無我夢中で彼の衣服にしがみつく。

「ど、ど……どうしてっ?」

突然口をついて出た言葉に、ロンシュタットがほんの少しだけ戸惑ったような気配を
見せる。

「どうして、どうしてっ……死んだ人が生き返って……!?」

混乱と恐怖の極みにある彼女は、やっとのことでそれだけを言った。
本当は、もっと違う、いろんなことを考えていたけれど、それは言葉にまとまらな
かった。 
ロンシュタットが、かすかに首を横に振った気がした。
「生き返ったわけじゃない」
「じゃあ、あれは……あれは!?」

そっ、と頭から彼の手が離れる。

「あれは、死体だ」

黒い巨大な剣――バルデラスを片手に、ロンシュタットが彼らに向き直る。

「ま、ちゃっちゃと終わらせるから、スーシャちゃんは隅っこで小さくなってなよ」

バルデラスに軽い口調でうながされ、スーシャはもそもそと詰め所の隅っこに移動し
た。

それからは、一方的な展開だった。
死体は五つ。
仕立て屋一家三人と、医者夫婦の二人。合わせて五人。
対するロンシュタットは一人。
バルデラスがいるのだが、武器として存在しているのだから二人とは言い切れない。
つまり、ほぼ五対一。

普通なら不利な展開になるものだが、彼の場合は違った。

一見無造作とも思える一振りで、仕立て屋の店主の首がはね落とされ、女房の腕が切
り落とされ、息子のどてっ腹に剣が突き刺さる。
時折、死体の体から、ぐぶう、と空気の漏れる音がした。
――ちゃりん。
剣を突き刺されたはずみだったのだろうか、息子の衣服のポケットから硬貨が数枚床
に落ちた。
スーシャは、隅っこで小さくなって震えながら、顔を覆った手の指の間からそれを見
た。
家の手伝いもロクにせず、毎日自堕落に暮らしていたあの息子が、まとまった金を
持っているとは考えにくい。

(もしかして、お店の売り上げに手をつけたのって……?)

そのうち、ゴドッという鈍い音がして、足元に何かが転がってくる。
何気なくそれに視線を向けると、それは医者の首だった。
入れ物のない眼窩が、じっと見つめるようにこちらを向いている。

スーシャは悲鳴を上げなかった。
恐怖心で混乱することもなかった。

……もう、何も。
もう何も、彼女は自分の中から感情を拾い上げることができなかった。
強烈な疲労感が体にまとわりついて、神経がいつものようにスムーズな感情伝達の役
割を果たさなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2007/12/20 20:39 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離14/ロンシュタット(るいるい)
PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、団員
場所:セーラムの街


 感覚が痺れ、麻痺してしまったように動かなくなったスーシャをよそに、ロンシュタットの行う破壊行為は余りに一方的だった。
 それは、戦闘ですらない。
 かつて、人であったもの、人の形をしたものを粉々にしているだけの、事務的な作業だ。
 こんな時でも表情を変えることなく、淡々と剣を振るい、近寄ってくる死体を切り裂き、壁へ叩きつけ、床へ這い蹲らせた。
 5つの死体を完膚なきまでに叩き潰し、二度と動けないような肉塊へ変えるまで、かかった時間は僅かに数十秒。
 団員がここにいたなら、ロンシュタットの桁外れの戦闘力には、比較するものがないことを知り、呆れ果てたに違いない。
 最後に剣に付いた血を落とすために、鋭く血振りをして鞘へ収める。
 チン、と澄んだ音を最後に、詰め所に再び静寂が戻って来た。

 頬に当たる風が気持ちいい。
 そう感じて我に返ったのは、どれくらい経過してからだろう?
 スーシャはいつの間にか詰め所の外にいて、町中のベンチに座っていた。
 あの死体はどうしたんだろうと、まだ鈍くしか動かない意識を集中させながら辺りを見回す。
 もちろん、死体など無い。
 ただ、さっきと同じ様に、近くに背を向けてロンシュタットが立っているのが見えた。
 彼が死体を退治し、自分をここまで連れて来たんだ、とぼんやり分かった。
 お礼を言わなくちゃ。
 そう思っても体がまだうまく動かない。
 のろのろと立ち上がり、話しかけようとすると、相手から声が先にかかった。
「おっ、落ち着いたのかい、スーシャちゃん?」
 声の主は、もちろんロンシュタットではない。
 間違っても彼はそんな話し方はしない。
「おいロン、スーシャちゃんが気付いたぞ」
 彼の腰にかかっている長剣、バルデラスがうきうきしながら言った。
「いやあ、あの後、声をかけても全然返事をしないからびっくりだ。怖いなら怖いと言ってくれれば、あんな連中相手にしないであそこから出たのになぁ。いやいや、でもあれは女の子には怖いよな」
 一息にそこまで言ってから
「おいロン、お前も少しはスーシャちゃんに気を使えよ。怖がる女の子の目の前で戦うとは何事だ」
 今度は話の先をロンシュタットに変えた。
 だからお前はわかっちゃいないんだ、とか、あんなやつらは敵じゃないぜ、とか、ずっと喋り続けているバルデラス。よほど先程の戦闘でフラストレーションが溜まったのだろう。手応えが無さ過ぎる、と今度は愚痴をこぼし始めた。
 これじゃお礼も言えないよ。
 スーシャのそんな思いを感じたのか、
「お前、うるさいぞ」
 ロンシュタットの低い声がする。
 途端にピタリと喋るのを止めるバルデラス。
 明らかに不満そうな剣だが、スーシャは(取敢えず置いておいて)ぺこりと頭を下げて言った。
「あの……あの……あ、ありがとうございます」
 ほんの少し振り返り、ちらり、と視線が向けられる。
 特に何も込められていない視線に、何故かスーシャは安堵する。
「気にするな」
 短く言っておいて、ロンシュタットはまた前を向いた。
 ぼんやりと、今は大丈夫みたいだな、と思う。
 もしあの人達が、また起き上がって来ても、簡単にやっつけてしまうだろう。
 出会った時も、思い出してみれば小山のような怪物をやっつけてしまった。きっと本気を出せば、どんな悪魔や怪物にも負けないんだろうな、と想像も付かない強さに感心する反面、どうやって強くなったんだろうなと不思議さもある。
 しかし、それ以上考える事はまだできず、ただ張り詰めて切れた神経の糸が、ゆっくり繋がるのを、後姿を見ながら待っていた。

 角を曲がって、見覚えのある男がやって来る。
 宿へ荷物を取りに出かけた、団員だ。
 片手に袋を提げ歩いていたが、ベンチに自分が座っているのと、ロンシュタットが見ているのに気付くと、少し歩みを早くして、通りを真直ぐ渡り、前へ立つ。
「あれ? 詰め所にいたんじゃないのかい?」
 荷物を渡し、首を傾げながら言う。相変わらず真面目そうな顔をしているところを見ると、怒っているのではないらしい。団長は中にいろと言っていたが、ちょっと外の空気を吸いに出るのは構わないくらいに思っているのかもしれない。
「まあ、団長が帰ってくる前に、詰め所に戻ってくれよな?」
 などと言い始める。
 受け取った荷物を──それほど量は多くないが──見ていると、団員が、え? と聞き返した。
 スーシャ自身も聞き漏らしてしまった会話は、ロンシュタットが団員へ向けて言ったもののようだった。
 団員も聞き漏らしたらしいその台詞を、彼はもう一度口にした。
「ここに来るまで、誰に会った?」
 聞き取れても、意味の分からない質問だ。
 彼が何の意図を持って聞いているのかさっぱり予測できない。
 だが、言葉通りに受け取るなら、質問の受け手である団員は、この街の住人の名をひとりひとり上げなくてはいけなくなるだろう。
 ロンシュタットは団員が何を答えていいのか分からないのを見ると、更に続ける。
「俺は昨夜、この街の住宅街を歩いた。結構な数の家があった」
 だから?
 お前は何が言いたいんだ? と眉を寄せて団員が無言で聞く。
「天気が悪く、外へ出にくいが、既に朝は過ぎている。だが俺は、誰にも会っていない」
 何を言っているのか、団員は分からない。
「この街の人間は、お前と団長以外、誰もいないのか?」
「いや、そんな事は……」
 言い直して、団員は言葉がしかし続かない。
 考え込むような、言われて気付いたようなあいまいな表情を浮かべたまま、周囲を見回す。
「ああ……確かに、ここには誰もいないな。だけどな、宿には主人がいたし、ここに来る前はすれ違ったりも……した……」
 急に不安を色濃く顔に出す。
 それで、彼がほとんど誰とも会わずにここまで来た事が分かった。
「犬や猫はどうだ? 飼い主がいるもの以外にも、野良の一匹くらい見かけなかったのか?」
「あ……」
「俺は、ここにいた」
 それが、駄目押しだった。
 団員は再び、周囲を見回す。今度は落ち着かない様子で、何度も何度もきょろきょろと。
「どうなってるんだ? 確かに、人がいない。いや、それだけじゃない。犬も猫も見かけなかった。だが、宿には人がいたし、ここに来るまで、ほとんどなかったが、確かに人とすれ違った。それなのに、ここには……」
 誰もいない。
 街が持つ、人の気配がどんどん薄れ、静寂が支配していく。
 そしてスーシャはまた、不意に思った。
 ロンシュタットが腰をかけず、立っているのは警戒しているからだと。
 それなら、また、何か悪い事が起こるのかも知れない。
 繋がり始めた神経は緊張によって一気に張り詰め、頭の中も冴え渡り始める。
 しかし、その冷たさは心地よさを吹き飛ばし、再び心臓が氷でできたように、体の熱が失われていった。

2007/12/20 20:48 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離
星への距離15/スーシャ(周防松)
PC:スーシャ  ロンシュタット
NPC:バルデラス 自警団員
場所:セーラムの街

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スーシャは、おどおどしながら周囲を見た。

――自分達以外、誰もいない。

人間はおろか、残飯をあさる野良猫や野良犬も、いない。
いつもなら、とっくに出歩いているはずなのに。

生活している匂いが、今日は極端に感じられない。

――それが、どんなに不気味なことか、スーシャは痛いほど理解した。

「この町に、今何が起きているんだ? 昨日は仕立て屋の家族が殺されていたし、今
朝は医者夫婦が殺されていた……」

危険な状況を察したらしい団員は、辺りの様子を警戒しながら呟く。
その横顔に隙はなく、それなりに場数を踏んできた経験を物語っていた。

ただし、今彼が直面しているのは未経験の恐怖だが。

「まさか、今度は神隠しでも起きてるっていうのか?」
「違う」
「何でそう言い切れる?」

ロンシユタットは答える代わりに、団員の後方にある建物の屋根に目をやる。

「お出ましだ」
「何?」

いぶかしげに団員が振り向こうとした瞬間――大きな影が彼めがけて降ってきた。

途端、スーシャのすぐ近くで衝撃音が轟いた。

「きゃあっ」

スーシャは思わず目を覆った。
団員が、ベンチを突き破って近くの壁に叩き付けられていたからだ。

降ってきた影にはじき飛ばされたのだと理解するまでには、多少の時間がかかった。

「ぐ……あっ……」

団員のかすかな声に恐々と目から手をどけてみると、彼はずるずると壁に寄りかかろ
うとしているところだった。
即死は免れたが、かなりの重傷である。
体のあちこちから赤い液体がしみ出し、地面にしたたり落ちる。
「し、しっかりして下さい……」
おずおずと近寄って声をかけたが、返事をする気力はないらしく、目を閉じたまま
だ。
嫌な呼吸音が、のどの奥から聞こえている。

――このままでは、死んでしまう。

スーシャは、緊張した顔付きで手を握りしめた。

――今、自分にできる事は。

スーシャは、覚悟したように深呼吸をすると、団員の体にそっと指先をかざした。



ロンシュタットは身軽な動作でソレの動きを交わし、バルデラスを掴み取った。

すぐ背後に迫っていたソレに、振り向くことなくバルデラスを突き刺す。

背後で、おぞましい絶叫が上がった。


降り立ったソレは、絶叫の主にふさわしい、おぞましい姿をしていた。

かろうじて人間と呼べそうな形態だが、目はぎょろりとしていて瞳孔がなく、巨大な
口からは鋭い牙がのぞく様は、間違いなく人間以外の生き物――魔物のそれだった。
嫌な臭いのする体液が、傷口からあふれている。

ロンシュタットは顔色一つ変えず、バルデラスを持ち直す。

体勢を整えるためか、ソレは飛び退き、ロンシュタットと距離を置く。

「あ~っ、くっせぇなコイツ! ロン、後で責任持って俺様を洗えよ。臭いが取れな
くなったらお前のせいだからな!」

嫌そうな口調でバルデラスがぼやいた瞬間、ソレは高く飛び跳ねて襲いかかってき
た。



「う……?」

激痛のただ中にいた団員は、突然痛みが消えたのを感じ、目を開けた。
「お!?」
痛みが消えただけではなく、体が自由に動くことを知り、団員はさらに驚く。
「俺……無事だったのか?」
信じられない思いで、唖然と体のあちこちを確認するが、かすり傷一つ負っていな
かった。
「大丈夫……ですか?」
ハッとして顔を上げると、スーシャが弱々しい笑みを浮かべていた。

「すごいですね……あんなにひどくぶつかったから、死んじゃうんじゃないか、って
思ったんですけど……ケガ一つしてない、なんて……」

「あ、ああ……?」

今一つ釈然としないながら、団員は頷いたのだった。


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2008/01/11 17:27 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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