PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、団員
場所:セーラムの街
感覚が痺れ、麻痺してしまったように動かなくなったスーシャをよそに、ロンシュタットの行う破壊行為は余りに一方的だった。
それは、戦闘ですらない。
かつて、人であったもの、人の形をしたものを粉々にしているだけの、事務的な作業だ。
こんな時でも表情を変えることなく、淡々と剣を振るい、近寄ってくる死体を切り裂き、壁へ叩きつけ、床へ這い蹲らせた。
5つの死体を完膚なきまでに叩き潰し、二度と動けないような肉塊へ変えるまで、かかった時間は僅かに数十秒。
団員がここにいたなら、ロンシュタットの桁外れの戦闘力には、比較するものがないことを知り、呆れ果てたに違いない。
最後に剣に付いた血を落とすために、鋭く血振りをして鞘へ収める。
チン、と澄んだ音を最後に、詰め所に再び静寂が戻って来た。
頬に当たる風が気持ちいい。
そう感じて我に返ったのは、どれくらい経過してからだろう?
スーシャはいつの間にか詰め所の外にいて、町中のベンチに座っていた。
あの死体はどうしたんだろうと、まだ鈍くしか動かない意識を集中させながら辺りを見回す。
もちろん、死体など無い。
ただ、さっきと同じ様に、近くに背を向けてロンシュタットが立っているのが見えた。
彼が死体を退治し、自分をここまで連れて来たんだ、とぼんやり分かった。
お礼を言わなくちゃ。
そう思っても体がまだうまく動かない。
のろのろと立ち上がり、話しかけようとすると、相手から声が先にかかった。
「おっ、落ち着いたのかい、スーシャちゃん?」
声の主は、もちろんロンシュタットではない。
間違っても彼はそんな話し方はしない。
「おいロン、スーシャちゃんが気付いたぞ」
彼の腰にかかっている長剣、バルデラスがうきうきしながら言った。
「いやあ、あの後、声をかけても全然返事をしないからびっくりだ。怖いなら怖いと言ってくれれば、あんな連中相手にしないであそこから出たのになぁ。いやいや、でもあれは女の子には怖いよな」
一息にそこまで言ってから
「おいロン、お前も少しはスーシャちゃんに気を使えよ。怖がる女の子の目の前で戦うとは何事だ」
今度は話の先をロンシュタットに変えた。
だからお前はわかっちゃいないんだ、とか、あんなやつらは敵じゃないぜ、とか、ずっと喋り続けているバルデラス。よほど先程の戦闘でフラストレーションが溜まったのだろう。手応えが無さ過ぎる、と今度は愚痴をこぼし始めた。
これじゃお礼も言えないよ。
スーシャのそんな思いを感じたのか、
「お前、うるさいぞ」
ロンシュタットの低い声がする。
途端にピタリと喋るのを止めるバルデラス。
明らかに不満そうな剣だが、スーシャは(取敢えず置いておいて)ぺこりと頭を下げて言った。
「あの……あの……あ、ありがとうございます」
ほんの少し振り返り、ちらり、と視線が向けられる。
特に何も込められていない視線に、何故かスーシャは安堵する。
「気にするな」
短く言っておいて、ロンシュタットはまた前を向いた。
ぼんやりと、今は大丈夫みたいだな、と思う。
もしあの人達が、また起き上がって来ても、簡単にやっつけてしまうだろう。
出会った時も、思い出してみれば小山のような怪物をやっつけてしまった。きっと本気を出せば、どんな悪魔や怪物にも負けないんだろうな、と想像も付かない強さに感心する反面、どうやって強くなったんだろうなと不思議さもある。
しかし、それ以上考える事はまだできず、ただ張り詰めて切れた神経の糸が、ゆっくり繋がるのを、後姿を見ながら待っていた。
角を曲がって、見覚えのある男がやって来る。
宿へ荷物を取りに出かけた、団員だ。
片手に袋を提げ歩いていたが、ベンチに自分が座っているのと、ロンシュタットが見ているのに気付くと、少し歩みを早くして、通りを真直ぐ渡り、前へ立つ。
「あれ? 詰め所にいたんじゃないのかい?」
荷物を渡し、首を傾げながら言う。相変わらず真面目そうな顔をしているところを見ると、怒っているのではないらしい。団長は中にいろと言っていたが、ちょっと外の空気を吸いに出るのは構わないくらいに思っているのかもしれない。
「まあ、団長が帰ってくる前に、詰め所に戻ってくれよな?」
などと言い始める。
受け取った荷物を──それほど量は多くないが──見ていると、団員が、え? と聞き返した。
スーシャ自身も聞き漏らしてしまった会話は、ロンシュタットが団員へ向けて言ったもののようだった。
団員も聞き漏らしたらしいその台詞を、彼はもう一度口にした。
「ここに来るまで、誰に会った?」
聞き取れても、意味の分からない質問だ。
彼が何の意図を持って聞いているのかさっぱり予測できない。
だが、言葉通りに受け取るなら、質問の受け手である団員は、この街の住人の名をひとりひとり上げなくてはいけなくなるだろう。
ロンシュタットは団員が何を答えていいのか分からないのを見ると、更に続ける。
「俺は昨夜、この街の住宅街を歩いた。結構な数の家があった」
だから?
お前は何が言いたいんだ? と眉を寄せて団員が無言で聞く。
「天気が悪く、外へ出にくいが、既に朝は過ぎている。だが俺は、誰にも会っていない」
何を言っているのか、団員は分からない。
「この街の人間は、お前と団長以外、誰もいないのか?」
「いや、そんな事は……」
言い直して、団員は言葉がしかし続かない。
考え込むような、言われて気付いたようなあいまいな表情を浮かべたまま、周囲を見回す。
「ああ……確かに、ここには誰もいないな。だけどな、宿には主人がいたし、ここに来る前はすれ違ったりも……した……」
急に不安を色濃く顔に出す。
それで、彼がほとんど誰とも会わずにここまで来た事が分かった。
「犬や猫はどうだ? 飼い主がいるもの以外にも、野良の一匹くらい見かけなかったのか?」
「あ……」
「俺は、ここにいた」
それが、駄目押しだった。
団員は再び、周囲を見回す。今度は落ち着かない様子で、何度も何度もきょろきょろと。
「どうなってるんだ? 確かに、人がいない。いや、それだけじゃない。犬も猫も見かけなかった。だが、宿には人がいたし、ここに来るまで、ほとんどなかったが、確かに人とすれ違った。それなのに、ここには……」
誰もいない。
街が持つ、人の気配がどんどん薄れ、静寂が支配していく。
そしてスーシャはまた、不意に思った。
ロンシュタットが腰をかけず、立っているのは警戒しているからだと。
それなら、また、何か悪い事が起こるのかも知れない。
繋がり始めた神経は緊張によって一気に張り詰め、頭の中も冴え渡り始める。
しかし、その冷たさは心地よさを吹き飛ばし、再び心臓が氷でできたように、体の熱が失われていった。
NPC:バルデラス、団員
場所:セーラムの街
感覚が痺れ、麻痺してしまったように動かなくなったスーシャをよそに、ロンシュタットの行う破壊行為は余りに一方的だった。
それは、戦闘ですらない。
かつて、人であったもの、人の形をしたものを粉々にしているだけの、事務的な作業だ。
こんな時でも表情を変えることなく、淡々と剣を振るい、近寄ってくる死体を切り裂き、壁へ叩きつけ、床へ這い蹲らせた。
5つの死体を完膚なきまでに叩き潰し、二度と動けないような肉塊へ変えるまで、かかった時間は僅かに数十秒。
団員がここにいたなら、ロンシュタットの桁外れの戦闘力には、比較するものがないことを知り、呆れ果てたに違いない。
最後に剣に付いた血を落とすために、鋭く血振りをして鞘へ収める。
チン、と澄んだ音を最後に、詰め所に再び静寂が戻って来た。
頬に当たる風が気持ちいい。
そう感じて我に返ったのは、どれくらい経過してからだろう?
スーシャはいつの間にか詰め所の外にいて、町中のベンチに座っていた。
あの死体はどうしたんだろうと、まだ鈍くしか動かない意識を集中させながら辺りを見回す。
もちろん、死体など無い。
ただ、さっきと同じ様に、近くに背を向けてロンシュタットが立っているのが見えた。
彼が死体を退治し、自分をここまで連れて来たんだ、とぼんやり分かった。
お礼を言わなくちゃ。
そう思っても体がまだうまく動かない。
のろのろと立ち上がり、話しかけようとすると、相手から声が先にかかった。
「おっ、落ち着いたのかい、スーシャちゃん?」
声の主は、もちろんロンシュタットではない。
間違っても彼はそんな話し方はしない。
「おいロン、スーシャちゃんが気付いたぞ」
彼の腰にかかっている長剣、バルデラスがうきうきしながら言った。
「いやあ、あの後、声をかけても全然返事をしないからびっくりだ。怖いなら怖いと言ってくれれば、あんな連中相手にしないであそこから出たのになぁ。いやいや、でもあれは女の子には怖いよな」
一息にそこまで言ってから
「おいロン、お前も少しはスーシャちゃんに気を使えよ。怖がる女の子の目の前で戦うとは何事だ」
今度は話の先をロンシュタットに変えた。
だからお前はわかっちゃいないんだ、とか、あんなやつらは敵じゃないぜ、とか、ずっと喋り続けているバルデラス。よほど先程の戦闘でフラストレーションが溜まったのだろう。手応えが無さ過ぎる、と今度は愚痴をこぼし始めた。
これじゃお礼も言えないよ。
スーシャのそんな思いを感じたのか、
「お前、うるさいぞ」
ロンシュタットの低い声がする。
途端にピタリと喋るのを止めるバルデラス。
明らかに不満そうな剣だが、スーシャは(取敢えず置いておいて)ぺこりと頭を下げて言った。
「あの……あの……あ、ありがとうございます」
ほんの少し振り返り、ちらり、と視線が向けられる。
特に何も込められていない視線に、何故かスーシャは安堵する。
「気にするな」
短く言っておいて、ロンシュタットはまた前を向いた。
ぼんやりと、今は大丈夫みたいだな、と思う。
もしあの人達が、また起き上がって来ても、簡単にやっつけてしまうだろう。
出会った時も、思い出してみれば小山のような怪物をやっつけてしまった。きっと本気を出せば、どんな悪魔や怪物にも負けないんだろうな、と想像も付かない強さに感心する反面、どうやって強くなったんだろうなと不思議さもある。
しかし、それ以上考える事はまだできず、ただ張り詰めて切れた神経の糸が、ゆっくり繋がるのを、後姿を見ながら待っていた。
角を曲がって、見覚えのある男がやって来る。
宿へ荷物を取りに出かけた、団員だ。
片手に袋を提げ歩いていたが、ベンチに自分が座っているのと、ロンシュタットが見ているのに気付くと、少し歩みを早くして、通りを真直ぐ渡り、前へ立つ。
「あれ? 詰め所にいたんじゃないのかい?」
荷物を渡し、首を傾げながら言う。相変わらず真面目そうな顔をしているところを見ると、怒っているのではないらしい。団長は中にいろと言っていたが、ちょっと外の空気を吸いに出るのは構わないくらいに思っているのかもしれない。
「まあ、団長が帰ってくる前に、詰め所に戻ってくれよな?」
などと言い始める。
受け取った荷物を──それほど量は多くないが──見ていると、団員が、え? と聞き返した。
スーシャ自身も聞き漏らしてしまった会話は、ロンシュタットが団員へ向けて言ったもののようだった。
団員も聞き漏らしたらしいその台詞を、彼はもう一度口にした。
「ここに来るまで、誰に会った?」
聞き取れても、意味の分からない質問だ。
彼が何の意図を持って聞いているのかさっぱり予測できない。
だが、言葉通りに受け取るなら、質問の受け手である団員は、この街の住人の名をひとりひとり上げなくてはいけなくなるだろう。
ロンシュタットは団員が何を答えていいのか分からないのを見ると、更に続ける。
「俺は昨夜、この街の住宅街を歩いた。結構な数の家があった」
だから?
お前は何が言いたいんだ? と眉を寄せて団員が無言で聞く。
「天気が悪く、外へ出にくいが、既に朝は過ぎている。だが俺は、誰にも会っていない」
何を言っているのか、団員は分からない。
「この街の人間は、お前と団長以外、誰もいないのか?」
「いや、そんな事は……」
言い直して、団員は言葉がしかし続かない。
考え込むような、言われて気付いたようなあいまいな表情を浮かべたまま、周囲を見回す。
「ああ……確かに、ここには誰もいないな。だけどな、宿には主人がいたし、ここに来る前はすれ違ったりも……した……」
急に不安を色濃く顔に出す。
それで、彼がほとんど誰とも会わずにここまで来た事が分かった。
「犬や猫はどうだ? 飼い主がいるもの以外にも、野良の一匹くらい見かけなかったのか?」
「あ……」
「俺は、ここにいた」
それが、駄目押しだった。
団員は再び、周囲を見回す。今度は落ち着かない様子で、何度も何度もきょろきょろと。
「どうなってるんだ? 確かに、人がいない。いや、それだけじゃない。犬も猫も見かけなかった。だが、宿には人がいたし、ここに来るまで、ほとんどなかったが、確かに人とすれ違った。それなのに、ここには……」
誰もいない。
街が持つ、人の気配がどんどん薄れ、静寂が支配していく。
そしてスーシャはまた、不意に思った。
ロンシュタットが腰をかけず、立っているのは警戒しているからだと。
それなら、また、何か悪い事が起こるのかも知れない。
繋がり始めた神経は緊張によって一気に張り詰め、頭の中も冴え渡り始める。
しかし、その冷たさは心地よさを吹き飛ばし、再び心臓が氷でできたように、体の熱が失われていった。
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