PC:スーシャ ロンシュタット
NPC:バルデラス
場所:セーラムの街(自警団の詰め所)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
気がついたら、悲鳴を上げていた。
悲鳴を上げたら、ぞくり、と沸いた恐怖心が自分の全てを支配した。
「いや! 来ないでぇっ!」
完全にパニック状態のスーシャは、悲鳴を上げながら、手当たり次第に物を投げつけ
た。
歩く死体、と化したかつての『家族』に。
医者夫婦も歩く死体としてこちらに近寄ってきていて、同じように物を投げつけられ
ているはずなのだが、彼女の目には『家族』しか映っていない。
非力な少女がめちゃくちゃに投げつけるものだから、大半は当たらないで変な方向に
飛んでいく。
花瓶が空を飛び、ホウキが落ちて床に転がり、タオルが途中でふわりと落ち、書類が
羽根のように散乱する。
そのうち、インクの入った小瓶が母親の顔にぶち当たった。
ゴト、とつまらない音を立てて落ちた小瓶は、床に中身をたれ流した。
「ひっ……!」
スーシャは体を硬直させ、声を詰まらせる。
――別の恐怖が、頭のてっぺんから突き刺さった。
まだ彼らが生きていた頃に植えつけられた、平手や拳の記憶が一瞬のうちに甦ってき
たのだ。
死体だと、死んでいると頭では理解していたとしても、その記憶だけは消えづらい。
また、あのヒステリックな罵声がどこからか浴びせられるのではないかという気持ち
が彼女の中にはあった。
――客観的に見て、もう二度とあり得ないことだとしても。
風邪をこじらせた時の悪寒のように、震えが止まらない。
恐怖で濡れた目を見開き、けっ、くっ、と妙な呼吸を繰り返した。
あと少しのきっかけがあれば、彼らが別の動きをして見せたなら……本当に頭が狂い
そうだった。
――ぼす。
その時、彼女の頭に大きな手が乗せられた。
「……落ちつけ」
そして、低いけれど、静かで落ちついた声が、短く告げた。
ぎこちなく顔を上げると、ロンシュタットが自分を見つめていた。
彼女の頭に手を乗せたのは、他ならぬ彼だった。
スーシャは無我夢中で彼の衣服にしがみつく。
「ど、ど……どうしてっ?」
突然口をついて出た言葉に、ロンシュタットがほんの少しだけ戸惑ったような気配を
見せる。
「どうして、どうしてっ……死んだ人が生き返って……!?」
混乱と恐怖の極みにある彼女は、やっとのことでそれだけを言った。
本当は、もっと違う、いろんなことを考えていたけれど、それは言葉にまとまらな
かった。
ロンシュタットが、かすかに首を横に振った気がした。
「生き返ったわけじゃない」
「じゃあ、あれは……あれは!?」
そっ、と頭から彼の手が離れる。
「あれは、死体だ」
黒い巨大な剣――バルデラスを片手に、ロンシュタットが彼らに向き直る。
「ま、ちゃっちゃと終わらせるから、スーシャちゃんは隅っこで小さくなってなよ」
バルデラスに軽い口調でうながされ、スーシャはもそもそと詰め所の隅っこに移動し
た。
それからは、一方的な展開だった。
死体は五つ。
仕立て屋一家三人と、医者夫婦の二人。合わせて五人。
対するロンシュタットは一人。
バルデラスがいるのだが、武器として存在しているのだから二人とは言い切れない。
つまり、ほぼ五対一。
普通なら不利な展開になるものだが、彼の場合は違った。
一見無造作とも思える一振りで、仕立て屋の店主の首がはね落とされ、女房の腕が切
り落とされ、息子のどてっ腹に剣が突き刺さる。
時折、死体の体から、ぐぶう、と空気の漏れる音がした。
――ちゃりん。
剣を突き刺されたはずみだったのだろうか、息子の衣服のポケットから硬貨が数枚床
に落ちた。
スーシャは、隅っこで小さくなって震えながら、顔を覆った手の指の間からそれを見
た。
家の手伝いもロクにせず、毎日自堕落に暮らしていたあの息子が、まとまった金を
持っているとは考えにくい。
(もしかして、お店の売り上げに手をつけたのって……?)
そのうち、ゴドッという鈍い音がして、足元に何かが転がってくる。
何気なくそれに視線を向けると、それは医者の首だった。
入れ物のない眼窩が、じっと見つめるようにこちらを向いている。
スーシャは悲鳴を上げなかった。
恐怖心で混乱することもなかった。
……もう、何も。
もう何も、彼女は自分の中から感情を拾い上げることができなかった。
強烈な疲労感が体にまとわりついて、神経がいつものようにスムーズな感情伝達の役
割を果たさなかった。
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NPC:バルデラス
場所:セーラムの街(自警団の詰め所)
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気がついたら、悲鳴を上げていた。
悲鳴を上げたら、ぞくり、と沸いた恐怖心が自分の全てを支配した。
「いや! 来ないでぇっ!」
完全にパニック状態のスーシャは、悲鳴を上げながら、手当たり次第に物を投げつけ
た。
歩く死体、と化したかつての『家族』に。
医者夫婦も歩く死体としてこちらに近寄ってきていて、同じように物を投げつけられ
ているはずなのだが、彼女の目には『家族』しか映っていない。
非力な少女がめちゃくちゃに投げつけるものだから、大半は当たらないで変な方向に
飛んでいく。
花瓶が空を飛び、ホウキが落ちて床に転がり、タオルが途中でふわりと落ち、書類が
羽根のように散乱する。
そのうち、インクの入った小瓶が母親の顔にぶち当たった。
ゴト、とつまらない音を立てて落ちた小瓶は、床に中身をたれ流した。
「ひっ……!」
スーシャは体を硬直させ、声を詰まらせる。
――別の恐怖が、頭のてっぺんから突き刺さった。
まだ彼らが生きていた頃に植えつけられた、平手や拳の記憶が一瞬のうちに甦ってき
たのだ。
死体だと、死んでいると頭では理解していたとしても、その記憶だけは消えづらい。
また、あのヒステリックな罵声がどこからか浴びせられるのではないかという気持ち
が彼女の中にはあった。
――客観的に見て、もう二度とあり得ないことだとしても。
風邪をこじらせた時の悪寒のように、震えが止まらない。
恐怖で濡れた目を見開き、けっ、くっ、と妙な呼吸を繰り返した。
あと少しのきっかけがあれば、彼らが別の動きをして見せたなら……本当に頭が狂い
そうだった。
――ぼす。
その時、彼女の頭に大きな手が乗せられた。
「……落ちつけ」
そして、低いけれど、静かで落ちついた声が、短く告げた。
ぎこちなく顔を上げると、ロンシュタットが自分を見つめていた。
彼女の頭に手を乗せたのは、他ならぬ彼だった。
スーシャは無我夢中で彼の衣服にしがみつく。
「ど、ど……どうしてっ?」
突然口をついて出た言葉に、ロンシュタットがほんの少しだけ戸惑ったような気配を
見せる。
「どうして、どうしてっ……死んだ人が生き返って……!?」
混乱と恐怖の極みにある彼女は、やっとのことでそれだけを言った。
本当は、もっと違う、いろんなことを考えていたけれど、それは言葉にまとまらな
かった。
ロンシュタットが、かすかに首を横に振った気がした。
「生き返ったわけじゃない」
「じゃあ、あれは……あれは!?」
そっ、と頭から彼の手が離れる。
「あれは、死体だ」
黒い巨大な剣――バルデラスを片手に、ロンシュタットが彼らに向き直る。
「ま、ちゃっちゃと終わらせるから、スーシャちゃんは隅っこで小さくなってなよ」
バルデラスに軽い口調でうながされ、スーシャはもそもそと詰め所の隅っこに移動し
た。
それからは、一方的な展開だった。
死体は五つ。
仕立て屋一家三人と、医者夫婦の二人。合わせて五人。
対するロンシュタットは一人。
バルデラスがいるのだが、武器として存在しているのだから二人とは言い切れない。
つまり、ほぼ五対一。
普通なら不利な展開になるものだが、彼の場合は違った。
一見無造作とも思える一振りで、仕立て屋の店主の首がはね落とされ、女房の腕が切
り落とされ、息子のどてっ腹に剣が突き刺さる。
時折、死体の体から、ぐぶう、と空気の漏れる音がした。
――ちゃりん。
剣を突き刺されたはずみだったのだろうか、息子の衣服のポケットから硬貨が数枚床
に落ちた。
スーシャは、隅っこで小さくなって震えながら、顔を覆った手の指の間からそれを見
た。
家の手伝いもロクにせず、毎日自堕落に暮らしていたあの息子が、まとまった金を
持っているとは考えにくい。
(もしかして、お店の売り上げに手をつけたのって……?)
そのうち、ゴドッという鈍い音がして、足元に何かが転がってくる。
何気なくそれに視線を向けると、それは医者の首だった。
入れ物のない眼窩が、じっと見つめるようにこちらを向いている。
スーシャは悲鳴を上げなかった。
恐怖心で混乱することもなかった。
……もう、何も。
もう何も、彼女は自分の中から感情を拾い上げることができなかった。
強烈な疲労感が体にまとわりついて、神経がいつものようにスムーズな感情伝達の役
割を果たさなかった。
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