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2024/05/21 13:53 |
星への距離 2/ロンシュタット(るいるい)
星への距離 2
「ロンシュタット 序章編」

PC:ロンシュタット
場所:辺境


 熱の無い夕闇の中、涼しいはずのこの時期に、今日だけはむせ返るような血の臭いが充
満していた。
 窓は開け放たれ、内幾つかは破られている。
 入り口から正面の神像まで続く赤絨毯には、それよりも更に濃いどす黒い血が斑模様に
広がり、それを乱暴に踏みつけるロンシュタットの足元から、ぐしゃぐしゃと湿った音を立て
る。
 法衣を着た老人、花を供えに来た少女、参拝に訪れた数人の旅人らしき死体があちらこ
ちらに散らばるが、そのほとんどは殺され過ぎ、判別できるのはその数人だけだ。
 もしこのグロテスクなパズルを完成させることができたなら、その肉片からきっかり13人
分の死体が完成する。
 返り血を浴び、今も大量の参拝者の血を滴らせる神像の向こうに、さっきまでこの街の人
間が同じ住人だと信じていたものがいる。
 今も、外見だけ見れば、旧知の仲でもそう思うに違いない。
 力仕事などしたことのないほっそりした腕、首に巻いた花柄のスカーフ、同じ柄のスカート
と、それに揃えた同じ色のシャツ。
 ひっそりと、つつましく生活をしていた花屋の娘。
 笑顔と感謝の言葉とよく手入れされた清潔な花を、僅かなお金と代えて、街の人との生活
に溶け込んでいた少女。
 薔薇の棘を切る為に使っていた鋏は、今も同じように右手に持っているが、それで滅多切
りにしたのは、13人の人間だった。
 刃こぼれし、既に鋏として用を成さなくなってなお、彼女は力任せに、手を、指を、目を、唇
を、舌を、人体のあらゆる所を切断しまくった。
 それは、壮絶な光景だった。
 そしてこの無残な一方的な虐殺が繰り広げられている教会は、死に満ちていた。
 あまりの事に、誰も、正確な判断ができなかった。
 衛兵や、街に赴任している兵でさえ、彼女が殺し終えるまで、様子を見ようと決めていた。
 いつ終わるとも分からぬ、この狂気の殺戮を。
 閉ざされたこの教会に、だが、ロンシュタットが切り込んだ。
 闖入者に対し、彼女は最初、見向きもしなかった。
 だが、ロンシュタットが背負った、彼の身長ほどもある長い剣で切りかかられた時、数メー
トルはあろうかという神像を飛び越え、反対側に降り立った。
 遠くを見据えるような、虚ろな眼でロンシュタットを見ている。
「分かっただろう」
 ロンシュタットは入り口や窓から覗いている町人たちに言った。
「これが悪魔だ」
 言い終えるが早いか、神像を回り込み追撃をかける。
 再び振るわれる長剣。
 彼女は表情ひとつ変えず、上体を反らしてよけると、入り口へ走った。
 地面を這うように、という表現がぴったりだった。血に染まった影が夕闇の中へするりと入
り込むようだ。
 恐れ慄く町人たちへ飛び掛る前に、彼女の動きが止まる。
 いきなり急停止を強いられた彼女は、痛みの走る左足をゆっくり振り返る。
 ロンシュタットの長剣が左足を貫通し、絨毯越しに彼女の足を縫いとめていた。
 彼女の口から絶叫が上がる。
 血でも吐き出すのではないかと思うくらい、長く響く。
 手応えを感じたロンシュタットは、彼女に向かって歩き出す。
 ぐしゃり、ぐしゃりと湿った音が近づいて来る度に、彼女は剣を抜こうとするが、がっしりと
食い込んだそれを動かすことはできない。
 床に爪を立て、何度も前に進んで逃れようとするが、無駄だった。
 やがて爪も剥がれ、どうしても逃れられないと知るや、急に表情が戻った。
 血の混じった涙を流し、目の前の町人に懇願する。
「お願い、助けて……」
 と。
「ごめんなさい、どんな罰でも受けます。だから、助けて。裁かれるなら、この街の人がい
い……」
 ロンシュタットの影が、彼女の背にかかる。
「この人には、殺されたくない……この人は、きっとこの場で私を殺してしまう。あなたたち
は、そんな場面をこれ以上見たいの?」
 町人が怯む。
 確かに、こんな残酷なショーはもういらない。人生で起こる悪いことを全部まとめて見せら
れた感じだ。これ以上は見たくない。
 それに、裁くなら、衛兵に渡せばいい。彼らが、然るべき手続きを踏んで、誰もが納得でき
る形で決着を付けてくれるだろう。
 第一、もう逃げられないじゃないか。
 思わず一歩踏み出す町人に手を伸ばす少女。
 だが、その手が届くことは無かった。
 ロンシュタットがその腕を踏みつける。
 乱暴に彼女の髪をひっつかみ、持ち上げると、ぐうと悲鳴が上がる。
 剣を引き抜き、彼女を教会の中へ投げ飛ばす。
 体が机にぶつかり、乗っていた肉片が転がり落ちる。
 悔しそうな表情を浮かべ、ロンシュタットを睨みつけるが、彼は怯みもしなかった。
 むしろ獲物に喰らいつく肉食獣のような眼で睨むと、剣を振りかぶり、力任せに振り下ろし
た。
 何かが飛んだ、と、町人たちは思った。
 ごろごろと血を撒き散らしながら、やがて椅子にぶつかり停止するそれは、彼女の首だっ
た。
 意思でもあるように上向きになったそれは、ごぼごぼと血の泡を口の周りに吹きながら、
喋った。
「畜生が」
 と。
 聞いたことの無い、しわがれた男の声で。
「せっかく居心地のいい身体が手に入ったってのに……運がねぇぜ。なあ、おい」
 と、見開かれた眼を、入り口に集まる町人たちへ向ける。
「俺はこの女の身体を借りただけだってのに、こいつは生きている女ごと殺しやがった。な
あ、知っているか、さっき懇願したのは、本物のこの身体の持ち主だったんだぜぇ?」
 それまで喋る生首を凝視していた町人たちの視線が、一斉にロンシュタットへ向かう。
 恐怖と非難の色に染まって。
「……それに、こいつも、人間なんかじゃねぇぞ……俺と同じ、悪魔さ……」
 いよいよ力尽きてきた悪魔がそう言うと、視線に嫌悪の色がさらに混ざる。
 大きく息を吸い込み、最後に切り裂き声にも似た笑い声を上げた後、ついに首は動かなく
なった。

「出て行ってくれ」
 町長がそう言って、ロンシュタットの足元に金貨の入った袋を投げた。
 ロンシュタットによる悪魔殺しが終わってすぐ、町長が衛兵数人と共に教会へ駆けつけて
きた。
 むせ返る血の臭いに眉をしかめ、薄暗い教会の中から立体化した影のように出てきたロン
シュタットを見て、彼は依頼が終了したのだと分かった。
 だが、その惨状には耐えられなかった。
 ロンシュタットが罪の無い町人を殺したわけではないが、都合14人の死は余りに大き過ぎ
た。
 町長は衛兵に命じてすぐに教会を封鎖させると、同じく数人の衛兵に囲まれて、ロンシュタ
ットを自分の屋敷へ連れて行った。
 そして、報酬の金貨を放ったのである。
「悪魔に憑かれた者を退治してくれと頼んだが、こんな結果になるとは思わなかった。いくら
なんでもこれは酷い、酷すぎる」
 顔を赤くし、さも憤慨しているように手を振り上げる。
「それに、君自身、彼らの同類という話じゃないか。そんな仲間同士の諍いのようなもの、金
輪際この町では御免だ。それを拾って、今すぐ出て行ってくれ」
 と、袋に入った数枚の金貨と、出口を指して言った。
「この屋敷の周りにも、町人たちが集まり、こちらの様子を伺っている。君が更に何か悪いこ
とを撒き散らさないか、恐れているからだ。平穏な町に、君のようなものをこれ以上いさせる
ことなど、断じてできない。さあ、今すぐ出て行ってくれ!」
 ロンシュタットは一度だけ、町長を睨みつける。
 しかし、町長は嫌悪と汚物でも見るような眼で睨み返して来るだけだった。
 ロンシュタットは乱暴に袋を拾い上げると、屋敷から出た。
 玄関から短い石畳の通路を通ると、その先には門がある。左右には柵が広がるが、そこ
に、松明を手にした町人たちが彼を睨みつけ、あるいは恐怖の眼差しで出て行くのをじっと
見ている。
 柵越しにでも、彼らの負の感情がロンシュタットにぶつかり、圧し掛かってくる。
 玄関の扉を開け、彼らを見たときに一度足を止めたが、ロンシュタットはそのまま通路を通
り、門を潜る。
 さっ、と人の生垣も割れ、出て行くロンシュタットをじっと見ている。
 そして屋敷から少し離れた時、背中に罵声が浴びせられた。
 何と言われたのか、小さい声だったがはっきり聞こえる。
 最初はひとりふたりが小声で言うだけだったが、次第にその怨嗟の声は大きくなり、集ま
った町人たちがロンシュタットを罵り、最後には合唱のように、死んでしまえ、呪われてしま
え、と繰り返された。
 感情が高まり興奮した数人の町人が、石を投げつけてきた。
 幾つかは外れたが、飛んでくる幾つかは背中に、地面に跳ねた幾つかは足にぶつかる。
 ぶつかる度に、端整ではあるが冷たい顔つきをしているロンシュタットの表情が苦痛に歪
む。
 その様を知り、声がした。
「おいおい、今回も熱烈な歓迎ぶりじゃないか。モテるね、憎いね、ロン」
 しかし、遠巻きにして彼が町から出て行くのを見ている町人以外、彼の周囲には誰もいな
い。
「やり返さないのか? お前ならこの町の人間くらい、簡単に処分できるだろ。やんないの
か?」
 ロンシュタットが何も言わず、痛みも和らぎ表情も戻ると、
「ちぇっ、ま~たダンマリかよ。つまんねぇの」
 と声が続く。
 どうやら声は、腰に吊るした身長ほどもある、あの長い剣からするようだ。
「でも、まだまだ悪魔を相手に暴れる気なんだろ? そりゃそうだよな、そうこなくちゃな。今
までもずっとそうして生きて来たんだ。これからもずっとそうして生きていくしかないさ。お前
が返り討ちにあうその時までな」
 けけけ、と薄気味悪い笑い声がする。
 ロンシュタットは剣の柄を握ると、
「お前……うるさいぞ」
 と、睨む。
 うっ、と声がつまり、すぐに再び剣から声がした。
「悪かったよ、ロン。頼むから、怒んないでくれよ~」
 茶化しておどけた口調で言うが、声には本物の恐怖が込められている。
 やがて町も抜け、暗闇に包まれた誰もいない街道を、明かりも無く歩き続ける。
 その頃になると、また剣が話しかけてきた。
「でもよ~、ロン。次はどこ行くんだ? このまま行くと、確かセーラムの町だぜ」
 ロンシュタットは、相変わらず無言のままだ。
 だがそれに傷ついたふうでもなく、むしろ飄々と剣は続けた。
「まあいいか、どこでも。お前の行く先には必ず悪魔がいるし、必ず悲劇が血と命の派手な
演出で彩られるんだ。お前の辿り着く先は、必ず戦場なんだからな」
 それを無視して、ロンシュタットは歩き続ける。
 先程の町で、休むこともできぬまま、また次の町へ向けて。
 だが、それすらも
「いつもの事だ。何も変わらない」
 ぽつりと呟きふと仰ぎ見た夜空に輝く星は、呆れるほど遠く、儚く光っていた。

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2007/08/08 23:06 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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