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2024/05/17 21:33 |
星への距離4/ロンシュタット(るいるい)
星への距離4 邂逅~悪魔を憐れむ歌~

PC:ロンシュタット・スーシャ
場所:セーラムの街郊外

 夕方から夜にかけて、だんだんと薄暗くなるにつれ、空気も湿り気を帯びてきた。
 空を見上げても曇っているのか暗いから星が見えにくいのか、徐々に判別できなくなって
いる。
 何とか雨が降り出す前にセーラムの街に着きたいが、ここへ来る前に負った傷で、ロンシ
ュタットの足取りは遅かった。
 山賊に襲われ、あっというまに撃退したものの、短刀で左足を突き刺された。
 それが先程のことだ。
 出血は止まり、傷口も塞がっているが、深く刺されたため、傷みだけはまだ残っている。
 ろくな手当てもせず、放っておいてもすぐに治ってしまうのは、やはり、彼も只者ではない
からだ。
「便利な身体だなぁ」
 夕暮れ時の街道、もちろん他に誰がいるわけでもないのに、ロンシュタットの近くから声が
する。
「俺も自分についた傷はたいがい直るけど、お前は別格だよな。ほら、いつだったか、崖か
ら戦ってた悪魔ごと落っこちたことがあったじゃないか。あんときは全身打撲に骨折までし
たのに、半日で動き回れるようになるんだもんなぁ。悪魔は岩に叩きつけられて死んだって
のに、お前の方が化け物じみてるぜ」
 ロンシュタットは荷物から水筒を取り出すと、中に入っている水を飲んだ。
 最後の一口まで飲み干し、喉を潤すと長い溜息をつく。
「おいおい」
 また、男の声がした。
 やはりロンシュタットのすぐ側、それも腰に吊っている身長ほどもある長い剣から。
「そんなにがぶ飲みしていいのか? もう水はないんだろ? まだまだ旅は続くってのに、持
たないぜ?」
 けっけっけ、といやらしい笑いが続く。
 ロンシュタットはその声を無視して、水筒を仕舞うと街道を歩き出した。
 幾つか曲がり角を通り、最後の上り坂を上り切ると、ずっと下の方に街明かりが見える。
 それまで続いていた土のむき出しの道も、石畳が敷かれ、舗装されたものに変わってい
る。
「ちぇっ」
 と、先程の声がする。
「こんな近くに街があったのか。夕暮れ時の食事の匂いでも嗅ぎ付けたのか?」
 からかうような声がするが、それは、ロンシュタットに向けられたものか、それともその場に
いるはずのない、別のものに向けられたものか。
 いや、恐らくそのどちらにもからかって声をかけたのだろう。
 ロンシュタットのいる街道、その左右に広がる森の中から、巨大な黒い影が近づいてきて
いる。

 スーシャは街外れの入り口にまで来ていた。
 街の中央を貫通する通りはそのまま街道になっており、中心部へ行けば行くほど、旅人た
ちが落とす路銀を稼ぐ為の宿屋や娯楽施設が軒を連ねるようになっている。
 どちらを行っても隣の街まで数日かかる。
 一方は森林の街道へ、一方は山へ向かって伸びる街道へ。
 こうした立地の為、昼過ぎに訪れる旅人や商人たちは、ほぼ必ずこの街で宿を取る。
 どちらも天候が崩れては進めない上に、山道ともなれば一晩で越すことなどできはしな
い。
 おかげで比較的、金銭的には潤っているが、では街の人々の暮らしがみな豊かかといえ
ば、そんなことはなく当然そこには貧富の差がある。
 スーシャはこの街の中で、その貧しい方の暮らしを強いられていた。
 時折、思い出したように支払われる小遣いも、雀の涙ほどのもので、貯金どころか、生活
する為に必要な服や靴を揃えるだけで消えてしまう。
 特に身体が成長する今は、季節ごとに買い換えていかなければ、去年の服などきつくて
着られない。
 しかし、それを賄うだけのお金がないので、自分の身体よりずっと大きな服を買って長く着
るか、小さな服をきついのを我慢して着るしかない。
 今も着ているのは擦り切れてよれよれになっている服。
 色が落ちてしまって、元はどんなものか分からない服。
 それでも、スーシャが持っている中ではましな服。
 街は都市ほど栄えているわけでもないし、物や人が溢れている訳ではないが、使いで中
心部へ行くと、綺麗に飾り付けられた服や小物を置いてある店の前で立ち止まる。
 欲しいな、と思うが、それだけ。
 安い硝子のイミテーションでも、スーシャにとってはダイヤの宝石と同じで、とても手の届
かないもの。
 ショーウィンドウに映る自分の姿を見て、いつも落胆する。
 化粧もしていない、痩せた頬。
 生気の欠けた虚ろな目。
 手入れのされていない長い髪。
 これが私なんだ、この姿が私なんだ。
 そう思って、店の前を離れて、また元の生活に戻るのだ。
 果たして、この年の少女が、自分に落胆し、未来に何も描けないのは、どれほど辛いこと
だろうか?
 いつ終わるのか分からない、永久に続く過去のような毎日を生きるのは、どれだけ苦しい
ことだろうか?
 
 泣きながら店を出てきて、スーシャは森林へと続く街道の境まで来ていた。
 街には要塞とは違い、壁などはないが、動物が入って来ないよう、簡素な柵は設けられて
いる。
 街道の端へ来ると、この街へ来た時のことを思い出す。
 あの時は、新しい生活が始まるんだと思っていた。
 がんばらなくちゃ、と幼いながらに心の中で思ったりもした。
 嫌な事があったときは、ここへ来て自分を慰めることもあるが、慣れてきたのか、疲れてき
たのか、最近は心の中に僅かな小波が立つくらいで、自分を奮い立たせることはどんどん
難しくなってきた。
 この街にも、どこにも、自分の居場所なんてないのかな?
 どうして、こんなに苦しいのかな?
 そう考えるが、まだ彼女は自分の胸の中で渦巻くその感情が何なのか、言葉で表せるほ
ど大人ではなかった。
 漠然とした、しかし確かにある不快な感覚だけでは、自分に不安を募らせるだけだ。
「どうしよう」
 足から力が抜け、立っていられずに、柵の側にある、街の名前を記した大きな看板の前で
しゃがみこみ、そう呟く。
「どうしよう……」
 そう言って、顔を空へ向けるのが、彼女にできる精一杯の感情表現だった。
 星も見えず、暗雲の広がる空から、この日初めての雨粒がスーシャの頬に落ちた。

 数分もしない内に、雨は小雨から本降りへ変わった。
 ずぶ濡れになり、髪が額に張り付くと、それを払うのも億劫になる。
 今、私はどんな姿をしているんだろう。
 たぶん、不幸を抱えた女の子にも、迷子にも見えないだろうな。
 服に体温を吸い取られ、凍えながらぼんやりとそんなことを考えた。
 本当、どうなっちゃうんだろう。
 抱えた膝の間に隠れるようにしていたが、息苦しくなって、顔を上げる。
 坂の上の方で、小山が動いたように見えた。
 何だろうと考える気力は無かった。だからそれが何か、よく見なかった。
 寒さを堪え切れず、肩を抱くようにして身体を縮める。
 一瞬、何かが光った。
 雷かな?
 そう思った次の瞬間、一直線に銀光が煌き、大きな音を立てて看板にぶつかった。
「きゃっ!」
 驚いて身体を強張らせるスーシャ。
 ここに雷が落ちたんだ、と思ったが、いつまでたっても看板の焼ける臭いはしないし、倒れ
ても来ない。
 流石に不思議に思って、ちらりと看板を見る。
 そこには、一振りの長剣が突き刺さっていた。
 光の無い夜の闇よりなお深く、暗い黒い刀身を持つ長剣。先端からは刀身の中央部を通
る銀の線が走っており、丁度、鍔の所で十字に交わっている。その銀の線の交差している
箇所には、ダイヤ型をした、蒼い宝石が嵌っている。
 それがいきなり叫び出した。
「くぉらああっ! ロオオォン! お前、いきなり俺を投げ飛ばしやがって、何考えてんだ! 
仮にも俺は魔王様だぞ! 天下に恐れられた悪魔バルデラス様だぞ! 足蹴にしたうえに
放り投げるとは何事だあ!」
 放っておけばまだまだ文句を言いそうな剣を、スーシャは怖がるというより、あまりの事に
あっけに取られて見ていた。
「だいたいお前、分かってねぇんだよ! 俺がどれくらい凄いのかを! 俺はそんじょそこい
らの、群れなきゃ何もできねぇ悪霊や召喚されなきゃ出て来ることもできねぇ悪魔共とは格
が違うんだ! その気になりゃ、一振りで何体もの神や天使どもを黒焦げにしてやること
が……」
 剣は、自分が見られていることに気付いた。
 どこにも目があるわけでも、口があるわけでもないのに、スーシャはこの剣が自分に気付
いて、同じ様にこちらを見ているのが分かった。
 だが、あっけにとられるばかりのスーシャが抱いた、この剣の最初の感想は、
(よく喋るなぁ)
 だった。
 じーっと見ている事、数十秒。どうしようかお互い迷っていたが、剣が先に切り出した。
「どうも、今晩は。バルデラスと言います。初めまして」
 とりあえず、自己紹介をすることに決めたようだ。
「あ、こ、今晩は。スーシャっていいます」
 つられてぺこりと頭を下げる。
「ええと、スーシャちゃん。君もあのロクデナシに言ってやってよ。俺をもっと丁寧に扱えっ
て」
「は、はぁ」
 返答に窮していると、動いていた小山が近づいて来た。
 その小山が何かを投げ飛ばした、と思うと、それは地面にぶつかり、転がりながらも体勢
を立て直して立ち上がる。
 そして小山のように見えるそれが、実は巨大な蜘蛛だと分かっても、スーシャには本物だ
とは思えなかった。
 立ち上がったのは、無造作に長い黒髪を後に束ねている青年だった。
 闇夜でも分かるくらいに、白い肌をしている。
「いつまで無駄口叩いてる。そんな暇があるなら、もう少しまともな仕事をしろ」
 言うが早いか、看板に突き刺さった剣をやすやすと引き抜き、小枝でも振るうように片手で
軽々扱う。そして怪物へ向かって駆け出した。
 青年と蜘蛛の化け物が切り合う事、数十秒。
 いきなり蜘蛛の動きが止まる。
 少し遅れてどさり、とスーシャの近くに、彼が切り落とした蜘蛛の首が落ちてくる。
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げて見ていると、極彩色に染まった首は急に色を失い白と黒になり、干から
びた紙粘土のようにひび割れ、崩れて消えてしまった。
 視線を青年へ向けると、彼の近くにある蜘蛛の胴体も同じように消えてしまったのが見え
た。
「い、今のは、何ですか?」
 声が出たのも、青年が剣を腰に吊るし、遠くに転がった自分の荷物を持って近くへ来てか
らだった。
「知らないのか? まあ、子供だから知らないのも当たり前か。あれが悪魔だ」
 つまらなそうに言うと、額にかかる前髪をかきあげ続けた。
「この街の子か? 泊れる宿があったら、教えてくれないか?」
 たった今の、悪魔を葬り去ったとも思えないほど落ち着いた口調で、その青年は言った。
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2007/08/24 02:15 | Comments(0) | TrackBack() | ○星への距離

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