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場所 ; 魔法学院 & ポポルの剣術道場
PC ; ベン
NPC; サラサーテ、カプリース、セイル、ランバート
__________________________
__魔法学院の廊下__
暖かな日差しが差し込む昼下がり。魔法学院の廊下を一人歩いていく少女がいた。
ヒスイが染み込んだような緑色の髪の毛に、うっすらと笑みを浮かべた強気な口もと。
いかにも自信に満ちた人物であることが見て取れた。
廊下の一角の日当たりのいい場所に、一際目立つ扉があった。
腕のいい職人によるものであろう装飾と、樹齢百年を越える木で作られた、大きな扉。
彼女はその中へと入っていった。
「サラサーテ・ルッジェーロ、ただいま参りました」
雲ひとつない青空のような澄んだ声だった。
彼女は部屋にいた若い、教員に声をかけた。
「やあ、サラ君か。まっていたよ」
中にいたのはカプリ―スという、魔法学院の教授だった。
髪の毛は鮮やかに青く、目は若草のようにやわらかである。
その背の高さとあいまって、まるで名馬にまたがった騎士のような凛々しい姿をしている。
当然、学院の女生徒からは人気の的だ。
優秀な魔力を買われてこの学院に雇われただけのことはあり、
彼の使う風魔法は、台風をコマ回しのように扱うとまでいわれる。
「カプリ―ス先生、やはり私がポポルへ行くことには反対なさるのですか?」
「うん。まあ、ね……」
カプリ―スはごまかし笑いをしながら言った。
「どうしてですか!? 私はただ、ポポルに住む人達が心配なだけで……」
「残念かい? そう気を落とすことはないよ。実はそのことで話があってね。
それで今日はこうしてわざわざ、昼休みにご足労ねがったのさ」
カプリ―スはそういってポケットから手紙をぬきとった。
「私としては賛成できないが、学院のほうから通達があってね。
君のような優秀な人材の将来のためにも、行かせるべきだとね」
サラが封筒を受け取ると、つなぎとめていた印が煙となって消え去った。
委員会からの文書であることが一目でわかった。
「特別授業許可書。やった、ポポルへ行っていいんですね!」
彼女は喜びがあふれ出てきたというような、満面の笑みを浮かべた。
カプリ―スは、喜んだらいいのか心配したらいいのか、なんとも複雑な笑顔で彼女を祝福した。
「頑張ってくるんだよ。おそらくは少々危険な事態にも出くわすかもしれない。
これは高度な授業だということを肝に銘じておきなさい。くれぐれも油断してはいけないよ」
「はい! 私、頑張って調査してきます! それでは、準備がありますのでこれにてしつれいします!」
彼女はまるで足の重さがなくなったような足取りで、意気揚揚と部屋を出て行った。
サラが部屋を出て行くのを確認すると、カプリ―スの口から思わずため息がこぼれた。
「……はぁ。上の人間達も、いいかげんな事をしてくれる。報告書にちゃんと目を通しているのか?」
やれやれ、といった表情をしながら手をさし伸ばすと、どこからともなくコーヒーカップが
彼の手のひらに飛び込んできた。中にはおいしそうなコーヒーが、なみなみと注がれている。
「彼女の才能は一級中の一級品だ。将来は素晴らしい人材になるだろう。
だからこそか……私の反対を無視したのは」
入れたてのコーヒーをずず、とすすった。
初歩の火炎魔法を応用して保温しておいたかいがあって、温度は熱く保たれていた。
「まあいい。テッツ先生とバンズ先生がいらっしゃるんだ。
あの二人がいれば、当面は心配ない。それにしても……」
カプリ―スはカップを片手に机に近寄った。
引出しを開けて、中にしまっておいた報告書に目を通した。
「(ルシーダ・シャナハ君か……。この子のような奇跡的な才能の持ち主がまだいたとは。
これはサラ君にとって、大きな壁になるかもしれない。きっといい経験になることだろう)」
報告書はポポルに入る二人の教授からのものだった。
引出しの中にそっともどして、特製の魔力を込めたカギをかけた。
テッツ教授が発明したこのカギは、使うたびに少々疲れるとはいえ、安全性は折り紙つきだ。
窓に目をやると、太陽がちょうど空の中心に位置していた。
日差しを受けた木の葉は、幼子の肌のようになめらかに照っている。
外の大通りには、生徒が食堂を目指しておしゃべりをしながら歩いていく。
昔の自分を思い出し、ついつい懐かしいような切ないような感覚にかられてしまう。
この平穏な時間がいつまでも続けばいい、ふとそう思った。
これがただの感慨であるのか、それとも鍛え上げた魔力の直感なのか、
それは彼自身にもわからなかった。
「どれ、そろそろ私にもお弁当が届くころかな?」
カプリ―スも職員室へ行くことにした。
こんな心配事は自分らしくもない。
かれは勤めて忘れようとした。
しかし、彼がいくら拭い去ろうと思っても、不吉な予感は闇に取り付かれたどす黒い暗雲のように、
いかに吹き払っても後からあとから押し寄せてくるのだった。
・
・
・
・
・
__ポポル:ベンたちの住む町の剣術教室__
丈夫な木で作られた道場に、塾生達の掛け声が響き渡る。
10メートル四方ほどの大きさの部屋に、20人ほどの少年少女が練習に励んでいた。
床がきしむ音は、寸時も止まらない。
真夏には窓を全開にしても、うだるように熱い。
すでに夕方でいくらかマシになっていたが、やはり熱い。
競技の規定にのっとった木剣を手に、相手に向けて正面からぶつかっていく。
どの木剣も米粒ほどの小さなくぼみで刃の部分が埋め尽くされていた。
少しでも気を抜くと相手の攻撃を受けきれず、自分の剣もろとも打ち付けられるので気が抜けない。
滝のように流れる汗は、相手を交代する僅かな時間に、慌ててぬぐった。
「よし、それまで!」
教室に大きな合図の声が響き渡った。わりと高い声だ。
この教室の担任のジードの声だった。
クルミのように丸い顔に、濃いヒゲをビッシリと生やしている。
胸の前で組まれた腕は、暖炉にくべる薪に劣らぬほどに太い。
「ようし、ご苦労。みなよく頑張っているな。この調子なら再来週の大会で良い結果を期待できるぞ」
塾生たちの視線がジードの方に集まる。
ほとんどの者は息が荒くなっていた。
大会に出場するメンバーに選ばれるために、必死で練習していたのだ。
「今日はこれまで! 近いうちに大会に出場するメンバーを発表するから、各自練習に励むように」
ありがとうございました! と、塾生たちは終わりの礼をとった。
荷物をとって更衣室に向かう塾生たちの中に、ベンとセイルの姿があった。
「ああ、疲れた……」
更衣室の扉を開くと、セイルはため息交じりにそういった。
手のひらの豆がつぶれて流れた血が、とってに少し付着した。
おもわず、イテッ! と声に出してしまいそうだった。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのは友人のランバートだった。
セイルより頭二つ分ほど大きく、かなり大柄な少年だ。
胸板もセイルよりも大分厚く、体格には恵まれている様子だ。
「おう、悪い。大丈夫大丈夫」
セイルはそそくさと取っ手についた血を指でぬぐった。
「まーた豆つぶれちまったよ。俺ももっと鍛えなくっちゃな。
ランバートも最近打撃が強烈になったよな」
「ははは、そうか? 俺も追い越されないように気張っていくぜ。お互い頑張ろうな」
二人はこの教室で知り合った友人だった。
練習をしていくうちにだんだんと打ち解けて今ではすっかり親友になっていた。
「ん? あそこにいるのは……? おーいベン! どうしたんだ?」
「なに!? ベンだって!?」
更衣室の窓の外を見ると、ベンが屋根の上に道着をきたまま登っていた。
夕日がまぶしくてよく見えなかったが、
手には何か布切れのような物とバケツを持っているらしかった。
ベンはスタスタと窓に向けて屋根を歩いていった。
「やあ、ランバート。僕は今日掃除当番だったからさ、居残りしてお掃除だよ」
「ああ、そうか。雑巾あるか? 俺も手伝うよ」
「ええ!? いいの? ありがとう。でもいいよ、今日の当番は僕なんだからさ」
「気にするなって。セイル、お前も行くか?」
「お、おう! 当然だぜ」
ベンの手伝いで行くのは微妙なところだったが、ランバートの付き合いだと割り切ってしまえば
何のことはなかった。ただ……。
急いで着替えて廊下に出ると、窓に干してあった雑巾を探した。
ランバートはセイルに雑巾をパスしてくれた。
靴を履いて玄関を出ると、二人はベンのいた屋根へ向けて急いでいった。
「またせたな、いまいくぞ。それ!」
ランバートはしゃがみこんで足に力を入れ、力いっぱい地面を蹴った。
巨体は重力を忘れたように宙へ跳び、あっというまに屋根の上に辿り着いた。
自分の身長から数十センチほど高いところまでのジャンプである。
彼らの剣術は、脚力がことさら要求される技術なので、足腰は何よりも大事なのである。
「セイルもはやくこいよ」
「お……おっしゃあ!」
ランバートに返事をすると、セイルは掛け声と共に屋根へ向けて、気合を込めて突進した。
グングンと加速していき、タイミングをみて思い切りジャンプした。
宙返りをして見事、屋根裏に着地を! ……頭の中でしてみた。
実際のところはというと。
「うりゃ!」
「あれ? セイル……。大丈夫?」
ベンが心配そうに声をかけた。てっきり跳んでくるとばかり思っていたので、意表をつかれたのだ。
セイルは両手を屋根に届かせるのがやっとだった。
練習で潰した豆が、ジンジンと痛む。トウガラシでもこすり付けられているみたいだ。
セイルの顔が無意識に歪んだ。
しかしこういうこともあろうかと、時間を見つけてはけんすいに励んできたのだ!
いまこそ、特訓の成果を発揮するときだった。
「せい!」
セイルは威勢良く屋根の上に上って見せた。
しまりがないのを少しでもごまかしたかったのだ。
「おいおいセイル、休み中に鍛えるんじゃなかったんかい!?」
ランバートはセイルに、いつもの調子でツッコミを入れた。
「う、うるさい! これでもジャンプ力上がったんだぞ」
「いや、わるいわるい。あんまり気にせんでくれ」
「そんなことよりも、さっさと終わらせようぜ」
間が持たなかったので、急いで片付けようとした。
昔からセイルはジャンプ力が低いことを気にしていた。それはいまだに克服できていない。
「ねぇ、セイル」
「なんだ?」
「あの、雑巾もってきた?」
「はあ?」
言われてみると、手に何もないことに気がついた。
辺りを見渡してみると、雑巾は地面に落ちていた。
さっきの渾身のジャンプで放してしまったらしい。
「なんでまたあんなとこに!? 悪いけどちょっと取ってくる!
(やっべぇ、またとりに行くのかよ!? 二回目はちょっとキツイぜ……)」
スタスタと屋根の淵まできても、思わず立ち止まって躊躇してしまう。
取ってくる! と、強がってはみたものの、内心冷や汗が出そうだった。
この高さだと、着地したときに、足が痛そうだ。
何よりも、高くてちょっと怖い……。
セイルはまるで恐怖の大王とでも対峙したかのような表情で雑巾を一点に見つめる。
険しく吊り上った方眉は、あたかも戦場で凶報を受けた兵士のようだ。
付き合いの長いベンは、セイルが何を考えているのかすぐにわかった。
「ねえ、セイル♪」
「ん!?」
ベンはいつもの調子で話し掛けた。
「ちょっと先に掃除しておいてくれないかな? 僕が取りにいってくるからさ」
ね、いいでしょ。と言いたげに、ベンは片方の目をパチリとウィンクした。
「お、おう……しょうがないな。掃除は先にやっといてやるよ」
しょうがない、といいつつも、内心はほっとしていた。
ランバートはただにこやかにベンの気遣いを見守っていた。
セイルがベンから受け取った雑巾で窓を拭こうとしたそのとき。
「すいませーん! ちょっといいですか?」
突然下のほうから女の子の声が聞こえた。
とても透き通った声だ。
「はい、なんですか?」
セイルは真っ先に反応した。
練習のときの彼とはかけ離れた、それは凄まじい反応速度だった。
「道を教えていただきたいんですの」
「わっかりました! ちょっとまっててください!」
「あっ、セイル!」
驚いたのはベンだった。
セイルはこうなると必ず無理をしていい格好をしようとする。
案の定、セイルはできたことのない宙返りをしてこの高さから着地しようとした。
「あ、セイル! ちょっとまってよ!」
いっている側から勢い良くジャンプする音がする。
セイルは跳んでから、自らの無謀を反省したが遅かった。
回転速度が明らかにたりない。
このままだと、頭か背中から……。
タンコブ? いや、もしかすると握りつぶされたトマトになるかもしれない。
どちらかといえば……やっぱりトマトだろうか?
「(やべぇ!)」
人間、必死になると思いがけない力が出たりする。
セイルは無意識のうちに体を丸めて強引に体を回転させた。
今度は逆に回りすぎてバランスを崩してしまい、前のめりに着地する形になった。
手のひらで受身をとったが、ものすごい衝撃がした。
痛い! これはしばらく息ができないだろう。セイルはそう思った。
このとき、セイルは命がけのパフォーマンスで新しい技を一つ覚えたのだが、
今はそれどころでなかった。
「きゃあ! 大丈夫!?」
「セイル!」
急いでベンが後を追ったが、間に合わなかった。
続いてランバートも着地する。
「(……も、もちろん)」
声を出しても、聞こえていないらしい。
それに、どうしたわけか気が遠くなってきた。額を打ち付けたのだ。
「じっとしていてください」
少女はそういって何ごとかを呟き始めた。
すると手のひらに暖かな緑の光が集まり、中心に小さな光の粒が出来た。
それはセイルの体に吸い込まれていき、見えなくなると軽く光を放った。
「……あれ? 俺……どうなったんだ?」
「もう大丈夫ですよ」
セイルの額に出来たコブはもうすっかり治っていた。
「ひゃー、すげぇ。もう治っちまってるよ」
「(あ! あれは……。ルシーダが前につかった回復魔法。すごい、あの子ものすごく上手だよ)」
以前に雑を助けたときにルシーダが使っていたのも、この回復魔法だった。
彼女はそれと同じか、それ以上の治癒力を持っている様子だ。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、おかげさまで。いつつ!」
立ち上がろうとしたセイルは膝の皿の辺りをおさえた。
もしかしたらヒビが入っていたのかも知れない。
それをたちどころに治癒するのだから、この子の力量はたいした物に違いない。
「もうちょっとしたらすぐ良くなりますから、心配なさらないでください」
にっこりと優しさに満ちた笑顔で、彼女はセイルに語りかけた。
「ところで、この町の町長さんの家はどちらですか?」
「(ああ、それなら……)」
説明しようと思っても、口がパクパク動くだけで言葉にならない。
まだ息が深く吸えないのだ。
そうこうしているうちに、ベンが彼女に話し掛けた。
「どうもありがとうございます。町長さんの家ならこのとおりをまっすぐ行って、
突き当りを右に曲がってください。その先にある大きなお屋敷が町長さんのお家ですよ」
「そうですか、どうもありがとうございま……」
ベンの顔を見た彼女の語尾がよどんだ。
思わずそっぽをむいて、そのまま少し間があいた。
「……? どうかしましたか?」
ベンはまったく普通に受け答えする。
年のわりにはこういったことに、全く鈍感なのだ。
「あ、いいえ! すいません。どうもありがとうございました」
そういって、彼女はそのまま行ってしまった。
「あ! 行っちゃった……。あの子、なんていう子なのかなぁ? 僕たちと同い年みたいだったけど」
「ありゃあ魔法学院の制服だぞ。なんだってこんなところに?
……ってか、それよりも大丈夫かよセイル!?」
「ゲホッ! ゲホッ! わりぃ、心配かけた。もう大丈夫だ」
セイルは咳払いをしつつ、手をついて立ち上がった。
膝に受けたダメージは、すっかり回復したらしい。
「よかった、無茶するなよ」
「ああ、気をつけるよ」
「もう、セイルったらいつもこうなるんだから」
これだけ言われても、セイルは全く懲りていない様子だった。
「(くそう、次こそは!)」
きっとまた次もやるつもりだろう。ベンには先が思いやられた。
ベンはなんともいえない胸騒ぎを覚えていた。
魔法学院の子がこんな田舎にきているのだ、この前の隕石のことといい、
何かが起きているにちがいない。
数日前から続く胸騒ぎが、だんだんと現実になりつつあることを、ひしひしと感じていた。
「(べんのやつ、近頃すぐに浮かない顔するな。ルシーダとケンカでもしたのか?)」
ランバートは彼なりに気を利かせ、明るい話題を振りかけてきた。
「それよりも、ベン。あの子、かわいかったよな。お前、ルシーダとどっちが好みなんだ?」
「ええ!?」
ベンはこの手の話が大の苦手だった。
いっきにベンの顔が赤くなる。
ベンの肌はもともと白いので、恥ずかしがるとすぐにバレてしまうのだった。
「なあなあ、どっちなんだよ」
ランバートはベンを肘でつついて遊びはじめた。
別に嫌いなわけではないが、ベンをこうやって女の子のことでいたぶるのは、
楽しくてしょうがなかった。
「やめてってばー!」
顔を真っ赤に赤らめたベンは、ランバートの尋問にひたすら耐え忍ぶしかなかった。
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場所 ; 魔法学院 & ポポルの剣術道場
PC ; ベン
NPC; サラサーテ、カプリース、セイル、ランバート
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__魔法学院の廊下__
暖かな日差しが差し込む昼下がり。魔法学院の廊下を一人歩いていく少女がいた。
ヒスイが染み込んだような緑色の髪の毛に、うっすらと笑みを浮かべた強気な口もと。
いかにも自信に満ちた人物であることが見て取れた。
廊下の一角の日当たりのいい場所に、一際目立つ扉があった。
腕のいい職人によるものであろう装飾と、樹齢百年を越える木で作られた、大きな扉。
彼女はその中へと入っていった。
「サラサーテ・ルッジェーロ、ただいま参りました」
雲ひとつない青空のような澄んだ声だった。
彼女は部屋にいた若い、教員に声をかけた。
「やあ、サラ君か。まっていたよ」
中にいたのはカプリ―スという、魔法学院の教授だった。
髪の毛は鮮やかに青く、目は若草のようにやわらかである。
その背の高さとあいまって、まるで名馬にまたがった騎士のような凛々しい姿をしている。
当然、学院の女生徒からは人気の的だ。
優秀な魔力を買われてこの学院に雇われただけのことはあり、
彼の使う風魔法は、台風をコマ回しのように扱うとまでいわれる。
「カプリ―ス先生、やはり私がポポルへ行くことには反対なさるのですか?」
「うん。まあ、ね……」
カプリ―スはごまかし笑いをしながら言った。
「どうしてですか!? 私はただ、ポポルに住む人達が心配なだけで……」
「残念かい? そう気を落とすことはないよ。実はそのことで話があってね。
それで今日はこうしてわざわざ、昼休みにご足労ねがったのさ」
カプリ―スはそういってポケットから手紙をぬきとった。
「私としては賛成できないが、学院のほうから通達があってね。
君のような優秀な人材の将来のためにも、行かせるべきだとね」
サラが封筒を受け取ると、つなぎとめていた印が煙となって消え去った。
委員会からの文書であることが一目でわかった。
「特別授業許可書。やった、ポポルへ行っていいんですね!」
彼女は喜びがあふれ出てきたというような、満面の笑みを浮かべた。
カプリ―スは、喜んだらいいのか心配したらいいのか、なんとも複雑な笑顔で彼女を祝福した。
「頑張ってくるんだよ。おそらくは少々危険な事態にも出くわすかもしれない。
これは高度な授業だということを肝に銘じておきなさい。くれぐれも油断してはいけないよ」
「はい! 私、頑張って調査してきます! それでは、準備がありますのでこれにてしつれいします!」
彼女はまるで足の重さがなくなったような足取りで、意気揚揚と部屋を出て行った。
サラが部屋を出て行くのを確認すると、カプリ―スの口から思わずため息がこぼれた。
「……はぁ。上の人間達も、いいかげんな事をしてくれる。報告書にちゃんと目を通しているのか?」
やれやれ、といった表情をしながら手をさし伸ばすと、どこからともなくコーヒーカップが
彼の手のひらに飛び込んできた。中にはおいしそうなコーヒーが、なみなみと注がれている。
「彼女の才能は一級中の一級品だ。将来は素晴らしい人材になるだろう。
だからこそか……私の反対を無視したのは」
入れたてのコーヒーをずず、とすすった。
初歩の火炎魔法を応用して保温しておいたかいがあって、温度は熱く保たれていた。
「まあいい。テッツ先生とバンズ先生がいらっしゃるんだ。
あの二人がいれば、当面は心配ない。それにしても……」
カプリ―スはカップを片手に机に近寄った。
引出しを開けて、中にしまっておいた報告書に目を通した。
「(ルシーダ・シャナハ君か……。この子のような奇跡的な才能の持ち主がまだいたとは。
これはサラ君にとって、大きな壁になるかもしれない。きっといい経験になることだろう)」
報告書はポポルに入る二人の教授からのものだった。
引出しの中にそっともどして、特製の魔力を込めたカギをかけた。
テッツ教授が発明したこのカギは、使うたびに少々疲れるとはいえ、安全性は折り紙つきだ。
窓に目をやると、太陽がちょうど空の中心に位置していた。
日差しを受けた木の葉は、幼子の肌のようになめらかに照っている。
外の大通りには、生徒が食堂を目指しておしゃべりをしながら歩いていく。
昔の自分を思い出し、ついつい懐かしいような切ないような感覚にかられてしまう。
この平穏な時間がいつまでも続けばいい、ふとそう思った。
これがただの感慨であるのか、それとも鍛え上げた魔力の直感なのか、
それは彼自身にもわからなかった。
「どれ、そろそろ私にもお弁当が届くころかな?」
カプリ―スも職員室へ行くことにした。
こんな心配事は自分らしくもない。
かれは勤めて忘れようとした。
しかし、彼がいくら拭い去ろうと思っても、不吉な予感は闇に取り付かれたどす黒い暗雲のように、
いかに吹き払っても後からあとから押し寄せてくるのだった。
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__ポポル:ベンたちの住む町の剣術教室__
丈夫な木で作られた道場に、塾生達の掛け声が響き渡る。
10メートル四方ほどの大きさの部屋に、20人ほどの少年少女が練習に励んでいた。
床がきしむ音は、寸時も止まらない。
真夏には窓を全開にしても、うだるように熱い。
すでに夕方でいくらかマシになっていたが、やはり熱い。
競技の規定にのっとった木剣を手に、相手に向けて正面からぶつかっていく。
どの木剣も米粒ほどの小さなくぼみで刃の部分が埋め尽くされていた。
少しでも気を抜くと相手の攻撃を受けきれず、自分の剣もろとも打ち付けられるので気が抜けない。
滝のように流れる汗は、相手を交代する僅かな時間に、慌ててぬぐった。
「よし、それまで!」
教室に大きな合図の声が響き渡った。わりと高い声だ。
この教室の担任のジードの声だった。
クルミのように丸い顔に、濃いヒゲをビッシリと生やしている。
胸の前で組まれた腕は、暖炉にくべる薪に劣らぬほどに太い。
「ようし、ご苦労。みなよく頑張っているな。この調子なら再来週の大会で良い結果を期待できるぞ」
塾生たちの視線がジードの方に集まる。
ほとんどの者は息が荒くなっていた。
大会に出場するメンバーに選ばれるために、必死で練習していたのだ。
「今日はこれまで! 近いうちに大会に出場するメンバーを発表するから、各自練習に励むように」
ありがとうございました! と、塾生たちは終わりの礼をとった。
荷物をとって更衣室に向かう塾生たちの中に、ベンとセイルの姿があった。
「ああ、疲れた……」
更衣室の扉を開くと、セイルはため息交じりにそういった。
手のひらの豆がつぶれて流れた血が、とってに少し付着した。
おもわず、イテッ! と声に出してしまいそうだった。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてきたのは友人のランバートだった。
セイルより頭二つ分ほど大きく、かなり大柄な少年だ。
胸板もセイルよりも大分厚く、体格には恵まれている様子だ。
「おう、悪い。大丈夫大丈夫」
セイルはそそくさと取っ手についた血を指でぬぐった。
「まーた豆つぶれちまったよ。俺ももっと鍛えなくっちゃな。
ランバートも最近打撃が強烈になったよな」
「ははは、そうか? 俺も追い越されないように気張っていくぜ。お互い頑張ろうな」
二人はこの教室で知り合った友人だった。
練習をしていくうちにだんだんと打ち解けて今ではすっかり親友になっていた。
「ん? あそこにいるのは……? おーいベン! どうしたんだ?」
「なに!? ベンだって!?」
更衣室の窓の外を見ると、ベンが屋根の上に道着をきたまま登っていた。
夕日がまぶしくてよく見えなかったが、
手には何か布切れのような物とバケツを持っているらしかった。
ベンはスタスタと窓に向けて屋根を歩いていった。
「やあ、ランバート。僕は今日掃除当番だったからさ、居残りしてお掃除だよ」
「ああ、そうか。雑巾あるか? 俺も手伝うよ」
「ええ!? いいの? ありがとう。でもいいよ、今日の当番は僕なんだからさ」
「気にするなって。セイル、お前も行くか?」
「お、おう! 当然だぜ」
ベンの手伝いで行くのは微妙なところだったが、ランバートの付き合いだと割り切ってしまえば
何のことはなかった。ただ……。
急いで着替えて廊下に出ると、窓に干してあった雑巾を探した。
ランバートはセイルに雑巾をパスしてくれた。
靴を履いて玄関を出ると、二人はベンのいた屋根へ向けて急いでいった。
「またせたな、いまいくぞ。それ!」
ランバートはしゃがみこんで足に力を入れ、力いっぱい地面を蹴った。
巨体は重力を忘れたように宙へ跳び、あっというまに屋根の上に辿り着いた。
自分の身長から数十センチほど高いところまでのジャンプである。
彼らの剣術は、脚力がことさら要求される技術なので、足腰は何よりも大事なのである。
「セイルもはやくこいよ」
「お……おっしゃあ!」
ランバートに返事をすると、セイルは掛け声と共に屋根へ向けて、気合を込めて突進した。
グングンと加速していき、タイミングをみて思い切りジャンプした。
宙返りをして見事、屋根裏に着地を! ……頭の中でしてみた。
実際のところはというと。
「うりゃ!」
「あれ? セイル……。大丈夫?」
ベンが心配そうに声をかけた。てっきり跳んでくるとばかり思っていたので、意表をつかれたのだ。
セイルは両手を屋根に届かせるのがやっとだった。
練習で潰した豆が、ジンジンと痛む。トウガラシでもこすり付けられているみたいだ。
セイルの顔が無意識に歪んだ。
しかしこういうこともあろうかと、時間を見つけてはけんすいに励んできたのだ!
いまこそ、特訓の成果を発揮するときだった。
「せい!」
セイルは威勢良く屋根の上に上って見せた。
しまりがないのを少しでもごまかしたかったのだ。
「おいおいセイル、休み中に鍛えるんじゃなかったんかい!?」
ランバートはセイルに、いつもの調子でツッコミを入れた。
「う、うるさい! これでもジャンプ力上がったんだぞ」
「いや、わるいわるい。あんまり気にせんでくれ」
「そんなことよりも、さっさと終わらせようぜ」
間が持たなかったので、急いで片付けようとした。
昔からセイルはジャンプ力が低いことを気にしていた。それはいまだに克服できていない。
「ねぇ、セイル」
「なんだ?」
「あの、雑巾もってきた?」
「はあ?」
言われてみると、手に何もないことに気がついた。
辺りを見渡してみると、雑巾は地面に落ちていた。
さっきの渾身のジャンプで放してしまったらしい。
「なんでまたあんなとこに!? 悪いけどちょっと取ってくる!
(やっべぇ、またとりに行くのかよ!? 二回目はちょっとキツイぜ……)」
スタスタと屋根の淵まできても、思わず立ち止まって躊躇してしまう。
取ってくる! と、強がってはみたものの、内心冷や汗が出そうだった。
この高さだと、着地したときに、足が痛そうだ。
何よりも、高くてちょっと怖い……。
セイルはまるで恐怖の大王とでも対峙したかのような表情で雑巾を一点に見つめる。
険しく吊り上った方眉は、あたかも戦場で凶報を受けた兵士のようだ。
付き合いの長いベンは、セイルが何を考えているのかすぐにわかった。
「ねえ、セイル♪」
「ん!?」
ベンはいつもの調子で話し掛けた。
「ちょっと先に掃除しておいてくれないかな? 僕が取りにいってくるからさ」
ね、いいでしょ。と言いたげに、ベンは片方の目をパチリとウィンクした。
「お、おう……しょうがないな。掃除は先にやっといてやるよ」
しょうがない、といいつつも、内心はほっとしていた。
ランバートはただにこやかにベンの気遣いを見守っていた。
セイルがベンから受け取った雑巾で窓を拭こうとしたそのとき。
「すいませーん! ちょっといいですか?」
突然下のほうから女の子の声が聞こえた。
とても透き通った声だ。
「はい、なんですか?」
セイルは真っ先に反応した。
練習のときの彼とはかけ離れた、それは凄まじい反応速度だった。
「道を教えていただきたいんですの」
「わっかりました! ちょっとまっててください!」
「あっ、セイル!」
驚いたのはベンだった。
セイルはこうなると必ず無理をしていい格好をしようとする。
案の定、セイルはできたことのない宙返りをしてこの高さから着地しようとした。
「あ、セイル! ちょっとまってよ!」
いっている側から勢い良くジャンプする音がする。
セイルは跳んでから、自らの無謀を反省したが遅かった。
回転速度が明らかにたりない。
このままだと、頭か背中から……。
タンコブ? いや、もしかすると握りつぶされたトマトになるかもしれない。
どちらかといえば……やっぱりトマトだろうか?
「(やべぇ!)」
人間、必死になると思いがけない力が出たりする。
セイルは無意識のうちに体を丸めて強引に体を回転させた。
今度は逆に回りすぎてバランスを崩してしまい、前のめりに着地する形になった。
手のひらで受身をとったが、ものすごい衝撃がした。
痛い! これはしばらく息ができないだろう。セイルはそう思った。
このとき、セイルは命がけのパフォーマンスで新しい技を一つ覚えたのだが、
今はそれどころでなかった。
「きゃあ! 大丈夫!?」
「セイル!」
急いでベンが後を追ったが、間に合わなかった。
続いてランバートも着地する。
「(……も、もちろん)」
声を出しても、聞こえていないらしい。
それに、どうしたわけか気が遠くなってきた。額を打ち付けたのだ。
「じっとしていてください」
少女はそういって何ごとかを呟き始めた。
すると手のひらに暖かな緑の光が集まり、中心に小さな光の粒が出来た。
それはセイルの体に吸い込まれていき、見えなくなると軽く光を放った。
「……あれ? 俺……どうなったんだ?」
「もう大丈夫ですよ」
セイルの額に出来たコブはもうすっかり治っていた。
「ひゃー、すげぇ。もう治っちまってるよ」
「(あ! あれは……。ルシーダが前につかった回復魔法。すごい、あの子ものすごく上手だよ)」
以前に雑を助けたときにルシーダが使っていたのも、この回復魔法だった。
彼女はそれと同じか、それ以上の治癒力を持っている様子だ。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、おかげさまで。いつつ!」
立ち上がろうとしたセイルは膝の皿の辺りをおさえた。
もしかしたらヒビが入っていたのかも知れない。
それをたちどころに治癒するのだから、この子の力量はたいした物に違いない。
「もうちょっとしたらすぐ良くなりますから、心配なさらないでください」
にっこりと優しさに満ちた笑顔で、彼女はセイルに語りかけた。
「ところで、この町の町長さんの家はどちらですか?」
「(ああ、それなら……)」
説明しようと思っても、口がパクパク動くだけで言葉にならない。
まだ息が深く吸えないのだ。
そうこうしているうちに、ベンが彼女に話し掛けた。
「どうもありがとうございます。町長さんの家ならこのとおりをまっすぐ行って、
突き当りを右に曲がってください。その先にある大きなお屋敷が町長さんのお家ですよ」
「そうですか、どうもありがとうございま……」
ベンの顔を見た彼女の語尾がよどんだ。
思わずそっぽをむいて、そのまま少し間があいた。
「……? どうかしましたか?」
ベンはまったく普通に受け答えする。
年のわりにはこういったことに、全く鈍感なのだ。
「あ、いいえ! すいません。どうもありがとうございました」
そういって、彼女はそのまま行ってしまった。
「あ! 行っちゃった……。あの子、なんていう子なのかなぁ? 僕たちと同い年みたいだったけど」
「ありゃあ魔法学院の制服だぞ。なんだってこんなところに?
……ってか、それよりも大丈夫かよセイル!?」
「ゲホッ! ゲホッ! わりぃ、心配かけた。もう大丈夫だ」
セイルは咳払いをしつつ、手をついて立ち上がった。
膝に受けたダメージは、すっかり回復したらしい。
「よかった、無茶するなよ」
「ああ、気をつけるよ」
「もう、セイルったらいつもこうなるんだから」
これだけ言われても、セイルは全く懲りていない様子だった。
「(くそう、次こそは!)」
きっとまた次もやるつもりだろう。ベンには先が思いやられた。
ベンはなんともいえない胸騒ぎを覚えていた。
魔法学院の子がこんな田舎にきているのだ、この前の隕石のことといい、
何かが起きているにちがいない。
数日前から続く胸騒ぎが、だんだんと現実になりつつあることを、ひしひしと感じていた。
「(べんのやつ、近頃すぐに浮かない顔するな。ルシーダとケンカでもしたのか?)」
ランバートは彼なりに気を利かせ、明るい話題を振りかけてきた。
「それよりも、ベン。あの子、かわいかったよな。お前、ルシーダとどっちが好みなんだ?」
「ええ!?」
ベンはこの手の話が大の苦手だった。
いっきにベンの顔が赤くなる。
ベンの肌はもともと白いので、恥ずかしがるとすぐにバレてしまうのだった。
「なあなあ、どっちなんだよ」
ランバートはベンを肘でつついて遊びはじめた。
別に嫌いなわけではないが、ベンをこうやって女の子のことでいたぶるのは、
楽しくてしょうがなかった。
「やめてってばー!」
顔を真っ赤に赤らめたベンは、ランバートの尋問にひたすら耐え忍ぶしかなかった。
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