PC:スーシャ、ロンシュタット
NPC:バルデラス、少年
場所:セーラムの街
地面を湿らせる程度だった量の湿気は、生暖かい気流を生み、まるでそれが生きているように石室の中を流動し始めた。
壁や天井から漏れてくる水滴もその量を増し、ロンシュタットの靴底から這い上がり、くるぶしまで浸かった。
巨大な生き物の腹にでも放り込まれたようだ。
いつの間にか入って来た天井からの光も遮られ、外界への出口はすっかり塞がれてしまったようである。
質量を伴う霧はぬらぬらと爬虫類のようにロンシュタットの首筋や頬を撫でていく。
前へ進もうとして、ロンシュタットの歩みは止まった。
くるぶしまで浸かっているのは確かに水なのに、まるで泥の中にでも足を突っ込んだようにまとわり着き、重く枷を嵌める。
無理矢理足を持ち上げてみると、溶けた飴のように粘度の高い、太くて長い糸を引いた。
しばらく足を持ち上げて観察していたが、急にどしんと地面を踵で蹴り付ける。
「おいおい」
バルデラスが声を上げる。
「何怒ってんだよ。この悪魔の体がそんなに気に入らないのか?」
ちらり、とだけ眼を向け、ロンシュタットは何も言わずに体勢を整える。
足場を確認する為に何度か靴底を地面に擦り付ける。
ロンシュタットはいつもの無表情からも分かるように、何の感情も抱いていない。
彼が足を地面に勢いよく落としたのは、決して腹が立っているからではない。
いきなり、引っ張られたからである。
ただ動きを封じるだけしかできないようなこの水は、やはり悪魔の身体だった。
絡み付いた水は、伸び切ったゴムが元に戻ろうとするのと同様、力強く、瞬時にロンシュタットを足を引っ張ったのだ。
それに足を持っていかれたとはいえ、転倒することも無く踏み止まれたのは、脅威の反射神経、バランス感覚としか言いようが無い。
もしそのままうつ伏せに倒れでもしていれば、悪魔は彼の身体をがっしりと掴み、二度と起き上がることは無かったろう。
ロンシュタットがバルデラスに合図を送る。
──暴れろ。
そんな意味だ。
待ってました、とばかりにバルデラスは張り切り始める。
今まで喋ることでしかストレスを発散できなかったこの大悪魔は、圧倒的な支配力を振るう持ち主から、ようやくその力を使う事を許されたのだ。
石室に、空気が弾ける音と、瞬く間もないような光がする。
バルデラスの刀身から、茨の、あるいは薔薇の蔦が生えでもしたように、紫色をした光の糸が瞬時にその形を変えて放たれ始める。
死神の電撃。
その二つ名で呼ばれ、同じ悪魔にさえ畏怖の念を抱かせるバルデラスの本性。
それが壁面に、水面に、天井に、時には触れるように、時には弾くように、意思あるかのごとく伸びては消え、また新たな稲妻が迸る。
その光の糸が束ねられ、次第に太く、激しく石室内を跳ね回る。
光の濁流が石室を満たし、轟音が聴覚を奪っても留まる事は無く、いや、それどころか益々その勢いを増し、強固に建造された室内を破壊し始める。
四方八方に怒りでもぶちまけるような電撃が、視線を上へ向ける。
稲妻の一本が光の槍となって瞬時に天井を突き崩す。
その勢いは凄まじく、蓋をされた天井を破壊したまま伸び続け、神殿造りとなっている柱を、外部の天蓋さえ突き破り、薄雲まで届いた。
大して時間も経たず、ロンシュタットは剣を腰に吊るして地下から出て来た。
周囲は散々たる状況だった。
無残に砕かれた柱はすでに原型を留めておらず、天の怒りでも受けたかのように粉々になっている。
被害はその周囲に広く及び、草には所々こげついたような跡が、空中には土埃が舞っている。
スーシャの元へと引き返そうとするロンシュタット。
もちろん、この場にあった悪魔の身体を放置することもない。
水であったそれは、電撃を受けて蒸発してしまい、敵であるロンシュタットを追い込んだはずの石室から逆に逃げ場を失い、瞬殺されてしまっていた。
これで、悪魔の居場所の手掛かりは無くなったか?
いや、ロンシュタットの街へと向かう足取りに迷いはない。
彼には、はっきりと、今も姿を現そうとしている悪魔本体が見えているのか。
そしてそれは、この街での決着が着くことを意味してもいた。
街へと引き返すのも、いつも通りの足取りである。
特に急ぐでもなく、焦ったりしないところがロンシュタットらしい。
放電を終えたバルデラスは腰に吊られており、また暴れる隙を窺うようにむずむずしている。
共同墓地から街の中心部へ引き返す大きな通りで、そのロンシュタットの後姿をびっくりしながら見送る影がひとつあった。
詰め所から出て行った、あの団長の子供である。
彼は自分の憤りを消化できないまま、町外れをとぼとぼと歩いていたのだが、その時に、大きな爆発音を聞いて、その音のした方へやってきたのだ。
町外れで塞ぎ込んだまま、しばらくひとりでいたのだが、妙な静けさが気になり、ふらふらと町へ戻って来たのだ。
そしてその静けさは、錯覚でないことがすぐに分かった。
見知った顔が、誰もいないのだ。
まさか、自分に対する父親からのあてつけか?
あてつけかどうかは分からなかったが、彼は父親がその権力を使って、自分に誰も会わないようにしたのではないかと少し思った。
だが、叱られた時の心境がそうであるように、ありえない事を悪いほうへ考える今のこの少年は、その場で見かけたロンシュタットに意味を見出すことができず、戸惑い、立ち止まってしまった。
こんな誰もいない街で、この人は迷うでもなく、何をしようとしているんだろう?
確か、詰め所にいた人だ、と思い出すと、彼はこっそり後をつけることにした。
NPC:バルデラス、少年
場所:セーラムの街
地面を湿らせる程度だった量の湿気は、生暖かい気流を生み、まるでそれが生きているように石室の中を流動し始めた。
壁や天井から漏れてくる水滴もその量を増し、ロンシュタットの靴底から這い上がり、くるぶしまで浸かった。
巨大な生き物の腹にでも放り込まれたようだ。
いつの間にか入って来た天井からの光も遮られ、外界への出口はすっかり塞がれてしまったようである。
質量を伴う霧はぬらぬらと爬虫類のようにロンシュタットの首筋や頬を撫でていく。
前へ進もうとして、ロンシュタットの歩みは止まった。
くるぶしまで浸かっているのは確かに水なのに、まるで泥の中にでも足を突っ込んだようにまとわり着き、重く枷を嵌める。
無理矢理足を持ち上げてみると、溶けた飴のように粘度の高い、太くて長い糸を引いた。
しばらく足を持ち上げて観察していたが、急にどしんと地面を踵で蹴り付ける。
「おいおい」
バルデラスが声を上げる。
「何怒ってんだよ。この悪魔の体がそんなに気に入らないのか?」
ちらり、とだけ眼を向け、ロンシュタットは何も言わずに体勢を整える。
足場を確認する為に何度か靴底を地面に擦り付ける。
ロンシュタットはいつもの無表情からも分かるように、何の感情も抱いていない。
彼が足を地面に勢いよく落としたのは、決して腹が立っているからではない。
いきなり、引っ張られたからである。
ただ動きを封じるだけしかできないようなこの水は、やはり悪魔の身体だった。
絡み付いた水は、伸び切ったゴムが元に戻ろうとするのと同様、力強く、瞬時にロンシュタットを足を引っ張ったのだ。
それに足を持っていかれたとはいえ、転倒することも無く踏み止まれたのは、脅威の反射神経、バランス感覚としか言いようが無い。
もしそのままうつ伏せに倒れでもしていれば、悪魔は彼の身体をがっしりと掴み、二度と起き上がることは無かったろう。
ロンシュタットがバルデラスに合図を送る。
──暴れろ。
そんな意味だ。
待ってました、とばかりにバルデラスは張り切り始める。
今まで喋ることでしかストレスを発散できなかったこの大悪魔は、圧倒的な支配力を振るう持ち主から、ようやくその力を使う事を許されたのだ。
石室に、空気が弾ける音と、瞬く間もないような光がする。
バルデラスの刀身から、茨の、あるいは薔薇の蔦が生えでもしたように、紫色をした光の糸が瞬時にその形を変えて放たれ始める。
死神の電撃。
その二つ名で呼ばれ、同じ悪魔にさえ畏怖の念を抱かせるバルデラスの本性。
それが壁面に、水面に、天井に、時には触れるように、時には弾くように、意思あるかのごとく伸びては消え、また新たな稲妻が迸る。
その光の糸が束ねられ、次第に太く、激しく石室内を跳ね回る。
光の濁流が石室を満たし、轟音が聴覚を奪っても留まる事は無く、いや、それどころか益々その勢いを増し、強固に建造された室内を破壊し始める。
四方八方に怒りでもぶちまけるような電撃が、視線を上へ向ける。
稲妻の一本が光の槍となって瞬時に天井を突き崩す。
その勢いは凄まじく、蓋をされた天井を破壊したまま伸び続け、神殿造りとなっている柱を、外部の天蓋さえ突き破り、薄雲まで届いた。
大して時間も経たず、ロンシュタットは剣を腰に吊るして地下から出て来た。
周囲は散々たる状況だった。
無残に砕かれた柱はすでに原型を留めておらず、天の怒りでも受けたかのように粉々になっている。
被害はその周囲に広く及び、草には所々こげついたような跡が、空中には土埃が舞っている。
スーシャの元へと引き返そうとするロンシュタット。
もちろん、この場にあった悪魔の身体を放置することもない。
水であったそれは、電撃を受けて蒸発してしまい、敵であるロンシュタットを追い込んだはずの石室から逆に逃げ場を失い、瞬殺されてしまっていた。
これで、悪魔の居場所の手掛かりは無くなったか?
いや、ロンシュタットの街へと向かう足取りに迷いはない。
彼には、はっきりと、今も姿を現そうとしている悪魔本体が見えているのか。
そしてそれは、この街での決着が着くことを意味してもいた。
街へと引き返すのも、いつも通りの足取りである。
特に急ぐでもなく、焦ったりしないところがロンシュタットらしい。
放電を終えたバルデラスは腰に吊られており、また暴れる隙を窺うようにむずむずしている。
共同墓地から街の中心部へ引き返す大きな通りで、そのロンシュタットの後姿をびっくりしながら見送る影がひとつあった。
詰め所から出て行った、あの団長の子供である。
彼は自分の憤りを消化できないまま、町外れをとぼとぼと歩いていたのだが、その時に、大きな爆発音を聞いて、その音のした方へやってきたのだ。
町外れで塞ぎ込んだまま、しばらくひとりでいたのだが、妙な静けさが気になり、ふらふらと町へ戻って来たのだ。
そしてその静けさは、錯覚でないことがすぐに分かった。
見知った顔が、誰もいないのだ。
まさか、自分に対する父親からのあてつけか?
あてつけかどうかは分からなかったが、彼は父親がその権力を使って、自分に誰も会わないようにしたのではないかと少し思った。
だが、叱られた時の心境がそうであるように、ありえない事を悪いほうへ考える今のこの少年は、その場で見かけたロンシュタットに意味を見出すことができず、戸惑い、立ち止まってしまった。
こんな誰もいない街で、この人は迷うでもなく、何をしようとしているんだろう?
確か、詰め所にいた人だ、と思い出すと、彼はこっそり後をつけることにした。
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