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2024/05/18 02:11 |
ナナフシ  1:eine negative Entwicklung/アルト(小林悠輝)
キャスト:アルト
場所:正エディウス国内
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 どうしてこんなところに来たのかわからない。
 もちろん、連れにひきずられて来たのだが、その連れは、今いない。人が多いくせに
あまり広くなく、しかもあまり綺麗でない路地を歩いているうちにはぐれてしまった。

 錆付いて軋んだような色合いの店が並び、その前に薄汚い露店がいくつも出されてい
る。普通の市場なのかそれとも闇市なのか判断に困る品物が、あまり気を使っていると
は思えない様子で並びたてられているのは圧巻だったが、今はそんなものに目を留めて
いる場合ではない。

 アルトは人ごみの中を歩きながら、連れの、どこにいても目立つ金髪の頭を探した。
様々な人種――人間から一般的に“亜人”という不名誉な呼称をされる異種族も含めて、
様々な容姿や文化を持つ者の姿を見ることができる。

 ただ、浅褐色の肌を持つ小柄な森妖精[エルフ]は、自分以外にはいないようだ。人
間の作った社会をうろうろし始めてもう十年近くが経とうとしているが、一度として同
族に出会ったことなどなかった。引きこもりにも程がある。

 そんなことを考えながら、ふと目に付いた露店の前で足を止める。
 どうせ、このまま探していても相方を見つけることはできないだろう。夕方になれば
宿で待ち構えていて、「遅い」とか「どこで迷子になってたんだ」とか言ってくるに違
いない。

 今戻っても、やっぱり理不尽に文句を言われることは予想できた。いつものことだ。
慣れているから別に構わないといえば構わないが、慣れてしまって本当にいいのだろう
かという疑問も脳裏を掠める。

「まったく、勝手なんだから……」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「え?」

 声をかけられてアルトは我に返った。一瞬だけ途切れていた、周囲の音が蘇る。
 喧騒、人ごみ。二つに別れたエディウスの、“正等”を名乗る方の国。もう一つのエ
ディウスとの紛争が絶えず、どこか疲れたような雰囲気が国全体に沈殿している。
 首都から数日の距離にあるこの町も例外ではなく、市場には、憔悴の内側に篭った活
気が、むせ返りそうなほど満ちている。

「ぼうっとしてたね」

「少し考え事を」

 やわらかな笑みで応える。
 話しかけてきたのは当然のことながら、露店の男だった。彼は人好きのする笑顔を浮
かべて、商品らしい小物を手でもてあそんでいる。どうやら手鏡のようだ。傾けられた
一瞬、アルトは、映りこんだ自分の姿から目を逸らす。

 肩まである艶消しの黒髪、浅褐色の肌、深い紫の大きな瞳。華奢でか弱げな、幼い印
象の少女。薄汚れた革の外套がちっとも似合ってない。「少女趣味でない服は似合わな
いよ」と、からかい口調で言ってきた友人を思い出して嘆息。

 気が重くなったのは、その言葉がまったくの間違いではないと認める程度には既に諦
めてしまっているせいであり、また、よくそんな戯言をほざいていた友人が目の前で斬
り殺されたときのことを思い出したせいでもあった。あれは何年前だったか。

「気をつけなよ、この辺は物騒だから。一人旅かい?」

「連れが……どこへ行ったのか」

「はぐれた?」

「はぐれたのは彼です」

「彼氏?」

「そうではなくて、三人称の“彼”」

「二人旅?」

「ええ」

「やっぱり彼氏じゃないか」

 まったく違う。そういった方面の趣味はない。
 アルトはどうせ否定しても無駄だと思って、表情だけをわずかに曇らせた。男はその
意味に気づいたらしく苦笑する。「機嫌なおしなよ、安くするからさ」という言葉につ
られて小物に手を伸ばす。連れが女々しいとなじるのも仕方がないかも知れない。

「こんな可愛い彼女を放って、そいつは何をしてるんだろうね」

「さぁ?」




 ――はぐれる理由が。
 ないわけではなかった。





 朝、連れは酷く呆然とした表情をしていた。
 死人のように青褪めて、空中を見ながら呟いたのだ。

「……思い出した」

「え?」

「思い出したんだよ。あいつのことだ。なんで今まで、忘れてたんだ……」

 それが誰のことを示すのかアルトは知っていた。だって、彼と会ったときに約束した
のだから。蜃気楼の町に囚われてしまった、彼の仲間を助け出すと。果たせないまま、
彼は誰かの魔法にかかってその仲間のことを忘れてしまった。

 初めて会ったときの彼は、仲間を失ったことに打ちひしがれて、絶望と虚無の狭間に
立ち尽くしていた。それが今は傲慢に、楽しそうに自分のことを引きずり回していて、
そんな彼を見るのが少なくとも嫌ではなかったものだから――だからアルトは何も言わ
なかったし、そんなことはそ知らぬふりをして、彼の傍に居続けたのだ。

「あいつはまだハーミットにいるはずなんだ」

「落ち着いてください。ハーミットはもうないでしょう?」

「あいつは……俺のことなんか待っちゃいないだろうけど、どんな問題が起こったって、
一人でどうとでもできるんだろうけど、行かないと」

 その青い目は強い光を宿していた。その種類をアルトは読み取れなかった。自分には
ないものだ。あまりにも異質過ぎて理解どころか推測すらもできない。そういったもの
は、徐々に増えていく。昔はわかったものがわからなくなっていく。
 首筋を痺れさせる悪寒を、かつて契約した闇の精霊がチキチキという僅かな音と共に
貪り尽くした。
 その結果でしかない冷静さで、アルトは穏やかに微笑んだのに。

「……ユーリィ、その人は……」

「お前は、知ってたのに教えてくれなかったんだな」

 ふいに視線を合わせてきた連れは、平坦な声で遮った。
 ごめんなさい、と吐き出す以外に何ができたというのだ?

 それからずっと連れは上の空だった。





「――――お嬢ちゃん、だから、ぼうっとするなって。
 この辺は物騒なんだって言ったばかりだろ?」

「大丈夫ですよ」

 気のない返事をしながら、外套の下で、剣の柄を探る。が、剣帯を壊してしまったせ
いで宿に置いてきたことをすぐに思い出した。後で買って帰ろう。「それでは」と言っ
て身を翻そうとすると、手首を掴まれた。露店の向こうから腕を伸ばしてきている男に
視線を遣る。愛想笑いは絶やさない。

「本当に?」

「……大丈夫なんですよ」

 わずかに声のトーンを下げて繰り返す。
 ただのナンパか、人さらいか。その判断は一瞬ではつけられない。とりあえず、それ
こそ悪漢に絡まれた乙女よろしく声でも上げてみようかと周囲を見渡す――

 と。

 それどころではなくなった。
 遠くから悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「軍だ!」

 並んでいた露店の主人たちが血相をかえて品物を隠そうとする。
 一般人に見えない人々さえ、騒ぎと逆方向へ逃れようとする。アルトの腕を掴んでい
た男も例外ではなく、さっと顔色が青ざめ、屋台から抜け出して逃れようとじたばたし
始める。

 解放されたアルトは、手首をさすりながら、周囲の状況をぼんやりと眺めた。
 押しのけられたので道の隅へ。

 これだけ緊張状態の国ならば軍くらいうろついているだろう。そんな覚悟もなしに闇
市まがいの商売をしていたわけではあるまいに、この騒ぎはどうしたことだ。まるで、
そういった事情お構いなしに、軍そのものが毛嫌いされて――あるいは恐怖されている
ようだ。

「あんたも来いよ」

 屋台から這い出した男が言ってきた。

「何故?」

 騒ぎは近くなってくると共に奇妙に沈静化していく。

「ここも人間の国なのですから、軍隊くらいいるでしょう?
 何をそんなに騒いでいるのです? 関わらなければ――」

「馬鹿か! この国の軍を他と一緒にするな」

「では?」

 また手首を掴まれそうになる。今度は逃れたが。
 気がつけば人は影に隠れるか逃れるかしてしまったようだった。逃げ遅れた人々が、
あたふたと別の路地へ消えていく。男はなおもアルトを捕まえようと手を伸ばしてきた。

「奴らは悪魔の手先だ。変態ばかりの気狂いどもだ!」

 裏返りかけたその声は通りに反響した。
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2007/02/11 23:30 | Comments(0) | TrackBack() | ○ナナフシ

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