PC:香織
NPC:坂城 士狼(さかき しろう)
場所:草原
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
どこまでも広がる草原。
草のじゅうたんの上を、柔らかい風が過ぎていく。
あちらの世界ではあまり経験したことのない、優しい風だ。
乾いた土の匂い。
みずみずしい草の匂い。
機械などに頼らず自然に生まれてきた風は、いろいろな匂いを含んでいた。
草原の中をまっすぐに突き抜ける道を歩いていた香織は、足を止め、気持ちよさそう
に目を細めた。
肩の下まで伸びた黒い髪が、草の匂いのする風に舞う。
――やがて風は過ぎ去り、辺りに再び静寂が戻る。
「さてと。行きますか」
香織は呟き、右手に持っていた小型のトランクを左手に持ち替え、また歩き出した。
元いた世界から、いきなりこちらの世界にやってきて、およそ半年になる。
同じ世界からこちらに迷い込んだ少年、冬留は、彼女の傍らにはいない。
彼は、少し前に元の世界へと帰ることができたのだ。
偶然にも、元の世界に戻る方法が見つかったのである。
しかし、喜びも束の間。
元の世界に帰れるのは、どちらか一人だけという説明がなされた。
当然……と言うべきか、2人はもめた。
自分が帰りたいから、と争いになったわけではない。
『自分はいいから、あなたが帰りなさい』という、譲り合いの押し付け合いになった
のである。
結局、最後は香織が押し切って、冬留を元の世界に帰すことになったわけだが。
香織はその後、一人での放浪生活を始めた。
元の世界に帰る方法を探すため、という一応の目的はあるものの、実際には『アテの
ない旅』といったほうが近い。
いまだ、別の方法の手がかりすらつかんでいないのだ。
半年の間に、荷物を入れていたハンドバッグは小型のトランクに変わり、香織には、
水たまりを見つけるたびにそっと踏んでみる、という妙な癖ができていた。
この世界に来たきっかけが、マンション前の水たまりに落ちたというものだったから
である。
もしかしたら、水たまりから元の世界に帰れるのではないか?
そう思うと、どうしても試さずにいられなかった。
毎度、期待外れで肩を落とす羽目になるというのに。
道は、いつしか上り坂になっていた。
ここまで長い距離を歩いてきたためか、坂を上がるうちにふくらはぎの辺りがギシギ
シ痛みはじめた。
ついでに言うと、足の裏も痛い。
「うう……がんばれ……」
自分を励ましつつ道をひたすら進み、頂上である小高い丘に到着した頃には、肺の底
が引きつりそうになっていた。
「と、とうちゃ……く」
香織は思わず、その場にへたりこみ、ぜえぜえと荒い息を繰り返した。
こちらの世界に来て半年が経つというのに、体力はついていないようである。
「きゅ……休憩……しよ」
トランクを置き、その上によたよたと腰掛ける。
体中が、とにかく熱い。
スーツのジャケットを脱ぎ、香織はうつむいてぎゅっと目を閉じた。
(さっきの風……もう1回こないかな……)
などと思ってみたりもするが、そうそう都合良く風は来ない。
せめてもうちょっと曇っててくれたなら、と、香織は今日の晴天を恨めしくさえ思っ
た。
……ざしっ。
ぐったりした香織の耳が、土を踏む音を拾った。
どうやら、誰かがやってくるらしい。
しかし、今の香織はそんなことにはかまっていられない。
せめて通行の邪魔にならないよう、伸ばしていた足を縮こめた。
――香織は気付かなかった。
その足音は、今自分が歩いてきた方向から向かってくるということに。
視界に、影が落ちた。
どうやら、目の前に誰かがいるらしい。
さっきの足音の主だろうか、と香織はぼんやり思った。
「こんちは」
ややあって、関西風のなまりのある男の声がした。
(こっちの世界にも、関西語を話す人っているのかしら)
香織は最初、そんな風にしか思わなかった。
全く聞き覚えのない声だが、わざわざ立ち止まって挨拶されたのだから、一応は返し
ておかねばなるまい。
「あー……はい、こんにちは……」
ぐったりしながら、香織は片手を上げてみたりした。
「えーと。あんた、西本香織さんやな?」
その言葉が、ぐったりしていた香織の感覚を呼び覚ました。
ざわざわと、波が引くかのように、全身の感覚が過敏になっていくのがわかった。
この男、どうして、自分の名前を知っているのだ。
しかもフルネームで。
記憶にある限り、この世界において自分のフルネームを知っている人間なんて、片手
で数えられるくらいしかいないはずだ。
(この人、一体!?)
警戒しながら顔を上げると、ノンフレームのメガネをかけた、スーツ姿の若い男がい
た。
ネクタイはしておらず、シャツのボタンをだいぶ開けている。
こちらの世界では目立つだろうが、香織にとってはまあ珍しくもない格好である。
だが、ただ1つ、香織に違和感を与える部分があった。
この男は、布に包まれた巨大な平べったいものに、さらにベルトを巻きつけたもの
を、ショルダーバッグの要領で担いでいるのだ。
スーツ姿でそんなもの持ち歩いている人間なんて、滅多に見かけない。
「あの……?」
尋ねかけて、香織はあることに気付いた。
男の着ているものが、一体何を示しているか、ということに。
ここはあちらの世界とは違う。
香織にとっては普通そのものに見えるが、こちらではこんな格好をした人間の方が珍
しいのだ。
自分だって、このスーツのせいでさんざん好奇の目で見られたではないか。
ということは、この男も……?
男は、物言いたげな表情の香織に、人懐こい印象を与える笑顔を見せた。
「初めまして。ご家族の依頼であんたのこと探しとりました。坂城 士狼(さかき
しろう)や、よろしゅう」
NPC:坂城 士狼(さかき しろう)
場所:草原
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どこまでも広がる草原。
草のじゅうたんの上を、柔らかい風が過ぎていく。
あちらの世界ではあまり経験したことのない、優しい風だ。
乾いた土の匂い。
みずみずしい草の匂い。
機械などに頼らず自然に生まれてきた風は、いろいろな匂いを含んでいた。
草原の中をまっすぐに突き抜ける道を歩いていた香織は、足を止め、気持ちよさそう
に目を細めた。
肩の下まで伸びた黒い髪が、草の匂いのする風に舞う。
――やがて風は過ぎ去り、辺りに再び静寂が戻る。
「さてと。行きますか」
香織は呟き、右手に持っていた小型のトランクを左手に持ち替え、また歩き出した。
元いた世界から、いきなりこちらの世界にやってきて、およそ半年になる。
同じ世界からこちらに迷い込んだ少年、冬留は、彼女の傍らにはいない。
彼は、少し前に元の世界へと帰ることができたのだ。
偶然にも、元の世界に戻る方法が見つかったのである。
しかし、喜びも束の間。
元の世界に帰れるのは、どちらか一人だけという説明がなされた。
当然……と言うべきか、2人はもめた。
自分が帰りたいから、と争いになったわけではない。
『自分はいいから、あなたが帰りなさい』という、譲り合いの押し付け合いになった
のである。
結局、最後は香織が押し切って、冬留を元の世界に帰すことになったわけだが。
香織はその後、一人での放浪生活を始めた。
元の世界に帰る方法を探すため、という一応の目的はあるものの、実際には『アテの
ない旅』といったほうが近い。
いまだ、別の方法の手がかりすらつかんでいないのだ。
半年の間に、荷物を入れていたハンドバッグは小型のトランクに変わり、香織には、
水たまりを見つけるたびにそっと踏んでみる、という妙な癖ができていた。
この世界に来たきっかけが、マンション前の水たまりに落ちたというものだったから
である。
もしかしたら、水たまりから元の世界に帰れるのではないか?
そう思うと、どうしても試さずにいられなかった。
毎度、期待外れで肩を落とす羽目になるというのに。
道は、いつしか上り坂になっていた。
ここまで長い距離を歩いてきたためか、坂を上がるうちにふくらはぎの辺りがギシギ
シ痛みはじめた。
ついでに言うと、足の裏も痛い。
「うう……がんばれ……」
自分を励ましつつ道をひたすら進み、頂上である小高い丘に到着した頃には、肺の底
が引きつりそうになっていた。
「と、とうちゃ……く」
香織は思わず、その場にへたりこみ、ぜえぜえと荒い息を繰り返した。
こちらの世界に来て半年が経つというのに、体力はついていないようである。
「きゅ……休憩……しよ」
トランクを置き、その上によたよたと腰掛ける。
体中が、とにかく熱い。
スーツのジャケットを脱ぎ、香織はうつむいてぎゅっと目を閉じた。
(さっきの風……もう1回こないかな……)
などと思ってみたりもするが、そうそう都合良く風は来ない。
せめてもうちょっと曇っててくれたなら、と、香織は今日の晴天を恨めしくさえ思っ
た。
……ざしっ。
ぐったりした香織の耳が、土を踏む音を拾った。
どうやら、誰かがやってくるらしい。
しかし、今の香織はそんなことにはかまっていられない。
せめて通行の邪魔にならないよう、伸ばしていた足を縮こめた。
――香織は気付かなかった。
その足音は、今自分が歩いてきた方向から向かってくるということに。
視界に、影が落ちた。
どうやら、目の前に誰かがいるらしい。
さっきの足音の主だろうか、と香織はぼんやり思った。
「こんちは」
ややあって、関西風のなまりのある男の声がした。
(こっちの世界にも、関西語を話す人っているのかしら)
香織は最初、そんな風にしか思わなかった。
全く聞き覚えのない声だが、わざわざ立ち止まって挨拶されたのだから、一応は返し
ておかねばなるまい。
「あー……はい、こんにちは……」
ぐったりしながら、香織は片手を上げてみたりした。
「えーと。あんた、西本香織さんやな?」
その言葉が、ぐったりしていた香織の感覚を呼び覚ました。
ざわざわと、波が引くかのように、全身の感覚が過敏になっていくのがわかった。
この男、どうして、自分の名前を知っているのだ。
しかもフルネームで。
記憶にある限り、この世界において自分のフルネームを知っている人間なんて、片手
で数えられるくらいしかいないはずだ。
(この人、一体!?)
警戒しながら顔を上げると、ノンフレームのメガネをかけた、スーツ姿の若い男がい
た。
ネクタイはしておらず、シャツのボタンをだいぶ開けている。
こちらの世界では目立つだろうが、香織にとってはまあ珍しくもない格好である。
だが、ただ1つ、香織に違和感を与える部分があった。
この男は、布に包まれた巨大な平べったいものに、さらにベルトを巻きつけたもの
を、ショルダーバッグの要領で担いでいるのだ。
スーツ姿でそんなもの持ち歩いている人間なんて、滅多に見かけない。
「あの……?」
尋ねかけて、香織はあることに気付いた。
男の着ているものが、一体何を示しているか、ということに。
ここはあちらの世界とは違う。
香織にとっては普通そのものに見えるが、こちらではこんな格好をした人間の方が珍
しいのだ。
自分だって、このスーツのせいでさんざん好奇の目で見られたではないか。
ということは、この男も……?
男は、物言いたげな表情の香織に、人懐こい印象を与える笑顔を見せた。
「初めまして。ご家族の依頼であんたのこと探しとりました。坂城 士狼(さかき
しろう)や、よろしゅう」
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