PC:香織/冬留
場所:クーロンのとある宿屋
NPC:死なずのカーネル
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――誰かが、呼んでいる。
ベッドの中でまどろみながら、香織はなんとなくそう感じた。
「んん……」
重いまぶたを、ゆるゆると持ち上げる。
最初は、夢かな、と思った。
それから、きっと何かの物音を人の声と勘違いしているんだ、と結論付けた。
眠たさのせいで、複雑な思考には耐えられないのである。
(……気のせい、気のせい……)
香織は、それ以上何も考えず、ごろりと寝返りを打った。
しかし、呼びかける気配は、なかなか香織を解放しようとしない。
声がするわけでもない。
体を揺さぶられているわけでもない。
それなのに、『呼ばれている』と脳が感知するのである。
これが、本当にただの夢などであり得るだろうか?
香織は、閉じたまぶたをもう一度開いた。
むっくり起き上がり、思いきり伸びをすると、ベッドから降りる。
起きた香織は、シャツ1枚を身につけた姿だった。
まさかスーツを着たまま寝るわけにもいかず、そういう状態になってしまった
のである。
……本人としては、絶対人に見られたくない格好である。
いそいそとスカートを身につけ、香織は部屋を出た。
自分に呼びかけるモノの正体……あるいは原因を探るべく。
しかしその足は、本人も意識しないうちに、冬留が眠っているはずの部屋へと
向かっていた。
「……あれ……?」
香織は、無意識のうちに辿りついた部屋のドアを凝視する。
(ここって、冬留君の部屋、でしょ?)
どうしてここに来てしまったのか、さっぱりわからない。
しかし、なんとなくここから『呼ぶ気配』がするのだ。
……冬留も何か、感知しているかもしれない。
(聞くだけ聞いてみようかな……)
――コンコン。
ドアを軽くノックしてみるが、中からの応答はない。
おそらく冬留は眠っているのだろう。
(……疲れてるのかな、私)
やっぱり気のせいだ。そうだ、全部疲れてるせいなんだ。そうに決まってる。
香織は無理矢理納得して部屋に戻ろうとしたのだが……ふと、扉の下の隙間
から、ひんやりした夜風が吹いてくることに気付いて眉をひそめた。
(まさか、窓開けて寝てるの?)
今夜は結構冷え込んでいる。
こんな時に夜風に当たっていたら、風邪を引いてしまうのではないだろうか。
窓を閉めておいてあげようかな、と香織は思った。
俗に言う、おせっかい、というやつだが……。
「し、失礼しま~す……」
そ~っとドアを開けた香織は、ノックなど必要なかったことを知った。
室内に、冬留の姿はなかったのである。
空いた窓から夜風が差し込み、薄いカーテンがふわふわと揺れている。
(冬留君に何かあったんじゃ!?)
誘拐。拉致監禁。殺人事件。
縁起でもない言葉が頭の中を駆け巡り、さながらムンクの叫び状態に陥る。
(どうしよう!?)
香織は、おろおろしているうちに、テーブルの上に置かれた1枚の紙に
気付いた。
『香織さんへ
一時でも共に旅を出来た事。
会えた事を喜ばしく思います。
けれど俺は貴方と共には行けません。
いつ貴方に被害が及ぶかわからない。
香織さんならきっと他に手を貸してくれる人が現れるでしょう。
俺は大丈夫です。
一人には慣れていますし、今のところ味方であろう悪魔達もいます。
会えた事は本当に嬉しかった。
でもさようならです。
お互い、元の世界に帰れる事を信じましょう。
真田冬留』
「こ……これ、って」
手に取った紙を見つめる香織のこめかみを、つうっ、と汗が伝う。
(た、た、大変だわ~っ!)
誘拐だの拉致監禁だの殺人事件だのといった類ではなかったが、やはり
一大事であることに変わりはない。
放っておくなんてことはできない。
しかし、旅立とうとする若者を無理矢理引きとめてしまっても良いのだろうか。
そもそもそんな権利が自分にあるんだろうか。
でも、15歳の、しかも異世界出身でこの世界のことなどほとんどわからない
少年がどうやって生きて行けるというのか。
だいたい『1人には慣れてる』ってそれは慣れてもいいことなんだろうか。
どんどん香織の思考は混乱する。
(ええいっ。『探さないで下さい』って、どこにも書いてないんだから、探しに
行ったっていいのよっ)
自分自身に言い聞かせ、香織は部屋を飛び出した。
「グッナイ、お嬢さん」
そこへ投げかけられる、聞き覚えのある男の声。
香織は、素早く振り返った。
「あなた……!」
振り返った先には、黒髪に金色の瞳の青年。
死なずのカーネル、といっただろうか。
黒い喪服が、暗がりに溶けこんでいた。
「静かにした方がいい。他のお客さんの迷惑になるからな」
唇に人差し指を当て、彼は、しいっ、と小さく呟いた。
「一体なんなの? 私、これから……」
「冬留を探さなきゃいけない、だろう?」
「どうして……っ!」
驚いて目を丸くした香織は、大声を上げそうになって慌てて口を押さえた。
そして一つ、深呼吸をする。
どうして、なんて知ってどうする。
今自分が知りたいのは、冬留の行方である。
「冬留君がどこに行ったか、心当りはない?」
やや緊張した面持ちで、香織は尋ねた。
「ああ、あるぜ」
「本当!?」
ああよかった、と顔をほころばせかけた香織に、何を思ってか、彼は一歩、
歩み寄る。
香織はビクッと身を強張らせ、反射的に後ずさった。
――2人の距離は、変わらない。
彼は、クク、と喉の奥で低く笑った。
「怖いか」
「あ、当たり前じゃない……だって、あなた、悪魔なんでしょう?」
自分を守るかのように、香織は胸の前に手を置く。
その手は、かすかに震えていた。
「なるほど。じゃあ……七つの悪魔の宿主になった人間はどうだ?」
「……冬留君のこと?」
香織は首をかしげる。
「どうして怖がらなくちゃいけないの?」
ごろつきに出くわしても冷静に撃退できたり、七つの悪魔の宿主であるとか、
何やらややこしげな事情が色々とあるが、それでも香織にとってはごく普通の
少年なのである。
――そう、今、目の前にいるこの悪魔よりはずっと安心できる。
「それより、冬留君がどこにいるか教えて」
香織は精一杯怖い顔をしてみせる。
そうでもしなければ、圧倒されて声も出なくなりそうだった。
「宿主なら、この建物を出てすぐそこだ。ま、今のところ、まだ寝てるけどな」
その言葉を聞くやいなや、香織は廊下を小走りに駆けていた。
あまりバタバタすると、他のお客さんの迷惑になる……ということをすっかり
忘れている。
そのまま廊下の突き当りを曲がりかけて――ぴたりと足を止めた。
そして、くるり、と振り返る。
カーネルは、まだそこにいた。
香織の様子を観察するかのように。
「……教えてくれて、ありがと」
香織は硬い声音で告げると、後は振り返らずに玄関まで駆けた。
カーネルがどんな表情をしていたかなんて、興味はなかった。
宿屋を出て、香織は通りをきょろきょろと左右に見まわす。
すぐそこ、とは一体どの辺のことを指すのだろうか。
もっと詳しく聞いておくんだった、と少し後悔し始めた頃――
「……あ!」
道端にうずくまるような人影を見つけ、香織は駆け寄った。
その人影は、紛れもなく冬留だった。
「冬留君、大丈夫?」
肩に手を置いてみて、香織はぎょっとした。
だいぶ体が冷えている。
冷えた空気に、体温を奪われているらしい。
「冬留君、起きて。こんなトコで寝たら風邪引いちゃうわよ?」
ゆさゆさと揺さぶってみるが、反応はない。
――先ほどの光景が、脳裏に浮かぶ。
背中にナイフを突き刺されて、自分に向かって倒れこんできた冬留。
溢れ噴き出す真っ赤なしぶき。
同時に重みを増していった体。
香織は、その光景を振り払うかのように、ぶんぶんと頭を振った。
(だ、大丈夫よ、きっと……)
冬留の鼻先に手をかざして、呼吸を確かめてみる。
規則正しい呼吸が、手の平に感じられた。
本当に、眠っているだけのようだ。
は~……と、香織はようやく安堵の息をついた。
しかし、さっそく別の問題にぶち当たった。
「……えっと……」
(宿まで、どうやって運ぼうかなあ……)
香織は、うーん、と腕組みをした。
いくら年上とは言っても、香織は女性である。
自分よりも長身の男なんて、運べといわれても運べない。
しばらくうろうろと歩きまわり、何か良い案がないものかと考えた末、
「……宿屋の人、呼んでこよ」
(一人にして大丈夫かな……怖い人とかに絡まれたりしないかしら……?)
香織は、ちらちらと何度も心配そうに冬留を振り返りながら、宿屋へと戻った。
場所:クーロンのとある宿屋
NPC:死なずのカーネル
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――誰かが、呼んでいる。
ベッドの中でまどろみながら、香織はなんとなくそう感じた。
「んん……」
重いまぶたを、ゆるゆると持ち上げる。
最初は、夢かな、と思った。
それから、きっと何かの物音を人の声と勘違いしているんだ、と結論付けた。
眠たさのせいで、複雑な思考には耐えられないのである。
(……気のせい、気のせい……)
香織は、それ以上何も考えず、ごろりと寝返りを打った。
しかし、呼びかける気配は、なかなか香織を解放しようとしない。
声がするわけでもない。
体を揺さぶられているわけでもない。
それなのに、『呼ばれている』と脳が感知するのである。
これが、本当にただの夢などであり得るだろうか?
香織は、閉じたまぶたをもう一度開いた。
むっくり起き上がり、思いきり伸びをすると、ベッドから降りる。
起きた香織は、シャツ1枚を身につけた姿だった。
まさかスーツを着たまま寝るわけにもいかず、そういう状態になってしまった
のである。
……本人としては、絶対人に見られたくない格好である。
いそいそとスカートを身につけ、香織は部屋を出た。
自分に呼びかけるモノの正体……あるいは原因を探るべく。
しかしその足は、本人も意識しないうちに、冬留が眠っているはずの部屋へと
向かっていた。
「……あれ……?」
香織は、無意識のうちに辿りついた部屋のドアを凝視する。
(ここって、冬留君の部屋、でしょ?)
どうしてここに来てしまったのか、さっぱりわからない。
しかし、なんとなくここから『呼ぶ気配』がするのだ。
……冬留も何か、感知しているかもしれない。
(聞くだけ聞いてみようかな……)
――コンコン。
ドアを軽くノックしてみるが、中からの応答はない。
おそらく冬留は眠っているのだろう。
(……疲れてるのかな、私)
やっぱり気のせいだ。そうだ、全部疲れてるせいなんだ。そうに決まってる。
香織は無理矢理納得して部屋に戻ろうとしたのだが……ふと、扉の下の隙間
から、ひんやりした夜風が吹いてくることに気付いて眉をひそめた。
(まさか、窓開けて寝てるの?)
今夜は結構冷え込んでいる。
こんな時に夜風に当たっていたら、風邪を引いてしまうのではないだろうか。
窓を閉めておいてあげようかな、と香織は思った。
俗に言う、おせっかい、というやつだが……。
「し、失礼しま~す……」
そ~っとドアを開けた香織は、ノックなど必要なかったことを知った。
室内に、冬留の姿はなかったのである。
空いた窓から夜風が差し込み、薄いカーテンがふわふわと揺れている。
(冬留君に何かあったんじゃ!?)
誘拐。拉致監禁。殺人事件。
縁起でもない言葉が頭の中を駆け巡り、さながらムンクの叫び状態に陥る。
(どうしよう!?)
香織は、おろおろしているうちに、テーブルの上に置かれた1枚の紙に
気付いた。
『香織さんへ
一時でも共に旅を出来た事。
会えた事を喜ばしく思います。
けれど俺は貴方と共には行けません。
いつ貴方に被害が及ぶかわからない。
香織さんならきっと他に手を貸してくれる人が現れるでしょう。
俺は大丈夫です。
一人には慣れていますし、今のところ味方であろう悪魔達もいます。
会えた事は本当に嬉しかった。
でもさようならです。
お互い、元の世界に帰れる事を信じましょう。
真田冬留』
「こ……これ、って」
手に取った紙を見つめる香織のこめかみを、つうっ、と汗が伝う。
(た、た、大変だわ~っ!)
誘拐だの拉致監禁だの殺人事件だのといった類ではなかったが、やはり
一大事であることに変わりはない。
放っておくなんてことはできない。
しかし、旅立とうとする若者を無理矢理引きとめてしまっても良いのだろうか。
そもそもそんな権利が自分にあるんだろうか。
でも、15歳の、しかも異世界出身でこの世界のことなどほとんどわからない
少年がどうやって生きて行けるというのか。
だいたい『1人には慣れてる』ってそれは慣れてもいいことなんだろうか。
どんどん香織の思考は混乱する。
(ええいっ。『探さないで下さい』って、どこにも書いてないんだから、探しに
行ったっていいのよっ)
自分自身に言い聞かせ、香織は部屋を飛び出した。
「グッナイ、お嬢さん」
そこへ投げかけられる、聞き覚えのある男の声。
香織は、素早く振り返った。
「あなた……!」
振り返った先には、黒髪に金色の瞳の青年。
死なずのカーネル、といっただろうか。
黒い喪服が、暗がりに溶けこんでいた。
「静かにした方がいい。他のお客さんの迷惑になるからな」
唇に人差し指を当て、彼は、しいっ、と小さく呟いた。
「一体なんなの? 私、これから……」
「冬留を探さなきゃいけない、だろう?」
「どうして……っ!」
驚いて目を丸くした香織は、大声を上げそうになって慌てて口を押さえた。
そして一つ、深呼吸をする。
どうして、なんて知ってどうする。
今自分が知りたいのは、冬留の行方である。
「冬留君がどこに行ったか、心当りはない?」
やや緊張した面持ちで、香織は尋ねた。
「ああ、あるぜ」
「本当!?」
ああよかった、と顔をほころばせかけた香織に、何を思ってか、彼は一歩、
歩み寄る。
香織はビクッと身を強張らせ、反射的に後ずさった。
――2人の距離は、変わらない。
彼は、クク、と喉の奥で低く笑った。
「怖いか」
「あ、当たり前じゃない……だって、あなた、悪魔なんでしょう?」
自分を守るかのように、香織は胸の前に手を置く。
その手は、かすかに震えていた。
「なるほど。じゃあ……七つの悪魔の宿主になった人間はどうだ?」
「……冬留君のこと?」
香織は首をかしげる。
「どうして怖がらなくちゃいけないの?」
ごろつきに出くわしても冷静に撃退できたり、七つの悪魔の宿主であるとか、
何やらややこしげな事情が色々とあるが、それでも香織にとってはごく普通の
少年なのである。
――そう、今、目の前にいるこの悪魔よりはずっと安心できる。
「それより、冬留君がどこにいるか教えて」
香織は精一杯怖い顔をしてみせる。
そうでもしなければ、圧倒されて声も出なくなりそうだった。
「宿主なら、この建物を出てすぐそこだ。ま、今のところ、まだ寝てるけどな」
その言葉を聞くやいなや、香織は廊下を小走りに駆けていた。
あまりバタバタすると、他のお客さんの迷惑になる……ということをすっかり
忘れている。
そのまま廊下の突き当りを曲がりかけて――ぴたりと足を止めた。
そして、くるり、と振り返る。
カーネルは、まだそこにいた。
香織の様子を観察するかのように。
「……教えてくれて、ありがと」
香織は硬い声音で告げると、後は振り返らずに玄関まで駆けた。
カーネルがどんな表情をしていたかなんて、興味はなかった。
宿屋を出て、香織は通りをきょろきょろと左右に見まわす。
すぐそこ、とは一体どの辺のことを指すのだろうか。
もっと詳しく聞いておくんだった、と少し後悔し始めた頃――
「……あ!」
道端にうずくまるような人影を見つけ、香織は駆け寄った。
その人影は、紛れもなく冬留だった。
「冬留君、大丈夫?」
肩に手を置いてみて、香織はぎょっとした。
だいぶ体が冷えている。
冷えた空気に、体温を奪われているらしい。
「冬留君、起きて。こんなトコで寝たら風邪引いちゃうわよ?」
ゆさゆさと揺さぶってみるが、反応はない。
――先ほどの光景が、脳裏に浮かぶ。
背中にナイフを突き刺されて、自分に向かって倒れこんできた冬留。
溢れ噴き出す真っ赤なしぶき。
同時に重みを増していった体。
香織は、その光景を振り払うかのように、ぶんぶんと頭を振った。
(だ、大丈夫よ、きっと……)
冬留の鼻先に手をかざして、呼吸を確かめてみる。
規則正しい呼吸が、手の平に感じられた。
本当に、眠っているだけのようだ。
は~……と、香織はようやく安堵の息をついた。
しかし、さっそく別の問題にぶち当たった。
「……えっと……」
(宿まで、どうやって運ぼうかなあ……)
香織は、うーん、と腕組みをした。
いくら年上とは言っても、香織は女性である。
自分よりも長身の男なんて、運べといわれても運べない。
しばらくうろうろと歩きまわり、何か良い案がないものかと考えた末、
「……宿屋の人、呼んでこよ」
(一人にして大丈夫かな……怖い人とかに絡まれたりしないかしら……?)
香織は、ちらちらと何度も心配そうに冬留を振り返りながら、宿屋へと戻った。
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