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2024/05/17 02:28 |
銀の針と翳の意図 1/ライ(小林悠輝)

登場人物:ライ(小林悠輝)・セラフィナ(マリムラ)
場所:ソフィニア内 ―公園

 ライはベンチに腰掛けたまま――というよりはベンチにだらしなくひっかかったまま、
うんざりとため息を吐[つ]いて、革手袋の右手を額にやった。

 隣の男はそんなこちらの様子になどまるで気付いていないらしく、べらべらとどうで
もいいことを並べ立てている。曰く、もう借金なんかこわくない。暴力妻に怯える必要
だってない。娘に邪険にあしらわれることだってないし、更にはこの前生まれた息子に、
顔を見る度泣かれることだってない。

「……おじさんさぁ」

 相手の話すテンポを読んで、間隙に滑り込ませるようにしてライははっきりと発音す
ると、できるだけ疲れたような目で隣の男を見遣った。

「仲間を見つけて嬉しいのはわかるけど、他に話し相手いないの?」

『そーか、にーちゃんもそうやって俺を迷惑扱いするのか……』

 実際に迷惑だ。男――低級霊[ゴースト]らしい、つまりは同類の(人格的には認め
たくないが、カテゴライズするなら同類だろう)中年の男は背中を丸めてぶつぶつ呟い
てからライの方をちらりと見て、

『透けてるよにーちゃん』

『あー、ありがとう』

 疲れてるんだ。気分悪いんだよ。ちょっとくらい半透明でもいいじゃないか。どうせ
誰も、そこまで気にとめて見やしないんだから――そう思いながら、ライは少し集中し
て、自分の姿を更に現実に近いところまで持っていった。
 同時に、普段から感じている薄い意識の靄が、明確な疲労感に形を変える。

(こっちはそれどころじゃないんだ……)

 ここ最近の記憶がない。今までにそういうことが全くなかったというわけではないが、
だからといってそれが不安要素ではないかというとそうでもなかった。
 このソフィニアと並んで主要都市と言われる森の町、ポポルの雑貨屋でバイトしなが
ら結構ちゃらんぽらんに日々を過ごしていたのは覚えているのだが、その後、気がつい
たらソフィニアにいた。

 寒かったはずの街は春の始まりの色に染まっている。記憶が抜けることが今までにま
ったくなかったかといえば自信はない。しかし、これだけ長期間になると……

 しかも街角で自分の名前が書いてある張り紙を見つけて、それに「市街地爆破犯」な
んて書かれていて、挙句に見たこともないような金額の賞金が懸かっているのを見たら、
不安にならない方が余程どうかしていると思う。

 だが、そんなことよりも今思うのは、音に出さないで相手に言葉を伝える方法、その
名称は知らないが、とにかくそれは控えようということだった。聞き流すのが難しいか
ら、長く聞いてるとツラい。自分がやられて嫌なことは、人にやっちゃいけません。

 たとえ横の男が人間には見えなくて声も聞こえなくて、傍から見た自分が“昼間の公
園で空を見ながら独り言を呟き続けている怪しい人”そのものだったとしても。

 その辺で遊んでいた子供がこっちを指差して何か言っていたような気もする。

『にーちゃんさぁ、顔色悪いねぇ。ちゃんと食べてるか?』

「いや……全然」

 ちゃんと声を出すと疲れるんだけど……今更、どうでもいいことかも知れない。

『不摂生は後々響くぜ? 確かに良心にゃ咎めるかも知れんけど、生きていくためには
しょーがない犠牲だからなぁ』

 良心ねぇ、とライは呟いて空を見上げた。
 別に犠牲になる誰かを可哀想だって思うわけじゃなくて、人間の命を喰らう化物にな
った自分を認めたくないだけで。くだらない執着なのかそれとも最後の一線なのか、自
分でもわかっていないから、誰も殺せない。そして“殺される痛み”を知ってしまった
から、躊躇わないことができない。それだけのこと、だ。

『死んでるってことヌキにしても真っ青だぜ?』

「“白磁のような肌”とか“透けるような白”とか、どーよ」

『また透けてるよにーちゃん』

「あー、ありがとうね。気をつけるよ」

 こんな昼間の公園で、偶然すれ違っただけのはずの知らない人の愚痴を聞いてる場合
じゃない。

 少し向こうで遊んでいる小さな子供の集団の騒ぎ声を聞きながら、ライは無言で“気
分が悪いから一人にしておいてくれ”というような意味の視線を男に送った。如何にも
力のないその目に、男は何を勘違いしたのかうんうんと頷いて、

『どーだ、一緒に食事いかんか? そんな死にそうな顔してないで』

 一緒に食事いかんか、というのを翻訳するとつまり、一緒に通り魔やらないか、とい
うことだ。そんなことを爽やかにいい人っぽく誘われても、良心云々はともかく一般的
な常識が拒絶する。白昼堂々、人を犯罪に誘ってくださるな。……いや、この男は他の
人には見えないんだったな。堂々というわけでは、ないか。

 目を伏せて首を横に振ると、男はこちらの肩に馴れ馴れしく手を置いてきた。振り払
うのもすごく面倒なのでシカト決定。男に触られて気分がますます悪くなったが。
 ボール遊びに興じる子供達の誰かがボールを取り損ねてこっちに転がしてくれれば、
とりあえずこの場は助かるんだけどなぁ。

『大丈夫だって。ここは大都市だ。獲物は選り好みするほどいる』

 人間だった頃の愚痴をだらだら溢していたくせに、もう人殺しに対する罪悪感はない
みたいだった。単純な奴。きっと近いうちに破滅する。破滅しろ、と願いさえしながら、
それでもライは、持ち合わせている社交性を掻き集めて忠告を口にした。

「大丈夫じゃないって。ここは、彼の有名な魔法都市ソフィニアだよ?
 討伐隊でも組まれたら半日以内に捕まる。おじさん現地人なら慎重に動こうよ」

 誰かそのボールをこっちに転がしてくれ。いっそ混ざって遊ぶから。遊ばせろ。全力
で付き合う。ワケわかんない幽霊の相手させられてるよりはずっと建設的だ。
 念を篭めて半分睨みつける勢いで子供を眺めながら応えると、男は更に勘違いを重ね
たらしかった。

『子供が好み?』

「…………」

 もう応えてやる義理もないので放置。
 ぽぉん、とボールが高く跳ねて、女の子が「あっ!」と声を上げた。痛そうな音を立
てて転んだ彼女が勢いよく泣き始めるのを聞きながら、ライはとりあえず、さっきから
願っていたとおり足元に転がってきたボールを拾った。

「……だいじょう――」

「大丈夫?」

 かけた声が遮られ、黒髪の若い女が女の子に駆け寄る。
 手際よく傷口の汚れをふき取って手当てをする女を見て、隣の男が口笛を吹いたのが
不愉快だった。

『いい女だなぁ、にーちゃん』

 ゲスが、と思って、それから、お前なんかにはもったいない、と思った。今すぐに、
この男をこの世から消し去ってしまいたい。できないことはない。できないわけがない。
 ああ、でも、今は気分が悪いから面倒なんだよ。目の前から自主的に消えてくれ。

 白骨の右手と生身の左手で手袋越しにボールを持ったままライは瞑目した。
 目を開くと女の子は泣きながら笑ってて女の人は綺麗に微笑んでて、男は消えていた。
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2006/07/13 00:05 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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