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登場人物:クレイ・ディアス
場所:王都イスカーナ
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(やっぱり、やめときゃよかった……)
開始の合図がかかった瞬間には、すぐに後悔していた。
彼――クレイ・ディアスの前には、剣を正眼に構えた女騎士、それも少女と言ってもいいほどの若い騎士が立っている。
イリス・ファーミア、つい先日、将軍位を拝命したばかりの公爵令嬢である。
地方の反乱を鎮圧し、大勝にて凱旋を果たしたイリスはかねてから積み重ね続けた武功とあわせて、いよいよ将軍の位に就くことが決まった。
しかし前例のない女性の将軍就任ということもあって、御前試合でその武量を確認しようということになったのだ。
もちろんそこで皆を認めさせられなければ、就任を延期するということになる。
これは悪あがきにしか過ぎないのだが、一説には、娘の思い上がりを正す為に、現宰相を勤める父、スウェル・ファーミア公爵の意向が働いたとも言われている。
なんにしても、イリスの台頭を快く思わないものや、実力でなく、公爵家の権力や懇意にしているというリアナ王女の手回しで昇進していったと信じるものたちにとっては、実にいいチャンスであった。
(……だからって俺かよ……)
意義ありをだした各騎士団から、代表のものが出て直にその実力を見ることになったのだが……。
(言い出したのがイリス本人といえば、相対する方が躍起になったのもわかるだろうか)
その中の一人にクレイが選ばれ、ほとんど無理やりにここにでるはめになったのだ。
目の前ですでに三人もやられているので、はなから腰が引けていることはいなめないが、そうなかったとしても、イリスから放たれる闘気を正面から受ければ、クレイにどうこうできる相手でないのがよくわかる。
そして……クレイの自己分析どうり、試合はあっけなくイリスの勝ちで終わったのだった。
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「情けないぞ! それでも我が隊随一の剣士かぁ!」
結局イリスは十人と戦い、その全てにけちのつけようのない勝利を得た。
クレイはその負け組みの一人になったわけだ。
傷一つ負わずに試合を終えたので(それがまた屈辱的だったりする)、そのまま騎士達の詰め所で説教を受けているわけだった。
「隊長~。そうはいっても、あれは基本的に違う種類ですよ。俺ら程度での強さなんてあまり関係ないですよ~」
第一そんなに騎士の面子とやらが大切なら、自分でいきゃいいのに。
そうは思ってみても、やはり女に負けたのは自分でも十分情けない。
(やっぱり剣の道で上を目指すのは無理があるなぁ)
くどくどと続く隊長の愚痴やら説教やらを聞き流しながら気が重くなるのを感じる。
亡き父より伯爵家を継いだものの何の功績もないままなら、いずれ剥奪の憂き目にあうのは間違いない。
領地があれば、その統治によって認めてもらえるのだが、クレイのように爵位を継いだだけのものは騎士団にはいっているか、仕官して行政官にでもならない限り、いずれ剥奪されてしまう。
ここらが領地もちと比較されて、準爵といわれるゆえんである。
そのため、クレイも父がなくなったときから騎士団に勤めに出ているのだった。
騎士団の中では原則として爵位の類は関係なく、あくまで団の編成位がものを言う。
つまり例え公爵その人であっても、一騎士であれば騎士団のなかでは上司には逆らえない。
もっとも力ある貴族のものなら、その規則も関係なくしているが、クレイのような準爵は今のとおり、位では平民出の隊長に説教をくらっててもだまって聞くしかないのである。
(内政官にすりゃよかったかな~。でも勉強するのも嫌だし……)
亡き父には申し訳ないけど、正直自信なくすなぁ……、そうつぶやきながら隊長の愚痴が納まるのを待った。
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