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2024/05/17 08:22 |
銀の針と翳の意図 6/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア内 ―公園
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ごめんなさい、ちょっと」

 セラフィナがそわそわと腰を浮かす。
 騒ぎを聞きつけて通りを駆け抜ける人を、目が自然に追っている。

「私、やっぱり気になって」

 ライはあんまり関わりたくなかった。イヤな予感に近づくというのは自分からの警
告を無視することでもあるから。

「なんだか胸騒ぎがするんです」

 ……それを警告と言うんだよ、お嬢さん。
 そう言えば良かったのだろうか。
 ここで分かれるチャンスだったのに、彼女を一人で行かせるのは予感に関わること
よりも気が進まなかった。

「……一人じゃ、危ないよ」

 溜め息を一つ吐いて立ち上がるライ。
 アイツの仕業だとしたら、結構ムカついてることだし。面倒だけど、これ以上面倒
起こされるともっと困るし。

  にこっ

 どう受け取ったのか、セラフィナは笑顔を向けた。
 ライは小さく苦笑した。




 駆け出したセラフィナを追うようにライが続く。
 通りの人混みに近づく頃には、騒ぎの正体が分かり始めていた。

 ……血の、匂い……

 セラフィナの顔が怒りに歪む。
 人集[ひとだか]りの真ん中にある街路樹に突き刺してある死体は、さっき助けた
少女のソレだった。
 目を背く人が多くいる中、彼女は目を逸らさずに見上げている。

 死因は何者かに心臓を抉[えぐ]られたことによる失血死。
 でも、街路樹に刺したのは死んでからだわ。何のために?……酷すぎる!

 ライの方も、さっきの男を見つけていた。
 騒ぎの渦中にいるかと思いきや、通りの端からこちらを見ている。

 おかしい、さっき傷が塞がった奴を見たとき、あの子はまだ生きてた。
 公園の向こうの芝生で、まだ遊んでいたはずだ。あいつは少なくとも二人以上に手
をかけたということか?

「ライさん、私、犯人を許せない……っ!」

 厳しい形相[ぎょうそう]で下唇[したくちびる]を薄く噛むセラフィナ。
 その時、通りの向こうで別の悲鳴が上がる。

   きゃー!

 さっきまでいたあの男がいない。とっさにライが走り出す。が、セラフィナが一瞬
早く走り出していた。

 ……ユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイユルセナイ……

 セラフィナの目が鈍く光る。完全に、キレてしまっているようだ。
 通りを何度か曲がり、人気のない所へ出たとき、そこには山高帽の杖を持った老人
一人とセラフィナの目には映っていないはずの幽霊が4体、待ち伏せるように立って
いた。

「ようこそ?活きのいい獲物さん」

 老人がそう言ったとき、二人めがけて4体の幽霊が一斉に襲いかかってきたのだ。

 ライが小さく舌打ちする。セラフィナは老人を睨[にら]み付け、銀の針を4本、
胸元に構えた。
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2006/09/09 23:53 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 7/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―路地

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 気分が悪い気分が悪い気分が悪い。中途半端に熱せられた鉛でも飲み込んだみたいだ。

血の気の失せた幼い顔。空を見上げる一組の眼球。薄く開かれた小さな唇から今にも呪

詛が零れ出しそうで。



 セラフィナを追って走りながら、このわけのわからない感情をどうしたらいいのかと

考えていた。彼女がそうしようとしている通り、犯人をどうかしたら晴れるのか。それ

とも永久に忘れられないのか。



 入り込んだ路地裏で、山高帽の老人と四人の亡霊を見たときは、なんとえばいいのか、

一種の安堵を覚えすらした。とりあえずの捌け口があるということは、これほどまでに

心落ち着くことなのか。だとしたらセラフィナの気持ちもわからなくはない。



「ようこそ? 活きのいい獲物さん」



 だからその無神経な声を聞いたとき、ライは握りこんだ右手の中に、一瞬にして長剣

を具現させた。苛立ちで、半ば無意識に舌打ちする。



 隣でセラフィナが構える気配があったが、強引にその前に割り込んだ。



「落ち着くまでどいてて。危ないから」



 今の言い方は彼女を怒らせたかなぁ。憶えていたらあとで謝ろうか。

 四人の亡霊が飛び掛ってくる。こういう連中にはよくあることだがこちら以上に素人

臭くて――しかし統制だけは出来ていた。面倒な、と胸中でぼやいて、いちばん奥に控

えた老人をちらりと睨む。



 魔法使いそのものからして大嫌い。その中でも、屍霊術師なんて決して相手にしたく

ない。理由を述べる必要はないだろう。いや、セラフィナには言っておこうか? 念の

ために。



 そんなことを考える間に剣を薙いで牽制し、一気に踏み込んで一人の喉に刃を突き入

れる。人間だったら喉笛を確かに切り裂いた筈なのに耳障りな絶叫が響き渡って、ライ

は反射的に息を飲んだ。

 断末魔が聞こえたのかセラフィナの表情が僅かに強張る。



「気にしないで!」



 叫んだのは、或いは自分自身に対してだったのかも知れない。だが今はそんなことは

どうでもよかった。刺突の姿勢から剣を斜めに振り下ろす。二人目をそのまま両断する

つもりだったが、跳ね上がった細い細い腕の半ばまでを断って勢いを殺された。舌打ち

して剣を引こうとして。



 三人目――まだ若い男が低い大勢で間合いを詰めてくるのを視界の端に捉えた。その

手に握られていた小さな輝きも、当然、実体ではあり得ない。つまりこちらを傷つけら

れるシロモノ。



 剣を諦めて放し背後へ飛び退る。

 突き出された短剣は狙っていたこちらの胸元を逸れた。剣が、地面に落ちる前に消え

た。



 セラフィナが銀の針を老人に放つ。

 銀の輝きが真っ直ぐに、古臭い二重外套に吸い込まれていこうとして、そして空中で

止まって地面に落ちたように見えただろう、セラフィナには。



 山高帽の影とたくわえられた白髭で表情がわからない老人を庇わされて消えたのが公

園で会ったあの男だったのを見て、一瞬、頭が真っ白になる。



 ついさっき話していた相手が、こんなにあっさりと道具にされて殺されて――殺され

て? じゃあ、たった今、斬った二人は。



 僕に殺された? 僕が殺した?

 こいつらを殺すことは人を殺すのとどう違うんだ。違うとしたら気に留めることはな

い。同時に己の命さえ。同じだとしたら、くだらないこだわりに縋っているふりをしな

がら、僕はもう境界線を踏み越えて……



「――っ!」



 目の前で閃いた光で現実に還る。短剣の刃を強引に掴んで止めたのは我ながら暴挙だ

とは思ったが、残念ながら敵は表情を変えはしなかった。そもそも表情があったのかは

知らないが。



 無言で圧してくる。その膂力でぎしりと骨が軋んで、痛みを感じたわけではなかった

が、ライは思わず苦鳴を漏らした。



 はっとしてセラフィナが振り向いてきた。その表情は複雑で――もしも、この面倒事

にこちらを巻き込んだことを今更になって後悔してくれたのだとしたら有難い。後悔は

反省を生んで、反省は人を賢くする。



「破っ!」



 声と共に何か力が膨れ上がって、目の前の青年を吹き飛ばした。手の中に残っていた

短剣が、ぼろぼろと崩れた。

 セラフィナがやったんだとすぐに気付く。



 それから、行き止まりの路地の奥を見遣ると、老人は、さきほどから身じろぎ一つし

はしなかったのではないかと思うほど変わらぬ格好で立っていた。



「……寄せ集めでは役に立たないのかな」



 ふむ、と唸って老人は首を傾げる。それから「いや、そうでもないものもいたか」と

納得したように呟いた。それが何者のことを意味するのかセラフィナが気付いたかどう

かはわからないが――その物言いは、更に彼女を怒らせたようだった。



「あなたがやったんですか!?」



 再び、銀の針を手にして、セラフィナは声を上げた。



「あの子をっ、あんな酷い……!」



 老人は応えない。その態度はライから見ても、じゅうぶん神経を逆撫でするものだ。

さっき飲んだ鉛の毒か、意識の芯が痛みにも似た不快感を訴える。どうすればいい。



 下手に手を出したらどうなるかわからない。目の前で四人を操ってみせたこと、それ

だけでも十分な威圧になっている。

“その気になればお前なんかどうにでもできるんだ”と言われているのと同じ。首筋に

当てられた刃が見えないだけ、言葉の脅しよりもタチが悪いかも知れないが。



 それでも構えることくらいはしておこうと剣を再び具現させ、自分の姿を実体に近づ

けていく――手元を見下ろして、手袋が破れて指が露出していることに気がついた。さ

っきナイフを受け止めたときだろうが。

 この手袋は後で直しておこう。



 実体を持ってまず感じるのは空気の温度だ。

 次に、お馴染みの眩暈。最早ふらつきもしない。



「私は貴方を許せません」



「……許しなど乞わない。必要もないな」



「人の心がないんですかっ!?」



 セラフィナは表情を険しくして、脅すように針を持った手を動かした。それはすぐに

でも投擲できる構え。

 その激しい怒りに感化されたのか、また脳裏にあの少女の姿がちらついた。悪趣味な

絵画のように、青空に映える磔の死体。胸にぽっかりと空いた穴の奥はただ真黒で真赤

で。



「心臓は?」



 ふと思いついてライが問うと、相手は初めて笑みらしき表情を浮かべた。



「まだ足りない」



「そういうことを聞いてるんじゃなくて……」



 何に使うつもりなんだ。今の返事で、趣味の悪い収集家らしいということはわかった

けれど。

 相手の笑みが深くなったのを見てそれ以上問うのをやめた。意図的に隠しているなら

聞き出せない。半分は時間稼ぎくらいのつもりで――警邏の笛がどこか遠くから聞こえ

たのだ――、次の問いを声にする。



「“獲物”は誰だ」



「――それは」



 深い笑みが転じる。判断のつけにくい顔で、しかしそれは明らかに苦笑だった。



「愚問だな。若者は考えることなしに答えを得ようとするものか……

 暖かく脈打つ心臓を持つのはこの場に一人だけだろう? しかし、今失った手勢の替

わりもいれば便利そうだ。両方、にしておこうか」



 ヤだなぁその答え方。

 僕せっかく上手く人間のフリしてるのに、セラフィナさんにバレちゃうじゃないか。



 頭上でカラスが鳴いた。

 それを見上げて老人が何かを呟き、残念そうな口調で言う。



「……今日は少々騒がしくなりすぎた。これ以上は賢くないらしい。

 また今度と言いたいところだが……生憎と、獲物は誰でもいいから、もう会わないな」



 その声の最後を掻き消すくらいばさばさと羽音がして数え切れない漆黒の影が老人に

群がった。



「待ちなさい!」



 セラフィナが針を放った。

 そして無数のカラスが飛び立つ――黒い羽が舞い落ちる路地の先に、人の姿はもうな

かった。



 チィン、と澄んだ音がして、針が行き止まりの壁に刺さって落ちる。



 羽ばたきの音が空へ消えていき、それから気付く。

“暖かく脈打つ心臓を持つのはこの場に一人だけだろう?”。それはつまり、あの老人

も、少なくとも真っ当な人間ではなさそうだということだった。

2006/09/10 00:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 8/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―路地

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 大量のカラスが飛び去った時には、既に謎の男は影も形もなくなっていた。

 悔しさに下唇をきりりと噛み締める。



 殆ど、身動きが取れなかった。

 私にはライさんに見えているモノが見えていない。



 一瞬、額の封魔布に手が伸びるが、制御する自信のない力を解放するのに躊躇す

る。

 そんなことをしたら、きっとライもタダでは済まないだろう。

 ゆっくりと手を下ろすセラフィナ。唇にはうっすらと血が滲んでいた……。



「こっちだ!」
 
「あの角を右へ曲がれ!」

「急げ!」



 遠くから、結構な人数の声が聞こえたかと思うと、それは次第に近づいてくる。

 おそらくソフィニアの治安維持部隊だろう、いくつか同時に事件が起こったため

に、到着が遅れたのだ。



 ライに怪我がないか視線を動かすと、焦げ茶色の革手袋に目が止まった。

 暗い革の色にに映えるようにハッキリと見えたソレは。



(……骨?)



 疑問を口にする前に、背後に駆け込んできた人の気配を感じ、振り向く。



「動くな!」



 先に到着した一人に銃(恐らく魔法銃だろうと思われる)を向けられ、両手を上げ

た。

 彼は?ライは後ろでどうしているだろう?

 セラフィナは巻き込んでしまった彼が困っているだろうなと思った。



「確保したか?!」

「はい!2名確保です、隊長!」



 続けざまに現れる隊員たちの中に、セラフィナは知った顔があるのに驚いた。



「……ヘルマンさん……」



 驚いたのは向こうも同じらしい。こんなところで再会するとは思ってもみなかった

から。

 この街へ来る少し前、街道で盗賊に襲われた商人を助けようとして怪我をしたとい

う壮年の男性を治療したのだが、その時の男性が目の前の男・ヘルマンだったのだ。



「おい!」

「はい隊長!」

「オレの恩人だ、解放しろ」

「し、しかし、我々が到着した時にはこの二人しか」

「……命令だ」

「……りょ、了解しました……」



 手柄を取ったと思ったのに、と少し拍子抜けの部下を押しのけて、ヘルマンはセラ

フィナに笑顔を向けた。



「奇遇ですな、お嬢さん」

「ええ、本当に」



 ヘルマンの指示で、部下たちがあたりの奇妙な痕跡を調べはじめる。ヘルマンが怖

いのか、廻りには人の近寄らない微妙なスペースが空いていた。



「とにかく助かりました。私たちも逃げられてしまったばかりだったので」



 セラフィナが苦く笑う。

 舐めた唇は、ほんのり鉄の味がした。



「一応事情をお聞きしなくてはならんのですが、彼は?」



 セラフィナの背中合わせに立っていたライに視線を移すヘルマン。

 ライが一瞬カラダを強張[こわば]らせたような気がして、間に割り込むように視

線を遮った。



「彼は私が巻き込む形になってしまって……私を助けてくれたんです、ね?セシルく

ん」



 どういう理由があるか分からないが、知られたくない事情があるのなら巻き込んだ

以上、彼のプライバシーは私が守る必要があるだろう。



 確信のない判断だったが、あえて否定しないライの態度を肯定として受け取るセラ

フィナ。

 その後ヘルマンの相手をしている間、ライは殆ど口をきかなかった。







「あの、勝手にごめんなさい」



 ようやくヘルマンに解放された二人は、危険だからと安全な宿屋まで護衛が付くこ

とになってしまった。

 ヘルマンに忠実な部下は二人の数歩後ろを生真面目に付いてきている。

 並んで歩くライに、セラフィナは後ろに聞こえないほどの小さな声で話しかけた。



「名前、勝手に偽名にしてしまって」

「……セシルって誰?」

「あ、ライさんに似た人を知ってるって、彼なんです」



 懐かしそうにセラフィナが微笑む。

 あれからまだ1年も立っていないというのに、随分昔の話だったような気がするか

ら不思議だ。

 そして今、セシルに似た青年ライと肩を並べて歩いている。

 セラフィナは不思議な巡り合わせだな、とライの横顔を見つめた。



「そういえば、手」



 ふと思い出してライに手を伸ばす。触れそうになったところで、ライはすっと手を

引いた。



「ん?何?」

「さっき破れていたみたいだったから」



 避けられたかな?と顔が綻[ほころ]ぶ。

 寂しいとか悲しいとかじゃなく、何となく可笑しかった。



「ああ、気にしないで、ほら」



 ひらひらと振って見せてくれた革手袋に破けた後などまるでなく、セラフィナが首

を傾げると。



「気のせいだよ」



 ライが曖昧に笑った。

2006/09/12 01:25 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 9/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あなたに似た人を知っている――そんなことを言われたかどうかはよく憶えていなか
ったが、とりあえず、最初に彼女が話し掛けてきた理由には納得できた。あいつ、こん
な綺麗な人と知り合いだったのか。

 弟とはもう何年も会っていないし、どちらかといえばもう会いたくない。
 だって今の自分のことが知れたらどんな罵詈雑言を浴びせられるかわからないし、昔
から、あいつは僕が嫌いだった。ライははっきりと自覚している。

 きっと、いなくなってせいせいしたくらいに思ってるだろうから、行方不明のままで
いてあげるのが、兄として、最高の優しさだ。

 そう思ったら笑い出したい衝動が沸き起こったが、それは抑えきれないほど強いもの
ではなかった。

 ――それにさぁ、もう何年かしたら、あいつは僕より年上になるんだよ。
 悔しいじゃん。だから会いたくない。

 セラフィナとセシルが今でも連絡をとれるのかどうかは知らないが、彼女の話し方か
らすると、少し知り合っただけという程度らしかった。
 とはいえ、それでも自分のことがあいつの耳に入ることはないと断じることはできな
いから、他人の空似を演じていよう。

 路地を曲がると、元々いたのとは別らしいの通りに出た。方角を正確に覚えていたわ
けではないから、さっきの場所とは雰囲気が違うなと思っただけだが。

 尤も、それは緊迫した雰囲気のせいかも知れない。少し注意して周囲を見渡している
と、目ざとく気付いたらしく、後ろからついてくる警士が声をかけてきた。

「同様の事件があちこちで同時に起きましてね。
 しばらくは、付近での……せめて、夜間外出を制限したいのですが」

 白昼堂々と起こった事件に対して夜中だけ身構えていても無駄だ、と思ったが口には
出さなかった。夜には起こらないと決まったわけではない。

 終わっていないのは明らかだった。あの老人が言っていた。心臓はまだ足りない。
 そのことを言うべきか悩み、まだ日の落ちきっていない往来で話すには似つかわしく
ない内容だと判断して、やめておいた。

 代わりにというわけでもあるまいが――セラフィナが口を開いた。ゆるやかな風に黒
髪が乱れないように軽く手を添えるようにして振り向きながら、

「自警団では?」

「……よくわかりましたね」

 驚く警士を見て、セラフィナはくすくすと笑った。

「だって、正規の治安維持隊でしたら、“恩人だから解放しろ”なんて通じませんから」

 そのお陰で助かったのだから、セラフィナには感謝しても足りない。
 あの人数で捕縛に挑まれていたら逃げ切る自信はなかった。
 後ろの警士が持っている魔法銃にどれだけの威力があるかは知らないが……今の自分
ならば無事では済まないだろう。銃口が複数となれば、危険という言葉すら生易しい。

「……外出禁止令をかける権限があればいいのですけど……
 たぶんあちらでも大騒ぎになっているでしょうから、大丈夫だとは思いますが」

 あちら、というのは、その正規の組織の方だろう。
 ソフィニアのそれの呼び方は知らない。長いけど“治安維持隊”で通すことにしてお
こうか。





 しばらく歩いた後で警士は足をとめ、「今夜はここにお泊まりください」と言った。

 とりたてて安そうでも、高級そうでも、手入れが行き届いてなさそうでも、かといっ
て行き届いてそうでもない。普通の宿である。看板に書かれた「クラウンクロウ」とい
う少し珍しい店名だけが個性といえば個性だろうか。

 警士が案内するだけあって色んな意味で無難そうな場所だ、なんて感想を持ってみた。

「……宿泊まで指定?」

 恐る恐る問い掛けてみる。

 無理なんだ。他の死人の皆々様(一部除く)の例に漏れず、僕はお金持ってないんだ。
 本当なら使う必要なんてあるわけがないし、物を持ち歩くのはすごく疲れるから。

「ヘルマンさんが、夜、ここに来るそうです。
 詳しい話を聞きたいと言ってましたから。
 それが終わった頃には外出禁止令が出ているでしょうし」

 つまり夜になるまでここにいればいい、ということか。
 最後の言葉が希望的観測を語っていることは聞き逃さなかった。治安維持隊が即座に
効果的な動きをするほど有能であれば、魔導銃まで備えた自警団が存在するはずもない。

 今夜は、外出禁止令が出ることはないだろう。明日も怪しい。
 警戒令くらいで済ませそうな気もする。
 出ていたとしても、周囲を誤魔化して抜け出す方法なんていくらでもあるが。

 いちばん手っ取り早く済ませるには、この人間の形をした、ニセの体とでもいうべき
幻を、消してしまえばいい。

「……わかりました」

 とりあえずこの場は素直に頷いておくことにした。
 警士はセラフィナとも一言二言、話を交わしてから、「それでは失礼します」と礼を
して去っていった。

 夜になったら何を話そうか――決まっている。
 自分が不利にならないこと全部だ。

 ここから先は、もう関わるべきではない。自警団だろうが治安維持隊だろうが、それ
なりの装備と実力を持った、市街での物騒な事件を解決するためにいる組織に任せるの
がいちばん正しい。

 そして自分は潔癖であることをさりげなく納得させて、後腐れなく、この忌々しい魔
法都市から立ち去ることができれば完璧だ。

2006/09/19 12:35 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図
銀の針と翳の意図 10/セラフィナ(マリムラ)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア――宿屋『クラウンクロウ』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 夜までにはまだ時間があった。それまで外出するというワケにもいかず、また、食

事を取る気分でもなかったセラフィナは、警士を見送るライを見上げた。



「ん?なにかな」



 巻き込む形になってしまって申し訳なく思うのだけど、この人が悪人じゃないのは

分かる。こちらに「魔法使い?」と聞いてきたわりには服の破れなどがいつの間にか

無くなっているようだし、むしろ彼の方が魔法使いのようだった。

 彼のことは良く知らないのだ。その事実を改めて考える。

 あまり素性を知られたくはないようだし、私だって自分から進んで言いふらしたい

素性じゃないけど、でも、やっぱりもう少し知りたい。



 とりあえず、じっと見上げられるのに戸惑っている様子のライに、セラフィナは笑

いかけた。つられてライも笑顔を向ける。

 今はコレで十分。きっと、自分から言ってくれる日が来ると思うから。

 希望的観測でしかないことなど分かっていたが、それでもセラフィナはライを好意

的に見ていた。懐に抱いているとホクホクと温もるような、優しい感情だった。



「……ええと?」



 何も言わずに人の顔をまじまじと見ていたかと思うと、今度はにこっと笑いかけて

きたセラフィナの真意が分からず、ライが困ったように声をかける。



「ヘルマンさんが来るまで、すこしお話しませんか?」

「あー……、ちょっと疲れちゃったから一人になりたいんだけど」



 視線を逸らされた。イヤだったかな。胸が小さく痛む。



「じゃ、えーっと、人前ではしばらくセシルくんで通しますね」

「そうだね」

「落ち合う時間と場所は?」



 ちょっと斜め上を見上げるように視線をずらして考えるライ。顔色は、やはり優れ

ないようだ。でも、練気を使わないと約束した私に、一体何が出来るのだろう?



「部屋で二時間後に」

「わかりました。部屋は私の名前で取っておきますから」



 幸いというか偶然というか、今朝まで使っていた宿を引き払ったばかりだったの

で、セラフィナは部屋を取ることにしていた。ヘルマンが来たときに食堂で話しとい

うワケにもいかないだろうし、多分コレでイイのだろう。



「じゃ、またね」

「ふふ、逃げちゃダメですよ」



 何気なく言った一言にライがちょっと引きつったような苦笑いを浮かべる。そして

観念したように一度肩をすくませると、ひらひらとこちらに手を振ってその場を後に

した。







「……あの、今なんとおっしゃいました?」

「だからね?一人部屋が埋まっちゃって、後は二人部屋か四人部屋しか残ってないけ

どイイか聞いたの!」



 どうも個室が満室らしいのだ。さほど大きな宿でもないから仕方ないことなのだろ

うが……さて、どうしよう?



「ヘルマンさんのご紹介なんですが、どうにかなりませんか?」



 受付のおばちゃんも頭をひねる。



「ヘルマンさん?それじゃムゲには出来ないけど、コッチも商売だからねぇ」



 一人部屋と二人部屋では宿泊費も四割ほど違う。いつまで続く旅になるか分からな

いし、こんな所で無駄遣いする気もなかった。



「じゃあ、他のお客さんには内緒だからね?三割引で一部屋用意するから」

「ありがとうございます!」



 素直におばちゃんの厚意に感謝する。ヘルマンにも感謝しなくては。



「階段上って右の突き当たりね」



 部屋番号の札が付いたルームキーを差し出される。受け取った札には206号室と

書かれていた。

2006/09/19 12:37 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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