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人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア内 ―路地
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大量のカラスが飛び去った時には、既に謎の男は影も形もなくなっていた。
悔しさに下唇をきりりと噛み締める。
殆ど、身動きが取れなかった。
私にはライさんに見えているモノが見えていない。
一瞬、額の封魔布に手が伸びるが、制御する自信のない力を解放するのに躊躇す
る。
そんなことをしたら、きっとライもタダでは済まないだろう。
ゆっくりと手を下ろすセラフィナ。唇にはうっすらと血が滲んでいた……。
「こっちだ!」
「あの角を右へ曲がれ!」
「急げ!」
遠くから、結構な人数の声が聞こえたかと思うと、それは次第に近づいてくる。
おそらくソフィニアの治安維持部隊だろう、いくつか同時に事件が起こったため
に、到着が遅れたのだ。
ライに怪我がないか視線を動かすと、焦げ茶色の革手袋に目が止まった。
暗い革の色にに映えるようにハッキリと見えたソレは。
(……骨?)
疑問を口にする前に、背後に駆け込んできた人の気配を感じ、振り向く。
「動くな!」
先に到着した一人に銃(恐らく魔法銃だろうと思われる)を向けられ、両手を上げ
た。
彼は?ライは後ろでどうしているだろう?
セラフィナは巻き込んでしまった彼が困っているだろうなと思った。
「確保したか?!」
「はい!2名確保です、隊長!」
続けざまに現れる隊員たちの中に、セラフィナは知った顔があるのに驚いた。
「……ヘルマンさん……」
驚いたのは向こうも同じらしい。こんなところで再会するとは思ってもみなかった
から。
この街へ来る少し前、街道で盗賊に襲われた商人を助けようとして怪我をしたとい
う壮年の男性を治療したのだが、その時の男性が目の前の男・ヘルマンだったのだ。
「おい!」
「はい隊長!」
「オレの恩人だ、解放しろ」
「し、しかし、我々が到着した時にはこの二人しか」
「……命令だ」
「……りょ、了解しました……」
手柄を取ったと思ったのに、と少し拍子抜けの部下を押しのけて、ヘルマンはセラ
フィナに笑顔を向けた。
「奇遇ですな、お嬢さん」
「ええ、本当に」
ヘルマンの指示で、部下たちがあたりの奇妙な痕跡を調べはじめる。ヘルマンが怖
いのか、廻りには人の近寄らない微妙なスペースが空いていた。
「とにかく助かりました。私たちも逃げられてしまったばかりだったので」
セラフィナが苦く笑う。
舐めた唇は、ほんのり鉄の味がした。
「一応事情をお聞きしなくてはならんのですが、彼は?」
セラフィナの背中合わせに立っていたライに視線を移すヘルマン。
ライが一瞬カラダを強張[こわば]らせたような気がして、間に割り込むように視
線を遮った。
「彼は私が巻き込む形になってしまって……私を助けてくれたんです、ね?セシルく
ん」
どういう理由があるか分からないが、知られたくない事情があるのなら巻き込んだ
以上、彼のプライバシーは私が守る必要があるだろう。
確信のない判断だったが、あえて否定しないライの態度を肯定として受け取るセラ
フィナ。
その後ヘルマンの相手をしている間、ライは殆ど口をきかなかった。
「あの、勝手にごめんなさい」
ようやくヘルマンに解放された二人は、危険だからと安全な宿屋まで護衛が付くこ
とになってしまった。
ヘルマンに忠実な部下は二人の数歩後ろを生真面目に付いてきている。
並んで歩くライに、セラフィナは後ろに聞こえないほどの小さな声で話しかけた。
「名前、勝手に偽名にしてしまって」
「……セシルって誰?」
「あ、ライさんに似た人を知ってるって、彼なんです」
懐かしそうにセラフィナが微笑む。
あれからまだ1年も立っていないというのに、随分昔の話だったような気がするか
ら不思議だ。
そして今、セシルに似た青年ライと肩を並べて歩いている。
セラフィナは不思議な巡り合わせだな、とライの横顔を見つめた。
「そういえば、手」
ふと思い出してライに手を伸ばす。触れそうになったところで、ライはすっと手を
引いた。
「ん?何?」
「さっき破れていたみたいだったから」
避けられたかな?と顔が綻[ほころ]ぶ。
寂しいとか悲しいとかじゃなく、何となく可笑しかった。
「ああ、気にしないで、ほら」
ひらひらと振って見せてくれた革手袋に破けた後などまるでなく、セラフィナが首
を傾げると。
「気のせいだよ」
ライが曖昧に笑った。
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