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2024/11/01 08:18 |
銀の針と翳の意図 7/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―路地

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 気分が悪い気分が悪い気分が悪い。中途半端に熱せられた鉛でも飲み込んだみたいだ。

血の気の失せた幼い顔。空を見上げる一組の眼球。薄く開かれた小さな唇から今にも呪

詛が零れ出しそうで。



 セラフィナを追って走りながら、このわけのわからない感情をどうしたらいいのかと

考えていた。彼女がそうしようとしている通り、犯人をどうかしたら晴れるのか。それ

とも永久に忘れられないのか。



 入り込んだ路地裏で、山高帽の老人と四人の亡霊を見たときは、なんとえばいいのか、

一種の安堵を覚えすらした。とりあえずの捌け口があるということは、これほどまでに

心落ち着くことなのか。だとしたらセラフィナの気持ちもわからなくはない。



「ようこそ? 活きのいい獲物さん」



 だからその無神経な声を聞いたとき、ライは握りこんだ右手の中に、一瞬にして長剣

を具現させた。苛立ちで、半ば無意識に舌打ちする。



 隣でセラフィナが構える気配があったが、強引にその前に割り込んだ。



「落ち着くまでどいてて。危ないから」



 今の言い方は彼女を怒らせたかなぁ。憶えていたらあとで謝ろうか。

 四人の亡霊が飛び掛ってくる。こういう連中にはよくあることだがこちら以上に素人

臭くて――しかし統制だけは出来ていた。面倒な、と胸中でぼやいて、いちばん奥に控

えた老人をちらりと睨む。



 魔法使いそのものからして大嫌い。その中でも、屍霊術師なんて決して相手にしたく

ない。理由を述べる必要はないだろう。いや、セラフィナには言っておこうか? 念の

ために。



 そんなことを考える間に剣を薙いで牽制し、一気に踏み込んで一人の喉に刃を突き入

れる。人間だったら喉笛を確かに切り裂いた筈なのに耳障りな絶叫が響き渡って、ライ

は反射的に息を飲んだ。

 断末魔が聞こえたのかセラフィナの表情が僅かに強張る。



「気にしないで!」



 叫んだのは、或いは自分自身に対してだったのかも知れない。だが今はそんなことは

どうでもよかった。刺突の姿勢から剣を斜めに振り下ろす。二人目をそのまま両断する

つもりだったが、跳ね上がった細い細い腕の半ばまでを断って勢いを殺された。舌打ち

して剣を引こうとして。



 三人目――まだ若い男が低い大勢で間合いを詰めてくるのを視界の端に捉えた。その

手に握られていた小さな輝きも、当然、実体ではあり得ない。つまりこちらを傷つけら

れるシロモノ。



 剣を諦めて放し背後へ飛び退る。

 突き出された短剣は狙っていたこちらの胸元を逸れた。剣が、地面に落ちる前に消え

た。



 セラフィナが銀の針を老人に放つ。

 銀の輝きが真っ直ぐに、古臭い二重外套に吸い込まれていこうとして、そして空中で

止まって地面に落ちたように見えただろう、セラフィナには。



 山高帽の影とたくわえられた白髭で表情がわからない老人を庇わされて消えたのが公

園で会ったあの男だったのを見て、一瞬、頭が真っ白になる。



 ついさっき話していた相手が、こんなにあっさりと道具にされて殺されて――殺され

て? じゃあ、たった今、斬った二人は。



 僕に殺された? 僕が殺した?

 こいつらを殺すことは人を殺すのとどう違うんだ。違うとしたら気に留めることはな

い。同時に己の命さえ。同じだとしたら、くだらないこだわりに縋っているふりをしな

がら、僕はもう境界線を踏み越えて……



「――っ!」



 目の前で閃いた光で現実に還る。短剣の刃を強引に掴んで止めたのは我ながら暴挙だ

とは思ったが、残念ながら敵は表情を変えはしなかった。そもそも表情があったのかは

知らないが。



 無言で圧してくる。その膂力でぎしりと骨が軋んで、痛みを感じたわけではなかった

が、ライは思わず苦鳴を漏らした。



 はっとしてセラフィナが振り向いてきた。その表情は複雑で――もしも、この面倒事

にこちらを巻き込んだことを今更になって後悔してくれたのだとしたら有難い。後悔は

反省を生んで、反省は人を賢くする。



「破っ!」



 声と共に何か力が膨れ上がって、目の前の青年を吹き飛ばした。手の中に残っていた

短剣が、ぼろぼろと崩れた。

 セラフィナがやったんだとすぐに気付く。



 それから、行き止まりの路地の奥を見遣ると、老人は、さきほどから身じろぎ一つし

はしなかったのではないかと思うほど変わらぬ格好で立っていた。



「……寄せ集めでは役に立たないのかな」



 ふむ、と唸って老人は首を傾げる。それから「いや、そうでもないものもいたか」と

納得したように呟いた。それが何者のことを意味するのかセラフィナが気付いたかどう

かはわからないが――その物言いは、更に彼女を怒らせたようだった。



「あなたがやったんですか!?」



 再び、銀の針を手にして、セラフィナは声を上げた。



「あの子をっ、あんな酷い……!」



 老人は応えない。その態度はライから見ても、じゅうぶん神経を逆撫でするものだ。

さっき飲んだ鉛の毒か、意識の芯が痛みにも似た不快感を訴える。どうすればいい。



 下手に手を出したらどうなるかわからない。目の前で四人を操ってみせたこと、それ

だけでも十分な威圧になっている。

“その気になればお前なんかどうにでもできるんだ”と言われているのと同じ。首筋に

当てられた刃が見えないだけ、言葉の脅しよりもタチが悪いかも知れないが。



 それでも構えることくらいはしておこうと剣を再び具現させ、自分の姿を実体に近づ

けていく――手元を見下ろして、手袋が破れて指が露出していることに気がついた。さ

っきナイフを受け止めたときだろうが。

 この手袋は後で直しておこう。



 実体を持ってまず感じるのは空気の温度だ。

 次に、お馴染みの眩暈。最早ふらつきもしない。



「私は貴方を許せません」



「……許しなど乞わない。必要もないな」



「人の心がないんですかっ!?」



 セラフィナは表情を険しくして、脅すように針を持った手を動かした。それはすぐに

でも投擲できる構え。

 その激しい怒りに感化されたのか、また脳裏にあの少女の姿がちらついた。悪趣味な

絵画のように、青空に映える磔の死体。胸にぽっかりと空いた穴の奥はただ真黒で真赤

で。



「心臓は?」



 ふと思いついてライが問うと、相手は初めて笑みらしき表情を浮かべた。



「まだ足りない」



「そういうことを聞いてるんじゃなくて……」



 何に使うつもりなんだ。今の返事で、趣味の悪い収集家らしいということはわかった

けれど。

 相手の笑みが深くなったのを見てそれ以上問うのをやめた。意図的に隠しているなら

聞き出せない。半分は時間稼ぎくらいのつもりで――警邏の笛がどこか遠くから聞こえ

たのだ――、次の問いを声にする。



「“獲物”は誰だ」



「――それは」



 深い笑みが転じる。判断のつけにくい顔で、しかしそれは明らかに苦笑だった。



「愚問だな。若者は考えることなしに答えを得ようとするものか……

 暖かく脈打つ心臓を持つのはこの場に一人だけだろう? しかし、今失った手勢の替

わりもいれば便利そうだ。両方、にしておこうか」



 ヤだなぁその答え方。

 僕せっかく上手く人間のフリしてるのに、セラフィナさんにバレちゃうじゃないか。



 頭上でカラスが鳴いた。

 それを見上げて老人が何かを呟き、残念そうな口調で言う。



「……今日は少々騒がしくなりすぎた。これ以上は賢くないらしい。

 また今度と言いたいところだが……生憎と、獲物は誰でもいいから、もう会わないな」



 その声の最後を掻き消すくらいばさばさと羽音がして数え切れない漆黒の影が老人に

群がった。



「待ちなさい!」



 セラフィナが針を放った。

 そして無数のカラスが飛び立つ――黒い羽が舞い落ちる路地の先に、人の姿はもうな

かった。



 チィン、と澄んだ音がして、針が行き止まりの壁に刺さって落ちる。



 羽ばたきの音が空へ消えていき、それから気付く。

“暖かく脈打つ心臓を持つのはこの場に一人だけだろう?”。それはつまり、あの老人

も、少なくとも真っ当な人間ではなさそうだということだった。
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2006/09/10 00:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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