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2025/03/10 06:55 |
銀の針と翳の意図 9/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:ライ セラフィナ
場所:ソフィニア
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あなたに似た人を知っている――そんなことを言われたかどうかはよく憶えていなか
ったが、とりあえず、最初に彼女が話し掛けてきた理由には納得できた。あいつ、こん
な綺麗な人と知り合いだったのか。

 弟とはもう何年も会っていないし、どちらかといえばもう会いたくない。
 だって今の自分のことが知れたらどんな罵詈雑言を浴びせられるかわからないし、昔
から、あいつは僕が嫌いだった。ライははっきりと自覚している。

 きっと、いなくなってせいせいしたくらいに思ってるだろうから、行方不明のままで
いてあげるのが、兄として、最高の優しさだ。

 そう思ったら笑い出したい衝動が沸き起こったが、それは抑えきれないほど強いもの
ではなかった。

 ――それにさぁ、もう何年かしたら、あいつは僕より年上になるんだよ。
 悔しいじゃん。だから会いたくない。

 セラフィナとセシルが今でも連絡をとれるのかどうかは知らないが、彼女の話し方か
らすると、少し知り合っただけという程度らしかった。
 とはいえ、それでも自分のことがあいつの耳に入ることはないと断じることはできな
いから、他人の空似を演じていよう。

 路地を曲がると、元々いたのとは別らしいの通りに出た。方角を正確に覚えていたわ
けではないから、さっきの場所とは雰囲気が違うなと思っただけだが。

 尤も、それは緊迫した雰囲気のせいかも知れない。少し注意して周囲を見渡している
と、目ざとく気付いたらしく、後ろからついてくる警士が声をかけてきた。

「同様の事件があちこちで同時に起きましてね。
 しばらくは、付近での……せめて、夜間外出を制限したいのですが」

 白昼堂々と起こった事件に対して夜中だけ身構えていても無駄だ、と思ったが口には
出さなかった。夜には起こらないと決まったわけではない。

 終わっていないのは明らかだった。あの老人が言っていた。心臓はまだ足りない。
 そのことを言うべきか悩み、まだ日の落ちきっていない往来で話すには似つかわしく
ない内容だと判断して、やめておいた。

 代わりにというわけでもあるまいが――セラフィナが口を開いた。ゆるやかな風に黒
髪が乱れないように軽く手を添えるようにして振り向きながら、

「自警団では?」

「……よくわかりましたね」

 驚く警士を見て、セラフィナはくすくすと笑った。

「だって、正規の治安維持隊でしたら、“恩人だから解放しろ”なんて通じませんから」

 そのお陰で助かったのだから、セラフィナには感謝しても足りない。
 あの人数で捕縛に挑まれていたら逃げ切る自信はなかった。
 後ろの警士が持っている魔法銃にどれだけの威力があるかは知らないが……今の自分
ならば無事では済まないだろう。銃口が複数となれば、危険という言葉すら生易しい。

「……外出禁止令をかける権限があればいいのですけど……
 たぶんあちらでも大騒ぎになっているでしょうから、大丈夫だとは思いますが」

 あちら、というのは、その正規の組織の方だろう。
 ソフィニアのそれの呼び方は知らない。長いけど“治安維持隊”で通すことにしてお
こうか。





 しばらく歩いた後で警士は足をとめ、「今夜はここにお泊まりください」と言った。

 とりたてて安そうでも、高級そうでも、手入れが行き届いてなさそうでも、かといっ
て行き届いてそうでもない。普通の宿である。看板に書かれた「クラウンクロウ」とい
う少し珍しい店名だけが個性といえば個性だろうか。

 警士が案内するだけあって色んな意味で無難そうな場所だ、なんて感想を持ってみた。

「……宿泊まで指定?」

 恐る恐る問い掛けてみる。

 無理なんだ。他の死人の皆々様(一部除く)の例に漏れず、僕はお金持ってないんだ。
 本当なら使う必要なんてあるわけがないし、物を持ち歩くのはすごく疲れるから。

「ヘルマンさんが、夜、ここに来るそうです。
 詳しい話を聞きたいと言ってましたから。
 それが終わった頃には外出禁止令が出ているでしょうし」

 つまり夜になるまでここにいればいい、ということか。
 最後の言葉が希望的観測を語っていることは聞き逃さなかった。治安維持隊が即座に
効果的な動きをするほど有能であれば、魔導銃まで備えた自警団が存在するはずもない。

 今夜は、外出禁止令が出ることはないだろう。明日も怪しい。
 警戒令くらいで済ませそうな気もする。
 出ていたとしても、周囲を誤魔化して抜け出す方法なんていくらでもあるが。

 いちばん手っ取り早く済ませるには、この人間の形をした、ニセの体とでもいうべき
幻を、消してしまえばいい。

「……わかりました」

 とりあえずこの場は素直に頷いておくことにした。
 警士はセラフィナとも一言二言、話を交わしてから、「それでは失礼します」と礼を
して去っていった。

 夜になったら何を話そうか――決まっている。
 自分が不利にならないこと全部だ。

 ここから先は、もう関わるべきではない。自警団だろうが治安維持隊だろうが、それ
なりの装備と実力を持った、市街での物騒な事件を解決するためにいる組織に任せるの
がいちばん正しい。

 そして自分は潔癖であることをさりげなく納得させて、後腐れなく、この忌々しい魔
法都市から立ち去ることができれば完璧だ。
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2006/09/19 12:35 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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