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2024/05/16 21:45 |
銀の針と翳の意図 3/ライ(小林悠輝)

◆――――――――――――――――――――――――――――――――――

人物:ライ セラフィナ

場所:ソフィニア内 ―公園

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――綺麗な人だな、と思った。近づいてくる彼女の背中越しに、右肩の辺りを抉られ

て逃げていく中年男の姿を見送りながら、ライは微笑を返した。まったく、あいつには

もったいない。あいつなんかには……と思ってから、具体的な言葉になる前に続きを悟

って思考を止める。

 危険思考は自主規制。人間を定義する枠から外れすぎるわけにはいかない。



「……僕はライっていうんだ」



 名乗ってから、さっきの手配書の存在が頭を掠めた。

 あの金額、目をつけたのは一人や二人ではないだろう。多額すぎる賞金首は絶対に裏

があるから関わるべきではないという常識を知らない輩は多い。



 裏がある云々じゃなくて本当に覚えがないのだが、そういう事情を会ったこともない

不特定多数に伝えるのは不可能だから、自衛は考えなければならないだろう。

 どうしたものか……



 少し前と比べても明らかに弱っていると断言できる今は、見習の魔法使いにだって捕

まりかねないのだから。このまま力を失い続けていくわけにもいかないが――かといっ

て、一度でも人を喰らえば、その後も今と同じ自分を保っていられるという自信はない。



 タガが外れて完全に魔物になりきるのはもちろん嫌だし、さっきの男みたいに、何か

大切な感覚が麻痺するのも嫌だ。



「ライさんっていうんですか……」



 彼女は反芻して、何かを思い出すような顔をした。



「こんにちわ、セラフィナさん」



 手配書のことを気に止められると面倒なので、ライは先に口を開いた。

 さっきの術は“気功”だろう。話に聞いたことしかないが、確か、口を塞がれても腕

を折られても使えた筈だ。



 もしも彼女がハンターだったとして、攻撃の手段を封じるには手間取るかも知れない。

一撃喰らえばそれだけで危険ではあるし、少しでもここで目立つことがあれば致命的だ。

 手配されているとバレないように、人ではないと気取らせないように、最大限の注意

を払ってやり過ごすのが、一番穏便な方法だろう。



 もしもこの都市で騒ぎを起こして捕縛されるようなことがあれば、よくてその場で消

されるか、ギルドに引き渡されて無意味な尋問だか拷問だかをされるか、最悪の場合、

どこかの研究室に監禁されて、熱心な魔法使い皆々様のお相手をすることになる。

 どれもご免だ。



「セラフィナさんは、魔法使い?」



「え?」



 虚をつかれたように問い返された。確かにいきなりな質問だったかも知れない。

 ライは「いや、ほら……」と、友人たちの輪の中に戻ってボールを追い掛け回してい

る女の子を目で示し、



「傷跡も消えて、もう完全に治ってるから」



「あれは、あの子に元々備わっていた自然の力です。

 私は、ほんの少しお手伝いしただけなんですよ」



 育ちのよさそうな笑顔と穏やかな口調で、彼女はそう言った。

 確かに、生き物には自然治癒力というものがある。多少のケガならば手当てせずに放

っておいても元通りになるし、体力やその時の気候によっては、重症ですら治ることも

ある。休息をとれば体力が回復するのも、勿論、自然治癒の一種。



 羨ましいことだ。陸に打ち上げられた魚というのも違うが、消耗するだけの我が身を

思えば。いや、“我が身”も何も、体はもうないんだった。この姿は幻に過ぎない。

 気付かぬうちに、それさえ朽ちていく。



「ふぅん……」



 気のない相槌を打ちながらそっと右手を握ると、干からびた肉の残骸すら剥がれ落ち

た骨が軋る音が微かに聞こえた。

 現実の空気の流れを伴わない、無意味な嘆息が漏れる。



「……ライさんも、顔色がよくないみたいですね?」



 問いながら手を伸ばしてきたセラフィナには何の他意もなかったに違いないが……



(――ッ!)



 寒気がした。首の後ろに氷の針を突き立てられるような痛みを錯覚する。

 反射的に伸ばされた手を振り払い、それから自分でも驚いて、思わず彼女の顔を半ば

呆然と眺め返した。



「あ……」



 間抜けな声が漏れるが、セラフィナが表情を曇らせたのを見ると、ライは驚愕が抜け

切らないままに首を横に振った。

 なんだ、今の……僕は今、どうしたんだ? なんで急にあんな――



「違う! ……んだ。

 ごめん。大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけだから……」



「真っ青ですよ。今の自分を鏡で見てごらんなさい」



 まるで医者のような厳しい口調で言われる。

 一拍どころか一章節以上遅れて、さっきの衝動の正体がぼんやりとわかり始めた。



 怖かったんだ。

 他の感情も何も割り込めないような純粋な恐怖だ。



 意思とは完全に無関係にある、言うならば“本能的な”精神反応――神聖に満たされ

た大聖堂に足を踏み入れようとしたときと同じように、強い光を自分の根本が拒否して

いる。

 駄目だ、このままじゃ。人間は光を恐れたりしないのに。



「そうだね……自重する」



 黒髪の下でセラフィナが、念を押すような視線を向けてきている。

 額に巻かれた白い布のせいで少し影が落ちているのが、彼女の不思議な雰囲気を余計

に強めているのかも知れない、とライは思った。



 隠せなかった怯えの色を彼女は見ていただろうか。

 逆効果だとわからないわけでもなかったが、ライは早口に呟きを重ねた。



「疲れてるんだ。本当にそれだけなんだ。なんでもないんだ……」



 もう一度軽い寒気を感じたような気がして、彼女からさりげなく視線を外す。

 そして無理やり微笑んだ。

 そんなことしたら余計に不安がらせるだけなのに、とはわかっていたが、他にどう応

えればいいのかわからなかったのだ。
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2006/09/08 00:20 | Comments(0) | TrackBack() | ●銀の針と翳の意図

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