PC:礫 メイ
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「えーっとね」
机の上に広げられた地図の上に降り立ち、メイは首を傾げる。
「今、あたし達どこにいんの?」
「ここだよ」
礫が指差した部分には、小さな丸印とともに『トーポウ』という文字がある。
「へー、ここなんだ」
メイは、てくてくとその部分に歩み寄る。
「メイちゃん、どこの方角から来たとか、わかる?」
「わかんない」
ふるふる、とメイは首を横に振る。
「……え?」
「だって、わっかんないんだもん」
ぷぅ、と頬をふくらませ、メイは礫を見上げる。
「花畑にいてさ、カゴに入ってた花がじゅうたんみたいだったから、そこに寝転がっ
たら気持ちよくって、寝ちゃったの。そんで、気がついたら変なもじゃもじゃオヤジ
に掴まれてて」
「ちょっと待って。それじゃあ、なんとかなるかも知れない」
「えっ? えっ?」
礫の言葉に、メイはきょとんとした表情を返す。
「その……もじゃもじゃオヤジに聞いてみたら、その花がどこから来たものか、わか
るじゃないか。そうしたら、メイちゃんがいた花畑に行ける。そこまで行けば、どこ
から来たかわかるんじゃない?」
「おおっ! れっきーって頭良い!」
メイは手をポンと打ち、感嘆の声を上げた。
「良かったー、帰れるんだぁ。れっきー、ありがと!」
礫の手に自分の両手を置き、メイは安堵の表情を浮かべた。
「……良かったね」
「にひー。絶対恩返しするかんね」
その微笑みが、声が……どことなくぎこちないように思えた。
帰れる、という安堵感で満たされていく心の奥底に、わだかまりのようなものが残っ
ていることに、メイはまだ気付かなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
メイちゃん……。
礫に呼ばれたような気がして、メイは振り返る。
すると、そこには礫がいた。
両手いっぱいに、小さな小さな赤い実を乗せた礫が。
「うわぁ……!」
メイは、両頬を手で押さえながら目をキラキラと輝かせた。
礫の手いっぱいに乗っている赤い実は、クルの実といって、妖精……少なくともメイ
にとっては大好物の果実である。
人間にしてみれば、草の種のようなものだが。
「それ、あたしに?」
クルの実を指差しながら尋ねると、礫は爽やかに微笑んだ。
「うん、もちろんだよ」
「ホント? ホント?」
「うん、いくらでも食べていいよ。まだまだ沢山あるからね」
メイには、どういうわけか礫に後光が差して見えた。
「ありがとうっ、れっきー!」
さっそくクルの実を手に取り、メイは大口を開けてかじりついた。
しかし……なんだか妙な食感だ。
噛んでも噛んでも噛み切れないのだ。
変だなあ、と思いつつ、メイはもう一度大口を開けて――
がぶっ。
クルの実特有のみずみずしい甘さはない。
それどころか、どういうわけか親指に激痛が走った。
「いったーっ………あれ?」
気がつけば、そこは礫が取ったという宿屋の一室。
……夢、だったようである。
親指をクルの実と思いこみ、噛んでいたらしい。
その証拠に、親指にくっきりと歯型が残っている。
「…………」
大好物と間違えて自らの親指にかじりついていたなどと、これ以上の虚しさがあるだ
ろうか。
メイはどんよりとした空気をまといつつ、肩を落とした。
――ふと、視線を移せば、傍らには、横たわって静かな寝息を立てる礫がいた。
明日にそなえて寝ましょうね、ということになり、メイは礫の枕元でハンカチを掛け
布団代わりにして寝ていたのである。
どうやらメイの馬鹿な行動には気付かなかったようで、規則正しい寝息を立ててい
る。
(気付かれなくて良かった……かも)
メイは、非常に虚しい気持ちになりながら、寝なおすべくハンカチを掛けなおした。
……しかし、閉じた目をすぐに開く。
窓の方から、なんだか嗅覚を刺激する香りが漂ってくるのだ。
メイは、窓辺にひらひらと飛んで行くと、くんくん、と香りをかいでみた。
クルの実の香りだ。
窓の隙間から、クルの実の香りが漂ってきている。
頬をつねってみると、痛みがあった。
これは夢ではない。現実なのだ。
クルの実があるのだ!
そう思うと、メイの思考はクルの実のことでいっぱいになった。
「えへへへ……」
なんともたるみきった表情を浮かべ、メイは窓をわずかに押し開ける。
どうあっても食べに行くつもりである。
(朝までに帰ればいいよね)
なんとも楽天的な考えである。
口の中に溢れてくるつばを飲みこみ、外へと羽ばたいて行った。
クルの実の香りをたどると、宿の隣の空き地に着いた。
茂みにかこまれた部分に、クルの実が幾つか転がっている。
人間にしてみればどうでもいい光景だが、メイにとってはお宝が転がっているのも同
然である。
はやる気持ちを押さえつつ、すとん、と降り立つと、一つを手に取り、スカートのす
そで軽く表面を拭いた。
「いっただっきまあーすっ」
大口を開け、クルの実にかぶりつく。
今度こそ、夢ではない。
しゃりしゃりした食感と、口に広がるみずみずしい甘さ。
うっとりした表情を浮かべ、はぅ……と思わずため息をこぼす。
まさに至福の一時、とでもいうべきか。
メイは生きている幸せを感じていた。
至福の一時も良いが、ここで疑うべきである。
どうして、ここにクルの実があるのか、ということを。
がしゃぁん!と盛大な音がして、メイの体がわずかに宙に浮いた。
地面の中から、何かが勢い良く突き出してきたのである。
「………う?」
目の前に、背の高い鉄製の柵が形成されていた。
なんとなく嫌な予感がして、そのまま視線を横に滑らせると、そこにも鉄製の柵があ
る。
頭上にも、そして足元にも。
――閉じ込められた、ということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。
「きゃーっ、ちょ、ちょっと、何よこれぇ!」
クルの実を放りだし、メイは柵に手を掛ける。
どんなに力を入れても、あまりに重くてビクともしない。
「あぁ、クルの実はやはり効くんだね。あっという間に捕まった」
にゅっと、男の顔が現れた。
眼鏡をかけた、どこか陰鬱そうな雰囲気の男だ。
しかし、目だけが異様にギラギラと輝いていて、不気味だった。
メイは、反対側の柵に逃げた。
男の吐息がかかることすら、拒みたい気持ちだった。
反対側の柵に背中をぴったりつけて、男を睨む。
「誰よっ」
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。危害を加えるつもりはないよ」
「もう危害加えてるじゃないっ」
拳をぶんぶん振りまわし、メイは精一杯抗議の声を張り上げる。
男はひょいと肩をすくめた。
「たかだか檻に閉じ込めただけじゃないか。怪我はしていないだろう?」
「出して」
「さて、私の名前はキシェロだ。君の名前は?」
「出して」
「私は見世物小屋を経営しているのだがね、最近経営が右肩下がりで……」
「出・し・てっ!」
ふう、とキシェロと名乗った男はため息をつく。
「遠目に見た時は可愛らしいと思っていたのに、意外に気が強いね」
「わーるかったわね」
どーせ可愛くなんかないわよ、とメイは舌を出した。
脳裏に、『美人』と称される姉の姿がかすめ、不意に泣きたい気持ちになった。
「あまり騒がれると厄介だな」
ふしゅうっ、と檻の中に空気が注がれる。
それは強烈に甘い匂いで、メイの意識を絡めとった。
「……っ」
柵に寄りかかる形で、メイの体勢はずるずると崩れていった。
体の自由が効かないのだ。
ほどなく、メイの体はうつ伏せに倒れた。
死んでいるわけではない。
よく耳をすませば、くーくーというかすかな寝息が聞こえる。
キシェロは、捕獲に使った鳥かごほどの大きさの檻を持ち上げ、中にいるメイをじっ
と観察する。
先ほどまでぎゃいぎゃいとうるさかった妖精も、眠っていれば、それなりに愛らし
い。
鳥かごにそっと布をかけ、大切そうに抱える。
「さあ、私を救っておくれ。妖精さん」
キシェロは大股に茂みを踏み越え――暗がりの中に消えていった。
NPC:キシェロ
場所:トーポウ
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「えーっとね」
机の上に広げられた地図の上に降り立ち、メイは首を傾げる。
「今、あたし達どこにいんの?」
「ここだよ」
礫が指差した部分には、小さな丸印とともに『トーポウ』という文字がある。
「へー、ここなんだ」
メイは、てくてくとその部分に歩み寄る。
「メイちゃん、どこの方角から来たとか、わかる?」
「わかんない」
ふるふる、とメイは首を横に振る。
「……え?」
「だって、わっかんないんだもん」
ぷぅ、と頬をふくらませ、メイは礫を見上げる。
「花畑にいてさ、カゴに入ってた花がじゅうたんみたいだったから、そこに寝転がっ
たら気持ちよくって、寝ちゃったの。そんで、気がついたら変なもじゃもじゃオヤジ
に掴まれてて」
「ちょっと待って。それじゃあ、なんとかなるかも知れない」
「えっ? えっ?」
礫の言葉に、メイはきょとんとした表情を返す。
「その……もじゃもじゃオヤジに聞いてみたら、その花がどこから来たものか、わか
るじゃないか。そうしたら、メイちゃんがいた花畑に行ける。そこまで行けば、どこ
から来たかわかるんじゃない?」
「おおっ! れっきーって頭良い!」
メイは手をポンと打ち、感嘆の声を上げた。
「良かったー、帰れるんだぁ。れっきー、ありがと!」
礫の手に自分の両手を置き、メイは安堵の表情を浮かべた。
「……良かったね」
「にひー。絶対恩返しするかんね」
その微笑みが、声が……どことなくぎこちないように思えた。
帰れる、という安堵感で満たされていく心の奥底に、わだかまりのようなものが残っ
ていることに、メイはまだ気付かなかった。
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メイちゃん……。
礫に呼ばれたような気がして、メイは振り返る。
すると、そこには礫がいた。
両手いっぱいに、小さな小さな赤い実を乗せた礫が。
「うわぁ……!」
メイは、両頬を手で押さえながら目をキラキラと輝かせた。
礫の手いっぱいに乗っている赤い実は、クルの実といって、妖精……少なくともメイ
にとっては大好物の果実である。
人間にしてみれば、草の種のようなものだが。
「それ、あたしに?」
クルの実を指差しながら尋ねると、礫は爽やかに微笑んだ。
「うん、もちろんだよ」
「ホント? ホント?」
「うん、いくらでも食べていいよ。まだまだ沢山あるからね」
メイには、どういうわけか礫に後光が差して見えた。
「ありがとうっ、れっきー!」
さっそくクルの実を手に取り、メイは大口を開けてかじりついた。
しかし……なんだか妙な食感だ。
噛んでも噛んでも噛み切れないのだ。
変だなあ、と思いつつ、メイはもう一度大口を開けて――
がぶっ。
クルの実特有のみずみずしい甘さはない。
それどころか、どういうわけか親指に激痛が走った。
「いったーっ………あれ?」
気がつけば、そこは礫が取ったという宿屋の一室。
……夢、だったようである。
親指をクルの実と思いこみ、噛んでいたらしい。
その証拠に、親指にくっきりと歯型が残っている。
「…………」
大好物と間違えて自らの親指にかじりついていたなどと、これ以上の虚しさがあるだ
ろうか。
メイはどんよりとした空気をまといつつ、肩を落とした。
――ふと、視線を移せば、傍らには、横たわって静かな寝息を立てる礫がいた。
明日にそなえて寝ましょうね、ということになり、メイは礫の枕元でハンカチを掛け
布団代わりにして寝ていたのである。
どうやらメイの馬鹿な行動には気付かなかったようで、規則正しい寝息を立ててい
る。
(気付かれなくて良かった……かも)
メイは、非常に虚しい気持ちになりながら、寝なおすべくハンカチを掛けなおした。
……しかし、閉じた目をすぐに開く。
窓の方から、なんだか嗅覚を刺激する香りが漂ってくるのだ。
メイは、窓辺にひらひらと飛んで行くと、くんくん、と香りをかいでみた。
クルの実の香りだ。
窓の隙間から、クルの実の香りが漂ってきている。
頬をつねってみると、痛みがあった。
これは夢ではない。現実なのだ。
クルの実があるのだ!
そう思うと、メイの思考はクルの実のことでいっぱいになった。
「えへへへ……」
なんともたるみきった表情を浮かべ、メイは窓をわずかに押し開ける。
どうあっても食べに行くつもりである。
(朝までに帰ればいいよね)
なんとも楽天的な考えである。
口の中に溢れてくるつばを飲みこみ、外へと羽ばたいて行った。
クルの実の香りをたどると、宿の隣の空き地に着いた。
茂みにかこまれた部分に、クルの実が幾つか転がっている。
人間にしてみればどうでもいい光景だが、メイにとってはお宝が転がっているのも同
然である。
はやる気持ちを押さえつつ、すとん、と降り立つと、一つを手に取り、スカートのす
そで軽く表面を拭いた。
「いっただっきまあーすっ」
大口を開け、クルの実にかぶりつく。
今度こそ、夢ではない。
しゃりしゃりした食感と、口に広がるみずみずしい甘さ。
うっとりした表情を浮かべ、はぅ……と思わずため息をこぼす。
まさに至福の一時、とでもいうべきか。
メイは生きている幸せを感じていた。
至福の一時も良いが、ここで疑うべきである。
どうして、ここにクルの実があるのか、ということを。
がしゃぁん!と盛大な音がして、メイの体がわずかに宙に浮いた。
地面の中から、何かが勢い良く突き出してきたのである。
「………う?」
目の前に、背の高い鉄製の柵が形成されていた。
なんとなく嫌な予感がして、そのまま視線を横に滑らせると、そこにも鉄製の柵があ
る。
頭上にも、そして足元にも。
――閉じ込められた、ということを理解するのに、それほど時間はかからなかった。
「きゃーっ、ちょ、ちょっと、何よこれぇ!」
クルの実を放りだし、メイは柵に手を掛ける。
どんなに力を入れても、あまりに重くてビクともしない。
「あぁ、クルの実はやはり効くんだね。あっという間に捕まった」
にゅっと、男の顔が現れた。
眼鏡をかけた、どこか陰鬱そうな雰囲気の男だ。
しかし、目だけが異様にギラギラと輝いていて、不気味だった。
メイは、反対側の柵に逃げた。
男の吐息がかかることすら、拒みたい気持ちだった。
反対側の柵に背中をぴったりつけて、男を睨む。
「誰よっ」
「そんなに怖い顔をしないでおくれ。危害を加えるつもりはないよ」
「もう危害加えてるじゃないっ」
拳をぶんぶん振りまわし、メイは精一杯抗議の声を張り上げる。
男はひょいと肩をすくめた。
「たかだか檻に閉じ込めただけじゃないか。怪我はしていないだろう?」
「出して」
「さて、私の名前はキシェロだ。君の名前は?」
「出して」
「私は見世物小屋を経営しているのだがね、最近経営が右肩下がりで……」
「出・し・てっ!」
ふう、とキシェロと名乗った男はため息をつく。
「遠目に見た時は可愛らしいと思っていたのに、意外に気が強いね」
「わーるかったわね」
どーせ可愛くなんかないわよ、とメイは舌を出した。
脳裏に、『美人』と称される姉の姿がかすめ、不意に泣きたい気持ちになった。
「あまり騒がれると厄介だな」
ふしゅうっ、と檻の中に空気が注がれる。
それは強烈に甘い匂いで、メイの意識を絡めとった。
「……っ」
柵に寄りかかる形で、メイの体勢はずるずると崩れていった。
体の自由が効かないのだ。
ほどなく、メイの体はうつ伏せに倒れた。
死んでいるわけではない。
よく耳をすませば、くーくーというかすかな寝息が聞こえる。
キシェロは、捕獲に使った鳥かごほどの大きさの檻を持ち上げ、中にいるメイをじっ
と観察する。
先ほどまでぎゃいぎゃいとうるさかった妖精も、眠っていれば、それなりに愛らし
い。
鳥かごにそっと布をかけ、大切そうに抱える。
「さあ、私を救っておくれ。妖精さん」
キシェロは大股に茂みを踏み越え――暗がりの中に消えていった。
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