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2025/03/10 07:35 |
夢御伽 11/メイ(周防松)
PC:メイ (礫)
NPC:キシェロ
場所:ポポル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

キシェロは、イライラしていた。
椅子に腰掛け、テーブルに立てた両手の上に額を押し当て、ひたすら無言のまま目の
前の『それ』を睨む。
「一体何が気に入らないと言うんだね」
思わず吐いた言葉は、とにかく苛立っていると自分でもわかる、とげとげしい口調の
ものだった。

ドールハウスというものは、作りも良くてなかなか居心地のいい場所のようだ。
そう、それが檻に入っているものでなければ、メイは喜んで住み付いたであろう。
しかし今は、非難の気持ちさえあれど感謝の気持ちなどさらさらないのであった。
ベッドの脇でひざを抱え、ぼーっと前方の壁を見つめる。
「はぁ……」
ゆううつなため息。気のせいだろうか、なんだか頭痛までしてくる。
(……どうしたらいいんだろ)
彼女の頭を、いろいろなことがぐるぐると回る。
最初は、『ここからどうやって逃げ出すか』という問題を主に考えていた。
飛んで逃げられないのなら、歩くか走るかして逃げなくてはならないのである。
体の大きな人間よりも、明かに不利な条件での逃走劇となりそうだ。
……うまく行くだろうか。
そう考えると、頭痛がひどくなりそうな気がして、メイはもっともっと憂鬱そうなた
め息をつくのだった。
(……れっきー、今頃どうしてるんだろ)
ふと、メイは遠く離れた礫のことを思い出した。
自分のことを心配して、探してくれていたら……そう思うと、なんだかやわらかくて
暖かい気持ちになる。
(あ……あれ?)
この気持ちは何なのだろう?
メイは、不意にドギマギした。
友達や家族が優しくしてくれた時にも、やわらかくて暖かい気持ちになることはあ
る。
しかし今のこれは――そういう場合のものとは、違う気がする。
(え、じゃ、じゃあ、これ、何?)
もう少しで、その答えが出ようという時――

「一体何が気に入らないんだね」

などと、キシェロが無神経なことを言うのだからたまらない。
今まで味わっていた、やわらかくて暖かいけれど、心臓がちょっと不自然にドキドキ
する妙な幸せ感が、たちまちぺしゃんこに潰れてしまった。
一度潰れてしまったものは、どんなに頑張ってももう膨らまない。
「私はいろいろな物を用意した。これ以上何が欲しいんだ。言ってみなさい」
メイの内心になどまるで興味がないかのように、キシェロは続ける。
(何よその言い方っ!)
メイはむかっと腹を立てた。
何なのだ、その言い方は。
まるで、キシェロの方が善人で、こちらの方がわがまま放題な悪人で、キシェロがそ
のわがままに振り回されているみたいではないか。
メイは思う。
(あたしは、当たり前のことを言ってるだけでしょーがっ!!)
拉致も同然の方法でこんなところに押しこめて、その上見世物になれというのだ。
とんでもない話である。
見世物小屋の経営が上手く行っていない、というのは聞かされたが……。
(だからって、やっていいことじゃなーいっっ!)

「ぜーんぶ!!」

頭に来たメイは、単刀直入に、きっぱりと告げた。
彼女にしてみれば、きわめて正当な主張である。

しかしキシェロにしてみれば理不尽なことこの上ない話だった。
見世物小屋が大赤字で、自分の食事だって随分と切り詰めてカツカツで、もう、どこ
にも余裕が無い状態なのだ。
その状態ながら、なんとかして金を作って、人形用とはいえ家財道具を……その上家
まで用意したのである。
このドールハウスだって、いろいろと取り揃えた家具だって、檻だって、安くはな
かった。
その時は「必要なものだから」と自分を納得させることもできた。
本物の妖精を見世物小屋に置くことができれば、そう経たないうちに元が取れるだろ
うと踏んでいたからである。

やはり現実は甘くない。
捕まえた妖精は、絵本などで見る、はかなげで素直で無邪気で可愛らしくて……と
いったそれとは明かに違う。
あの少年と一緒にいた時は笑顔を見せてもいたし、無邪気そうな一面もあった。
だが、今のこれはなんだ。
ひたすら自分に従わず、何かというと反発し、笑顔を向けてくることもない。
要するに、ひたすら可愛げがない。
あれこれと世話を焼くこちらの身にもなって欲しい、というのがキシェロの本音であ
る。

妖精というのは、実はこんな生き物だったのだろうか。
キシェロは軽くめまいを覚えた。

――しかし、それでも、やらなければならない。
生活が、見世物小屋の未来がかかった一大企画なのだ。
見切り発車だろうがなんだろうが、やらなければ。

「私はこれから用意をしなくてはならないんだ」

言いつつ、檻の上部にある小さな格子を開けて、衣服を差し入れる。
メイはその隙に出られないか、とかまえたが、あいにくそんな隙はなかった。
ぶすっとした顔のまま、とりあえず、差し入れられた衣服を拾い上げる。
それは、淡い水色のドレスだった。
飾りなどは控えめだが、それがどこか上品さを印象づけるデザインのものだ。
「君はこれに着替えていなさい」
「い・や」
腕組みをし、ツンとした態度でメイが突っぱねると、キシェロはギロリと目を向い
た。
「檻ごと熱湯の中に放りこまれたいのかい?」
イライラが相当募っているらしい。言う事が昨日よりも過激である。
しかしメイは気にせず、プイッとそっぽを向き、『私は怒ってるのよ』ということを
アピールする。
「私が帰ってくるまでの間に着替えておいてくれなかったら……そうだな、煮えた油
の中にでも入れてしまおうか。あっという間に妖精の唐揚げのできあがりだ」
残酷な台詞を残し、キシェロは宿の部屋を出る。
ドアを閉めたところで、ふと、あの少年――礫のことだが――のことを思い出した。
切れ者……なのかどうかはわからないが、愚鈍ではないはずだ。
妖精がいなくなったことにはすぐ気付くだろう。
問題は、追ってくるかどうか、である。

「……まあ、心配はいらないだろう」
キシェロは呟き、廊下を歩く。
万が一のために、街道沿いに、少しばかり腕の立つ男を数名雇っているのだ。
彼らにはあの少年の特徴を伝え、その少年が来たら追い返すようにと言っておいた。
まあ、あまりガラが良くない連中だから、追い返すだけでは済まず、痛い目に遭わせ
たりどさくさに紛れて金品を巻き上げたりするかもしれないが、キシェロにはどうで
もいいことだった。
とにかく、見世物小屋の営業を邪魔する者さえいなければ、後は何がどうなっていて
も、彼は平気なのだ。
今の彼の頭を占めているのは、見世物小屋を置く場所のことだった。
人がよく集まる場所を、確保しなくては。

――全員、簡単に返り討ちにあっているとは思いもしないキシェロだった。

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2007/02/12 19:59 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 12/礫(葉月瞬)
PC:礫 (メイ)
NPC:ニャホニャホタマクロー キシェロ 雇われ冒険者
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 陽が傾きかけた頃、ポポルに辿り着いた。
 ポポルは森の中の街。世界でも稀に見る、エルフと共存する街である。文化的にもエル
フとの交流が覗えるのがポポルの街である。だからだろうか。街の通りを行き交う人々の
中に、耳の長い人々が目立つのは。自分がエルフであることを隠すためにフードを目深に
被っている者も、ここではフードを脱ぎさって堂々と歩ける。他の町では差別されている
ものが、ここでは大手を振って歩けるのだ。
 街の入り口に差し掛かったところで、轍の跡は消えていた。ここから石畳の舗装された
道に差し掛かったことを意味している。街に入ったのならば、もう轍の跡は追えまい。残
る道は、人に訪ね歩くことしかない。そう思った礫は、手当たり次第に聞いて回りだした。

「あの、ここを小屋作りの馬車が通りませんでした?」

 手で形を示唆する。馬車の風体はタマクローから聞いて知っていた。だが、知っている
と答えた者は皆無に近かった。恐らく早朝、まだ皆が寝静まっている頃に街に入ったのだ
ろう、誰も馬車が通りかかったところを目撃した者は居なかった。
 それでも根気強く足で稼ぐ礫。百人いたら、百人全てに聞き込みをしなければ収まらな
いのだろう。タマクローもそれに付き合わされていた。


   △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「もう、お腹すいたぁ! 一歩も歩けない!」

 最初に音をあげたのは、タマクローだった。
 太陽が中天を割らんとしていた頃合だ。聞き込みを開始してからだいぶ経つ。

「仕方ないな。じゃあ、休憩がてら食事にしようか」

 とはいえ、この辺は商店街から相当離れているのか、その場で周囲を見渡しても然して
目ぼしい食堂は無かった。しかし、街の入り口ということも相まってか、人通りが絶える
事は無い。商人風の男や旅人の姿が目に付くが、街の人間も数多く出入りしている。それ
でも、商業施設は片手で足りるぐらいしか無く、その多くは商人や旅人を相手にしている
宿屋だったりする。宿屋やそれに付属する酒場はあるが、食堂は無いといったところだ。
「ううーん、無いなぁ」と一つ唸ると、礫は商業地区へと足を向けた。
 商業地区には何軒か食堂があった。値段も味も三流なお店と、値段も味も超一流のお店
と、値段は安いが味は超一流のお店と。礫は暫し考え、“馬の嘶き”亭という一軒の店に
入った。値段が手ごろでおいしそうだった店だ。店内はオーソドックスな造りで、カウン
ター席とテーブルとに分かれていた。礫達はテーブルに着く。メニューを開いて、タマク
ローとあれこれ選ぶ作業は、楽しいものだ。これがタマクローとではなく、メイとだった
ら。どんなに楽しいだろうと、礫は寂し気に笑うのだった。タマクローには気付かれない
ようにごくごく小さく。
 注文した料理が運ばれてきて、テーブルに次々に並べられていく。豚足のソテーに、茸
が踊っている茸シチュー、林檎と蜂蜜のカレー、それに後から来る林檎のシブーストが加
われば完璧だ。

「いっただきま~す」

 合掌もそこそこに、タマクローがフォークとナイフを手に今にもぱくつこうとしていた
その矢先、騒動が起こった。
 椅子を蹴倒す物音でそれは起こった。

「ああ! お前ら!
 ……ここで会ったが百年目、お前らをこれ以上先には行かせねぇ!」

 一団の代表格の男が礫とタマクローに向かって叫ぶ。椅子を蹴立てる音とその言葉はほ
ぼ同時に発せられた。その言葉に首を回らすと、何処かで見たような冒険者風の男達が数
人、丸いテーブルを囲って座っていた。代表格の男が立ち上がってこちらを指差している。
 最初はその顔触れを見てもぴんと来なかった。いまいちはっきりしない。おぼろげなが
ら記憶が輪郭を現してはいるが、はっきりと認識できない。それほど存在感が薄い人物達
だった。三流という言葉がはっきりと当て嵌まるような、そんな不甲斐ない冒険者。礫が
その顔触れに思い当たる節を見出すのに、きっかり十秒はかかった。

「ああ。そうか」

 掌に拳を打ち合わせると、軽い音がした。

「トーポウで突然斬りかかって来た――」

「そうだよ。その――」

「――三流冒険者の人達ですね!」

「…………」

「ああ。すいません。何か余計なこと言っちゃいました?」

 笑顔で取り繕ってみても、取り繕えなかった。

「“三流”は余計だ!」

 一団のリーダー格の男のその言葉を皮切りに、一斉に飛び掛ってきた。礫はやれやれと
肩を竦めると、「血の気が多いんだから」と言って身構える。刀は抜かない。こんなとこ
ろで抜刀すれば、他の客や店員、テーブルや椅子などにぶつかって危ない上に迷惑な事こ
の上ない。当然、店の女将さんにこれから少し暴れる旨を伝え、了承を取ると同時に謝っ
ておいた。
 最初に接敵したのは最も血の気の多い、リーダー格の男だった。彼は大股で数歩近付く
と、近付き様に剣を抜き、右から袈裟切りに斬り付けて来た。いきなり抜刀かよと、信じ
られない面持ちで、屈みながら右に半歩分避ける礫。そしてそのままの体勢で、手を軸に
男の手首を狙って蹴り上げる。剣を持っていた手が衝撃で剣を取り落とす。と、同時に、
そのまま腹部に蹴りを見舞う。男は低く唸ると、その場に蹲った。
 退路を断とうと後ろに回りこんだ男が一人いたが、タマクローが速攻で前に回り込み、
鳩尾に一撃を喰らわせ無力化する。礫が抜刀していない理由を悟ったから、ダガーは使わ
ない。力を込めた拳を見舞わせただけだ。体が小さいので、ほとんど体当たりに近くなっ
てしまったが。
 一団の内、二人までが動いた事により店内は騒然となった。乱闘騒ぎの幕開けである。

 その乱闘騒ぎの中から、男が一人抜け出した。
 礫がそれを見逃すはずが無かった。

「女将さん! 荷物は預けておくから! 後で支払いしに戻って来ます!」

 そう、言い残すが早いか、礫も後を追った。当然、タマクローも付いてくる。
 恐らく彼の行く先にはキシェロがいるだろう。そのキシェロに捕まっているメイも。捕
らわれのメイを早く助け出さねば。
 人ごみを掻き分けながら追跡していくと、やがて人の波が引いてきた。そして、人波が
完全に無くなる頃、そこに辿り着いた。
 そこは、ちょっとした広場になっていた。街の境界に程近い場所に、それはあった。礫
達が必死になって探し回っていた、例の小屋が。そしてその小屋の中に、男は吸い込まれ
ていった。
 礫は周囲を軽く確認すると、小屋の中に躍り込んだ。

「キシェロ! メイちゃんを返して貰うよ!」


2007/02/12 20:00 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 13/メイ(周防松)
PC:礫 メイ
NPC:ニャホニャホタマクロー キシェロ 雇われ冒険者
場所:ポポル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

――何か、騒がしい。

メイは、膝に押しつけていたおでこを離した。
青白い――とまではいかないが、普段の彼女からは想像もつかぬほど、生気の抜けた
表情である。
心なしか、その横顔はやつれて見えた。
どんよりと曇った目を、宙にさまよわせる。
今すぐにでも眠ってしまえるような、異様な疲労感。
メイは、しばらく辺りの様子を探った後、異常なし、とみなしてうつむいた。

あの後。
唐揚げにされてはかなわない、と仕方なく淡い水色のドレスを身につけたメイを見
て、キシェロは満足そうに笑った。

もしかしたらあと何回か強情を張られるかもしれない、と覚悟しながら街の境界近く
の広場で見世物小屋を設置したが、それからのメイは、実におとなしかった。
口数が少なくなるというよりも、全く喋らなくなり。
指先を何やらちょこまかと動かして、その動きをじっと見つめていたり。
初めの時のあの強情な態度が嘘だったかのようだ。
キシェロにとっては、まさに理想の妖精像そのものだった。
妖精というのはやはり珍しいのだろう、以前なら考えられないほどの客が見世物小屋
を訪れた。
展示されているものを見て、熱のこもった会話を交わしながら行き交う客達を見て、
キシェロはゆるむ口元をどうにも引き締められなかった。
一体何年ぶりだろう、自分の見世物小屋で客達が夢中になっている姿を見るのは。

(これからも、うまくやれる)
やはり脅しは効果的だった。
彼はそう確信していた。

しかし、メイにとっては全てが虚無だった。
閉じ込められる生活というのは、非常に疲れるのだ。
おとなしくなったのは、疲れてしまったからだ。
元々気ままに空を飛ぶのが好きな性分なのだから、こんな狭苦しい檻に入れられるこ
とは強いストレス以外の何物でもない。
唐揚げにされるぐらいなら、と淡い水色のドレスを身につけた瞬間に、その数値は爆
発した。
爆発しきってしまったストレスは、メイの明るさや元気を内側に押し込めてしまっ
た。
鉄の檻に囲まれた『家』での生活は、キシェロに目をつけられないように、時間をや
り過ごしていたに過ぎない。
自分を見ながらあれこれと雑談する客達を、たった1度だけちらりと見ると、あとは
興味がなくなってしまった。

(れっきー……)

また膝に額を押しつけて、メイは黒髪の少年のことを思った。
思うだけで、ほんの少し、気持ちがふわりと浮かぶ。

(助けに来てくれないかな)

そう思って、メイはたちまち沈んだ気持ちになる。
自分は、彼の何だというのだろう。
知り合い、とは呼べるだろう。
だが、それだけだ。
友人と呼ぶには付き合いが浅過ぎる。
そんな間柄の自分を助けに来る義務が、果たして彼にあるだろうか。

ない。

そんな義務があるはずもない。
昨日今日知り合ったばかりの人間に、そんなことを要求してはいけない。

(馬鹿だな、あたし)

自分は、このまま、この檻の中の家で、見世物生活をするのだろう。
全ては自業自得だ。
食欲に負けた自分が悪い。
無理矢理にでも納得して、これ以上事態が悪化しないように努めるしかない。

不意に胸の奥からこみ上げてくる痛みを、メイはこらえた。

――それにしても、やはり騒がしい。

メイは、騒動に耳を傾けた。

――……ちゃん!

空耳だ、と思った。
聞きたいと心底思っている声が、かすかに聞こえたから。
ここにいるはずがないのだ、彼が。
本当は、来て欲しいけど。

突然、物の壊れる音と共に「ぐああっ」というオッサンの悲鳴が聞こえてきた。
強盗か何かでも入ったのだろうか、と思っていると、バタバタという足音が聞こえて
きた。
ぼそぼそ、という話し声もする。
それは、だんだんこちらへと近寄ってくる。

「メイちゃん!」

空耳ではなかった。

「れっきー!」

生気の抜けきったメイの顔に、明るさが戻る。
メイは、決して近寄ろうとしなかった鉄格子に駆けより、もっとよく見ようと顔を押
しつけた。

「れっきー! ここ、ここ!」

必死に大声を上げると、重い生地のカーテンを跳ね上げて、礫が現れた。
その後に、知らない少年がくっついて現れる。
……この少年は、どうやら敵ではないらしい。

「れっきー、ホントにれっきーなの!? 本物? 夢じゃないよね?」

目の前に立ちふさがる檻に手をかけながら、メイは
みるみるうちに、目に涙がいっぱい溢れてくる。
礫は、静かに微笑みを返した。

「助けに来たよ、だからもう安心して」

――本物だ!
メイは、喜びのあまり声も出なかった。

……その傍らで、少年がちょっと面白くないぞという顔をしているのだが、お互いし
か見ていない二人には、その様子は映らなかった。

「今、開けるから」
「うんっ」

その時、メイは見た。
ナイフを手にしたキシェロが、音もなくカーテンの後ろから現れたのを。
泣いているのか笑っているのかよくわからない表情を浮かべ、血走った目を限界まで
見開いている。
彼は、にたぁ……っと口をひん曲げて笑うと、ナイフを両手で握り締め、礫の背後に
静かに歩み寄りながら、ナイフをゆっくりと頭上高くまで上げていき――

「危ない!」

ほぼ、同時だった。
メイが悲鳴を上げるのと、気配を察知した礫が振り下ろされたナイフを避けるのは。

「この……っ」

少年が礫をかばうように間に立ってキシェロを睨む。
しかし少年はみるみるうちに血の気を失っていった。
はぁ……はあぁ……はぁあ……はああ。
ナイフを握り締めたキシェロは、妙に息が上がっていた。
怖いのだろう、少年の足は震えていた。
無理もない。
こんなヤツをまともに見せられて、平然としていられるものではない。

「いけないなぁ、大人の仕事を邪魔しちゃ駄目じゃないか」

唐突に、キシェロはそんなことを言った。

「私にはね、妻も子供もいるんだよ。養わなくちゃいけない家族がいるんだよ。仕事
をして、お金を得て、それで養わなくちゃいけないんだよ。私は失敗できないんだ
よ」

眼鏡の奥にある血走った目が、じんわりと潤んでいる。
ぶるぶると体を震わせながら、唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。
聞いていると、なんだか同情したくなる話だ。
メイは、ちょっとだけなら協力しようかな、という気持ちにさえなった。

「どうして? どうして邪魔をするのかな? そんなにそんなにそんなに私を破滅さ
せたいのかな? 私が何をしたというのだね? 私が辛い思いをしているのに、それ
でも必死で戦っているのに、どうして寄ってたかって踏みにじろうとするのかなあ?
 妻もそうだ! 『今年、あなたが帰ってこなかったら、今お世話になっている方と
生活することにします。子供も懐いていますから』なんて手紙をよこして。どいつも
こいつも……どいつもこいつも、どいつもこいつも!」

キシェロの思考が狂いつつあるのを、その場にいた全員が悟っていた。



2007/02/12 20:01 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 14/礫(葉月瞬)
PC:礫 メイ
NPC:ニャホニャホタマクロー キシェロ 雇われ冒険者
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++

 その血走った目で見据えられると、射竦められる様で怖かった。

 その瞬間、動けたのは礫とキシェロだけだった。
 キシェロは血走った眼で礫を見据えると、脇目も振らずに突撃して来た。両手でダガーを正眼に構え、一気呵成に走り出したのだ。その切っ先に、迷いはなかった。礫は当然、その彼の動きを見定め、メイを庇う様に動いた。

「危ない! 礫!」

 タマクローの制止の声に、礫は答えるように一つ頷いた。
 礫は十分冷静だった。冷静に状況を判断し、対処できる姿勢を維持していた。だから突撃してきたキシェロを牽制することが出来のだ。礫はキシェロの手首を掴むと、反対の手でダガーを叩き落とした。乾いた金属音が鳴り響き、くるくると床を滑っていくダガー。キシェロがそれを目で追っている間に、礫はもう一動作起こしていた。利き腕でキシェロの胸倉を掴み、逆手で袖口を掴んで全身の動きでキシェロの体を持ち上げた。そのまま下に振り下ろす。一本背負いという、東洋の格闘技の一つである。投げられたキシェロは脳震盪を起こして気絶していた。
 暫しの間、キシェロが気絶から回復するまで礫は待った。途中、雇われた冒険者は三々五々逃げ出していったが、後を追うことはしなかった。彼らが後で仕返しに来たとしてもなるようになるしかない。それに、雇い人は捕まえたわけだから彼等には何をする理由も無いだろう。彼等の脳裏には、賃金の支払いに対する不安が漂っているだろうけれど、それも自業自得というものだ。とはいえ、礫は何だか彼等が気の毒に思えてきた。これから生活費とかどうするんだろうとか勝手に想像を膨らませて、心の中で静かに「ごめんなさい」と呟いた。
 礫は、床に落ちているダガーを拾い、キシェロに向き直った。

「キシェロさん、あなたは間違っている」

 一拍おいて、続ける礫。

「あなたに、他人の幸せを踏みにじる権利なんて、無い。……あなたは、苦労してきたかもしれない。血の滲むような人生を歩んできたかもしれない。でも、だからこそ、他人を不幸に巻き込むことをしちゃいけないんだ。他人の幸せを妬むより、自分がどれだけ幸せに近付けるかを、努力して欲しい。もう一度、やり直して下さい。罪を認めて――」

「…………コロシテクレ」

「……?」

「お願いだ! コロシテクレ! 生きていても何もいいことなんて、ない。ただ、あるの
は苦痛のみだ。それならばいっそ、――」

「――駄目です。あなたは生きるべきだ。生きて罪を償うんです」

「…………イキル?」

 キシェロはその言葉を吐き出すと、仰向けに横たわったまま顔を両の掌で覆った。男泣きに咽び泣くキシェロを、ただ見詰めるしかなかった。その声は確かに生きているものの慟哭で、希死念慮の欠片も見当たらなかった。「この人はもう、大丈夫だな」と心の中で呟いて、礫は不安げな顔で礫をじっと見詰める、メイの方へ向き直った。
 視線と視線がぶつかった。この一件は、これでもう終わったのだと確信した。

「れっきー……」

 涙を浮かべるメイ。不安と恐怖ではなく、喜びと安堵の涙だった。

「れっきーぃぃぃ!」

 堰を切ったように泣き出すメイ。
 それを宥め賺[すか]すように近付く礫。

「メイちゃん……良かった。無事だったんだ」

 走り寄ろうとしてふと何かに気付く。
 そうだ。彼女は今鳥篭の中に捕らわれているのだ。何とかして助け出さねばと、周囲を見渡した礫の目に飛び込んできたのは、慟哭を嗚咽に変えたキシェロだった。恐らく鍵は彼が持っているのだろう。礫はキシェロに声をかけた。

「キシェロさん。鳥篭の鍵は?」

 嗚咽に咽びながら、人差し指で胸ポケットを指し示す。暫し胸ポケットを漁ると、一本の鍵が転がり出た。
 メイを留めおく鳥籠の鍵。
 試すまでも無く、それは合致した。

「れっきぃぃぃぃ!」

 弾かれたように飛び出して、礫の首筋に抱きつくメイ。赤い瞳に大粒の涙を浮かべ、必死にしがみついている。「こわかったよー!」だの、「何でもっと早く来てくれなかったの!」だの、好き勝手に泣き喚いている。礫はそんなメイを優しく掌で包み込むと、優しい眼差しで見詰める。そして、静かに微笑んだ。

   ■□

 今日はポポルで宿を取ろうということになって、その日の夜は“牡鹿の角”亭に枕を預けた。
 その日の夜。刀の手入れに余念が無い礫が、口を開いた。

「メイちゃんの生まれ故郷って――妖精の森だっけ、どういうところ?」

 それは、ほんの些細な日常会話。他に会話することが無いから、とりあえず口に出したというだけの、小さな小さな疑問。でも、その小さな疑問でさえ、メイにとっては嬉しかったようで、嬉々として話し出した。

「んっとねー、森の中にあるのよ。よく人間が迷い込んでくるの。森の中にあって、お花畑が広がっているの。いろんなお花が咲いているわ。種類もそうだけどいろんな色のお花が咲いているの。お城があって、女王様と王様がいるのよ。私の家もそこにあるの」

「楽しそうだね。だけど、メイちゃんと同じ大きさの国だと、僕は入れないのかな?」

「ううん。そのへんは大丈夫。迷い込んできた人間達、皆私たちと同じ大きさになってたから」

 あっけらかんとして言うメイの笑顔に、不思議と不安が取り除かれるのだった。

   ■□

 翌日。竹を割ったような晴天の空の下、礫はポポルのギルドを訪れた。

「れっきー、ここは?」

「ああ、メイちゃんはギルド初めてなんだっけ。ここはね、僕達みたいな自由人――冒険者って言うんだけど、そういう人達に仕事を斡旋するところなんだ。お金が底をついてきたから、そろそろ働こうと思ってね」

 乾いた笑いを漏らす礫。手には一枚の依頼書が握られている。

依頼書
■小人さん、小人さん
 小人さんがいたずらをして困っています。なんとかしてください。
 報酬 銀貨五十枚。
 依頼人 カイン・レーベンドルフ

+++++++++++++++++++++++++++++++++++

2008/03/31 00:31 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽
夢御伽 15 /メイ(周防松)
PC:礫 メイ
NPC:街の人々
場所:ポポル

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

てくてくてくてく。
暖かい日差しを浴びるポポルの町並みを、礫が歩く。
礫は、先ほど受けた仕事の依頼人であるカイン・レーべドルフの元へと向かう途中で
ある。
詳しい話は自宅にて、ということで、ギルドの受付嬢が簡単に氏の自宅の場所を説明
してくれた。

「いたずらって、どういうことするんだろ」

礫の肩にちゃっかり腰を降ろしているメイは、不意に首を傾げた。

「わからないけど……何とかしてくれって依頼が出てるってことは、結構ひどいいた
ずらをしているのかもね」

礫の答えに、メイは「うーん」とうなって腕組みをした。

「駄目だよね。誰かが迷惑するようないたずらってしちゃいけないんだから」
「うん、まあね」
「やっていいいたずらと、やっちゃいけないいたずらがあるんだから、それをちゃん
と知っておかないと」
「う、うん。まあね」
「せめて、寝ている間に髪の毛を結んだり、枕を取り替えたり、上下を逆さにし
ちゃったり……」

その一言に「そうだね」の言葉は返ってこなかった。
それが何を現しているかにも気付かず、メイは一人でぶつぶつ言い続ける。

「お砂糖と塩を入れ替えたり、靴下を片っぽ隠したり、飼い犬のひげをちょっと引っ
張ってみたり……」
「……ねえ、メイちゃん」
「ん、何?」

思いつく限りのいたずらを口に出していると、礫が声をかけてきた。
見ると、ほんの少し困惑したような顔をしている。

(あたし、何か変なこと言ったかなぁ?)

メイはきょとんとそれを見つめ返した。
……他の妖精の一族がどうなのかはわからないが、メイは「いたずらは好きな人間に
対する愛情表現として行うべし」と教えられて育っている。
あくまで愛情表現、ということなので、あまり行きすぎた事はしてはならないとも同
時に教えられている。
ちなみにメイはまだ礫に『いたずら』をしたことがないが、近いうちにちょっとした
ことをやらかすつもりではいた。
ちゃんとした恋愛の意味でなくとも……まだ「恋」と呼べるかどうかわからない状態
でも、礫のことは「好きな人間」に違いなかったから。

「ええと、もしかして、それ全部、誰かにやったことあるの?」

やや困惑気味に見ていた礫が、ようやく口を開く。
メイは、ぷるぷると首を横に振った。

「ううん、まだやってないよ? 」

はふ……と礫の口から小さなため息がもれる。

「メイちゃん」
「何?」
「それ、やらないほうがいいと思う」
「どうして?」

極めて良識のある礫の発言に、メイは心底不思議そうな顔をする。
愛情持って行う「いたずら」が悪いことだとは、およそ考えもつかない。
礫は、どこか決まりが悪そうに視線を外した。

「その……何て言うか、もうちょっと別なやり方で、相手のことが好きだよって伝え
る方法もあると思うし……」
「別なやり方~?」

メイは盛大に頭を抱えて考え込んだ。

言うだけじゃ足りないほど相手のことが「好き」な時はどうするのだろう。
やはり行動するのじゃないだろうか。
だがこの場合、メイにとってその行動が「いたずら」とすっかり刷り込まれているの
が問題である。
……案の定、メイの中で答えが出る前に、二人はカイン・レーベドルフの自宅に辿り
ついた。


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2008/04/08 20:46 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽

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