PC:メイ (礫)
NPC:キシェロ
場所:ポポル
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
キシェロは、イライラしていた。
椅子に腰掛け、テーブルに立てた両手の上に額を押し当て、ひたすら無言のまま目の
前の『それ』を睨む。
「一体何が気に入らないと言うんだね」
思わず吐いた言葉は、とにかく苛立っていると自分でもわかる、とげとげしい口調の
ものだった。
ドールハウスというものは、作りも良くてなかなか居心地のいい場所のようだ。
そう、それが檻に入っているものでなければ、メイは喜んで住み付いたであろう。
しかし今は、非難の気持ちさえあれど感謝の気持ちなどさらさらないのであった。
ベッドの脇でひざを抱え、ぼーっと前方の壁を見つめる。
「はぁ……」
ゆううつなため息。気のせいだろうか、なんだか頭痛までしてくる。
(……どうしたらいいんだろ)
彼女の頭を、いろいろなことがぐるぐると回る。
最初は、『ここからどうやって逃げ出すか』という問題を主に考えていた。
飛んで逃げられないのなら、歩くか走るかして逃げなくてはならないのである。
体の大きな人間よりも、明かに不利な条件での逃走劇となりそうだ。
……うまく行くだろうか。
そう考えると、頭痛がひどくなりそうな気がして、メイはもっともっと憂鬱そうなた
め息をつくのだった。
(……れっきー、今頃どうしてるんだろ)
ふと、メイは遠く離れた礫のことを思い出した。
自分のことを心配して、探してくれていたら……そう思うと、なんだかやわらかくて
暖かい気持ちになる。
(あ……あれ?)
この気持ちは何なのだろう?
メイは、不意にドギマギした。
友達や家族が優しくしてくれた時にも、やわらかくて暖かい気持ちになることはあ
る。
しかし今のこれは――そういう場合のものとは、違う気がする。
(え、じゃ、じゃあ、これ、何?)
もう少しで、その答えが出ようという時――
「一体何が気に入らないんだね」
などと、キシェロが無神経なことを言うのだからたまらない。
今まで味わっていた、やわらかくて暖かいけれど、心臓がちょっと不自然にドキドキ
する妙な幸せ感が、たちまちぺしゃんこに潰れてしまった。
一度潰れてしまったものは、どんなに頑張ってももう膨らまない。
「私はいろいろな物を用意した。これ以上何が欲しいんだ。言ってみなさい」
メイの内心になどまるで興味がないかのように、キシェロは続ける。
(何よその言い方っ!)
メイはむかっと腹を立てた。
何なのだ、その言い方は。
まるで、キシェロの方が善人で、こちらの方がわがまま放題な悪人で、キシェロがそ
のわがままに振り回されているみたいではないか。
メイは思う。
(あたしは、当たり前のことを言ってるだけでしょーがっ!!)
拉致も同然の方法でこんなところに押しこめて、その上見世物になれというのだ。
とんでもない話である。
見世物小屋の経営が上手く行っていない、というのは聞かされたが……。
(だからって、やっていいことじゃなーいっっ!)
「ぜーんぶ!!」
頭に来たメイは、単刀直入に、きっぱりと告げた。
彼女にしてみれば、きわめて正当な主張である。
しかしキシェロにしてみれば理不尽なことこの上ない話だった。
見世物小屋が大赤字で、自分の食事だって随分と切り詰めてカツカツで、もう、どこ
にも余裕が無い状態なのだ。
その状態ながら、なんとかして金を作って、人形用とはいえ家財道具を……その上家
まで用意したのである。
このドールハウスだって、いろいろと取り揃えた家具だって、檻だって、安くはな
かった。
その時は「必要なものだから」と自分を納得させることもできた。
本物の妖精を見世物小屋に置くことができれば、そう経たないうちに元が取れるだろ
うと踏んでいたからである。
やはり現実は甘くない。
捕まえた妖精は、絵本などで見る、はかなげで素直で無邪気で可愛らしくて……と
いったそれとは明かに違う。
あの少年と一緒にいた時は笑顔を見せてもいたし、無邪気そうな一面もあった。
だが、今のこれはなんだ。
ひたすら自分に従わず、何かというと反発し、笑顔を向けてくることもない。
要するに、ひたすら可愛げがない。
あれこれと世話を焼くこちらの身にもなって欲しい、というのがキシェロの本音であ
る。
妖精というのは、実はこんな生き物だったのだろうか。
キシェロは軽くめまいを覚えた。
――しかし、それでも、やらなければならない。
生活が、見世物小屋の未来がかかった一大企画なのだ。
見切り発車だろうがなんだろうが、やらなければ。
「私はこれから用意をしなくてはならないんだ」
言いつつ、檻の上部にある小さな格子を開けて、衣服を差し入れる。
メイはその隙に出られないか、とかまえたが、あいにくそんな隙はなかった。
ぶすっとした顔のまま、とりあえず、差し入れられた衣服を拾い上げる。
それは、淡い水色のドレスだった。
飾りなどは控えめだが、それがどこか上品さを印象づけるデザインのものだ。
「君はこれに着替えていなさい」
「い・や」
腕組みをし、ツンとした態度でメイが突っぱねると、キシェロはギロリと目を向い
た。
「檻ごと熱湯の中に放りこまれたいのかい?」
イライラが相当募っているらしい。言う事が昨日よりも過激である。
しかしメイは気にせず、プイッとそっぽを向き、『私は怒ってるのよ』ということを
アピールする。
「私が帰ってくるまでの間に着替えておいてくれなかったら……そうだな、煮えた油
の中にでも入れてしまおうか。あっという間に妖精の唐揚げのできあがりだ」
残酷な台詞を残し、キシェロは宿の部屋を出る。
ドアを閉めたところで、ふと、あの少年――礫のことだが――のことを思い出した。
切れ者……なのかどうかはわからないが、愚鈍ではないはずだ。
妖精がいなくなったことにはすぐ気付くだろう。
問題は、追ってくるかどうか、である。
「……まあ、心配はいらないだろう」
キシェロは呟き、廊下を歩く。
万が一のために、街道沿いに、少しばかり腕の立つ男を数名雇っているのだ。
彼らにはあの少年の特徴を伝え、その少年が来たら追い返すようにと言っておいた。
まあ、あまりガラが良くない連中だから、追い返すだけでは済まず、痛い目に遭わせ
たりどさくさに紛れて金品を巻き上げたりするかもしれないが、キシェロにはどうで
もいいことだった。
とにかく、見世物小屋の営業を邪魔する者さえいなければ、後は何がどうなっていて
も、彼は平気なのだ。
今の彼の頭を占めているのは、見世物小屋を置く場所のことだった。
人がよく集まる場所を、確保しなくては。
――全員、簡単に返り討ちにあっているとは思いもしないキシェロだった。
NPC:キシェロ
場所:ポポル
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キシェロは、イライラしていた。
椅子に腰掛け、テーブルに立てた両手の上に額を押し当て、ひたすら無言のまま目の
前の『それ』を睨む。
「一体何が気に入らないと言うんだね」
思わず吐いた言葉は、とにかく苛立っていると自分でもわかる、とげとげしい口調の
ものだった。
ドールハウスというものは、作りも良くてなかなか居心地のいい場所のようだ。
そう、それが檻に入っているものでなければ、メイは喜んで住み付いたであろう。
しかし今は、非難の気持ちさえあれど感謝の気持ちなどさらさらないのであった。
ベッドの脇でひざを抱え、ぼーっと前方の壁を見つめる。
「はぁ……」
ゆううつなため息。気のせいだろうか、なんだか頭痛までしてくる。
(……どうしたらいいんだろ)
彼女の頭を、いろいろなことがぐるぐると回る。
最初は、『ここからどうやって逃げ出すか』という問題を主に考えていた。
飛んで逃げられないのなら、歩くか走るかして逃げなくてはならないのである。
体の大きな人間よりも、明かに不利な条件での逃走劇となりそうだ。
……うまく行くだろうか。
そう考えると、頭痛がひどくなりそうな気がして、メイはもっともっと憂鬱そうなた
め息をつくのだった。
(……れっきー、今頃どうしてるんだろ)
ふと、メイは遠く離れた礫のことを思い出した。
自分のことを心配して、探してくれていたら……そう思うと、なんだかやわらかくて
暖かい気持ちになる。
(あ……あれ?)
この気持ちは何なのだろう?
メイは、不意にドギマギした。
友達や家族が優しくしてくれた時にも、やわらかくて暖かい気持ちになることはあ
る。
しかし今のこれは――そういう場合のものとは、違う気がする。
(え、じゃ、じゃあ、これ、何?)
もう少しで、その答えが出ようという時――
「一体何が気に入らないんだね」
などと、キシェロが無神経なことを言うのだからたまらない。
今まで味わっていた、やわらかくて暖かいけれど、心臓がちょっと不自然にドキドキ
する妙な幸せ感が、たちまちぺしゃんこに潰れてしまった。
一度潰れてしまったものは、どんなに頑張ってももう膨らまない。
「私はいろいろな物を用意した。これ以上何が欲しいんだ。言ってみなさい」
メイの内心になどまるで興味がないかのように、キシェロは続ける。
(何よその言い方っ!)
メイはむかっと腹を立てた。
何なのだ、その言い方は。
まるで、キシェロの方が善人で、こちらの方がわがまま放題な悪人で、キシェロがそ
のわがままに振り回されているみたいではないか。
メイは思う。
(あたしは、当たり前のことを言ってるだけでしょーがっ!!)
拉致も同然の方法でこんなところに押しこめて、その上見世物になれというのだ。
とんでもない話である。
見世物小屋の経営が上手く行っていない、というのは聞かされたが……。
(だからって、やっていいことじゃなーいっっ!)
「ぜーんぶ!!」
頭に来たメイは、単刀直入に、きっぱりと告げた。
彼女にしてみれば、きわめて正当な主張である。
しかしキシェロにしてみれば理不尽なことこの上ない話だった。
見世物小屋が大赤字で、自分の食事だって随分と切り詰めてカツカツで、もう、どこ
にも余裕が無い状態なのだ。
その状態ながら、なんとかして金を作って、人形用とはいえ家財道具を……その上家
まで用意したのである。
このドールハウスだって、いろいろと取り揃えた家具だって、檻だって、安くはな
かった。
その時は「必要なものだから」と自分を納得させることもできた。
本物の妖精を見世物小屋に置くことができれば、そう経たないうちに元が取れるだろ
うと踏んでいたからである。
やはり現実は甘くない。
捕まえた妖精は、絵本などで見る、はかなげで素直で無邪気で可愛らしくて……と
いったそれとは明かに違う。
あの少年と一緒にいた時は笑顔を見せてもいたし、無邪気そうな一面もあった。
だが、今のこれはなんだ。
ひたすら自分に従わず、何かというと反発し、笑顔を向けてくることもない。
要するに、ひたすら可愛げがない。
あれこれと世話を焼くこちらの身にもなって欲しい、というのがキシェロの本音であ
る。
妖精というのは、実はこんな生き物だったのだろうか。
キシェロは軽くめまいを覚えた。
――しかし、それでも、やらなければならない。
生活が、見世物小屋の未来がかかった一大企画なのだ。
見切り発車だろうがなんだろうが、やらなければ。
「私はこれから用意をしなくてはならないんだ」
言いつつ、檻の上部にある小さな格子を開けて、衣服を差し入れる。
メイはその隙に出られないか、とかまえたが、あいにくそんな隙はなかった。
ぶすっとした顔のまま、とりあえず、差し入れられた衣服を拾い上げる。
それは、淡い水色のドレスだった。
飾りなどは控えめだが、それがどこか上品さを印象づけるデザインのものだ。
「君はこれに着替えていなさい」
「い・や」
腕組みをし、ツンとした態度でメイが突っぱねると、キシェロはギロリと目を向い
た。
「檻ごと熱湯の中に放りこまれたいのかい?」
イライラが相当募っているらしい。言う事が昨日よりも過激である。
しかしメイは気にせず、プイッとそっぽを向き、『私は怒ってるのよ』ということを
アピールする。
「私が帰ってくるまでの間に着替えておいてくれなかったら……そうだな、煮えた油
の中にでも入れてしまおうか。あっという間に妖精の唐揚げのできあがりだ」
残酷な台詞を残し、キシェロは宿の部屋を出る。
ドアを閉めたところで、ふと、あの少年――礫のことだが――のことを思い出した。
切れ者……なのかどうかはわからないが、愚鈍ではないはずだ。
妖精がいなくなったことにはすぐ気付くだろう。
問題は、追ってくるかどうか、である。
「……まあ、心配はいらないだろう」
キシェロは呟き、廊下を歩く。
万が一のために、街道沿いに、少しばかり腕の立つ男を数名雇っているのだ。
彼らにはあの少年の特徴を伝え、その少年が来たら追い返すようにと言っておいた。
まあ、あまりガラが良くない連中だから、追い返すだけでは済まず、痛い目に遭わせ
たりどさくさに紛れて金品を巻き上げたりするかもしれないが、キシェロにはどうで
もいいことだった。
とにかく、見世物小屋の営業を邪魔する者さえいなければ、後は何がどうなっていて
も、彼は平気なのだ。
今の彼の頭を占めているのは、見世物小屋を置く場所のことだった。
人がよく集まる場所を、確保しなくては。
――全員、簡単に返り討ちにあっているとは思いもしないキシェロだった。
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