PC:礫 メイ
NPC:カイン・レーベンドルフ
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
男が礼儀正しく椅子に座っている。
男はカイン・レーベンドルフと名乗った。心底困り果てたような、疲れたような複雑な
表情をしている。髪は明るいライトブラウンで、平凡で素朴な顔立ちだ。暫く会わなけれ
ば忘れてしまいそうな、普通の顔だ。彼の家も彼と同様、普遍的で質素である。扉を入っ
て直ぐのところに居間があり、樫の木の四人がけのテーブルがある。台所は居間の奥まっ
たところにある。他に二部屋あるようだ。
テーブルを挟んだ反対側には礫とメイがいる。礫は椅子に、メイはテーブルの上に座っ
ている。
「さて、詳しい話を聞かせてください」
礫が切り口上に口火を切った。
「はい。実は……小人が夜中に騒いでいまして、夜も寝られないんです」
括目して見れば目の下にくまがある。熟睡したことが無い、というのはどうやら本当の
ようだ。小人というくだりに引っ掛かりがある。
「それが小人の仕業だとわかったのはいつですか?」
「先月です。夜中にこっそり見張っていたんです。そうしたら、破けた服を着た色黒で毛
の生えた小さいものたちが、なにやら騒いでいるんです。家畜を騒がせたり、皿や食器を
割られたり。空き部屋で物音がしたり。……一度なんか、朝起きたらミルク壷が倒されて
いたりしたんです。それで……夜も寝られない有様で、どうしようかと悩んでいたところ、
隣のジグジーさんがギルドに依頼を出してはどうかと言ってくれて」
礫とメイは一瞬顔を見合わせた。礫が続けてさらに質問した。
「何か心当たりは無いんですか?」
「さあ……? こちらが訊きたいほどです。あ。始まった時期ならはっきりしています。
丁度一ヶ月前からでした」
始まった時期を言われても、何が解る訳でもない。誰かがけしかけたというなら話は解
るが、ことはそれ程複雑ではないらしい。ただの自然現象だろう。
「待てよ。…………破けた服を着て色黒で毛の生えた小さな生き物…………ひょっとした
ら、小人じゃないかもしれないぞ」
礫は独りごちた。
一般的な小人の容姿とは少し違うような気がした。背丈が小さいのは共通しているよう
だが、普通の小人が悪さをするとも思えない。それも、家屋の中に限定しているようだ。
――母屋続きの家畜小屋は例外だが。
「とりあえず、様子を見させてもらいます」
■□
深夜。昼に動く者が皆寝静まった頃、夜行性の生き物達が活動を開始する頃合。例の小
人さんが動き出す時刻でもある。灯りは蝋燭を燭台に立てたもの一つだけ。見つかるわけ
にはいかないので、周りを紙で囲ってある。
どこに現れるか解らないので、寝室で息を殺して待つことにした。
暫時の後、動きがあった。
何か、引き摺るような音がする。台所の方からだ。
「来ました。あいつの歩く音です」
小声でカインが説明する。カインは一度様子を見ているから解るのだ。
礫は足音を立てずに扉に近付き、扉を絹糸のように細く開いてみる。布製の靴に履き替
えておいたから、音は立たない。開いた扉の隙間からそっと覗くと、破けた服を着た色黒
で毛の生えた小さいものたちが床を歩いている。暫瞬の後に、砂糖の入った袋をひっくり
返したり、水瓶をひっくり返したりした。この行為が執拗に繰り返されているとなると、
手の負えない妖精の類かもしれない。そう思って、礫は肩の上にちょこんと乗っているか
わいい妖精に訊いてみることにした。妖精のことは妖精に訊け、だ。
「メイちゃん。あいつのこと、何か知らない?」
礫が小声で訊ねる。
「んーっとね、確かボガートっていう性悪妖精だよ。いたずらばっかりするの」
突然隣の台所で大きな音が響いた。皿が割れるような音だ。隙間から見ると、本当にボ
ガートが皿を割っていた。
「ああっ! うちの皿が……」
かわいそうだが、歯噛みするしかない。
「物理攻撃は効くの?」
礫がメイに発問する。
「んー? わっかんないなー? やってみれば?」
足をぶらぶらさせながら言うメイ。実際に攻撃するのは礫の仕事だから、気が重いのは
礫の方だ。
礫はそっと扉を開け広げると、足音を立てないように注意しながらボガートの直ぐ後ろ
まで近付いていく。ボガートは皿を割るのに夢中になっていて、気付かない。居合い斬り
の要領で、抜き打ち様にボガートを斬る。一瞬、実像がぶれたが、また元に戻る。そこで
やっと、礫の存在に気付いたかのように振り向くボガート。二言三言、妖精語で話しかけ
てきた。メイはそれに答えるように妖精語で返す。
「なんて言ったの?」
すかさず礫が訊ねる。
「俺の遊びを邪魔するなって」
メイは素直に通訳してくれた。
「遊びって! 何も僕の家で遊ばなくてもいいじゃないか!」
泣きそうになりながらカインが抗議する。礫はなんだか気の毒に思えた。どちらが、で
はなく、両方とも、だ。ボガートはボガートで家の中でしか行動できないだろうし、かと
いって家の中で暴れられても家主としてはいい迷惑である。どうしたものかと思案する。
ボガートを説得するにしても、骨が折れそうである。
その日はとりあえず場を締めて、翌日に持ち越すことにした。
■□
次の日の朝。早速会議を開いた。
「何か良い案は無いかな?」
礫はメイに訊いてみた。妖精同士だから何かあるかもしれない。すると、
「うーん、強力な魔法だったら追い払えるかもしれない……」
ボガートは強力な魔法じゃないと追い払えないという。
「ポポル近辺に魔法使いは住んでいますか?」
カインに訊ねてみる。
「居ます。一人だけ…………」
紹介されたのはガリュウ・ソーンという人だった。頑固で偏屈な老人で、一人町外れの
森の中に住んでいるのだという。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
NPC:カイン・レーベンドルフ
場所:ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
男が礼儀正しく椅子に座っている。
男はカイン・レーベンドルフと名乗った。心底困り果てたような、疲れたような複雑な
表情をしている。髪は明るいライトブラウンで、平凡で素朴な顔立ちだ。暫く会わなけれ
ば忘れてしまいそうな、普通の顔だ。彼の家も彼と同様、普遍的で質素である。扉を入っ
て直ぐのところに居間があり、樫の木の四人がけのテーブルがある。台所は居間の奥まっ
たところにある。他に二部屋あるようだ。
テーブルを挟んだ反対側には礫とメイがいる。礫は椅子に、メイはテーブルの上に座っ
ている。
「さて、詳しい話を聞かせてください」
礫が切り口上に口火を切った。
「はい。実は……小人が夜中に騒いでいまして、夜も寝られないんです」
括目して見れば目の下にくまがある。熟睡したことが無い、というのはどうやら本当の
ようだ。小人というくだりに引っ掛かりがある。
「それが小人の仕業だとわかったのはいつですか?」
「先月です。夜中にこっそり見張っていたんです。そうしたら、破けた服を着た色黒で毛
の生えた小さいものたちが、なにやら騒いでいるんです。家畜を騒がせたり、皿や食器を
割られたり。空き部屋で物音がしたり。……一度なんか、朝起きたらミルク壷が倒されて
いたりしたんです。それで……夜も寝られない有様で、どうしようかと悩んでいたところ、
隣のジグジーさんがギルドに依頼を出してはどうかと言ってくれて」
礫とメイは一瞬顔を見合わせた。礫が続けてさらに質問した。
「何か心当たりは無いんですか?」
「さあ……? こちらが訊きたいほどです。あ。始まった時期ならはっきりしています。
丁度一ヶ月前からでした」
始まった時期を言われても、何が解る訳でもない。誰かがけしかけたというなら話は解
るが、ことはそれ程複雑ではないらしい。ただの自然現象だろう。
「待てよ。…………破けた服を着て色黒で毛の生えた小さな生き物…………ひょっとした
ら、小人じゃないかもしれないぞ」
礫は独りごちた。
一般的な小人の容姿とは少し違うような気がした。背丈が小さいのは共通しているよう
だが、普通の小人が悪さをするとも思えない。それも、家屋の中に限定しているようだ。
――母屋続きの家畜小屋は例外だが。
「とりあえず、様子を見させてもらいます」
■□
深夜。昼に動く者が皆寝静まった頃、夜行性の生き物達が活動を開始する頃合。例の小
人さんが動き出す時刻でもある。灯りは蝋燭を燭台に立てたもの一つだけ。見つかるわけ
にはいかないので、周りを紙で囲ってある。
どこに現れるか解らないので、寝室で息を殺して待つことにした。
暫時の後、動きがあった。
何か、引き摺るような音がする。台所の方からだ。
「来ました。あいつの歩く音です」
小声でカインが説明する。カインは一度様子を見ているから解るのだ。
礫は足音を立てずに扉に近付き、扉を絹糸のように細く開いてみる。布製の靴に履き替
えておいたから、音は立たない。開いた扉の隙間からそっと覗くと、破けた服を着た色黒
で毛の生えた小さいものたちが床を歩いている。暫瞬の後に、砂糖の入った袋をひっくり
返したり、水瓶をひっくり返したりした。この行為が執拗に繰り返されているとなると、
手の負えない妖精の類かもしれない。そう思って、礫は肩の上にちょこんと乗っているか
わいい妖精に訊いてみることにした。妖精のことは妖精に訊け、だ。
「メイちゃん。あいつのこと、何か知らない?」
礫が小声で訊ねる。
「んーっとね、確かボガートっていう性悪妖精だよ。いたずらばっかりするの」
突然隣の台所で大きな音が響いた。皿が割れるような音だ。隙間から見ると、本当にボ
ガートが皿を割っていた。
「ああっ! うちの皿が……」
かわいそうだが、歯噛みするしかない。
「物理攻撃は効くの?」
礫がメイに発問する。
「んー? わっかんないなー? やってみれば?」
足をぶらぶらさせながら言うメイ。実際に攻撃するのは礫の仕事だから、気が重いのは
礫の方だ。
礫はそっと扉を開け広げると、足音を立てないように注意しながらボガートの直ぐ後ろ
まで近付いていく。ボガートは皿を割るのに夢中になっていて、気付かない。居合い斬り
の要領で、抜き打ち様にボガートを斬る。一瞬、実像がぶれたが、また元に戻る。そこで
やっと、礫の存在に気付いたかのように振り向くボガート。二言三言、妖精語で話しかけ
てきた。メイはそれに答えるように妖精語で返す。
「なんて言ったの?」
すかさず礫が訊ねる。
「俺の遊びを邪魔するなって」
メイは素直に通訳してくれた。
「遊びって! 何も僕の家で遊ばなくてもいいじゃないか!」
泣きそうになりながらカインが抗議する。礫はなんだか気の毒に思えた。どちらが、で
はなく、両方とも、だ。ボガートはボガートで家の中でしか行動できないだろうし、かと
いって家の中で暴れられても家主としてはいい迷惑である。どうしたものかと思案する。
ボガートを説得するにしても、骨が折れそうである。
その日はとりあえず場を締めて、翌日に持ち越すことにした。
■□
次の日の朝。早速会議を開いた。
「何か良い案は無いかな?」
礫はメイに訊いてみた。妖精同士だから何かあるかもしれない。すると、
「うーん、強力な魔法だったら追い払えるかもしれない……」
ボガートは強力な魔法じゃないと追い払えないという。
「ポポル近辺に魔法使いは住んでいますか?」
カインに訊ねてみる。
「居ます。一人だけ…………」
紹介されたのはガリュウ・ソーンという人だった。頑固で偏屈な老人で、一人町外れの
森の中に住んでいるのだという。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
PR
PC:礫 メイ
NPC:
場所:ポポルの町外れの森
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
礫とメイは、ガリュウ・ソーンが住むというところを目指して森の中を歩いていた。
森の中は町の中よりも涼しく、静かで過ごしやすい。
時折、小鳥のさえずりが聞こえる。
視線を上に向ければ、木漏れ日の天井が美しい。
――カインはガリュウ・ソーンという老人について知っていることを教えてくれた。
いわく、「とにかく扱いづらい」とのことだ。
子供が熱を出したというので助けてくれと泣きつく母親の頼みを無下に断ったかと思
えば、飼い犬のケガを治してほしいという少年の頼みはきいてやった。
食べ過ぎで苦しむ金持ちをとんでもない額をふっかけて助けてやったかと思えば、一
文なしの行き倒れの親子にその全額をくれてやったりもした。
泥棒退治に協力してくれと言われて「面倒だから嫌だ」と断ったかと思えば、公園の
掃除には熱心に参加していた。
とかく、何を基準にして行動しているのかわからないのだという。
わかるのは、気に入らなければ他人の頼みを平気で断るというところだ。
そんなわけで、今日のとりあえずの目標は「話を聞いてもらう」ことだったりする。
もしかしたら、それすら叶わないかもしれないからだ。
礫の肩に座っていたメイは、ひょいっと立ちあがって空中に飛び立った。
「森はいいねー。なーんか落ちつくわー」
メイは思いっきり手足を伸ばし、リラックスした顔つきで礫を見る。
だがすぐに首をかしげる。
「なんでこんないいトコ住んでて、根性ワルになっちゃうのかな?」
わっかんないわー、と言いたげに、メイは腕組みをした。
「根性ワルじゃないよ。頑固で偏屈っていうだけだよ」
礫は、やや苦笑しつつメイの発言を訂正する。
「えー。それを根性ワルって言うんでしょー?」
それを聞いて、うーん……という呟きが、礫の唇から漏れる。
「森に住む前は町にいたっていうから……きっとその時から頑固で偏屈だったんじゃ
ないかな」
そんなに昔から頑固なら、ガリュウ・ソーンという老人は相当な筋金入りの頑固なの
だろう。
「治んないのかな、それ」
「……性格って、なかなか変わらないものだからね」
メイはポンと手を打った。
「あ、知ってる! それ、三つ子の魂百までも、ってヤツでしょ」
どことなく得意げに話し、メイは胸を張る。
得に自慢できるほどの知識でもないのだが。
「でも、努力すればきっと、変われると思うよ」
礫にそう言われると、「そうだなあ」と素直に思える。
胸に広がる、妙に心地良いドキドキを感じながら。
(もうっ、何なのよ、こないだから!)
こないだ、というのはあのキシェロに捕らわれて礫に助けられた一件のことである。
あの時のことは、本当に感謝している。
見世物になって一生を過ごすなんて、まっぴらゴメンだ。
問題はその後だ。
礫の顔をふと見た一瞬や、他愛ない会話の最中――そんな何気ない場面に、時々、今
のような妙に心地よいドキドキが襲ってくるようになった。
ただ――その心地良いはずのドキドキを感じると、同時に否定したい気持ちが沸き起
こることがあって、それがメイを戸惑わせ、イライラさせるのだ。
心地良い感情なら、素直にそれを味わっていれば良いはずなのに、どうしてか心が揺
れる。
こんな心の動きは、初めてだ。
メイは、ハッとした。
(ひょっとしてあたし、病気……?)
熱もなければ体のどこも痛くない、食欲だっていつも通りなのに、それでも病気なん
てことがあるだろうか。
そう思わないではなかったが、だがやはり、これは「病気」としなければ説明がつか
ない。
「病気」という単語を頭に浮かべた途端、メイは冷や汗が出てきた。
(ど、どうしよ。病気だって言ったら、れっきーに迷惑かけるんじゃないかな?
黙ってよっと)
――ドキドキの正体を理解するには、メイの思考は少しばかり幼いようである。
それからしばらく奥へと進んだ時、ふと礫が足を止めた。
止めた理由は、メイにもわかった。
「あ、あれじゃない? おじいさんの住んでるところって」
メイは、木々の間に見える小屋を指差す。
木を寄せ集めたような粗末な小屋だ。
おそらくあそこに、件の『頑固で偏屈な老人』が住んでいるのだろう。
礫の表情が引き締まる。
「話を聞いてもらえるといいんだけど……」
「こればっかりは、行ってみないとわかんないね。あたし、ちょっと祈っとくわ」
二人は、少しばかり不安な気持ちになりながら、小屋へと近付いていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
NPC:
場所:ポポルの町外れの森
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
礫とメイは、ガリュウ・ソーンが住むというところを目指して森の中を歩いていた。
森の中は町の中よりも涼しく、静かで過ごしやすい。
時折、小鳥のさえずりが聞こえる。
視線を上に向ければ、木漏れ日の天井が美しい。
――カインはガリュウ・ソーンという老人について知っていることを教えてくれた。
いわく、「とにかく扱いづらい」とのことだ。
子供が熱を出したというので助けてくれと泣きつく母親の頼みを無下に断ったかと思
えば、飼い犬のケガを治してほしいという少年の頼みはきいてやった。
食べ過ぎで苦しむ金持ちをとんでもない額をふっかけて助けてやったかと思えば、一
文なしの行き倒れの親子にその全額をくれてやったりもした。
泥棒退治に協力してくれと言われて「面倒だから嫌だ」と断ったかと思えば、公園の
掃除には熱心に参加していた。
とかく、何を基準にして行動しているのかわからないのだという。
わかるのは、気に入らなければ他人の頼みを平気で断るというところだ。
そんなわけで、今日のとりあえずの目標は「話を聞いてもらう」ことだったりする。
もしかしたら、それすら叶わないかもしれないからだ。
礫の肩に座っていたメイは、ひょいっと立ちあがって空中に飛び立った。
「森はいいねー。なーんか落ちつくわー」
メイは思いっきり手足を伸ばし、リラックスした顔つきで礫を見る。
だがすぐに首をかしげる。
「なんでこんないいトコ住んでて、根性ワルになっちゃうのかな?」
わっかんないわー、と言いたげに、メイは腕組みをした。
「根性ワルじゃないよ。頑固で偏屈っていうだけだよ」
礫は、やや苦笑しつつメイの発言を訂正する。
「えー。それを根性ワルって言うんでしょー?」
それを聞いて、うーん……という呟きが、礫の唇から漏れる。
「森に住む前は町にいたっていうから……きっとその時から頑固で偏屈だったんじゃ
ないかな」
そんなに昔から頑固なら、ガリュウ・ソーンという老人は相当な筋金入りの頑固なの
だろう。
「治んないのかな、それ」
「……性格って、なかなか変わらないものだからね」
メイはポンと手を打った。
「あ、知ってる! それ、三つ子の魂百までも、ってヤツでしょ」
どことなく得意げに話し、メイは胸を張る。
得に自慢できるほどの知識でもないのだが。
「でも、努力すればきっと、変われると思うよ」
礫にそう言われると、「そうだなあ」と素直に思える。
胸に広がる、妙に心地良いドキドキを感じながら。
(もうっ、何なのよ、こないだから!)
こないだ、というのはあのキシェロに捕らわれて礫に助けられた一件のことである。
あの時のことは、本当に感謝している。
見世物になって一生を過ごすなんて、まっぴらゴメンだ。
問題はその後だ。
礫の顔をふと見た一瞬や、他愛ない会話の最中――そんな何気ない場面に、時々、今
のような妙に心地よいドキドキが襲ってくるようになった。
ただ――その心地良いはずのドキドキを感じると、同時に否定したい気持ちが沸き起
こることがあって、それがメイを戸惑わせ、イライラさせるのだ。
心地良い感情なら、素直にそれを味わっていれば良いはずなのに、どうしてか心が揺
れる。
こんな心の動きは、初めてだ。
メイは、ハッとした。
(ひょっとしてあたし、病気……?)
熱もなければ体のどこも痛くない、食欲だっていつも通りなのに、それでも病気なん
てことがあるだろうか。
そう思わないではなかったが、だがやはり、これは「病気」としなければ説明がつか
ない。
「病気」という単語を頭に浮かべた途端、メイは冷や汗が出てきた。
(ど、どうしよ。病気だって言ったら、れっきーに迷惑かけるんじゃないかな?
黙ってよっと)
――ドキドキの正体を理解するには、メイの思考は少しばかり幼いようである。
それからしばらく奥へと進んだ時、ふと礫が足を止めた。
止めた理由は、メイにもわかった。
「あ、あれじゃない? おじいさんの住んでるところって」
メイは、木々の間に見える小屋を指差す。
木を寄せ集めたような粗末な小屋だ。
おそらくあそこに、件の『頑固で偏屈な老人』が住んでいるのだろう。
礫の表情が引き締まる。
「話を聞いてもらえるといいんだけど……」
「こればっかりは、行ってみないとわかんないね。あたし、ちょっと祈っとくわ」
二人は、少しばかり不安な気持ちになりながら、小屋へと近付いていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
PC:礫 メイ
NPC:ガリュウ・ソーン 朧月の店主
場所:ガリュウの家~ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
礫が扉を叩こうと拳を振り上げると、いきなり中から扉が開いた。だが、扉の直
ぐそこには誰もいない。奥から「開いてるよ。来ることはわかっていた。入ってき
なさい」と声がかかる。礫とメイは一瞬顔を見合わせると、声に促されるように入
っていった。
中には一人の、みすぼらしいが威厳と風格のある老人が椅子に腰掛けていた。白
髪と白髭は伸びきったままだ。端々が切れ切れのローブを纏っている。どこからど
う見てもただの隠居老爺にしか見えない。だが、纏っているオーラが違った。礫に
はわかる。ただのじじいではないと。
小屋はこの居間兼台所の他にもう一つ奥に部屋があるようだ。礫は老爺に近付い
て、誰何した。
「あなたが、ガリュウ・ソーンさんですね?」
念のためだ。老爺は即答で答えた。
「そうだ」続けて、
「お前達が来ることは解っていた。さあ、座りなさい」
ニコリとも、振り向きもせずに、着席を促した。礫は静かにそれに従う。着席し
たところを見計らうようにテーブルに置いてあった菓子入れを指して、
「月餅は好きかね?」
と訊いてきた。礫は見たことも聞いたことも食べたことも無かったので、沈黙で
答えた。すると、ガリュウは一つ摘むとそれを一口かじり咀嚼してから言った。
「月餅はシカラグァの名産品でね。おいしいよ。一つどうだね?」
礫は何の意図があって、月餅を進めるのか解りかねていた。理解しがたい。魔術
師とは皆こうなのか。変人が多いとは聞いていたが、まさか本当にそうだとは思っ
ていなかった。だが、目前にしてそれが正しいことが解ったような気がする。
「あの、今日はあなたに頼みたいことがあって、やって来ました」
切り口上にまくし立てる。しかしそれも、相手はどこ吹く風だ。メイは卓上で瞳
を煌かせながら月餅を見詰めている。よだれが垂れそうに口を半開きにさせて。礫
は胸の中で溜息をつく。メイちゃんもやっぱり食べたいのか、月餅と。
礫は一ついいですか、と断りを入れてから月餅を一つ掴むと、小さいメイでも食
べやすいように小さく千切ってメイに渡す。
「れっきぃぃぃぃ……ありがとう」
満面の笑みを浮かべるメイ。この笑顔を見れただけで礫は嬉しかった。
「皆まで言わなくてよい。解っている」
威厳のある声音でガリュウが言葉を紡ぐ。礫はきょとんとガリュウを見詰める。
やがて、ああ、先ほどの話の続きか、と合点がいってやっと話に戻る。見る間に笑
顔に変わり、
「じゃあ、引き受けてくれるんですね!」
と確認する。だが、次の瞬間、ガリュウが口にした言葉を聞いて、愕然とする。
「君達の頼みを聞き入れるのに、条件がある。――ポポルに、朧月という酒場があ
る。その店の主が困っているようだ。その困り事を解決したら、頼みを聞き入れて
やっても良い」
条件? 条件って何だ。このじじいはそれ程偉いのか。と怒鳴りたくなる衝動を
律して、礫はやっと話の内容を飲み込んだ。飲み込んで、飲み下して、消化して、
言葉を吐き出す。
「……つまり、その店の困り事を解決したら、僕たちの頼みを聞いてくれるんです
ね」
相手は沈黙で答える。その沈黙を、了承と取る礫。かくて契約は成り立った。後
は気まぐれが発動しないことを願うだけである。
■□
ガリュウの家を出た礫達は、森の中をポポルに向けて歩いている。正午の日差し
を受けて、木漏れ日が眩しい。しかし、とても清々しい。木々の間から見える青く
高い空が目に突き刺さってくる。この時間、太陽を直接見ることは自殺行為だ。目
が焼きついて暫く白い点しか見えなくなる。目が潰れるほどではないが、目を酷使
することは事実である。だから礫は太陽の大体の位置を把握したあと、直ぐに視線
を前に戻した。
「ねぇ、れっきー」
「何? メイちゃん」
「あのおじいさん、本当に私たちの頼み事聞いてくれると思う?」
「それは…………解らないな。あの人に、誠実さがあればいいけど」
苦笑する礫。これから先のことはその時になってから考えれば良い。
礫は、メイを見ていてふと不思議な感覚に襲われた。この胸のドキドキはなんだ
ろう。強い衝撃を受けたときのような、魂が揺らぐあの感じ。強敵と対峙した時と
は違う。実の父さんと母さんが死んだ人だと聞かされたときの、あの感じとも違う。
何かが決定的に違う、でも魂が揺らぐあの感じ。この感じはなんだろう。よく解ら
ない。でも、とても心地いいような気がする。メイを見ると自然とにこやかになっ
ている自分を意識した。
太陽が西の空に少し傾いた頃、だから二時くらいにポポルの町並みが見えてきた。
開放的な町らしく、外壁は無い。と、いうよりも、森が自然の要塞になっているの
だろう。確かに道に明るくなければ迷いやすい森だ。でも迷いの森のように、魔法
が掛かっている訳ではないので多少日数を要するが、抜け出せないレベルではない。
しかし、一番警戒しなければいけないのは森に住むエルフ達だろう。エルフ達は木
と一対なので、木を汚すもの、傷付ける者達には容赦しない。それが、森エルフと
呼ばれるものたちだ。その森エルフの存在があるからこそ、あえて外壁を作らない
のだろう。
ポポルの町に入って、最初に異変に気付いた。
ポポルの町近郊の森に近い場所。そこに巨大なクレーターがぽっかりと口を開け
ていた。暗い眼窩を穿たれたその大地の傷は、一種異様な迫力があった。
「すごい穴だねー」
「一体、何があったんだ?」
二人はその穿たれた墓穴を避けるように大回りして町に入った。
地図を書いてもらった場所に、その店はあった。ワイングラスを模った木製の看
板の丸い外枠に“朧月”と書いてある。確かにこの店のようだ。
礫は決意も新たに店の扉を潜った。
中には中年の上品そうな男がカウンターの奥に居た。中肉中背の鍛え上げてはい
るけれど、それを見せない体格の持ち主だ。
「何用だい? まだ店はやっていないよ」
男の言葉に周りを見渡すと、確かに椅子が丸テーブルの上に上げてある。開店は
どうやら夕方からのようだ。
「すいません。ガリュウ・ソーンさんの依頼できたのですが」
礫があらたまった声音で声を掛ける。ガリュウの名前を聞くと、男はぴくりと眉
毛を動かした。心当たりがあるらしい。
「君は……誰だね?」
「はじめまして。僕は礫と申します。冒険者です。こちらはメイといいます」
こちらはというところで、礫はメイを指して紹介した。
「はじめましてー」
男はあからさまに怪訝な顔をした。
「依頼だって?」
「ガリュウさんから、あなたの困り事を解決して欲しいと言われまして」
男は無言で、数秒値踏みするように礫を眺め回した。
「……なぜ、そのことを知っている?」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
NPC:ガリュウ・ソーン 朧月の店主
場所:ガリュウの家~ポポル
+++++++++++++++++++++++++++++++++++
礫が扉を叩こうと拳を振り上げると、いきなり中から扉が開いた。だが、扉の直
ぐそこには誰もいない。奥から「開いてるよ。来ることはわかっていた。入ってき
なさい」と声がかかる。礫とメイは一瞬顔を見合わせると、声に促されるように入
っていった。
中には一人の、みすぼらしいが威厳と風格のある老人が椅子に腰掛けていた。白
髪と白髭は伸びきったままだ。端々が切れ切れのローブを纏っている。どこからど
う見てもただの隠居老爺にしか見えない。だが、纏っているオーラが違った。礫に
はわかる。ただのじじいではないと。
小屋はこの居間兼台所の他にもう一つ奥に部屋があるようだ。礫は老爺に近付い
て、誰何した。
「あなたが、ガリュウ・ソーンさんですね?」
念のためだ。老爺は即答で答えた。
「そうだ」続けて、
「お前達が来ることは解っていた。さあ、座りなさい」
ニコリとも、振り向きもせずに、着席を促した。礫は静かにそれに従う。着席し
たところを見計らうようにテーブルに置いてあった菓子入れを指して、
「月餅は好きかね?」
と訊いてきた。礫は見たことも聞いたことも食べたことも無かったので、沈黙で
答えた。すると、ガリュウは一つ摘むとそれを一口かじり咀嚼してから言った。
「月餅はシカラグァの名産品でね。おいしいよ。一つどうだね?」
礫は何の意図があって、月餅を進めるのか解りかねていた。理解しがたい。魔術
師とは皆こうなのか。変人が多いとは聞いていたが、まさか本当にそうだとは思っ
ていなかった。だが、目前にしてそれが正しいことが解ったような気がする。
「あの、今日はあなたに頼みたいことがあって、やって来ました」
切り口上にまくし立てる。しかしそれも、相手はどこ吹く風だ。メイは卓上で瞳
を煌かせながら月餅を見詰めている。よだれが垂れそうに口を半開きにさせて。礫
は胸の中で溜息をつく。メイちゃんもやっぱり食べたいのか、月餅と。
礫は一ついいですか、と断りを入れてから月餅を一つ掴むと、小さいメイでも食
べやすいように小さく千切ってメイに渡す。
「れっきぃぃぃぃ……ありがとう」
満面の笑みを浮かべるメイ。この笑顔を見れただけで礫は嬉しかった。
「皆まで言わなくてよい。解っている」
威厳のある声音でガリュウが言葉を紡ぐ。礫はきょとんとガリュウを見詰める。
やがて、ああ、先ほどの話の続きか、と合点がいってやっと話に戻る。見る間に笑
顔に変わり、
「じゃあ、引き受けてくれるんですね!」
と確認する。だが、次の瞬間、ガリュウが口にした言葉を聞いて、愕然とする。
「君達の頼みを聞き入れるのに、条件がある。――ポポルに、朧月という酒場があ
る。その店の主が困っているようだ。その困り事を解決したら、頼みを聞き入れて
やっても良い」
条件? 条件って何だ。このじじいはそれ程偉いのか。と怒鳴りたくなる衝動を
律して、礫はやっと話の内容を飲み込んだ。飲み込んで、飲み下して、消化して、
言葉を吐き出す。
「……つまり、その店の困り事を解決したら、僕たちの頼みを聞いてくれるんです
ね」
相手は沈黙で答える。その沈黙を、了承と取る礫。かくて契約は成り立った。後
は気まぐれが発動しないことを願うだけである。
■□
ガリュウの家を出た礫達は、森の中をポポルに向けて歩いている。正午の日差し
を受けて、木漏れ日が眩しい。しかし、とても清々しい。木々の間から見える青く
高い空が目に突き刺さってくる。この時間、太陽を直接見ることは自殺行為だ。目
が焼きついて暫く白い点しか見えなくなる。目が潰れるほどではないが、目を酷使
することは事実である。だから礫は太陽の大体の位置を把握したあと、直ぐに視線
を前に戻した。
「ねぇ、れっきー」
「何? メイちゃん」
「あのおじいさん、本当に私たちの頼み事聞いてくれると思う?」
「それは…………解らないな。あの人に、誠実さがあればいいけど」
苦笑する礫。これから先のことはその時になってから考えれば良い。
礫は、メイを見ていてふと不思議な感覚に襲われた。この胸のドキドキはなんだ
ろう。強い衝撃を受けたときのような、魂が揺らぐあの感じ。強敵と対峙した時と
は違う。実の父さんと母さんが死んだ人だと聞かされたときの、あの感じとも違う。
何かが決定的に違う、でも魂が揺らぐあの感じ。この感じはなんだろう。よく解ら
ない。でも、とても心地いいような気がする。メイを見ると自然とにこやかになっ
ている自分を意識した。
太陽が西の空に少し傾いた頃、だから二時くらいにポポルの町並みが見えてきた。
開放的な町らしく、外壁は無い。と、いうよりも、森が自然の要塞になっているの
だろう。確かに道に明るくなければ迷いやすい森だ。でも迷いの森のように、魔法
が掛かっている訳ではないので多少日数を要するが、抜け出せないレベルではない。
しかし、一番警戒しなければいけないのは森に住むエルフ達だろう。エルフ達は木
と一対なので、木を汚すもの、傷付ける者達には容赦しない。それが、森エルフと
呼ばれるものたちだ。その森エルフの存在があるからこそ、あえて外壁を作らない
のだろう。
ポポルの町に入って、最初に異変に気付いた。
ポポルの町近郊の森に近い場所。そこに巨大なクレーターがぽっかりと口を開け
ていた。暗い眼窩を穿たれたその大地の傷は、一種異様な迫力があった。
「すごい穴だねー」
「一体、何があったんだ?」
二人はその穿たれた墓穴を避けるように大回りして町に入った。
地図を書いてもらった場所に、その店はあった。ワイングラスを模った木製の看
板の丸い外枠に“朧月”と書いてある。確かにこの店のようだ。
礫は決意も新たに店の扉を潜った。
中には中年の上品そうな男がカウンターの奥に居た。中肉中背の鍛え上げてはい
るけれど、それを見せない体格の持ち主だ。
「何用だい? まだ店はやっていないよ」
男の言葉に周りを見渡すと、確かに椅子が丸テーブルの上に上げてある。開店は
どうやら夕方からのようだ。
「すいません。ガリュウ・ソーンさんの依頼できたのですが」
礫があらたまった声音で声を掛ける。ガリュウの名前を聞くと、男はぴくりと眉
毛を動かした。心当たりがあるらしい。
「君は……誰だね?」
「はじめまして。僕は礫と申します。冒険者です。こちらはメイといいます」
こちらはというところで、礫はメイを指して紹介した。
「はじめましてー」
男はあからさまに怪訝な顔をした。
「依頼だって?」
「ガリュウさんから、あなたの困り事を解決して欲しいと言われまして」
男は無言で、数秒値踏みするように礫を眺め回した。
「……なぜ、そのことを知っている?」
+++++++++++++++++++++++++++++++++++