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2024/05/17 04:20 |
夢御伽  01/メイ(周防松)
PC: メイ  礫
場所: トーポウ
NPC: おやじ二人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


澄んだ青い空。
降り注ぐ、柔らかな日差し。
甲高い鳴き声を上げて、一羽の鳥が輪を描いて飛んでいる。
のどかな風景である。

ポポル方面からトーポウへと続く道を、一台の荷馬車が行く。
荷馬車を駆るのは、髪の毛もヒゲも、さらには眉毛や腕の毛までもがもじゃもじゃと
生えた、熊のような見た目の中年のおやじである。
荷台には、花が入った大きなカゴがいくつか積まれている。
花瓶に入れて飾るには、小さすぎる花である。

それもそのはず、この花は、鑑賞用の花ではない。
「花茶」というものを作るための花で、いわば加工用なのである。
花茶というと聞こえは美しいが、実のところは、あまり香りの良くない茶葉に花の香
りをつけ、美味しく飲めるようにしたもののことである。
茶葉と乾燥させた花を混ぜ、密封して二晩ほど寝かせて出来上がる。
安物は、乾燥させた花を茶葉に混ぜただけで『寝かせる』という作業をしないため、
一、二度煎れると香りが失われてしまう代物である。

しかし、最近は金持ちや貴族相手に取引することもあり、高級な茶葉を使った物も作
られるようになっていた。
そちらは、茶葉自体も香りが良いため、えもいわれぬ香りのする茶として楽しまれて
いる。
おそらく、金持ちや貴族の知る「花茶」と一般人が知る「花茶」とは、だいぶ差があ
ることだろう。

さて、荷馬車は街の通りを抜けて、一件の家の前で止まった。
民家、というよりは工房、といった雰囲気のたたずまいである。
おやじは荷馬車を降り、その家のドアをどんどんと叩いた。
「おぉい、いるかー?」
どんどんとしばらくドアを叩いていると、中から「今出る」と迷惑そうな声が聞こえ
た。
そこでようやく、おやじは叩くのをやめた。
ほどなく、ドアが開いて薄汚れた前掛け姿の中年の男が出てきた。
こちらはおやじと正反対に、髪の毛がやや後退しかかっている。
眉間に深いシワが寄っているため、いかにも不機嫌そうな顔に見えるが、本人はそれ
ほど機嫌は悪くなかったりする。
「借金取りじゃあるまいし、そんなに叩かなくたっていいだろうが」
「返事がねえんだから、しょうがねえだろ? ちっとは愛想よくできねえのか」
「ばかやろう。俺は職人だぜ。職人ってのは、ヘラヘラしてちゃ務まらねぇよ」
「よくもまあ、花茶作りにそこまで真剣になれるわな」
おやじはしみじみと呟く。
「ふん、花茶作りは俺の命だぜ」
男の口の端が、わずかに上がる。
この男の、花茶作りにかける意気込みは熱い。
彼は、親から継いだ花茶作りの工房で、一人黙々と花茶作りにいそしんでいる。
眉間に刻まれた深いシワは、少しでも良質な花茶を作るためにと悩み、研究を重ね続
けた日々の証なのである。
……夢中になるあまり、すっかり婚期を逃がしてしまったのだが、まあ、それはそ
れ、である。

「立ち話はいいから、早く運んでくれよ。場所はいつものところでな」
ドアを全開にすると、男は奥へと引っ込んでいった。
おやじは荷馬車へと戻ると、おいしょっ、と声を上げつつカゴを持ち上げ――。

「お?」

おやじは、間抜けな声を上げた。

大量の花の中から、何かが覗いて見えたのである。
花を摘み取っている時に、何か変なものでも入りこんだのだろうか。
おやじはカゴを降ろし、ごつごつとした手を突っ込んでまさぐってみた。
――指先に、何か柔らかいものが当たる。
なんだろう、と思っておやじはそれを掴んで引きずり出した。
カゴから出てきたそれは、小さな小さな、片手で掴むことができるほどに小さな女の
子だった。
緑色の髪を頭の左側で一つにまとめた、幼さを残した女の子である。
よく見ると、その背中には、薄い羽根があった。

これは、妖精、というやつではないのだろうか。

そう認識した途端、おやじの頭には悩みが生じた。
妖精は、明かに眠っている状態だったからである。
おやじは、妖精――それも眠っているものを見るのは生まれて初めてのことだった。

起こしても大丈夫なのだろうか。
妖精というのは妙な力を持っているのではなかっただろうか。
下手に起こして、うっかり怒りを買ったりしたらどうしよう。
だからと言って、その辺に置いておいてもいいのだろうか。
置いておいたために野良猫に追われてしまったりして、怒りを買ってしまうことにな
らないだろうか。


おやじの頭の中を、さまざまな考えが駆け巡っていた、その時だった。


妖精が、その目を開いたのである。
その目は大きく、赤っぽい色をしていた。

おやじと妖精は、しばらく、じーっとお互いに見詰め合った。

……そして。

「っきゃあああああーーーーーっっ!!」

妖精が、耳をつんざくような甲高い悲鳴を上げた。
おやじは、思わずその耳を押さえた。

掴んでいた妖精を、空高く放り投げて。




 * * * * * * * * * * 




「……信じらんない」

空の樽が積まれたところで、女の子の声がする。
「ここ、どこよ……」
人がこんなところに出くわしたら、自分はどうにかなってしまったのではないかと心
配してしまいそうである。
が、少し影の方に回りこめば、声の主を見つけることができるだろう。
空の樽に寄りかかり、やや青ざめた顔でぶつぶつと呟く。緑の髪の妖精の姿を。

「どうしよ。あたし、全然知らないトコに来ちゃったよ……」

思い起こせば、あの時。
暮らしている妖精族の森を出て、遊びに行った花畑。
カゴの中に敷き詰められた花を見て、なんとなく気持ち良さそうと思って寝転がって
みた、そこまではしっかり覚えている。
そして、記憶は先ほどの、熊みたいなおやじに掴まれていたところにいきなり繋が
る。
その中間の記憶が、すっぱりと切れている。

そこから考えるに、これは、うっかり寝てしまっている間に、カゴが移動していたと
いうことなのだろう。
見ず知らずの土地――それも、人間の街へ。

「ああっ、どうして昼寝なんかしちゃったんだろ~!」

あの時の行動を、心底悔いている様子である。

しかし、後悔してみたところで事態は何も変わらない。
そのぐらい、妖精の彼女――メイにだってわかる。


「……帰らなきゃ」

メイは、悲壮な顔つきで決意した。
そして、まずは情報を集めよう、と、空の樽の陰からひょいっと飛び立った。
 


結果から言うと、メイは大した情報を得ることが出来なかった。

わかったのは、ここがトーポウという名の街ということぐらいのものである。
そもそも、森から近い場所しか遊びに行ったことのないメイが、地理を把握している
はずもない。
妖精の森からどのぐらい離れているのか、などという重要な情報は、ついに見つから
なかった。
こうなると、もうメイにはお手上げである。
どうしたらいいか、今度こそわからなくなったメイはふらふらと路地をさまよった。
疲れた頭では、もうこれ以上何も考えることなどできない。
上空高く舞い上がって、街の位置を確認してみるとか、そういう行動に出ようとすら
思えない。
一生分の疲れを経験したのではないか、というぐらいの疲労感が、羽根を重くしてい
る。

ふらふらと飛んでいるうちに、べしっ、と何かにぶつかった。
壁にでもぶつかったんだろう、とメイはぐったりした頭で思った。
だから、特に何も言わず、黙りこくったまま方向転換をしようとした。

「あの……大丈夫?」

壁が、しゃべった。

これには、疲労の色濃いメイも、振り向かざるを得ないほどの驚きを感じた。
ただし、振り向いた動きそのものは、非常に鈍いものだったが。

それは、壁ではなかった。
黒い髪をした、人間の少年だった。
こちらを気遣うような視線を向けている。

自分のドジのせいとはいえ、いきなり、知らない人間の街に放りこまれ。
帰る方法も見当がつかない状態のところへ、気遣われたのである。

目の奥が、ジンと痛くなった。
それから、じわじわと視界がくもってくる。
涙が滲んできているのだ、と意識すると、口元が震えてきた。

悲しい、だとか、辛い、とか、そういった感情から来る涙とは少し違う。
確かにそんな感情もあるのだが、今溢れてくる涙は、むしろ我が身の情けなさを思っ
て溢れてくるものだった。

ぼたぼたと、涙が頬を伝い落ちる。
こうなるともう、意識して涙を止められる段階にはない。


「ふ……ぇっ、ええええええっ」


メイは、声をあげて泣き出した。

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2007/02/12 19:51 | Comments(0) | TrackBack() | ▲夢御伽

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