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2025/03/10 06:46 |
ファブリーズ  28/ジュリア(小林悠輝)
キャスト:ジュリア アーサー
場所:モルフ地方東部 ― ダウニーの森
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 そして、竜は死んだ。

 大地に血と炎を吐き散らし、周囲を朱と紅に染めながら、呪いじみた咆哮を最後に息
絶えた。黒い毛並みの体を横たわらせて、ひゅうひゅうと細い息で生きながらえる時間
すらなしに、呆気なく命を落とした。


「……倒した、のか?」

 自称騎士が恐る恐る言った。
 彼は屍骸のすぐ間近に立ち尽くしたままだったが、今ひとつ信じられないようだった。

「そういうのはお前の専門だろう」

「死体の確認が?」

「自分の名声が確かに増えたかどうかの確認が、だ。
 騎士はそういうことが得意なんだろう?」

「心外だ」

 自称騎士は、剣の先で黒い毛皮をちょんとついた。
 ジュリアから見ても、竜は既に死んでいた。生きているものと死んでいるものの間に
は、言葉では表せない決定的な違いがある。認識以下の近くの集合体。不気味な違和感。

「……死んでいる」

「終わりだな」


「そうはいきません」

 と、エンプティが進み出た。彼は片手を挙げ、枯れ枝のように細い人差し指で、周囲
の景色をゆっくりと横に薙いでみせた。

 森は明々と燃えている。酒精のにおいが漂っている。
 あの、目が痛くなる煙のにおいがしないのは、ここが魔女の森だからだろうか。

「このままでは森が焼けてしまいます」

「消火活動は契約外だ。
 あの魔女のところまで火が回らないうちに、子供を連れて戻るぞ」

「では、バルメがかけた獣化の術はどうするんです?
 あれを解くことができるのは彼女だけですよ」

 エンプティはそう言って、身に纏った襤褸布の中から、古ぼけたバケツを取り出した。
それを恭しく、最も近くにいたテイラックに差し出す。
 テイラックは突然のことに困惑したようで、しかし反射的に受け取ってしまった。

「……まさか、これで消せというんじゃないだろうな」

「そのまさかでございます。
 太古より、火は水で消えるものと決まっております故」

「しかし……」

「さあ、どうぞ。森が焼け落ちないうちに」

 テイラックはついに押し負けて、しぶしぶ泉のふちに膝をついた。
 バケツを泉に沈める、ぴちゃんという音が小さく響いた。

「酔いそうだ」

「皆さんの分もありますから」

 いつの間にか、エンプティの両手には、それぞれ一つずつのバケツが提げられている。
渡そうと近づいてくるのを、ジュリアは軽い身振りでとめた。

「力仕事は男の領分だ」

「では、ヴァン殿」

「え? あ、ああ……」

 彼は受け取ってから、それがあまり騎士には相応しくない道具だと気づいたらしかっ
たが、もう手遅れだと思ってか、観念した様子で泉へ向かった。その表情は、竜に立ち
向かうときと変わらないほど深刻だった。

「残りの一つはどうしましょう」

「お前のたぐい希なる腕力を見せてくれ」

 エンプティは苦笑してバケツをどこかへと仕舞った。
 二人の男が、疑わしげな表情で、バケツの水をぱしゃんと木にかける。

 こんなもので――

 じゅ、と音がして、立ち上る水蒸気と共に、燃え盛っていた炎が消えた。
 呆然とする三人にエンプティが言った。

「太古より、火は水で消えるものと決まっております故」

「…………」

 追求しても無駄だろう、という暗黙の同意の元に、鎮火作業は速やかに進行した。

 手を出さずに暇を持て余したジュリアが竜の屍骸のあった箇所に目をやると、そこに
横たわっていたのは人間の男だった。


 男の死体は自らの内から湧き出した炎に飲み込まれ、一瞬で消え失せた。
 地面には焦げ跡が残るだけだった。


「……戻ろう」

 テイラックが言った。
 皆が頷いた。

 月は傾き、水面から姿を消していた。
 酒のにおいが空しく残っている。



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2008/04/24 11:10 | Comments(0) | TrackBack() | ●ファブリーズ

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