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2024/05/18 04:52 |
BLUE MOMENT - 船葬- ♯ 4/セシル(小林悠輝)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

 町中にめぐらされた水路、コールベルという都市の血管。
 その一筋一筋が、無数の死のにおいを含んでいるのだろうか。

「それじゃあ、この町全体が墓みたいなもんじゃないですか」

「そうじゃな」

 店主はあっさりと頷いた。
 彼は両手でカップを包んで中の液体に口をつける。
 水面に息を吹きかけたのか、眼鏡のレンズがわずかに白く曇った。

 セシルは、不気味じゃないんですか、と言いかけて飲み込んだ。
 喪服の準備をしている相手に聞くのは無礼だ。
 それにこの店主は、不気味だなんて思わないに違いない。

「その“海送り”って、コールベルだけなんですか」

「いんや、死人を海へ流す土地はあちこちにある。形式はそれぞれじゃけど。
 死体を流す、装束を流す、火葬の火を流す……独木舟、筏、屋形船。
 船を使わん土地もある」

 店主は明るい声で言って首を横に振った。
 うんちくを語るのが好きなのか、その表情は生き生きしている。

「お兄さん喋り方からするとコーネリアの方のひとじゃね。
 海の近くだけの風習じゃから、あまり馴染みがないじゃろ」

「……そっちに住んでたこともあります。
 今のところ葬式そのものに縁がなくて、無知で」

「縁がないなら、それに越したことはないね」

 店員が言った。彼は上着をハンガーにかけ店主に押し付けた。
 店主は生地の感触を確かめるようにその袖を握って、放す。

「これからもないといいんですが」

 セシルはアーケード街の通りへ目をやった。
 青い薄闇の中、雨に立ち往生した人々の姿が見える。
 彼らはめいめいに時間を潰す方法を見つけているようだった。

 見せ物のような芸術都市コールベル。
 何の変哲もない人々が行きかうアーケード街。
 表の観光街とは違う平凡さに軽い違和感すら覚える。


 遠い雨音が急に激しくなった。
 店主が「あちゃあー」とわざとらしい声を上げて天井を見た。

「ジュンちゃん雨いつやむのー?」

「知らないっすよ。神様にでも聞いてください」

「遅らせるのはあまりよくないのに」

「そんなこと言われても」

 店員は、店主が持ったままだった上着を取り返して、壁の帽子掛けにかけた。
 細い針金の見事な品だ。

 隣には古ぼけた鳩時計がかけられている。
 しばらく針を眺めてみたが、ぴくりとも動く様子はない。

 まるで時間が止まっているような。
 薄闇、アーケードの商店街、汚れた足跡に光るタイル、冷めた紅茶のカップ。
 目の前で大人二人がじゃれあっている。店の明かりが白々と浮き上がっている。

 何か妙に落ち着かない。
 間違えた場所に紛れ込んでしまった気がする。
 陰鬱な。陰鬱?

 話題のせいかも知れない。
 少し居心地が悪い、けれど。雨はやまない。

「だからお兄ちゃんも一緒に“海送り”行こうよ」

「あ、はい。……え?」

 急に話しかけられて思わず頷いた。
 一拍遅れて意味を取る。が、そのときには店主がすっかりその気になっていたので、
訂正するのはなんとなくためらわれた。架空の用事でもでっちあげればそれで済むには
違いないけれど。

「でも、まったく知らない人が紛れ込むわけにもいかないでしょう?」

「いくよ。そういうもんじゃもの」

 店主はそう言ってまたポットを持ち上げた。
 つられるように、そういうものなのか、と思った。


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2008/05/01 12:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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