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2024/05/18 04:06 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯3/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

ばつが悪そうに軽く首を引く少年を見て、マシューは口元に深い笑みを刻む。

「聞きたい?」
「店長」
「別に問題なかろ。なぁ?」

釘を刺してくるジラルドを一蹴して、少年に同意を求める。
相手はまぁ、と賛成とも反対とも取れないような返事をしてきたが、
わざわざ訊いてきたからにはそれなりに興味があるのだろう。

よし、と頷いて、室内履きでぺたぺたと音を立てながら
再度階段へ向かう。

「ちょっと待っとってくれな。アイロン持ってくる」
「店先(ここ)で乾かす気ですか!?喪服を!?あんた何考えてるの!?」
「あははジュンちゃん主婦みたいー」

背後から聞こえるため息に押されるように軽快な足取りで
勾配のきつい階段を上りきると、短い廊下を横切り、
ドアが開け放たれたままの部屋へ入る。

中は下にある店舗とさほど変わらない雑然とした様子だったが、
やたら重そうな鉄製のベッドと、隣にまったく不釣合いな樫でできた
美しい物書き机、禍々しい悪魔を模した柄の浮き彫りが施された
クローゼットがあることで、申し訳程度の生活感は残っていた。

部屋の隅にあるイーゼルには下地を塗っただけのキャンバスが
置かれ、その下には筆洗油の入った瓶と、極彩色にまみれた
パレット、白磁の花瓶につっこまれたままの絵筆などが適当に
転がっていた。

ざっと自分の部屋を見渡して、自信たっぷりに一人で腕を組む。

「わからん!」
「だろうと思いましたよ。下にありました。アイロン台も」

いつの間に来ていたのか、ジラルドが階段を途中まであがったところで
顔だけ二階に出してこちらを半眼で見ていた。
さっすがぁ、と感嘆の声を上げてみるも、彼はやれやれといったように
そのまま頭をひっこめて下へ降りていった。

とりあえず、さきほど脱ぎっぱなしだった濡れた喪服一式を持って降りる。
水を吸って重くなった黒い塊は、なにかの生き物の屍骸のように
生暖かく、腕の中で力を失っていた。
濡れた喪服ほどいいものはないとマシューは思う。着心地は最悪だが、
これほど目に見えて『不吉っぽい』なものはない。

ふと途中で振り返り、にっこり笑ってやる――

「もちょっとおとなしくしててくれな」

そこには赤い首輪と、リードがあるだけ。

・・・★・・・

「このあたりは、もともと湿地帯だったのを埋め立てて作られたんじゃ」

頭にタオルをひっかぶったまま、マシューは椅子の上で片膝を抱えた。
横では、マシューに火の扱いを任せたくないからという理由でジラルドが
鉄製のアイロンの蓋を開け、真っ赤に熾った炭を足し入れている。

すでに黒のスラックスは乾ききって、長方形のシルエットでハンガーに
かけられていた。アイロン台には上着が広げられている。

「だから水害も多いし、地形が変わりやすい。だもんで、埋葬する土地を
確保できないんじゃな。
そこで船葬というのができた。名前の通り、死人を船で送り出す葬儀じゃ」
「死人を…"送り出す"」

問うでもなくその言葉を反芻する少年に、頷く。

「そう。死人が出た家からもっとも近い運河に船を用意して、
遺体を乗せて流す。そして集まった者は、途中の橋で
船が流れてくるのを待つんじゃ」

そこで新しく淹れられた紅茶を一口飲む。来客用の紅茶だった。
つくづくいいバイトを雇ったと胸中で苦笑しながら、
だいぶしおれてしまった花束を示す。

「で、これを船に投げ入れてやる」
「橋から?」
「うん。――花が船に乗ったら、死者に想いが届くと言われとる」

しゅう、と生乾きのジャケットに鉄の三角形が滑って蒸気を出す。
まるで今説明している船葬を模しているかのようだった。
黒い水の上を流れる、炭を乗せた鉄の船。

「水路から運河へ。そうやって花を手向けられながら流されて、最後は
 海へと送られてゆく――もっとも、実際は漕ぎ手が操っていくんじゃが。
 漕ぎ手は誰かに依頼してもよいが、親しい者が担当するのが普通じゃな。
 これらを総じて、"海送り"というんじゃ」

驚いたように少年がこちらを見る。その口から漏れた声は、かすれていた。

「本当に、海に流すんですか」
「昔はそうだったらしいがなぁ。今は人口も増えたし、どっかに漂着するのも
 問題ってことで、最終的には海辺で船ごと火葬にしてから灰を流しとる。
 先に死体を焼いてしまってから、灰だけを船に乗せるやりかたもある。
 夏なんか特に」

マシューはタオルの隙間から少年を見返す。
少年はそれこそ幽霊でも見たように、わずかに視線をずらした。
窓の外を見る。灰色に染まった世界を支配しているのは、雨の音だけ。

「海には、"焼き衆"という専門の職人がおる。流れてくる船を引き取り、
 焼いて流す役目を担う集団じゃ」
「…へぇ」

ばさり、とジラルドが上着を裏返す。もともと芯まで濡れていたわけでは
ないから、完全に乾くまでそうかからないだろう。

「ここいらは死は穢れとする考えがあるからの。そういうもんはすべて
 水に流して、海に棄ててしまう。死体も、想いも」

少年が動きを止めて、顔をしかめる。

「棄てるって」
「死体は病原菌の温床じゃから。土葬が嫌われる理由はなにも
 土地のせいだけではないんよ」

淡々と告げる。空になったカップに、ホーローのポットから紅茶を注ぐ。
少年にも注ごうとしたが、首を横振ったので「この柄、わしが描いたんよ」と
全く関係のないことを言って、鍋敷きの上に戻した。

「だから船葬では墓は無い。…いわば水路が墓なんじゃな」


――死は水からやってくる


そんな文句が、ふと脳裏に浮かんだ。

死は水からやってくる。それならこの雨に閉ざされたこの世界は、
もはや死の世界なのだろうか。

――――――――――――――――
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2008/04/24 11:40 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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