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2024/05/21 13:53 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯5/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

クッキー缶が空になり、紅茶の味にも飽きてきた頃、マシューの
長話が終わるのと喪服が乾くのを待っていたかのように、
雨があがった。

「よかったあ、わし雨男じゃからどうなることかと思ったー」

嬉々として、マシューが路地に面した側の戸口から出る。
あたまにかぶったままのタオルを片手で取り払い、
四角に切り取られた扉のフレームの中で空を見ている。

やたら眩しそうに目を細めて突っ立ている店主につられて、
ジラルドも外に半身だけを出す。
雲はまだかかっていたが、その薄い膜を通して青い色が確かに見える。
銀盤のように陰る太陽のシルエットは、鈍い色を放っていた。

「葬式にはもってこいの天気じゃなぁ」
「はしゃがないで下さいよ。葬式なんだから」

母親のような口調で、まだ空を見ているマシューを睨み付けた。
この男は放っておくと空ばかり見ている事がある。

「わかっとるってー」
「わかってませんよ」

二人して戻ると、特に興味なさそうな顔でセシルが座っている。

「雨、あがったんですね」
「逃げんなら今のうちだよ」

半ば本気で言ってやりながら、乾いたばかりのジャケットと、
ハンガーにかかったスラックスを持ってマシューのほうへ突き出す。

「次、汚したら自分でやってもらいますからね」
「はいよー」

店主は適当に返事をすると、スラックスだけ受け取って――
店と、少年と、自分をきっかり1秒ずつ見比べてから、階段を昇っていった。

「…今、迷いましたよね。ここで着替えるかどうか」
「ごめんね本当に」

なにか調子を掴みはじめたような様子の少年に、げんなりと詫びる。
数分もしないうちに、マシューは着替えを済ませて降りてきた。
断続的に続く物音はまだ続いていたが、さきほどと比べれば静かに思えた。

「さ~て行くとするかいのー」

さきほどの忠告などいっさい念頭になく、うきうきとすらして
こちらに背を向けるマシューに、ジラルドはため息をつきながら
持っていた上着を着せてやった。

「せめてご近所さんに白い目で見られるような事だけはしないで下さいよ」
「大丈夫じゃってー」

乾いた上着の着心地を確かめるように肩を回して、満足そうに笑う店主。
ジラルドはセシルを見た。こんなはた迷惑な男の申し出に、
出会ったばかりの少年をつき合わせていいものなのか。
もっとも、マシューは嫌がるものを無理強いするような人種ではないから
最終的には少年が決めることだろう。

視線で問う。少年はまだ腰を落ち着ける位置が決まらないように
気まずげだったが――意外にも、船葬にまったく興味がないというわけでも
なさそうだった。おずおずと尋ねる。

「まさか――行きたいと思って、ない、よね?」
「…でも俺、上着白だし」

それは答えではなかったが、ジラルドにとっては答え同然だった。
大丈夫大丈夫、と明るい調子でマシューが気安く少年の肩を軽く叩く。

「別に喪服で、っていう決まりはないんじゃよ。お祭りみたいなもんじゃから」
「いや、それは」
「さー行くよー早くせんと流れていってしまうよー死体は待ってくれんよー」

ぽんぽんと文字通り背中を押して、マシューが花束を持って少年を急き立てる。
少年は立ち上がってから、あ、と何かに気付いて何事か伝えようと
こちらを見たが、意気揚々とした店主に引きずられるようにして
店を出て行った。

ジラルドはおざなりに手を振って二人を見送った。
とりあえず少年の安否を願っておくぐらいのことはしてやるとしよう。
そして不運を嘆いてやろう。そうだな、1分くらい。

でも気になる。少年は自分にいったい何を伝えたかったのだろう?

二人の足跡が遠ざかる。雨上がりの道をぺたぺたと歩く店主と
見知らぬ少年が肩を並べている姿を想像して――ぺたぺた?

ジラルドは慌てて店の外へ飛び出した。左右を見渡すが、
どこに消えたのか、二人の姿はすでにない。
おそらく店主のきまぐれで路地にでも入ったのだろう。
そうなるともう散歩に出かけた猫のようなものだ。帰ってはくるだろうが、
その間どこに行っているやらまったく予測も想像もできない。

あきらめて店内に戻り、カウンターの裏にさびしく残っている
革靴を見つめて、ジラルドは今日一番のため息をついた。

――――――――――――――――
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2008/05/01 12:03 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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