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2025/03/10 07:34 |
BLUE MOMENT -船葬- ♯7/マシュー(熊猫)
キャスト:セシル・マシュー
NPC:ジラルド・主婦
場所:コールベル/ビクトリア商店街
――――――――――――――――

橋を渡ると、そこは斎場だった。

水路に沿って建物が建つコールベルでは、必然的に路地が多くなる。
そして複数の路地が交差する所には、こうした開けたスペースができる。
大抵は噴水や像、ベンチなどが配置された公園がほとんどだが、
マシュー達が着いた広場には、そういったものはない。

「ここは葬儀や祭りを行う場所なんじゃよ。
 イベントスペースと言ったほうがいいかもしれん」
「へえ」

少年がぐるりと広場を見渡す。広場にはなにもないが、人はいた。
まるでそこだけ何かの手違いで色彩が失われたように、
集まっている者達は一様に黒い色の服を着ている。

「んー、こっち」

広場を囲う建物はそのほとんどがアパートだったが、
中二階あたりの位置にはバルコニーが設けられており、
広場の四方にある階段から昇れるようになっていた。
そのうち、手近な階段に向かう。

少年がほっとしたように息をついて、着ている白い上着を手で撫でた。
黒い集団と化しているわだかまりを目で示す。

「あそこに突っ込んでいくのかと」
「あっはっは。まぁ橋についたら喪服もなにも関係ないからのう。
しばしの辛抱じゃ」

バルコニーの上にも喪服姿は見受けられた。
烏のように点々とバルコニーの柵に寄り掛かり、広場を見ている。

「? 何、してるんですか」

バルコニーの上に上がった途端、柵のほうではなくアパートの壁に
ぴったり背をつけて動かないこちらを見て、きょとんとして少年が見てくる。
マシューはそろそろと壁に両手をつき、ひっつくようにしながら擦り足で進む。

「こわい」
「は?」
「高いところ」

余裕のない口振りを自覚しながら、視線だけは遥か向こうに広がる空と、
相変わらず美しい水路を見ている。
少年はしばしこちらのそんな様子を観察してから、心底不思議そうに
首を傾げた。

「じゃあなんで昇るんです」
「好き~じゃから~♪」
「声震えてるけど…」
「ビブラートじゃけ」

歌って恐怖をごまかすマシューを半眼で見て、彼は
「どうでもいいですけど」、と嘆息する。

「ここに登る意味、あったんですか」
「…下は危ないからの」
「え」

ぎくりとして少年が動きを止める。マシューはずりずりと広場を迂回するように
アパートに沿って歩き続けながら口を開く。

「そこの広場、どのくらい人がおる?」
「どのくらいって…二十数人…もうちょっといるかな。なんでです」

そうか、と相槌を打つ。そして広場のほうを見もせず、マシューは
答えた。


「儂にはその広場が真っ黒に見える。数え切れん」


・・・★・・・

結局、たっぷり時間をかけて広場を迂回した頃にはマシューは
ぐったりとしていた。

耳鳴りがやまない。軽い酩酊感が足の感覚を無くしている。
少年は心配そうに何度も帰ることを提案してきたが、そのたびに
首を振って歩いた。

「ようは、イメージの問題なんじゃよ」

片手でネクタイを緩めながら、欄干に寄りかかって水路を眺める。
さきほど降った雨のせいで少し水が濁っていた。

さっきいた広場からはやや下流に位置する場所の橋だ。
ほとんどの者はもっと上流で待ち構えていることが多い。
まだ動き始めて間もない船のほうが、花を投げ入れやすいからだ。

したがって、この橋にいるのはマシューと少年だけだ。

「死と葬式は切っても切れない関係だと思っている限り、その
イメージは死んでも継承される。そして葬式は特別な場所だと思う。
やつらは、そこに集まる。たとえそれが自分の葬式でなかったとしても」
「集まって…どうするんです」
「そこじゃよ」

どっこいしょ、と体の向きを変えて欄干に背を預ける。
少年は半信半疑のようだったが、どうでもよかった。
まだ話を聞いてくれるだけ僥倖といえよう。

「なにもせん。――というより、"なにをしていいのかわからない"」
「わからない?」
「もし、お兄ちゃんが幽霊になって葬式に行ったらどうする?」
「…わかりません」
「そうじゃろう。あいつらも、そこにいて、ただどうしていいのかわからない」

みんな同じじゃ、と言って、マシューは空を仰ぎ見た。
でも、と少年が追いすがる。

「さっき、危ないって言ってませんでしたか」
「そりゃそうよ。数が多すぎるものはみんな危ないんよ」

手の中の花束から、一枚花びらを抜く。川に向き直り、花びらを落とす。
紙切れのようにくるくる回りながら、芳香も音も残さずに白い手向けは
濁った水に流されていった。

と、かすかに人々のざわめきが聞こえたので、顔を上げる。

「もうそろそろかのう」

花を束ねていた紐をほどき、適当に半分にわけると、少年に手渡す。


「ほれ。想いなんて込めなくていいから」


――――――――――――――――
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2008/05/01 13:57 | Comments(0) | TrackBack() | ●BLUE MOMENT ―船葬―

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